平行世界の存在を知って、ふと思った事がある。 それは、自分にあったかも知れないイフ。もしもの久遠晶の可能性だ。 はっきり言って、僕は自分が今以外の形に収まる光景を想像する事が出来ない。 もちろん、「今まで後悔する事無く生きていた」等と偉そうに嘯くつもりは無いけれど。 じゃあ別の生き方があったかと言われると、軽く首を傾げてしまうワケで。 まぁつまる所、僕の骨子は物心付く前にすでに出来上がっていたのだ。 爺ちゃんに幻想郷の話を聞いた時、そして紫ねーさまに出会った時、僕の行くべき方向は固まっていたのだろう。 ……ただ、だからこそ思わないでも無い。 もしも、もしもその骨子がそもそも無かったら――僕はどうなっていたのだろうか。幻想郷覚書 異聞の章・玖「異人同世/せかいわたり」「……えっと、つまりこの隙間は」「僕の作ったものです。多分」 なんとか冷静になれた僕は、呆けてるこちらを怪訝そうに見ていた三人に事情を説明した。 さすがにこれはちょっと隠せません。と言うか、これ隠して話を進めると後々エラい目に遭わされそうだ。「御嬢様、スキマを作る事が出来るんですか?」「一応はねー。僕自身制御出来ない能力だから、すっかりさっぱり忘れていましたけど」「……お前、何者なんだ?」「極普通の一般人です。ちょっとまぁ、色々と小細工的な真似は出来ますが」 さすがに魔理沙ちゃんや幽香さんは若干こちらを警戒し始めたけど、まぁ想定していたよりはマシだから良しとしよう。 霊夢ちゃんは……無関心か。お賽銭に傾倒している事以外は変わらないなぁ、本当にありがたい。 とりあえず、無害さをアピールする為に出来るだけ可愛らしくウィンクしてみる。怪訝そうな顔された。 ――ネタが通じないって、ある意味引かれるより辛いね。「まー、御嬢様が何者だろうとお賽銭が貰えれば何でもいいわ。それよりも、これからどうするんですか?」「うーん……まぁ、普通に賢者様を呼んでこのスキマを調べて貰うしか無いんじゃないかなぁ。一応は手掛かりなワケだし」「――私、あの巫山戯たスキマを家に上げたく無いんだけど」「ま、我慢してくれよ。お前さんだってコイツの力になってやりたいんだろう?」「ななな、何のはにゃしよ!?」「……お前って、意外と分かりやすいんだな」「とは言え、コレを調べても何とかなるのかなぁ……」 スキマの事は良く分からないけど、この状態のスキマを調べて何が分かるのやら。 僕は何か分からないかなーと淡い期待を込めて、念のためもう一度スキマを観察してみた。 もっとも見返しただけで分かるようなら、もう少し上手く能力を使う事が――んんっ?「ねぇ。気のせいで無ければこの隙間、少しずつ狭まってない?」「ふむ……本当ね。ゆっくりだけど徐々に閉じていってるわ」「おかしいわね。さっきまでずっと消えなくてイライラしていたのに」「……ひょっとして、お前がコレに気付いたからか?」 なるほど、無意識下にスキマを閉じようとしているのか。その可能性は否定出来ないね。 しかしだとすると困った事になる。何しろ、自分でやってるのに自分では止められないのだ。だってどうやってるか分からないし。 ってアレ!? なんかさっきより閉じる速さが増している様な。 うわ、気のせいじゃない! どんどんスキマが小さくなってるぞ!? 咄嗟にスキマの中へ両手を突っ込み、必死に狭まるのを抑えこもうとする僕。 それがあんまり意味の無い行為で有る事に気が付いたのは、スキマの閉じる勢いに負けて手が抜けなくなってからだ。 あかん、空間の閉じる力って超強い。しかも思いの外深く突っ込んだせいで引き抜けなくなってるし。「あの、すいません。ちょーっと助けて貰えませんか? ……お手手が抜けなくなりました」「何やってるんだお前……」 本当ですよね。冷静に考えると、ここまでしてこのスキマを維持する意味は無い気が。 あ、ヤバい。狭まる際の動きでスキマの中に取り込まれてる。「どどど、どうしよう! このままじゃ、良くてスキマに取り込まれ悪くて両腕切断ですよ!?」「ど、どうしようって……どうすれば良いのよ!」「コイツの身体を引っ張ったら、そのまま腕がスッポ抜けそうで怖いな」「僕もそんな気がします。えっと、可能ならスキマの方を何とかして貰いたいんですけど」「引っ張って広げるとかか? んなもん、純粋な腕力で何とか出来るのかよ」「分からないけど、やるだけやって見ましょう。――と言うか紫ぃ! 見てるなら出てきなさい!!」 しかし賢者様からの反応はない。アレ、話が片付いたら呼ぶって事になってたはずなのに。 うわうわ、ヤバい! スキマの狭まる勢いが更に……!「だ、ダメ! やっぱりビクともしないわ!!」「ふーむ、幽香の馬鹿力でもダメなのか」「ば、馬鹿力じゃないわよぉぅ!」「いや、そこは今どうでも良いだろう……」「やっぱ腕、引っこ抜く?」「うん、僕もそれを覚悟するしか無いような気がしてきた。もう肩の関節外れても良いから引っ張ってください」「こ、怖い事言わないでよ!」 幽香さんが頬を引き攣らせながら、それでも僕の後方に回り背中に手を添える。 まぁ、他に方法無いからね。大丈夫大丈夫、手首が引きちぎられなければ文句は言いません。 しかし、僕等がそんな一か八かの賭けに出る事は無かった。 幽香さんが身体を引っ張ろうとするその前に、空間が裂け中からゆっくりと賢者様が姿を表したからだ。ただし頭だけ。「えっと……もう大丈夫なの?」「様子窺ってるんじゃ無いわよヘタレ。とにかく、今すぐに御嬢様の手首を噛んでるスキマを広げなさい」「え、あの、どういう状況?」「分かってねぇのかよ! こういう時に一から十まで見ているのがお前だろうが!!」「の、覗きって良くないと思うのよ」「……幽香が怖かっただけでしょ」 この世界の賢者様、幽香さんに半殺しの目にでも遭わされたのだろうか。 僕でもなかなか無いチキンっぷりを発揮した賢者様は、僕の背中を掴んだ幽香さんをビクビクとした様子で窺っている。 こっちはお願いする立場だけど、思わず早くしてと怒鳴りたくなる光景だ。と言うか実際に霊夢ちゃんが言っちゃってるしね。「あのー。そろそろ洒落にならない痛さになってきたので、何とか出来るなら何とかしてください」「わ、わかったわよ。そのスキマを広げれば良いのよね?」 そう言うと同時に、手を挟んでいたスキマが一気に最初と同じ大きさまで広がった。 合わせて隙間から手を抜いた僕は、サヨナラせずに済んだ手首を安堵しながら念入りに擦る。 さすが賢者様、他人の作ったスキマでも操作可能なのか。凄いなぁ、是非ともやり方を教えて欲しいですよ。 ……教わっておかないと、また同じ事態が発生しちゃうしね。出来れば異世界旅行はこれっきりにしたいっす。 元通りになったスキマをまじまじと観察しながら、そんな事を呑気に考える僕。 ――今にして思えば悠長に構え過ぎだった。安全が確保されたんだから、とっととその場から逃げるべきだったのだ。 身近にあり過ぎたせいで、僕は少しスキマの脅威を甘く見積もっていたのかもしれない。「ふふふ、見つけたわよ!!」「え、天子?」 地中に封じられるのに飽きたのか、復活したらしい天子が唐突に現れた。 見た目がかなりボロボロになっている所を見るに、ここを探り当てるまでそれなりに苦労したのだろう。どうでも良いけど。 突然の闖入者。それもかなりアレな天人の登場に全員がそれなりに驚いたが――約一名、それなりどころじゃない反応をした人が居た。 誰であろう、僕の真後ろに居た幽香さんである。「ひぃっ、また来た!?」 どうやら幽香さん、天子さんとはあまりよろしくない関係であるらしい。 ……うん、まぁ何となく分かる。不本意なドSと生粋のドMだもんね、どういう関係なのか容易に想像が付きますよ。 もっとも今回の天子が探していたのは、僕の方なのだろうけど。 彼女の登場に驚いた幽香さんは、驚きのあまり添えていた手を思いっきり前に突き出してしまった。 当然そうなると、僕の身体はスキマ目掛けて押されてしまうワケで。 気が抜けていた状態で踏ん張る事も出来なかった僕は、そのままの勢いでスキマの中へと飛び込んでしまった。「――おぉう」「あっ」「おっ?」「え?」 まさしく一瞬の出来事である。流れるようにスキマへと入った瞬間、謀ったかのように‘入り口'が閉じてしまった。 あっれー? コレってひょっとして、スキマの中に閉じ込められたって事になるのかなー? あまりの急展開に、思考が色々と追いつかず茫然とする僕。 いや、え、嘘、何で? スキマは賢者様が操作してるんじゃなかったっけ? ひょっとして他人が無理矢理操ったツケでも回ってきたのだろうか。 ぶっちゃけ何一つ意味が分からないので、ちょっとした推察すら出来ない有り様です。 さすがに、ここまで来ると僕の理解力を余裕で超越しますよこの事態。〈まぁ、元々不安定なスキマだったんだ。何とかなったように見えて、実は些細なキッカケですぐ閉じる様なモノだったのかもしれん〉 ですねー。だからまぁ、そこはどうでもいいと言う事にしておきます。気になるけど、凄く気になるけど。 この四方八方から視線を感じる得体の知れない謎空間の中で、余計な事を考えていたら大変な目に遭うと思うんだ。 最早どこから来てどう移動しているのかも分からないシッチャカメッチャカな状況下で、僕は両腕を組み周囲の状況に目を配った。 まぁ、摩訶不思議空間その物は何度も経験しているから、今更慌てたり驚いたりはしないけれどね! ……そういえば僕、ほぼ毎回違う人の手で謎空間に連れられてるよなぁ。〈我々クラスの実力者にとっちゃ、異空間作成なんて嗜みみたいなもんですよ〉 はいはいカッケーカッケー。そんな実力者な魅魔様は、このスキマに風穴をブチ空けたり出来ないので? 〈ただでさえイレギュラーな空間でそんなイレギュラーな真似して、私らが無事で済むと思うなら力を貸すが?〉 それも有りかな!〈あ、ゴメン。魅魔様少年の思い切りの良さ舐めてた。もっと穏便な方法探そうぜ〉 了解しました。じゃあ、それは最終手段って事で 面変化後即トワイライトスパークぶっ放しを諦めた僕は、再び両腕を組み瞑想の姿勢に入った。 ベターな展開として、賢者様がスキマを開いて助けてくれる可能性を期待したいのだけど。 何となくそれは無理なんじゃないかなぁ、と言う気がする。 あの世界と繋がっているスキマが閉じた以上、僕とあの世界の関連性はほぼ失われたと考えて間違いないだろう。 その状態からこの空間を見つけるのは、僕の世界をノーヒントで見付けるのと難易度的にさほど変わらない様な……。 ちなみに最高の展開は、僕の世界の紫ねーさまが現れ助けてくれる事です。期待はしてません。〈何で? 紫なら、晶の匂いを嗅ぎつけたとか何とか言って平然と出てきそうじゃね?〉 ねーさまが嗅ぎつけてるなら、僕の心が持ち直す前に出てきて心の支えになろうとアレコレしてくれてますから。 〈わぁスゲエ。魅魔様、こんなに説得力のある暴論初めて聞いたよ〉 紫ねーさまの事は大好きですけどね。まぁそれはそれとして。 ぶっちゃけこの状況下を独力で何とかしようとすると、選択肢は一つしか無いワケです。 ――魅魔様、別の世界に行く覚悟は出来てますか?〈少年なら、自分の世界に帰るスペカとか作れそうだけどなぁ〉 スキマさえ任意に開く事が出来ないと言うのに、更にその上を目指せと? 絶対に無理とは言いませんけど、出来るとは言い難いですね。 せめて自分の手でスキマを制御できるようにならないと。下手したら相乗効果で、もっとエラい事になったりしますよ? だから諦めてください。成功するまでスキマを開き続けて、適当に開いた所から脱出しますよ。〈遭難した時はその場でジッとするべきだぞー。時間はあるんだし、待ってる間ずっと修行する方が効率良いだろうよー〉 ハハハ――居座るのが嫌だから出ようって言ってんですよ!〈え、何で? 少年好きだろ、こういう場所〉 不思議空間は好きです。でも、どこ向いても何かと目が合うこの状況は許容できません。 スキマの中が結構ホラーちっくな事は知ってたけど、中に入ってみるとまた格別の恐ろしさがある。 まぁ、空間の色がコロコロと変わるのはまだ平気ですけどね。そこらへんに『目』があるのは正直どうかと思いますよ。 しかも全部こっち見てるし。多分魔眼無くても分かるくらい露骨に見られてるし。 そんな中にずっと居たら、一日持たずに発狂しますって。人間の精神はそんなに気丈じゃ無いんですよ? あ、魅魔様。僕は人外だから大丈夫だろって意見は聞きませんよ? そもそもこんな閉鎖空間、妖怪だって耐えられませんって。〈少年なら行けると思う〉 妖怪でも無理だっつってんだろ! もう有無を言わさず実行に移しますよ!! 僕は組んだ両腕を解き、手当たり次第にスキマを開くよう適当に身体を動かした。 ぶっちゃけどうすればスキマが開くか全然分かんないから、ここらへんはもう思いつくままです。 大丈夫、いつか開くって!! それがいつなのかは分かんないけども!!!〈絶対この場から動かない方が正解なのになぁ……〉 ――ちなみにその後、どこへ繋がってるか分からないスキマを開けたのは体感時間で五時間ほど後の話でした。