「良いですか? 貴女は少々答えを急ぎすぎる」「うん!」「まずは相手の話を最後まで聞き、その言葉の意味を理解するよう努めなさい」「わかった!」「……本当に分かったのですか?」「もちろんよ!!」「では、私の言葉を聞いてどうしようと思いました?」「あたいははなしをきくわよ! すっごくきくわよっ!!」「…………」「どーしたのよ、あたまをかかえて! あたいはなしをきくわよ!!」「……素直に話を受け入れる、その寛容さは褒めます」「ありがとう!!」「おー、困ってる困ってる」「チルノのヤツ、良く閻魔様にあんな口叩けるわね……」「親分は凄いからね!」「(この吸血鬼もチルノに心酔しているみたいだし……アイツ、実は物凄い大物なんじゃ……)」「ところで、しょーしょーこたえってなにかしら! せみ!?」「……あのですね」「いや……やっぱり気のせいか」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾玖「妖集悲惨/食戟の映姫」「では、料理対決を行うにあたっての規則を定めたいと思います」 延々と説教を続ける映姫様を何とか宥め、無事に料理対決を始める事が出来ました。 ……どっちも諦めないんだよなぁ。親分はずっと話を聞こうとするし、映姫様は分かるまで説教を続けようとするし。 絶対アレ、放置してたら日が暮れるまで同じ事繰り返していたよね。怖いなぁ。「料理の内容は特に指定しません、己の一番得意とする料理を作ってください。ただし、久遠晶が用意した以外の材料を使う事は禁止します」「とりあえず、材料は双方公平になるよう用意しました」「他二人の手伝いは原則禁止ですが、場合によっては許可をするのでその際は申請してください。私の方で判断致します」「その、完全禁止では無いんですね?」「作るモノによっては、一人では時間が足りぬ事もあるでしょうからね。……当然の話ですが、手伝いの範囲を逸脱した場合は反則としますよ」「は、はい!」「制限時間は最長で一刻としましょう。ソレ以上の時間がかかる場合はペナルティを課します」「即負け、じゃ無いんですね」「あくまで料理の優劣をつけるのが目的なのでしょう? ならば、料理以外の理由で勝敗を決めてしまっては意味が無いではありませんか」「あー、なるほどー」 テキパキとルールを制定する映姫様。これもさすが閻魔様、と言うべきなのだろうか。 しかも意外と緩いと言うか、わりと融通の利く仕様になっているし。 まぁでも、確かに映姫様の言う通りだよね。 ぶっちゃけ内々でのお遊びみたいな対決なんだから、時間切れとかで決着がつくのは問題だと僕も思う。 映姫様、ガッチガチに頭固い人かと思ったらそうでも無いんだねー。 「食べる順番などは、両者の料理を見て私が判断をさせて頂きます。間違っても相手を貶める事で勝とうなどと思わないように」「はい!」「は、はい」「では、他に質問は?」「は――もがもが」「いえ、特に無いです。始めてください」 映姫様に問われ、元気よく手を挙げた親分の口を両手で塞ぐ。 親分の事は尊敬しているし凄い子だとも思ってるけど、この脊椎反射な行動はどうにかならないだろうか。 今の、絶対聞かれたから答えただけで質問なんて何も考えていなかったに違いあるまい。賭けてもいい。 なので阻止する。映姫様は色々とツッコミたそうにしているけど、追求するつもりまでは無いようだ。 「では――料理対決、始め!!」 彼女の宣言と共に、フランちゃんとスターサファイアちゃんが材料へ向かって駆け出す。 自分から言い出しただけあって、スターサファイアちゃんの方は躊躇いの無い動きで食材を集めていく。 一方のフランちゃんはかなり戸惑っているみたいだけど……選択そのものに迷っていない所を見るに、作るものはほぼ決まっているようだ。 選んだのは卵にジャガイモに玉ねぎ、後はほうれん草にベーコンか。 其々の相性が良いだけに、材料だけでレパートリーを特定する事は難しい。 ……それにしても、ベーコンが混ざるだけで溢れるこの朝食臭はなんなんだろう。コレって日本人特有の感覚なのかな。 「えっと、えーっと」 材料を集め終えたフランちゃんが、今度は調理道具を集めていく。 と言っても道具の方はフライパンとボウル、包丁とまな板で終了みたいだけど。 まぁ、習っていると言っても慣れたと言う程では無いみたいだからね。そもそも複数を同時に作る事が出来ないのだろう。 となると、卵料理系で確定かな。 ……正直このラインナップで卵をメインにすると、どう工夫してもそこから先は同じになる気がしますが。 纏めるか散らすかで、難易度の方は格段に変わるんだよね。……やっぱ散らす方かな? とりあえずフランちゃんの方に大きな問題は無さそうなので、スターサファイアちゃんの様子を見てみる事にする。 すでに材料を集め終わり、調理道具も用意した彼女は、慣れた手つきで野菜を切っていた。 あー、これ完全に手馴れてる動きだ。百戦錬磨とは行かないけど、他人に振舞える程度には上手い人の動きだわ。 ……うーむ、分かってたけどコレ。相当厳しい勝負になるなぁ。「おおっ、これは行けるかもしれないわ! 地味だけど!!」「光明が見えてきたね。地味だけど」「うるさいわね! こっちは必死なのよ!!」 すでに相手の妖精達は、ある程度勝利を確信しているようだ。 まぁ、どう見ても技量に差があるもんねー。 僕も正直、「あ、コレは無理ゲーかな」と思っているフシはあります。「――ってうわ!? フランちゃん、その包丁の持ち方は危ないよ!?」「だ、だいじょぶ。私はこの程度じゃ傷つかないから」「問題なのはダメージの有無だけじゃ無いんだけど……うう、心配だなぁ」「だいじょぶ、前に咲夜に習ったから」 ……そのわりには、包丁を扱う手がプルプルしまくってるんですが。 どうやらジャガイモと玉ねぎを薄切りにしたいようなのだが、そもそも皮を剥くのにも四苦八苦している現状じゃあねぇ。 「フランちゃん、ピーラー! ピーラーあるよ!!」「えっ、柱!? 柱を何に使うの!?」「幻想郷の人らは知識に偏りがありすぎる! ピラーじゃないよ、ピーラー!!」「ええっ!? つまり……えっと、どういう事!?」「つまり、野菜の皮を綺麗に剥く為にだね――」「よくわかんないけど、ふらんならつめとかでやさいきれるんじゃないの?」「…………」「…………」 こっちの指示で更に混乱してしまったフランちゃんに、親分が不思議そうに首を傾げながら疑問をぶつける。 それを聞いたフランちゃんは包丁を置くと、反対の手に持っていたジャガイモを宙へ放り投げた。 ゆっくりと落下するジャガイモ。その周囲に赤い閃光が奔ると同時に、皮が弾けるように剥けていく。 ジャガイモはそのまま水を張ったボウルに落ちると、綺麗に薄切りの形で分かれていった。完璧なお手並みである。 ……そうか、フランちゃんの場合包丁を使わない方が精度高いのか。 狂気に侵されている時は力任せだけど、素のフランちゃんはわりと何でも器用にこなすマルチファイターだったりするんだよね。 センスもあるから、この結果はある意味納得だけど……何か今、大事な事の方向性を間違えさせてしまった気が。「親分さんありがとう! これなら私、上手く出来そう!!」「あたいにまかせなさい! よくわかんないけど!!」「……実は親分ってさ、全部分かった上で言ってたりする?」「そうよ!」 あ、違うんですね分かりました。 ……まぁ、本人が意図していなかったとしても今の助言が絶妙であった事に変わりはない。 すでにコツを掴んだフランちゃんは、そのまま残った材料も同様に切り刻んでいく。「うわ、なんか向こうスゴイ事になってるよ!?」「スター! こっちも、こっちも何かしないと!!」「出来るわけ無いでしょ!? と言うか! ……えっと、その…………閻魔様」「今は審判です」「あ、はい。……あの、審判様? あれって有りなんですか?」「あの行為を禁止した場合、手を使った調理法全てが反則になりますが」「……有りなんですね」 うん、気持ちは分かるよスターサファイアちゃん。僕も若干納得が行かない。 しかし残念ながら、衝撃波で野菜を切ってはいけないと言うルールは存在しないワケで。 ……盲点だったと言えば良いのだろうか。少なくとも僕は、素直に包丁を使った方が賢いと思う。 まぁでも、これで同じスタートラインには立てたかな? 先程よりも落ち着いた動きで、野菜とベーコンを一口大に切り終えたフランちゃん。 彼女が次の工程に移った事を確認して、僕はホッと一息をついた。「……あ、そうだ。卵を焼くのもレーヴァテインでやれば!」「焦げるから! それは、どう手加減しても真っ黒焦げになるから!!」 いかん、フランちゃんが味をしめかけている。 このままだと、彼女が戦闘能力オンリーで料理をするバトルシェフになってしまう! ――なんか、それはそれで個性的だって事で紅魔館では普通に受け入れられそうな気がするけど。 特にレミリアさんは超喜びそう。なんて独創的だと手放しで褒めそう。……なんとか軌道修正しないと!「フランちゃん、咲夜さんに言われた事を思い出そう! 過度なアレンジは失敗の原因だよ!!」「あ、う、うん! そうだね!!」「でもおり…………おり……」「折り紙って楽しいよね!」「そうね!!」 言わないから、オリジナリティとか絶対に言わないから。 親分、本当に何も考えて無いんだよね? そうやって無知のフリをして、事態をワザと掻き回してない? 道化師して無い?「ないわよ!」「……心、読みました?」「なにが?」 うーむ、底知れない。単純なようで謎のポテンシャルがあるよね、親分って。 そんな風に、親分に対して良く分からない危機感を抱く自分。 自分から恐れておいてなんだけど、物凄い無駄な意識であるような気がしないでもない。 「ねぇあの、審判様? 助言するのは有りなんですか?」「構いませんよ。実際に手を出したり、相手側の戦意を削ぐための発言を行ったら即刻黒と見なしますが」「あ、良いんだ……」「じゃ、じゃあ、こっちも! こっちも何か言おう!! えーっと……」「……料理が、いつもの過ぎるとか」「あー、それは確かに。なんかアレよね、ビビって無難なのに逃げたのが見え見えって言うか」「二人共、どっちの味方なの!?」 少なくともスターサファイアちゃんの味方で無い事は確実かと。 ……なんか、こっちもあっちも身内が足を引っ張りまくっている気がするのは僕の考えすぎなのでしょうか。 わいわい言いまくる外野の意見は、しかし真剣な二人にほとんど届く事も無く。 わりとマイペースに作業を進めた二人は、ほとんど同時に料理を完成させた。「出来た!」「こっちも!」 スターサファイアちゃんの方は、キノコや山菜をメインに使用したシチューとパンケーキ、それにサラダか。 メインはシチューだけど、他の二つも単なる添え物と言うワケでは無さそうだ。 全体のバランスもかなり良さそうだし、さすが作り慣れているだけの事はある出来だと言えよう。強いて問題があるとすれば……。「スターサファイアちゃんの料理、完全に一人前の量あるよね。映姫様、食べきれるのかな」「――あっ」「なるほど、たくさん食べさせて相手の審査をさせない作戦ね! スター、やるじゃん!!」「ち、違うわよ!? これはつい、いつもと同じ量に……」「そもそも審査の為に全てを食べる必要は無いでしょう。必要な分だけ頂きますよ」「……スター、詰めが甘いわよ」「だから違うって言うのに!」 さて一方のフランちゃんが作ったのは、厚焼玉子の王様みたいな巨大な卵の塊――所謂スパニッシュオムレツと言うヤツだ。 若干焦げてしまっているけど、料理のていはきちんと成しているみたいで一安心。 しかし、何でスパニッシュオムレツなのだろうか。 まぁ、普通のオムレツよりかは作りやすいけど――いや、本当にそうなのかなぁ? うーむ、咲夜さんの教育方針が良く分からない。……とりあえず、レミリアさんは関わっていると思うけど。確実に。絶対に。「いっ、一生懸命作りました!」「そうですか、お疲れ様です」 何か言わなくてはと思ったのか、必死に頑張りましたアピールをするフランちゃん。 しかし映姫様、華麗にそれをスルー。超スルー。 一応労はねぎらってくれてるし、表情的にもわりと朗らかな方なのだけど。 それを料理の評価に加算してくれるつもりは、残念ながら欠片も無いみたいだ。 いや、審判としては実に正しい姿勢なんだけどね? 今日の映姫様は結構お優しい所があったから、若干そういう評価点も期待してたんだけどなー。チラッ、チラッ。「――マイナスにしますよ」「あ、なんでもないです! 厳正な審査に超感謝っす!!」〈少年、閻魔に情を訴えるなよ……〉 とりあえず、何事も挑戦かなって思いまして! ま、味だけを公正に判断してくれるって言うならそれで良しとしよう。 後はフランちゃんの料理が、スターサファイアちゃんの料理を上回っている事を祈るだけだ。 ……大丈夫かなー。見た目的には、ほとんど問題無いんだけどなー。 ギャグ漫画とかだと、こんな見た目でも実は味が最悪ーみたいな事が良くあるからなぁ。 まぁ、所詮はフィクションのネタだと思うけどね。 実際にそんな事、有り得るワケが無いだろうに。わはははは。「久遠晶――そこに正座」「うぃっす」 何故か知らないけど、映姫様に滅茶苦茶怒られた。 自覚が足りないとか認識が甘いとか散々言われたけど……その説教、最初に聞かされましたよね? 後、フランちゃんがすっごく頷いてた。映姫様の言葉に何度も頷いてた。何で?〈魅魔様は閻魔を全面的に支持するよ。少年だけは言うな、マジ言うな〉 ――えっと、何の話です?