「それにしても失礼な話よね、晶が女性に見えるなんて」「えっ」「はっ?」「そ、そうだな」「……なんで、本人まで不思議そうな顔をしているのよ」「僕にも、自分を客観的に見る程度の常識はありますので。さすがにこの格好で男を自称するのはムリがありますって」「その格好って、現代風の小姓なんでしょう? 全然問題無いじゃない」「小姓って……どの時代で頭止まってるんだよお前は。これだから引き篭もりは」「とことん失礼ね。まぁ確かに格好は女性寄りだけど……晶って十分男らしいと思うわよ?」「えっ」「はっ?」「そ………そう、だな」「だから、なんでそこでそういう反応になるのよ。おまけに本人まで」「いや、その……ねぇ?」「輝夜お前、意外と男を見る目が無いな」「そ、そんな事は、無いと……思う…………ぞ?」「先生、ムリはしなくて良いよ……」幻想郷覚書 異聞の章・参拾肆「群怪折実/クイズ天国と地獄(天国抜き)」「ぶっちゃけ、このまま別れるのはダメだと思うのよ。私と妹紅の因縁的に考えて」 喧嘩を抑えて一安心していたら、輝夜さんが何か戯言を言い出した。 そしてハッキリとは断言しないものの、態度で露骨に同意して見せる妹紅さん。 変な所で意見が合うのは、仲悪いコンビのお約束なのだろうか。 とりあえず遺憾の意を込めてハンマーを振り回すと、輝夜さんは不服そうに頬を膨らませてきた。「別に暴れたいって言っているワケじゃないわ。とにかく勝つなり負けるなりして、精神的な安定を図りたいって言ってるのよ」「ああ、もうこの際決着付けられれば何でもいいから勝負させてくれ」「……負けても良いんですか」「良くは無いな。けど――」「このまま帰るよりはマシなのよ」 この二人はどういう関係なんだろうか。敵対してる、と言うには和やか過ぎるんだけど。 視線を横にズラし、どうなんですかと慧音先生に確認をとってみる。静かに項垂れられた。 どうやら想像以上に面倒臭い間柄であるらしい。了解、追求はしません。「つまり優劣を競う勝負なら何でもいいからやらせて欲しいと。――やれば良いじゃないですか、お好きな様に」「そんな無責任な発言は許さないわよ? 私達の勝負を差し止めたんだから、立派な代案を用意しなさい」 そんな責任こそ欠片も無いのだけど、ここで否定した方が面倒になりそうグッと我慢する。 とりあえず、適当な勝負でチャチャッと満足してもらおう。 さて、どんな内容が良いかなぁ。本当にいい加減な競技は逆効果だろうし。 大食い――はダメだね。どう考えても僕の自腹になる展開だ。 二人共それほど食べる人間じゃ無いだろうけど……ぶっちゃけ高価な物は山ほど食べそうだ。「んー、勝負の案かー。何か希望とかあります?」「細々とした勝負はイヤよ、つまんないから」「ま、スカッとケリはつけたいな。だけど見世物は嫌だぞ」「魅せるのはともかく、見られるのは私もイヤねー。あ、それとお為ごかしっぽい適当なのはダメだからね」「真剣勝負で頼むな」 ……どうしよう、かなりイラッとしてきた。 聞いたのは僕だし、内容もわりと想定の範囲内なんだけど。なんだろうこの無茶ぶりされた感は。 この人達も、もう少し頭を使ってくれても良いんじゃ――ふむ。「閃いた。阿求さんの所に行こう」「お、おい晶!? 稗田殿を巻き込むのは……っ」「まーまー慧音センセ、ちょっと耳を貸してくださいな」 僕の発言に顔を顰めた上白沢先生を手招きし、その耳元で言葉の意図を説明する。 最初怪訝そうにしていた先生は、僕の話を聞くとニッコリ笑って二人の方へと向き直った。「よし、では稗田殿の屋敷へ行こうか」「……おい。慧音のヤツ、親友の私ですら見た事の無いわっるい笑顔してるぞ」「そして晶がとても邪悪な笑みを浮かべてるわね。アレ知ってる、私を竹林に放り投げた時と同じ種類の笑顔よ」「――どうだ、輝夜。ここはやっぱり勝負は持ち越しって事で」「――悪く無い提案ね。今日は良くない星の巡りみたいだし、やり合うのは日を改めて」「こらこら、前言を撤回するのはらしくないぞ。妹紅」「ほーら輝夜さん、勝負の時間だよー」「お、おぅ……」「晶ってば楽しそうね……」 示し合わせて逃げ出そうとした二人を、僕と上白沢先生がそれぞれ確保する。 これも、傍から見ると女性グループが仲良さそうに絡んでいる様にしか見えないのだろうか。 とりあえず、輝夜さんの腕にしがみついている自分の姿を客観的に見ようとして――即座にそれを諦めた。 うん、意味なく自分を傷つけてもしょうがないよね。……自業自得だとわかった上でメゲそう。「――と、言うワケで! 第一回、稗田邸大クイズ大会を開催したいと思いまーす!! 進行役は毎度お馴染み久遠晶君でーす」「はい、突然人の家で催し開かれても笑顔で受け入れる女。ゲストの稗田阿求です」「審判は私、皆大好き上白沢慧音先生だ。地獄の閻魔ばりに平等な判断を下してみせよう」「待て。色々と待て!」 稗田邸へ到着し速やかに阿求さんを説得した僕と先生は、超速で場を整えた。 重ねた座布団に呆然とする二人を座らせ、僕達は説明など知った事かと言わんばかりに話を進め始める。 「ルールは実にシンプル、これから出される問題を間違えたら罰ゲーム。最終的に正解数の多い方が勝ちです」「間違えたら罰ゲームって所がミソですね。こうやって司会の役目を引き受けた甲斐があると言うものです」「ああ、この際だからガンガンやってやろうじゃないか!」 ちなみに、二人のテンションに関しては僕はノータッチです。何の仕込みもしておりません。 と言うか上白沢先生の張り切りっぷりが尋常でない。凄いはしゃぎようだ。 ……色々と溜まっていたのかなぁ。こう、人里の守護者としてのストレスやら何やらが。 まぁ、こんな些細な催しが先生の潤いになってくれるなら幸いですよ。どうせ犠牲になるのは輝夜さんと妹紅さんだし。「はいはーい、ではでは参加者二名パパっと自己紹介お願いしまーす」「いや、本当にちょっと待てよ。せめてこっちの話を聞けって」「蓬来山輝夜です。今日は精一杯頑張ります!」「おいコラ輝夜!?」「ふふっ、私はもう諦めたわ。こうなったらもう全力で楽しむだけよ」 遠い目で僕を見つめた輝夜さんが、ヤレヤレと肩を竦めてみせた。 アレ? ひょっとして何もかも僕の計算通りだと思われてる? いやいや、結構行き当たりばったりですよ? 少なくともここから先の事は何も考えてません。 とりあえず、この後は場の空気に合わせてクラゲのように流されていこう。 そんな事を考えながら、僕は不満そうにしている妹紅さんへと近づいた。「妹紅さん……世の中って理不尽な物ですよね」「その理不尽をばら撒いてる本人が、訳知り顔で言ってるんじゃねーよ!」「お気持ちは分かります。分かりますが、一言だけ言わせてください」「な、なんだよ」「――僕を巻き込むって、つまりこういう事なんですよ」「うん、お前やっぱ狡知の道化師だわ」「それじゃ、妹紅さんの了承も得た所でクイズ大会かいしー!!」「いぇーい!」「わーい」「やるぞー!!」「今、一言でも同意の言葉を口にしたか!?」 それでも逃げ出そうとしない、その付き合いの良さが命取りだと思いますよ。死なないけど。 とりあえずもうゴリ押ししても大丈夫そうなので、即興で用意した問題ボックスをポケットから取り出した。 妹紅さんがその事にツッコミを入れたそうにしてるけど無視。 鼻歌交じりに箱の中で手を動かした僕は、適当な問題の書かれた紙を一つ選んで箱から出す。「では、第一問!」「あーもうヤケだ! なんでも来い!!」「まぁ、勝負である事に変わりは無いワケだしね。ふふっ、私の知性を見せてあげるわ」「――里で話題の和スイーツ、天狗饅頭の人気の秘密はなんでしょう!?」「……はっ?」「えっ? 何それ? てんぐまんじゅう?」「それでは、しんきんぐたーいむ! お手持ちのフリップに答えをお書きください!!」 唖然とする二人を、問答無用の思考時間へと放り出す。 まぁ、戸惑うのも当然だろう。半分とはいえ知恵の神獣ハクタクと、幻想郷縁起の作者が揃っているのだ。 もっと知的で、かつ高難易度な問題が出るのだと思っていたに違いあるまい。 ――ははは、そんな真っ当な展開にするはず無いじゃないですか。 ここから始まるのは、引き篭もりと世捨て人に厳しいサブカルと身内ネタに溢れたご当地クイズ大会さ!「いや、私人里にはほとんど行かないから、そんな問題出されてもさっぱり分からないぞ?」「もちろん人里に初めて来た私も分からないわ。出来ればもう少し、情けをかけてくれるとありがたいのだけど」「なるほど――阿求さん、上白沢先生、一言どうぞ」「つまり条件は五分五分って事ですね! やったじゃないですか、存分に間違えてください!!」「安心しろ、ちょっと恥ずかしい目に合うだけだ。命の危険は何も無いぞ!」「いや、そもそも命の危険とか私らにもっとも縁遠い話だし。なんかお前ら間違える事を前提に話してる感じがするし」「前提にしているんじゃないです、期待してるんです」「まぁ、たまには、な」「おいコレ、勝負に見せかけた晒し者じゃねーのか!?」「んー、人気の秘密かー。何かしらねー」「お前は少しくらい抵抗しろ! くそっ、私は絶対に負けないぞ!!」 ははは、頑張れ頑張れ。観念してフリップとの睨めっこを始める妹紅さんを温かな目で見つめる僕。 ちなみにフリップは、適当な板に紙を貼り付けただけのシンプルな代物です。もちろん紙は使い捨て。 他のアイテムも、手持ちのガラクタと稗田邸の廃材を使って一生懸命それっぽい感じに仕立てあげました。……何やってるんだろ、僕。「はい、しゅーりょー! ではでは、答えどうぞ!!」「じゃあまずは私から。『貴重な食材を使用している』――言葉にしてみると凄い無難な感じになったわね」「……微妙に範囲を広く取ってる所を見るに、お前意外とガチで答え当てに来てるな?」「私、人で遊ぶのは良いけど人に遊ばれるのは嫌なのよ」「下衆め。ちなみに私の答えは『面白いオマケがついてくる』だ」「………そういう貴女も、かなりセコい答え方してるわね」「う、うるさいな!!」 何だかんだで二人共本気なワケですね、つまり。 まぁ、気持ちは分かる。僕だって同じ状況に放り込まれたら我武者羅になるよ。 だって二人共、物凄いやる気なんだもん。実に活き活きとしてらっしゃる。 正直今の輝夜さんと妹紅さんの姿を見ていると、まな板の上の鯉って言葉が頭の中をグルグルと回ります。 助けないけど。存分に玩具にされたら良いんじゃないかな!「それでは、正解の発表です! 阿求さんどうぞ!!」「はい、正解は『そもそも天狗饅頭は人気じゃない』でした。お二人共残念です」「おいちょっと待て、それはさすがに理不尽過ぎるだろ!?」「えっと審判、抗議を入れたいのだけど?」「うむ――問題無し!」「コラ慧音、公平な審判はどうした!?」 そんなもんハナからあるワケ無いじゃないですか。あはは。 僕達三人のニッコリ笑顔に、この大会の理不尽さを感じ取った二人はガックリと項垂れた。「それじゃ、罰ゲェェム! 阿求さん!!」「はーい。お二人への罰ゲーム、まずは軽めにコレです! ね~こ~み~み~」「軽め!?」「もちろん、語尾はにゃーでお願いしますよ?」「いきなり飛ばしてきたわね……」 もちろん、この猫耳は阿求さんの私物です。これには僕関係してないよ! ご丁寧にそれぞれの髪の色に合わせた猫耳を取り出すと、阿求さんはにこやかにそれを二人へ装着する。 ――うん、なんて言うか地味。驚くほどに地味。 多分ナチュラルボーンな猫耳キャラを知っているからだろう。もっと広く獣耳キャラで見れば、アホみたいに該当者が居るワケだしね。 外の世界では萌の代表的パーツとして見られる猫耳だけど、幻想郷だと若干珍しいだけの身体的特徴の一つに過ぎないと言う事です。 楽しそうに猫耳を装着させた阿求さんも、今は微妙な顔で二人の姿を眺めている。「なんでしょうか、このガッカリ感は。思ったよりも楽しくなかったというか」「有り体に言って拍子抜けですよね。弄る所がありそうで特に無い所が更にガッカリと言うか」「うむ、罰ゲームとしては少しばかり勢いに欠ける所があるな」「なんでこんなボロクソ言われてるんだにゃ、私ら」「ある意味、この流れが一番の罰ゲームよね……もとい、このにゃがれが一番の罰ゲームよにゃー」 我ながらボロクソ言いまくる僕と阿求さんと上白沢先生。でも実際に面白くないのだからしょうがない。 まぁ、これで終わりってワケじゃないから良いんだけどね。とりあえず、これは軽いジャブと言う事にしておこう。「よーし、それじゃ第二問いっくよー! さてはて、次はどんな格好になるのかな?」「次の罰ゲームは、もっと派手な内容にするべきですよね! 私ワクワクしてきました!!」「コイツら……完全に私らが間違える事を前提にして話してやがるにゃ」「そもそもこれって勝負にゃのかしら、私達が弄られているだけにしか思えにゃいのだけど」 まーアレです、一応正解数で競ってるから辛うじて勝負ですよ? ……罰ゲームがメインになっている事は否定しないけど。 別に意地悪でやっているワケじゃ無いんです。精神的に消耗させまくって、更なるトラブルを引き寄せないようにしているだけなんです。 変にヒートアップされても困るからね。ここでヘトヘトにしてしまえば、しばらくは大人しくしているだろうさ。〈ぶっちゃけソレ、意地悪よりもタチ悪く無いか?〉 かもね!「ふむ……妹紅にはやはり、このヒラヒラを着せるべきか。いや、輝夜殿と一緒にこっちの際どいのを?」 ちなみに、何度も言いますが上白沢先生には何の仕込みもしておりません。 一応、今回の行動の意図は伝えたけどね。ここまではしゃいでいるのは先生の素でございます。 ……思う所があったんだろうなぁ、二人の関係に。 ここぞとばかりにストレスを発散しようとする彼女の姿に、何とも言えない気分になる僕。 これも自業自得ってヤツなのだろうと、若干の哀れみを込めて妹紅さんと輝夜さんの姿をジッと見つめるのだった。 ――なお、稗田邸クイズ大会は結局、二人にどれだけ萌え属性を積めるか計るだけの催しになった事を一応お知らせしておきます。