「ところでさ、お前の世界にも私って居るんだろ? どんなヤツなんだ?」「……魔理沙ちゃんは、僕の知ってる魔理沙ちゃんよりちょっとワイルドかな」「ワイルドねぇ、そいつはまた判断に困る評価だな」「まぁ、悪い意味では無いよ。うん、悪くない悪くない」「そっか?」「と言うか御嬢様って、平行世界の話を振られると毎回首をシメられた様な顔をしますよね」「あはは、気のせい気のせい」「……あー、元気だせよ。幻想郷なら元の世界に戻る事くらい簡単だからさ」「いや、別にホームシックとかそういうのでは無いです。じゃあどういう事かと聞かれると困りますが」「ふーん……ちなみに、魔理沙の周囲はどうなってるの? やっぱこっちと同じ感じ?」「それが全然違うんだよ。正直、何も知らない時にアリスと会って発狂しそうになったくらいだし」「あの魔理沙狂いがねぇ……」「僕の世界では、頼りになるツッコミ役でした」「完全に別人ですね」「完全に別人なんだよ」「そんなに違うもんなのか?」「……他人事ながら、この世界での魔理沙ちゃんの苦労が忍ばれるくらいだよ」「はぁ? 苦労?」「――ひょっとしてアレかな、魔理沙ちゃんのコレって自己防衛の一種だったりするのかな」「天然でしょう。生きるのに最適な形を自然と選択しているのよ」「私はどういう生き物なんだぜ……」幻想郷覚書 異聞の章・捌「異人同世/世界の隙間」「と言うワケで、到着しました太陽の畑!」 外見その物は僕の知るソレと変わらない幽香さんの家の前で、意味もなく叫んでみる僕。 もちろん深い意味は何も無い。単なるノリで言っただけである。「いよいよね……魔理沙、覚悟は良い?」「もちろんだぜ。どういう意味での話し合いでも対応してやるさ」 そしてヤる気満々な巫女と魔法使い。話し合いって言ったのに話し合う気ゼロである。 まぁ、この世界における幽香さんの評価を聞くと仕方ないって気にもなるけど。 最初から喧嘩腰でいられると、話がし辛いので困るんですが。「とりあえず、二人は後ろに下がっててね。まずは僕が話をつけるからさ」「平和的な方か。構わないけど、そっちに任せて大丈夫か?」「自分の事だしね。ギリギリまで粘るつもりだから、僕が良いって言うまで二人は事態を静観しておいてください」「御嬢様がそう言うなら待ちますけど、ヤバいと思ったらすぐ動きますからね」 それが一番怖いんですよ。僕は穏便に事態を解決したいんですって。 前提条件の違いをつくづく噛み締めながら、僕は幽香さんの家の扉を叩いた。「は、はぁーい!」 そして聞こえてくる幽香さんのやたら上擦った返事と、必死とも言えるくらい慌ただしい足音。 ……ああ、何となく中で何が起きてるのか想像出来るなぁ。 多分、早足で移動しながら必死に身だしなみでも整えているのだろう。 実に分り易い人だ。これがどーしてドS扱いされるのか、とても理解に苦しみます。「ふっ、ふふふ……誰だか知らないけどいい度胸ね。この私の家にやってくるなんて――」「やっは! どうもです幽香さん!!」「!?!?!?」 あ、扉閉められた。そんなにビックリしたのかな。 ヤンキーみたいな顔でこちらを睨みつけてきた幽香さんは、僕に気付くと顔を真赤にして引っ込んでしまった。 奥に逃げた……ワケじゃ無いみたいだ。ドアノブが動かないって事は多分まだ玄関に居るのだろう。「うーむ、これは予想外。まさかお籠りされるとは思わなんだ」「御嬢様の顔を見て露骨に顔色変えましたね……何かしたんですか?」「特に何もしてないんだけど……おーい、幽香さーん。どうかしたんですかー?」「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ちなさい!! 良いわね、絶対に待ちなさいよ!!」 鍵をかける音と共に、扉の向こう側からドタバタと忙しなく動く音が聞こえてくる。 あ、そういう事ね。別に歓迎の準備なんてしなくても良いんだけど……。 ってあっれぇ? ちょいと霊夢さん魔理沙さん、何でそんな緊張した様子で武器構えてるんですか? まだ相手、何もしておりませんよ? これからですよ? ね、落ち着こう?「やる気満々だったな。これは、派手な話し合いになりそうだぜ」「御嬢様、次に奴が出てきたら下がってくださいね」「いやいやいや、早い早い。暴力的な方の話し合いはもう少し我慢してください」「え、もう平和な時間は終わりましたよね」「始まってすらいないよ!?」「しかし幽香のヤツ、多分話し合う気皆無だぜ?」「あるあるある。きっとあるから、ちょっと黙って見ててください」 何で今の一瞬だけで、相手方には敵意しか無いとか思っちゃうのかな。 まったく、僕の世界より平和的な癖に変な所で血気盛んなんだから。 八卦炉と退魔針を仕舞わせ、どうにかして殺意を抑えて貰った僕は静かに幽香さんを待った。 「ま、待たせたわね! さ、さぁ、上がりなさい!!」「はーい。ほら、二人共行くよ」「二人? ……れ、霊夢と魔理沙じゃないの!?」 どうやら彼女、驚きのあまり僕しか見えていなかったらしい。 一瞬だけ顔を真っ赤にした幽香さんは、再び険しい表情でこちらを睨みつけ始めた。 うわ、また面倒臭い事に。これ明らかに喧嘩売るつもりじゃないですか。 霊夢ちゃんも魔理沙ちゃんも売られた喧嘩は即買うだろうし、そうなるとますます面倒に……。 仕方ない、ここは僕が何とかするしか無いか。――この幽香さんなら多少の無茶しても大丈夫そうだし。〈わー、しょーねんくろーい〉 はーい、魅魔様は黙っていましょーねー。 とりあえず行動を決めた僕は、幽香さんが何か言い出す前に動き出した。 幽香さんの両手を掴むと、有無を言わさず勢い良く上下させる。 出来るだけ無邪気に! 子供が馬鹿みたいに明るく戯れる感じで!!「それで幽香さん、さっきは何の準備をしてたんですか!? オヤツ!? オヤツ!?」「えっ、そ、そうだけど……」「わーい! オヤツだオヤツだー!! さ、皆でオヤツ食べよ!」「え、でも……」「皆でってなぁ……」「私は何でも良いけど?」 よっし、いい感じに皆の毒気が抜かれたぞ! 僕はさらに幽香さんを方向転換させ、その肩を押しながら居間へと向かう。 そのまま我が物顔で彼女を上座に、さらに霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんをその対面に座らせる。 当然、カップは足りていないので超速で取ってくる事を忘れない。 持ってきたカップを分けるついでにオヤツも全員に取り分け、お茶を注いであっという間に茶会の準備を終わらせた。 そして幽香さんの隣に座り何くわぬ顔で紅茶を啜る僕。我ながら慣れたモンである。「んー、美味しい。さすが幽香さんですねー」「そ、そうかしら? ほほほ、て、適当に入れたのだけどね」「さすがさすが。いやぁ、和むなぁ」「……お前、結構無茶苦茶するんだな」 ははは、こんなのまだまだ序の口だぞぉ。 魔理沙ちゃんのツッコミを軽く受け流して、僕はもう一口紅茶を啜った。 しかし参った。平行世界だと知らずに無礼を働いた事を謝るつもりが、再び悪用する羽目になるとは。 本来なら、二人に僕と幽香さんの間を取り持ってもらう予定だったんだけどなぁ。 結果的に僕が二人と幽香さんの間を取り持ってるから、今の立ち位置を崩すわけには行かなくなっちゃったよ。 まぁ、別にバラした後でも全然普通に仲良く慣れる自信はあるけどね。 僕は押せる相手はとことん押すよ! 厚顔無恥上等!!〈少年は本当、変なとこ小市民で変なとこ図太いよな〉 それが人間というモノです。「えっと、それで情報収集はどうなったのかしら?」「まぁ、とりあえず自分がどういう状況下にあるのかは理解出来ましたよ。あはは」「ふぅん……ま、私はどうでも良いんだけど」 そう言う割りには、気になってしょうがないって感じですね。 まぁ、幽香さんからすれば当然の話だろう。きっと話の全景どころか断片すら分かってないに違いあるまい。 さてはて、どこから説明したモノかなぁ。平行世界の事は隠せないにしても……うーむ。「それにしても……真ピンクな部屋ね。これってアンタの趣味なの?」「はひゃぁ!? そ、そんな事あるわけ無いじゃない! こ、これは……そう、血糊を隠すためよ!!」 その言い訳は不穏すぎやしませんかね。と言うか、ヒラヒラである理由付けになってませんよ。 しかし他の二人は納得した様だ。……霊夢ちゃんに関しては、どうでも良いって感じだけど。 「まぁ、内装に文句をつけるつもりは無いです。それよりもちょっと、確認したい所があるんですけど」「確認したい所?」「具体的にどこってワケじゃ無いんですが。ちょっと家の中を調べたくて……構いませんかね?」「そっ、それはダメよ!! えっと――この私の家を荒らしたいなんて、よっぽど死にたいのね貴女は」 なるほど、追い詰められると凄むのかこの人は。 何となく法則性を理解した僕は、小さく肩を竦めて二人の様子を窺った。 うむ、やる気は無いっぽいね。魔理沙ちゃんも霊夢ちゃんも、幽香さんの傾向が分かってきたのかな? それとも単に警告が効いてるのか。……前者であれば良いのになぁ。「色々調べた結果、どうも幽香さんの家に最重要情報があると分かったのですよ。ここを調べないと僕はとても困るのです」「こ、困るって……そうは言っても…………」「まぁ、幽香さんに心当たりがあってソレを教えてくれると言うなら、調べなくても良いんですが」 個人的にはそっちの方が、色んな事全部てっとり早く片付くので大歓迎です。 僕がそう言うと、幽香さんは唇に指を添え静かに考え込みだした。 まぁ、とは言えそんな簡単に見つかるワケが――「あ、そうだ。そう言えば一つだけあったわね」「はぁ、なんですか?」「客間を掃除しようしたら、入り口の所にスキマが開いていたのよ。……まったくあの隙間妖怪め」「……スキマ?」 幽香さんの言葉に違和感を覚えた僕は、この世界の賢者様を良く知るであろう霊夢ちゃんに視線を向けた。 ん、首を横に振ったって事はやっぱり無いって事か。だよね、あんだけ幽香さんにビビってた賢者様がそんな悪戯するはず無いよねぇ。 しかし、幾ら何でもスキマを見間違えるなんてありえないだろう。 だとすると……ひょっとして開いたのは違う世界のスキマさんだとか?「むむむ、気になるなぁ」「……気になるなら、見てみる?」「え?」「まだあるわよ、スキマ。朝掃除しようと思って見つけてから、ずっと消えずに残っているのよ」「おいおい、どういう事だぜ?」「私に聞かないでよ。分かるわけ無いじゃない」「うーむ……すいません、それじゃ見せて貰えますかね」 考えづらいけど、まさかまさかの紫ねーさま黒幕オチとかだったりするんだろうか。 ……うーむ、さすがにここまでされる理由は無いと思うのだけどなぁ。 最近ちょっと腑抜けていたから活を入れるため、とか? でも僕はだいたいいつも腑抜けてるよね?〈無いと思うけどなぁ。そもそもあのスキマが、武者修行なんて頭悪い理由でこんな真似するワケ無いだろう〉 だよねぇ。うーむ、だとするとどういう事なのだろうか。 幽香さんの案内に従い、首を傾げながら客間へと向かう僕と二人。 それにしても、家の間取りは同じなんだねぇ。いや、この状況下ではどうでも良い話なんだけど。 僕の世界では僕の部屋だった客間に辿り着くと、幽香さんは僕等に中を見せる形で扉を開いた。 客間の中は、居間や他の部屋と同様にヒラヒラフリフリしている……のだと思う。 ここで思うと言うあやふやな言い方を用いたのは、障害物が邪魔をして部屋の全景が見られないからだ。 幽香さんの言っていたとおり、入り口のど真ん前にスキマが開かれているためである。 「うわー、本当にスキマだ」「しかもデカいわねー。人が一人余裕で潜れるわよ?」「スキマのヤツ、何を考えてこんな物開いたんだ?」 うーむ。位置的に考えると、確実にコレを潜ってこっちに来ちゃった気がするなぁ。 朝方の記憶は大分あやふやだし、無警戒に通過していたとしてもおかしくない。 ……だとすると、この先は僕の世界と繋がってるのかな?「えいやっと」「ちょ、いきなり何やってるのよ!?」「躊躇なく頭をスキマに突っ込んだぜコイツ……」「御嬢様、本当に平然と無茶しますね」 確かめてみるため、とりあえず頭だけをスキマの中に入れてみる。 しかしそこにはただ真っ暗な空間が広がっているだけで、どことも繋がっている気配は無かった。 前にスキマを通った時には直結だったから、このスキマの繋がりそのものはすでに切れてると思った方が良いだろう。 つまりこれは「元の世界に戻れるスキマ」で無く、「どこに辿り着くか分からないスキマ」であるワケか。 わー、意味ねー。元々期待してなかったけど、これならいっそ無かった方が良かったよ。「うーん、何でコレが放置されてるのかなー。ねーさまの意図が良く分からないっす」 とりあえずスキマから頭を抜いて、今度は外側からジロジロと観察してみる。 極普通の……というのもおかしな話だが、見た目はいつも紫ねーさまが使っているスキマだ。多分。 と言うか、他に使える人もいない……だろう……し…………。〈少年、ちょっと気付いた事があるんだけど〉 奇遇ですね魅魔様。僕もですよ。 でもまだ、結論を出すのは早いと思いませんかね? まず可能性を出来るだけ潰していって、他の可能性が一切無くなってからこのアイディアを論じるべきだと思うんですよ。うん。〈気持ちは分かるけどな、少年。私は少年より物事を知ってるから断言出来るんだよ。――コレ、少年の作ったスキマだ〉 うわーん! やっぱりそうだったー!! 魅魔様が無慈悲に告げるその言葉に、僕は内心で滝のような汗と涙を垂れ流した。 そういえば朝方、部屋の扉を開ける事すら面倒臭がった記憶があるよーな無いよーな。 いやー、地霊異変以降使えなかったスキマ移動能力がこんな形で使えてしまうとは。僕って本当に変な所で力を発揮するなあははー。 ――どうしよ。 思っていた以上に自業自得だった事の真相に、僕は思わず頭を抱えるのだった。