「それでは、お二人を地霊殿にご案内しますね」「……さとりん、例の件だけど」「物凄く不満ですけど、約束は約束ですから。きちんと用意してますよ」「うっし!」「親友にここまで拒否されるなんて、さとりんとっても悲しいです」「何だか良く分からんが、友人の頼みぐらい聞いてやれよ」「良く分からないなら黙っててください」「うわ酷っ。仲良く喧嘩した私になんて事言うんだい、このメイドは」「――仲良く?」「僕って基本、仲の良い相手には遠慮しないんです」「仲の良さは認めるのか……」「ほらほら霖ちゃん、元気だしてくださいよ。置いてきぼり喰らって拗ねてる事は私がちゃんと分かっているんですから」「ならば、ほっといて欲しいと思っている僕の気持ちも理解しているはずだが。それと霖ちゃんは止めたまえ」「私、他人の痛がる顔が見たくてつい近寄っちゃうハリネズミなんです」「……久遠晶、友達は選んだ方が良いよ」「さとりん、霖之助さんをイジメたらダメだよー」「では、相手がパルスィさんだったなら?」「――なるほど、わかる」「分かるな! 妬ましいわね!!」「ところで話を戻すけどさ、さっきは何の話をしていたんだい?」「実はウチに温泉を造りまして。あっきーとその友人をお招きしているんです」「なんだって!? おい、私達は誘われて無いぞ!!」「いや、アンタは関係ない――と言うか、何で私も含めようとしているのよ。あーほんと、妬ましすぎて頭痛いわ」「ちなみに勇儀さんを誘わなかった理由は色々有りますが、一番は敵になりそうだったからです」「おいおい、温泉にイザコザを持ち込むほど私は無粋じゃないぞ?」「……無粋で無いから、敵になるんですよ」「あ? どう言う事だ?」「あっきーは無粋、と言う事ですよ」「???」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾壱「群怪折実オンセンノススメ」 どうも、とりあえず一段落ついた久遠晶です。 あれからさとりんに案内され、僕達は地霊殿にやってきました。 ちなみに僕達と言うのは、僕と霖之助さんと勇儀さんとパルスィの事です。 言っとくけど、今回僕はパルスィ誘って無いからね? 誘った……と言うか拉致ったのは勇儀さんです。 もっと言うとパルスィ以外にも、土蜘蛛釣瓶落としコンビも誘っていたみたいなんだけどね。 ……僕が怖いから嫌だって言ってました。泣きそう。「はふぅ。良い湯だなぁ……」「ああ、想像以上に素晴らしい温泉だね」 そして今、本当に出来上がっていた男湯に僕と霖之助さんの二人は浸かっていた。 突貫工事で作られたのか所々に作りの甘い部分があるけど、それが良い具合に温泉の‘味’になっている。 誰が作ったか知らないけどセンス良いなぁ。作者の本命はさとりん、対抗馬がお燐ちゃん、大穴でお空ちゃんって所か。 まぁ、さすがに広さの方はどうしようも無かったみたいだけど。 二人で入るのなら、むしろ丁度いいくらいだ。うーん、風流風流。……空は無いから、閉塞感がちょっと強いけどね。「地底の酒も、思いの外悪くない。……しかしどうやって作られているのだろうか、この酒は」「うーん、ゼロから作るのは難しそうだよねー。材料は地上から仕入れているのかな?」「どうだろうな。案外、作物が育つ環境も整っているのかもしれないよ」「そもそも地獄って、罪人を裁く所以外の環境はどうなっているんだろうか。獄卒とかも居るワケだし……」「そうだね、やっぱり――いや、止めよう。湯に浸かりながら議論を交わすと言うのは、温泉の粋な楽しみ方であるとは言えない」「それもそうですね。変に考えこんでのぼせたりしたら馬鹿みたいですし、素直に温泉を楽しみますか」 ちなみに、温泉の湯は綺麗に透き通っている。 女湯と男湯で湯質が変わるはずが無いから――混浴だったら危なかったね。 水着着用とか、バスタオル身体に巻くとか言う慈悲は無いだろうしなぁ。 うん、僕は良くやった。史上最大の危機を何とか乗り越えたんだ。「ふっふっふ、さしずめコレは勝利の美酒って所だね!」「君のはお茶じゃないか」「……いやまぁ、物の例えですんで」「ああ、知ってるよ」 霖之助さん、わりとお茶目ですね。それとも地味に酔ってますか? 僕は頭に乗っけたタオルの位置を整えつつ、妙に上機嫌な霖之助さんへと視線を向けた。 非の打ち所のないインドア派である霖之助さんだけど、肉体的には立派なアウトドア派だ。 初めて会った時にはリヤカーを引いてたし、幻想郷で一人暮らしをしていたら必然身体も動かすだろうし……。 普段は家に篭っていても、運動しないワケじゃ無いんだろうなぁ。 その結果が、あのガッチリとしたナイスバディなのだろう。 うう、妬ましい。パルスィじゃないけど実に妬ましいですよ。「……何かな?」「良いなぁ。ガッチリした体格……羨ましい」「何を言ってるんだい。力ならメイドの方が遥かに上だろう?」「中身でなくて見た目の話をしてるんですよ。そもそも、僕のは気による底上げだから実際の筋力は関係無いし」「メイドは細かい事を気にするなぁ。何が理由だろうと力は力じゃないか」「いや、だから――あれ?」 おかしい、僕はどうして勇儀さんと話しているのだろうか。 いや、女湯と男湯は壁一枚隔てただけの位置関係だから、会話その物をする事はそう難しくは無いけど。 だけどなんか、声のする方向がおかしい。 気のせいで無ければ、洗い場の方から勇儀さんの声がするんだけど。 と言うか、魔眼にバッチリ反応してる。彼女がどこに居るのか、バッチリキッチリ理解出来ちゃっている。「ちょ、あの、勇儀さん!? ここ、男湯ですよ!?」「知ってるけど?」「なら何で入ってきたんですか!?」「メイドと話したかったから」「あまりにも簡潔な理由!? そ、それだけの理由で男湯に侵入してくるんですか!?」「まぁ、どっちでも変わらないしな」「変わりますよ!?」 何なの? 何なのこのオープンっぷりは? どうして誰も彼も、異性で温泉に入る事に躊躇が無いのだろうか。 アレなの? 霖之助さんが言った通り、気にしてる僕の方が無粋なのかな? とりあえず直視を避けるため、僕は両手で顔を覆った。 まぁ、サードアイがあるから意味ないんだけどね。大丈夫、そこまでハッキリとは見えないからセーフ。 バスタオル巻いてない事とかは察せちゃうけど、詳しい形状とかは分かってないから! だから僕の中ではギリセーフ!「うん? どうしたんだよメイド、顔なんて隠して」「恥ずかしいんだろう。どうやら外の世界では、混浴という習慣が一般的なモノで無くなっているようだからね」「ソイツは寂しい話だねぇ。裸の付き合いは、温泉の醍醐味の一つだろうに」「時代が変われば風習も変わるんですよ! だから女湯に戻ってください!!」「良し! それじゃあ私が、正しい温泉での付き合い方を教えてやろうじゃないか!」「人の話聞いてますか!?」「聞いた上で無視しているんじゃないかな」「霖之助さんはちょっとクール過ぎです!!」 隠そうともしていない勇儀さんと、何で平然と会話しているんですかアンタ。 勇儀さん仁王立ちですよ? 温泉に入ってないんですよ? 少しくらいは動揺する所じゃないですか!? つーか隠してよ! 性別的にアウェイの場所にいるんだから、最低でも男側に気を使うくらいはしてください!!「それじゃ、ちょいと失礼してっと」「きゃぁっ!? ちょ、止めてくださいよ!!」「なんだよなんだよ、その生娘みたいなリアクションは。まったく情けないなぁ」「近付かないでください! 人を呼びますよ!!」「それは男女の立場が逆じゃないかな」 知らんがな! こっちは色んな意味で必死なんですよ!! 躊躇なく隣に入ってきた勇儀さんを避けるため、僕は顔を覆いながら彼女から遠ざかった。 しかし、遠ざかった分だけこちらに近づいてくる勇儀さん。 イジメかこんちくしょう。絶対コレ、面白半分でやってるでしょう?「そんなに避けるなよー。傷つくじゃんか」「うっさい、この痴女が!!」「……痴女は酷くないか?」「いや、そこまでやったら確実に痴女だろう」「おいおい、お前さんはどっちの味方なんだい?」「僕は僕の味方だよ。彼みたいに出て行けとは言わないが、入る以上は他の入浴者に気を使ってくれ」「ぶー」 とりあえず、助かったと言って良いのだろうか。 なんかこっちの意見、ほとんど無視された気がするけど……もう勇儀さんが近づいてこないならソレで良いや。 大丈夫、このくらいなら妥協できる。我慢だ僕、我慢――はっ!?「言っとくけどさとりん、勇儀さんの後に続こうとしたら本気で縁を切るからね!?」「――ちっ」 あ、危ない。本気で危なかった。 脱衣場の向こう側から聞こえてくる舌打ちに、自分の予感が間違っていなかった事を察する僕。「うにゅ? さとり様、お風呂入らないんですか?」「ダメみたいだねぇ。ほらほら、女湯の方に行くよー」「はーい」 危ないどころか未曾有の危機だった!? さとりんに続いて、ぞろぞろと脱衣場から去っていく地霊殿の皆。 どうして幻想郷の連中は混浴に躊躇しないんだろうか。価値観の違いってだけじゃ済まされないと思うんだ。 これはもう、お風呂に関する価値観の革命を起こさなくてはダメなんじゃなかろうか。 言うなれば湯殿異変……うん、そんな異変なら首謀者になっても構わないかな。「パルスィはどう思うー? 女湯に居るんでしょう?」「話しかけてくるな! こっちに関わってきたら一生呪うわよ!?」「なんだ、パルスィは来てなかったのか。ノリの悪いヤツだなぁ」「彼女の反応こそが正しいと、僕は思いますけどね。それで話ってなんですか?」「うん――なんだったっけ」「出てけ」「冗談だよ、冗談。ちょっと聞きたい事があってさ」「はぁ、なんですか?」 これで「メイドってどんな整髪料使ってんの?」とか言われたらブチ切れる覚悟があります。まぁ、それは確実に無いだろうけど。 でも、何か聞かれるような事あったかなぁ? まさか今更、さっきの勝負に物言いを入れるつもり……なワケ無いか。「メイド、何でさっきの勝負で本気出さなかったんだ?」「……何言ってるんですか?」 そりゃまぁ、確かに使ってない技とか能力とか色々ありましたけども。 こちとら勝つ為に全身全霊を絞り出しましたよ? と言うか、こっちの切り札の一枚である怪綺面ぶっ潰しておいて何言ってるんだこの人。 とりあえず抗議の意味も込めて、こちらの感情をフルに詰め込んだ呆れの視線――は無理なのでオーラを送ってみる。 あっと、何やら苦笑を返されましたよ。そういう意味じゃ無いって事なのかな?「気を悪くさせたのなら謝る。別に全力で無かったとは思っては無いんだが……まだ隠し玉が有るんじゃないかと思ってね」「まぁ、切り札は他にもありましたけど……ぶっちゃけ、どれも怪綺面と同クオリティですよ?」「アレと同じ切り札が、他にもあると言う時点で異常だと思うんだが」「幻想郷なら普通だと思います」「……思わないよ」「そっちも若干気になるが、今気になるのは隠し玉の方さ。――あるんだろう? 久遠晶が持つ、最高の一手がさ」 いや、そんな飛び抜けてヤバい隠し玉は無いです。 あるとしたら、禁じ手になってる幻想面くらいだけど……アレは使わないって公言しているしなぁ。 他になんかあったっけ? 後は――あっ、そういえばあった! あったけど……。「えっと、勇儀さん? なんで知ってるんですか?」「あん?」「『アレ』はまだ一度も成功してない、正真正銘の秘密兵器なんですけど……」 ちなみに失敗の原因は分かってる、イメージが固まりきっていないのだ。 完全に固めきる必要は無いにしても、最低限形に出来るレベルには纏めておかないダメだったとはなぁ。 ちくしょう、異世界の僕の詐欺師め! ……いやまぁ、向こうはそもそも試してないからそんな事知らなかったのだろうけど。 要するに隠し玉はあるのだ。あるのだが――それは未だに完成せず、完成していない以上公表もしていないワケだ。 それを、何で勇儀さんが知っていたのだろうか? 色々と思い当たるフシは……あるような無いような。「いや、別に知らないけど?」「はい?」 等と思っていたら、当の本人があっさりと否定した。 アレ? え、知らなかったの? じゃあ、さっきの意味深な発言は何だったの?「なんかすっごい余裕そうだったからさ。更に奥の手を隠し持ってるものかと」「……いえ。アレはただのハッタリで、実際は欠片も余裕なんて無かったんですけど」「え、そうなのか!? メイド凄いなぁ……私すっかり騙されたよ」 つまりアレですか。単なる勘違いだったんですか。いやまぁ、うん、そういう事もあるでしょうね。 ――しまったぁぁぁ!? 思いっきり口が滑ったぁぁぁぁあ!? 勇儀さん、今の発言をスルーしては……くれないよね、うん。分かってたよー。 すっごいキラッキラな顔していらっしゃるぜクソゥ。これ絶対、未完成の隠し玉の詳細話さなきゃ納得しないだろうなぁ。 うう、色んな意味でイヤだなぁ。でも、誤魔化そうとしたらどうなる事やら。 ……とりあえず、近づいては来るだろうね。こっちの弱点は的確に突いてくるだろうね。 ええいっ、こうなりゃヤケだ! この際だから、今まで溜めて悶々としていた疑問をぶち撒けてやる!!「スイマセン! いきなりですが、ちょっとお二人に聞きたい事があるんですよ!!」「お二人? ――ひょっとして、僕も含まれているのかい?」「含めましたよ! 傍観者になんてさせないからね!!」「……君が余計な藪を突くから、僕も巻き込まれてしまったじゃないか」「いや、これはメイドの自爆だろう。私はあんまり関係ないって」 いやいや、勇儀さんが思わせぶりな事を言わなければこんな事にはなりませんでしたよ。 あれ、でもそれって僕が余裕ぶったりしたからであって。 ――なんだ、やっぱり僕のせいじゃないか。あははははは……はぁ。