「ねぇ、ひょっとして私の「花果子念報」……読んだ事無い?」「無いですねぇ。と言うか、天狗の新聞は数が多過ぎて友人とメジャー所以外見れてません」「……天狗の数だけ新聞があるのが現状だものね。仕方、ないわよね」「えっと、なんかスイマセン」「良いのよ……はいコレ、花果子念報。今度読んで感想を聞かせて」「あ、ども。じゃあ僕もコレ、僕達で作ってる新聞というか小冊子と言うか」「知ってるわよ。出ているヤツ全部読んだから」「おお、さすがは新聞記者。事前の情報収集はしっかり行っているワケですね」「ふふふ、まぁね。……ところで久遠クン、一つ聞きたいんだけど」「はい?」「次号に『デレラ』って載るのかしら。デレラの弾幕宝貝を体内で屈折させて無効化する宿敵との決戦の続き、凄い気になっているのだけど」「それ、完全に読者目線になってません?」「私の手紙に毎回必ず返事をくれるのも嬉しいのだけどね。フラディス先生は、やっぱり本業を優先すべきだと思うのよ」「読者どころかファンになってた。あのファンレター、姫海棠さんの書いたヤツだったんですか」「わ、分かってるわよ、そう思うなら手紙を送らなければ良いって事ぐらいは。でも、私は先生に感動と応援の気持ちを伝えたいのよ!」「一言もんな事言っとりませんがな。……今度、因幡フラディス先生のサインでも貰って来ましょうか?」「え、ほんと!? いえ、でも、その、先生に悪いし……」「乙女か。別に問題無いです――って言うか、むしろ嬉々として書くと思いますよ」「そ、そう? えへへ、それじゃあ遠慮無く」「ちなみに因幡フラディスって共同ペンネームなんですけど、サインはどうします? 連名? 個別?」「えっ!? あの、その…………五時間待って!!」「……分かりました。両方持ってきますね」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾参「妖集悲惨/書を捨てよ、町へ出よう」「えっと、このままだと本人が肝心の話題を明後日の方向に流しそうなのでこちらから確認しますけど、結局姫海棠さんは何の用なんですか?」 下手すると延々フラディス先生の魅力を語り続けかねない目の前のファンに、僕は本来の目的が何だったのかを尋ねた。 姫海棠はたてさんが文姉の「新聞記者としての」ライバルだったとしても、彼女が文姉を倒すために僕に近づいて来た事に違いはない。 ……いや、たかが新聞じゃどう足掻いても大事には発展しないと思うけどね。 言っちゃあなんだけど、天狗の新聞が世間に与える影響力ってほら、その、アレじゃん。アレ。「はっ、そうだった。危うく忘れる所だったわね……」「と言うか、言わなければ完全に忘れてましたよね」「そんな事無いわよ?」 脂汗だらだら流されながら言っても、説得力は欠片もありませんよ? まぁ、この様子だとそこまで邪悪な事は考えていないようだ。 しかしあまりにも陰湿な企みだったら、残った力を全て振り絞って何とかする事にしよう。そう、例えこの生命が途絶えようとも!「……別に文をどうこうするとか企んでるワケじゃ無いから、遺書を書き終えた後の兵士みたいな顔をするのは止めなさいよ」「そうなんですか? 良かった、命を削る最終奥義の出番は無いんですね」「な、何それ。そんなのあるの?」「いえ、ありません。これから作る予定でした」「……そんな気軽に出来るものなの? 命を削る最終奥義って」 むしろ、気軽だからこそあっさり出来るのが僕です。 例えば誰か一人を必ず消滅させる代わりに、自分も消滅する必殺技対消滅ぱんち! とか。……うん、思った以上に出来そうで怖い。「まぁそれはともかく。文姉に害を与えるつもりが無いのなら、本当に何の目的で来たんですか? 協力って言われてもピンとこないんですが」「……悔しいけど、文の文々。新聞には私の新聞には無い魅力があるのよ。私の花果子念報よりも上だとは言わないけれどね」「はぁ」「そんな彼女に勝つ為には、今の私には無いもの――彼女の新聞の魅力を知る必要があるわ」「それで僕、ですか?」「そう。まずは文の弟である貴方を取っ掛かりにして、文々。新聞の魅力を丸裸にするのよ!!」 おお……何だか思っていた以上にまともな理由だった。 ライバルを越えるため、ライバルの良さを認めた上で自分に活かそうと思ったワケですか。 なんて健全な理由なんだ。相手を貶める方向に向かってない所が尚良いね。健全すぎてちょっと泣けてきたよ。 ただ、それじゃあ彼女に協力できるかと問われると答えは否だ。 ……いや、別に意地悪してるとか文姉に義理立てしてるとかそーいうワケで無くてね? もっと根本的な理由で、僕は彼女に協力する事が出来ないのである。 「なるほど、姫海棠さんの言いたい事は良く分かりました」「分かってもらえて嬉しいわ。だったら――」「でも無理です。ゴメンなさい」「……文は裏切れないって事かしら。別に貴方も、私の事を利用してくれて構わないのだけど?」「いや、そういう事じゃ無いんですよ。……言いませんでしたっけ、僕は文姉から新聞関連の話題を振られた事が無いって」「言ってたけど……」「ぶっちゃけ新聞記者としての文姉に対する知識。姫海棠さん以下なんですよね、僕」「え、えぇええっ!?」「そもそも文々。新聞、あんまり読んだ事無いし」「そうなの!? な、なんで!?」「んー……なんでと言われると…………星の巡りが悪かったとしか……」 姉になる前は取材対象と記者の関係だったから、主に聞かれる事の方が多かったんだよねー。 で、姉になってからは……うーん、どれだけ絞り出しても愛でられまくった記憶しか出てこないっす。 「何もして無かったワケじゃ無いんですけどね。身内になりすぎたせいで、逆に仕事している所を見る機会が減ったというか」 あえて名付けるなら、「お父さんの仕事を子供がさっぱり分かっていないの法則」とでも言おうか。 学校の宿題なんかで親の職種を聞いてみたら、思いもよらないレアな職業でビックリした。と言うヤツである。 ちなみに僕の両親は極普通の主婦と会社員でした。職場結婚だったんだってさ。普通過ぎて反応に困った事は覚えている。「…………意地悪してるとかじゃなくて?」「なくて」 あ、がっくしと落ち込んでいる。よっぽどショックだったんだろう。 まぁ、アテにしていた相手が想像以上の役立たずだったと知ればこうもなるだろうさ。 とりあえず、優しく彼女の方を叩いて慰めておく。 落ち込ませたのは僕だけど。さすがに今回の件で僕に非はない、と思いたい。「まぁその、他にできる協力なら喜んでしますよ? 僕の取材とかします?」「遠慮しとくわ。貴方の記事って色んな意味で荒れるし――それに、私に『直撃取材』をする必要性は無いから」「ほぇ? どういう事です?」「こういう事よ」 そう言って姫海棠さんは、右手に持っていた折りたたみ携帯を開いた。 彼女は手慣れた仕草で何かを入力すると、ニヤリと笑って画面をこちらに向けてくる。 そこに写っているのは……たくさんの僕?「うわ、なにこれ!? まさか画像検索? 先生? グーグル先生のお力ですか?」「ぐぐる? 良く分からないけど、これは私の念写よ」「念写! そんな愉快で素晴らしい能力をお持ちなのですか!」「ふふん、凄いでしょう? この力があれば、取材する事無く新聞を作る事も可能なのよ」 それは凄い……事なのだろうか? いや、確かに新聞記者としては理想の能力かもしれないけども。 これさえあれば取材も必要ない、と言うのは少し違う気がするんだけどなぁ。 やっぱり実際の触れ合いと言うか、現物の確認が必要だと思わないでもないような気が。……文姉の影響かなぁ? ん、待てよ? これってひょっとして、姫海棠さんの言ってた「文姉の魅力」なんじゃないかな?「姫海棠さんって、いつも念写を利用して新聞書いてるんですよね」「そうよ?」「外に一切出ずに」「そうよ?」「――ちょっとタイム」「へ?」 うん。言いたい事が色々出来たけど、ちょっと待とう僕。 安易な批判は姫海棠さんの為にならない。意見を出すのは、まず彼女の新聞を読んでからだ。 というワケで、先程貰った花果子念報を広げ読んでみる事にする。 ふむふむ、どんな内容なのだろうか。文姉の新聞そのものは、前に読んだ事があるけど。 …………あー、うん。とりあえず僕は批判を続けても良いようです。残念というかやはりと言うか。 悪くない新聞だとは思うんだけどねぇ。確かに、これには文姉の持つ魅力? が足りないと思ってもしょうがないかも。 と言うか、うん、こういう事言っていいのか分からないけど……念写なんて能力持ってるワリには新聞の中身が無難過ぎるよね。「姫海棠さん。ハッキリダメな点を指摘されるのと、ふわふわした感じのフォローを入れられるのとどっちが良いですか」「えっと、良く分からないけどふわふわな方が良いかしら」「引き篭もってないで外出ろ」「それでふわふわなの!? それじゃ、ハッキリ言ってた場合はどうなってたのよ!?」「――聞きたいですか?」「……止めとく」 そうしてくれると助かります。僕もほぼ初対面の相手を、心が折れるまで罵倒し続けたくはありませんので。 しかし、こちらのふわふわとした感じの忠告に対するリアクションは悪かった。 あからさまに納得のいってない表情で、何が悪いのか問いかけるように僕を睨みつけてくる姫海棠さん。 まぁ、そうなるよねぇ。僕も新聞を作ってはいるけど基本的にはド素人。何を言っても説得力はあるまいて。 なのでまぁ、手っ取り早く実地で体験してもらいましょう。と言う事で僕は、ニッコリ笑って近づきながら彼女の手を握った。「な、なによ」「……ナズーリンの真似をしてみたけど、意外と有効なんだね。このやり方」 やっぱり非武装で真正面から無防備に近づくと、大半の人はあっけにとられてしまうものなのだなぁ。 僕の意図を読めずオロオロしている姫海棠さんに対して、僕はポケットから取り出した三叉錠を向けぶっ放した。 さしもの彼女も、片手を握られ不意打ちかつ至近距離での攻撃に反応する事は難しかったようで。 三叉錠は姫海棠さんの身体に絡みつき、あっさりと彼女の自由を奪い取った。「え、えぇぇぇえっ!? ちょ、何をするの!?」「いやまぁ、百聞は一見にしかずと言いますから。言葉よりも行動で語ろうかなって」「それと、今の私の状況に何の関係が!?」「説得するの面倒だから、強制連行しますね」「ソレって、言葉で何とかならなかったのかしら……」「何とかなったと思いますけど?」「なら説得しなさいよ!?」「ははは」「いや、笑ってないで離しなさいって!?」 残念ながら、僕は一度決めたら基本突っ走るタチなのです。 抵抗する姫海棠さんの姿を微笑ましく眺めながら、氷翼を展開した僕は飛び上がろうとして――僕は、まだ仕事が残っている事を思い出した。「そうだった。すいません姫海棠さん、僕って実は哨戒任務の真っ最中だったんですよ」「そう。ならとっとと私を解放して……」「なので、哨戒を終わらせた後に目的の場所へ連れて行きますね!」 「えっ、まさかこのまま引きずり回すつもり? さ、さすがにそんな事しないわよね? 解放してくれるわよね?」「ははは」「だから笑ってないで答えなさいって!?」 とりあえず、姫海棠さんが常識人の部類に入る事は良く分かりました。 本当はとっとと解放するつもりだったけど……今の彼女の姿を見ていると何かこう、僕の中で悪戯心がムラムラと。〈少年、橋姫と出会ってからタチの悪い弄り方に目覚めたよな〉 ……魅魔様と出会った時期も、だいたい同じくらいだったと記憶しているんですが。〈ほら私って、少年の記憶を一部共有してるから。言っちゃえば幼馴染みたいなもんじゃん!〉 そこまでにしておけよ魅魔様。〈あれ、ひょっとして少年をタチ悪くさせた原因って魅魔様かな?〉 どっちでも良いです、心の底から。 何やら真剣に自分の与えた影響を考え始めている魅魔様をスルーして、僕は必死に抵抗する姫海棠さんの姿をじっと見つめた。 おっと、ビクつかれてしまいましたか。ちょっと脅かしすぎてしまったらしい。「ふふ。大丈夫だよ、姫海棠さん」「えっ?」「はいコレ、おっきめのタオル! これで顔を隠せば完璧だね!!」「何も解決してないわよ! 貴方、実は文より性格悪いでしょう!?」「ははは」「あーもう! だからぁ!!」 まぁ、さすがに僕もこの状態で一周するつもりはありませんけどね。 と言うか、それをやったら僕の評判がヤバい。ただでさえヤバい評価がもっとヤバくなる。 ただ即座に解放しても逃げられるだけだろうから、とりあえず意図を説明して――アレ? なんか魔眼に反応があるね。これは、さっきの白狼天狗さん達と……その上司っぽい烏天狗さん? うーん。表情までは分からないけれど、纏っているオーラは何だか剣呑だなぁ。 これ、ひょっとしてお礼参りってヤツですか? まさかさっきの今でリベンジに来るとは、変な所で根性のある人らだ。 さてはてどうしようか。到着するまでもう少し時間はかかりそうだけど、白狼天狗相手に逃げ隠れは出来ないだろうからなぁ。 とりあえず相手の言い分を聞いて、場合によっては迎撃を――〈別に良いけどさ。少年、わりと重要な事忘れてない?〉 何をですか?〈今の状況、烏天狗を拘束しているド変態にしか見えないぞ?〉 ――あ、しまった。そうだった。 しかし鎖を外すと姫海棠さんは逃げてしまうし、彼女を説得するにはちょっと時間が足りないだろう。 だとすると……うーん、しょうがないか。魅魔様、ちょっと力を貸してもらえますか?〈おっけーおっけー、超長距離砲撃なら任せろー〉「それでは――――靈異面『魔』」「――!?」 闇が全身を包み込み、いつもの衣装へと切り替わる。 靈異面の力なら、あの天狗達をこの距離から撃ちぬく事も容易い。 ――えっ、卑怯だ? うん、僕もそう思う。だけどまぁ、他に選択肢無いもんね。 かの宮本武蔵も言ってたじゃん、勝負するって決まったんなら常に襲い掛かられる覚悟しておかなきゃダメだって。 さっき襲ってきた時点で僕と彼らは敵対状態にあるワケなんだから、この場合悪いのは狙撃を察知出来なかったアッチが悪いって事で。 〈いや、悪いのは少年の性格だろ〉 はーい、黙ってサクサクっとスペルカードセットしますよー。 こうして僕と白狼天狗ぷらす援軍達の第二ラウンドは、始まると同時に終了したのでした。まさかスペカ一発でカタがつくとはねー。 ……しかも、ついうっかり景気良くスペカをぶっ放したせいで姫海棠さんにも怯えられる始末だし。 こんな事なら素直に話を聞いて迎撃するか、姫海棠さんを説得した方が良かったかなぁ。〈つーか今気付いたけどさ、相手白狼天狗ならこっちの姿丸見えだったよな?〉 ……魅魔様、そのセリフは色んな意味で手遅れ過ぎますよ。