「やっほー、てゐちゃん! 突然だけど無償で僕の手伝いをしてくれない? 語尾にウサを付けて」「ついに脳みそが腐ったか……とりあえずてゐちゃんに関わらないよう、どっかの山奥に隠遁してくれないかな」「この辛辣な口調! 自分の事しか考えてない思考!! それでこそ因幡てゐだよ!」「可哀想に、我が身を守るために心を壊してしまったんだね」「――冗談だよ。ちょっと辛辣なてゐが恋しくなる事件があってね。はい、これお土産」「ふーん、聞く気はまったく無いけどお疲れさん。しかしなんでお土産? どっか出かけてたっけ?」「ちょっと異世界に行ってきました。ちなみにその間、この世界に居たのは別世界の僕です」「わりとどうでもいい」「知ってた」「しかしそっか、となるとうどんげを情熱的に口説いていた晶は偽物だったんだね……」「ちなみに記憶は引き継がれてるから、行動を捏造しても無駄だよ」「ちっ、絞りとり損ねたか」「そもそも僕が姉弟子を口説いて、生きて帰れるワケが無いじゃないか!!」「そうでも無いと思うよ? うどんげって単純に晶の事嫌ってるワケじゃないし。……だからこそ面倒なんだけど」「でも、口説いたら殺される事に変わりは無いでしょう?」「変わんないね!」「――姉弟子はどう思います?」「――うどんげも同意見でしょ?」「目の前で平然と本人の悪口言ってるんじゃ無いわよこの性悪共! と言うか今、さらっとおかしな事を言ってなかった!?」「気のせい気のせい」「ははは、うどんげ頭でも打った?」「あ、アンタ達ねぇぇ!!」幻想郷覚書 異聞の章・参拾弐「群怪折実/私は友達がいない」「ふぅ、やはり永遠亭はこうでないと」 黒焦げになった僕は、達成感に満たされながら永遠亭の廊下を歩いていた。 ジェネシック怖いお師匠様、全力で真っ黒なてゐ、狂犬のように噛み付いてくる姉弟子。 これでこそ永遠亭だ! 嗚呼、心が落ち着くなぁ!! おらっ、魅魔様突っ込んでみろよおらぁっ。〈そこで開き直られたら、魅魔様はもう何も言えないよ……〉 ま、さすがにこんな狂った喜び方をするのは最初の内だけです。慣れたらいつも通りに戻ります。 呆れる魅魔様に言い訳をしつつ、さぁ帰るかと玄関へ向かっていると、曲がり角からニッコリ笑顔のお師匠様が現れた。「それじゃ、ついでだからいつも通りの姫様にも会いに行ってちょうだいね」 なんでこっちの思考がいきなり読まれてるんだろう。天才アバンギャルド怖い。 アリスと同じ事してるのに、受ける印象は全く違うと言う不思議。 どこまで分かってるんだろうこの人。……さすがの『僕』も、多分お師匠様の事は誤魔化せなかったのでは。「そうでも無いわよ。ふふ、まさかこの私が出し抜かれるとはねぇ」「――はい?」「違う世界の貴方は存外出来る男だったと言う事よ。……彼に有利な条件ばかり揃っていたから、完敗と言うのは少し違うけれどね」 わぁ、今僕ってば世にも珍しいお師匠様の負け惜しみを聞いてるんじゃなかろうか。 追求したら死ぬより酷い目に遭いそうだから言わないけど、それをやらかした人間がアレだと言うのは実に複雑な気分になる。「それはさておき姫様がお待ちよ。行って来なさい」「はーい、了解しましたー」 呼ばれたのなら行くしかあるまい。回れ右をした僕は、姫様のお部屋へ向かう事にした。 ちなみに、呼ばれなかったらそのまま帰るつもりでした。 正直、輝夜さんの相手は疲れるから出来るだけしたくないです。 ……微妙に、あの世界の引き篭もり姫様を引きずっていると言うのもあります。はい。 けどまぁ、ご指名を無視して帰る程あの人の事が嫌いなワケではない。むしろかなり好きだよ? 聞こえもしない内心で輝夜さんに言い訳しつつ、僕は彼女の部屋の前で足を止めた。 さて、今回はどういう挨拶で行くかな。 以前に「遊びをクリエイトだオラァ!」と言って突撃した時は大ウケしたから、アレ系統で攻めるのは有りだと思うんだけど。 ……その後で姉弟子にボコられるからなぁ。生真面目な彼女の怒りに触れないレベルのお巫山戯にしておかないと。 うーーーーん――ま、いつも通りでいっか。「輝夜さーん、遊びに来ましたよー。開けて良いですかー?」「構わないわよ、入りなさい」 ……あれ、何だか今日の輝夜さんはテンションが低い。 首を傾げながら部屋に入ると、彼女はいつもの場所に座りながら物憂げな表情で外を眺めていた。 うーん、やっぱり黙っていられると気後れするくらいに美人だよなぁ。 そんな彼女の雰囲気に押され、思わず正座する僕。うーむ、どうしたんだろうか? ――実は下らない理由に一票。「……私達が出会ってから、それなりの時間が経ったわね」「まぁ、輝夜さんの感覚からしたら微々たるモノでしょうけどね」「けれど私達は、まだまだ互いの事が分かっていないと思うの」「多分一生分からないと思います。ほら、輝夜さんってミステリアスだから」「ごほん!」 ああ、相槌は打つなって事ですね。了解。 とりあえず輝夜さんは重々しい雰囲気を保ったまま何か重要っぽい話をしたいらしいので、素直に黙って聞いている事にする。 「ねぇ、晶。お互いを理解し合うために、もっと深い関係になりましょう? ――私の『恋人』にならない?」「嫌です」 我ながら清々しい程の拒否っぷりだ。かぐや姫からの告白をバッサリとか、五人の貴族に恨まれそうな所業である。 しかし言わせて欲しい。――罠の予感しかしません、それもすっごい悪質な。 そもそも、輝夜さんが神妙って時点でまず怪しい。 姫オーラが力尽くで誤魔化しにかかってたけど、それでも誤魔化しきれないレベルの胡散臭さを匂わせている。 具体的に言う――のは止めとく、名誉毀損はマズいもんね! あはは。 〈隙間レベルに胡散臭かったよな〉 ごほん! と、とにかく!! 「何を企んでるんですか? 正直に言ってくれたら、引っかかってあげない事も無いですよ?」「一刀両断してくれたわね……少しくらい、真っ当な告白の可能性を考慮しても良いんじゃないかしら」「こんな無粋な告白が、輝夜さんの本気なワケ無いじゃないですか」 今の告白がマズいと言うつもりは無いけど、輝夜さんらしさは欠片もないと断言できる。 まぁ、それじゃあどういうのが輝夜さんらしい告白なのかと聞かれると困るのだけど……そもそも逆だと思うんだよね。 お互いを深く理解してからじゃないと、輝夜さんと恋人になる事は出来ないと思う。何しろ古風な人だし。 後、告白の仕方ももうちょっと迂遠な感じになって……いや、と言うかまず女性の方から告白って言うのがあり得ないんじゃ。 ――結論、考えれば考えるほど告白はない。絶対にない。 そんなこちらの考えを察したのか、いつもの雰囲気に戻った輝夜さんが苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んでくる。 うん、やっぱり輝夜さんはこうでないと。威圧感も無くなって一安心一安心。「通じないだろうとは思ったけど、ここまで淡白に受け止められるとは思わなかったわ。――なんだか逆に燃えてきたわね」 「……輝夜さんってさ、わりと被虐趣味な所があるよね」「失敬ね。私って基本追いかけられる立場だから、釣れない態度に弱いだけよ。今流行のちょろインってヤツね!!」「意味分かって言ってます?」「実はあんまり。そこまで詳しくは書いてなかったのよね、この本には」「そうですか、今すぐ処分してください」 輝夜さんの暇潰し用アイテムは、どうしてこう何らかの悪意に満ちているのだろうか。お師匠様達には早急に何とかして頂きたい。 と言うか、なよたけのかぐやがちょろインって……そろそろ五人の貴族が怒りのあまり蘇ってきそうな気がする。〈誰にでもチョロかったらただの馬鹿じゃないか。意中の相手にだけチョロいからちょろインって言われるんだろ?〉 酷い理屈を聞いた。あながち間違って無さそうなのが更に酷い。 しかし確かに、帝に対してはかなり甘かった様な。貴族達と同じ事してるのに何だろうねあの態度の違いは。 やっぱり権力の差かなぁ……と思ったけど、月のお姫様である輝夜さんにはあまり関係ない気がする。 だとすると、何が彼女の琴線に触れたのだろうか。なんか凄い気になるけど、追求すると地雷を踏む気がするので止めておく。「……何だか話が逸れてきたわね」「僕としては、このまま関係の無い話をし続けても良いんですけどねー」「それじゃ私が困るから、素直に企みを白状するわ。実は私、人里に行ってみたいのよ」「帰ります」 僕は即座に立ち上がって回れ右をした。危機感知センサーはここぞとばかりに鳴りまくっているし、残る理由はまず無いだろう。 逃げなくては。今すぐこの場から逃げなくては。 氷翼を展開して飛び出そうとした僕の腰に、いつの間にか接近していた輝夜さんが抱きついてくる。 くそっ、いつの間に!? ぶっちゃけそれほど重くないしパワーも無いから、振り解こうと思えば楽にできるけど。 輝夜さんを雑に扱うと後が怖いからなぁ……更に言うと、勢い余ってうっかり死なせちゃいそうだし。 なので脱出を諦め、とりあえず冷ややかな目で輝夜さんを見つめてみる。ニッコリ笑い返された。手強い人だ。「だけどえーりんったら酷いのよ。姫様一人で人里に行けるはずがない、なんて言うんだから」「実際無理じゃないですか。だって輝夜さん、一人じゃ竹林抜けられないでしょう?」「そうなのよねー。更に言うと竹林抜けた後もどうして良いか分からないし、そもそもお金を持ってないから着いても何も出来ないし」「……つまり、お師匠様の言う通りなんですね?」「現時点ではそうね。ま、仕方がないわ。経験が無いんだもの」「だから経験を積むために、僕に案内人を頼みたいと」「あら、もっと優雅に逢引のお誘いと言っても良いのよ?」「どっちにしろ断るからどうでもいいです」 自ら好んで重荷を背負う趣味は、僕にはありませんからね。 ついでに言うと、絶世の美女とデート出来るなら全てを投げ売って良いと言う潔い煩悩も無いです。 と言うか、最初の恋人発言はこの逢引に繋げるためのモノだったのか。 ……それはさすがに、自分を安売りし過ぎでしょう。「もー、酷いわね。乙女の申し出をなんだと思っているのかしら」「乙女は、人里に行きたいから恋人になろうなんて酔狂な事言いません」「別にそれだけが目的じゃ無いわ。最初に言った、お互いの事をもっと知りたいって言葉も嘘じゃないのよ?」「そうですか。嫌です」「……ねぇ、貴方って実は私の事嫌いなの?」「いえ、好きですよ。不老不死の彼女が嫌なだけです」「いくら何でもその言い草は酷くないかしら、普通に傷ついたわよ」「意思表示はハッキリしておかないと、余計なトラブルを引き込みますので。それに友達としては余裕で付き合えますから」「あれ? 私ってば今、さりげなくフラれてる?」「と言うか輝夜さんは「不老不死になっても構わない、一生を添い遂げよう!」とか言われたいんですか?」「あ、それは無理。どういう意図があっても気持ち悪い」 ですよねー、僕もそう思います。 あくまで例えの告白だから、相手の心境なんて無いのも同然なんだけど。 そういう告白をする人は、一億年くらい生きる事になっても同じ事を言えるのだろうか。 ……正直、輝夜さんの不老不死がどれほどのモノなのか僕には分からない。 実は一万年くらいで不死じゃなくなってポックリ死ぬ可能性も、世界が終わってもなお死ねない可能性もあるワケだし。 ただ少なくとも、彼女と添い遂げるっていう言葉の意味は分かっている。 それは比喩でなく、本当に気が狂うような長い時間を輝夜さんと共にするって事だ。 ――うん、それを理解せず言ってるなら死ぬほどタチ悪いし、分かってて言ってるならすっごい気持ち悪いね。「まぁ、晶みたいに「不老不死なんて絶対にゴメンだ」って言ってた子がそう言ってくれるなら、ときめかない事も無いけどね」「そんな事言うくらいなら、生身のまま輝夜さんに嫁いで残りの人生を玩具にされる事を選びますよ」「え、本当に? ならちょっと永琳呼んで祝言の準備させるわね」「いや、しませんから。残りの時間全てを投げ捨てる程、僕はまだ人生に絶望していませんので」「本当に歯に衣を着せない言い方するわねー。……でもそういう、真剣に考えた末の拒絶は嫌いでないわよ?」 ずっとしがみついていた腰から離れた輝夜さんが、今度は背中に負ぶさる形で僕に抱きついてくる。 僕の肩に顎を乗せて、ニヤニヤ笑いつつ僕の頬をつつく輝夜さん。 正直、今日の暴言はかなり洒落になっていない部類のモノがチラホラあったと思うのだけど。 ……なんでこの人、好感度が下がるどころか上がってるんだろうか。まさか本当にマゾだったりするのかな。「む、なんだか失礼な事を考えている気配」「いえ、大した事じゃ無いですよ。これだけ言われたい放題されて喜んでる輝夜さんは、ガチの変態なんじゃないだろうかと思っただけで」「さすがに怒るわよ? あれだけ言われて不愉快に思ってないはずが無いじゃないの、うりうり」 そう言いつつ、突いていた頬を抓る輝夜さん。 軽い口調とは裏腹にかなりの力が篭っていたのは、彼女の言う通り怒っているからなのか。 けどまぁ、普通はそういう反応になるよね。……そのわりには、やっぱり喜びの感情の方が強いみたいだけど。「正直さに免じてあげてるのよ。それに、友達としては余裕で付き合えるんでしょう?」「まぁ、僕の器じゃ受け止めきれないってのが拒否の理由ですからね。話したり遊んだりするのは別に……」「晶のそういう姿勢が私は好きなの。兎達とも永琳とも違う立ち位置に居る人間――私にとっては、貴方が初めての友人かもしれないわね」「それはまぁ、なんというか光栄なお話ですね」「うふふ、でしょー?」 頬に抓っていた腕を首に回し、輝夜さんは更に僕との密着度を上げてきた。 ……初めての友達か。軽い言い回しだけど、やたら重い台詞だなぁ。本人にその意図は無いんだろうけど。 まぁ、何しろ箱入りの姫で犯罪者で不老不死だ。友達がもっとも縁遠い存在になってしまうのは仕方のない事だろう。 と言うか、改めて考えると凄いね輝夜さん。いくら何でも属性詰め込みすぎだと思う。〈少年は鏡を見ろ〉 何を言っているのかさっぱり分かりませんな。「それじゃあ晶、友人としてお願いするわ。一緒に人里で遊びましょう?」「嫌です」 そして再びバッサリである。自分で言うのも何だけど容赦が無さ過ぎる。 いやだけど、言い方変わっただけで内容はそのまんまだよね。負担も変わらずそのまんまだよね。 だから無理だし嫌です。僕はノーと言える日本人! ただし命令された場合を除く。「もー、少しくらいは考えようとしなさいよー。付き合ってくれたら色々ご奉仕もしてあげるわよ?」「絶対に嫌です」「この意地っ張りさんめ。ふふふ、やっぱり燃えてきたわ。意地でも付き合って貰うわね」 しかし諦めない輝夜さん。この人のバイタリティは一体どこから湧いて出てくるのだろうか。 僕の顔を弄りながらしつこくお願いしてくる輝夜さんの言葉を聞き流しながら、僕は逃げ出す算段を必死に考えるのだった。