「紫様、大変です!」「んー……今、眠いから後でー」「そんな事を言っている場合ですか! 今、凄まじい魔力の光が放たれて――」「知ってる知ってる。それは無視で良いわよ」「無視!? あんな出鱈目な攻撃魔法を使える存在をですか!?」「だってアレ、晶だもの」「――――あー、あれは晶殿だったのか」「正確に言うと少し違うのだけどね。撃ったのは晶だから、貴女はそう認識していれば良いわ」「晶殿は、いつから魔法が使えるように?」「使えないわよー。単に、技と力を借りてるだけね」「はぁ、つまり……どういう事なのですか?」「放置しておきなさいって事よ。今更悪さはしないだろうし、晶が舵をしっかりとっているみたいだから平気でしょう」「は、はぁ……」「それじゃ、私は寝るわね。当分異変も起きないでしょうから絶対に起こさないで」「紫様、ここの所ずっと寝ていますね。どうしたんですか? 晶殿にも会いに行ってないみたいですし」「……まだちょっと引きずってるのよ」「……本当に、何の話なんですか?」幻想郷覚書 異聞の章・参拾壱「群怪折実/I Believe」「燃えた……燃え尽きたよ……真っ白にな…………」 せっかく勝ってたのに、出さんでいい全力を出してぶっ倒れてしまいました。どうも、バカこと久遠晶です。 それでも意識を失わなくなったのは成長と言えるのか。まぁ、靈異面解除された上に指一本動かせない状態なんだけど。 あー、大地の冷たさが気持ちいいなぁ。このままずっと倒れていたい。「――さて、どこからツッコミを入れてやろうかしら」「…………ボクハモエツキテマスヨー」 起き上がったら殺られる。確実に殺られる。 うつ伏せになった状態だと足元しか見えないのだけど、それでも今のアリスがどんな顔をしているのかは分かってしまう。 あ、メディスンさん静かに祈らないでください。まだ死んでませんから僕。 ――数分後に死ぬかもしれないけども! まだだ! まだ希望を失ってはいけない!! アリスなら……それでもアリスなら……。「とりあえず、過剰な力でゴリアテをボロボロにしてくれた事に関する言い訳はあるかしら」「ははは……無いでーす」「まぁ、貴方ならこういう事もやらかすと思っていたけど……はっきり言ってやり過ぎよ」「えっと、具体的にどんな感じになってるの? 今僕、顔を動かす事も難しい状況なんだけど」 「良いわよ、見せてあげる。――えい」「おごっ!?」 思いっきり顔蹴られた! やっぱり怒って――いや、これはいつも通りか。 とりあえず向きは変わったので、視線を動かしてゴリアテちゃんの姿を探してみる。 あ、居た。……ってうわぁ、想像していたよりも遥かに酷い事になってた。 一言で言うと焼死体。なまじっか人体に近い構造をしていたせいで、黒焦げになった姿がダメな意味でリアル過ぎる。 と言うか、アレは本当にゴリアテちゃんなのだろうか。 完全に個人を特定する要素が除外されているせいで、パッと見誰だか分からないんだけど。「……この大きさで、見間違えるワケが無いでしょうが」「ですよねー。いやほんと、申し訳ありません」 さすがにコレはやり過ぎだったと思います。言い訳不能な程オーバーキルしてマジすいません。 うう、ゴリアテちゃん。仲良く殺し合っていた君が、まさかこんな事になるなんて……。〈殺し合っていた相手なんだから、こうなるのはむしろ自明の理だろ〉 はは、魅魔様は不思議な事をおっしゃいますね。「ま、基礎部分は無事みたいだから修繕は出来ると思うけどね。……魔理沙対策で対魔法防御を施していたのにこうなるとは思わなかったわ」「……対策してたんだ、魔法攻撃」「当然じゃない。――それで、いつ頃から魅魔と契約を結んだのよ」「ほへ? アリス、魅魔様の事知ってるの?」「もちろん知ってるわよ。神綺様と魅魔、二人の関係から察しがつくでしょう?」 確かに、よくよく考えるとそう不思議な話でも無いのか。 神綺さんと魅魔様が知り合いなら、娘のアリスだって面識があると考えるのが普通だろうし。 ……まぁ、それでも靈異面と魅魔様が即座にイコールで繋がるのは難しいと思うけど。そこらへんはさすがのアリスとしておこう。 しかしそっか、アリスと魅魔様は知り合いなのか。……どんな関係だったんだろう、かなり気になりますね。〈そうさねー……アリスがあたしのメイドだった事もあったかな〉 何その話、詳しく聞きたい。〈昔のアリスは、魔理沙とは違った意味で尖ってたのさ〉 なんで尖った結果がメイド!? アレかな、メイドに何かクレバーかつロックな要素を見出したのかな。 例えばこう――うん、そんな要素は何一つ思いつかないね。分かんない、昔のアリスさんの考えがさっぱり理解出来ないです。〈いや、そんなアリスを私が凹ませてメイドにしてやったのさ〉 ……なんだ、ただの自慢話か。真面目に聞いて損した。〈露骨に興味失い過ぎだろ! もっと魅魔様の話に興味を持てよ!!〉 だってアリスが自発的になったんじゃなくて、魅魔様が無理やりメイドさせたんでしょう? それはそれで屈辱の歴史っぽいけど、僕が望んでいる話とは少し違うのです。 もっと具体的に言うと――アリスが地団駄踏みまくるくらい恥ずかしい話が聞きたい。「邪悪な気配がしたわ」「オジキノカタキジャー」「もくれんっ!?」 そんな僕の邪念を、きっちり読んで上海をけしかけてくるアリスさん。さすがです。 っていうか叔父だったのかゴリアテちゃん。どう考えても、上海の方が先に生まれてる気がするんだけど。「くだらない事考えてないで、私の質問に答えなさいよ。次は目を狙うわよ」「具体的すぎて怖い! あ、いや、ちょっと魅魔様に相談してて」「雑談だった上に、途中から話してすらいなかったと私は見ているのだけど」「……アリスさんって、絶対読心術とか使えるよね」「出来るワケないじゃない。ほら、さっさと説明なさい」 絶対出来てるって。もうアリスの前で迂闊な事は考えられないなー。 肩を竦めつつ、とりあえず地霊異変で起きた魅魔様との遭遇を彼女に説明した。 無言で話を聞いていたアリスは、最後まで聞き終えると――仏の様な笑みを浮かべて僕を見つめてくる。 あ、止めて。その優しさと慈愛に満ち溢れた全てを受け止める笑顔はほんと止めて。「ふふ、晶ったらお転婆さんね」「ぎゃー! 許して!! 僕が悪かったから、優しい言葉をかけないでー!」「アリスが満面の笑みを浮かべて、それを見た晶がのたうち回ってる……」〈少年、もうそれ何かのプレイだろ〉 僕だってネタでやってるワケじゃ無いわい! チクショウ、アリスめ的確に僕がされると嫌な事をしてきやがる。 全力で転がってアリスから逃げ出した僕が息も絶え絶えになったのは、体力不足のせいだけではあるまいて。 そんな僕の大惨事な姿を存分に眺めたアリスさんは、いつも通りのクールビューティな彼女に戻ってやれやれと肩を竦めた。「さて、晶で遊ぶのはこれくらいにしておきましょうか」「ほにゃ? お、怒ってないの?」「私に逐一報告する義務なんてそもそも無いのだから、それで怒るのは筋違いってモノよ。……気分は良くないけどね」「あ、あはは……」「それによくよく思い返すと、完全に黙っていたってワケでも無かったのよね。以前にチラッとだけ悪霊の話をしていたワケだし」「ああ、神綺さんと繋がってるってアリスに伝えた時の話だね」「まぁ晶の事だから、追求しなければそこから一言も喋らなかったでしょうけど」「てへぺろ☆」 すいません、それは性分です。 そんな思いを込めて可愛らしく笑ってみたら、お返しにと慈愛の笑みを浮かべられた。 うん、寝転がってる状態だからスムーズに土下座に移行できるね! ……アリスさんがついにツッコミでも柔の技を使い始めたよ。どうしよう。「それにしても『靈異面』か。……ねぇ、一つ聞いていいかしら?」「なんでせう?」「――さっきのアレって、神綺様のバージョンもあったりするのかしら」 あ、コレ殺されるパターンだ。 今までとは明らかに質の違う笑顔で、静かに上海を構えるアリスさん。 ここで「あるよー、怪綺面って言ってねー」とか素直に話したら、間違いなく酷い目に遭わされてしまう事だろう。〈大丈夫よ。私が力を貸しているのは、きちんとした契約に基づいた結果なのだし〉 神綺さん関係の話だと、アリスの沸点は一気に低くなるからなぁ。 まぁ、力があり過ぎて些細な協力でもエラい事になってしまう神綺さんの凄まじさを知ってれば、アリスの気持ちも分かるけど。「ぶっちゃけアリス、若干マザコンのケがあるよね」「まず質問に答えなさいよ、この馬鹿」「でぎま゛ずっ!?」「晶、結構余裕があるねー」 何だかんだで、アリスのツッコミには愛があるからね! 華麗な上海からのエルボードロップを喰らった僕は、身体をくの字に曲げつつ質問に答えた。 うーん、腰骨を狙われるとさすがに辛い。と言うか上海さん意外と重い。見た目に反して打撃が超重たいです。「オトメニソンナコトイウナー」「あ、すいません。そう言うつもりじゃ」「阿呆な事言ってないでさっさと立ちなさい。そろそろ立てる程度には回復しているはずよ」「……僕より僕の事に詳しいって、ほんとどうなんですかアリスさん」「貴方が自分を知らなさ過ぎるんでしょう」「もう起きれたんだー。やっぱり晶は復活早いね! 妖精みたい」 いやいや、単なるスタミナ切れだから。このくらいなら普通の人だって同じように回復してたよ。 ついでに言うと、立つだけで精一杯でソレ以上の事は何も出来ません。 まさしく生まれたての子馬状態。もう二度と、チャージしてない状態でトワイライトスパークは使わないよ……。 そんな僕の有様を見て、アリスは何度目かになる溜息を吐き出した。 「ったく、次から次へと……どうして素直に喜ばせてくれないのかしら。コイツは」「喜ぶって……何を?」 ゴリアテちゃんの完成――では確実にあるまいて。 たった今焼死体になった所だし、それを差し引いてもゴリアテちゃんの完成度は高いと言い難い。 基本スペックは非常に高いけれど、それだけでしか無いんだよねー。 単なる戦闘用の道具として用いるなら、アレで良いのかもしれないけれど。 アリスの求める『人形』としては足りないものだらけだ。少なくとも彼女が、このゴリアテちゃんで満足する事は無いだろう。 となると、アリスの言う「喜ぶ」事とは……何だろうね?「決まってるじゃない。貴方が、自分自身を信じた事をよ」「えっ、そんな事!?」「その『そんな事』が、今まで出来てなかったんでしょうが」「う、うぐぅ……」「別に責めてるワケじゃないわよ、貴方はそういう人間なのだし。――だからこそ意味と、そして価値があったんじゃない」 他に手段が無かったワケでも無く、誰かに命令されたワケでも無い。 ただ、自分なら出来ると信じたからこそ選んだ道。 それは間違いなく誇るべき選択であると、アリスは優しく微笑んで言ってくれた。「その一歩はきっと、久遠晶が前に進むために必要な一歩よ。どう活かすかはこれからの貴方次第だけど……とりあえず親友として、祝福はしてあげるわね」「――あ、ありずぅー!」 感極まった僕は、疲れきった身体にムチを打ってアリスに抱きつこうとした。 それを察知して回避しようとするアリス。――の動きを更に予測した僕は、無理矢理軌道を変えて彼女に抱きつく。「このっ、体力空っぽの癖に無駄な元気を発揮して!」「もう搾取されるだけの立場で良いから、僕といっしょに幸せな家庭を築いてくださいお願いします! 二号さんで良いから!!」「アンタみたいに死ぬほど面倒な二号を囲う程、酔狂な性格していないわよ! あーもう、懐くな頬擦りするな抱きつくな!!」「いーなー、私もアリスに抱きつきたい」「こんな馬鹿の真似なんてしないの! 晶も、テンション上がるとスキンシップが増えるその悪癖を何とかしなさい!!」「アリスってたまに母親みたいな事言うよね」「言うよねー」「その体勢で和んでるんじゃないわよ!!」「おろごんっ!?」 くるりと世界が一回転し、顔面から地面に叩きつけられる僕。 明確な首の骨狙いの一撃である。もー、アリスさんってばお茶目さんなんだから。 ――さすがの僕でも、首が折れたら死ぬんだよ?「折れないから大丈夫よ。貴方だって、自分がどの程度耐えられるかは感覚で理解してるんでしょう?」「絶対に僕自身より、アリスの方が僕の事を分かってると思います」「はいはい、面白い面白い」 ……本人こう言ってますけど、神綺さんどう思いますか?〈二人がとっても仲良しで、ママすっごく嬉しいわー〉〈こんなドン引き確定の漫才見て、出てきた感想それだけかよ。魅魔様はそんな神綺が怖いわ〉 僕もちょっと引きました。神綺さんは魔界のように広い心を持ってるなぁ。〈ふふ、ありがとう。でも晶ちゃん、二号さんなんて不健全な事言っちゃダメよ?〉 大丈夫です、さすがに本気じゃ無いですから。〈……本当かい? その割には、かなりマジっぽい言い方だったけど?〉 少なくとも二割は冗談です。〈八割本気の可能性があるのかよ!〉〈それなら晶ちゃん、いっそアリスちゃんのお嫁さんになっちゃう? 私は大歓迎なんだけど……〉 その言葉、絶対アリスには言わないでくださいね。 親友殺しの咎を、可愛い愛娘に負わせたくは無いでしょう? 〈晶ちゃんは照れ屋さんねー〉 ……いやまぁ、もうそれで良いです。〈天然ってコワイ。魅魔様は今更ながら学習したよ〉 僕もです。そしてアリスがマザコン気味になるのも仕方ないなぁと思いました。まる。 神綺さんの恐るべきフィルター具合に戦慄した僕は、首を抑えながらゆっくりと立ち上がろうと……立ち上が……あれ? あの、アリスさん? そこを掴まれると僕は立ち上がれないんですけど? と言うか、なんか手足に捻りが加わって若干痛くなってきたような? あれ?「あのー、アリス? 出来れば手を離してほしいんですけどー」「あら、おかしな事を言うのね。手を離したら貴方が自由になっちゃうじゃない」「はぇあ?」 それはどういう意味なのか。問いかける前に、アリスが身体を動かして僕の身体を思いっきり捻った。 い、痛い! それは普通に痛いですよアリスさん!! そんなこちらの訴えにニッコリ笑顔を返す我が親友。 気のせいでなければその表情には、たっぷりの怒りが込められている様な気がする。えっ?「ちなみに忘れているようだから教えるけど――面変化の話、私は許す気も聞き逃す気も無いわよ?」「――あっ」 優しいし人情味もあるけど、締める所はきっちり締める。 そんなしっかり者のアリスさんに締めあげられながら、僕は自分の世界に帰ってきた事を改めて実感するのだった。 ――まぁ、そんな余裕があったのも最初のウチだけだったけどね! ……生かさず殺さずって一番タチが悪いよ、うん。