「……ついにきたわね」「チルノちゃん、どうしたの?」「これよ」「これって――まさか!?」「よんでみなさい」「は、果たし状……差出人はサニーちゃん!? ど、どうして!?」「…………大ちゃん」「(チルノちゃん……凄い真剣な顔してる。私の知らない所で何があったんだろう……)」「――はたしじょーって何かしら」「えっ? えっと、勝負しようってお誘いの手紙……かな」「つまりサニーは、あたいとしょーぶしたいって言ってるのね?」「んーと、勝負したいのはチルノ団とみたいだね。ルナちゃんとスターちゃんも一緒みたい」「なるほど、そういうことだったの!」「チルノちゃん……ひょっとして分かってなかったの?」「あたい、もじよめないもん!!」「……じゃあ、最初の「ついにきた」って」「大ちゃんがくるのを、ずっとまってたわ!!」「…………私の事だったんだぁ」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾漆「妖集悲惨/僕らのリトルフェアリーウォーズ」「というワケで、いくさよ!」「おー!」「……何が?」 いきなり呼び出され、唐突な宣戦布告をブチかます親分。 うん、いつも通りの親分と言えば親分だ。 つまりまったく意味が分からない。 ……そもそもチルノ団集合って言われたのに、集まってるの僕とフランちゃんだけなんですけど。「これをみればわかるわ!」「ん? なになに……果たし状?」 字は若干おぼついてないけど、文体や内容は実に真っ当な果たし状である。 差出人はサニーミルクにルナチャイルドにスターサファイア――えっと、何かのコードネームかな? 「この人達って、親分さんのお友達だよね?」「へっ? フランちゃん、この果たし状の差出人を知ってるの?」「直接会った事は無いけど、大ちゃんから聞いた事あるよ。確か……光の三妖精だったっけ」「そうよ!」 光の三妖精か。それだけ聞くと凄い妖精っぽいけど、幻想郷にはルーミアって前例が居るからね。 騙されないぞー。もう騙されないからねー。……でもちょっとは期待して良いよね? 実は物凄い強い妖精って可能性が――って、フランちゃん何? 何その慈愛に満ち溢れた顔は。 あ、期待すんなって事ですかそうですか。……しょぼん。「チルノ団としては、うられたけんかはかうしかないわ!!」「おーっ!」「つまり、僕らはこの果たし状に参加する要員として呼ばれたワケなんですね」「そうよ!! みんなでいくのはひきょーだから、おなじかずであいてをしてあげるの!」「……うんまぁ、その考えは立派だと思いますが」 それで呼んできたのが、僕とフランちゃんってどうなのさ。 僕自身に対する評価は差し控えるけど、妖精相手にフランちゃんはどう考えてもやり過ぎだと思う。 と言うか、光の三妖精さん達が期待できない程度に大した事無い人らなら、親分だけでもカタがつきそうな気が……。 これはどういう意図の人選なんだろうか。単なるイジメ――をするようなタチじゃないもんね。 もちろん深い意味も無いだろうけど、親分には親分なりの理由があるはずだ。多分。「ところで親分さん、何で私とお兄ちゃんを呼んだの?」「あきらがひっとーぐんしで、ふらんがきりこみたいちょーだからよ!」 ああ、そういえばそういう事になっていたんだったっけ。僕の知らない所で。 その恐るべし配置力に、親分の底知れ無さを再確認したワケだけど……。 そっか、そういえばフランちゃん切り込み隊長だったっけ。確かに役職だけで考えると適任だなぁ。 僕もチルノ団での分類は頭脳労働系だし。パーティバランスそのものは実はかなり良いんだよね。……パーティバランスだけは。 問題は、相手のレベルを一切考慮せずにガチで組んでいる所か。 本人に悪意は無いって言うか、むしろ誠実に対応した結果がコレなんだけど……何事にも限度ってあるんだなぁ。 せめて妖精として上位の実力者であれば、少しくらいは形になると思うんだけど――んっ? 「……ねぇ、親分」 「なぁに?」「ひょっとして、勝負ってここでするの?」「そうよ!」 ……と言う事は、やっぱりそうなのかなぁ。 僕は目線を合わさないようにしながら、コソコソしながら真正面から現れると言う実に変わった登場をしている彼女達を見た。 それぞれ特徴的な格好をした三人は、一纏めにして表現すると「これぞ妖精」と言った様相をしている。 向こう側が透けて見える羽根、ヒラヒラフリフリのドレス、ちびっこい外見。 細部……と言うか外見はかなり違うが、その雰囲気は共通している。 丁度三人だし、恐らくは彼女らが「光の三妖精」なのだろう。 ……うーむ、誰がサニーミルクで誰がルナチャイルドで誰がスターサファイアなのかな。「ねぇ……あれって…………」「やっぱり…………」 「…………なんで」 そして、僕らの目の前で堂々と内緒話を始める三人。 と言うか多分、本来なら密談なんだろう。 親分もフランちゃんも、目の前の三人なんていないかのように振る舞ってるし。 アレか、またいつものアレなのか。サードアイさん仕事し過ぎだよ! 察しが悪いと評判の僕も、さすがにここまで同じ事が続けば何が起こっているのか理解します。 どうやら彼女等の中の誰かは、姿を消せる能力を持っているらしい。 対戦相手の前で堂々と密談出来るくらいだ、自信は相当にあるのだろう。 ――まぁ、サードアイの前では完全に無力だったワケですが。 どうしようねコレ。いや別に、普通に話しかければ良いのかもしれないけど。 それで能力に対する自信を木っ端微塵に打ち砕かれた方々を、今まで散々見てきたからなぁ。 ――よしっ、見ないふりをしよう! そう決めた僕は、速やかに三妖精達を意識の外へと追いやった。 奇襲を試みてくるならもちろん抵抗するが、このままただ話し合うだけなら気付かないフリをしてあげよう。「でも…………」「………だから……」「だね……」「……決まりよ!」 おっと、話は終わったらしい。 元気よく立ち上がると、そそくさと移動を始める三妖精。 良かった、今なら隙を付けるとか考えてなくて。 念のため用意したアイシクル・カズィクルベイの下準備は無事無駄になったようです。〈魅魔様は悪霊だけど、さすがに串刺公ごっこを楽しめるほど心病んで無いぞー〉 いや、妖精の場合はやられたらピチュるからね? そういうエグい展開にはならないからね? 僕もそこらへんの分別はつきますって。ついた上での仕掛けですって。「待たせたわね、チルノ!」「おそいわよ、サニー!」 あ、戻ってきた。 ツインテールっぽい金髪の妖精を中心にして、颯爽と再登場する三人の妖精達。 とりあえず、僕が彼女等の存在に気付いていたって事は誰にも気付かれていないっぽい。……何だかややこしいな。 喋る役は親分に任せておけば良さそうだし、色々迂闊な真似をしそうな僕はここで大人しくしていよう。 こうして親分の側で腕を組んで立っていれば、「謎の実力者」風に見えなくもない気がする。 おや、気付けばフランちゃんも反対側で同じような事を。 ……多分、初対面の人といきなり会う事になって何して良いか分からないから僕の真似をしているんだろう。 微妙に視線も泳いでいるしね。チルノ団に入ってからコミュニケーション能力が増したと思っていたのだけど、身内以外はまだ辛いかぁ。 〈まぁ、置物になってるくらいが丁度良いんじゃね? 今の時点で相手に対する威圧になっているんだし〉 ……本当だ。良く良く見ると、三妖精達の膝が小刻みに震えている。 目線も決してこちらと合わせないようにしているし、落ち着いて見えるのは完全に虚勢なのか。「アンタ最近、チルノ団とか言うチームを作って粋がっているそうじゃない」「そうよ!」「――おぐっ」 さすがだ。さすが過ぎるぜ、親分。 喧嘩を売るための第一歩を威勢よく折られたサニーミルクちゃんは、戸惑いながら背後の二人へ視線を向けた。 しかし、両者ともにこの救助要請を拒否。かくして彼女は、味方がいるのに孤立無援と言う実に貴重な状況へと追い込まれたのでした。「あ、アンタ本当に馬鹿ね! 私はアンタを馬鹿にしているのよ!?」「あたい、バカじゃないもん!!」「アンタは馬鹿よ、バーカ!」「バカじゃない!」「バカよ!」「バカじゃないもん!」「バーカ!」 ……えっと、この流れで問題無いんですかね? 単なる口喧嘩と化した二人のやりとりを眺めながら、他二人の様子を軽く窺ってみる。 ――あ、コレは間違いなく予定外の展開ですわ。 顔に出さないようにしているけど、二人共えらく動揺しているみたいだ。「アンタみたいなバカの作ったチーム、私達が叩き潰してあげるわ!」「のぞむところよ! ――ふらん、あきら!!」「わーっ! 待った待った!!」「サニーちょっと落ち着いて! その方向性は無しってさっき決めたでしょう!!」「やっぱダメ、チルノ相手に妥協するってすっごいムカつく!!」「……まぁ、元々無理があったのよね。チルノ一人だって抑えられないのに、他の団員も含めて相手をするなんて」「ちょ、スター何を言ってるのよ!?」「チルノが空気を読んで人数は減らしてくれたけど……連れてきた面々が、よりによって、その……」 うん、その先も普通に言って良いですよ? やっぱり普通の妖精三人に、僕とフランちゃんと親分は過剰戦力過ぎたようです。 と言うか彼女達の口ぶりだと、親分単体でも競り負ける可能性が高かった様子。 やっぱ親分、妖精としては破格の強さなんだなぁ。 ちなみにどうでも良い事だけど、さっきの親分の台詞は多分「ふたりはてをださないで!」だったと思います。 そういう所が、無闇矢鱈に男前なのが親分だからね。……まぁ、どっちにしろ無謀な勝負になった事は変わりないと思うけど。「うぅー……分かった。それじゃあ今の無しで」「良いわよ!」「良いんだ……」「まぁ、親分だから。その心は大海の様に広いんだよ」 実際あそこで「許す」ってハッキリ言えるのは凄いよね。例え何も考えてないとしても。 そしてその行為を疑問にも思わない三妖精達。下手すると彼女ら、大ちゃんクラスに親分の事を理解してる?「あ、あの! 誤解しないよう言っときますけど、私達チルノとは仲それなりに良くて……」「今回のも、どっちかと言うとじゃれ合いに近いんです! 本当なんです!! だから殺さないで!」「うん、大丈夫分かってる。分かってるからそんなに怯えなくてイイヨー」 後なんで僕にだけ言ってるの? フランちゃんはスルー?〈認めろ少年、これが世間の評価だ〉 ……僕が何をしたって言うんだ。〈アイシクル・カズィクルベイとか〉 未遂だから! アレは未遂だからセーフです!!〈いや、普通にアウトだろ〉 聞こえません聞こえません。「えっとそれじゃあ、親分さんが粋がっているから倒すっていうのも嘘なの?」「その、強ち嘘でも無いです。チルノ団が出来てから、あんまりチルノと遊ばなくなっちゃったので」「……つまり、今回の話って「チルノちゃん、あーそーぼー」って事なんですか」「まぁ、そーいう事になりますかね」「ならないわよ!」 サニーミルクちゃんは否定しているけど、露骨に真っ赤な顔が真実を教えてくれている。 なるほどなるほど。仰々しい呼び出しをしたけど、単に遊びたいだけだったのか。 ……ますます僕達の存在価値が無くなったんですけど。「昆虫王子みたいな人なんだね、サニーさんって」「昆虫王子?」「リグルさんの事」「……ああ」 確かにそんな感じかも。プライドが邪魔して面倒な接し方になっている所とか、特に。 うーん。ツンデレって言うのとも違うよね、こういうのって。 ぶっちゃけちょっと面倒臭いと言うか、嫌なら止めて良いんじゃよ? と思わなくもないと言うか……さすがに直接指摘はしないけど。 ちなみにサニーミルクちゃん以外の二人は、親分と付き合うにあたって邪魔になる誇りがあるワケでは無いらしい。 それでもしぶしぶながら彼女に付き従うあたり、人が良いのかサニーミルクちゃんを大事にしているのか。 ……後者だと思うけど、その割に扱いが若干ぞんざいだよね。「私は、真剣に、チルノを倒しに来たの!!」「いいわ、うけてたつわよ!!」「でも、バトルは無しの方向なんですよね」「しょうがないよ。私達の誰が出ても弱いものイジメになっちゃうし」「いやまぁ、そこに不満は無いけどね? だとしたら、どうやって勝負するのかなーって」「それはもちろん――もちろん……えっと、なんだったっけ」「そもそもそこまで決めてたっけ?」「こっちの有利になる勝負を挑もうって所までは決まってたと思う」「さっきまであんなに話し合ってたのに、意外と何も決まってなかった!?」「えっ?」「あ、いや、何でもないです」 危ない危ない。ついうっかり暴露する所だったよ。 しかし、あれだけ話し合っておきながらノープランって。 まぁ、親分相手ならそれでも通用しそうだけど。最低でも大まかなプランぐらいは考えておいた方が良いんじゃないかな?「……とりあえず僕も親分もフランちゃんもゆっくり待つからさ、もうちょっと話し合ったら? 二人共、良いよね?」「うん、私は別に平気だよ」「いくらでもまつわ!」 まぁ正直、負けた所で何のデメリットも無さそうだし。それ以前に勝つ意味がないし。 好きに決めてくれたら良いんじゃないかな。――とか思っていたら。「ちょ、調子に乗るんじゃないわよ! そんな情け、必要ないんだから!!」 どうやら、舐められていると思われてしまったらしい。 いや、あながち間違っていないのかもしれないけど。 こっちの方が圧倒的に有利だからこそ、決定権を相手に委ねているワケだし。 とは言え、こればっかりは平等に決めるワケにもいかないからなぁ。すぐに決着着いちゃうし。 ……うーん、ひょっとしてこれが強者の気分なのだろうか。〈自覚すんの遅くね?〉 魅魔様、ハウス。「でもサニー、それじゃあ何で勝負するの? 弾幕ごっこじゃ勝ち目ないよ?」「それは……えーっと――――さ、三本勝負よ!」「三本勝負?」「丁度三人ずつ居るんだから、一対一で勝負して最終的な勝ち星の多さを競いましょう! 勝負内容はその都度決める形で!!」 そう高らかに宣言するサニーミルクちゃん。 明後日の方向を見ながら言うその姿に、親分を除く僕らは全く同じ感想を抱いたのだった。 ――ああ、逃げたなコレ。