「幽香さん、喧嘩しない?」「――やだ」「ちょ、何でそこで断るのよ! いつもの貴女ならヨダレ垂らして喜ぶ所でしょうが!!」「私を何だと思っているのよ、楽しくない喧嘩は普通に断るわ」「ぶーぶー、このヘタレ畜生が!!」「罵倒も行き過ぎると何も思わなくなるのね。……そもそも、何で貴女そんなにやる気なのよ」「いや、最近私と貴女の立ち位置が怪しくなってきた感があるので。再確認しようかと」「確かにそうね。でも、ブレまくっているのは貴女の立場の方でしょう?」「失敬な、私ほど純粋かつ生粋の姉はいないと言うのに」「貴女が姉になったの、晶が来てからじゃない。まず根底からブレてる時点で言い訳は出来ないわよ」「細かい事はどうでもよろしい!!」「……で、何で喧嘩?」「初心に戻ってみようかと思って。ここ最近スッカリ忘れていたけど、私と貴女って水と油な関係なワケでしょ?」「安心なさい、私は忘れていないから」「その割には私の扱い、かなり雑じゃなかった?」「貴女が忘れていたからね」「今は思い出したわ、だから勝負よ!」「やだ」「もー、なんでよー。何が不服なのよー」「何度も言わせないで。つまらない喧嘩はしないわ」「はっ、腑抜けめが」「買わないわよ」「買えよー。買ってよー。買いなさいよー。ここまで言われたい放題されて、黙ってるってどうなのよフラワーマスタァー」「……貴女に一つ、言っておく事があるわ」「な、何よ」「私と喧嘩するつもりなら、まずはそのイロモノオーラを何とかして。お願いだから」「お、おぉう……まさか宿敵だと思ってる人に懇願されるとは思わなかったわ」「私もライバル相手に、こんなお願い真摯にする羽目になるとは思わなかったわよ」幻想郷覚書 異聞の章・伍拾玖「妖集悲惨/お節介焼きな仙人様」 どうも、良く分からないまま仙人様に仲を取り持って貰える事になりました。久遠晶です。 正直な所、僕も天子もやる気は皆無なんですけど。 華扇さんのテンションに反抗する意欲すら剥ぎ取られているので、大人しく言う事を聞いている次第であります。『なんとかしなさいよ、得意分野でしょ』『説得が?』『ゴマすりが』『ぶっころがすよこのアマ』『やれるもんならやってみなさい』「聞いてますか、貴方達!?」『とりあえず何か話振ってみて。――次、十五秒後ね』『――了解』 とりあえず、変にいつもどおりの会話をすると華扇さんの怒りが増すのでお互いに自粛。 お小言の隙を縫って、アイコンタクトで互いの意見を統一していく。 ただし目線のみでの会話とはいえ、あんまり頻繁に交わすと華扇さんに警戒されるので時間は出来るだけ短めに。 まったく、こんな事で天子との意見が合うなんて忌々しいなぁ。〈正直、古いタイプのツンデレにしか見えんぞ少年〉 どこらへんが? 魅魔様、もうちょい物事を客観的に見ようよ。〈あーうん、少年がそういうなら魅魔様は何も言わないよ〉「で、華扇さん。これから何をするのですか?」「とりあえず、互いの良い所を探す所から始めましょう」 こちらの問いかけに、自信ありげな笑みを浮かべながらそんな事を言う華扇さん。 咄嗟の思いつきだったけど、意外と良いアイディアだったって所かな? 確かに悪い案では無いけど……そこで自慢気になるあたり、華扇さんからは慧音さんと同じ匂いがするよ。 「人は相手に対する感情でその人間の見方を変えるモノですからね。良い所を一つでも見つければ、相手の印象も少しは違って見える事でしょう」 まぁ、言わんとする所は分からないでも無い。 痘痕が笑窪に見えるなら、その逆だってまた真なりと言う事なのだろう。 少なくとも、フランちゃんと天子が同じ事をしたら僕は天子の方だけ酷評する自信がある。確信もある。 しかし、天子の良い所を探すねぇ……うん、良いか悪いかで言ったら死ぬほど嫌。 だけどノーって言ったら、華扇さん怒るんだろうなぁ。 や、別に怒った所で怖くも困りもしないのだけど。――なんか、前例が居るせいで泣かれそうな気がして困ります。「うげー、コイツのぉー?」「嫌とは言わせませんよ」「……まー、良いけど」『――とりあえず話に乗るわよ』『――おーけー』 すっごい不服そうだけど、天子の方も華扇さんに逆らうつもりは無いらしい。 意外と付き合い良いんだなぁ。……良し、何も思いつかなかったらコレを良い所にでもしよう。「いきなりは難しいかもしれませんから、詰まったら私も手伝います。さぁ、まずは晶さんからどうぞ!」「んー、それじゃーまず一つ。――教養豊かだよね。内容も付け焼き刃ってワケじゃないし」「当然じゃない。そういうアンタも、知識そのものは豊かだと思うわよ」「身体能力の高さは天人固有のモノだけど、それに胡座かいているだけじゃ無い所も高評価かな。わりと考えて動くタイプだよね、天子」「アンタほど考えても無いけどね。……ほんと、発想力と行動力は飛び抜けているわ。そこは認めてあげる」「髪、綺麗だよね。長いのにサラサラで」「女顔ではあるけど、上手く髪型とか整えれば普通に美少年だと思うわ」「……何があってもへこたれない」「……条件付きだけど、情に深い」「器はかなり大きい、僕以外にはだけど」「貴方もね」「自分に自信を持っている事は、素晴らしいと思うよ!」「過剰とも言えるその慎重さ、私は評価するわ!」「……ぐむむむむ」「……うぎぎぎぎ」「ま、待ってください! 何で褒めあっているのに喧嘩直前みたいな空気になっているんですか!?」 どんどん険悪になっていく僕らの様子に耐えかねた華扇さんが、慌てて割り込んで褒め合いにストップをかける。 いやほんと、なんでこうなったんでしょうね? 僕にもさっぱり分からないです。 まぁ、褒めている内にお互いすっごい不快な気分になった事は確かだけど。「二人共、思ってもいない事を言っているのではありませんか?」「全て本音よ。私だって、コイツが救いようのない無能であるとは欠片も思っていないわ」「だよねぇ。有能だからこそ腹立つっていうか、ほんと死んでくれないかなって思うワケで」「……つまり貴方達は、相手の良い所を知った上で嫌い合っているのですね」「そうなるわね」「そうなりますね」 別に相手がどれだけ善人であろうと、それが敵対を止める理由にはならないと言う事です。 いや、普通ならなると思うけど。僕だって普通なら止めると思うけど。「天子なら別に問答無用で始末しても良いかなって」「晶なら別に問答無用で始末しても良いかなって」「……ひょっとして私は、物凄く根深い問題に首を突っ込んでしまったのでしょうか?」 僕らの歩み寄る余地皆無な物言いに、思わず頭を悩ませる華扇さん。 とは言え、実際はそこまで深刻な問題でも無いと思いますが。 要するにアレだよね。好きとか嫌いって感情を、理屈で深く説明なんて出来やしないって事だよね。 うん、しゃーないしゃーない。だから仲を取り持つのは諦めよう!「いえ、まだです。まだ諦めませんよ!」「……ちっ」「……しぶとい」「何か言いましたか!?」「いいえ」「何にも」「…………確認したいのですが、貴方達は本当に仲が悪いのですよね?」「もちろん!」「何なら証拠、見せましょうか!?」「止めてください」 そう言って、華扇さんは深い深い溜息を吐き出した。 うむ、実に哀愁ただよう姿だ。華扇さんってば超可哀想。原因の一旦僕にあるけど。 ……いや本当に、結託しているつもりは一切合切無いんだけどなぁ。 なんて言うか、悪い方向に意思の統一が出来ていると言うか。 絶対に仲良くなるまいとお互いに決めているからこそ、傍から見ると仲良しさんにも見えるんだろうね。 ……んー。なんかそう考えると、このまま天子と協調路線突っ走るのが腹立たしくなってきたかも。 意地を張り続けても華扇さんが摩耗するだけだし。それならあえて彼女に協力して、天子を追い込んだ方が賢いのでは? うん、思いつくのが遅かったけど悪くないアイディアだ。早速試そう。「だけどアレだね」「華扇の言う事にも一理あるわね」「いつまでも子供みたいな事しててもしょうがないし」「ちょっとは協力」「して」「あげましょう」「かな」「…………」「…………」「やっぱ殺すわ」「とりあえず殴るね」「――根深すぎる」 くそっ、天子のヤツめなんて卑劣なんだ。 あえて華扇さんに同調する事で、僕を孤立させるつもりだったとは。 鬼! 悪魔!! 外道!!!〈数秒前の自分を思いだせよ、少年〉 良し、次行ってみよう!「なまじっかどちらも賢しいのが裏目に出ていますね。やれやれ、どうしたものでしょうか」「天子をどうにかしよう」「晶を何とかしましょう」「…………」 とりあえずこちらの意見を聞いていたらダメだと思ったのか、すみやかに僕らの言葉をスルーして考え込み始める華扇さん。 うむ、その判断は実に正しい。ぶっちゃけ一々相手にすると面倒だから放置で安定だと思いますよ? 自分の事だけど。「そうですね。では、少し‘やり方’を変えてみる事にしましょう」 そう言って華扇さんは、僕と天子の首根っこを摘み軽く持ち上げた。 おおっ、意外と力持ちなんだなぁ。吊るされた状態で呑気にそんな事を考える僕。 まぁそもそも拘束されているワケじゃないから、振りほどこうと思えば楽に振りほどけるんだけど。 華扇さんが何をするのか興味があるから、少しばかり流されてみよう。 ――とか思っていたら天子と目線があった。うわ、超腹立つ。〈何でだよ。少年はあの天人関連だと、発想がぶっ飛び過ぎてて魅魔様もついていけないぞ?〉 いやだって、あの不良天人僕と同じ事考えてたんですよ? 何をする気か知らないけど面白そうだからせいぜい頑張りなさいよフフン、とかもうムカつき過ぎてどうにかなっちゃいそうなレベルだよね。〈腕組みしながら吊るされている天人の姿からそこまで察せる少年が怖い〉 あっちも分かってますよ、ほら。〈うわ、ほんとだ。あっちも親の敵みたいな顔でこっち睨んでる。なんなの君ら、魂分けた双子か何か?〉 久しぶりにスペカはつどーう。 ―――――――仕置「悪霊拷問台」〈しょ、少年がマジギレした!? 普段、後で覚えてろとか散々言う癖に何もしてこなかった少年がついに!〉 おかわりー。 ―――――――仕置「悪霊拷問台」〈ちょい待てスペルカードの重ねがけは禁止って言うか単発でも正直キツうわぁぁぁぁぁぁぁ!?> ふぅ、悪は滅びた。 心のお仕置きゾーンに消えた魅魔様へ脳内で敬礼を送った僕は、改めて華扇さんの姿を眺める。 どこから湧いて出てくるのか、意外な怪力で僕と天子を運ぶ華扇さん。 このままの状態でも、数キロくらいなら楽々走破しそうだけど……果たしてどこに連れて行く気なんだろうか。 遠出になるなら予め言って欲しいのですが。ほら、家に連絡しないといけなくなるし――おや。 そんな事を考えていたら、何やら魔眼の効果範囲に入ってきた反応が一つ。それもそれなりの速さでこちらへと向かってくる。 形的には猛禽類っぽいけど……なんか大きさがおかしくない? 翼を広げたら――なんて小細工無しで、余裕で二メートル超える大きさがあるっぽいんですけど。 え、マジで。マジっすか。う、うっひゃぁぁぁあああ!「悪いわね、竿打。いきなり呼びつけちゃっ」「凄い! 大型の猛禽類――ひょっとして「大鵬」ですか!?」「いえ、ただの大鷲で」「うわほんとでっかい! カッコいい!! ちょっと写真撮って良いですか!?」「え、いや――ど、どうぞ?」「ひゃっほぉう!!」 ポケットからカメラを取り出し、羽根を畳んで身体を休めている大鷲を激写する。 そう、こういうのだよ!! こういうベタなのを求めていたんだよ!! 単純に巨大化しただけで、キメラ的要素とか妖怪的要素とか薄いのはちょっと残念だけど!! これでも十分に素敵だから許す! 超許すよ、僕は!!「嬉しそうねぇ。コイツは妖怪じゃなくてただでかいだけの鳥だけど、アンタ的には有りなの?」「アリに決まってんじゃん。そういう天子こそ、まさかコレが無しだとか言わないよね?」「そうね……空を飛んでるコイツの背中に、両腕組んで仁王立ちして良いならアリね」 ……コヤツ、やはり出来る。 さらっと言ってのけた天子の台詞に思わず戦慄する僕。 さすがだ。存在はムカつくけど、そのセンスだけは認めざるをえない。「危ないから、この子に乗る時は座った方が良いですよ?」「――アンタにはガッカリよ、モドキ」「――華扇さん、貴方には失望しました」「ええっ!?」 それに引き換え華扇さんは……それで良く、大鷲の飼い主を名乗れましたね!!〈因果関係何もねーじゃん、ソレ〉 アレ、魅魔様復活早いね? 連続でスペカ叩き込んだから、もうちょっと復活に時間がかかると思ったんだけど。〈少年は鬼か。……まぁ、アレだ。魅魔様も成長するんだよ〉 なるほど、良く分かりました。――ではもう一発。〈ちょ、ま〉 ―――――――仕置「悪霊拷問台」〈ふぎゃぁぁぁぁあああ!?〉 別に挑発された事は関係ないけど、今日は容赦なくガンガン行くよ。挑発された事は関係ないけど。〈クソ、少年ってば心狭すぎだろ!!〉 自分で言うのも何だけど、心の中に他人を住まわせている時点でそこそこ広いと思う。 再度お仕置きゾーンへ引っ張り込まれた魅魔様にエールを送りつつ、改めて僕は華扇さんの大鷲――竿打君? に向き直った。 うぅむ、見れば見るほど立派な鷲だなぁ。 特に、頭の部分が白くなっている所が素晴らしい。 いや別に、全身同じ色の鷲がダメって言ってるワケじゃないけど。 なんて言うか、特別感があって良いよね! ハクトウワシみたいでカッコいいし!! ……ん、ちょっと待って? ハクトウワシって日本に生息してないよね? 僕は鳥類に特別詳しいってワケじゃないから断言は出来ないけど、日本に頭だけ真っ白くなるワシはいなかったような……。「あの……話を進めてもよろしいですか?」「ゴメン、ちょっと待って!」「…………あ、はい」 興味を惹かれた僕は、その後もマジマジと竿打君の事を観察し続けた。 結果、華扇さんと天子をかなりの時間放置する羽目になっちゃったけど――まぁ、仕方ないよね! うん!! ――あ、ほんとスイマセンでした。天子には謝らないけど、華扇さんにはちゃんと謝罪します。