「お、おはようございまーす」「おはよう、幽香と文は出かけてるわよ。朝食は私と貴方の二人だけね」「あはは……そうですか」「さ、紅茶をどうぞ」「はは、いただきま――にっがぁ!?」「……ふぅ、虚しいわ」「ミルクと砂糖が入っているのにこの渋さ……紫ねーさま、どんだけ煮出したんですか!?」「私の今の思いをギュッと込めたらそうなったの。諦めて飲み干してね」「…………本当に気付いてなかったんですね、ねーさま」「さ、ついでだからこの食べると必ず歯に残るクッキーも食べなさい」「絶妙な嫌がらせ! だけど、どっちもマズくは無いし食べれない事も無いんだよなぁ……」「とりあえず全部食べようとする貴方がわりと好きよ。意地の悪い貴方は嫌いだけど」「僕に関係無い僕の事で不機嫌になられても困ります!!」「分かってるわ。だから八つ当たりはコレで終わり、後はいつもの優しい紫ねーさまに戻るわよ」「……わぁ、本当に未来の僕が言った通りの行動だぁ」「クッキー追加するわね」「身から出た錆!?」幻想郷覚書 異聞の章・弐拾捌「群怪折実/君はともだち(仮)」「ふぁ……ようやく出来たわ。ちょっと気合を入れ過ぎたかしらね」「わー、綺麗ー」 最後の仕上げを終えた私は、出来上がった服を朝日に掲げその出来栄えを確認した。 うん、徹夜した価値はあったわね。するつもりは無かったし、もっと簡単な服で済ますつもりだったけど。 メディスンがせっかく、「アリスの作った服を着たい」ってお願いしてきたんだもの。出来るだけ良い服を作ってあげないと。 ……最近、どこぞの姉とかどこぞの馬鹿とかを笑えなくなってきたわね。気をつけましょう。「ねっ、ねっ、着てみて良い!?」「んー……ゴメン、少し待って。出来れば休憩してからもう一度、問題が無いか確認したいから」「うん、大丈夫だよ。アリスは昨日からずっと休まず働いていたから、私も先に寝た方が良いと思う!」「ありがと。とりあえず、ゆっくりと仮眠を取りた――」 ふと、妙な胸騒ぎを感じた。 理論と理屈で動く魔法使いにあるまじき話だが、何の根拠もない勘のようなモノが働いたのだ。 そして‘ソレ’に従うべきだと、冷静な魔法使いの部分も賛同しているのである。 故に私は上海を連れ、勘の導くままに玄関から外へと出た。 不思議そうな顔で後に続くメディスンへの説明も後に回して、私は上海を前方へと掲げる。 そのまま耳を澄ませ、周囲の音に意識を集中させた私は――風を切る音が聞こえると同時に上海を動かした。「あっりすすわぁ――」「上海!!」「ダイセツザンオロシジャーイ」「んぎゃっはぁー!?」 こちらに向かって高速で飛翔してきた物体を上海で掴んだ私は、流れの向きを変える要領でソレを地面へと叩きつけた。 派手な音と土煙を上げ、件の物体は何度も地面をバウンドして吹っ飛ぶが……まぁ平気だろう。 飛行中のアレは質量がほぼゼロだから、勢いそのままに跳ねてしまっているだけだ。 実際のダメージは、頑丈さも合わせてほぼ無いと思って間違いないでしょう。 私は逆さまの状態で停止したいつもの馬鹿に近づくと、その横っ腹を軽く蹴飛ばし優しい声をかけてあげた。「おはよう、貴方ならこのタイミングで来ると信じていたわ」「や、柔の技……だと……」「対貴方用に練習したのよ。意外と色んな事に応用効くから、今後も片手間で覚えていくつもりよ」「アリスかっこいい!!」「ちくしょう、まさか訪ねて早々ぶん投げられるとは! アリスさんもっと容赦してください!!」「やだ」「簡潔!」 勢い良く立ち上がり、何事も無かったかの様に身体の土を払いのける私の親友。 もうお馴染みの光景過ぎて突っ込む気にもならない。……ふむ、だけど。「――いつもの晶ね」「へぇあ?」「大した事じゃないわ。ただ何となく、ここ一週間ほどの貴方が別人みたいな気がしてね」 もっともそれは、本当に些細な違和感でしか無かったのだけど。 こうして違和感の無い晶の姿を見ていると、やはりアレは違う人間だったのではと言う気持ちになってくる。 しかし、偽物と言うにはこの一週間の晶は久遠晶過ぎた。 あのスットコドッコイ具合は絶対に演技じゃなかっただろうし……どう言う事なのかしら。「え、アリスさんそれマジですか? ねーさまですら気付かなかった異世界の僕の演技、見破ってたの!?」「異世界? ……ふぅん、なるほどね」 アレは晶だけど晶じゃなかった、と言う事か。 分かってみれば単純な話だ。推理小説としては失笑モノのオチだが、晶らしいといえば晶らしい。 だとしたら、晶本人はその間異世界とやらに行っていたのかしら。――うん、実に晶だわ。「あれ、思いの外淡白なリアクション。もっと色々聞いてくると思ったんだけど」「興味はあるけど、驚くほどじゃないわね。貴方ならいつかそう言う事もやらかすと思ってたわ」「凄まじいまでの信頼感! しかし、いきなり僕のせいと断じるのは早計では無いでしょうか!?」「え? でも別世界の貴方って、貴方のフォローに来たんでしょう?」「……そうでーす」 あの『久遠晶』が何かやろうとしていたら、私も他の連中も気がついて居た事だろう。 誰も気付かなかったのは、アレがいつもの久遠晶として振舞っていたからだ。 つまり、アレはこの世界で何もしていなかった事になる。 この世界に居た久遠晶が何もしていないと言うのなら……何かしていたのは、この世界に居なかった本人の方だ。 「なんで分かったんだろう。ひょっとしてアリスさん、一部始終見てた?」「そこまで暇人じゃないわよ。ただ貴方の顔を見て、そうじゃないかと思っただけ」「僕の顔?」「また、何か面倒な事で悩んでるんでしょう? そういう顔をしてるわ」 コイツの頭の悪さは良く知っている。 恐らく入れ替わっている間に起きた何事かが理由で出来た下らない悩みを、一人で溜め込んでいるのだろう。 ……他人に頼るのは上手いけど、甘えるのは致命的に下手なのよね。この馬鹿。 きっと甘やかされる環境にばっか居たのだろう。天性の孫気質、弟気質、末っ子気質ね。……姉共に好かれるはずだわ。 ま、晶が甘え上手でも甘え下手でも私には関係無い。 肝心なのは、その不器用男が分かりやすいサインを出していると言う事実だ。「上がって行きなさい。お茶も出してあげるし、言いたいなら話も聞いてあげるわよ」 一応友達をやっているのだから、そのくらいは支えてやらないとね。 そう思って優しい言葉をかけてやったら、何故か隣のメディスンが驚いた顔でこちらを見ていた。「……アリス凄い」「何がよ」「私、いつもの晶だなーとしか思ってなかった」「かなり違ってたわよ。具体的に言うと、普段より三割増しでウザかったわ」 私の説明を聞いたメディスンは、横目で晶の顔を確認しつつ難しい顔で首を傾げた。 ――分かりやすい違い、だったはずよね? 確認を込めてメディスンの目をじっと見つめてみるが、返ってきたのは困ったような笑みだけだった。 「待った。無し、今の無しで」「アリスは晶の事を良く分かってるんだねー」「生温かい目で見るのは止めなさい! さっきのは別に、そういうつもりじゃ無くて――」「アリス……結婚しよう」「絶対やだ」 やらかした、色んな意味で言わなくて良い事を言ってしまった。 私の迂闊な言動のせいで、晶の顔が目に見えて輝いている。 あ、こら懐くな! 抱きつこうとするな!! 頬擦りも止めなさい! 結局その後、調子に乗った晶の馬鹿を宥めるのに結構な時間を浪費してしまった。 ……とりあえず、この話は絶対他に伝わらないようにしないと。からかわれるのも怒鳴られるのもゴメンよ。「で、どうしたの?」「あんだけ辱められたのに、それでも話は聞いてくれるアリスがほんと大好きです」「上海」「コノドグサレガァァ!」「おごぁ!? 良く分からない痛み!?」「わー、人の体ってこんな風に曲がるんだー」 部屋に入って一息ついた私は、とりあえず晶の話を聞いてやる事にした。 本当はあのまま追い出してやろうかとも思ったが、やらかしたのは自業自得で晶に非は無い。一応無い。 それで彼に当たるのはあまりにも理不尽だから、我慢して迎え入れてあげたのだ。 正直言うと、今すぐにでも閉じこもって今日一日を無駄に過ごしたい。 なんで私、このテンションで他人の相談を聞こうとしてるのかしら。むしろ私がしたいのだけど。「優しい私はもう一度チャンスをあげるわ。それで、どうしたの?」「あたた……んー、まぁなんというか。えっとさ、その前に他愛のない質問をして良いかな?」「なによ」「――アリスの中で、僕を見捨てるボーダーラインってどこらへんにあるの?」 明後日の方向に視線を彷徨わせながら、恐る恐るといった塩梅にそんな事を尋ねてくる馬鹿。 なるほど、質問の意図はよーく分かったわ。……ぶっ飛ばしてやろうかしら、このアンポンタン。「貴方、私の事舐めてるでしょ」「うぉう、まさかのマジ切れ!? え、何? ひょっとしてアレ、見捨てるって選択肢がまず無かった!?」「んなワケ無いじゃない。付いて行けないと思ったら、私は容赦なく貴方を見捨てるわよ」「ですよねー。……じゃあ、舐めてるって言うのは何の話で?」「あのね。――そもそも私が、何もせずに離れていくワケ無いじゃない」 確かに最近の晶は、色々と派手にやらかしてくれている。 それが更に悪化するとしたら、私も彼との付き合い方を色々変える必要があるだろう。 が、それは近い未来の話じゃない。晶はやたらと怯えているようだが、見捨てるほどやらかす事態はまず起こらないはずだ。 ……派手にやらかすのは、晶だけに限った話じゃないしね。 それに何より、晶は根本的な部分を勘違いしている。「私にもね、間違った道を進む親友を止めようとする程度の甲斐性はあるのよ」 何も言わずに距離を取るはずが無い。 私が離れるとしたら、それは正気に戻すためのあらゆる手段を模索しきった後だ。「貴方が救いようの無い馬鹿をやろうとしたら、まずぶん殴って止めるから安心なさい。――貴方だってそうするでしょう?」「ほへ?」「私が救いようの無い馬鹿をやろうとしたら、貴方も持てる手段を全部使って私を止める。私達はそういう関係なのよ」 私とコイツが対等な友人となったあの日から、それは何も変わっていない。 支えあう関係では無い。助けあう関係でも無い。お互い好き勝手に振る舞って、たまに寄りかかったり寄りかかられたりするだけの間柄。 ――だからこそ、私達は親友なのだ。「あ、アリスぅぅぅうう」「……泣くにしても、もう少し表現を抑えなさいよ。はっきり言ってキモいわ」「ゴメン、でも嬉しくって。良かった、魔理沙ちゃん狂いのアリスはこの世界にいないんだね」「そんな喜ぶ事でも――はぁ!?」 てっきり感慨にふけっていると思っていた晶の口から出てきた、色んな意味で聞き逃せない戯言。 魔理沙狂いって何よ!? 言葉の意味は分かるけど、なんでそれが私の称号としてあてがわれているの!? 戸惑う私に、死ぬほど優しい笑顔を向けてくる晶。 理解出来ない私の姿を見て安心している、そんな感じの生温かさだ。 よし、殺そう。この馬鹿の首を捩じ切ってやろう。 「ねーねー、マリサ狂いって何?」「僕が異世界であった、クレイジーなアリスさんを一言で語る特徴です。……凄かったよ」「フランのおねーちゃんみたいな感じ?」「レミリアさんなんて比較にならないレベルですよ。一生もののトラウマになったね、アレは」「私の顔を見ながら言うな! 知らないわよ、異世界の私の事なんて!!」「まず、壁という壁天井という天井に魔理沙ちゃんの写真が貼られて」「説明すんな! ……と言うか貴方、自分のトラウマを私と共有するつもりでしょ」「一人ぼっちは寂しいよね、僕が」「上海」「アタシッテホントバカ」「マミ゛るっ!?」「わー、晶の頭が一回転」 ……ほんと、甘え方が下手よね。コイツは。 上海に首を捻られ、筆舌しがたい声を上げる晶を見て小さく溜息を吐き出す。 不安は解消されたけれど、いつも通り走り出すまでには至らないって所か。 まったくもって世話が焼ける。普段は暴走する猪みたいに突っ走る癖に、一度止まると鬱陶しいくらい足踏みしだすんだから。 ここは、私が一肌脱いでやるしかないでしょうね。「どうも元気が有り余ってるみたいね。なら、ちょっと付き合ってもらえない?」「たった今元気じゃなくなる所だったんだけど……付き合うって何に?」「新しく作った人形があってね。その稼働テストに協力して欲しいの」「つまり、アリスと弾幕ごっこするって事?」「操作は私がするけど、私と弾幕ごっこをするワケでは無いわ。戦う相手はその‘人形’よ」「つまりえー……どういう事かな」「やってみれば分かるわ。と言うワケで、表に出なさい」 ニッコリ笑いながら、私は親指で外を指し示す。 そんな私の態度を見て、晶は引きつった笑みを浮かべながら静かに後退した。「えっとその、ゴメン、色んな意味で調子に乗ってました」「何の話かしら? 別に他意は無いのよ、単に人形の動作を確かめたいだけ」 もちろん、貴方に対する手助けって面もあるけどね。 だけどソレ以外の意図は特に無いわ。ウザったい晶にお灸を据えてやろうとか、そんな事考えているワケが無いじゃない。うふふ。 更に後退ろうとする晶の身体を人形で捕まえ、私は彼を外にまで引きずっていく。 満面の笑みを浮かべる私と、死刑執行を受けるような悲痛な顔の晶。 そんな私達の姿を見つめていたメディスンが、ポツリと小さな声で呟いた。「――アリスって、意外と大人気ないよね」 そ、そうでも無いわよ? ……だけどうん、ちょっと反省する必要があるかもしれないわね。