「それで――あー……そういえば名前を聞いてなかったな」「そういえばそうですね。私は宇佐見蓮子、見ての通りのしがない学生です」「マエリベリー・ハーンです。蓮子の同級生で、同じサークルのメンバーです」「久遠晶でーす。ピッチピチの大学生やってます! ヨロシク!!」「……久遠ちゃん?」「なるほど、そう言う体裁で押し通すつもりなのね」「へー、私達と同じなんですね。全然そうは見えませんけど」「そうなんですよー。良く高校生に間違われますー」「確かに……久遠さんなんて、いっそ中学生でも通用する若々しさですもんね」「ごはっ!? さ、さすがに中学生は言い過ぎでは?」「そうか? むしろ高校生の方が無理があると思うぞ――っとスマン、言い過ぎた」「あはははは、別に良いんですよあはははは……しょぼん」「……自業自得とはいえ、哀れね」「でも実際、あれで高校生って言うのは無いわよねぇ」幻想郷覚書 異聞の章・拾玖「異人同世/されど事件は起こらず」 拝啓紫ねーさま、久しぶりの外の世界は思った以上に窮屈です。 雇い主である三人の後に続きながら、僕はこれからどうしようかと内心で頭を抱えていた。 はぁ、まさかこんなにも面倒臭い事態になるとは思わなかったよ。 どうやら蓮子さんの中では、すでにあの包帯男はタチの悪いドッキリと言う事で処理されてるみたいだけど。 果たして、「最後のチャンス」であるらしい映画の撮影旅行でそんな事をしている余裕があるのだろうか。 少なくとも、バイトが一日遅れただけでキレかけるあの監督さんには無い。絶対にない。 ――ただしそれは、本当に切羽詰まっていた場合の話だ。 かなり悪質な話だが、今現在の彼らの方が演技である可能性ももちろんある。 その場合、旅館の人が言っていた「ドッキリ」はこちらを嵌める為のモノであると考えるのが妥当だろう。 所謂素人ドッキリと言うヤツだ。馬鹿げた話だが、若気の至りと言う言葉がピッタリなサークルならやらかしてもおかしくない。 もっとも別の要因が、そんな僕の儚い幻想を完膚なきまでに打ち砕いてくださっているのだけど。「はぁー、参った参った」「すいません、私のせいでご迷惑を……」「あ、いえいえ。今のは個人的な事情からくる溜息なので、お気になさらずー」 嘘だけどね。本当はバイトのせいです。バイトのこれからを考えて憂鬱になったからです。 さて、突然ですが僕は「狂気を操る程度の能力」を持っています。 名称こそ狂気と限定しているけど、これは実質的に人の心を弄くる事の出来る力だ。 実際さっき、小早川さんの平静を取り戻したのはこの力によるモノである。 正気を知らねば狂気は作れぬ。この魔眼は、大まかではあるが人の感情なんかを計る事が出来るのだ。 ……とは言え、力の強い妖怪なんかには通じないんだけどネ。 上手く隠してるのかは単純に通じないのかは分からないのだけど、幻想郷に居た頃は細かな感情までは分からなかった。 見て分かるほど狂ってたり昂ってたりすると、波長の方も強く出るんだけど。 基本的には大差無いので、まさか感情まで分かるとは思いもしませんでしたともよ。 ――ええ、つまり相手が一般人だと丸見えなんです。感情丸分かりなんです。 比較的一般人寄りなはずの蓮子さんの感情も見えにくいので、恐らく能力の有無が関係しているのだろう。多分。 思い返すと、以前のヤクザも人里の人らも――ゴメン、嘘ついた分かんない。その時はそこまで注意深く見てなかったです。 ちなみにメリーさんの感情も上手く見えないけど、この人の場合は違う理由で見えない気がする。 僕はまだ「メリーさん実は紫ねーさま」説を引っ込める気はありませんよ。別に解明する気も特に無いけど。 で、だ。そんな僕の視点で映画サークルの皆様を見ると、それはもう色んな感情が分かるワケです。 例えば道具係の立花さん。表向きは仲良さそうにしてるけど、小早川さんと話してるとヤバい。めっちゃ動揺してる。 好意があるとか恥ずかしがってるとかそういうブレ方では無いので、恐らくよっぽど疚しい事があるのだろう。 もちろんソレは小早川さんも同じである。こっちの感情は憤怒、しかも立花さんだけで無く映画サークル全員に向けられている。 もうこの時点で面倒臭い。やってられない。どんだけドロドロしてるんだこのサークルは。 ――しかしもっとも厄介なのは、他でもない隣に居る石田さんである。 一見すると落ち込んでいる様に見える彼女だけど、その精神は常に狂気の波長で満ちている。 まぁ、満ちてると言ってもフランちゃんの狂気が千三百七くらいだとしたら、こっちの狂気は五くらいだけどね。 だけど謝罪していた時も落ち込んでいる時も、ずっと狂気状態を維持してるのだから狂い具合は相当だと見て良いだろう。 こりゃー、相当色んな物貯めこんでますよこの人。しかもその狂気を具体的な行動で発散しようとしている。超ヤバい。 この様子だと、バイトを呼ぶ日程を間違えたのもワザとなのだろう。 こちらがバイトを了承した時あからさまに動揺していたし、今も僕らに対して申し訳無さそうな感情を向けているし。 どうやら立花さんが手首を怪我して臨時バイトを雇う羽目になった事は、彼女にとっても予想外の展開であったらしい。 ……もちろん、たまたま雇ったバイトがそんな感情をしっかり把握しているなんて事は想像すらしていないに違いあるまい。 あー、本当に心の底から面倒臭い。 明日バイトが来るって事は、決着は今日中に付けるつもりだったと言う事だ。 石田さんが突発的な事態が発生したから諦めよう、と思ってくれれば楽なんだけど……この様子じゃそれは期待できまい。 つまりこのままだと、確実に今日何かが起こる。平たく言うと誰か死ぬ。 ぶっちゃけ、僕としては秘封倶楽部の二人と我が身が無事なら誰が死のうと知った事じゃ無いのですが。 事件発生後にやってくるであろう警察と鉢合わせるのはマズい。法律外の存在としては、公的機関との接触は出来るだけ避けたい。 本当ならここらへんの話を二人にもぶちまけて、なんとか事件を事前に防ぎたいのだけど……根拠が無いからなぁ。 いや、僕的にはもうリーチしちゃってる状況なんだけどね。あくまでそれは能力による判断だし。 つまり「もう少し様子を見よう。僕の予感だけでみんなを混乱させたくない」と言う事です。「やっぱり暗躍するしか無いか……ああ面倒臭い」「ん? 久遠ちゃん何か言った?」「いえいえ、何でも無いです」 とりあえず、何かのフラグっぽい行動は徹底的に潰すよう努力しよう。 見逃す事もあるかもしれないけど……まぁ、そこまで真剣にやるつもりは無いし。 いざとなったら狂気の魔眼で警察誤魔化せば良いよねと考えながら、僕達は撮影現場に向かったのだった。「――よし、今日の所はここまでだな」 徳川さんの号令と共に、全員が安堵の溜息を漏らした。 もちろん、それは僕も同じである。 無事やり切れた事にホッとした僕は、全身の硬直を解すように身体を伸ばした。 そんな僕に近づいてくる立花さんと小早川さん。その瞳には尊敬の念が思いっきり込められていた。「お疲れ! いや、すげぇよ久遠さん!! 本当にありがとう!」「ひょっとして久遠さんは、プロの映画関係者だったりするのかしら? 凄い手際の良さだったわ」「いえ、映画とは縁もゆかりも無いただのドシロウトですよ。あはははは」 とりあえず僕の目論見は成功し、それらしいフラグは何とか叩き潰す事が出来た。 衣装小道具大道具が壊れたら、元通りになるよう修繕し。 石田さんの恐らくワザとだと思われる失敗で監督がお怒りになったら、変な行動を取らないよう必死に宥め。 脅迫状らしき怪文書は誰にも気付かれないよう回収、こっそり処分。 風がどうとか変な拘りも見せだしたので、そっちも監督様の希望を聞いて僕の能力で気付かれないように修正。 余計な火種を寄越しそうだった現地のお爺さんは、手っ取り早く魔眼を使って説得されて貰いました。 不思議大好きっ子としては、この地域に伝わる伝承とやらがとっても気になりましたけどね。 それを説明しようとしたのが石田さんだから、泣く泣く断念しましたよ。どうせそれもトリックに使うんだろチクショウ。 あと、この前のパンフに「この時期は決まった時間に凍る」と書かれていた近場の滝は、冷気を操って常時凍るようにしておきました。 ついでにアリバイ用だろう、何も起きていないのに立っていた工事中の看板も撤去。 この二つは大掛かりな作業だけど、上手く立ちまわって誰にも悟られず実行する事が出来ました。あー疲れた。 ――以上、映画撮影に関係ある様でほとんど無かった僕の暗躍集でございます。 ありがたいのは、こちらの行動が有効か否かが石田さんを見れば即座に分かると言う事だ。 特に凍っていた滝を見た時の石田さんの絶望具合は、絶対にコレ滝をトリックに使うつもりだったなとモロ分かりするモノで。 ……まぁ、表情その物は一瞬だったし事情を知らなきゃ何に驚いたのかは分からなかっただろうけど。 ここまでやったらさすがに諦めるだろう。諦めて欲しいなぁ。諦めるよね? 「おい、そこのバイト」「は、はい?」「貴様の名前は何だ」「えっと、久遠晶ですけど……」「ふん、そうか」 それだけ言って、撮影現場を後にする徳川さん。 今のは本人的には賛辞なのだろう。何度かゴマをすった事で分かったが、この人かなりややこしい。 ツンデレと呼ぶには性格が悪過ぎるし、巨匠と呼ぶには技量がお粗末過ぎる。 好意的に評価をしても、プライドだけが先行した二流監督が精々と言った所だ。褒められても全然嬉しくない。「はは、アレでも久遠さんの事を評価してるんだよ。徳川が他人の名前を覚える事なんて中々無いからな」 「こんなに順調に撮影が終わったのは初めてですよ! コレも全部、久遠さんのおかげです!!」「あはは、どーも」 そりゃまぁそうだろう。かのクロサワ監督にでも倣っているのか知らないけど、あれだけ高望みして撮影がマトモに進むハズがない。 ぶっちゃけ能力の半分くらいは、監督様のリクエストにお答えするため使ったと言っても過言ではないよ? もうこんな映画ご破算になってしまえと何度思った事か。それでもフォローしてしまう自分の下僕根性が恨めしいよまったく。「久遠ちゃん大活躍だったね、ご苦労さん」「おかげで私達、何も出来なかったわね。うふふ」 そして、僕が出しゃばりまくったせいでほとんど仕事の無かったお二人が労いの言葉をかけてくれる。 こうなったのは自業自得なんだけど、なんだろうこの腑に落ちない感は。 特に蓮子さんは、僕の頑張りが早くバイトを終わらせるためのモノだと信じきっている様だ。 いや、間違ってはいないけども。「面倒だから頑張るって本末転倒よね」って顔されるのはちょっと腹立つ。 ちなみに順調に終わった撮影だけども、時間の方は相応にかかって時間はすでに夜に。 身体もだいぶ冷えてしまったし、もう一度温泉に入りたくなってきたよ。すっごい疲れたしね。「と言うワケで、夕飯の前にお風呂入りません?」「お、イイね。労働の汗をさっと流すワケだ。……さすがに、これから更に別の仕事があるとか言いませんよね?」「今日の撮影は今ので終わりだから安心してくれ。バイト代は……夕飯の後にでも渡すよ」「皆さん凄く頑張ってくれましたからね。お礼の気持ちも込めて、多めに入れておきますね」「ははは、頑張ってたのは久遠ちゃん一人だけどね。いや本当、あそこまで何でも出来るとは思わなかったわ」「衣装の修繕に大道具小道具の修理……どこでそんな事を覚えたのかしらね」 紅魔館でメイドして、河童のお手伝いを気が向いた時にしていたらいつのまにか習得していました。 自分でも最近、自分がどういう方向に行きたいのかが分かりません。 「わはは、芸は身を助くと言うヤツですね。それじゃあ――」 いざ温泉に――と言おうとした所で、魔眼の片隅に捉えていた石田さんが動き出した。 先程、監督の終了宣言と共に片付け作業に入っていたみたいだけど……まだ諦めて無かったのか。 もうそろそろ、今日は殺人に向かない日だと思っても良いはずなのになぁ。 そんなに殺したくてしょうがないのか。こりゃ、トリックを潰してもあんまり意味が無いかもしれないね。 トリックってのは結局、自分が殺した事を隠したい人間が使う誤魔化しに過ぎない。 つまり後の事を一切考えていない人間にとって、そんな小細工はハナから必要無いのだ。 石田さんは逃げ道の事を考えていたので、それを潰してやれば諦めるかと思ったのだけども。 ……この様子じゃ、警察のお仕事を簡単にするだけで犯罪その物を未然に防ぐ事は出来なさそうだなぁ。 仕方ない、こうなったら最終手段を使おうじゃないか。その名も必殺――直談判!! ええ、要は話し合うだけです。僕はあくまで平和的解決を望みますとも。そう言うワケなので――「お風呂の前に軽くランニングしてきますね! ではでは!!」「え、なんでいきなり?」「温泉を思いっきり満喫したいからね! さぁて汗をかくぞー!!」 うん、自分でも唐突だと思います。だけど露骨にそういう目を向けられるとちょっとイラッとします。 ちくしょう、僕は一体何をやってるんだ。もういっそ僕が事件を起こしてやろうか。 さすがに殺しはしないけど、風を操って宿の人間全員高山病にするくらい楽勝なんだぞー。 ……いや、しないけどね。自分で言っといてなんだけど意味の分からないチョイスだ。何故に高山病? 疲れてるのかなー。温泉でじっくり休んだ方が良いんだろうなー。……早く終わらせよ。 そうやって決意を新たにした僕は、人気の無い所に行こうとしている石田さんの元へと向かうのだった。 ――あーしんどい。こんなに面倒なら、警察誤魔化す方向で動いた方がマシだったかも。