「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ…………今、戻ったぞ」「お帰りなさい、ナズーリン。あのその……」「謝る必要は無い。むしろ謝られると怒りが増すから黙っていてくれ」「ぴぃっ!?」「まったく、ご主人はどうしてこう次から次へと問題を起こすのか。頭が痛いよ」「本当に何というか、えっと、その」「だから謝る必要は無いと……それよりも私が不在の間に、命蓮寺で起きた事を教えてくれ」「特に何も無かったです――ああ、そういえば晶さんが遊びに来ていましたね」「――――っ!? そ、それは本当か!?」「え? えっ? 本当ですけど、それがどうしたんですか?」「くそっ、よりにもよって私が不在のタイミングで現れるとは……」「良く分かりませんが、今までも晶さんは何度か命蓮寺に来ていましたよね? 何が問題なのですか?」「……今までは、なんやかんやと理由を付けて聖と話し合う機会を防いできたからな」「はぇ? 何か言いました?」「独り言だ、なんでもない。それで、彼は今も命蓮寺に居るのかい?」「いえ、もう帰りました。聖が戻ってくるまで待ってほしいとお願いしたんですけど、何だか用事があったみたいで……」「そうか。……どうやら、もっとも避けたい状況だけは避けられた様だな」「楽しかったですよ。同行していた烏天狗さんもとても良い人で――あ、そうでした!」「どうしたんだ?」「実は、ぬえさんが旅に出てしまったんですよ」「ぬえが旅!? な、何でまた急に!?」「何でも、命蓮寺の皆のためになる事を見つけたと言っていたそうです。相当張り切ってたって言ってましたよ」「不安材料しか無い伝言なんだが……その言い方だと、ぬえからその話を聞いたのはご主人では無いようだね」「はい、私は晶さんから教えて貰いました!」「――は?」「な、ナズーリン顔が怖いですよ!?」「……何故そこで、晶殿が出てくるのだ」「ぬえさんのお悩みを、晶さんが解決したそうなんです。ふふふ、晶さんは本当にお優しいですね」「―――――」「ナズーリン? どうしたんですか、ナズーリン?」「ふ、ふふふ、ふふふふふ……狡知の道化師ぃぃぃいいいいい!!」「わぁ、ナズーリン!? おち、落ち着いてください!!」「やってくれたな! いや、本人もやるつもりは一切無かっただろうが――だからこそ逆に腹立たしい!!」「あわ、あわわわ……」「この借りは必ず返してやるぞ。とりあえず、今回の一件はねっとりしっかり心の閻魔帳に記載しておいてやる……ふふふ」「……この様子だと、晶さんの話題にはもう触れない方が良いのでしょうか。二人の交際疑惑について色々と聞きたかったのですが」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾陸「妖集悲惨/お父さんは許しません!」「ふぅ、さっぱりしたー」 ホコリまみれになった姿を見かねたキャプテンの好意に甘えた僕は、命蓮寺のお風呂に入れてもらったのでした。 スッキリしたけど、何をしてるんだろうね僕は。……メイド服の洗濯まで頼んでから言う台詞じゃないけど。 おまけに姫海棠さんは――『久遠クン、私分かったわ。私の新聞には取材対象の声が足りなかったのよ。部屋に籠もっていたせいで、そんな簡単な事を忘れていたのね』 なんか、ガールズトークで悟っちゃってるし。 いや、どんな経緯だろうと姫海棠さんが分かってくれればそれで良いんだけどね? つまりこの時点で、僕が命蓮寺に居る理由はほぼ無くなってしまったワケで。 ……まぁ、別に用が無くなったからって即帰る理由も無いのだけど。「あっ、居た! 見つけた!!」「にゃ? えーっと貴女は……確か雲居さんでしたっけ」 用意されていた布で頭を拭いていると、ドタドタと廊下を駆けながら尼さんがやってきた。 以前に霊夢ちゃんにボッコボコにされた、雲入道使いのお姉さんである。 確か名前は……雲居一輪さんだっけ。良く良く考えると僕って、命蓮寺の人達とあんまり絡んで無いんだよね。 ナズーリンとはやたら話している記憶があるんだけどなぁ。――つまり何もかもナズーリンのせいか! いや、さすがに半分は冗談ですよ? 命蓮寺が関係した事柄には、常にナズーリンの影が隠れているとかは思っていませんよ? 少ししか。 ……まぁ、絡んでない理由に彼女が関わってるのは勘違いじゃないんだろうけど。 どうもナズーリンは、僕と命蓮寺の皆さんをあんまり合わせたくないみたいなんだよね。 と言うか、ある特定の一名との接触を避けていると言うか。 特にこっちに不都合は無いし、気づかないフリをしておいた方が後々便利そうだからあえて乗っかってるけどね。 ―――っと、話がズレまくった。「私の事は一輪で良いわよ。貴女は聖の恩人だし」「その恩人になる前に、色々とあったと思うんですが」「……私は、巫女にボコボコにされた記憶しか無いから」「あ、なんかスイマセン」 さすがは博麗の巫女、狡知の道化師を上回る脅威っぷりである。 まぁ、あんな徹底的にボコられりゃねぇ。少なくともあの時の戦いでは、僕それほど派手な真似はしてなかったし。〈その前に、氷の岩で船体に大穴開けてたけどな〉 実行犯は分かってないみたいだからセーフ!「今でも思い出せるわ、あの容赦無い正拳突きの味。……的確に急所を狙ってくるのよね」「霊夢ちゃん御札使おうよ!? ――ごほん、とりあえずその事は置いといて。何か御用ですか?」 まぁ、だいたい想像は付くけど。十中八九ナズーリンとの関係を聞かれるんだろうなぁ。 面倒だから放置するつもりでいたけど、無視していた方がより面倒な事態になるかもしれない。 姫海棠さんの問題も解決した事だし、ちょっと居座って噂の鎮火を試みようか。「そうそう、聞きたかった事があるのよ。――貴方、本当に男の子なの?」「そっちかよ!?」「あっとゴメン、間違えた。風呂上がりの姿ですら完全に女の子だったから、つい……」「その感想は普通に凹むなぁ……」 髪は解いてるし服は男女どっちとも取れる和服になってるから、女装要素は欠片も無いはずなんだけどなぁ。 魅魔様、今の僕ってぶっちゃけどう見えますか?〈そういう残酷なコメントを魅魔様に求めないように〉 うん、知ってた。分かってたよ。分かってたから泣いてません。ほんと泣いてないから。「じゃあ改めて聞くけど、ナズーリンの事どう思っているの?」「特に何とも」 変に好意的に答えると勘ぐられそうなので、思いっきり淡白な答えを返した。 実際、異性としては何の意識もしてないワケだしねー。 さてこの返答に、一輪さんはどんなリアクションをするのだろうか。「特に何ともって……仮にも恋人にその言い方――あ、なるほどそう言う事ね」「はへ? 何がそういう事なんですか?」「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。確かに私も仏教徒だけど、恋愛には理解ある方だから!」「なんか複雑な背景がある事にされている!?」 何その、本来なら反対する立場だけど二人の幸せが第一だから応援するよ。みたいな笑顔。 僕とナズーリンはどんだけ厄介な関係になってるの? ロミオとジュリエットなの? まぁ、あながち間違ってない気もするけれど。その場合僕らの立ち位置はむしろ敵対する両家の長になると思うんですが。 どう考えても、恋に恋する二人を邪魔するポジションが適任だよなぁ。 結局二人の想いをへし折れず、それでも認めるわけにはいかないから見逃す事しか出来ない所まででワンセット。 うーむ、我ながらピッタリすぎて怖いね。「よ、ようやく見つけた……って」「あちゃー、手遅れだったわね」 そして、遅れてやってきたキャプテンと姫海棠さん。 とりあえず姫海棠さん、一時間にも満たない時間で溶け込みすぎ。 正直妖怪の山に居た頃より馴染んでゲフンゲフン。――すいません、今のは無しで。「一輪、さっき言っただろ……二人の事は陰ながら暖かく見守ろうって」「聞いたけど、私は嫌だって言ったわよね? どこの馬の骨とも知れない人間にナズーリンは任せておけないって」「だからって本人に直接問いただすのは……と言うか聞くにしても、もっと尋ね方ってモノが」「単刀直入が一番よ」「……ナズーリン、今分かったよ。いつも君はこういう気持ちになっていたんだね」 筒抜けの会話を聞かされるって辛いよね。後、命蓮寺の皆さんも一応は常識人枠と非常識人枠で識別が可能なようです。 ――キャプテン。残念ながらそっち側に行ってしまった貴女には今後、過酷な運命が待ち受けている事でしょう。ご愁傷様です。〈少年は過酷な運命を与える側だけどな〉 魅魔様シャラップ!「だから良いわね!? この私の目が黒いウチは、ナズーリンとの交際は認めないわよ!!」「……恋愛には理解があるって言ってませんでしたっけ」「恋愛への理解があるとは言ったけど、ナズーリンとの交際を認めるとは言ってないわ!」「なるほど、筋は通ってますね」「認めるんだ!?」「じゃあ、僕はナズーリンとの交際を諦めます。認められないんじゃしょうがない」「そんな貴方に朗報よ。挽回の機会をあげるわ」 その前に確認したいんですが、僕と貴女って同じ言葉で会話してるんですかね? ここまで話が通じないと、どうにかして誤解を解かなくてはと言う気力が失われていく。 ……いやいや、それで諦めたら本当にナズーリンとカップルにされるぞ僕。 そうなるとマズい気がする。姉達が暴走して、他にも大変な事態が引き起こされて、何故か異変にまで発展しそうな気がする。 名付けて恋人異変。……名付けてみると思った以上に情けない異変で笑えてくる。〈少年の想像力には舌を巻かされるなぁ〉 ちょっと考え過ぎでしたかね?〈いや、確実にそうなるんじゃないかな。むしろそれで収まったら僥倖ってレベルだろう〉 そこまで言いますか。そこまでのレベルですか。〈よっ! この傾国の美女!!〉 さすがの僕でも、その言い方にはキレますよ?「と言うワケで、はいコレ」「……なんですかね、この四角が等間隔に敷き詰められた紙は」「貴方が恋人に相応しいと思ったら、その四角の中に印を付けてあげるわ。それが全部埋まれば晴れて貴方はナズーリンの恋人になれるのよ!」「ポイントカード!?」 幻想郷のどこでもやっていない制度を、まさかこんな所で見る事になろうとは。 反対側をひっくり返してみると、確かに手書きで「ナズーリンへの道」と書かれている。 つまりロード・オブ・ザ・ナズーリン? 無駄に壮大なストーリーが幕を明けそうですね。……四角の数結構多いし。「これを全部埋める必要があるワケですか。……凄い大変そうですね」「どれどれ? ――うわ、これはちょっと多すぎでしょ」「ひーふーみー……三十以上有るわね。どれだけ認めたくないのよ」「あ、多すぎた? じゃあ減らすわ」 姫海棠さんとキャプテンのツッコミを受け、あっさりとそう言った一輪さんがポイントカードにチェックを付けていく。 あっという間に残り半分となるポイントカード。大盤振る舞いし過ぎっていうか、それで良いのかナズーリンへの道。チョロ過ぎない?「えっと、良いんですか?」「別に構わないわ。私の判断は厳しいから、これでもまだ道のりは遠いくらいよ」「はぁ、左様ですか」「ふふふ、怖くなったかしら?」「いえ、別に」 そもそも認めてもらう気無いですし。むしろずっと認めてもらわない方が都合良いですし。「良い覚悟ね、気に入ったわ。とりあえず一つ目の印をあげる」 ……厳しい判断とは何だったのだろうか。 物凄いアッサリと最初の印をくれる一輪さん。ただの減らず口と言う可能性を、少しくらい考慮しても良いと思うのだけど。 ――あ、ひょっとして。「一輪さん」「ん、何よ?」「良い機会なんで、今後は命蓮寺の皆さんの活動にも色々お手伝いしたいと思ってるんですよ。主に奉仕活動とかを」「それは良い心掛けね。もう一個印をあげるわ」 ……ああ、なるほどそーいう事ですか。 ナズーリンの為に心を鬼にしているらしいけど、彼女は根本的にステレオタイプな命蓮寺住人なのである。 そりゃ、元々のハードルが滅茶苦茶低いんだから厳しくなってもこんなモノですよ。 本人としては若干辛めに採点しているつもりなんだろうけど……それでコレだからなぁ。 なんだろう、この謎の罪悪感。こっちから望んだ事なんて一つも無いのに、詐欺に引っ掛けている様な気になってくる。「なら今度の週末、命蓮寺に来なさいな。大掃除をやるから手伝わせてあげるわね」「ああ、ソイツは悪くない考えだね。命蓮寺の皆と仲良くする良い機会だろうし」「良いわね。ナズーリンと仲良く掃除をしたら良いんじゃないかしら」 だから姫海棠さんは、何で命蓮寺側の目線に立って発言しているんですか? こっちの心配そっちのけで、楽しそうにワイワイと今後の予定を話す仲良し三人組。 と言うか、キャプテンも一輪さんの判定の緩さにはツッコミ無しですか。 反対派だからあえて黙ってるって感じでもないし、多分彼女も一輪さんの採点基準に疑問を抱いて無いんだろうなぁ。 ツッコミ側に見えてもやっぱり命蓮寺住人、お人好し度は変わらないって事ですか。 ……ナズーリンいなくなったら、本気で滅ぶんじゃないだろうかこの寺。 他に頼れそうな人、白蓮さんしかいないじゃないですか。 まー、あの人は全てを理解した上で一輪さん達と同じ答えを出しそうだけど。 その後も、楽しそうに僕とナズーリンの仲良し公認化計画を話し合う三人。 そんな彼女等の姿を眺めながら、僕は完全に説得を諦めるのだった。 ――とりあえず、後は全部ナズーリンに丸投げしよう。そうしよう。