「あ、ちなみに僕が居なくなったら工作もバレるから。そこらへんは覚悟しといてね」「そこはフォローしてくれないの!? と言うか覚悟ってどうやって!?」「いや、さすがに未来永劫騙し続ける真似は出来ないって。と言うか君経由でバレるから。確実に」「……まぁ、確かに。僕にはどう足掻いても皆を誤魔化すなんて出来ないだろうけどさー」「とは言え表立って責められる事は無いよ、皆にもプライドはあるからね。――ねーさまあたりにはネチネチ弄られると思うけど」「隙間に落ちたのは自業自得だから良いけど、君の工作でネチネチ弄られるのは納得行かない」「ある意味、ねーさまの納得行かなさ加減は君以上だと思うけどね。弄った分だけ虚しくなると思うよ。くふふ」「……なんか楽しそうだね。ひょっとして君、ねーさまと上手くやってないの?」「仲の良さに変わりはないよ。ただまぁ、自分の進路に関してちょっとモノ申す事がありましてね」「下手すりゃ定年退職してる様な年齢の人間が、思春期の子供みたいな事言わないでよ」「君だってあんな形で今の役割に落ち着く羽目になったら、絶対に恨み事の一つくらい言うようになると思うよ」「……わりと本気で何があったのさ」「良いんだけどね? 今の仕事、わりと好きだし。数ヶ月に一回しか会えないなんて、中学時代に戻った様なものだし」「将来なるかもしれない男がこの愚痴っぽさ。自分の未来が不安になりますね」「大人になるってそういう事なんだよ」「違わない? むしろ子供に戻ってない? 結局ねーさまとはどういう関係になってるの?」「普通に姉弟だよ。ただまぁ、ちょっと八つ当たりがしたかっただけと言うか。別の世界なら反撃もないから安心と言うか」「思った以上にセコい理由で笑ってた! どんどんメッキが剥がれていってるんだけど、この僕!?」「だが実力はある!」「むしろ余計に情けないよ!!」幻想郷覚書 異聞の章・弐拾漆「異人同世/少年は扉を開く」 前回までのあらすじ、もう一人の僕が矯正するって言いながら金属バット取り出した。やべぇ。 脅威度で考えると、今までの経験的に下から数えた方が早い凶器なんだけど。 なんて言うか、外の世界で想定される現実的な武装なだけに妙な怖さがあるよね。 そもそも、取り出したのが絶賛謎だらけなもう一人の僕だからなぁ。 普通のバットに見えて実は……って可能性は十二分に有り得る。と言うか間違いなくそうだろう。「……うん、冷静になった。それでそのバットはどういう道具なの?」「物分かりが良すぎても、それはそれでつまらないなぁ。ほらほら、これからこのバットで君の頭をカチ割るつもりかもしれないよ?」「バットの使い道は分からないけど、カチ割るつもりは確実に無いでしょ。そんな普通な使い方するワケ無いじゃん、僕が」「凄い信頼感だ。そこまで自分を信じられるってある意味凄いね、気持ちは分かるけど」 所詮は僕と言う事だよ。ふっ、浅はかな男め。 ……自分で言っといてなんだけど、若干ながら心が痛い。この自虐は心にクるからダメだ。「まぁ、目的通りの矯正器具なんだけどね。具体的に言うと君の隙間能力を軽く封印する為の道具」「封印? 僕の隙間を開く程度の能力を?」「封じると言っても、異世界へ繋がらない様にするだけの簡単な措置さ。能力その物が使えなくなるワケじゃないよ」「……本当に軽い対応だね。迷惑だから根本的に封じる、くらいはすると思ったんだけど」「世界の管理者を気取ってるつもりは無いからね。他所の世界の人間の事情に、そこまで干渉したりはしないって」「でも、異世界移動能力は封じるんだよね?」「封じるのは君自身の為だよ。その能力を放置し続けてたら、そのウチ繋がり方に節操が無くなってくるんだからねー」「今の時点で、すでに節操が無いと思うんだけど……」「魂を宝石にされた魔法少女の世界や、万能の願望機をかけて殺しあう魔術師の世界よかマシな世界だったじゃん」「そりゃまぁ……けど何さ、そのやたら殺伐とした臭いのする世界の数々は」「後はパンツじゃないから恥ずかしくない世界やら、その幻想をぶち壊す世界やら、トラと兎のコンビとヒーローやる世界やら」「ストップ! ちょっと待ったちょっと待った!?」 封印されなかったら、そんな愉快な世界に行く事になるの僕!? と言うか、パンツじゃないって何がだよ。パンツと見紛う何を衆目に晒してるんだよその世界。 その幻想ってどの幻想? トラと兎って……星さんと姉弟子の事? ヒーローって華蝶仮面さんデスカ? もう一人の僕にどんな世界か細かく説明するつもりが無いのは分かるけど、それにしたって意味が分からな過ぎる。 隙間能力を放置し続けると、そんな世界にウッカリ落ちるようになってしまうのか。それは怖いなぁ。「どこまで本当かは分からないけど、平和で居たいなら異世界移動は出来ないようにしておいた方が良いって事は良く分かったよ」「あれはあれで貴重な経験だったから、無駄だったとは言わないけどねー。――しんどいよ? かなり恐ろしくしんどいよ?」「経験者は語るってヤツっすか。……まぁ、今回の件で僕もその事を痛感したから、封印には反対はしないけどね」 自分はタフな人間だと思っていたけど、所詮それは己に想像できる範疇での話だったようだ。 今後もコレと同じ事態が発生したら、多分僕は折れる。色々な事に折れてしまうだろう。「そう言ってもらえると助かるよ。……だけど、こっちの要求をただ通してもらうのも申し訳無いよね」「はにゃ?」 言ってる内容こそ殊勝だが、浮かんでいる笑顔はどちらかと言うと意地の悪いモノだ。 企んでる、あからさまに何かを企んでるよ。死ぬほど悪い顔してんなこのヤロウ。 しかし悲しきかな、その笑顔は僕も良くするモノなのである。 だって出てきた感想が、軒並み皆に言われた事のある僕の笑顔の感想と同じだったんだもん。 こんな胡散臭くて怪しい笑みを浮かべてたんだね、何か狙った時の僕。ちょっと凹むよ。「そうだ! それじゃあ僕から君に、一つアドバイスをしてあげよう」「しっらじらしいなぁ……何か言いたい事があるなら、勿体つけずにとっとと言ってよ」「仕方ないにゃあ。それじゃハッキリ言おうか――君の想像は、正しい」「正しいって、何がさ」「模倣では、久遠晶の目指す果てには至れない。……薄々は感じていたんでしょう?」「――――――!!」 それは、力を使いこなそうとアレコレ試みていた僕が密かに抱いていた疑問だった。 様々な経験を積んで、誰かの後ろを追って、それで久遠晶は望む己へと辿り着けるのだろうか。 ……未来を知る久遠晶の答えは『ノー』だった。 それで「どこか」へ辿り着く事は出来る。だけど、「そこ」に至る事は出来ない。 ショックな答えだったけど、同時に納得もしてしまった。 如何に類似の能力が多くあろうと、久遠晶の力に‘同一のモノは存在しない’のである。 ならば、その使い方は――己の結末は、自分自身で生み出さなければならない。 そうしなければ、僕は誰かの粗悪なコピー品か、ツギハギだらけの半端者で終わってしまう。 そう。目の前で不敵に笑う、そのどちらかになった彼の様に。「僕もずっと、君と同じ事を考えていた。……ただし僕の場合は、その考えを肯定してくれる人が居なかったけどね」「紫ねーさまや幽香さん、文姉達は何も言ってくれなかったの?」「彼女達だって知らない事はあるし、分からない事もあるさ。ましてや、この問題の答えは君しか知らないんだよ」「いや、僕も知らないから困ってるワケでして」「もう一度言うよ――君の想像は、正しい。……あるでしょ? 確信を持てなくて使えなかった、夢の様なアイディアが」 本当、自分相手ってのはやり辛いなぁ。 確かに一つある。たった一つだけ、まだ試していない‘可能性’が僕には残っている。 だけどそれは、悪い意味での「夢物語」だ。実現なんて出来るワケの無い、まさしく机上の空論……。「出来るよ」「――!」「君になら出来る、僕が保証するよ。……まぁ、僕も試した事は無いんだけどね?」「無いのかよ!」 そこは証拠を示してくれないとダメでしょう! そんなんじゃ信用なんて出来ないよ!? しかして僕のツッコミに、もう一人の僕はふてぶてしく笑ってみせた。わー、ちょーむかつくぅー。「そりゃそうさ。試していたら、僕はこうなっていないよ」「はぇあ? 何それ、どういう事?」 僕の意図が本気で分からない。してない事を勧めるって事は、僕に彼と違う道を進めさせるって事だ。 未来は不確定な方が良いとか言っておきながら、なんでまたそんな事を……。 疑惑の視線を彼に向けると、もう一人の僕は意地の悪そうな笑顔で言葉を続けた。「そのまんまの意味だよ。僕はその‘可能性’を選ばなかった。……と言うより、実際に試してみる発想が出なかったと言うべきかな?」「……まぁ、気持ちは分かるよ」 これくらい反則的な助言がなければ、久遠晶は「アレ」を試そうとは思わないだろう。 なんというか、実際の難易度もそうだけど精神的なハードルもかなり高いのだ。 正直、成功しても割に合わない結果しか出ない気がする。思いっきりガッカリなオチになってもおかしくない。 もう一人の僕は成功するって言ってるけど、所詮は僕の言う事だからなぁ。 どこまで信頼出来たものか……個人的な見積もりだと、頑張って三十パーってとこかな!「――僕って、ここまで自分不信だったっけかなぁ」「そりゃ、異変が起こる度に何かしらやらかしてたら不信にもなるよ。正直コレ以上何かやるのは、自分の精神的にかなり辛くて……」「ああ、なるほどねー。――いいじゃん別に。やらかしちゃえやらかしちゃえ」「はぁ!?」 同一人物から、まさかのゴーサインである。 いや、本当に何考えてるんだコイツは。薄々思っていたが、未来の僕は相当な馬鹿だ。 最早睨む気力すら湧かない僕は、唖然とした顔でもう一人の僕を見つめる。 しかし実に巫山戯た事をぬかした目の前の久遠晶は、その台詞に反した真剣な表情で僕に笑いかけていた。「君が何かやらかしても、霊夢ちゃんが何とかしてくれるって。だからだいじょーぶ」「あのね、そんな無責任な……」「無責任って何に対して? まさか、幻想郷に対してとは言わないよね?」「…………」「‘僕ら’は、幻想郷を楽しむために外の世界を捨てた。それなのに――今更何に対して遠慮すると言うの?」「それは……」「好きにすれば良いのさ。他の皆と同じように馬鹿やって、やり過ぎたら霊夢ちゃんに退治されれば。それが幻想郷のルールだよ」「びみょーに経験則が含まれてる気がするのは気のせい?」「にはは。……とにかく、道化師上等で行けばいいんじゃない? 君の大切な人達は、そのくらいの事で君を見捨てたりしないって」 気楽な態度で、もう一人の久遠晶はそうのたまった。 まるで――と言うかモロに悪魔の囁きである。実は僕の姿をした邪悪の化身か何かじゃないのかコイツは。 ……だけど、困った事に彼の指摘は間違ってもいないのだ。 幻想面で失敗し、更に異変でも望まずトラブルを引き起こしたせいで、いつの間にか僕は何事に対しても及び腰になっていたらしい。 ま、確かに。色んな意味で今更だよなぁ。 僕が幻想郷に残ったのは、自分のやりたい事をやるためなんだから。「とはいえ、それが‘アレ’を試す理由に繋がるワケじゃないけどね!」「バレたかー。うん、そっちはアレだね。僕が見たいから薦めてるだけだね。何しろ僕にはもう出来ない事だから」「……だろうね」 だからこそ見たいのだろう。本人的には、過去のイベントで取り逃した限定アイテムを回収するような気持ちなのかもしれない。 要するに彼も自分勝手な気持ちで動いていたワケである。まさしく有言実行、自分の衝動に正直過ぎてやっぱり腹立つ。「ま、気が向いたら挑戦してあげるよ。どっちにしろ、君が見る事は無いだろうけどね!!」 「今更ツンデレキャラに移行するのはどうかと思う」「何が悲しゅうて自分自身にデレなきゃならんのさ。もう良いから、とっとと能力を封印しちゃってよ」「はいはい、りょーかーい」 ……いやまぁ、実際にツンデレなんだけどね。 なんだかんだで彼の忠告はタメになった。やはり未来の自分だ、僕の事を良く分かっている。 だけど、それを素直に認めるのはすっごく悔しい。悔しいので態度に出すわけにはいかないのだ。 うん、我ながらテンプレ過ぎる反応だとは思ってます。思ってますけどこればっかりは――って殺気!?「うぉう!?」「こらこら、ダメじゃないか避けちゃ。封印できないよ?」「いや、頭目掛けてバット振られたら普通は避けるって!? いきなり何すんの!?」「だから、このバットを使って君の能力を封印するんだけど?」「そういう使い方!? もっとマジカルで穏便な使用方法は選べなかったの!?」「バットだからね」「バットは人を殴るためのモノじゃないよ! よしんばその使用法を認めたとしても、なんで頭部狙い!? マジでカチ割る気か!!」「いやだって、君不在の間の記憶を引き継いだりしないとダメじゃん。だからそれもついでにやっておこうかなって」 え、なにそれ。バットで頭ぶっ叩くとそんな事も出来るの? 凄いけど馬鹿じゃない? なんでそんな頭の悪い仕様をわざわざ採用したの? 面白そうだから? うん、分かるよ? 分かっちゃうよその気持ちは? だけど言わせて――死ね!!「大丈夫大丈夫、痛くは無いから。――封印と記憶書き込みの影響で、痛みを感じる前に気絶するからね」「つまり誤魔化されてるだけでキッチリ痛いって事じゃないですかヤダー!?」 全力で逃げ出そうとする僕、最早能力封印の事など二の次である。 しかし実力で完全に負けているこちらに、逃げ切る真似なんて出来るはずもなく。 結局僕は部屋から出る事も叶わずに、バットによる一撃を受けてしまったのでした。 うん、確かに記憶は引き継げたけどね。本当に一週間、ボロを出してなくて驚いたけどもね。 ――この恨みは絶対に忘れないよ。絶対にだ。