「もぐもぐ……うん、やっぱりこのお饅頭美味しいわ」「前の喫茶店といい、今回のお土産といい、アイツの薦めてくる料理には外れが無いわね」「普段、よっぽど良い物食べてるのね……妬ましい」「だいたいアイツは、この私を馬鹿にしすぎなのよ。抵抗出来ないと思ってやりたい放題……」「何とかして反撃の方法を考えないと、一生あの馬鹿の玩具だわ。どうしたものかしら――もぐもぐ」「んー、それにしても美味しい。……どこで買ったのかしら、今度聞いてみましょうか」「パルスィー」「ぱるぅ!? ――ってな、何よ、キスメじゃないの。旧都に行ったんじゃなかったの?」「行ったよ。そして戻ってきたの」「戻ってきたって、何で? ……あのメイドならさっき旧都に向かったわよ?」「うん、狡知の道化師が来てる事は知ってる。それは勇儀が対応するから大丈夫だよ」「やっぱりそうなるわよね。ふふ、良い気味だわ。――で、それならキスメは何しに来たのよ」「勇儀が、見届け人としてパルスィを連れてきて欲しいって」「……は?」「久遠晶と親しくて、旧都の妖怪であるパルスィが適任だろうって」「いや、待ちなさいよ。何で私が――」「と言うワケで悪いんだけど……ヤマメ!」「ゴメンねー」「あ、ちょっといつの間に!? コラ、掴むな!! 引っ張らないでよ!? あーもー!?」幻想郷覚書 異聞の章・参拾捌「群怪折実/語られる怪力乱神」 どうも、地霊殿に行って戻ってくるだけの簡単な仕事がなんか大変な事になってしまいました。久遠晶です。 まぁ、アレだよね。毎度の事だよね。だから平気ダヨ、全然平気ダヨー。 ちなみに今、僕と霖之助さんは旧都の前で足止めを食らっています。 本当はとっとと通り過ぎたかったのですが、そうもいかない事情が出来ちゃったんですよね。 具体的に言うと、勇儀さんに観客付きで待ち伏せされてました。わー、大歓迎だー。「全く困った事してくれたね、狡知の道化師。そんな風に暴れられちゃ私も出ざるをえないよ」 呆れてる風な台詞ですが、声色は完全に楽しんでおります。 どう見ても体裁で言ってるよね、実際は殺る気満々だよね勇儀さん。「それにしても凄いな。まるで、古代ローマのコロッセオにでも居る気分だよ」「霖之助さんは詩的な表現を用いますねぇ。僕には、野次馬しに来た酔っぱらいの集団にしか見えませんよ」「……そういう見方もあるかな」 これは現実逃避の一種なのかなぁ。何故か直接的な表現を避けた霖之助さんは、喧騒から分かりやすく目を背けた。 まぁ、いくら図太い霖之助さんでも、これだけの妖怪に囲まれれば現実から目を逸らしたくもなるかな。 それこそ博麗神社の宴会ぐらいでしか見られないようなレベルの妖怪達の集まりを一望して、僕は小さく溜息を吐き出した。 ……それにしても、なんでコレだけ居て非人型妖怪が一人も居ないのかなぁ。 女性比率がやたらと高いのはまぁいい。一割ほど、どっちなのか判別に困るのが混ざってるのも構わない。 だけど妖怪らしい外見の妖怪がゼロって。厄介者押し込めた旧地獄なのにゼロって。それはなんか違わないかな?「ああ、心配しなくて良いよ。こいつらはただの見物人で、手を出す事は無いからさ」 そんな僕の表情を、囲まれている事に対する不満だと思ったのだろう。 持っていた盃を傾け軽く一杯飲んだ後、ニヤリと笑いながら勇儀さんはそう補足してくれた。 ……知ってたけどね。だってどう考えても戦う気が無いもん。つーか戦う前から酒に負けてる人がほとんどだし。「個人的には、勇儀さんにも手を出してほしくないんですけど?」「いやいや、それは駄目さ。私にも立場ってモノがあるんでね」「……本音は?」「いい機会だし、ここらでメイドと本気で喧嘩してみようかと思って」 鬼か。いや、鬼だった。 満面の笑顔で怖い事を言う勇儀さんに、これは説得するだけ無駄だと判断する僕。 こう言う戦う事が息をする事と同義になっている人に、戦わない事情をどれだけ訴えても無駄だろう。 それよりも、とっとと戦ってパパっと終わらせた方がよほど建設的だ。……どうせ負けてもいい戦いだしね。「だから手段は選んでいいが、勝負その物は本気で頼むよ? そうでないとつまらないしね」「ちなみに、もし僕がワザと負けたらどうしますか?」「そうだなぁ……そういう巫山戯た真似をする馬鹿の首は、千切って晒すしか無いかな」 あ、手を抜けば死ぬ系のパターンですか。了解了解。 それじゃあ本気でやるしか無いねー。と速やかに色々な事を諦めた僕は、霖之助さんの方へと向き直る。 僕の隣で居心地悪そうにしている同行者は、覚悟を決めたこちらの顔を見て小さく肩を竦めた。「まぁ、頑張ってくれ。応援だけはしているよ」「ソレ以上の事は僕も期待してません。とりあえず、危なくないように他の観客の中に混じっててください」「……それはそれで、別の意味で危険な気がするがね」「確かに、駆けつけ三杯くらいじゃ許してくれそうにない空気ですもんねー」 ぶっちゃけ周囲の面々は、僕と勇儀さんの勝負を名目に飲みに来たとしか思えない程出来上がっていた。 誰も彼もべっろんべっろんだ。おかげで見知らぬ妖怪達に囲まれている恐怖とかは欠片も無いけど、別の意味では怖い。 ……この状況下で混ざって、飲まずに居る事は難しいだろう。と言うか周囲が許さないだろう。 頑張れ霖之助さん、貴方には貴方の戦いが待っている。僕は特に手助けしません。「ま、頑張ってください。応援だけはしておきます」「……皮肉ではないと思っておくよ」「ええまぁ、こっちもぶっちゃけ余裕が無いので」「おーい。そろそろ始めたいんだけど、構わないかーい?」 遠足前の子供みたいなはしゃぎようの勇儀さんが、盃を片手にそわそわしながら問いかけてくる。 むしろこちらの方が、その状態で良いのかと聞きたいのだけど……まぁ良いか。 どう考えてもハンデとか貰えそうに無いし、相手がセルフで不利を背負ってくれるならむしろありがたいです。 まぁ、盃を持った状態がどれだけハンデになるかは分からないですけどね。あるだけマシあるだけマシ。 ――さて、ではどうやって戦ったものか。 何しろ相手は鬼、全てのスペックが高水準で纏まってる幻想郷のチート筆頭妖怪だ。 まともにやりあったらミンチは確定だけど……下手な小細工も通用しそうに無いしなぁ。 かといって最善を尽くさないと首チョンパだし――んー、そーだなぁ。 ……神綺さん、通じてます?〈バッチリよー〉 相手、鬼ですけどイケますか?〈ふふふ、任せてちょうだい〉 了解です。それじゃ、お願いしますね。「では――――怪綺面『神』!」 掛け声と共に腕輪が輝き、閃光が僕の身体を包み込んだ。 そして光は一瞬にして、真紅の全身鎧と三対の翼へと姿形を変貌させる。 最早別人と言ってもおかしくない変化。しかし反応したのは勇儀さんと霖之助さんだけで、大半の観客達は気にせず酒宴を続けていた。 いや、期待はしてなかったけど。だけどガン無視ってどうなのよ。本当に観客なのですか貴方達?「面白い格好だな。幻想面……じゃ無いか」「これは怪綺面、神様の力を借りた近接用の面変化です。そこそこ強いですよ?」「ふーん。……ならどれほどのモノか、確かめさせてもらおうか」 そう言ってニヤリと笑った勇儀さんが、盃を持った状態で両腕を組み不敵に微笑む。 かかってこいと言っているのだろう。その不敵な姿に思う所が無いワケでは無いけれど、他に何が出来るワケでも無い。 僕は小さく構えると、彼女の誘いに乗る形で一気に駆けた。 刹那で相手に接近した僕は、挨拶代わりと言わんばかりに拳を打ち出した。 勇儀さんはそれを真正面から受け止める――が、威力を殺しきる事は出来なかったようで、勢いに押され大きく身体を後退させる。 その姿にさすがの観客達も騒ぐのを止め、静かに場の成り行きを見守り出した。 ……実を言うと僕も驚いている。まさか普通に直撃貰ってくれるとは思わなかったし、通用するとも思わなかった。 怪綺面、やっぱり強いなぁ。もっともそれでも勇儀さんに対する致命打にはなっていないようだけど。「――っかー! いいねぇ、今の一撃は効いたよ。こりゃ手加減している余裕は無いな」「いえいえ、そんな事はありませんよ。ばっちし手を抜いちゃってください」「そーいうワケにはいかないね。良いのも一発貰っちゃったし、これからは本気でやらせて貰うさ」「……ひょっとして今、ワザと受けました?」「はは、何の事やら。……ただまぁ、私は鬼だからね。人間相手に最初から全力ってワケには行かないんだよ」 つまり、今のは周囲に「久遠晶は本気を出すべき強敵」と認識させる為のフリだったと言う事ですか。 いやまぁ、そちらの都合って事ならこっちは一向に構いませんけどね? 人間なんて舐められるのがデフォみたいなものだし。 だけどそれでいきなりフルパワーって。そこはもうちょい、段階を踏むべきだと思いませんか? それが鬼の有り方だと思うのですが。〈仕方ないわよー。今の晶ちゃん、本気にさせちゃうくらいには強いんだから〉 ……強くなるっていい事ばかりじゃないですね。〈少年はもうちょい、ハンデ無しで戦う事を考えた方が良いと思う。普通に戦っても強いんだから〉 うっかりしなくなったら考えます。〈つまり一生無理って事か〉 わー、失礼。僕も事実だと思うけど。 そんな風に脳内で魅魔様神綺さんと漫才している間に、勇儀さんは持っていた盃を片付けてしまった。 その盃を良く良く観察すると、中には波々とお酒が注がれている。 ……地面を擦る形で吹っ飛ばされてたよね、勇儀さん。あんまり底の深い杯でも無いのにお酒がほとんど残っているんですけど。 こりゃ、さっきの一発はサービスだったと思うしか無いね。 僕は腕を軽く回して、気合を入れ直すのと同時に気持ちを入れ替えた。 さて、本気の勇儀さんはどんなモノなのかな。「――じゃ、行くぜ」 ニヤリと笑ってそう宣言すると、彼女はゆっくりこちらへ近づいて来た。 その足取りは遅い。速く動けないワケじゃ無いだろうから、恐らくは意図的なものだろう。 威圧が目的か、それとも……とりあえず試してみよう。「受けて立ちます!!」 勇気を奮い立たせ、再度勇儀さんに突っ込んでいく。 攻撃の形は、あえて先程と同じにした。 さぁ、勇儀さんはどう反応する? 大きく振りかぶった一撃を――勇儀さんは再度、無防備とも思える姿勢で喰らう。 ただし今度は微動だにしない。真正面から僕の攻撃を受け止めた彼女は、ニヤリと笑いながら拳を振り上げた。「メイドの攻撃は強烈だが、来るのが分かっていれば耐えられる。さ、次はこっちの番だよ!」「あ、お断りします」 振り下ろされる一撃を、高速移動で回避する。 空振った拳は大地を穿ち、地面を陥没させる勢いで砕いていく。 わぁ、さすがのパワー。と言うかアレだ、気のせいでなければ勇儀さんの戦い方って恐ろしく泥臭くない?「お互い殴りあって最後まで耐えた方が勝ちとか、アナクロにも程があると思うんですけど」「鬼だからね。別に、アンタもそれに付き合えとは言わないよ。これは私の趣味なのさ」「良い趣味だと思いますよ。付き合うつもりは欠片もありませんが」「……そこは普通、じゃあ僕もとか言って付き合う所だろ」「出来ない事はやらない事にしてます」「メイド、イイ性格してるねぇ……」 良く言われます。勇儀さんの皮肉に満面の笑みを返して、脚部から排出される魔法陣の勢いを強める。 相手が防御を捨てた殴り合いを望むなら、こっちはヒット・アンド・アウェイでそれに対抗するだけだ。 小さく深呼吸をした僕は、息を止めて勇儀さんへと突っ込んでいく。 素潜りでもしている気分になりながら、僕は掠めるように彼女への攻撃を重ねていく。 当然、勇儀さんは気にも留めない。 再びゆっくり腕を上げると、こちらの動向を探るように静かに目を閉じた。〈これってアレだよな。チクチクやってた少年の与えたダメージを、鬼の一撃があっさりひっくり返すパターンだよな〉 僕も思っていた事だけど、ハッキリ言わないでください! 怪綺面は防御力も優れているから、さすがに一発でノックアウトみたいな展開は無いと思うけどね。 まともに喰らったら、シャレにならない事になるのは確実だろうなぁ。 一旦攻撃を終え距離を取った僕は、息をゆっくり吐き出して次の行動に備える。 ……ここで、今度はでっかい一撃をとか考えたら酷い目に遭うんだろうね。 だから戦法に変更は無し。ただ、どんな状況になろうと対応出来るように回避の事は常に考えておこう。 僕は再度息を吸い込み、二度目の突撃を仕掛けた。「はっ――馬鹿の一つ覚えみたいな突撃を、私が何度も許すと思うなよ!」「僕も、許されるとは思っていません! ――『3rdファイア』!」 相手の間合いに入る前に、二対の翼を切り離す。 結果的にスピードは下がってしまうが、それでも迎撃の拳を避ける程度の速度はある。 身体を反らし、更に右腕で相手の攻撃を受け流しながら、僕は急停止して後方へ向かって大きく飛んだ。 「行っけぇ、『オプション』!」 拳を振りきった勇儀さんの身体に、四本の剣が無数の斬撃を叩き込む。 威力に関しては、まぁ拳とドッコイドッコイだからあんまり期待は出来ないだろう。 だけど、オプションには相手の力を吸収する能力がある。 ぶっちゃけ勇儀さんは純粋な身体能力で戦っているだろうからあんまり意味は無いかもしれないが、それでも力を吸われるのは効くはずだ。 そんなこちらの狙い通り、勇儀さんは軽くフラつきながら後方に下がった。 よし、この手は使えるみたいだ! んー、これならこっちメインで行った方が良いかな?「やるじゃないか、面白い攻撃だね。――今回は『相討ち』か」「……相討ち?」 いや、僕は避けてるから、喰らったのはそっちだけじゃ……。 そう言いかけた所で、右腕の鎧が綺麗に砕けた。 え!? あ、あれ!? 僕、直撃喰らって無いよね!? 軽く擦っただけだったよね!? 呆然としながら右腕を眺めている僕に、勇儀さんはニヤリと笑って告げるのだった。「『語られる怪力乱神』――私をただの力馬鹿だと思わない事だね。いや、これだけじゃただの力馬鹿にしか見えないかな?」 参ったね。と苦笑する勇儀さんだけど、それに応える余裕は無かった。 単純な物理的破壊力で、怪綺面の鎧を破壊するなんて出来るはずが無い。 と言うかそもそも当たってないし。それなのにぶっ壊れるって、不思議パワーにも程があるでしょう。 ――ヤバい。これは、はっきり言って物凄いピンチかもしれない。