〈晶ちゃん、大丈夫だった?〉「あ、神綺さん。ようやく繋がったみたいですね」〈良かったー。心配したのよ? 晶ちゃん突然居なくなっちゃったから〉「にはは、ご迷惑おかけしました。ちょっと異世界に行ってまして」〈あらあら、大変だったのね。――それって、魅魔が落ち込んでいる事と何か関係しているのかしら〉「関係あるよーな、無いよーな」〈ぐすん、魅魔様あんな屈辱初めてだよ……〉「まぁ、無視してください。僕も面倒なんで放置する事にしてます」〈いやいや、慰めろよそこは!!〉「んな事言われても、何を言えば良いんですか」〈魅魔様は今、優しい言葉に飢えている!〉「がんばれ」〈適当だなオイ!?〉〈ふふふ、どうやら問題は無いみたいね〉〈神綺も少しは魅魔様を気遣えよ!〉〈大丈夫でしょう、魅魔だし〉「ですよねー、魅魔様だし」〈魅魔様だってな、しまいには本気で泣くんだぞー?〉「へーきへーき、そういう弱音が出るウチはまだ大丈夫だって。僕もそうだし」〈……そういう言葉を実感込めて言うのは止めろって。悲しくなるから〉幻想郷覚書 異聞の章・弐拾玖「群怪折実/あたっく・おん・ごりあて」 どうも、帰ってきた久遠晶です。 久しぶりのアリス宅でテンション上がりまくった結果、表に出ろ言われてしまいました。 やり過ぎちゃったね! あはは――これはヤバい。「じゃ、行くわよ。貴方がミンチになったら終了で良いわね」「ちっとも良くないデス! せめてお慈悲を!! もう少しだけお慈悲を!」「じゃあ、晶を半殺しにしたら終了で良いわ」「……そこらへんが妥当な所か」「私あんまり頭良くないけど、今のが妥当で無い事は分かるよ」 僕もそう思う。でも、あんまり高望みしてもしょうがないと思うんだ! まぁ、アリスなら何だかんだで最低限の無事は保証してくれるんだろーなとは思ってます。 丸一日寝こむくらいで済めば御の字かな! あ、それでも無傷で帰れるとは思っておりません。「安心なさい。きっちり半日寝込む程度で済ませてあげるから」「さっすがアリスさん、優しい!」「やさ……しい……?」 メディスンさん、今日はツッコミキツいっすね。アリスが微妙に顔引きつらせてますよ。 しかしそこはさすがクールな都会派魔法使い(大爆笑)である。何とかそれだけで持ちこたえると、小さく深呼吸して態勢を整えた。「ま、実際どうなるかは私にも分からないわ。そこらへんを見る為のテストだもの」「人形と戦う、んだよね? つまり――本体狙いはすんなって事かな?」「もちろんそういう意図もあるわよ。貴方は釘刺しとかないと、容赦なく私狙ったり操作する糸を狙ったりするからね」「えっ、普通はそういう発想にならない?」「あのね、稼働テストでいきなり特殊例ぶち当ててどうするのよ」 なるほど、実にごもっともなご指摘である。 ……実はサードアイが覚醒してから、アリスの‘糸’も見えるようになったんだよねー。 だから最終手段として、ソレを神剣でぶった切るってのも考えてたんだけど。 さすがに見破られてたかー。いや、アリスさんの言うとおり最初のテストは素直に試すべきだと思うんですけどね? 「可能な限りで良いから真っ当に戦いなさいよ? この人形と‘真正面から’やりあえるヤツって、多分そんなに居ないんだから」「えっ、どういう事?」 問いへの答えとして、アリスは指を小さく動かした。 その指先についた糸が軽く揺れるのと同時に、アリスの家の後方で何かが炸裂する音が聞こえてくる。 同時に空中へ飛び出した‘何か’、それは糸に引き寄せられる形で僕の目の前へと着陸した。 大地が揺れ、突然現れた「小山」が僕の身体を影で覆う。 全長は……六メートル程だろうか。外見はまんま上海だが、巨大化しているせいで威圧感が半端じゃない。 両手にそれぞれ持っている両刃の剣も、巨大上海に合わせているから凄まじいサイズになっている。 かの大剣ドラゴンころしってこんなサイズだったんだろうなぁ。等と現実逃避してみたり。 いや、えっと、何これ?『ご~り~あ~て~』「これが私の新作人形、ゴリアテよ。なかなか面白い子でしょう」「……華蝶大鉄人のパクリ?」「違うわよ! 某仮面のヒーローが出す前から構想はしてたの!!」「だけど、微妙に影響を受けた感じが端々からしますが」 アリスの作る人形は、基本に忠実で奇をてらったモノは少ない。 しかしこの人形は、見た目の巨大さもそうだけど見た感じの構造なんかも普通と違っている。かなりの実験作だ。 で、気のせいでなければその中には微妙に大鉄人の技術が流用されている様な。 とりあえず目で訴えてみる。逸らされた。「お、オマージュだから。あくまでもオマージュだから」「ありっさん、その言い訳はみっともない」 アレが参考になったなら素直にそういえば良いのに。素直じゃないなぁ、アリスさんは。 ――いや、僕らと華蝶仮面には何の関係も無いんですけどね? 「ひょっとしてアリスも、人形華蝶のファンなの!?」「さぁ、この話題が続かないようにさっさと勝負を始めるわよ。今すぐに」「あーうん、了解です」 とりあえず魔法の鎧を展開し、軽いステップを踏みながら距離を計る。 幻想郷に来てから色んな妖怪と戦ってきたが、ここまでサイズ差がある相手は初めてだ。 スピードは未知数だけど、パワーの面では確実に勝負になるまい。アリスはああ言ったけど真正面から受けたら確実にミンチになる。 マスパくらいじゃ焼け石に水だろうしなぁ。無難に関節を狙って行動不能に追い込むかな? とりあえず相手の初手を見るため剣の射程外まで離れた僕に――次の瞬間、横薙ぎの一閃が襲いかかってきた。『こ~~げ~き~』「――ひぁぉうゃ!?」 足鎧の気を増幅し、高く跳躍する事で何とかその一撃を回避する。 更に氷で空中に足場を作った僕は、それを蹴飛ばしてゴリアテちゃんから大きく離れた。 とは言え、この距離でも彼女は一瞬で詰めてくる事だろう。 ……まさかなぁ、スピードの方ですら互角だとは。この展開は予想してなかった。 物体は、大きくなればなるほど速く動かすのに相応のエネルギーが必要になる。 あのサイズで僕と同じ速度の移動を可能にする為には、何倍――下手すりゃ何十倍の力が要るはずだ。 だと言うのに、平然と意味分からない加速と停止を実行するゴリアテちゃん。さすがアリスの最新作だ馬鹿じゃなかろうか。「うぐぅ……人形って、こんなに速く動けるもんなの?」「人形では無理ね。だからゴリアテは、人形でなく人体に近い構造をしてるのよ」「えっ、つまりこの子は生身!? フレッシュゴーレムってヤツですか!?」「違う!! 再現してるのは構造だけで、材料は他の人形と同じモノよ。ちなみに内蔵の類も無いからね」「つまり脳みそまで筋肉で出来てるって事だね!」「デッドウェイトを増やすような真似はしていないわ。人形として不要な部分は削ってあるわよ、可能な限り軽量化もしているし」「なるほど、頭は空っぽなのか……」「合ってるけど、その言い方は止めなさい!」 こちらの愚痴に対し、即座に律儀な解説を入れてくれるアリスさん。 きっと説明したくてウズウズしてたに違いあるまい。アリスってばそういう所お子ちゃまだよね。「――ゴリアテ」『あ~た~~く~』「のっひょぇあ!?」 僕を粉々にせんとする一撃が、勢い良く振り下ろされる。……ツッコミにしてはキツ過ぎやしませんかね。 それを今度は後ろへ跳ぶ形で回避すると、僕は隙の出来た腕に向かって地面から形成した氷柱を伸ばしてぶつけてやった。 が、それはほんの少しだけ腕を揺らしただけで、さしたる成果を上げる事は無い。 完全にパワー不足です。最高速のスピードで、氷柱その物もかなり強化したんだけど――純粋な質量の差には勝てなかったかぁ。 もっとスピードと、後は重量が必要だね。だとすると……良し!「っと、そろそろ来るか……ゴリアテ!」『が~ん~ば~る~』 アリスが指を動かすと同時に、ゴリアテちゃんの動きが変わった。 両足を肩幅まで開き、こちらに対する迎撃の態勢を取る。 まだ何もしていないのに、なんでこっちが何かしようとしているのだと察したのだろうか。 アリスさん、最早さとりんと同レベルの読心術を手に入れてません? 僕限定で。 ――とは言えまぁ、それくらいの反応はこっちだって想定内です。 本人がフォローに入るならともかく、ゴリアテちゃん単体だけなら何とかならない事は無い。 戦うにあたっての貴重なヒントも貰ったしね。――と言うワケで。「行っくよ! ブースト全開!!」 僕は右手と両足でバランスを取るレベルの前傾姿勢から、手足の気を増幅して一気に駆け出した。 ゴリアテちゃんのパワーとスピードは厄介だけど、その巨大さはそれほど脅威でも無い。 いや、大きいってだけで死ぬほど面倒なんだけどね? 人形遣いアリスの真骨頂、正確で緻密な人形捌きにはやや陰りが見られるのだ。 ましてやゴリアテちゃんが振るうのは長剣による二刀流、如何に速かろうが正確だろうが隙は必ず出来る。 僕は地面すれすれの低空を滑るようにして、ゴリアテちゃんの剣を避けつつ両足の合間をくぐり抜けた。 ゴリアテちゃんはロングスカートだけど、身体が大きい分その下の空白も大きい。 おかげでうっかりスカートに引っかかる事も無く、僕はゴリアテちゃんの背後に回る事が出来た。「あー、晶がゴリアテのスカート下覗いたー! えっちー」「失敬な! 全力移動中の僕に、そんな器用な真似が出来るはず無いでしょう!!」「……何の自慢にもならないわよ」 うん、知ってる。だけど実際に見えないんだから仕方ない。 と言うかそもそも、人形のスカート下って基本的にドロワーズなんでしょ? 外の世界の常識に囚われてる僕には、ドロワーズを下着と認識する事は出来ないんですけど アレだよ、スカートの下にジャージ履いてる女子高生と同じだよ。 ぶっちゃけズボンにしか見えない――んん? いや、待てよ? つまりそれって、ジャージの下に何も履いてないと言う事になるのでは。何その高等なプレイ。「――ゴリアテ」『い~や~~ん~』 違いますアリスさん! 今のにエロい意図は無かったんです!! 純粋な感想だったんです! 何かを察したアリスさんの冷たい声で振り返ったゴリアテちゃんが、容赦なく二刀の剣を振り回してくる。 しまった、せっかくのチャンスをアホな事に消費してしまった。 再び距離を取り連撃を回避した僕は、頭を軽く小突いて気持ちを切り替える。 いくら何でも、同じやり方が通用する相手では無いだろう。ならば今度は――!「氷翼展開! 空から行くよ!!」「気をつけてアリス! 晶の事だから、飛ぶフリして走ったりとかするよ絶対!!」「コイツはそういう判断を読んだ上で裏をかくから、手段にヤマを貼るのは逆に危険よ。狙いだけ把握しておけば問題ないわ」 アリスさん理解力高すぎぃ! 正直、もうアリスとのガチ勝負で勝てる気がしませんです。 とはいえ、アリスの手札が少ない現状ではそれほど気にする事でも無い。 彼女が分かっていたとしても、ゴリアテちゃんが対応出来なければ結果は一緒なのだ。 僕は大きく翼を広げ、最大加速でゴリアテちゃんに向かって突っ込んで行った。 「更に足場をばら撒いてぇ――必殺! 人間ピンボール!!」 高速飛翔しながら、氷の足場を使って方向転換を繰り返す。 と言っても、臨機応変に進路を変更できるほど僕は器用じゃない。 適当に用意したフリをしているが、どう動くかは予め決めていたのです。「甘いわね。ゴリアテ!!」『げ~げ~き~~』 そんなこちらの考えを見透かすように、ゴリアテちゃんが双剣を振り回す。 的確に剣で使うつもりだった氷の足場を砕き、その風圧で残った足場も吹き飛ばしていく。 さすがアリス、こっちの狙いを確実に見抜いているなぁ。 ……まぁ、これ見よがしに背後を取ったのだから、そりゃ警戒されて当然だよねー。 なら、こっちもプランBに変更だ! 残っていた適当な足場を蹴り飛ばして、僕はゴリアテちゃんの衿腰が視界に入る位置へと移動した。「当たるも八卦、当たらぬも八卦! 行っけ三叉錠!!」 ポケットから取り出したアンカーを、ゴリアテちゃん目掛けて射出する。 本当は確実に当てるため、真後ろから撃ちたかったんだけどね。 何しろゴリアテちゃんには驚異的なスピードがある。射出速度はわりと並な三叉錠では、多分……。「ゴリアテ、避けなさい!」『よ~け~る~』「やっぱり! アリスなら、そう来ると思ってたよ!!」 いや、剣で弾かれる可能性も十分あり得たけどね? そこはまぁ結果オーライという事で。 とにかく想定通りの行動をとった以上、こっちも次の手を打つまでだ。 僕は破壊された氷の破片を風で操り、鎖にぶつけてその方向性を変化させる。 そうして三回ほど鎖の向きを曲げた所で、三叉錠の先端はゴリアテちゃんの襟を掴んでくれた。「よしっ、ゲットォ!!」「くっ、しまった!」 先端が服をしっかり掴んだ事を確認した僕は、氷翼を解除し鎖を巻き取っていく。 ゴリアテちゃんの構造が人体に近いと言う事はつまり、動きの制限も人体に準ずるという事だ。 つまり、背中に取り付かれると攻撃が届かない。単純だけど意外と見逃せない欠点が存在しているのである。 彼女の武器は双剣だから尚更だねー。武器を離せばまだ対処は可能だけど、それはそれでオイシイ隙を僕に与える事になるワケだし。 そうなると、アリスが次に取る行動は……。「ゴリアテ、振りほどいて!!」 鎖が伸びている内に、激しく身体を揺さぶって僕を振り解こうとする――ビンゴだね! それこそがまさに、僕の望んでいた展開でしたともさ!! 僕は巻き取っていた鎖を一気に伸ばし、勢い良くゴリアテちゃんに振り回される。 身体が吹っ飛びそうな勢いだけど、耐えられない程じゃない。 最高速まで加速した所で、僕は鎖を巻き取りながら自分の身体より倍近く大きな氷塊を形成した。 これでスピードも威力も十分! 最後に三叉錠のロックを外して、僕は氷塊をゴリアテちゃんに叩きつける。 ぶつけた氷塊は派手に砕けてしまったが、ゴリアテちゃんも同じくらい勢い良く吹っ飛び地面へと倒れこんでいった。「どうだ! 名づけて、アイシクル因・果・応・報!!」「名称が思いつかない時にとりあえず『アイシクル何とか』にする癖は、そろそろ改めた方が良いわよ?」「アリスさんクールっすね。他に言うべき事とか無いんですか?」「無いわよ」 断言である。あのー、一応僕の作戦が成功したと思うんですが、その点に関してはコメント無しっすか? こちらの疑問を察していたのか、ニヤリと笑ったアリスは軽く指を動かした。 次の瞬間、倒れていたゴリアテちゃんが勢い良く立ち上がる。 あれだけの一撃を喰らったはずの彼女は、傷らしい傷のない姿で平然と双剣を構えてみせた。「――残念だけど、防御力もあるのよ。この子はね」 自慢気に語るアリスさん、ある意味コレは親馬鹿である気がする。 あまりといえばあまりの結果に戦意を削がれながら、僕はそんなどうでも良い事を考えるのだった。 ――純粋に高スペックなだけの相手って、下手な特殊能力持ちより厄介だよね。対処法が無い所が特に。