「――僕の強さって、なんなんでしょうね?」「……それを僕に聞かれても困るな。戦闘方面は門外漢だよ」「いえ、そんな細かい所を聞いてるんじゃないんです。もっと根っこの部分というか、大雑把な評価と言うか……」「何をするのか分からない怖さ――だろう。メイドは正道も邪道も同じ顔で進むからなぁ」「うんまぁ、そうなんですけど……」「おや、なんだか不満そうだね。トリックスター扱いはお気に召さなかったかい?」「そういうワケじゃ無いんですよ。ただ……手段を選ばないのは僕が未熟だからなんですよねー」「未熟?」「少なくとも僕はそう思ってるんです。――だから、強くなった時の自分の姿が思い浮かばないと言うか」「ふむ……良く分からないが、今の自分に不満があるワケではないんだね?」「特には無いですね」「なら、今のままで良いんじゃないかい? 強者はかく有るべし、等という掟はどこにも無いのだし」「……そのまま、強くなる?」「『狡知の道化師』――君にとっては不本意な称号かもしれないが、不要で無いならあえて捨てる必要も無いだろう」「あー、そっか。別に、今のままで良いんだ。――そっかぁ」「……こんな適当な助言で良かったのかい?」「はい! おかげで一気に纏まりました!! お礼に、今度霖之助さんの店で買物しますね!」「君のそういう所は好意に値すると思っているよ。成長したとしても、変わらずに居て欲しいものだね」「あはは、可能な限り考慮するつもりが無い事も無いです」「……やはり断言はしないんだよね」「無いです」「――アレ? なんか私、微妙に蚊帳の外になってない?」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾弐「妖集悲惨/今どきの念写記者」「……一人ぼっちは寂しいなぁ」 どうも。現在天狗見習いとして哨戒任務に準じております、久遠晶でぇす。 文姉、ついに僕任務でハブられるようになっちゃったよ……。これって完全にイジメじゃん、しくしく。「ど、どっちがイジメ――がふっ」「……ばけ、もの、だ」「そう思うんなら仕掛けてこないでくださいよー」 いや、正確に言うと同行者は宛てがわれていたんだけどね? しばらく歩いていたら、いきなり不意打ちしてきたのでご覧のようになってしまいましたよ。 ……まぁ、本人達が不意打ちのつもりだっただけで、こっち剣抜く所から襲いかかられる所まで完全に把握してましたけどね? ちなみに散々な事言われてますが、前みたいに四季面で大暴れしたワケではありません。 とりあえず牽制のつもりで放ったアイシクル座布団(十枚セット)が、二人にフルヒットしてあっさりKOしてしまっただけの話である。 同じ白狼天狗でも、実力差ってあるんだなぁ。椛なら全部余裕で避けるよね。「とりあえず、僕は一人で任務続けるんで二人はそこで休んでてください。合流は……まぁ、気が向いたらでどうぞ」 返事は期待して居なかったので無視。そのまま歩き出した僕は、再び妖怪の山の哨戒を始めた。 それにしても、未だに襲ってくる人が居るのは本当どうしたモノか。 以前に比べると遥かにマシになったんだけど、それでもゼロにはなってないからなぁ。 ……しかも最近は、挑んでくる相手の実力が順調に下がっていってる気がする。 白狼天狗とか、以前は関わってこようとすらしなかったのに。……んー、文姉に相談してみようかな?「――噂通りの実力ね、『狡知の道化師』」「はぇ!?」 面倒な企みに巻き込まれていなければ良いんだけど……等と考えてた僕に、何者かが声をかけてきた。 サードアイは――ちゃんと機能していた。空間転移の類なら事前に兆候が分かるはずだから、いきなり現れたワケではあるまいて。 恐らく魔眼の範囲外から一気に接近してきたのだろう。信じられない話だが、文姉並のスピードがあれば多分可能だ。「……どなたですか?」 外見は烏天狗――なのだと思う。 断言できないのは、彼女の見た目が天狗と言うには若干……と言うか、かなり変わっているからだ。 文姉と同じような服装。ただし柄は完全に別物で、有り体に言うと女子高生っぽい。 髪型はツインテール、若干のウェーブがかかっている所がなんか今風な気がする。何となくで言ってるけど。 極めつけは、右手にしっかり握った携帯電話。うん、携帯電話。それっぽいアイテムとかじゃなくてモロに携帯電話。 大物ぶって出てきたけど、ビジュアルだけならほぼ今時? の女子高生と言っても過言ではないだろう。 頭の頭巾と、足元の下駄で辛うじて天狗と判別が出来るレベル。……幻想郷ってさぁ。「私は姫海棠はたて。貴方には、射命丸文の好敵手と言えば通じるかしら」「文姉の!?」 居たんだそんなの。と言うのは失礼過ぎるだろうか。 あまりにも文姉が天狗に対してアウトオブ眼中だったから、そういう相手はいないと思ってたのだけど。 それは単に、眼中に入っていた相手が出てこなかっただけだったのかもしれない。 少なくとも姫海棠さんとやらは、幻想郷最速と同等の速度で動ける程の実力があるワケだ。 そんな彼女が、何の目的で文姉側の人間である僕に近づいて来たのか。――なんだか、すっごく嫌な予感がしますよ。「ふふふ、驚いたかしら。……まぁ、名の売れていない私の言葉じゃ信憑性は薄いかもしれないけど」「いえ、信じますよ。言うだけの実力を見せてもらいましたからね」「――へぇ、さすが文の弟。情報収集はしっかりしてるって事ね」 ……目の前で見せつけられて、情報収集も何も無いと思うけどなぁ。 舐められているのか、それとも本気で賞賛されているのか……何故か後者っぽいのが不思議だ。「それで、その姫海棠はたてさんが何の御用でしょうか?」「そうね――単刀直入に言うと、文と決着をつける為に貴方を利用しに来たのよ」「僕を!?」「ええ、文が溺愛する弟……実に分かりやすい弱点でしょう?」 姫海棠さんの言葉を受け、僕は次の行動を即断した。 彼女の目的は僕を人質に取る事だ。勝負をしに来たワケでは無い。 ならいつものような実力者の慈悲は期待できないし、相手がこちらの思惑にあえて乗っかってくる可能性も低いと判断出来る。 ……怪綺面が直っていたら、即離脱も候補に入れられたんだけどなぁ。 天狗面とオーバードライブ・クロウだけの現状じゃ、幻想郷最速と同速の相手を振り切るにはやや足りないです。 少なくとも、しっかりこちらの情報を把握している相手から逃げられる可能性は低いだろう。 故に今回は逃げる事は考えない。――速攻で、相手を潰す為に動く!「だから貴方には、協力しても――」「『降華蹴・雪月花』!」「らうぅ!?」 小さく飛び上がった僕は、体を捻った勢いで彼女の頭に踵落しをお見舞いした。 完全な不意打ちだったけれど、姫海棠さんはそれを素早く動いて回避してみせる。 まぁ、予想はしていましたとも。だからこの攻撃は避けられても問題ないようにしているんです。 空を切った踵落しは地面に当たり、周囲の地面を派手に砕いていく。 更に叩くと同時に広がった冷気が砕かれた大地の隙間から氷柱となって飛び出し、大地に巨大な氷の花を開かせた。 その花は、姫海棠さんの周囲にも咲いてその動きを阻害する。「うわ、しまっ」「スペルカード、セット!」 ―――――――紅夢「スカーレットバタリオン」 宣誓と同時に、三体の分身が姫海棠さんを囲うように出現した。 その内の一体が氷のナイフを構え、彼女の動きを制限するようにして弾幕を張る。 「ひゃ、わぅ、ちょ」 しかしそれも全て回避する姫海棠さん。さすがだけど――なんか、避け方が覚束ないなぁ。 無駄に必死と言うか、やたら余裕が無いと言うか。……本当に文姉のライバルなのだろうか、この人は。 まぁ、そういうのは後で気にしよう。とりあえず今は彼女の動きを止めないと。 殺人ドールを使用した分身が消滅したのを確認した二人目の分身は、大地を蹴って姫海棠さんへと接近した。 至近距離で放つのは、パチュリーから覚えた魔法の炎だ。 ――あ、ちなみにスカーレットバタリオンはあくまで「紅魔館の皆の技を混ぜたスペカ」なんで。 組み合わせとか順番とかは、ケース・バイ・ケースで修正して良いんです。ちゃんと元からそうなってたんですヨ。〈少年って、しなくて良い言い訳をするのがやたら好きだよな〉 心の安定の為には、体裁って大事なんですよ。 魅魔様のさらっと痛いツッコミを流し、僕はこっそり用意していた魔槍を構えた。 このスペカの核であった「スピア・ザ・ゲイボルク」は、以前の戦いで「ク・ホルンの牙」へとアップデートされている。 故にバタリオンに組み込まれているこの魔槍も、仕様は「ク・ホルンの牙」と同じ物へと変わっているのだ。 ……つまり、威力が上がった代わりに三十秒以上きっちり待たないとトドメが撃てなくなってしまったのである。 まぁ、他三つの技を上手く使えば時間稼ぎは本来余裕――だったんだけど。 相手を的確に追い詰めるため一つ目と二つ目の間隔を思いっきり短くしたから、間に合うかどうかは正直微妙なんだよなぁ。 しかも残った一つは、ガチガチの近接戦闘がメインな美鈴の技。……うん、ちょっとだけ厳しいかも。「あ、あつっ!? 燃え、火が、うひゃっ」「って、アレ?」 てっきり華麗に避けられたと思った魔法の炎は、何故かそれなりのダメージを彼女に与えていた。 炎の塊から慌てて飛び出した姫海棠さんは、燃えている体の各所を必死に消そうとジタバタしている。 誘いのための演技としか思えない、見事なまでに隙だらけな姿だ。 なんだろう、コレも計算のウチなのかな? こちらを誘い出す為の罠――にしては、やたら真に迫った演技である。 んーむ……ま、良いや。どうせスカーレットバタリオン外したらその時点でガス欠、実質完全アウトなんだし。 下手の考え休むに似たりって事で、まんまと彼女の誘いに乗ってやろうじゃありませんか。 「それじゃ、続きまして第三弾!!」「ま、待った!! ちょっと待ったぁ!!!」「ほにゃ?」 大きく飛び上がった三体目が攻撃を放つ直前、姫海棠さんが必死な声でこちらを制止しにかかった。 えっと、フリ? 気にせず叩いた方が良いのかな? とりあえず三発目逝っとく?「わー! わーっ!! 本当に待って! 勘違いしてる、何か勘違いしてるわよアナタ!」「勘違い?」「私は、文の「新聞記者としての」好敵手なの! 戦闘力でもあの頭オカシイ天狗と一緒だなんて思われても困るわ!!」「え、うっそだぁ。だってあんなに速く動けるのに」「速く動けるだけで強いのなら、今頃ツバメは空の王者になっているわよ!」 なるほど、ごもっともで。 とりあえずこのままだと本当にミンチになりそうなので、スペルブレイクをする事で三人目の分身と魔槍を消す事にする僕。 それにより自分の身の安全を確認した姫海棠さんは、ヘナヘナと姿勢を崩しながら安堵の溜息を吐き出した。「し、死ぬかと思った……まさか、問答無用で襲いかかってくるとは思わなかったわ」「文姉のライバルと聞いたので、イチかバチかに賭けました」「……アレと互角の相手にヘマやらかしたら、最悪殺されるかも。とは思わなかったの?」「最悪? いえ、死亡確率は八割くらいに見積もってましたよ?」「はぁっ!? 何それ、じゃあそう考えた上で私に襲いかかってきたの?」「つまり二割の確率で生き残れるって事ですからね! まぁ、その上で無傷でいられる可能性はもっと低かったですけど」 とりあえず命があればセーフだから、僕的には何の問題もありません。 ニッコリ笑顔で断言すると、姫海棠さんが物凄い勢いで引いた。 え、なんで? 何なのその頭おかしい人を見る目は? これくらい幻想郷なら普通な事でしょう? むしろ自分はいつ死んでもおかしくない、くらいは常に考えません?〈少年はそろそろ自分の頭がおかしい自覚を持て〉 そこまでかなぁ? 幻想郷ではわりと平均的な考えだと思うんだけど。 まぁ、そもそも前提を間違えてたから覚悟するだけムダだったのですが。 とりあえず、うっかり殺らかしかけた責任は取らないとダメだよね。 と、言うワケで速やかに土下座へと移行する僕。 しかも今回は、ただの土下座じゃないよ! 同時にアグニシャインを展開して自らの身を焦がす、脅威の焼き土下座だ!! うん、結構熱いで済んでる自分にビックリ!!「とにかく、申し訳ありませんでした! どうぞこの通り!! これで勘弁してもらえませんか!」「こちらが答えを返す前に、ドン引きするような方法で謝罪しないでよ!」「ダメっすか! もっと惨たらしい目に遭わないと勘弁しないって事っすか!!」「なんでより酷い方向に行こうとするの!? 良いわよ! 許すわよ!! だから止めなさい!」「はーい、ありがとーございまーす」「……弟だわ。この絶妙なウザさ、間違いなく文の弟だわ」 いや、文姉はもうちょい淑女的だと思いますよ? 新聞記者モードの時はアレだけど。 あ、そういえば姫海棠さんは新聞記者としてのライバルだったか。 ……本当にライバル視されてたんなら、きっと新聞記者モードで煽られまくっていたんだろうなぁ。ご愁傷様。「ところで二度目の誤解を防ぐために聞きますけど、本当に文姉とライバルなんですか?」「ふ、当然よ。私が「花果子念報」を書いているって言えば分かるでしょう?」「……ふむ」「わ、分かるわよね?」「そうですね――良く良く考えると、そもそも文姉から新聞関連の話題振られた事がほとんど無いので分からないです」「あっ、そうなんですか……」 そういえば僕、新聞記者モードの文姉ってあんまり見てないんだよなぁ。 たまに遭遇した時も、基本的に目の前のスクープに夢中で何も語りはしないし。と言うかそもそも――。「素朴な疑問、一つ良いですか?」「な、何?」「ぶっちゃけ文姉と姫海棠さんの新聞って、世間的な評判ではどのくらいの位置にあるんですか?」 軽い気持ちで尋ねてみた質問に、返ってきた答えは沈黙だった。 明後日の方向をジッと見つめる姫海棠さんの目には、見紛うはずもない確かな涙が。 あ、コレはダメなヤツだ。ジャブのつもりで放った攻撃でハートブレイク決めちゃったパターンだ。「……そっ、それなりの位置には、居るわよ」「ごめんなさい」 精一杯虚勢を張った姫海棠さんの返答に、僕はすぐさま焼き土下座を再開した。 まさかこんな形で地雷を踏むとは……と言うか、新聞記者が新聞の事聞かれて凹まないでくださいよ。 ――あ、ひょっとして文姉が自分の新聞の事をあんまり語りたがらないのって……うん、なんでもない。