「ぐむむむむむ」「珍しいわね、貴女が他人の書いた新聞を読むなんて」「新聞記者が情報収集を怠るなんて、そんな間の抜けた真似するワケ無いでしょ。敵情視察は元からやっていたわよ」「あら、そうだったの。私はてっきり自分より下の天狗を見て悦に浸っているのかと思っていたわ」「ぐむむ、ここぞとばかりに言いたい放題」「で、どうしたのよ」「まぁなんというか、多少なりとも若干ながら注目しないでも無かった新聞記者の記事がですね」「ふふ、弄っていいかしら」「……構いませんよ」「じゃあやーらないっ。さ、続けなさい」「心底からムカつくぅ……まぁ、大した事じゃないわよ。ちょっとマシな内容になったかなーっと思ったり思わなかったりしただけで」「つまり、自分の記事より面白いと思ってしまったワケね」「そこまでは言ってないわよー。違うわよー。私の新聞の方が数段上ですぅー」「ちょっと紅茶入れてくるわ。今なら、世界で一番美味しいお茶が飲める気がするの」「ぐがー! 良いわ、その喧嘩全力で買ってやろうじゃないの!!」「今日は気分が良いから買わないでおいてあげる。ふふ、紅茶美味しいわね」「いつの間にそんな――って、紫までいつの間に!?」「ほんと美味しいわー。今の文の顔を見ながら飲む紅茶は最高ね」「ぎぎぎぎぎっ」「ちなみに一つ、紫ねーさまが良い事を教えてあげるわ」「何よ!」「だいたい晶のせいだから」「――晶さぁん!? やっぱりですか!!」「……今、やっぱりって言ったわね」「言ったわねぇ」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾捌「妖集悲惨/私の記憶が確かなら」「まずは最初の勝負! 行きなさい、スターサファイア!!」「えっ、私!?」 あ、知ってる。僕こういうのゲームで見た事ある。 一番後ろに下がり命令を下すサニーミルクちゃんの姿に、妙な既視感を覚える僕。 しかし指名されたスターサファイアちゃんは、逆に物凄い勢いでサニーミルクちゃんの後ろへと下がっていく。「な、何で私が!? サニーが行けばいいじゃない!?」「私は最後よ。チルノのヤツと決着をつけなきゃいけないからね」「そ、それはズルいわよ、サニー!?」「……ずっこい。凄くずっこい」「ず、ずるくないわよ! リーダーの私と団長のチルノが最後に戦うのは、当然の流れでしょう!?」「ああ言ってるけど、お兄ちゃん的にはどう?」「んー、それなりに白に近いグレーかな」 まぁ確かに、タイマンで勝負するとしたら一番楽な相手は間違いなく親分だ。 戦闘能力こそ妖精離れしているが、ソレ以外の部分は普通の妖精と変わらないからね。 本当の意味でのバーリトゥードならば、彼女達にも勝ち目があるかもしれない。 ……だけどまぁ、本人の本音は間違いなく先程語った通りなのだろう。 この中で一番親分への対抗心が高い彼女だ。決着も当然、自分の手でつけたいと思っているに違いあるまい。 まぁ、三本勝負で最終戦まで持ち込んで華麗に勝利。くらいは考えているかもしれないけど。 それは多分、大将ポジションの人が皆考える事だから多分セーフ。きっとセーフ。「あたいはそれでかまわないわよ!!」「いや、私達が構うのよ!!」「くじ引きで、公平にくじ引きで決めよう」 そして内輪揉めを始める三妖精。気持ちは分かるけど、待たされるこっちはちょっとキツい。 そこまで深く考えなくても良いと思うんだけどなぁ。勝負内容は自分達で決められるんだから、無事は確約されたようなモノだろうし。 更に言うなら、内容さえ捻れば勝つ事だって決して不可能ではないと思うのだが。 自分で言うのもなんだけど、僕もフランちゃんも親分もわりと弱点が多かったりするワケだし。「そういうワケだから一番手頼んだわよ、スター!」「……はぁ、分かったわよ」 あ、なんかいつの間にやら話が纏まっていたようだ。 嫌々ながらも納得した表情で、スターサファイアちゃんが前へとやってくる。 リーダーとしてそれなりにカリスマがあるのか、説得できるくらいには弁が立つのか。 どちらにせよ、彼女もそれなりにトップとしての器はあるらしい。 ……うん。「お兄ちゃん、お姉様はカリスマなんだよ」「何も言ってないし何も思ってないよー、フランちゃん」「ふらんはそういうげいふーでいくの?」 親分はたまに痛い所を突いてくるから困る。 僕も正直、過剰反応しているのかネタで弄ってるのか判別がつかなくなってきてます。 お願いだから、フランちゃんはピュアなままで居てください。お願いします。〈人はいつか成長するもんなんだぜ、少年。妖怪は知らん〉 せめて意見の方向性くらいは決めてから発言してくれない?「とりあえず、私が一番手のスターサファイアです。どうぞよろしく」「どうも、久遠晶です」「フランドール・スカーレットです」「それでその、最初の勝負なんですけど……料理対決って行けますか?」「いいわよ!」「まぁ、特に問題は無いのでは?」 料理対決かー。なかなかに良い所をついた勝負だ。 確実にダメージは負わないし、その技量は基本的に異能や戦闘能力の影響を受けない。 実際、この三人の中で料理技能持ちって僕しかいないしなぁ。 しょうがないね。ここは僕の肉じゃがが火を吹くぜ!「じゃ、じゃあ私! 私が出る!! 私がやる!」「えっ? フランちゃんって料理出来ないんじゃ……」「べ、勉強はしてたの。だから、私に頑張らせて? ねっ?」 フランちゃん、すっごい必死だなぁ。 まさか、それほどまでに料理の腕前を披露したかったのだろうか。 ……いつの間にそんな料理好きに? 〈知らないって怖い。魅魔様は心からあの吸血鬼に同情するよ〉 何の話ですか?「まぁ、フランちゃんがやりたいって言うなら僕は別に……」「あたいもかまわないわよ!」 ぶっちゃけ、僕も自らを頑固に推すほど料理の腕に自信は無いしね。 フランちゃんが自発的に何かするなんて早々無いワケだし、ここは教育係として生暖かく応援する事にしよう。「でもさスター、料理対決って今から出来るの? 調理道具なんて一つも無いんだけど」「うっ。いやその、思いつきで言ったからそこらへんは全然考えてないんだけど……」「最低でも竈くらいは欲しいわよね。……うーん、どうしましょうか」「しかたないわね! それじゃあ、あたいたちがなんとかしてあげるわ!! ――あきら!」「はぇ?」「そうだね、お兄ちゃん!」「ほふ?」 不敵な表情でこちらを見つめる親分。期待した顔で僕を見るフランちゃん。 えっ、コレはアレ? 僕が何とかする流れ? いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って。 そこまで期待されても困りますよ? と言うか無理だよ? さすがに無理だよ? できないよ? そもそも僕、そういうパッと物を出す創造系の能力は不得手と言うか。〈少年、自分の能力がなんだったのか言ってみ〉 なんだろうね! とにかく、僕に頼られても出せるモノは何も無い。 一応、簡単な調理器具の類は持っているけどさ。 簡易的な机もあるけど。 と言うか竈くらいなら自力で作れるけど。 自前で揃えられない道具も、急いで家に帰れば大抵何とかなるけど。 ……アレ?「えーっと、五分待ってくれる?」「え、あ、はい」「ではでは―――――天狗面『鴉』」 氷の面を被った僕は、一番時間のかかる荷物の取り寄せを行うため高速で移動を開始した。 ついでなので、審査に使いそうなモノも色々と持ってこよう。 後はコレを置いて、コレも用意して、料理の材料も持ってきてっと――「帰還、そして終了デス――とりあえず僕の実力では、このクオリティが限界っすね」「……いや、じゅ、充分だと思います」「よくやったわ、あきら!」 「さ、さすが狡知の道化師……」「お兄ちゃんすごーい!」 まぁこれで、とりあえず切る煮る焼く炒めるは出来るかな。 本当に五分で仕上げた自分の仕事を確認しつつ、最後に食卓を彩る一輪の花をそっと机に飾る僕。 ……んー。皆は褒めてくれてるけど、やっぱ完璧とは言い難いなぁ。咲夜さんならもっと卒なくこなしたはず。〈少年はなんでそこまで出来て、料理だけ出来ないんだろうなぁ〉 いや、肉じゃがは作れるんですよ?〈なんで料理だけ出来ないんだろうなぁ〉 だから肉じゃが……。「それじゃ、じゅんびもできたしさっそくはじめましょう!」「何でアンタが仕切ってるのよ……それに、まだ足りないモノがあるでしょ」「えっ、まだ何か足りないモノあった? ……圧力鍋とか?」「い、いえ、道具じゃないんです。足りないのは審査をする人で……」「あー」 そりゃそうだ。味なんて主観的な要素で優劣をつけるなら、公平に判断を下す審査員がいないとダメだろう。 スターサファイアちゃんとフランちゃん以外の四人だと公平性に欠けるしなぁ。どうしよ。 「たしかにそれもいるわね! あきらっ!!」「親分は、ちょっと僕を便利に使い過ぎじゃないかな。僕は何でも出来る万能キャラじゃないんですよ?」「でも多分、お兄ちゃん自身が思っているよりは色んな事出来ると思うよ」 フランちゃんも、僕に対する期待値高すぎじゃありませんかね。 ……まぁ、軽く探しては見るけどさ。意外と難しくないコレ? 他のチルノ団員は当然却下だし、あんまり強すぎる人を呼ぶと三妖精ちゃん達が萎縮してしまう。 僕の知り合いは大半どっちかに含まれてしまうし、さて誰を――おや? とりあえず魔眼で周囲を探っていると、実に珍しい人物がうろついているのを発見した。 なんでまぁこんな所に? 良く分からないけど、ちょっと話を振ってみようか。 「じゃ、ちょっと行ってきます」「わ、また消えた!?」「さすが人間災害……」「……私、アレと勝負するのかぁ」 なんか散々言われてますが、単なる高速飛行です。フランちゃんとかはバッチリ動きを把握してますよ? どんどん不当な評価が重ねられていく事に、色々と不安を隠せないのですが。「そんな思いを込めつつ僕参上! どうも、お久しぶりです映姫様!!」「お久しぶりです。それでは正座してください」「ういっす」「貴方は力に対する自覚が無さ過ぎる。自分の振る舞いが他人にどう影響を与えるのか、もう少し真摯に考えるべきです」「申し訳ない」「ここ最近の貴方は、特に持っている力と振る舞いの差が酷い。強者の一員だと言う自覚があれば、今のような出方も……」 主導権を握れないかなーと思って勢い良く飛び出てみたら、あっさり対応された上に即説教へ移行されたでござる。 さすが、地獄で閻魔をやっているだけあって実に肝が座っていますね。 後、僕の近況にも詳しすぎ。多分詳しいのは僕だけじゃないんだろうけど。 ……ところで、僕はいつまで正座をしていれば良いのでしょうか? いや、お説教はありがたく聞かせて頂きますけどね? こっちもわりと時間が無いと言うか、それなりに人を待たせているのですけども。「――他にも色々と言いたい事がありますが、急いでいるようなのでこれくらいにしておきましょう」「ういっす、ありがとうございます!」「それで、私に何の用ですか?」「率直に言いますが、料理勝負の審査員をやってくれませんか?」「率直に答えますが、別に構いませんよ」 「…………」「どうしました?」「いや、思いの外閻魔様がフレンドリーでかつフランクだったので」「せっかくのお誘いを断るほど野暮ではありません。今は勤務時間外で、これといった用事もありませんからね」「……勤務時間外なのにお説教はするんですね」「勤務時間外だからするのですよ」 うん、良く分からない。分からないけど映姫様的には意味がある事なのだろう。 普通に聞けば答えてくれそうだけど、なんだか凄く長くなりそうな予感がするから止めておく。「それじゃあついてきてください。面倒なら僕が運びますけど……」「問題ありませんよ。構わず先に進んでください」 あら頼もしい。正直、映姫様はどんと構えている印象が強すぎて高速移動しているビジョンがまったく見えないのですが。 閻魔様が見栄を張る事は無いから、問題ないと言ったら問題ないのだろう。 映姫様の言葉に頷いた僕は、氷翼を広げ全速力で皆の元へと戻った。「――ただいま! 審査員連れてきたよ!!」「はやっ!?」「お兄ちゃんだからね!」 そういう類の罵倒は受けた事があるけど、褒め言葉として言われた事は無かったなぁ。 何なの? 僕ってどういう存在なの? そして親分は何で卵を興味深げに見つめているの? 丸呑みするの?「それで、その審査員はどこに?」「ここです」「おぅっ!?」「どうも。私が料理対決の審査員、四季映姫・ヤマザナドゥです」 いつの間にか僕の背後に回っていた映姫様が、意外なほどにこやかに微笑んで一礼した。 うーん、やっぱりフレンドリーだ。わりとこの人、オンオフきっちり分けるタイプなのかもしれない。 後、映姫様ってば魔眼に反応無しでいきなり現れたんですけど。 紫ねーさまですら見つける超性能の魔眼を、どうやって誤魔化したんですか? 良く分からないけど、さすがは閻魔様だ。 サードアイを手に入れてから色々台無しにする事が多くて、「ヤバ、ひょっとして僕無敵?」とか思いかけていたのだけど。 やっぱ自分を高く見るのはダメだね! 今後も僕は自分を最下層に置き続けるよ!! あ、なんですか映姫様。その説教する要素が増えたみたいな顔は。……せめて全部が終わってからにしてくださいお願いします。「四季……」「映姫……」「ヤマザニャニュー?」「なまえがながいわ!!」「映姫で構いませんよ。あと、ヤマザナドゥです」「えっと、確か閻魔様……なんですよね」「え、閻魔ぁ!?」「えんま!」 ああ、そういえばフランちゃん。前に三途の河へ行った時には謎の発熱その他諸々で寝込んでたっけ。 映姫様の名前は知ってても、ビジュアルの方は把握してなかったのか。 そんなフランちゃんの確認の言葉で、訝しげにしていた妖精達が驚愕の表情を浮かべる。 ただし親分以外はだけど。アレは絶対、意味分からず言ってるね。「わ、わわわっ、私達何も悪い事してないです! だ、だから地獄には連れて行かないで!」「性分なので全て訂正させて貰います。一つ、悪を行なわない者など存在しません。一つ、地獄へ連れて行くのは他の者の役割です」 そして、本当に一つ一つサニーミルクちゃんの言葉を訂正していく映姫様。 まぁ、三妖精ちゃん達は萎縮しててロクに聞いちゃいないんだけど。……アレ、コレひょっとして人員選択ミスった?「そして最後に一つ、そもそも私は休暇中です。閻魔としての仕事は一切行いません」「つまり、あんたはただのあじみやくってことね! よろしくたのむわよ!!」 ……すげぇや、親分は本当に天才だと思う。皮肉じゃなくて。 物凄いサックリとした親分の解釈に、さすがの映姫様も言葉を詰まらせた。 もちろん萎縮していた三妖精達は絶句して、怒りの余波を避けるために大きく後ろへと下がる。 しかし映姫様は若干苦々しげな色も含まれているものの、それでも優しげな笑顔を浮かべると親分の頭を丁寧に撫でた。「その短慮は直っていないようですが、強さに相応しい心は手に入れているようですね。それは良い事です」「とーぜんよ、あたいってばさいきょーだもの!」「えっ? ひょっとして親分と映姫様、お知り合いなんですか?」「そうですね。以前に花映異変で少し……」「しらない!!」「……花の異変の時、二度ほど会ったと思いますが?」「わすれた!!」 ……ほんと、親分って凄いわ。 何一つ恥じる事無くと言った表情で断言する親分に、さっきとは違う意味で言葉を詰まらせる映姫様。 ――あ、これ確実に説教入るパターンだ。しかも超長いヤツ。