「おらぁ!」「ふっ!」「だぁ!!」「はっ!!」「どりゃあ!!」「うふふ、えいっ」「おごっ!? 今、軽い言い方でえげつない打ち方したな!?」「あら、この程度まだまだよ」「ぐあっ!? え、抉りやがったな!? このっ!!」「――っ、効いたわねぇ。はい反撃」「おわっ!? 目潰しは止めろ!」「それじゃあこっちね」「下腹を集中的に殴ろうとするな!?」「お二人共、とても楽しそうですね」「まったくだね」「欠片も楽しく無いわ!!!」幻想郷覚書 神霊の章・拾「雄終完日/クレイジーフォーユー」「それでは諏訪子様、こちらもそろそろ始めましょうか!!」「ああ、いつでも良いよ」 仲良く殴りあっている二人を眺めつつ、私と諏訪子様は戦闘態勢に入りました。 相手は我が神社の誇る祟り神、諏訪子様。苦戦は必至ですね。「ですが負けません! 必ずや諏訪子様を打ち倒してみせます!!」「えっ、打ち倒されるの私」「その予定です!!」「その予定なのか……」 安心してください、諏訪子様の事は忘れません!! どんなことになろうと、私は強く生きていきますね!! 私は決意を固め、祓串を諏訪子様に突き付けました。 ……いつものノリでついやってしまいましたが、祓串って穢を払うモノですよね。 私、実はものすごい不敬な真似をしているのでは無いでしょうか。「まぁ、最近の諏訪子様はちょっとケガレてますから丁度良いですよね」「不吉な感じに祓串突きつけられたと思ったら罵倒された。ケロちゃんちょっと悲しい」 「真面目な話、最近のお二人は悪巧みし過ぎですよ! 少年漫画の小悪党レベルで色々と企んでる気がします!!」「少年漫画の小悪党は酷くない?」「『ふっふっふ、今日は駄菓子屋の菓子を全部食っちまうぜ……』とか言ってそうです!」「想定してたよりも対象年齢が低かった!? え、早苗から見て私達ってそこまで酷かったの?」「最終的に失敗して痛い目見るあたりが特に」「わぁ、思いの外否定しづらい理由だぁ」「今回のも企みと言えば企みですしね。――よし、殴るモチベーションが湧いてきましたよ!!」「私は逆にやる気減ってきたよ……」 それは良い事です、倒すのが楽になります! 私はニッコリ笑いつつ、諏訪子様へ向けて御札を投げつけました。 ……そういえば、諏訪子様に私の御札は効くんですかね? あ、避けました! 効くんですね、御札!!「でも、それは神様としてどうなんでしょうか!」「はっはっは――そりゃまぁ、身内だろうと倒せる力じゃないと不便だろ? 色々と」「そうやって自分の背中を警戒しながら相手の背中刺す準備してるから、小悪党みたいに見えるんだと思いますよ?」「……早苗さんってばたまに物凄い辛辣になるよね」 私は何事も、素直に意見を口にするタチなので! しかしさすがは諏訪子様、全然攻撃が当たらないですね。 ならスペルカード、使っちゃいますか。「行きますよ、諏訪子様!」「ふふん、いつでもかかっておいで?」 ―――――――祈願「商売繁盛守り」 一つで足りなきゃ二つ、二つで足りなきゃたくさんの精神です! 私は大量の御札を、浴びせるような勢いで諏訪子様へ投げつけました。 単純な手ではありますが、シンプルなだけに回避は難しい――と思います!! 晶君も、以前に「結局は力こそパワーなんだよねー。ゴリ押し出来るんなら、それが一番楽だし」と言ってましたしね。 ……あれ? そういえばその後にも、何か言っていたような。「おーおー、まさに大盤振る舞いだねぇ。だけど甘い!!」 諏訪子様が手を振るうと、周囲に黒い霧が広がっていきました。 その瞬間、驚くほど動きが鈍くなる御札。 ただの障害物と化した札の合間を、諏訪子様は悠々とすり抜けて行きました。「ほいっと。これで一枚無駄撃ちだねぇ」「そ、そんなぁ……」 まさかスペルカードで相殺すらされないとか、全く想定してなかったです。 諏訪子様は凄い御方ですけど、少しは慌てると思ったのにぃ。 どういう事ですか、晶君!『まぁ、それだと力の強い方が強いと言う身も蓋もない結論にしか至らないワケですが。策略って超大事』 あ、そういえばその後にそんな事言ってました! でも酷いです、今更言うなんて!「うう、晶君に騙されました!」「ケロちゃん早苗が何考えてるのか分からないけど、それは言いがかりだって分かるよ」 そんな事ありません、晶君なら分かってくれます! ……それにしても困りました。諏訪子様相手に、スペルカードを無駄撃ちしたのは本気でまずいです。 そもそも私、あんまり妖怪以外と戦った事ありませんからね。 これからどうするべきか――なんかアドバイスください、私の記憶の中の晶君!! 確か以前に少しだけ、こういう時どうするかの話をしていたはずです!『え、守矢の神様と戦う事になったらどうするって? 全力で土下座して許しを請うしか無いんじゃないかな』 それじゃ負けてますよ!?『負けてる? 別に負けたって死ぬワケじゃないから良いじゃん。一番手っ取り早く勝負が終わるよ』 ああ、思い出しました。そういえばその時もそんな会話になってましたね。 さすが常々「プライド? ゴミの日に出したよ」と言ってる晶君です。負ける事に一切の躊躇がありません。 うーん、どうしましょうか。案外と発想としては悪くないんですけど。 あ、でもここでいきなり土下座したら幽香さんが怒りますかね。 諏訪子様も許さないでしょうし。となると……晶君、何か良い事言ってませんでしたっけ。『必勝の策? 誰とも戦わなければ絶対負けないから必勝って言って良いよね!! ……無人島とかに引き篭もる?』『楽に勝ちたい? それはつまり、結果を楽勝で終わらせる為の根回しの仕方を知りたいって事? 普通に勝つ方が楽だよ?』『自分より強い相手に対する勝ち方? 方法として確立された手段が通じる相手は、そもそも強者とは言わないと思う』 為にはなるかもしれませんけど、今の状況だと何の役にも立ちません! うう、失敗です。こんな事なら晶君に直接諏訪子様の倒し方を聞いておくべきでした。「ほらほら、考え事している余裕があるのかな?」「ひゃうん!?」 脳内晶君に助言を貰っていた隙を突く形で、諏訪子様がたくさんの鉄輪を投げつけてきました。 手加減ゼロじゃないですか! 直撃したらすっごい痛い事になってましたよ!?「へぇー、ボーッとしてても回避は出来るんだねぇ。さすがは早苗」「え、えっへん! 褒めてくれて良いんですよ!」「いや、そもそも弾幕ごっこ中にボーっとしちゃダメでしょ」「怒られました……」 でも、確かに諏訪子様の言うとおりです。 晶君も言ってました。『早苗ちゃんの場合、身の丈にあってない策謀練るより普通に戦ったほうが多分ずっと勝率は高いよ』って! あれこれ聞いた挙句の絞りだすような結論でしたけど、これもこれでアドバイスである事に変わりはありません!! 見ていてください、晶君。私はやりますよ!!『正直さ、幽香さん……早苗ちゃんに分かりやすく言うと諏訪子さんクラスか。あの人らと正々堂々戦おうって判断がまず間違いだと思うんだ』 覚悟を決めた直後になんて事を言うんですか!「晶君、本当に酷いです!!」「ケロちゃんマジで早苗の考えが分からないけど、百パー晶に非がない事は分かるよ」 とりあえず、やれる事をやるべきですね。 もったいないですけど、二枚目のスペルカードを使います!! ―――――――奇跡「白昼の客星」 印を結び、私は諏訪子様を左右から挟撃する弾幕を召喚しました。 放射線上に広がる左右の弾幕は、真っ直ぐ諏訪子様へと襲いかかっていきます。 もちろんこれだけでは終わりません。先程と同じ手で回避を試みたら、私の華麗なる体術でKOしちゃいますよ!! さぁ、どうしますか諏訪子様!? 一筋縄では終わらせませんよ!!「んー……よし、避けるの面倒だからスペルカードで全部防ごう」「ほぇあ!?」 ―――――――土着神「洩矢神」 スペルカードの宣誓と共に、巨大な蛙のオーラが諏訪子様の身体を包みました。 私の弾幕は次々とオーラの蛙にぶつかって行きますが、その身体を僅かに削る事も出来ず消滅していきます。 結果的には相打ちで終わりましたけど、どう考えてもこの流れで損したのは私だけです。「ううっ。なんでそこでスペルカード使うんですか、諏訪子様ぁ……」「いや、普通使うっしょ。相手はすでに二枚使ってて、こっちが一枚使ってもまだ優勢は確定するんだし」「そこはほら、神様として相手に格の違いを思い知らせるとか」「そりゃ、‘お膳立て’してくれたら見せないでもないけどねー。今の状況なら、ケロちゃん普通に安全策を取るよ」「お、お膳立て? どういう意味ですか?」「おだてられなきゃ豚は飛べないって事だよ。……正直、早苗はその手の才能無いから止めた方が良いと思うがね」「才能とかの問題なんでしょうか?」「晶のやり方とか見てると才能の問題だと思う。いやほんと、あの子人をノセる天才だよね」「さすがは晶君ですね……」「まぁ、相手をノセた分だけ自分もノる羽目になる事が大半だから、世渡りが上手いとは言えないけど」 むしろそれ、世渡り下手って言いません? まぁでも、とっても晶君っぽいからそれで良いんでしょう。多分。「なるほど分かりましたよ、諏訪子様」「ん、何が?」「才能の無い事に時間を割くよりも、得意分野で戦った方が良いと!!」「……んん? いや確かに、早苗に晶と同じ事が出来るはずは無いけれどさ。だからって得意分野で攻めても」「では行きますよ!!」 スペルカードの枚数で勝ち目が無いなら、普通に倒して勝てば良いんです。 最大火力で、一気に諏訪子様を押しつぶしますよ!! ―――――――大奇跡「八坂の神風」 スペルカードが発動し、無数の弾幕が私の周りを漂い始めました。 収束と拡散を同時に開始した弾幕は、まるで竜巻のように周囲を薙ぎ払っていきます。 私の持つ、ほぼ最高威力のスペルカードですよ! 例え諏訪子様といえど、これを喰らってただで済むはずが……。「あー、あー、なるほどなるほど。そーいう事ね。――うげぇ、マジかー」 わぁっ、なんだか良く分からないけど諏訪子様が動揺してます! これはいけるかもしれませんね! 一枚目でカタがつくかもしれません!!「とりあえず、スペルカード発動っと」 ―――――――祟符「ミシャグジさま」 どこか気が進まない様子で、諏訪子様もスペルカードを使いました。 無数の弾幕が見境なしにばら撒かれ、同じく広がっていた私の弾幕と混ざり合っていきます。 二つの弾幕はぶつかり合い相殺し――相殺? あれ、気のせいで無ければ、私の弾幕負けてませんか!?「ったく、私も衰えたもんだ。愛しい愛しい風祝とは言え、まさかこんなにも甘やかして育てていたなんてさ」「え? え?」「分からないかい? 早苗にはさ、格上と相対する経験が圧倒的に足りてないんだよ。ま、格下妖怪の退治ばっかしてたからねぇ……」「ええっ!? でも私、異変では強い妖怪や霊夢さんとかと戦ってきましたよ!?」「なるほど――で、勝率は?」「その……あんまり芳しくありません」「だろうね。見積もりが甘いというか、そもそも彼我の実力差を把握してないやり方――むしろ勝ちが拾えただけ奇跡だよ」「そこはホラ、私は奇跡を起こす風祝なので」「上手い事言いおってからに。――でも残念ながら、私相手にその奇跡は通じないよ? そもそも早苗の力って私ら祀って使ってるもんだし」 諏訪子様がそういうのとほぼ同時に、私の弾幕を諏訪子様の弾幕が全て消し飛ばしました。 そしてなお、勢いを緩めない諏訪子様の弾幕。うわ、あ、危ないです!?「当たり前の話だから今までしなかったがね。早苗――世の中には、‘絶対勝てない相手’ってのがいるのさ」「……例えば諏訪子様とか、ですか?」「現時点ではそーだね。早苗はまだまだ伸びしろがあるから将来は分からないけど、今の早苗じゃ勝ち目は無いよ」「そ、そんなぁ」 それじゃあ勝負にならないじゃ無いですか! 私が弾幕を避けつつガッカリしていると、諏訪子様これみよがしなため息を吐き出す。「減点さらに一。他ならぬ私の言葉だとしても、敵の言葉を安易に信じて諦めてしまうのは悪手以外の何物でも無いからね」「ええっ!? なんか無茶苦茶言ってませんか諏訪子様!?」 つい先程、私の見積もりの甘さを指摘したばっかりじゃありませんか!? もう、何を信じて良いのかさっぱり分かりませんよ私! 後、お説教入るならスペルカードはなんとかしてください。 避けながら話聞くの、すっごい大変なんです。「無茶苦茶だが、必要な事だよ。真剣勝負の場において『判断力』は必ず求められる要素だ。そして今の早苗にはそれが無い」「な、無いですか」「無いね。何が足りないか、何が必要か、何をすれば良いのか。それを見極め足掻く事こそが人間の本質さ」「私は現人神ですけ――いえ、さ、さすがに冗談ですよ!? ……ちなみに、諏訪子様的には『理想の判断力の持ち主』っているんですか?」「晶」「あの……気のせいで無ければ諏訪子様、晶君の事好きすぎませんか?」「正直、あの子実は私の子じゃね? って思うくらいにはシンパシー感じてる。考え方がかなり私寄りなんだよねー」 そんなになんですか……本来なら羨ましがる所なんでしょうが、不思議と妬む気にはなれません。 むしろ何ていうか、そこまではなりたくないと言うか――ある意味ソレ、悪い意味での褒め言葉ですよね?「ま、あそこまで悪辣になれとは言わないけどね。早苗ももうちょっとずる賢くなってもらわないと――だから死ぬ気で教えこむよ」「えっ」「守矢神社の甘やかす方は今、楽しく死闘やらかしてるワケだし。これなら思う存分‘身体に教え込める’かなー」 そういって、本当に楽しそうに笑う諏訪子様。 なんていうかその……私の知る中で一番祟り神っぽい笑顔です。ちょっと怖いです。 あの、私死にませんよね?「大丈夫、命と人間としての尊厳は保障するから! 生きるために必要なものは全部残るよ、やったね早苗ちゃん!!」「ぜ、全然良くないですよぉ!?」 うう、なんだか普通に勝負するよりも大変な事になっているじゃないですか。 もうこうなったらヤケクソです! 記憶の中の晶君、何でも良いからアドバイスください!!『だいじょぶだいじょぶ、命があるならなんとでもなるってセーフ』 ――本当に似た者同士ですね、お二人共は! うひぃーん!!