「はーい、これでラストー」 ―――――――独奏「首席奏者の長過ぎる一節」「阿鼻叫喚、なのかしら。相手が遠すぎて良く分からないわね」「あれ、姫海棠さん。あたふたするお仕事はもう辞めたんですか?」「おかげさまでね。ここまで追い詰められると、もう拘束されてる程度じゃ焦らなくなるわ」「良い事です。いつ誰に拘束されて、見知らぬ世界に拉致られるか分かったモノじゃ無いですからね。こう言う事にも慣れておきましょう」「……それはいったい、どういう立場からの忠告なのかしら」「幻想郷の生きるものとしての経験則ですが」「いや無い。私も長年幻想郷に住んでるけど、そんな経験則が必要だった記憶は一切無い」「運が良かったんですね!」「なんで貴方、真っ直ぐな目でそんな事が言えるの?」「まぁ、悪いようには致しませんよ。安心してください――っと、これで終わりかな」「それで結局、貴方は誰と戦っていたのよ」「さっきの白狼天狗と、その愉快な援軍達です。なんかお礼参り来てたみたいなので素早く退場して貰いました」「……ああ、なるほどね。良かったじゃない、大人気ね」「全然嬉しくないですよ……文姉が何で彼らを煙たがるのか、理由が良く分かりました」「ま、そんな性根だから文と敵対してるんでしょ。良くも悪くも保守的なのよ、アイツらは」「へぇ。姫海棠さんって、そこらへんの考え方は文姉寄りなんですね」「どうかしら。私は部外者だから、そういう冷静な意見が出るだけだと思うわよ」「部外者? と言う事は、姫海棠さんの派閥はこの抗争とも言えない微妙な対立関係に参加してないんですか?」「……そもそも私、派閥とかには入ってないのよ。基本的に家から出ないから」「あっ」「…………笑って良いわよ」「えと、あの……なんかスイマセン」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾肆「妖集悲惨/はたての突撃インタビュー!(強制)」「と言うワケで、我々は人里までやってきたのでした」「何で小声? 誰に対して何を言ってるの? そもそも何で忍んでるの?」 それはね、僕が堂々と人里を練り歩くと皆が脅えるからダヨ。 こそこそと人目を避けながら移動する僕にツッコミを入れた姫海棠さんへ、僕は理由を説明せずただただ微笑んだ。 ちなみに三叉錠はすでに外している。と言うか、拘束したまま人里に行くなんて特殊プレイするほど厄介な性癖は持ちあわせておりません。 とりあえず、本当の目的を微妙に濁しながら新聞の取材である事だけは教えておいたけど。「……まったく、何でワザワザ必要のない取材に行かないといけないのかしら」 うん、やっぱそれだけじゃ何も伝わらないよねぇ。 そもそも、今の僕の行動は明らかに「助言」の域を出てしまっている。 僕に対して物凄く好意的な解釈をしたとしても、良くて「お節介」と言った所だろう。 ――多分、妖夢ちゃんならそう言うと思うヨ。 まぁ、こっちも感謝して欲しくてやってるワケじゃないしね。 うっかり殺りかけたお詫び、みたいなモノだし。言わば親切の押し売り! 自分が満足すればソレで良しなのです!! ……事実だけど、言葉にすると思った以上に悪質だなぁ。 これは是が非でも成果を出して、結果オーライと言う事にしておかないとね! いえ、一応悩みも解決するよう頑張りますよ?「なお今回は、比較的安全でかつ親切な妖怪の多い命蓮寺をチョイスしました」「命蓮寺……聖人、聖白蓮が開山した弱い妖怪達を匿う為の寺ね」「そーですよー。一人を除いて総じて善人ばかりなので、姫海棠さんも気軽に入れると思います」 まぁ、その一人が命蓮寺の厄介さを五段階ぐらい跳ね上げてるんだけどね。 あの賢将さんは噛み付く相手をキッチリ選ぶから、姫海棠さんが狙われる事は無いだろう。姫海棠さんが狙われる事は。 「スーハースーハー……うっし! それじゃあ行きますよ!!」「いや、別にどうでも良いけど。その異様な気合の入りようは何なの?」「気にしないでください、こっちの問題です。――うぉらぁ、見てろよナズーリン! 今日は勝つ!!」「小声で叫べるって凄いわね。……別に、行きたくないのなら無理に行かなくても良いわよ? だから今すぐ帰――」「あ、そうですか? じゃあ別の……そうだなぁ、紅魔館か、地霊殿か、白玉楼か、永遠亭か、太陽の畑か」「……ゴメン、やっぱり命蓮寺で良いわ。むしろ命蓮寺が良いわ」「そうですか? 個人的にはそこらへんの方が、色々と手配しやすかったりするんですけど」「念の為に確認しておくけど、私を脅迫しているワケじゃ無いのよね?」「脅迫? どこらへんが?」「……どうして私、久遠晶を頼ろうと思っちゃったのかしら」 ですよねー。僕もそう思います。 姫海棠さんの呟きに、僕も内心で同意する。……口に出すと泣かれそうなので言いはしないけど。 まぁ、とにもかくにもこのまま入り口に居続けるのは色々宜しくない。主に命蓮寺の風評とかそういうモノが。 なので僕はぶつくさ言ってる姫海棠さんを引っ張って、命蓮寺の中へと入っていく。 人目を気にしながら裏門を潜った僕達の前に現れたのは、毎度おなじみナズーリンさん……。「おや、誰かと思えば晶さんじゃないか」「――じゃない!?」 実際に居たのは、なんでもかんでも計算してそうな鼠の妖怪さんではなく水兵姿の船幽霊さんでした。 しかも手に持っているのは、裏庭を掃くため以外には使えそうにない竹箒。 これ、完全に偶然居合わせただけですわ。ナズーリンがこっちの警戒心を解くためにあえて彼女を派遣した、なんて可能性は皆無ですね。 ……もしくは、僕を油断させる為あえて事情を語らなかった――いや、それは無いか。 言っちゃあなんだけど、打ち合わせ無しでナズーリンの意図通りに動いてくれる人材が命蓮寺に居るとは思えない。 皆、腹芸なんて欠片も出来ないからなぁ。仮に意図を伝えたとしても、どっちにしろナズーリンがいないと話が回らない気がする。 つまりどっちにしろ、ナズーリンは出てこないといけないワケで。 ――はっ!? ひょっとして出待ちか!?「晶さん? そんな険しい顔でお寺を睨んでどうしたのさ?」「――ナズーリン、どこにも居ないね」「なんか寅丸にお願いされたらしくて、ついさっき命蓮寺から出かけていったよ」「…………出かける際に、なんか言ってなかった?」「いや、特には……あ、ひょっとしてナズーリンと約束していたのかい?」「いえ別に、そーいう事じゃ無いんですけど」 まぁ、さすがのナズーリンさんもガチで何でも知ってるってワケじゃないもんね。こういう事もあるよね。 もしくは知っていても、今回は無視して良いと思ってスルーしたのかもしれないしね。そういう可能性だってあるだろうしね。 うん仕方ない、仕方ないよね。…………何だろうか、この良く分からない肩透かし感は。「……そんなにナズーリンに会いたかったのかい?」「いえ、特にそういう事は無いというか、むしろ居ない方が好都合なんですが……なんか、居なけりゃ居ないで落ち着かないと言うか」「んー? ―――ははぁん、なるほどそういう事かぁ」「そういう事?」「いやぁ、君とナズーリンはやたら仲が良いなぁと思っていたんだよ。そっか、そうだったのかぁ」「えと、何を納得しているんですか?」 しかも凄い笑顔が下卑てる。ワイドショー好きなオバちゃんみたいな顔している。 まったく意味が分からないんですが。僕とナズーリンがなんだって言うんですか?「へぇーっ、貴方にもそんな相手が居たのね! どんな子? どんな子なのよ?」「姫海棠さんも物凄い勢いで喰いついて来た!? え、何事!? 二人は今の僕の台詞に何を見出したと言うの!?」「またまたぁ、とぼけちゃってー」「ナズーリン……ナズーリン……ああ、この鼠妖怪か。ふーん、こういう子が趣味なのね」「趣味?」「しかしまさか、あのナズーリンがねぇ。この手の話とは一番縁遠いヤツだと思ってたんだけど」「けどそういう人ほど、同僚にも気付かれないようこっそり事を進めているって聞くわよ」「あー、確かにナズーリンはそういう部類だなぁ……」 こっちの疑問をガン無視し、挙句女子二人でかしましトークを初めてしまう二人。 なんだコレ切ない。何故か二人共、極々自然に僕の事を会話からハブっていったんですけど。 スルーか。あんまりにも分かってなくて、混ぜると疲れるだけだからあえてスルーか。 でもしょうがないじゃん、本当に何の話だか分からないんだから。せめて一言くらい注釈入れてくれたって良いじゃないかもー!〈この二人は、少年とあの鼠が恋人同士じゃないかって勘ぐってるんだよ。それくらい察しろ〉 はぁ? 僕とナズーリンが? 無い無い、それは絶対に無いですよ。〈断言したなぁ。正直、相性はわりと良いと思うんだが〉 相性の良さは否定しませんけどねー。ナズーリンは、敵カテゴリに居てくれないと落ち着かないかなぁ。 いや別に、彼女が嫌いってワケでも本当に敵だと思っているワケでも無いですけどね? それでもちょっと背中は預けられないと言うか、常にそれくらい警戒している必要があると言うか。 まぁ、要するにライバルって関係が丁度良いんですよ。僕らは。 やや過大な喩えを用いると、孔明と司馬懿みたいな関係と言えますかね。 ……いや、現時点で敵対はしてないから孔明と周瑜になるのかな?〈つまり、少年が死んだナズーリンの策に怯えて追撃しそこねたりするワケだな〉 なんで今、ナチュラルに僕を司馬懿ポジションに当てはめた?〈…………ほら、最終的に勝ってるから良いじゃん〉 つまり選定理由に勝敗関係無いって事かコラ。〈良いじゃん、美周郎でもあるんだから良いじゃん。カッコイイじゃん〉 じゃあ聞くけど、僕と美周郎の共通点って何よ。〈…………ひ、火攻め大好き〉 僕はどっちかって言うと氷属性だよ!! 喩えたのは僕だけど、もう少し他にフォローの言葉は無かったのだろうか。 つーか、でっち上げるならもうちょいマシな所にしてよ。どっちにしろ嘘だと分かるけど。〈いやけどさ、あの鼠妖怪はどう考えても孔明だろう?〉 ……それはまぁ、確かに。 あの策謀っぷりと奮闘っぷりと苦労人っぷりは、間違いなく横山三国志の孔明だ。それも晩年の。 〈この報告はナズーリンにとってはショックだった〉 止めいっ! まぁ、二人が何を勘違いしているのかは良く分かりましたよ。 ぱぱっと否定したいんだけど――ねぇ、魅魔様。この場合僕が否定するとどうなると思う?〈照れ隠しだと思われる〉 ですよねぇ。……さて、どうしようか。 ナズーリンに丸投げしても良いんだけど、あの子の場合は普通にこの話を利用しかねないからなぁ。 全力で殺意を放ちながら、「僕とナズーリンが恋人? へぇ~」とか言っちゃう? いや、それはそれで妙な噂に発展しそうな気が。 うーむぅ、参ったなぁ――おや?「――何してんのさ、ぬえさん」「うぎゃ!? い、いきなり出てこないでよ!?」「いや、むしろぬえさんがどこ入ってるのさ」 床下にスライディングで入り込んだ僕は、匍匐前進で進んでいたぬえさんの進路を塞ぐようにして停止した。 本当に、何してるんだろうこの人は。人目を避けて進むにしても、床下を移動するのはやり過ぎだと思うんだけど。「うぅぅ……ここなら気付かれないと思ったのにぃ…………」「まぁ、普通は気付かれないでしょうねぇ。僕は高性能な索敵能力持ってましたから丸見えでしたけど」「……貴方に見つかってたら意味が無いのよ」「えっ!? 僕から逃げてたんですか!? こんな方法で!?」「分かってたけど、改めて言われるとムカつく!!」 ある意味凄い根性だ。意味は全然無かったけど。 しかしそうか、彼女は僕の事を避けたがっていたのか。 ……だとすると、ナズーリン探す時点ですでにぬえさんに気付いてた事は黙っていた方が良いかな。 いきなり床下に潜り込むなんて素っ頓狂な真似したから、気になって顔を出したと言ったら更に落ち込みそうだ。 あ、ちなみに避けられてる事は全然気にしてません。気持ちは良く分かるからね。意図は汲まないけど。「それで、何の用?」「えっ」「えっ」「……ぶっちゃけ、ぬえさんに用はありませんけど?」「えっ?」「えっ?」「……じゃあ、何で床下に入ってきたのよ」「――特に意味は無いですね」 別段、ぬえさんに会わなければいけない理由があったワケでは無い。 『鵺』の存在は、良い新聞記事になりそうだけれども。 本人はきっと嫌がるだろうしなぁ。正体不明がアイデンティティになっていると言っても過言では無いワケだし。 貴女の事を詳細な記事にしてください、なんて言った日には一生恨まれてもおかしくないだろう。 ……まぁそれに、良い新聞作る手伝いをするって言ったワケじゃ無いしね。 一応文姉側の人間であるとしては、姫海棠さんにそこまでお節介するつもりは無いのですよ。「だったら放っといてくれないかしら」「まぁまぁ、ここで会ったのも何かの縁。仲良くお話致しましょうよ」「話す内容なんて無いんだけど」「んー、例えば……命蓮寺でどうです? 仲間外れにとかされてません?」「何で貴方に、そんな母親みたいな質問されなきゃいけないのよ!」「まぁ、貴女を誘った際に居合わせた仲って事で。溶け込めて無いようなら相談に乗りますよ、僕そう言うの得意なんで」 特に話すネタが無かったので、思いつくままに適当な事を口にする僕。 ……いやほんと、何やってるんだろう僕。 さすがにナズーリンが居るだけあって鼠も虫もいないけど、床下なんて長く留まるべき場所じゃ無いだろう。 ぬえさんも、きっと呆れている事だろうなぁ――とか思っていたら。「…………本当に?」「はい?」「本当に、相談に乗ってくれるの?」「え、あっ、はい」 何だか、思っていた以上に深刻なリアクションが返ってきました。 ……あれ、ひょっとしてこのままお悩み相談に突入するんですかね?