「なんだか幻想郷が騒がしいわ」「――えっ。あっ、うん、そうだね。霊夢が言うならそうだと思うよ」「だいたいどういう勘違いしてるか分かるけど、貴方の姉と同類扱いは止めなさい」「お姉様は、無駄に格好つける痛々しい人じゃないよ!!」「アンタの姉評価って、何気に厳しいわよね」「それで、違うなら何が騒がしいの?」「知らないわよ、ただ騒がしいと思っただけ」「……霊夢はもう少し、説明する事を覚えても良いと思う」「だから説明したじゃない」「も、もう一声」「もう一声って言われてもねぇ……あ、そうね」「何?」「多分だけど、晶のせいよ」「ああ、お兄ちゃんまた何かやったんだ……」「やってるわね。……ただ」「ただ?」「少しだけ、いつもと違う気がするわね」「何が?」「………………」「うー、だーかーらー!!」「アンタ、わりと細かいわよ」「霊夢が大雑把すぎるんだよー!」幻想郷覚書 神霊の章・拾参「雄終完日/道化が来りて笛を吹く」「はぁ……はぁ…………」 しばらく接近戦が続いた後、聖は晶から大きく距離をとった。 晶からの直撃を喰らった回数は少ないが、その数少ない攻撃は彼女に確実にダメージを与えている。 と言うか、当たった際の冷気で身体を凍らされているのが響いているみたいね。 ……晶としてはむしろ、そっちの方が狙いだったのかしら。「くっくっく……さぁ、どうする聖白蓮。お得意の肉弾戦で余に敗れたままで良いのか? んん?」「そうですね。どうやら私では、貴方に拳を当てる事は出来ないようです」「うぐぅ、白蓮さんクレバー過ぎ。もうちょっと挑発に乗ってくれても良いんじゃないですか?」「今の謎演技が挑発だとしたら、貴方の頭は大分茹だっている事になるわね」「そして味方が相変わらずの辛辣!!」 貴方も相変わらず、舐めてるのかってレベルでバカやるわね。 短気なヤツだったら大激怒して――そして、貴方に完封されていたでしょうね。 まぁ、聖はそんな事気にもしないでしょうけど。「ですから今度は、弾幕で戦わせていただきます!!」 ―――――――「聖尼公のエア巻物」 宣誓と共に、聖が「魔人経巻」を展開した。 確か、魔界で聖が作った一種の呪文書……だったかしら? 経典とか何とか言ってたけど、内容を考えると完全にグリモワールよね、アレ。 あ、晶のヤツが目を輝かせてる。……触るのも写真撮るのも後にしておきなさいよ?「――参ります」 聖が駆ける。動きそのものは一直線だが、速度そのものの桁が違う。 それでジグザク軌道をされるのだ、並の相手では次の移動先が分かっていても捉えられないだろう。 その上、聖の移動した軌道をなぞるように弾幕が配置されている。 放射状にバラけてこちらに襲いかかる弾幕を、全て捌きながら聖に攻撃を当てるのはなかなかに手間だ。 さて、いつもの晶なら即座に攻略を諦めてスペルカードによる迎撃をする所だけど。 今の晶は、この弾幕にどう対応するのかしら。「……それじゃ、こっちも遠距離武器で対抗かな」 ロッドをそのままの状態で腰に引っ掛けた晶は、足で軽く地面を叩いた。 すると彼の周囲に拳大の光球が三つほど生成されて、晶の周囲を小さく上下しながら旋回していく。 ……ふむ、アレは魔力の塊?「ファイア!!」 彼が右手を前方に突き出すと、それに合わせて光球が閃光を放った。 一直線に飛ぶ閃光は貫通力が高いらしく、聖の弾幕を突き破りながら彼女に迫る。 さすがに直撃はしないが、それでも掠らせる程度の精度はあるようだ。 何より、回避しながらでも安定して撃てるのは大きい。 聖の攻撃を飛んだり跳ねたりしながら避けつつ、晶は光球による攻撃で彼女を追い詰めていく。 ……分かってたけど、あの速さでも余裕で対応出来るのね。 おまけに回避の方も尋常じゃない。大雑把な避け方しか出来なかった晶が、すでにグレイズすら使いこなしている。 身体の一部ですら無いマフラーにすら被弾を許さないなんて、霊夢並みの回避能力が無いとまず不可能だろう。「ひ、聖の弾幕が全然当たりません……何か能力を使っているのでしょうか?」「能力――ある意味そうかもしれないわね」 晶の驚異的な対応能力の理由は、恐らく『魔眼』にある。 広範囲を死角なく把握出来るあの眼が、晶の力の源になっていると見て間違いないだろう。 ――ただし、これは‘元々の晶も持っている能力’だ。何かが強化されたワケでも、新しくなったワケでも無い。 今まで出来なかった事が出来るようになった、それだけの話である。「――くっ!」 閃光で足首を撃ちぬかれ、聖の動きが一瞬鈍った。 その隙を逃さない更なる追撃で、彼女の足は完全に止められてしまう。 「ふふふ、まぁざっと――ごんなもんでずよ……うぅ」「え、晶さんが泣いてる!? ひょっとして変な所に当たったんじゃ!?」「アレはビョーキだからほっときなさい。肉体的には無傷よ」 大方、最後までトチらず避けきった事に感動しているんでしょうね。 今の貴方の実力で出来ない方がおかしいんだから、涙堪えるほど喜んでるんじゃないわよ。 ……しかしまぁ、アレをスペルカード無しで回避しきれるとは。 防御面に関しては本当に霊夢クラスね。私でも、今の晶に攻撃を当てるのは難しいかもしれないわ。「とは言え単に攻略しただけで、白蓮さんにダメージは無いでしょうから――今度は僕が攻撃する番です!!」 そして、今から分かるのが攻撃面での久遠晶だ。 不敵な笑顔を浮かべながら、晶が懐からスペルカードを取り出した。 ――ちなみに、言うまでも無い事だがあの笑顔は虚勢である。 この期に及んでまだ自分を信じられていないのだ、あの馬鹿は。 そろそろ聖が可哀想になるから、心の底から不敵に笑って見せなさいよ。 ―――――――幻想「妖精達の踊り場」 宣誓と共に、晶が氷の弾幕をばら撒いた。 光を反射して、まるでシャンデリアの様に輝く氷の弾丸。 それらは晶を中心にして、規則正しく円の形を描きながら広がっていく。「これは――氷の刃!?」 弾幕が僅かに聖の腕をなぞると、掠った跡をなぞるように血が流れた。 あの細かな氷の弾丸――いや、氷の刃の一つ一つが聖の皮膚に傷をつける程度の威力があると言う事か。 大きさから考えると規格外の威力だけど、その分数の方は少し足りていない。 オマケに動きには規則性があるため、回避そのものは難しくない……が。 当然、そのくらいの事は想定しているでしょうよ。だとすると次の手は――「場所を整えたら、続いて妖精たちのご登場!」 わざとらしい程に演技じみた仕草で晶が指を鳴らすと、氷の刃が広がっている空間に大小様々な光球が浮かび上がった。 ふわふわと一定の高さを維持しながら、それこそ舞う様に動き始める光球達。 二種類の規則性がある動きが重なり、聖の動きを更に制限していく。「そして最後はド派手な演出で!!」 そして晶が右手を真上に掲げると、一際巨大な光球が晶の頭上に生まれた。 ご丁寧な事に、踊る光球と頭上の光球で光の色合いが違うと言うオマケ付きだ。 白く輝く中央の光球は、七色に輝く小さな光球達を照らすように一瞬強く輝き――その後、無数の光線を吐き出した。 先程、小さな光球で放った閃光と同じ類の攻撃だ。 それらは先程と同じように直線で進み、氷の刃に当たってその軌道を変えていく。「――っ! これは!?」 軌道を変える光線は、壁となって更に聖を追い詰めた。 そして彼女が足を止めた瞬間、閃光は聖を襲う無数の牙となる。 計算され尽くした動きだ。氷の刃がどう光を曲げるのか、全て理解していなければこんな動きは出来ないだろう。 ……本当に完璧な、‘弾幕ごっこのための弾幕’ね。 ただ強いだけじゃない、『魅せる』要素を含んだスペルカード。 あの晶がここまで出来るようになった、と思うと少しだけ感慨深いものがあるわね。 まぁ、戦っている彼女にとっては関係の無い話だけど。 「聖、右――いえ、左!? あ、上も危ない気がします!!」「アンタ、味方の邪魔してどうするのよ」「ええっ!? す、すいまぜんびじりぃぃぃー!?」「大丈夫ですよ、問題ありません」 本人以上に動揺している寅丸へ優しい声をかけるが、聖の状況は「問題ない」と言えるほど芳しくない。 晶の弾幕の完成度がそれほど高い。というのももちろんあるが、ソレ以上に聖に弾幕ごっこの経験が足りていないのだ。 今の聖白蓮に、晶のスペルカードは捌き切れない。 彼女自身もすでにその事を悟っている。故に、彼女は決断をした。「――南無三!!」 聖は僅かに腰をかがめ、晶目掛けて真っ直ぐ進んでいく。 最早、彼女は弾幕の動きなど見ようともしていない。 自身の身体を顧みず、最速最短で捨て身の一撃を叩き込む事だけを考えた突進。 奇しくもそれは、普段の「久遠晶」が良く使う弾幕を無視したやり方だ。 刃に斬られ、光に焼かれながら、一瞬で晶の目の前まで近づいた聖の拳は――しかし、対象である晶が消えた事で空を切った。「き、消えちゃいましたよ!?」「これは、空間転移!?」 今までも晶は、部分的に空間転移を使って攻撃を回避していた。 故に今度もそうしたのだろう、と言う判断は実に当然の流れである。 少なくとも聖は、そして寅丸や私自身も、晶はそうして逃げたのだと思っていた。 ――アレは、そういう思い込みこそ好んで利用するヤツだと分かっていたのに。「残念、それは虚像でした」 聖の背後の空間――彼女の拳が空振った数歩先――が歪み、晶が現れる。 アイツは、空間を転移して逃げたワケでは無かったのだ。 アレはもっと単純なトリック……恐らく先程聖が殴ったのは、『光を歪める』事によって形成した蜃気楼による幻だ。 ……ええ、知ってたわよ。アンタにとっちゃ、空間転移だって手札の一枚にしか過ぎないのよね。 スペルカードは、晶の幻が殴られた時にブレイクされている。 そして今のアイツの手にあるのは――かつて靈異面が操っていた、強い輝きを放つ‘水晶のような球体’。 ねぇ、まさかそれも『久遠晶に出来る事』に含めるの? 何でもありじゃない、今の貴方。「では罰ゲームって事で、キツい一発行きますよ!!」 ―――――――神滅「ギガ・マスタースパーク」 以前に見た黄昏の輝きには劣るものの、充分に強烈な閃光が聖目掛け放たれた。 光の奔流に押し流される聖。かろうじて防御は間に合ったようだが、さすがにただでは済まないだろう。 ……攻守ともに高水準、おまけに油断もうっかりも無い。 もう否定する要素は無い。今の晶は、幻想郷でも指折りの実力者だ。 もちろんそれは聖にも言える事だけれど……彼女と晶では、致命的な程に相性が悪すぎる 聖の真っ直ぐさでは、晶の性悪な戦い方に対抗出来ないだろう。 ……よくもまぁ、ここまでのバケモノになったものだ。 元々それだけのポテンシャルは秘めていたワケだが、正直ここまでやれるようになるとは欠片も思っていなかった。「さぁてさて、まだまだガンガン行くよ!!」「ひ、聖ぃ!?」「……くっ」 実に心強い反面、少しだけ寂しく思う気持ちもある。 チルノに氷漬けされていたアイツが、まさかここまで辿り着けたとはね。 性格の方はあまり変わっていないけど……まぁ、それはむしろ褒めるべき所でしょう。 さて、この勝負が終わったら晶の奴になんて声をかけてあげるべきかしら。 たまには、手放しの祝福をしてあげるのも悪くないわね。 ――っと、ちょっと物思いに耽り過ぎてしまったわ。 結構な時間が経ってしまっているけど、さて二人の戦いはどうなって……。「ごめーん、アリス。負けちゃった☆」「なんでよ!!」「ギョブルン!?」「凄い……アリスさん、あの晶さんの顔にハイキックを当てましたよ」 あまりにもあまりすぎる馬鹿の言葉に、思わず全力のキックをお見舞いしていた私。 いや、でもコレは仕方ないでしょう。なんでよ。何度でも言うけど、なんでそんなありえない事になっているのよ。「今、完全に勝つ流れだったじゃない!! なんであの状況から負けられるのよ! どうやったのよ!!」「ちょ、調子に乗ってスペルカード使い切っちゃいました……」「このダイナミックバカ!!」 見てみなさいよ、あの聖の表情!! なんで自分が勝っている扱いになってるのか、信じるどころか理解すら出来ていないじゃない!!! というか、油断もうっかりも相変わらずするのね? 最早何の欠点も無いパーフェクト久遠晶は、私の想像の産物だったのね?「まぁ、不変は『ちょっと未来の久遠晶』に成る面だからね。これくらいが限界点って事っすよ」「……それで『ちょっと』なの?」「ちょっとです。だってほら、あんまり未来過ぎると自分がどうなっているか分からないでしょう?」「色々と突っ込みたい所はあるけど、とりあえず一つだけ言わせて――まずは何よりもそのうっかり癖を何とかしなさい!!」「何とかなった未来が想像出来ませんでした!」 ……ああ、うん、それは仕方ないわね。 なんというか、そう言われてしまうと怒る気にもなれない。 そもそもにしてあの「世界で自分ほどアテにならないものはない」と言い切る晶が、そんな面変化を使えた事そのものが奇跡だ。 少しは自分を信じる事が出来るようになったのは良い事だけど――残しちゃいけないものを残すんじゃないわよ!! 「まぁ、負けちゃったもんはしょーがないね!! 気を取り直して次行ってみよう!!」「捻りなさい、上海」「あだだだだ!? すいませんすいません、大口叩いておいて負けてスイマセン!!」 もうなんかいっそ、ここでコイツ始末しておこうかしら。 腹立ちやら苛立ちやらが混ざりに混ざって、そんな物騒な事を考える私。 そんな私に、晶が必死な顔で声をかけてきた。「とりあえず卍固めから解放して! 戦いが終わったなら、この面変化急いで解除しないとダメなんだよ!!」「何よ、時間制限でもあるの?」「……時間制限と言えば時間制限なのかな。この面変化ってホラ、僕の能力でスペックを未来の自分と同じレベルまで引き上げてるワケじゃん」「いや、知らないわよ。あの面変化がどういう理屈で変わってるかなんて」「これってどうも単純な強化じゃなくて、時空間を歪めて未来の自分の力を‘再現’してるみたいなんだよね。――なので」「……本当にデタラメね、ソレ。それで?」「長時間この姿を維持していると、空間やら時間やらがネジ曲がって世界に何かしらの影響を与えます」「一刻も早く解除なさい!!」 と言うかソレね! それが神霊を馬鹿みたいに増やした原因ね!! 洒落にならない事実を平然と告げられ、私もさすがに慌てて晶を解放した。 ――人間災害だわ。何一つ弁解する余地のない人間災害がここに居るわね。