「てゐのヤツ、また掃除をサボって……今度こそお師匠様に叱ってもらわないと」「ああ、そのゴミはこっちに運んで。それは――あっちね。重たいから気をつけなさい」「……あの子の部下はこんなにも有能なのにね。まぁ、ちょっと要領が悪い所もあるけど」「ォォォォォ」「……ん?」「ヤッホォォォォォォオォオォオオオオオオ!!」「――っ!?!?」「ぐっはぁ!?」「い、隕石!? じゃない、晶!? 何してるのよ!?」「……姉弟子」「な、何よ」「イェーイ!!」「はぁ!?」「イェーイ!!!!」「な、何よ? 何で両手を上げてるのよ?」「イェーイ!!!!!!」「ちっ、近づいてこないでよ!?」「…………じゃ、僕はコレで」「えっ」「イヤッホォォォォォォオオオオオオオオ!!」「――――何なのよ、今の」幻想郷覚書 異聞の章・伍拾弐「妖集悲惨/予想外のハンディキャップ・マッチ」「や、やっと解放された……」「自業自得です。コレに懲りたら、少しは自制を覚えて大人しくする事です」「頑張ります……」 自身で予想していた通りにお説教された僕は、四つん這いの姿勢で這いずるようにその場から離脱した。 やっぱり映姫様の説教は効くなぁ。最初は皆の様子を窺う余裕があったけど、最後の方はもう耐えるだけでイッパイイッパイでしたよ。 さてはて、どういう状況になっているのかなーっと。「あ、お帰りお兄ちゃん」「おそいわよ、あきら!!」「ゴメンゴメン。で、勝負内容は決まったの?」「決まったよ。二対二で弾幕ごっこだって」「……二対二?」 何それ。三妖精ちゃん達って、実は自殺願望でもあったの? そりゃまぁ、親分とサニーミルクちゃんのタイマンでサニーミルクちゃんの方に勝ち目があるとは思えないけど。 だからって数を増やしてもなぁ。相方がどちらになるにせよ、単に差が広がるだけのような気が。 三妖精ちゃん達主導で話を進めていたはずなのに、何でこっちがこんなに有利な事に?「そうよ! あたいとふらん、さにーとあきらでたたかうの!!」「へー、親分とフランちゃんが――んんっ?」 え、ちょっと待ってちょっと待って。 なんか今、さらっと有り得ない事を言われた気がするんだけど。げ、幻聴?「……耳がおかしくなったかな。サニーミルクちゃんと僕が、一緒になってフランちゃんや親分と戦うなんて戯言が聞こえた様な」「大丈夫、間違ってないよ」「え、なんで? 僕、チルノ団だよね?」「こーへーなたたかいのためよ!」「……ゴメン、誰か解説お願い」「あ、じゃあ私が説明します」 突然過ぎる展開に混乱していると、ルナチャイルドちゃんが助け舟を出してくれた。 三妖精ちゃん達による話し合いと言う名のハードル上げで、結局サニーミルクちゃんは親分と弾幕ごっこする事を選んだらしい。 が、さすがにそこでタイマンを選ぶほどサニーミルクちゃんも無謀と言うワケでも無く。 互角に戦う為の条件を色々求めた結果――何故か、僕がハンデとして相手側に提供される事となったワケです。 ……なんでやねん。「だってウチで一番強いの、お兄ちゃんだもん!」「あたい、よわいものいじめはしないのよ! だからにばんめにつよいあきらをかしてあげるの!!」「……いや待って。なんか今、すっごい有り得ない評価を聞いた気がする。何か僕がチルノ団最強だとか二番手だとか何とか」 いや、それは無いって。絶対無いって。 チルノ団にはお空ちゃんやフランちゃんが居るじゃん。僕よりずっと強いよ!?〈でも少年、どっちにも勝ってるよな〉 あんなトンチみたいな勝ち方を、本当の実力と思われても困るから!! ……と言うか、その理屈で言うなら僕に勝った親分が最強って事になるんじゃ。 ああ、じゃあ親分の表現が正しいって事になるのか。「あはは、その、お怒りの気持ちは大変良く分かりますが、その、決まった事なんで……」「あー、うん。別に怒ってはいないから安心して。戸惑っているだけだから」 だから典型的な小悪党みたく、ゴキゲンを窺うために揉み手しないでサニーミルクちゃん。泣けるから。 しかしまぁ、確かにアイディアだけで考えれば悪くない案だ。 少なくともコレで、戦う前から無理ゲーだった現状は改善されたと言えるだろう。 ……問題は、バランスの取り方が明らかにオカシイ点だけどね。 そりゃ敵意なんて欠片も無いけど、だからって絶賛敵対中の相手に助っ人は出来ないよ。 と言うか、三妖精ちゃん達はそれで良いの? これから戦う相手に戦力借りるとか、こう、プライド的に。「そ、そうですか! それじゃ、チルノに勝つため協力お願いしますね!!」 全然平気そうだった。どころか普通に大歓迎だった。なんでや。 ひょっとして僕が気にし過ぎなのだろうか? 確かに、敵に回るって言っても一時的なモノだし、本気で裏切るワケでも無いからなぁ。 ……いやでも、全力で戦ったらタダじゃ済まないよね普通。それでも問題無いのだろうか。「親分、本当に良いの?」「いいわよ! ぜんりょくできなさい!!」「……分かった。そういう事なら――作戦タイムを希望します!」「きょかするわ!」「お兄ちゃんが本気だ……」 ここで手を抜いたら、今までのやり取りが全部無駄になるからね。そりゃ本気も出すよ。 何より相手が、手加減を知らない親分と手加減どころか正気すら忘れる可能性のあるフランちゃんだからなぁ。 軽い気持ちで挑もうものなら、どんな酷い目に遭わせられるか。――最悪死ぬかもね。 別に親分達が負けた所で痛くも痒くも無いのだから、ここはまぁ勝つ気でやらせて貰おうじゃないか。〈勝手に敵側に組み込まれて、若干拗ねてるだろ少年〉 それもあります。「じゃ、三妖精ちゃん達集合! 作戦会議しまーす」「は、はーい」 教育番組のように手招きすると、若干怯えた様子の三妖精ちゃん達が集まってくる。 うん、すでに心が折れそうだけど頑張る。サニーミルクちゃんと連携しない事にはあの二人には勝てないし。「とりあえず、戦う前に確認しておきたい事が何点かあるんだけど。構わないかな、サニーミルクちゃん」「え、ええ。大丈夫ですよ。な、何でも聞いてください」「……その前にだけど、その畏まった態度はどうにかならないかな? これから一緒に戦うワケだし」「でもあの……生意気な口をきいたら、酷い目に遭わせたりしないですか?」「しません」 ……何だかちょっと懐かしい。そういえば昔の僕も、こんな風に強者のご機嫌を窺っていたっけ。 今では僕が窺われる側なのだなぁと少し複雑な気分になりつつ、僕は出来る限りの優しさを笑顔に変えてサニーミルクちゃんの頭を撫でた。 サニーミルクちゃんは、そんな僕の姿を不思議そうに眺めている。 ――しまった、馴れ馴れしく接しすぎた。 昔の自分を思い出したせいで、ついうっかり過度なスキンシップを。 アウトかな? 疚しい気持ちは一切無いけど、これアウトかな?「いや、あのね。これに深い他意は無くてね?」「……つまり、何を言っても平気なの?」「え?」「何を言っても怒らない?」「あんま極端だと、まぁ、苦言は呈するかもしれないけど。怒りはしないよ?」「――へぇ」「――怒らないんだ」「――そうなんだ」「……あれ?」 それまで警戒心全開でこちらを見つめていた三人の様子が変わり、何故かニヤニヤとした意地の悪い笑顔を浮かべる。 嫌な予感がして一歩後ずさる僕。しかし彼女等は、そんな僕の態度に構わず揃って飛びかかってきた。 身体の各所に抱きついてくる三妖精ちゃん達。ええっ!? な、何事!?「もー、そういう事なら早く言ってよ! 怯えて損したじゃない!!」「ほんとほんと、怖い人かと思って心配してたんだから」「驚かせないでよ、もう」 わー、なんか一気に友好的になったー!? 僕を登り棒に見立てた三妖精ちゃん達は、これまでの鬱憤を晴らすかのように纏わりついて身体の各所を叩いてきた。 痛くは無いけど鬱陶しい。と言うか、君ら急にこっちに馴染み過ぎでしょう。 幾ら何でも信用するの早すぎじゃない? 何なの? 妖精って皆何だかんだで素直な良い子なの? いや、良いけどね? 嫌われるよりずっとマシだけどね? ここまで扱いが極端に変わるとそれはそれでリアクションに困ると言うか。「それで晶、作戦タイムって何をするのよ」 いきなり呼び捨て――と思ったけど、そういえば親分もそうだった。 案外、親分のリアクションは妖精のデフォルトと考えて良いのかもしれない。 ……あそこまで度胸のある子は早々居ないだろうけど。「そうだね。とりあえずサニーミルクちゃんの……」「サニーで良いわよ」「私も、スターで良いわ」「ルナで」「あーうん、それじゃあ改めてサニー。弾幕ごっこで何が出来る?」 とりあえず、いきなりフレンドリーになったサニー……ちゃんの戦闘能力を確認する。 妖精だから戦力としては期待は出来ないけれど、完全な足手まといと未熟な相棒ではこちらの戦術も変わってくるからね。 ちょっとくらいは戦えた方が、こっちとしてはありがたいけど。 大ちゃんとかは、スペルカードも持ってないんだよなー。やっぱりアレくらいが妖精の平均値なのだろうか。「私は、自分の「光を屈折させる程度の能力」を使って戦うわ! これでも結構強いのよ」「「光を屈折させる程度の能力」? へー、それは面白い能力だね!」「へへーん。そうでしょ? 透明になったり、相手の光線を曲げたり、結構色々な事が出来るのよ!」「で、実力の方は具体的にどれくらいのモノで?」「……そ、そうね。妖精の中ではまぁ、強い方に含まれるんじゃないかしら」「ああ言ってるけど、実際は?」「三人揃ってチルノとギリギリ五分って所ね」「あぐっ」 まぁ、そんな所だろうとは思った。 そもそも、タイマンで負ける事が確定しているから二対二になったワケだしね。 ……ところで、それは一人一人の実力が親分の三分の一しかないって事で良いのでしょうか? 三人揃うとコンビネーションで更に強いって意味だと、実力差がわりと洒落にならないレベルになるのですが。「ま、まぁ、それでもチルノとの戦いなら足手まといにはならないわよ」「……ほんと? 足止めとか一人でも大丈夫?」 素直に信じてあげたい気持ちもあるけど、今回は相手が相手だ。 僕がフランちゃんの相手で手一杯になる事を考えると、気軽に信じたとは言い難いモノがある。 それで一番困るのがサニーちゃんなワケだし。「……えっと、その…………一人だとちょっと辛いモノがあるかなーって」「うん、だよねー」「か、完敗ってワケじゃないのよ? ギリギリ、本当にギリギリ届かないと言うか……能力の相性が悪いと言うか…………」「能力の相性がどうこうって問題じゃないと思うけど?」「サニーみっともない」「うるさい!」 まぁ、応用性はあるけど戦闘向きな力じゃないしね。 透明化を駆使すれば足止めも可能かもしれないけど……いや、やっぱり厳しいか。「んー。そうなるとやっぱり、タイマンじゃなくて二対一に持ち込む必要があるなぁ」「二対一って……それじゃ、あっちの悪魔の妹はどうするの?」「そっちも僕が相手をするよ」「……それ、大丈夫なの?」「まぁ、倒す事が目的でないなら多分なんとか」 いつもと違ってスペカ枚数に制限があるから、延々チャンバラごっこをする心配は無い。 と言うか下手すると、彼女に構う必要すら無いかもしれないね。 結局の所、僕もフランちゃんも公平に戦う為の助っ人要員に過ぎないのだ。 故にリーダーが早々と倒された後、残った助っ人がそれでも諦めず戦い続ける意味はほぼ無いワケで。 ……まぁ念の為、ルールに「リーダーが倒されたら終了」を入れておく必要はあるだろうけど。 事前の下準備と仕込みさえあれば、フランちゃんを翻弄する事は可能! かもね!!〈少年、身内相手でもエグいなぁ〉 いやいや、フランちゃんがそれだけ警戒に値する相手だと言う事ですよ。 ……実際問題、平常時のフランちゃんはかなり賢い子だからね。 こっちの狙いを把握して動く可能性が非常に高い以上、本気でやっても翻弄できるかどうか……。〈でも、作戦はあるんだろう?〉 そりゃまぁ、無策で突撃するほど無謀ではありませんよ。「さっすが狡知の道化師! これならきっと、楽勝でチルノ達を倒せるわね」「楽勝とまでは行かないかなぁ。……正直、総合力では僕ら個々でも合わせてでも負けてるワケだし」「……負けてる?」「負けてる。洒落にならないレベルで負けてる」「……か、勝てない?」「や、そこまでは言ってない。と言うかまぁ、勝つ事は出来るよ」「――へ?」「二人の事は良く知ってるからね。……二人も僕の事を知ってるって事になるし、親分はちょっと読めない所があるけど」 それでもまぁ、絶対に勝てないって程じゃない。 そして少しでも勝ち目があるなら、そこに全力で賭けるのが僕のやり方だ。「とにかく最善は尽くすよ。サニーちゃんには、思う存分満足してもらわないと困るからね」 そう言って僕がニヤリと笑いかけると、同様に笑ったサニーちゃんが僕の肩から飛び降りた。 横に並んで胸を張ると、任せたと言わんばかりに僕の腰を突く。 ……良かった。これだけ信頼してもらえたのなら、まぁ何とかなるかな? 僅かな希望を抱いた僕は、その後他の二人が身体から離れたのを確認して振り返り――そこに修羅を見た。「――ふ、ふふふ、ふふふふふ。タノシソウダネ、オニイチャン」 何故か狂気モード一歩手前の笑顔でこちらを睨んでくるフランちゃん。超怖い。 その圧倒的な迫力に、危機感知センサーが久しぶりの警鐘を鳴らすのだった。 ――ちなみに、親分はその横で平然と腕を組んでいましたとさ。……流石過ぎる。