「おーい霊夢ぅ、一緒に例の腋メイドの顔を見に行こうぜ!」「やだ」「即答かよ。人間のクセに異変を起こした変わり者だし、顔を見る価値くらいはあるんじゃないか?」「イヤ。何でわざわざアイツの顔を見に行かないといけないのよ、面倒臭い」「おいおい、そこまで言うか? ……と言うか珍しいな、お前が誰かをナメクジの如く嫌うなんてさ」「あら、私は別に蛞蝓嫌いじゃ無いし、アイツも嫌いじゃないわよ。好きでも無いけど」「お前がナメクジ好きの変態巫女じゃ無くて安心したよ。で、嫌いじゃない相手と顔を会わせたがらない理由は当然説明して貰えるんだろうな」「私としては、何で魔理沙がそんなに私を連れて行きたがっているのか。その理由の方を説明して貰いたいわね」「……き、気のせいだぜ」「まぁ、別にどうでも良いけどね。どっちにしろそこまで急いでアイツに会いに行く必要は無いわよ」「何だよ、随分ハッキリと言い切るじゃないか。またいつもの巫女の勘か?」「そんな所ね。私の経験と勘が、アイツとはうんざりするほど長い付き合いになるって言ってるのよ」「………そりゃまぁ、幻想郷に住みついたワケだからな。長い付き合いにはなるだろうさ」「そういう意味で言ったんじゃないけど―――ま、良いわ。そのうち魔理沙にも分かるだろうし」「良く分からんがお断りするぜ」幻想郷覚書 天晶の章・拾陸「指向錯誤/幻想郷の魔法使いたち」「まったく霊夢め。どうせ暇なんだから、私に付き合ってくれても良いだろうに」 ぶつくさ文句を口にしながら、私は魔法の森の上空を飛んでいた。 そりゃあまぁ、霊夢は他人に興味を持たないヤツだから、喜んで付いてくるとまでは思って無かったけどさ。 二つ返事で付いてくる程度には、アイツにも若さが残っていると踏んでいたんだがなぁ。 まったく。物事への興味の喪失は老化の始まりなんだぜ? 「それにしても参った。いきなり予定が狂っちまったぜ」 これは、らしくない事をした報いかもしれないな。 物怖じしないアイツを矢面に立たせて――なんて言うのは、やっぱり私のやり方じゃ無いか。 「しょうがない。ここは魔理沙さんらしく、真正面からぶつかっていく事にするぜ。――しかしまぁその前に」 私は箒の向きを変えて、森の中へと入っていった。 湿り気たっぷりの森に似つかわしくない小奇麗な家に到着すると、帽子を被り直して大きく息を吸い込む。 帽子には何も乗って無い、土産もとりあえず用意した。よし、これなら文句は言われないだろう。 最後に軽く服を叩いて埃を払い、私は家の扉を勢い良く開けた。「よーぅアリス! 元気やってるかー!!」「……どいつもこいつも、ノックって言葉を知らないのかしら」「生憎と、野球には詳しくないんでな」 無遠慮に侵入してきた私を一睨みして、自称都会派魔法使いは口に放り込もうとした饅頭を下に置く。 態度は非歓迎的だが、こいつは大体いつもこんな感じだから問題無い。 私は浮かんでる人形に帽子を引っかけ部屋の中へ入ると、箱詰めされた饅頭の内の一個を頂きつつ椅子に腰かけた。 それにしてもアリスのヤツめ、その外見でオヤツの内容が湯呑に入った緑茶と変わった包装の饅頭って言うのはどうなんだよ。 ちょっとは自分のキャラってヤツを大事にした方が良いと思うぜ? 私も人の事は言えないがな。 ……お、これ結構旨いな。もう一個貰っとくか。「で、何の用よ。ウチはレンタルの類はやってないわよ。……後、二個目に手を出したら宣戦布告と見なすから」「そりゃ色んな意味で残念だ。しょうがないから普通に情報を頂く事にするぜ」「私が情報屋に見えるなら、帰って寝る事をお勧めするわ」「魔法使いにも人形遣いにも見えないがな。ま、安心しろよ。ちゃんと情報料も持ってきたからさ」「病気よ、寝なさい」 一片の躊躇いも無く言い切りやがった。せめてもう少しくらい、別の可能性を考慮する気が無いのかコイツは。 いやまぁ、我ながらご乱心と言われてもおかしくない言動だとは思うがな。 それでも私は苦笑だけを返して、持ってきた‘土産’を机の上に乱雑に置いた。「何だ、要らないのか? せっかくお前の所から借りた本を返しに来たんだがなぁ」「看病してあげるから、今すぐそこのベッドで寝なさい」「何で扱いがより丁寧になってるんだよ!?」「覚えておきなさい。アンタが借りた物を返すのは、霊夢が勤労に励むのと同程度の異変なのよ」 そこまで言うか、しかも真顔で。 アリスは憐憫と疑惑に満ちた表情で、じっと私の目を覗き込んでくる。 うーむ。世間からの評価は分かっていたつもりだったが、ここまで露骨に異変扱いされるとは思わなかったぜ。 これはもう誤魔化すのは無理だろう。借りを作ると面倒だからさりげなく話を振るつもりだったが、やっぱりらしくない事はするべきじゃなかったな。 私は肩を竦めて降参の意志を露わにすると、素直にここへ来た目的を白状した。「察してくれ。今の私は、お前に助けを求めるほど切羽詰まってるんだ」「みたいね。緊急事態みたいだし、手を貸してあげても良いわよ。一つ貸しでね」 不遜な笑みを浮かべ、「魔法使い」の表情でアリスは言った。 はー、分かってはいたけどやっぱり面倒な事になったぜ。 コイツに貸しを作ると、後で何をやらされるか分かったもんじゃないからな。 ……まぁ、イザとなったら忘れた事にしよう。えっへっへ。「そういう事ならこの情報料、ありがたくいただく事にしましょうか。元々私のだけど。――それで、魔理沙は何が知りたいの?」「ああ、実はこの前の異変を起こした久遠晶の事なんだがな」「……あの馬鹿、また何かやらかしたの?」 今度は一転、心底苦々しそうな表情で眉根を寄せるアリス。 どうやら久遠晶とアリスが親しい仲だと言う、人里の噂は本当だったようだ。 実は他にも、久遠晶は妖怪だと言う噂もあったりするんだが……まぁ、霊夢が人間判定してたしそれは違うのだろう。信憑性はあるがな。「生憎、私は何も知らないな。だからこそお前の所に来たワケなんだが」「つまり何? 晶の事を教えて欲しくて私の所に来たの? 手土産まで持ってきて、借りまで作って?」「そういう事だぜ」「……魔理沙、貴女本格的におかしいわよ。いつもの押し込み強盗の様な考え無さと、火事場泥棒の様な図々しさはどこ行ったの?」 「余計な御世話だ、私だって相手が同性ならここまでしないぜ。ただ、異性相手だと……その……なぁ?」「気持ち悪っ、何よその乙女っぽい態度は」「ふん、悪かったな。……男相手だと、距離の取り方が良く分からないんだよ。知り合いは大概女だからさ」 私の数少ない男の知り合いと言ったら、親父と霧雨商店の店子、後は魔法の森の偏屈店主くらいだ。 全員異性と言うより家族と認識してる相手だから、はっきり言って何の参考にもならない。親父とは絶賛縁切り中だしな。 ましてや同年代の男子など、私にとっては未知の生き物と変わりが無いのである。 むしろ、本当に未知の生き物の方がよっぽど楽だぜ。大概は弾幕でぶっ飛ばせば何とかなるから。「そういえばアンタ、良いトコのお嬢様だったわね。忘れてたわ」「そういうお前も、ある意味で良いトコのお嬢様だけどな」「はいはい、私が悪かったわよ。魔理沙に家の話は禁句だったわね」「へっ、何の事だかさっぱり分からないぜ。それよりも久遠晶の事をとっとと教えてくれよ」「……確認するけど、相手にしないって選択肢は無いのね」「ああ、無いぜ」 あんな面白そうな噂を聞かされて、魔理沙さんが無視する理由はどこにも無いからな。 私の満面の笑みと言葉に、説得は不可能だと判断したアリスは疲れた様子でコメカミを抑えた。 果たして呆れているのは私にか久遠晶にか。……分からないが、アリスが苦労している事だけはよーく分かるぜ。「とりあえず、性別はそれほど気にしなくても良いわね」「女装してるからか?」「それもあるけど、それ以上に本人が男女の差をあまり気にして無いのよ」「ふーん」 まぁ確かに、あんな格好を普通に享受してる姿を見ればそこらへんの垣根が薄い事は何となくわかる。 ぶっちゃけ私も紫に教えて貰うまで、アイツの事普通に女だと思ってたしなぁ。 と言うか、今でもちょっと半信半疑だ。男だよな、アイツ? 大体、本人が気にしてるとか気にしてないとか私には関係無いんだよ。問題なのはこっちの対応なんだから。 こっちも気にしないから気にするなと言われて、そう簡単に「はいそうですか」と納得なんか出来るか。 これでも私、結構繊細なタチなんだぜ? 霊夢あたりは鼻で笑いそうだが。「そういうのは良いからさ、とりあえず久遠晶の性格とか人となりとかを教えてくれないか? 重要なのは、私がどう接するかなんでな」 相手の事を良く知れば、距離の取り方も大体分かってくるものだ。 ここらへんは弾幕ごっこと一緒だな。肝心なのは相手を良く知る事――らしいぜ? 私は天才だから、そういう調査とか全然しないけどな!「……また、厄介な質問をしてきたわね」「いや、友達なんだろ? 性格の一つや二つ把握しておけよ」「把握してるからこそ答えにくい事があるのよ」 簡単なはずの私の質問に、アリスは人生の命題を問われたかの様な険しい表情を返してきた。 え、そんな難しい事聞いたか? 不安になる私を余所に、アリスは必死に頭を働かして相応しい答えを探しだそうとしている。 いやいやちょっと待てよ。大抵の問題は頭の中でさらっと解くお前が、それだけ悩むってどういう事だ。 おい、なんか怖くなってきたぞ。久遠晶ってそんなに得体の知れないヤツなのか?「そうね。じゃあ、まずは『友人』としての久遠晶を話しましょうか」「分ける必要があるのか?」「分ける必要があるのよ。で、友人から見た晶の評価だけど――はっきり言って馬鹿よ、それもかなりの」「それは、何チルノくらい馬鹿なんだ?」「三チルノくらい馬鹿よ」 振っといて何だが、もう少し分かり易い例えは無かったのかアリスよ。 だがまぁ、具体的な所は分からなくても久遠晶がとても馬鹿だと言う事だけは良く分かったぜ。 ……分かった所でどうしようも無いがな。「とにかく無謀なヤツで、後先を考えない上に目的以外の事を蔑にする悪癖があるわ。発想は突飛でかつ詰めが甘くて、肝心な所は勘頼りになりがちね」「個人的には嫌いじゃ無いな。眺めてるだけで暇が潰せそうだぜ」「暇どころか肝が潰れそうになるわよ。あれだけ危ない橋を渡ってきた癖に、あの呑気者は一向に短所を改善する気が無いんだから」 今まで被ったのであろう被害を上げながら、アリスはブツブツと文句を並べて行く。 すでに人物評では無く、ただ友人の愚痴を零しているだけだと言う事には気付いていないようだ。 コイツは外面だけ整えて実際の社交性をゴミ箱に放り捨てた典型的な魔法使いだけど、その分身内には駄々甘だからなぁ。 まぁ、本人に自覚無いし、指摘したら間違いなく激怒するだろうが。「……入れ込むのも程々にしとけよ、色々剥げるぜ?」「アンタのせいで被る迷惑を減らしてくれたら、剥げる心配も無くなるんだけどね」「おっと、藪蛇だったぜ」「白々しいわね。まぁ良いわ、期待して無かったし。話を続けるわよ」「へーいへい。次はどんな目線で語ってくれるんだ?」「――『魔法使い』としてよ」 アリスの表情が、友人の馬鹿に頭を痛める苦労人からクールな魔法使いのソレに変わっていく。 同時に引きしまっていく場の空気に釣られて、自然と私の身体も強張った。「魔法使いとして見た久遠晶の評価は―――はっきり言って危険人物よ。もちろん、脅威と言う意味でね」「なんだ、さっきと評価が一変したじゃないか」「変わらざるを得ないのよ。能力的にも性格的にも、それくらいタチが悪いヤツなんだから」 能力か、何だったかな。やたら色々出来るとは噂で聞いてるんだが。 と言うかお前、性格的にもタチが悪いって。その性格にさっきダメ出ししまくってたじゃないか。 私がそんな意図を込めて視線を送ると、それに気付いたアリスは苦笑しながら説明を続けた。「友人としては危なっかしいだけだけどね。戦う事を想定したら、この上無く厄介な相手に変わるのよ」「そうかぁ? 無謀で詰めの甘い馬鹿なんだろう?」「後先考えず目的以外を蔑にするって事は、自分の身の保全すら考えないと言う事よ。ちなみに晶の口癖は「命が残っていればセーフ」だから」「それ、強みなのか?」「言ってしまえば常に捨て身だから、本当に何をするか分からないのよ。作戦も勘と思い付きまみれで、予測する事は難しいわ」「ふーむ、確かにそれは面倒臭いかもしれないなぁ」「何よりタチが悪いのは――それが大概‘成功’する事なのよね。被害はもちろん被ってるけど、それ相応の成果もきっちり出すのよ、アイツ」「うわ、そりゃタチが悪いな」「ちなみに主に使う能力は……っと、これは言わない方が良いわね」 ワザとらしく口を抑えながら、アリスは意地の悪い笑みを私に向ける。 もっともその配慮は、久遠晶に対するモノじゃないようだがな。 ふん、お前も相当タチが悪いぜ。そんなに私を煽るだなんて、それでも久遠晶の友達か? 魔法使いとしての評価を聞いてからずっとにやけていた顔を叩いて直し、私は勢い良く立ち上がる。 もう聞くべき事は何もない。後は本人と顔を合わせて――弾幕をぶつけてやるだけだ。 「さて、無駄話も終わった事だし出掛けるとするか!」「はいはい、さっさと出掛けてきなさい。帰ってこなくていいわよ」「なんだ、付いてこなくて良いのか? お前の友達がエライ目に会うかも知れないぜ?」「いつもの事よ、もう慣れたわ。それに――」 アリスは緑茶を一口すすって、意味ありげな視線で私を見つめる。 こいつにしては珍しい何かを企む様な目で、どこか楽しそうにアリスは言った。「多分、勝負にはならないわよ」 確信に満ちた表情で、そう断言するアリス。 ――その発言の意味を私が知るのは、もう少し後の事だった。