「ちょ、ちょっと幽香何してくれてるのよ!?」「と言うか紫、何でいきなりスキマ閉じてるんだぜ!?」「わ、私は悪く無いわよ! 勝手にあの隙間が閉じただけで!!」「あわ、あわ、あわわ……」「とにかく、早く御嬢様を引っ張り出しなさいよ紫」「そう言われても……どこに行ったのかは分からないわよ、さすがに」「ちっ、役立たずね」「霊夢ぅぅぅ、そんな事言わないでよぉぉぉぉぉお」「ふ、ふふ、この私を舐めるからこうなったのよ」「……そう言う事を言い出すから、面倒な事になるんだぜ?」「な、何のはにゃしよ!?」「はぁはぁ、せっかく出てきたのに放置プレイとか――最高ね!!」幻想郷覚書 異聞の章・拾「異人同世/another sky」「いぇーい、到着ー!」 開いた隙間から身を乗り出し、固い地面を踏みしめた僕は歓喜の声を上げた。 ああ、やっぱ人間は地面が無いとダメだ。もう何度言ったか分からないけど地上大好き!! 〈あたしらの知ってる大地かどうかは分からないけどな〉 そこはまだ突っ込まないでください。もうちょっと現実から逃避させてお願い。 ちなみに、現在の僕は鬱蒼と茂った森の中に立っております。 まだ魔眼は全開にしてないけど、感覚的にはいつもの幻想郷って感じです。 まぁ、第三の目覚醒してから幻想郷以外に行った事は無いのだけども。 〈魅魔様も幻想郷ではあると思うな。幻想郷である事以外は何も保障できないけど〉 わはは、魅魔様は容赦無いなぁ。……もう少し希望を持たせてくれても良いじゃないですかー。〈諦めろ少年、自分で選んだ道だろう〉 ですねー。それじゃ、情報収集に行ってきます。 僕は氷翼を展開し、とりあえず上がれるだけ上がって周囲の状況を確認した。 ふむ、ここは魔法の森だったのか。えーっと、妖怪の山……ある。紅魔館も……あるね。 出来れば守矢神社と命蓮寺があるかも確認したいんだけど――さすがにここからじゃちょっと分からないか。 特に守矢神社は場所が場所だからなぁ。サードアイでもちょっと確認は難しいかも。 あの二つは僕が来てから建った建物だから、有無が確認できるだけで大分違うんだけど……。 命蓮寺なら分かるかな? うーむぅ……分からん。「他に何か、日付を特定できる要素とか無かったかなぁ」〈さすがにここからじゃ分からんだろう。とりあえず、人里の方に向かってみる?〉 そうですね。知り合いの所に行ってショック受けるより、自分に無縁な所へ行って情報を集めた方が賢いかもしれません。 とりあえずサードアイの力を出来るだけ解放しつつ、ゆっくり飛びながら人里を目指す事にする。 出来れば、素っ頓狂な世界で無い事を祈るばかりです。無理だと思うけど。〈でもさぁ少年。あたしらの世界も結構素っ頓狂……〉 しっ! 言わなければ誰も気付きませんよ!!〈誰に気を使ってるんだ少年は〉 いやはや、それにしてもやっぱり幻想郷は幻想郷のままですねぇ。 まだ語れるほど違う世界に行ったワケじゃ無いけど、このブレ無さ加減はありがたくて同時に困る。 せめて一箇所くらい、分り易い変化があったら楽なんだけど。色々な意味で。 ――おや? 何やら魔眼に反応が。 そろそろ森の出口に差し掛かりそうな所で、魔眼の方に引っかかる人の影があった。 反応的に妖怪では無いけど、この感じだと普通の人でも無さそうだ。 ちょっとだけ興味を惹かれたので、地面に降りて件の人間の姿を確認してみる事にする。 んー、どこかな? 確かこのへんに……居た!!「ぅぅうう……怖いよぉ、帰りたいよぉ」 木陰に隠れる……隠れてる? つもりらしい人物は、頭を抱えているせいで顔が良く見えない。 オマケに、やたらゴツいリュックのせいで全体像もちょっと分かりにくいし。 ただ全体的に線が細いから、女性である事は確定だろう。間違いない。 格好は……にとりに近いかな? ただあっちがメカニック風の服装だとすると、こっちは探検家もどきって感じの衣装だ。 本格的な探検家と見るには所々足りてないけど、必要な部分はきっちり抑えてるし……プロ未満のアマチュアさんってとこかな? しかしこういう能動的な格好をしている割には綺麗な髪してるよなぁ。肌もツルツルだし、美容にも気を使ってるのかな? 僕も昔は同じ様な格好してたけど、男と女じゃやっぱり違いが出るんだねー。〈少年、そろそろ止めとけ。魅魔様が笑い死ぬ〉 え、何で?〈……人間って、ほんと自分の事ほど分からないもんだよなぁ〉 はぁ、そうですね? 半泣きになるくらい笑いを堪えている魅魔様の態度に首を傾げつつ、僕は塞ぎこんでいる女性に近寄った。 良く分からないけど、何やら困っているようだ。ここは是非力になってあげよう。 そうすれば、こっちの問題にも力を貸してくれるかもしれないしね! とりあえず味方は一人でも確保しておかないと!! 〈少年くろーい。うぷぷ〉 何故にそこで笑うのやら。まぁいいや。「あのー、大丈夫です」「ひぃっ!? こ、今度は何さ!?」「くぁ…………」 恐る恐る振り返ってきた人物の顔は、僕のとても見慣れたモノだった。 黒いショートヘア、蒼く澄んだ瞳、絹のように滑らかそうな肌。――いつも鏡で見た、僕の顔。 ああうん、なるほど。どーりで魅魔様が大爆笑するはずだ。 僕が少女だと思っていた人物は、どうやらこの世界の久遠晶であったようである。 なんていうか、客観的視感の恐ろしさってモノを実感せざるを得ない。 素で「女の子だ間違いない」とか思ってしまったよ。……やべー、これはメイド服着せられても仕方ないかも。〈おや意外、もうちょいショックを受けるものかと思ってたが〉 いや、かなりショックですよ。でもまぁ、予め分かっていた事でもあるので。 とりあえず、寝る間際にでも思い返して泣く事にしますよ。〈少年、わりとこの手のネタに対する耐性高いよな〉 メイド服着せられてほとんどブーイングが無い時点で色々諦めてます。 にしても彼の格好、僕が幻想郷に来たばかりの頃のヤツだね。 という事は、ここは紅魔館のお世話になる前くらいの世界……なのかな? 僕には僕自身と遭遇した記憶が無いから、良く似た別の世界である事は確定だと思うけど。 しかしこの時期に、魔法の森の隅っこで隠れていた事なんてあったかなぁ。 親分から逃げるためとか? うーん。その割には、周囲に人っ子一人居ないけど。「えっと、気持ちは分かるけど落ち着いて? ほらほら、こっち見てくれれば色々と説明するからさ」 魔眼の力で相手の波長を安定させれば、何とか話も出来るだろう。多分。 と言うか、そうでもしないと話にならないくらい向こうの僕はテンパっているのである。 まぁ、気持ちは分かる。僕だって最初にあの幽香さんと遭遇した時はかなりパニクったからなぁ。 だけどこれくらい軽く受け入れて貰わないと困るじゃないか! 主に僕が!!〈少年はほんと、自分に対して無駄に厳しいよな。……けどさ、この少年は同一人物と遭遇した事を驚いてるのかな?〉 え、でも他に驚く事ありますか?〈分からないけどさ。――そもそも、昔の少年が今の少年を少年と認識する事が出来るのかと思って〉 何だか、少年がゲシュタルト崩壊起こしそうですね。 しかしそっか。そもそもこの時? の僕は、メイドとは縁もゆかりもないんだったっけ。 髪型も変わってるし、魔眼の影響で瞳も赤くなってるし、コレで僕を自分自身と判断するのは少し難しいよなぁ。 「ううう……ごめんなさい、ごめんなさい、勘弁して下さいぃぃ……」 ……と言うか、幾ら何でも怯えすぎじゃない? 何がそんなに怖いのさ、この僕は。 自分で言うのも何だけど、僕自身はさほど迫力のある姿はしていないはず。 敵対的な態度もとっていないから、いきなりの登場に驚いたとしてもそろそろ持ち直しているはずなのに。 うーん、僕ってここまでビビリだったかなぁ。 この時期の僕は、身体強化出来ない主要攻撃も氷と風のみの貧弱ボーヤだったけれども。 およそ心の図太さにかけて言えば、今と変わらないレベルで図々しかったと記憶していたのですが。 〈大丈夫、少年は自分で思ってるよりずっと図太いよ。魅魔様が保証する〉 ありがとうオボエテロ。しかしだとすると、ますます解せない。 彼は、僕のどこらへんあたりが怖いのだろうか。「……ねぇ」「ひぃっ!?」 キッカケを求めてもう一度話しかけると、過敏な反応と共に後ずさるもう一人の僕。 そこで気が付いた。彼の瞳には、対話するべき相手である僕の姿が映っていないのだと。 そう、そもそも見ていないのだ。こうして真正面から対峙しているにも関わらず。 彼は相手から目を逸らし、理解する事を拒否し、ただ身体を縮こませている。 ……これは、明確な拒絶だ。それも僕に対するモノではない。 ――この久遠晶は、世界全てを拒絶している。 何を恐れているのかは分からない。何を拒否しているのかも理解できない。 自分自身であるはずなのに、どうしてこう至ったのか共感できない。 何かが違っているのだ。僕と彼の間で、存在に関わるほど致命的な根本が変わってしまっている。 それが何かは分からない。分からないけれど――何故だか、無性に腹が立った。「あーもう! ほら、こっち見てよ!! 怖い事なんて何も無いでしょ!?」「……こ、来ないで」「幻想郷がどんな所か、知らないとは言わせないよ! それを承知の上で君はここに来たんだろう!? ならもうちょい落ち着け!」「来たくて……来たくて来たんじゃないよ、こんな所!!」 ――なるほど、死にたくなったから介錯してくれと。はい、分かりました。〈落ち着け少年! ここで神剣顕現させるのは色々と問題があるから!!〉 一思いにバッサリ逝かせてやろうと動き出す前に、魅魔様が身体の主導権を無理矢理奪い取ってきた。 もっともメインである僕を完全に拘束する事は出来ないらしく、感じ的には羽交い絞めにされている様なモノだけど。 どちらにせよ動けない事に変わり無いのだから、状況的に大差はないだろう。 くそっ、どいて魅魔様! コイツ殺せない!!〈殺すなよ! 沸点低すぎだろ少年!!〉 だってこのヤロウ、幻想郷の事「こんな所」呼ばわりしたんだよ!? もうコレは、首をねじ切るか胴体をへし折るか身体を右半身さんと左半身さんに分けるかするしか無いでしょうに!〈少年が幻想郷大好きなのは知ってるから冷静になれって。別に幻想郷を否定しただけで、害をなしてるわけじゃ無いんだからさ〉 久遠晶のクセに、幻想郷を嫌がってる時点で万死に値します。 あーあー、ようやく理解したよ。何にビビっているのかと思えばそう言う事ですか。 こんのスットコドッコイ、‘幻想郷’に怯えていたのだ。 幻想郷に或るあらゆる幻想を、存在を、力を、受け入れる事ができずに逃げていたのである。 うわー、殴りたい。全力でその巫山戯た頭をブチ抜いてやりたい。 魅魔様に抵抗しながら、動かない身体で目の前の間抜けな久遠晶を睨みつける。 あ、逃げやがった。この上、マトモな判断能力も無いのかコイツ!? どう考えても逃げきれる実力差じゃ無いでしょうが。 ここは、とにかくひたすら命乞いして相手の気勢を削ぐ場面だよ! 命が惜しくないのかこの馬鹿!!〈そこで戦うと言う選択肢を出さないあたりが少年だよな〉 自分で出来ない事を押し付けるほど鬼では無いです。平和的解決って大事ダヨネ!!〈良かった、そこはいつもどーりの少年だ。でも平和的に済ますつもりは無いんだろう?〉 とりあえず捕まえて、幻想郷の素晴らしさを叩き込んでやりますとも!! 場合によっては物理的な意味で!! 〈逆効果くさいけどなぁ〉 ぶっちゃけ八つ当たりなんで問題ないです。たっぷりトラウマ与えてやんよ!! 我ながら実にエグい笑みを浮かべながら、転んで尚四つん這いの姿勢のまま逃げる惨めな久遠晶を追う僕。 走る必要はない。氷翼使って逃げる事も考えられない間抜けには、魔眼さえあれば充分だ。 とりあえず魔法の鎧を展開し腕をポキポキならしながら、逃げる以外の選択肢を選ばないとアレな事になるよーとアピールしてみる。 臨戦態勢ではあるけど、目の前の相手を注視しているワケでも無い特殊な状況。 ――だからこそ、僕の技量でもその不意打ちを回避する事が出来た。「――――!!」 足甲を強化すると同時に、バックステップでその場から飛び退く。 十分な距離は稼げたが、それでも多分足りないだろう。僕は更に身体を捻って後方へと倒れこむ。 ――すると、先程まで僕が居た所を中心にして風が‘爆発’した。 明確な殺意を持った、斬撃と打撃の複合攻撃。……これほどまでに風を使いこなす人物を、僕は一人しか知らない。「晶さん、大丈夫ですか!?」「あ、文さん……」 僕ともう一人の僕の間に降り立ったのは、白と黒の烏天狗――この世界の射命丸文だ。 彼女はあちらの久遠晶を庇うようにして葉扇を構えると、僕を険しい表情で睨みつけてきた。 ……まぁ、立場的にそうなるよね。仕方ないけどやっぱり落ち着かないなぁ、文姉が敵に回るって言うのは。「すいません、戻るのが遅れて。……本当に大丈夫ですよね?」 「う、うん、平気です。文さんが来てくれたから……」「――――そう、ですか。それは良かった。なら下がっていてください、ここは私が」「は、はい」 この世界の文姉の言葉に頷いて、もう一人の僕が木の影に隠れた。 まぁ、正しい判断だ。この世界の久遠晶の実力は分からないけれど、わりと本気っぽい文姉の足枷になる事は確実だろう。 ならば、全てを文姉に任せて隠れる事は間違ってない。…………だけど。 どうしても腑に落ちない。納得出来ない。それが、文姉を信じたが故の行動だと思えない。 不快感と共に違和が強くなっていく中、それでも静かに身構えた文姉に対抗して僕も拳を構えたのだった。 ――ねぇ、この世界の僕。お前は自分に味方してくれる彼女でさえ恐れているというのかい?