「ひ、酷い目に遭った。死ぬよりも恐ろしい目に遭った気がするぞ」「本当にゃよ。ぐーやもまさか、ここまでメチャクチャにされるとは思わなかったにゃ☆」「……止めろよ気持ち悪い。正直見ているだけでもキツいんだから、言動くらいは元に戻せ」「良いじゃないの、さっきまで貴女も同じ口調だったんだし」「だからだよ! あーほんと、思い出すだけで嫌な汗が出てくるぞ」「そのヒラヒラフリフリの衣装、似合ってるわよ。ぷぷぷ」「そういうお前の格好も似合ってるぞ。どういう格好なのかは説明しづらいが」「スク水ニーソエプロン手袋猫耳魔法少女天使……後は」「もういい、お腹いっぱいだ。色々乗せすぎてて、ただでさえ分からないものが更に分からなくなっていく」「きっと、追加している彼らも同じ気持ちだったのだと思うわ」「……そういや後半は、向こうも隙間に物を詰める様な形で要素継ぎ足して行ったよな」「まぁ、罰ゲームが性格付けに集中した貴女よりはマシだったと思うけど。……正直、初めて貴女に同情したかもしれないわね」「言うな! 本当に言うな!!」「まさか、あの三人が揃ってあんな感じになるとはねぇ」「暴走するヤツが居ないから、逆に全員のタガが外れやすくなるのかもしれないな。……ところで輝夜」「何よ」「そろそろ晶の目隠しを外してやれよ。多分アレ、何の意味も無いぞ?」「良いじゃない別に。……直接見られない事に意味があるのよ」「……お前って、わりと乙女だよな」「ぐーや、何の事だか分かんにゃい~☆」幻想郷覚書 異聞の章・参拾伍「群怪折実/どげめいA」 静かな店内に、柱時計の振り子の音が響き渡る。 湿度、温度と合わせて実に理想的な環境で、香霖堂店主たる僕は道具の鑑定を行っていた。 依頼主は、狡知の道化師と最近名高い久遠晶だ。 ……僕としては、正直世間の見る目の無さに呆れる他無い。 きちんとお金を払ってくれる、この優良顧客のどこに狡賢い要素があるのだろうか。――ああ、そういえば交渉に関してはそうだね。 ちなみに、彼の依頼は道具の鑑定ではない。これは仕事の為の前準備のようなモノだ。「――素晴らしいね、この道具は。『三叉錠』だったかい?」「ですです。毘沙門天縁の品を河童が改造した、意外と実用性のある一品ですよ」 河童――河城にとりの事か。 人見知りが激しい割にいざ親しくなると図々しくなる困った河童だが、やはりその技術力には目を見張るモノがある。 錠前を、その特性を保ったままこんな形に改造するとは……少しばかり嫉妬してしまうね。「しかし完璧と言うワケでもないようだ。この後継ぎの鎖、ただ繋いでいるだけのように見えるが……」「にとりはその手の作業、得意じゃないらしくて。ソレ以上の事は出来なかったんですよね」「なるほどね。つまり、僕への依頼と言うのは――」「三叉錠の完成をお願いしたいんです。出来れば、鎖全部を元の鎖と同じように……出来ます?」「ふむ、それは中々に難しい注文だ」 材料その物の確保は簡単だが、鎖に錠前と同じ特性を与えるのは少しばかり厳しいだろう。 出来ないとは言わないがね。やるとなれば、かなりの対価が必要となる事は間違いない。 僕は小さく咳き込んで、これから始まるであろう戦いに備え意識を切り替えた。 さて、どれくらい吹っ掛けられるだろうか。彼は良い客だが、同時に手強い客でもあるからね。 宝塔の時はしてやられたが、今回はそうはいかない。むしろこの前の借りを倍にして――。「報酬は弾みますから、何とかお願いできない出来ませんか? 例えば――コレとかどうです?」「――む?」 そう言って彼が取り出したのは、きらびやかな装飾の首飾りだった。 軽く眺めただけでも、相当に価値のある一品である事が分かる。それは、美術的にも‘実用的’にも言える事だ。 はっきり言って、この仕事の依頼料として考えても少しばかり貰いすぎな代物である。 これほどの品、彼はどこで手に入れたのだろうか? こちらの問いかけの視線に久遠晶は苦笑しながら答えた。「実はコレ、紅魔館での初任給でして」「そういえば君は、紅魔館でメイドの仕事をやっていたね。なるほど思い出の品と言うワケか」「いえ、思い入れは欠片も無いです。何しろつい最近貰ったモノなんで」「ん? しかし先程、紅魔館での初任給だと……」「正確に言うと、初任給で貰ったのはコレなんですよね」「それは……鍵? しかし、どこの―――まさか」 今までの言葉を重ねていけば、自然と一つの答えが導き出せる。 あの演劇好きな吸血鬼なら間違いなくやるであろう、傲慢と不遜の極みとも言うべき報酬だ。「せーかいです。これ、宝物庫の鍵なんですよ」「……やはりか」 いやはや、ここまで来ると時代錯誤と言う事すら憚られる。 欲しい物を欲しいだけ持っていけ――それは、宝物庫の中身全てと久遠晶は等価値だと認めているからこその暴挙だ。 否、それですら足りないと思っているのかもしれない。 宝物庫の中身‘程度’では久遠晶の働きに対する礼にしかならないと、紅魔館の主なら考えていてもおかしくないだろう。 それを過大と取るか過小と取るかは人によるが……少なくとも本人は過ぎた評価だと思っているようだ。 困ったように笑う姿からは、過剰な報酬に対する戸惑いが感じ取れる。 ……正直、そこまで過小な評価でも無いと思うのだが。本人にとっては違うのだろう。 そんな彼が初めて宝物庫から持ちだした初任給。――なるほど、これは罠だな。「それで、君は何を企んでいるんだい?」「いきなり断定ですよこの道具屋。未だかつて無いほど素直に取引しようとしている僕にこの仕打、いくら何でも酷すぎやしませんか?」「普段の君なら依頼料の先出しなど絶対にしない。己の手札の価値を下げる発言もしない。そもそも報酬を持ち出す経緯がありえない」「わー、ボロクソー」「それだけ今の君がおかしいと言う事だよ。そしてその異常は、他に何かしらの狙いがあるからと見たが――どうだい?」 僕の言葉を受けた彼は、満面の笑みのまま表情を凍らせた。 まるで仮面を貼り付けたような顔で、久遠晶は一歩下がると――華麗な動きで地面に伏せる。 頭を下げ、両手両足を地面に付けたその姿勢は紛うこと無き土下座だ。 無駄に洗練されたその動きから、熟練の業を感じ取れてしまうのは悲劇なのか喜劇なのか。 そうして久遠晶の動きに圧倒されている僕に対し、彼は心底悲痛な声で『お願い』を口にした。「お察しの通りでございます! どうか、どうか僕を助けてください!!」 ――しまった、やられた。 わざとらしい今までの態度は、こちらにそれを突かせるための囮を兼ねていた様だ。 まさか彼が、泣き落しを仕掛けてくるとは……。 それも、目的を果たす為に他の全てを犠牲にする乾坤一擲の一撃だ。 ……無条件の降伏とはつまり、全ての判断をこちらに委ねると言う事である。 その場限りの相手なら、幾らでも無茶な要求をしてやれるが――相手は一応香霖堂のお得意様だ。 更に、要求内容によっては道具屋としての信用も損なう事になってしまう。 つまり相手が引いた分だけ、こちらが相手を思いやってやらなければいけないのである。 「何卒、何卒!!」「…………はぁ」 奇しくもレミリア・スカーレットと同じく白紙の小切手を切った彼だが、その意図はまるで正反対だ。 彼女は全てを与えるつもりで制限を外し、彼は相手自身に制限をかけさせる為あえて上限を定めなかった。 まったく、さすがは狡知の道化師と言った方が良いのだろうか。世間の評価もあながち間違ってはいないようだね。「それで、助けてほしいと言うのはどういう事なんだい?」 こちらの問いかけに対する返事は無い。恐らく、僕が首を縦に振るまで答えるつもりは無いのだろう。 仕事の内容を知りたければ、まず小切手に金額を書けと言っているワケだ。……それでは白紙にした意味が無いだろう。 これだけなら、巫山戯るなと言って追い返す事も出来た。しかし、それを防ぐ為の布石はすでに打たれている。 ――それは、囮として用意された報酬と依頼だ。 悔しいが彼の持ってきた仕事は、それだけやりがいのある物なのである。 毘沙門天の力を宿した道具を改良する仕事など、考えるだけで気分が高揚してくる。 後世三叉錠が何らかの偉業を成し得た時に、僕こと森近霖之助の名前も大きく広まる事だろう。 それに報酬も悪くない。仕事の見返りとしては貰い過ぎだが、他にも要件があると言うなら貰っても――いけないな。 これでは相手の思う壺だ。どうやら僕は、自分で思っていた以上に彼の事を信頼していたらしい。 何を要求してくるのかは分からないが、少なくとも度を越した願いはしないだろう。 これだけお膳立てされておきながらまだそう思ってしまうとは。ひょっとして、僕は物凄いお人好しだったりするのだろうか。 ……いや、きっとこれは久遠晶の人徳が為せる技だ。そう思う事にしよう。 と言うか正直な話、本人にとって深刻なだけでこちらにとっては大した事で無い話である可能性がかなり高い気がする。 そもそも僕の手に負えない話を、彼が持ってくるはずが無いだろう。頼る相手なら山のように居るはずなのだから。 僕になら出来ると思ったからこそ、久遠晶はこうして土下座までして頼んでいるはずだ。少なくともそこに疑う余地は無い。恐らく。「あ、そうそう。遅れましたが、コレお土産です」「これは……干物かい?」「運良く手に入りましたので、お裾分けです」 土下座したままの姿勢で久遠晶が差し出してきたのは、紙に包まれた立派な鯵の干物だった。 海の無い幻想郷でも、海の幸を楽しむ事その物は難しくない。 だが、それにはかなりの労力と人脈、そして相応の対価が必要となる。 川魚なら簡単に手に入るのだがね。干物とはいえ、海魚丸々一尾を食べる機会は早々無いのだ。 冗談でなく、これ一つでそれなりの報酬となり得る代物だ。……それを追加報酬では無く、単なるお裾分けと言う所が中々に厭らしいな。 つまりコレを受け取ったからと言って、頼み事を受けた事にはならないとわざわざ言ってくれているワケだ。 無論、僕がその意図を察して後ろめたい気持ちになる事も承知の上なのだろう。 …………やれやれ、仕方ないな。「分かった、協力させてもらおう」「おぉう、ありがとうございます!!」 白々しい感謝の言葉で顔を上げた彼に、僕は苦虫を噛み潰した笑顔を嫌味の代わりとして返した。 やはり彼は侮れない。どこまで計算してやっているのか分からないが、こういった化かし合いではあちらに一日の長があるようだ。 だがおかげで傾向と考え方は読めてきた。ふふふ、次の勝負でこの気持ちを味わっているのは君の方になるだろう。「それで、君がここまでして僕に頼みたい要件とは何なんだい? 命にかかわる話では無いと予想しているのだが」「過失致死が無ければ命は大丈夫です。わりと呑気な日帰り旅行になるはずかと」「『日帰り旅行』と言う単語も気になるが、その前に一つ確認したい事柄がある。――過失とはなんだい?」「獅子の方は遊んでいるつもりでも、遊ばれてる鼠は余裕で死ねるでしょう? つまりそういう事です」「なるほど良く分かった。ちなみにその獅子は、分別と言う言葉を知っているのだろうね」「えー? あー……んー……知らないのと知ってて無視するので半々?」「つまり期待するなと。そして、獅子は複数居ると」 全力で断りたくなったな。と言うか、そういう事はもう少しボカして言わないか普通。 ……このどうでも良さそうな表情を見るに、その程度の危険は当たり前の物だと思っているのだろう。 これは本人が悪いのか。それとも、そういった覚悟を自然と決めさせてしまう幻想郷が悪いのか。 まぁ、あえて追求はすまい。僕には関係の無い話だ。反面教師として心の奥にでも仕舞っておこう。「それでも出来れば、身の安全くらいは保障してもらいたいのだが……」「そこはまぁ、依頼主として出来る限り保障しますとも。僕の力が及ばない場合は知りませんが」 「その場合は別の方法で償ってもらう事にするよ。――さて、話を『要件』に戻すが」「さっきも言いましたが、呑気な日帰りの旅行です。目的地が若干厄介ですが……」「幻想郷の大半が「厄介な目的地」足り得ると思うがね。どこなんだい?」「旧地獄の地霊殿です!」 ――旧地獄、地獄の区画整理に伴い破棄されたかつての地獄だ。 幻想郷でも受け入れる事が困難だった妖怪や鬼が、それぞれ集まり隠れ里のような物を形成していると聞く。 地霊殿もそういった集まりの一つで、確か霊夢が言うには……覚妖怪を主と仰ぐ、旧地獄の中でも特に変わった者達の集まる場所だとか。 もっともコレは霊夢の言なので、どこまで信用できたものかは分からないが。 少なくとも、不当な扱いのせいで地下に行く羽目になったワケで無い事は確実だろう。 つまり――若干どころかかなり厄介な場所である事を疑う余地は無い。「とりあえず、この話は無かった事にしよう」「基本的に、行ってゆっくりして帰るだけの簡単なお仕事ですね。ソレ以上の事は何も望みませんよー」 まぁ、断らせてはくれないか。うん、分かっていたよ。 僕の言葉など川のせせらぎの様なものだと言わんばかりに無視して、淡々と話を進めていく久遠晶。 しかし先程から、やたらと簡単な仕事である事を強調してくるな。 極端に重圧をかけられても困るが、ここまで容易さを強調されると逆に怪しい。 「頼むからハッキリと言ってくれないか、本当はどんな仕事なんだい?」「いえ、本当に行ってゆっくりして帰るだけの仕事なんですよ」「それならばそもそも僕を連れて行く必要が無いだろう。交渉の結果を反故にするつもりは無いが、あまり隠し事をされると……」「いやいや、逆なんですよ。霖之助さんが来るからこそ何事も無く行って帰る事が出来るのです」「僕が来るからこそ? ますます意味が分からないな。ただの道具屋が旧地獄でそれほどの力を発揮するとは思わないのだが」 よもや霧雨の剣の力を期待して――とも思ったが、彼の場合その手の頼りには事欠かないだろう。 だとするといったい何が。僕の疑問に、にっこり笑った彼は仰々しく立ち上がって答えた。「いいえ、霖之助さんには物凄い力があります! 僕の知り合いでも実に稀有な個性、それは――!」「それは?」「――『男友達』です!!」 力強く、堂々と断言する狡知の道化師。 その姿に様々な感情が湧き上がってきたが、一度に全ては出せないので静かに抑える。 そしてゆっくりと、初めに告げるべき言葉を見つけた僕は、胸を張ったままの姿勢で止まっている彼に小さな声で尋ねた。「……稀有なのかい?」「稀有です」 何の躊躇いも、曇りも無い笑顔。 その笑顔を見て、僕はその後に続くはずだった言葉をそっと仕舞い込んだのだった。 ――参ったな。未だに何をするのか分からないが、出来る限り協力してあげても良いかと思えてきたぞ。