「マエリベリー・ハーンさん、ですか」「ええ、親しい人は皆メリーって呼んでるわ」「マエ……メリーの本名は言い難いからね。だからコレは愛称って言うより俗称よ、俗称」「親友ですらこの扱いなの、だからもう諦めたわ。貴女もメリーで良いわよ」「あはは、分かりましたメリーさん。僕の名前は久遠晶、晶でも久遠でもお好きな様に呼んでください」「……意外ね。正義の味方って、自分の正体を頑なに隠すものだと思ってたのだけど」「はっはっは! 僕はアレですよ、正義の味方のフリしたエセヒーローなので」「エセヒーロー?」「あ、そこらへんは深く追求しちゃダメっぽいから。そういうモンだとでも思っておいて」「うんまぁ、別に良いけど……あ、そういえばさっき言ってた紫ねーさまって」「すいません、言い出したのは僕ですけどその辺も追求しないでください。出来れば聞かなかった事に」「ええ、まぁ構わないけど……そればっかりね」「……多分、大半の話が同じ結末を辿る事になると思います」幻想郷覚書 異聞の章・拾陸「異人同世/秘封温泉湯けむり旅情」「異世界から来た、ねぇ……」 自己紹介が終わって場も落ち着いた為、私とメリーは久遠ちゃんの事情を聞く事にした。 が、久遠ちゃんから返ってきた答えは実にシンプルなモノだった。 ……いや、シンプルと言うよりそもそも多くを語ろうとしてないわね、コレは。 「そういうざっくりした説明じゃ無くて、もう少し踏み込んだ解説をしてもらえませんか? 例えば……幻想郷の事とか」「んー、幻想郷の事かぁ」 本音を言うとざっくりとした説明でも構わないのだけど、無視するには久遠ちゃんが口にした単語が面白すぎる。 ゲンソウキョウって何かしら。幻想の郷って書いて幻想郷? 前後の文脈からして場所である事は確実よね。 本人のドン引きするレベルな不可思議さから考えて、多分そういうのがゴロゴロしてる人外魔境なのでしょう。 うん、行きたくはないけど話だけは聞いてみたいわ。絶対に行きたくないけど。「正直に話すけど、そこらへんはハッキリさせない方が良いと思うのですよ」「ハッキリさせない、か……さっきもメリーにそんな事言ってたわね。どういう事?」「とりあえず異世界と言う事にしておきましたが、多分実際は違うんだろうなぁ……つまりそう言う事です」 そういえば、さっき久遠ちゃんはパンフの日付を見て驚いていたのよね。 ……あー、なるほど。確かに有耶無耶にしておいた方が良さそうだわ。 それはそれで凄く気になる話だけど、余計な影響を与えて漫画みたいな展開になるのは勘弁だ。 一介の大学生が背負うにはちょっとばかり重たすぎるので、触らぬ神になんとやらの精神で行きましょう。 メリーも分からないなりに同様の結論に達したらしく、微妙な顔で苦笑している。 と言う事は、こっちもあんまりこの世界の話をしない方が良いワケね。うー、何か面倒臭いなー。「まぁ、あんまり過敏になる必要は無いと思いますがね。僕らは別に世界の管理をしているワケじゃ無いんですし」「それもそうですね。分かりました、とりあえず貴女は異世界から来たって事で納得しておきます」「そう言う事でお願いします。……そういえば、お二人はどういう関係で? 恋人同士?」「あはは、あんまりアホな事言ってると恩人でも容赦しませんよ? 同じサークルの友人です」「私達しかいない不良サークルだけどね。名前は秘封倶楽部、除霊も降霊もしないしがない霊能者サークルです」「なにそれこわい」 え、どこらへんが? こちらが不思議そうにしていると、久遠ちゃんは物凄い複雑そうな顔で何かを言いかけて止めた。 ああ、今のも追求したらダメな話なのか。思った以上に面倒臭いなー、コレは。 と言うかさー……。「ピストルの弾を生身で何とか出来る貴女にそういう反応されると、私らも結構傷つくんですけど」「あーゴメン、今のは「え、しがないって呼称が使えるくらいメジャーな存在なの霊能者って」と言う驚きです」「鏡はそこだよ、久遠ちゃん」「別に自分を棚上げしてるワケじゃ無いっす。僕の世界じゃ、僕等サイドの人間ってドマイナーな扱いだったので」 なるほど、それが一気に市民権を得て戸惑ってるワケか。 私達の感覚だと当たり前の話だから、久遠ちゃんの気持ちはちょっと分からないわね。「でもそっか、この世界だと僕って極当たり前の存在なのかぁ。何だか新鮮な気分」「いや、私達の世界でも久遠ちゃんみたいな人はバケモノ扱いだから。そこまで人間の可能性は広がってないから」「言い過ぎよ、蓮子」 あ、しまった。つい余計なツッコミを。 私の一言に、久遠ちゃんは何とも言えない表情で苦笑した。 酷い言葉だけど表立って否定も出来ない、と言った具合の顔色である。 コレ、絶対自分の世界でも似たような事言われてた反応だわ。 ひょっとして、迫害とか差別とかされてたのかなー。だとしたらマズい事言っちゃったかも。「ごめん、久遠ちゃんの事を悪く言うつもりは無かったんですけど……」「あ、お気になさらず。人外扱いはいつもの事なんでそこまで気にしてません」「……へー、そうなんですか」 一転、ケロッとした表情でこちらの謝罪に応える久遠ちゃん。 その表情に、人と違う悲痛さとか異形の力を持った悲哀とかは一切感じられない。 あーうん、違ってて良かったです。凄い腑に落ちないけど、良かったと思っておきますはい。「しかし霊能者サークルって事は、二人共何かしらの能力を持ってるって事なんですかね?」「持ってますよー。まー、私のは大道芸みたいなもんですけどね」「あら、月を見れば場所が分かり、星を見れば時間が分かる――『現在の場所と時刻を知る程度の能力』は充分凄いと思うわよ?」「いけしゃあしゃあと……夜限定でJSTにしか対応してない時計代わりの力が、何の役に」「――いや、それは凄い能力だと思いますよ!!」 大した事無いと自虐しようとしていた私の手を取り、久遠ちゃんは輝くような目で私を見つめてきた。 まるで店先に飾られたトランペットを眺める少年のような眼差しである。えっ、何? 何がそんなに気に入ったの?「実に興味深いです! 是非見たいです!! と言うか見せて! お願いしますから見せて!! 僕の今後の為にも!!」 ど、土下座までしてきたぁ!? 本気で意味が分からない。何故私の能力がここまでウケているのだろうか。 もしかして、向こうの世界だと滅茶苦茶レアリティが高い能力だったりするとか? 確かに、見様によっては貴重な能力かもしれないけど……それは確実に良い意味じゃないわよ? ダメな意味でのレアよ?「まー、夜まで待ってくれるなら見せるくらいは……」「本当に!? 約束したよ!? 絶対だかんね!!」 私がそう答えると、久遠ちゃんはこっちが引くくらい嬉しそうに喜んだ。 ここまでべた褒めされると、何だか本当に自分の能力は凄いんじゃないかと思えてしまう。 気恥ずかしいけど良い気分だわ。……これは来ちゃったかな、蓮子ちゃんの時代が。「蓮子、浮かれすぎ」「――い、いやっはぁ!? ななな、何を仰るのですかメリーさん? 私はいつも通りでしゅよ?」「ま、褒められて喜ぶ気持ちは分かるけどね。……ほどほどで抑えておきなさいよ」「はぁい……」 メリーは本当に私の事が分かってるなー! くそっ!! 有頂天になりかけていた私へ、実に的確なタイミングで冷水をぶっかけてくれたメリーさん。 その熟練の技に、有難いやら切ないやら複雑な気分になる私。 これぞ友情って感じよね、あははは。――とヤケクソ気味に笑っていたら、久遠ちゃんが同情的な視線で私を見つめていた。 あ、今なんか伝わってきたわ。シンパシー的なモノを感じた。……久遠ちゃん、貴女も私と同じなのね。「まぁ、蓮子さんの能力は良く分かりました。それでメリーさんの方は?」「私ですか?」「どんな能力なんですかね? 電話で話しながら距離を詰めつつ、いつの間にか背後に回ってる能力とか?」「……メリー違いです」「はっ!? そういえばメリー、この前の待ち合わせの時に通話中の私を背後から――」「蓮子も悪乗りしないの! それはタダのちょっとした悪戯でしょ!?」 いや、アレは冗談でなく本当にびっくりしたから。 メリーは浮世離れした雰囲気を持ってるから、後ろからこっそり悪戯を仕掛けられると洒落にならないのよ。「私は、世界中の境目を視る事が出来るのよ。あえて名前をつけるなら……『境界を視る程度の能力』とでも呼ぶべきかしら」「へー」 うわ、今度はすっごい淡白な反応。 興味はあるけど特別凄いとも思わない、そう暗に語っている表情だ。 ……やっぱ人外魔境の出だけあって、メリーみたいな能力は珍しく無いのかしら。 あ、なんかメリーがかなり微妙な顔してる。 珍しがられるのはイヤだけど、反応が薄いのはそれはそれで寂しいって所ね。 いがーい、メリーにもそういう所があったのねー。にゅふふ。「……何よ?」「いやいや、なんでもありませんヨー」「――後で覚えてなさいよ」 ちょ、そこまで根に持つこと無いじゃない。 思いの外拗ねてしまったメリーが、傍から見ると可愛らしい表情でじっとこちらを睨んでくる。 実際は、ちっとも可愛くない上にとっても面倒臭いのだけど。 ……こりゃ、しばらく奢る羽目になるわね。うう、ただでさえ金欠なのに参ったなー。「ふむ、だけど境界……ね。――やっぱそうなのかなー?」「ん、どうかしたの?」「えっとメリーさん、ちょっと良いですか?」「なんですか?」「ごほん――お姉ちゃん、大好き!」 いきなりあざとい仕草でメリーを見つめると、久遠ちゃんは物凄い猫撫で声で媚を売り始めた。 うわー、酷い。可愛いけど、ソレ以上に露骨な猫被りっぷりが酷い。 違う星からやってきた、自称宇宙人アイドル並の痛々しさだ。 何でいきなりこんな真似したんだろう。ほら、メリーもいきなり不思議な事言われて普通に引いてるじゃん。 あれ、何か久遠ちゃん満足そう。長年の疑問が晴れたと言わんばかりに頷いてるんだけど、今ので何が分かったの?「すいません、解決しました。そうですよね、さすがに無いですよね」「え、何。今のぶりっ子ポーズにそれほど深淵な意味があったの? そして何が解決したの?」「いえ、境界ってフレーズに引っかかるモノがありまして。ひょっとしてそうなのかなーって思ってさ」「えっと、何の話?」「分かってるようで、僕もまだまだ姉の事分かってないんだなーって話です。未だに能力の事とかほとんど知らないワケですし」「はぁ?」「あはは、こっちの話です。何でもありません」 いや、すっごい気になるんですけど。 まー多分、最初にメリーを見た時言ってたねーさまとやらに関係した話なのだろうけど。 気になるなー、追求したいなー。……でも面倒な事にもなりそうだから止めとこ。「えっと、それで話を戻すけど――二人はサークル仲間なんですよね」「うわ、すっごい戻ったね」「混ぜっ返さないの蓮子。……そうですね、今回の旅行も名目上はサークル活動と言う事になっています」「いやいや、そっちは名目上じゃないでしょ? ちゃんとオカルトスポットの調査って目的があるじゃないの」「え、そうなの? 私は温泉で寛ぐつもりで来てたんだけど」「私もそうよ。だけど建前って大事でしょう?」「なるほど、つまり遊びに来てるワケですね」「いや、違うから! 違いますから!! 調査の方も本気でやるつもりですから!」 思う存分寛いでからだけどね。それはアレよ、英気を養っているのよ。 真偽はともかくオカルトスポットだもの。半端な状態で行ったら、大変な目に遭うかもしれないわ。 うん、私は間違ってない。これから存分に遊び呆けるのはその後の為なのよ。 ……メリーさん、何でしょうかその物言いたげな視線は。そっちだって私と同じ事考えてたでしょうに。「僕に言い訳する必要は無いと思いますが……オカルトスポット調査ですか、すっごいワクワクする響きですね!」「おっ、分かってくれますか久遠ちゃん」「分かりますとも。僕も大好きですからね、そーいう話!!」 こう言っちゃなんだけど意外ね。オカルトそのものな久遠ちゃんは、また淡白な反応を返すと思ってた。 判断基準が良く分からないわ。……ぶっ飛び過ぎたオカルトネタだと、彼女的には逆に平凡に見えるのかしら。「それじゃあ、久遠ちゃんも参加します?」「ほへ? 良いんですか?」「そちらの都合が良ければですけど、こっちは大歓迎ですよ。ねっ、メリー?」「もう宿代も払ってますしね。ご迷惑でなければ、私達に蓮子の恩返しをさせて貰えませんか?」「んー、そっか……」 私達の提案に、難しい顔をする久遠ちゃん。 あー、やっぱマズかったかなー。引き止めるのは。 口振りの端々から、「あんまりこの世界と関わらない方が良い」って考えが覗いて見えるし。 素直にサヨナラした方が良かったかなー。……でも、久遠ちゃんどうやって元の世界に戻るつもりなんだろう?「――そうだよね。急いで世界間移動しても上手くいくとは限らないもんね。休むのは大事だよね」 あ、今思いっきり正当化した。事情は分からないけど、ここに留まる事を自分の中で全力で正しい事にした。 誰に言うでもなくそう呟いた久遠ちゃんは、満足そうに頷いて私達に向き直ってくる。 その表情は、あらゆるツッコミを躊躇うほど晴れやかだった。「じゃ、お世話になっちゃおうかな! よろしくお願いしますね、お二人とも!!」「あはは、改めてよろしくねー。――よーし、これで心強い用心棒が出来たわ!」「蓮子、貴女ねぇ……」「大丈夫大丈夫、いつもの事なんで僕は全然気にしてませんよー」 ……自分で言っといてなんだけど、どういう生活していたのかしらこの人。 言動や行動の所々から、妙な非常識さや人外っぽさを感じるのよねー。 やっぱり、オカルトな立場の人間だと視点や思考も普通と違ってくるのかしら。 ふふん、そこらへんの話も聞かせて貰おうじゃないの。……出来るだけ無理の無い範囲で!「とりあえず、まずは温泉に入りましょうか! お背中お流ししますよ―?」「まだ昼じゃない、もうちょっと落ち着きなさいよ」「一日中風呂に入れる環境なんだから、昼も夜も関係無いでしょう? ほら、メリーも行くよ!」「まったくもう……」「温泉に入る事は賛成ですけど……背中は流せないと思いますよ?」「はい? どういうジョークですソレ? ――ま、いいや。ほらほら、行きましょう行きましょう!!」「蓮子ったら……スイマセンね、大変だと思うけどお付き合いください」「いや、構いませんけどね? 今更ですけど僕等の間に、物凄い認識の違いがあるような――」「そういうのは、裸の付き合いで解決すれば良いんですよ! さー、レッツゴー!!」 そう、この時の私達はまだ知らなかったのです。 久遠晶ちゃんに秘められた、もっとも非常識なその事実に。 ……いや、反則でしょうソレは。なんかこう色々と。