さぁさ、皆様お立ち会い。 人も神も妖怪も、雁首揃えておいでませ! これより開かれますは、狡知の道化師による一大喜劇。 幻想郷を舞台に、『人間災害』久遠晶が右往左往の大活躍!! ――いえいえ、誤りではございませんとも。 何があろうと久遠晶は久遠晶、スマートに事など運べるはずがありません。 ですが、無様は無様なりに成長するモノ。 経験を重ね、研鑽を重ね、辿り着いたは一つの境地。 『不変』と名付けたその力、とくとご照覧くださいませ!! 幻想郷覚書 神霊の章・拾弐「雄終完日/不変」「行くよ―――――『不変(かわらず)』」 虚勢八割の最強宣言と共に、晶が氷で出来た面を装着した。 額より下の部分を完全に覆う、五角形を真ん中から折り曲げたような形の仮面。 ……いや、アレを仮面と称して良いのだろうか。 薄く透明度の高いソレは、とてもじゃ無いが顔を隠すものとは言えない。 事実、晶の顔はこちらからでもしっかりと確認する事が出来る。 ――これは面変化、なのかしら? 疑問を抱きながらも観察を続けていると、晶の服装にも変化が現れた。 光が身体に纏わりつき魔法の鎧を形成する。しかしその形は、私の知るソレとは大きく違う形をしていた。 腕部分は、手の甲と前腕の一部を覆うだけのナックルガードに。 足部分は鎧ですらなく、つま先や踵、足裏を守るだけの単なる後付装甲に。 そして胴の部分は、前面部分しか守らない胸当てに。 それぞれ極限まで防御力を削ったかのような、そんな姿で晶の身体に装着されている。 軽装形態……なのかしら? 鎧の形状変化は怪綺面の例もあるから驚かないけど、装甲を薄くする意味は分からないわね。 そもそも貴女の鎧、重さも無いし邪魔にもならないはずでしょう?「ど、どどど、どうしましょう。晶さんと聖が戦うなんて……」「とりあえず落ち着きなさい。これくらい、ただのじゃれあいみたいなモノよ」「そ、そうなんですか? なら良いんですけど……」 ――ま、遊びと言うには聖の表情が固すぎるわね。 確実に何かあるのでしょうけど、言うと寅丸が面倒な事になりそうだから口には出さないわ。「それにしても……アレですね」「何か気になる事でも?」「晶さん、なんだか格好いい姿になりましたね!!」「……そうね」 切り替え早いじゃないの。もう少し悩むかと思ったわ。 別にそれで私が不利益を被るワケでは無いけど、少しは頭を使う事も考えた方が――いえ、何でもない。 嫌な予感がした私は深く切り込む事を止め、改めて晶へ視線を向けた。 ……格好良いかどうかは知らないが、彼の外見は今までと大きく違っている。 仮面と鎧、更にいつの間にか首を覆っていた白い布地に金の金具で補強されたマフラー。 マフラーを風に靡かせ颯爽と佇むその姿は、アレが言うヒーローに見えなくも無い。 つまりそういう面変化なのかしら? ヒーローになりきるとかそう言う。「ふっふっふ! どうですか、この強そうな姿!! 参ったするなら今のうちですよ!」 あ、違う。これいつもの晶だ。 伸びきった状態で固定されているらしいロッドを構え、ノリノリで決めポーズかます大馬鹿。 面変化特有の、性格の上書きがされている気配は一切無い。 ……どういう事かしらね。何がどう変わったのか、さっぱり見当がつかないわ。「貴方が強い事は十分に存じています。降参はしませんよ」「あ、左様ですか」 晶の軽口に、至って生真面目な答えを返す聖。 いえ、これは――警戒? 何故かは知らないけれど、彼女は随分と晶を警戒しているみたいね。「……さすがの聖でも、晶さん相手では迂闊に手を出せませんか」「えっ、貴女達の中で晶ってどんな評価になっているの?」「晶さんですか? 聖の恩人で、博麗の巫女と互角に戦える凄い人です!!」「あー、そういう……」 元々評価が高いから、今更油断しようがないと。なるほど。 ……と言うかすっかり忘れていたわ。アレ、そういう評価を貰ってもおかしくない程度の実力は持っているのよね。 最後に戦ったのは確か、ゴリアテの試運転の時だったかしら。 ――改めて思うわ、あいつ強いとか弱いとか以前に色々とやらかし過ぎよ。「ちくしょう……『強そうな姿で脅かして楽に勝とう大作戦』は失敗か…………」 コイツのバカでかつ恐ろしい所は、そういう勝ち方で終わる可能性も半分くらい本気で想定している所だ。 あえて口に出しているのも、相手の油断を誘うための布石なのだろう。――しかし、嘘を付いているワケでも無いのが厄介だわ。 もっとも、聖には通用していないみたいだけど。 あくまでも警戒し続ける彼女の姿に、揺さぶりは無意味と判断した晶はため息を吐き出し気持ちを切り替えていく。 ロッドを肩に担ぎ直し小さくステップを踏み始めた彼は、一度大きく身体を沈ませると――聖目掛け、一直線で駆け出した。「……えっ?」 ――だが、遅い。 あえてスピードを緩めている、といった様子では無い。 明らかに普段の晶より身体能力が下がっている。……どういう事かしら? 晶は、今の姿を「最強の久遠晶」と評した。 しかし現時点で、晶を最強と呼べる要素は何一つ無い。 ……そもそも、あいつにとっての『最強』ってなんなのかしら? 「それじゃ、行きますよ!!」「はい、よろしくお願いします」 晶と聖が、其々の射程圏内に入った。 聖が拳を振りかぶり、晶がロッドを低めに構える。 同時に放たれる攻撃――いや、身体能力の差で僅かにだが聖の方が速い。 ただの正拳突きとは思えない速さと力強さで襲いかかる、聖の拳。 それを晶は――‘余裕を持って’紙一重で回避した。 そのまま避けた時の勢いで身体を回転させ、ロッドを聖の側頭部目掛けて叩き込む。「――っ!」 しかしその一撃は、とっさに反応した聖の拳に阻まれた。 完全に腕の伸びきった姿勢から、ほぼ不意打ちと言える形の攻撃を防ぎきった所はさすがと言うべきか。 だが晶は気にもとめず、再び身体を回転させながら聖への攻撃を続けた。 それを再度防ぎ、続けて反撃する聖。 その一撃を、晶はまるで舞うように避け続ける。 ……巧い。 身体能力では完全に勝っているはずなのに、聖は晶を捉えられない。 特別な能力ではない単純な技術で、晶は彼女の力を完全に封殺していた。「…………」「あわわ、聖の攻撃が全然当たりません……」「……ふん、つまりそういう事なのね」「えっ? な、何がですか!?」「なんでもないわ。こっちの話よ」 ああ、ようやく分かったわ。 晶のヤツ、なんて滅茶苦茶な面変化を作ったのかしら。 完成された動き、余裕のある振る舞い、そして変わらない自我。 ――『不変』とは、久遠晶の‘完成形’に成る面変化なのだ。 私にはこの面変化が、どんなカラクリなのかまでは分からないけれど。 少なくとも今あそこに居るのは、自分には足りないモノだらけだと愚痴っていた半人前では無い。 アレは、培ってきた技を修め、自身の力を把握し、何より‘うっかり’しなくなった――正真正銘の『バケモノ』だ。 身体能力が落ちていたのは、そもそも‘久遠晶にそれほどの力が必要無い’からだろう。 今までアイツが馬鹿げた力を発揮していたのは、それで自らの不足分を補っていたからに過ぎない。 ……こうして『答え』を見せつけられた今だからこそ分かる、と言うのは皮肉な話ね。「ふふふ、どうです聖さん。心が折れかけてきたんじゃないですか?」「ご心配には及びません、このくらいの窮地は戦う前から想定していました」「心強いなこの人! それとなんか、僕の評価やたらと高くないですか? バグ?」「現時点で評価をバグらせてるのは貴方の方でしょ」「味方が辛辣!!」 台詞だけならいつもの晶だ。――だが、致命的にその動きが違う。 聖の攻撃は全て、的確にかつ意図的に逸らされ続けていた。 すでに、彼女の拳撃はほぼ全て晶に見切られていると言っても良いだろう。 互いの攻防は徐々に入れ替わりはじめ、聖は防戦一方の状況へと追い込まれていく。 今度は晶の一方的な攻撃が続くのだけど……幾らなんでも、攻撃がワンパターン過ぎやしないかしら。 相手を封殺するのに手一杯で余裕が無い、と言うワケでは無いはずだ。 何かがある。あからさま過ぎるが、確実に晶は何か仕掛けている。 だからこそ聖も、迂闊に手を出せずにいるのだろう。 パターンを身体に刻み込んで、あえて崩す戦法かしら? それはちょっと安易過ぎじゃ――「ほいっと」「――えっ?」「――は?」「ひ、聖危ない!!」 ワンパターンな攻撃の一つ、回転しながら下から相手を蹴り上げる一撃。 今まで確実に防げていたはずの蹴りが、聖の両腕の防御を軽々と跳ね除けた。 細工の気配は無かった。それなのに何故!? 驚愕する私達の隙をついて、晶は聖の胸元に回転するロッドの先端を叩き込んだ。「がっ――」「ひ、聖ぃ!?」「……だ、大丈夫です」 ダメージはそれほどでも無い、か。 だが、心理的な衝撃はおそらく私の想像以上だろう。 確実に防げるはずの攻撃が、厳重な己の防御をあっさりと貫いたのだから。 ……おそらく、ワンパターンに見えてテンポはズレていたのだ。 徐々に徐々に変わっていたテンポを一気に戻された結果、聖の防御が破られた。 それは分かる――だけど、どこでその仕込みを行った? 攻撃速度が落ちれば分かるはずだ。少なくとも、傍から見ていて違和感は無かったはず。「――なるほど、そういう事ですか」 あまりにも不可思議すぎる状況、それに答えを出したのは聖本人だった。 彼女は晶の手足を見つめると、確信を持って静かに頷く。 「攻撃が当たる直前、‘手足を縮めて’当たりをズラしていたのですね」「あらら、もうバレちゃったか。――お察しの通りです」 悪戯がバレた子供のように笑い、晶が自身の右腕を掴み――まるで元々付いていなかったかのように外した。 切れた……んじゃないわ。腕の切断面に肉は無く、ただ虚空が広がっている。 そして晶は、その為の能力を持っている。使いこなした事の一度も無い、その力を。「……隙間の力ね。それで、体の一部を空間転移の応用で「縮めた」ってワケ?」「おぉう、味方からのネタバレ。あ、いや、その通りでございますですゴメンなさい」「空間操作――そのような事も出来るのですか」「『久遠晶に出来る事は全て出来る』――と言うのが、今の僕なので」 ニッコリ笑って可愛いポーズをとる晶、その仕草はいつもどおりの晶である。仕草だけは。 だが、‘中身’は完全に別物だと思った方が良いだろう。 先程は簡単に言ったが、テンポをこっそりズラして不意をつく等という芸当がそんなアッサリ出来るはずがない。 相手の挙動と考えを、自分の能力と力量を、どちらも全て読みきっていたからこそ出来たのだ。 「いやはやしかし、思いの外上手くやれるものです。――うん、試運転の結果は上々ってトコです」「し、試運転? 本気では無かったのですか!?」「いやいや、今までも超本気でしたよ? 本気でやって――通用するのが分かったからね」 あのエゲツない攻めが「手探り」だとはまた、随分と笑えない冗談だ。 しかし、今の晶を見てそれが大口だと思う者はいないだろう。 まるで何かのスイッチでも切り替えたかの様に、晶の放つ雰囲気が変わる。 幻想郷の強者、そう呼ばれる者達と同じ覇気。 ……どこが「本気だった」だ。どう好意的に解釈しても、今までのは遊びとしか思えないわよ。「それじゃ、幻想郷らしく楽しんで行きましょうか!」 吹き飛ばされた聖に向かって、再び晶が駆け寄って行く。 しかし今度は彼女も黙っていない。晶に向かって駆け出して、その勢いのまま蹴りを放つ。「おっと、危ない」 それを大きく跳んで避ける晶。 隙だらけに見えるその身体目掛け、聖は迷わず拳を突き出した。 迫る拳。それを晶は、‘バックステップで’回避する。 ――何も無い空中に足を踏みしめ、身体が地面に対して平行になっている状態で、だ。 空中に足場を作って浮いている、だけでは無い。 晶はまるで、重力とは地面に対して垂直に働いているかのように振舞っている。 ……まさかそれも、『久遠晶に出来る事』とかほざくワケ? デタラメも大概にしておかないと、終いには私が貴方をぶっ飛ばすわよ?「ほいっ、ほいっ、ほいっ」「くぅっ!?」 大地を足場に、空を足場に、逆さまに、斜めに、真っ直ぐに。 縦横無尽に‘駆け巡り’ながら、あらゆる方角から晶が聖に襲いかかる。 見ているだけで嫌になるくらい鬱陶しい攻撃ね。 しかも種明かしした空間転移を、積極的に使ってくるからタチが悪い。 掴もうとした腕が無い、胴体を殴ろうとしたら先に大穴が空いてた、頭上で振り回したロッドが足元に当たる。 晶自身は普通に戦っているだけなのに、二つの能力がそれを変幻自在の攻撃へと変えていた。 いや、それでも、‘それだけ’だったら聖は対応出来ただろう。 要は滅茶苦茶に動きまわり、四方八方から攻撃を仕掛けてくるだけの相手だ。 問題なのは――圧倒的有利な上、聖の攻撃を全て見切っているこの男が、‘特に回避に拘っていない’事だ。「あだっ!」「やった、聖の攻撃が当た――」「――っ!?」「ひ、聖ぃ!?」 軽く放った牽制の拳をあえて額で受けとめ、晶は反撃の蹴りを聖の後頭部に叩き込んだ。 そう、相手は「命があればセーフ」などと平然とほざく久遠晶なのである。 完封するつもりも、楽に勝つつもりもハナから有りはしない。 故に聖には分からないのだ。手段を選ばないアレが、次に何をやらかすのかを。 ……いや、聖だから分からないのでは無い。 私だってそうだ。今の晶には‘選択肢’が多すぎる。 ‘全ての手を晒してない’、今の時点ですらそうなのだ。 ――あの『バケモノ』の底は、果たしてどこまで深いのかしら。