「わ、わー!? 勇儀がー!?」「あぅあぅあぅ!?」「落ち着きなさい。アレくらいでやられるほど星熊勇儀は容易い鬼じゃないわよ、あぁ妬ましい」「……僕には、粉々になってもおかしくない攻撃に見えるんだが」「私にもそう見えるわ。見えてないのは、多分戦ってる当人達だけでしょうね」「空恐ろしい話だな」「ええ、実に妬ましいわ」「しかし攻撃した彼自身の被害も甚大だ。この勝負、どう転ぶか分からないぞ……」「大丈夫ですよ。――あっきーは勝ちます」「っ!?」「さ、さとり!?」「どうもです、パルスィさん。それと――森近霖之助さんですか。霖ちゃんって呼んで良いですか?」「断固として断るよ。……君が地霊殿の主、覚妖怪である古明地さとりか」「さとりんはあっきー専用の呼称なんで使わないでくださいね」「頼まれても呼ばないから安心してくれたまえ」「アンタ、何しに来たのよ」「あまりにもあっきーが遅いので迎えに。どうやら、かなり面白い事になっているようですね」「まぁ、見逃せない展開ではあるがね。君の見立てはどうだい?」「さっき言いましたよ。――あっきーは勝ちます」「それは、読心による判断かい?」「実際はそうですけど、聞こえが良いので友情に基づく信頼だとでも言っておきます」「……そうかい」「……そういう事は、心の中にだけ留めておきなさいよ」幻想郷覚書 異聞の章・肆拾「群怪折実/メイドでも出来る! 簡単鬼退治法」 さて、僕の全力攻撃ですが――どうやら、それなりの効果はあったようだ。「ははは、やるねぇ……」 体勢こそ変わらないものの、額から血を流していた勇儀さんが若干息を切らせつつニヤリと笑う。 うむ、ダメージの方もソコソコ与えられたみたい。――どちらかと言うと、精神の方にかなり効いたようだけども。 彼女の口調はまだまだ余裕に溢れているけど、その目には確かな苛立ちが篭っている。 とは言え、この怒りは僕に対するモノでは無い。アレは自分の不甲斐なさに対する怒りだ。「お前さんの言う通りだ、確かに私は真剣じゃ無かった。――これがそのツケって事かい」「わりと高い買い物だったでしょう? まだまだ支払いは続きますけどね」「言ってくれるじゃないか。そのボロボロの身体で、今度は何をしてくれるんだい?」「そうですね……挑戦?」 僕は怪綺面を解除しつつ、不敵な顔で立ち上がった。 実際は結構身体の節々が痛くて、気のせいで無ければこっちも頭から血とか出ているのだけど。 ここは強気になる場面だ。全ては僕の思うままだと言わんばかりに笑って、とにかく相手を挑発してやろう。 うぐっ、睨まれた。あくまで咎める程度のモノだけど、鬼の眼力でやられると普通に怖い。 まぁ、止めないけどね! 内心ビクビクだけど、表向きはニヤニヤ笑顔で対応します。「いい感じに場も温まったみたいですし、そろそろ決着をつけようと思います」「ふぅん、次の一撃で私を倒す。とでも言うつもりかい?」「いえ、逆です。――次の一撃で、僕を倒してみてください」「なにっ?」「攻守交代ってヤツですよ。勇儀さん、このまま僕にやりたい放題やられて何も出来ず終了って言うのは避けたいでしょう?」 何しろ、怪綺面での攻撃は見事に勇儀さんをおちょくりきったのだ。 今更最後の一発を耐えた所で、人間相手に良いようにされた鬼と言う評価は覆らないだろう。 けど、勇儀さんが決着となる一撃を放つなら話は別だ。 ……まぁ、おちょくられた事実は変わらないけど。 それでもその場合、評価されるのは鬼に本気を出させたこちらの方になるだろう。 少なくとも勇儀さんに、このまま何もせず終わる選択肢は無いし――僕の提案を一蹴する程安いプライドも持っていないはずだ。「……本当、お前さんは性悪だなぁ。ここまでお膳立てしておいて、逃げれるもんなら逃げてみろとほざくワケか」「ははは、スイマセン。でもまぁ僕も同じ状況にいるから、それでオアイコって事で!!」「だから困っているのさ。メイドは平気で卑怯な策を練る癖に、策士らしく高みの見物をしようって気持ちが欠片も無いからな」「そりゃまぁ、僕は基本的に最下層の人間ですからね。同じ高さに上がるので精一杯なのに、見下すなんて出来ませんよ」「……ほんとに、お前さんは性悪だけど――面白いヤツだよ」 真剣勝負の最中に合わない朗らかな顔で笑い、勇儀さんが小さく肩を竦めた。 しかしそれも一瞬の事。彼女は即座に笑みを引っ込めて、先程までと同様の剣呑な雰囲気を全身に纏う。 ただソレは、敵意に満ち溢れたモノでは無い。 純粋に相手を倒すための気迫。……つまりようやく、彼女は僕と『真剣』に相対する気になったワケである。「『三歩必殺』――お望み通り、この一撃でケリをつけてやるよ」 言葉に反して、彼女が拳を構える事は無かった。 否、そもそも必要無いのだろう。 構えとは効率的に動く為の下準備。そんな余計なモノに頼る必要など、「鬼」である彼女に有りはしないのだ。 間違いない。すでに、相手の準備は整っている。 肌を焼くような圧力に押されながら、僕は最後の仕上げとして顔の半分を隠す面を装着した。「それでは、こちらもこの姿でお相手します。――――四季面『花』!」 氷の装束を身に纏い、四季面は不敵に微笑んでみせる。 が、それに対する勇儀さんの反応は実に冷ややかだった。 えー、なんだよソレー。みたいな顔でこちらを咎める勇儀さん。「えー、なんだよソレー」 と言うか実際に言われた。物凄い嫌そうな顔だ。 まぁ、気持ちは分からないでも無いですけど。……怪綺面の後だもんなぁ。「私の見立てが間違っていないなら、その姿はさっきの姿より弱体化している様に思えるんだが」「ええ、その通りですわよ? アレと違ってこの面は、何の力も借りておりませんもの」「えっ? これから全力で戦おうって場面でソレ選ぶって、私この期に及んで舐められてる?」 いや、舐めるどころか四季面じゃ無ければ勝てないレベルに必至の姿なんですが。 それを正直に言うのはさすがにどうかと思うので、とりあえず意味ありげに笑うだけ笑っておいた。 あ、さすがに嫌そうな顔してる。まぁ向こうも、僕が何も考えずに四季面を選んだとは思っていないだろうけど。 それでもこっちの狙いは分かってないって所かな? ……分かってたら僕の負けが確定するんですけどね! んー……大丈夫だよね? ぶっ飛ばされた際の位置調節も成功したはず。だと思いたい。 「とりあえず私はここから一歩も動くつもりは無いのですが、勇儀様はどういたしますの? 何ならビームでも撃ちます?」「今更拳以外を使うつもりは無いよ。それにそこも私の間合い、心配は要らないさ」 結構な距離があるのだけど、それでも勇儀さんの『三歩必殺』とやらは余裕でこちらに届くらしい。 まぁ、届いてもらわないと困るのだけど。これで詰めに至るまでの準備は全部整った事になる。 後は彼女の必殺技に、僕が対応出来るかどうかだね。 僕は氷の傘を地面に突き刺すと、それに体重をかけつつ相手の行動を待った。「……ところで、性格が変わっている理由は追求しても良いのかい?」「面倒なんでスルーでお願いしますわ。ささ、どうぞかかっていらっしゃいまし」「ちょいちょい気の抜ける真似してくれるよなぁ。……まぁ良いさ」 少し緩んでしまった空気を締め直す様に、勇儀さんが大きく深呼吸をした。 彼女の視線がこちらに向き、肌を焼くような圧力全てが僕へと集中する。 ――来る。「大口叩いた分の結果は、きっちり出してくれよ!」 ―――――――四天王奥義「三歩必殺」 スペルカードの宣誓と共に、勇儀さんが一歩目を踏み出した。 力強いその動きで大地は大きく砕け、彼女の姿が一瞬の内に掻き消える。 続いて二歩目。その姿を補足する事は出来ないが、一歩目以上に派手に砕けた地面が今どこに居るのかを如実に語ってくれている。 良し、このタイミングだ。 相手の三歩目――こちらへの攻撃が迫る刹那の瞬間に、僕もスペルカードを宣誓した。 ―――――――絶空「オーバードライブ・フラワー」 条件は全て整った。絶空のスペルカードを使用した僕は、勇儀さん――では無く、その向こう側にある‘物’を引き寄せる。 目の前には、三歩目を踏み込み拳を振りかぶる勇儀さんの姿。 まさしく鬼と呼ぶのに相応しい気迫を放つ彼女に、僕は引き寄せた‘ソレ’を突き出した。「はんっ! どんな技か知らないが、この私を止められは――」「あら、止まらなくて良いのですか?」「お、おいちょっと待てぇ!?」 わー、凄いや効果覿面だー。 露骨に動揺する勇儀さんの姿を見て、「物質」の想像以上の力を実感する僕。 ……この盃、そんなに大事なモノだったんだ。 気勢を削げれば御の字くらいに思っていたのだけど、これは一歩横に動くだけで回避出来るレベルの止まりっぷりだなぁ。 もっとも、動かないと宣言した以上この場から離れず避ける必要があるのだけど。 まぁ、これなら大丈夫だろう。四季面はわりと器用だから、盃持ってない手を添えてやれば。 「ぽいっと」「うぁあっ!?」 ……うん、思ったよりも飛んだ事を除けば予定通り。 相手の動きを利用する形で、僕は勇儀さんを華麗に放り投げた。 頭から落ちてるけど、勇儀さんにとっては大したダメージにはなるまい。勢いもほぼ死んでたしね。「さて、これで勇儀様の一撃を何とか耐えたワケですが」「……いやさ、今のを耐えたって言うのは少し違わないか? と言うか今の防ぎ方はなんなんだよ」「うふふ、想像だにしなかったでしょう?」「そりゃ普通、こんな真似してくるなんて考えられないだろうさ。そういう意味では良く思いついたと褒めてやりたいくらいだ」「利用できるものはなんでも使う、が私のモットーでして」「悪びれないねぇ、メイドは」 そりゃまぁ、僕は基本的に目的の為には手段を選ばないですから。 周囲から舞い込んでくるブーイングをスルーしつつ、逆さま状態の勇儀さんにニッコリ笑顔を返す僕。 そんなこちらに負けてたまるかと言わんばかりに、勇儀さんは不敵な笑みを浮かべてみせた。――逆さを維持したままで。 うん、実にコメントに困る姿だ。一応はまだ戦闘中なので、こっちから起こす事も出来ないし。 どうしようかコレ。決着はついているから、こっちの勝ちって事で話を終わらせても良いんだけど。 自分で言っちゃうと確実に波風が立つからなぁ。誰でも良いから、スパッと判断を下してくれる審判は居ないものか。「仲良くお話するのは結構だけど、幕引きはちゃんとしなさいよ。妬ましいわね」「あら、パルスィさんではありませんか」「お、間に合ったか。丁度いいからパルスィ、幕引きはお前さんがやってくれないか」「……良いけど、面倒だから額面通りの結果を出すわよ」「そうして欲しいから頼んでいるんだよ」「まったく。アンタといいコレといい、どうしてどいつもこいつも私を巻き込もうとするのかしら」「ふふ、それがパルスィだからだと思いますわ」「いいかげん本気でヒネるわよこの駄メイド」 ブツクサと文句を言いながら、パルスィがゆっくりとこちらに近づいてくる。 彼女は未だブーイングを続ける観客達に顔を向けると、心底面倒くさそうな顔で僕の右腕を持ち上げた。「ともかく。約定の通りこの勝負、久遠晶の勝利とさせて貰うわ。……文句は勇儀に言いなさい」 パルスィがそう言うと、それまで騒がしかった場が一気に収まった。 さすがに彼らも、勇儀さんの判断に逆らってまで文句を言い続けるつもりは無いのだろう。 ようやく一段落つく事が出来た僕は、四季面を解除して逆さま状態の勇儀さんに手を差し伸べた。「とりあえず、コレでご満足ですか?」「んー……一応は、かな。私としては、もうちょい凄惨な殺し合い的な事もやってみたかったけど」「それは僕がイヤです」「だろうなー。まぁ、負けた身でコレ以上の文句なんて言わないから安心してくれよ。いやー、負けた負けた。綺麗に負けたなぁ」 そう言って楽しそうに笑う勇儀さん。正直、ブチキレられる可能性も考慮していただけにちょっと意外です。 彼女は僕の手を取り立ち上がると、そのままこちらの肩を掴む形で抱きついてきた。 って、痛い痛い。なんか、抱きつくのには必要無い圧力が!? ひょっとして怒ってる!? さり気なくお怒りになっておられますか、勇儀さん!?「ふっふっふ、次やる時は負けないよ?」「いや、僕はもう二度と戦いたくないんですけど」 改めて実感したけど、鬼強過ぎ。 今回は何とかなったけど、次やる時は今レベルの悪巧みじゃ歯牙にもかけてくれないだろう。 そしてもちろん真正面からやりあう手は通用しない。手を抜いたら殺される。 ――うん、彼女と戦う機会が二度と発生しない事を願います。切に。「しかし、そんなあっきーの切実な願いが叶えられる事は無かったのでした……」「不吉なナレーション!? ってアレ、さとりん?」「どうも。迎えに来ましたよ」「あ、ゴメン。ちょっと途中で見ての通り鬼に捕まっちゃいまして」「ええ、知ってます。色々と災難でしたね――勇儀さん」「そっち!?」「冗談です、てへぺろ」「……強ち間違いでも無かったがなぁ」 喧嘩売ってきたのはそっちで、終始そっち優勢だったのに酷い言われようだ。 勇儀さんのしみじみとした物言いに、僕は内心でツッコミを入れた。「――でも、実際に痛い目にあったのは勇儀さんですよね」「まぁ、そういう解釈もあるかな!」 正当防衛だと思いますけどね! あくまでも!!