「はー、御嬢様は平行世界の人間なんですか」「違う世界かぁ……どんな感じなんでしょうねぇ」「ここと大して変わらないよ。性格は大分違うけど、ソレ以外はそのまんまだからやり辛くてやり辛くて」「という事は、そっちの世界にもてゐ達は居るウサね! どんな子ウサか?」「………………テイチャンハトテモイイコデスヨ」「そっちには何も無いウサよ?」「別世界の自分かぁ……ちょっと気になりますね。えへへ、私はどんな感じなんですか?」「…………姉弟子として、僕の面倒を見てくれてました」「姉弟子ですかー。――あれ、だとすると久遠さんってそちらの世界では」「永遠亭で薬師様の弟子もやってました」「へー! ………弟子‘も’?」「まぁ他にも色々と、紅魔館や白玉楼や地霊殿や妖怪の山や人里やらでお仕事や何やらを」「物凄い掛け持ちっぷりウサ……」「はー、久遠さんって凄いんですねー」「いや別に、メイドの真似事とか教育係っぽい事とか天狗に混ざったりとか、そんな誰でも出来る簡単なお仕事ばっかで」「それだけの相手に手を貸してる時点で十分凄いですよ、御嬢様」「そうウサ、凄腕メイドウサ。カッコイイウサー」「あっはっは――――いやほんと、勘弁して下さい。何でそんな手放しで称賛してくるんですか、イジメですか」「……御嬢様は、何か褒められる事に苦い経験でもあるんですか?」幻想郷覚書 異聞の章・陸「異人同世/世界変われば人変わる」 ついに別の世界へとやってきてしまいました。どうも、久遠晶です。 いやー。自分で言うのもなんだけど、ついにここまで来たかって感じだねぇ。 分かってしまえば驚くまでもない事だ。異世界と言っても、基本的には冥界やら旧地獄やらと同じ様なモノだろう。あっはっは。 ――ただし、それらと違って帰り方は分からないワケですけども。「原因が分かったのは良いけど、尚更途方に暮れてしまう事になるとはなぁ……」 違う世界からの帰還って、異世界ファンタジーモノじゃ話の主軸になるレベルの困難さじゃないですか。 何? これから僕は、伝説の勇者的な存在になって見知らぬ世界の一大事を救わないといけないの?〈落ち着けよ少年。幻想郷じゃ、世界間移動なんてそう珍しい力でもないぞ〉 あ、魅魔様! 異世界だと聞いてあっさりと起きてきた魅魔様じゃ無いですか!! 〈うん、落ち着け少年? 今は私の事とかどうでも良いと思うんだ。それよりも、スキマ妖怪の力を借りる方法を考えようぜ!〉 誤魔化されるつもりは無いけど、そこはあえてスルーしておきます。ただし後で覚えてろ。 それで魅魔様、紫ねーさまで無い八雲紫さんの力なら、僕を元の世界に戻す事が出来るんですか? まぁ、別世界とは言えあの人だから、それくらいの事お茶の子さいさいって感じはしますが。……平行世界ですよ? 似てるだけでぶっちゃけ完全に別物な世界を移動するのは、さすがの隙間妖怪でもキツいんじゃ無いでしょうか。〈スキマなら楽勝で何とかしてくれるさ。ふっふっふ、魅魔様を信じろ!〉 話五分の一で信じておきます。「ねぇ紫、アンタの力で御嬢様を元の世界に戻す事って出来ないの?」「ん――ちょっと難しいわ。さすがの私でも、来た世界が分からない相手を戻すのはねぇ」「役立たずね」「違うわよ! 帰せないじゃなくて難しいって言ったの!! 平行世界なんて、それこそ星の数ほど有るのよ!? だから見捨てないで!」「安心しなさい、元々アテにして無いわ」「れいむぅぅぅううううう!?」 わー、霊夢ちゃんってばバッサリだー。こういう所は僕の世界の霊夢ちゃんとそう変わらないんだねぇ。 心なしか拒否度合いが酷くなってる気もするけど、そこらへんはこっちの賢者さんの自業自得だろう。うん。 ……ところで魅魔様、スキマ妖怪なら――なんでしたっけ?〈ぐぅぐぅ〉 ぼくおこったよ。 ―――――――仕置「悪霊拷問台」〈え、何コレ。何で心の中にこんな機械が? ちょ、少年待った。ゴメン、ちょっと調子に乗り過ぎ――うぎゃぁ!?〉 ふぅ、怒りのあまり心の中に居る悪霊専用のスペルカードを開発してしまった。 天子専用スペルカードよりも使い道無いけど、魅魔様を牽制するには丁度良いだろう。 彼女の身体を拘束して心の中を突っ走り、魅魔様の作った壁の中に突入する拷問機械を見て爽やかな気分になる僕。 悪霊拷問台さんは、お仕事中の光景を僕に見せない優しさを持ってるんだなぁ。実にきめ細やかな働きっぷりである。 まぁ、声は聞こえるけどね。酷いモノでは無いので無視出来る範囲内です。 ところでそろそろ僕の心の中が雑多になり過ぎて本人も扱いに困ってきたんですけど、どうすれば整理出来るんでしょうか。「紫を庇うワケじゃ無いけど、ノーヒントで久遠さんの居た世界を見つけろと言うのはさすがに無茶が過ぎると思うわ」「そうなんですか? スキマ妖怪なら出来そうな気がするんですけど……」「確かに不可能では無いわ。だけどね、うどんげ――星の数って言うのは比喩じゃないのよ」「え?」「平行世界が『他と少し異なる世界』であると言うなら、今この瞬間にも世界は増え続けていると言う事よ」 だよねぇ。賢者様や薬師様は「星」と例えたけど、表現としては不足どころのレベルじゃないだろう。無数と言っても過言ではあるまい。 むしろ、不可能で無いと言う事実に驚きである。さすが腐ってもスキマ妖怪、地味だけど馬鹿げた凄まじさだ。 「ちなみに今の状況から僕の居た世界を探し出す場合、どれくらいの時間がかかりますかね」「んー、そうねぇ。他にもやる事があるから、合間合間に探して……」「全力でやりなさい。ソレ以外は認めないわよ」「霊夢がそう言うのなら、あらゆる仕事を投げ捨ててやるわ! それだったらえーっと――そうね、一年くらいかしら」「……はぁ、全力でやってその程度なのね」「こ、これでもかなり早い方なのよ? 普通ならもっと遠大な時間がかかるんだから!!」「人間にとっちゃ、一年でも充分に遠大な時間よ」「れいむぅぅぅ……」 霊夢ちゃんは本当に賢者様に厳しいなぁ。もうちょっと優しくしてあげても良いのに。〈…………少年、ダブルスタンダードって知ってるかい?〉 まぁ、釘は刺しておかないと調子に乗っちゃうもんね。必要経費ってヤツか。 散々弄ばれてボロボロになった魅魔様から目を逸らして、僕は爽やかに霊夢ちゃんの行いを肯定した。 実際問題、僕も一年は待てそうにない。この世界と僕の世界の時間差は分からないけど、同期していたら色々と問題が出てしまう。「あのー、もうちょっとどうにかなりませんかね?」「そうねぇ……何か貴女の世界の手掛かり的なモノを持っているなら、時間が短縮出来るかもしれないわ」「手掛かり的なモノですか。うーん……何かあったかなぁ」 ポケットを探り、手に触れたモノからとりあえず出してみる。 これは三叉錠、これは財布、これは文姉に押し付けられた猫耳セット、これはお師匠様作の怪しい薬。 ハンカチ、ヤスリ、手帳、筆記用具、魅魔様の入った陰陽玉、植物の種、ナイフ、カモフラージュ用の布、にとり印の謎パーツ。 パチュリーから借りた本に手鏡、守矢のありがたい御札、良く分かる大将棋入門本、代金後払いなてゐちゃんのお手伝い券。 ……我ながら、適当にモノを放り込み過ぎだろう。次から次へとモノが出てくる惨状にそう自虐して苦笑する僕。 そっか、このポケットだと何を入れたのか外からじゃ把握できないんだ。 頼り過ぎないよう自制していたつもりだったけど、いつの間にか無意識にモノをポケットへ放り込む癖が出来ていたらしい。 やー、それにしてもどれくらい出てくるんだろうか。出した道具で山が出来てるぞコレ。「も、もう出さなくて良いわよ。どうやら貴女の世界に繋がる手掛かりは無いみたいだから」「あの、そのスカートにそれだけの容量が入るっておかしく無いですか?」「僕の世界におけるゆか……スキマ……あぁもう面倒臭い、紫ねーさまが色々と細工してくれたんですよ」「『紫ねーさま』――悪くない響きね。霊夢!」「呼ばないわよ」「ショボーン」「それじゃ、とりあえず片付けますね。……アレ、手裏剣なんてどこで拾ったんだっけ」「本人ですら中身の把握ができてないウサ。完全に持て余してるウサ」 うーん、残念。実は異世界帰還の超重要アイテムをすでに持っていた展開を若干期待していたのだけど、そう上手くは行かないかぁ。 となるとやっぱり、最低でも一年はこの世界に滞在しないといけないのかな。それはちょっと困るぞ。〈……ちなみに少年よ。一番手っ取り早い戻り方は、少年の能力を使う事だと思うんだが〉 ははは、世界で一番アテにならんモノを頼りにしてどうするんですか魅魔様。〈少年はもうちょい、自分の能力がどれだけ馬鹿げたモノであるのか自覚した方が良いと思うぞ〉 自覚はしてますとも、ただソレ以上に自分の事を信用してないだけです。 断言しても良いよ。この状況下で僕の力を使って帰ろうとしたら、間違いなく何かしらのウッカリをやらかして大変な事になると! だから能力で僕の居た世界を探すのも断る。外なる神々の居る世界には絶対行きたくないからね!!〈そこまで自分の失敗を信じられるって、ある意味凄いな……〉 そもそも、一応方法が‘有る’現状じゃ僕の能力は活用しづらいんですよ。 この状況で能力を利用する為には、幾つか屁理屈を重ねないと行けないけど……そうなると結果も必然的に捻くれたモノとなってしまう。 当然、安定性もその分下がっているワケだ。上手い活用法があるならともかく、無策でソレを用いるのはただの自爆でしか無い。 賢者様なら上手な活用方法を思いつくかもしれないけど、信頼性に関してはどうしようも無いしなぁ。 ま、使うとしても最終最後の手段ですな。もちろん結局使わないって意味の。「…………ねぇ、久遠さん。貴女がこの世界にやってきたのって今日の事なのよね」「恐らく。いつなのかは朝方の記憶があやふやなので断定出来ませんが」「だとしたら、貴女が世界移動した痕跡はまだ残っているのでは無いかしら。それだけの事象なら、痕跡もそうそう消えないはずよ」「永琳それよ! さすが月の頭脳だわ!!」「むしろ今まで気付かなかった貴女がどうなのよ。この役立たず」 いや、ソレは厳しすぎだと思うよ霊夢ちゃん。僕等だって全く気が付かなかったじゃないですか。 しかしさすがはお師匠様――じゃない薬師様だ。おかげで手詰まりかと思った帰還の道に光明が差しました。 「それじゃ久遠さん、貴女が最初に居た場所を教えて貰えるかしら」「えっと、寝ぼけてる間に長距離移動して無ければ……幽香さんの家ですね」「幽香って――風見幽香の事!?」「御嬢様、良く無事でしたね」 まぁ確かに。事実を知った上であの時の行動を思い返すと、ある意味チキンレースだったなと思わなくもない。 幽香さんが僕の知ってる幽香さんだったなら、今頃は初対面の礼儀ってヤツをきっちり身体に叩きこまれていた事だろう。 そう考えると、こっちの世界の幽香さんはかなり温厚で気弱な人だったんだなぁ。 知らなかったとはいえ、そんな人に朝食を作るよう指示までしてしまったなんて……後で謝っとこう。 あれ? でも何で皆が僕の世界の幽香さんの事を知ってるんだろうか。「しかし困ったわね。あのドSの家が目的地だなんて……どうしたものかしら」「普通にお願いすれば良いと思うけど? こっちの世界の幽香さんは優しいから、二つ返事でオーケーくれるって」「優しいって、あのアルティメットサディスティッククリーチャーが?」 あ、その呼称はこっちの世界でも使われてるんだ。ほんと、変な所だけ僕の世界と共通してるんだなぁ。 しかし、こっちの幽香さんもアルティメットサディスティッククリーチャーだったとは……えっと、どこらへんが? 確かに目付きは悪かったけど、アルティメットどころかサディスティックですら無さそうでしたよあの人? ぶっちゃけ、サドかマゾかで言うとマゾっぽい……えふんえふん。ナンデモナイデスヨ。「あんな世界全てに喧嘩売ってるような女が優しいだなんて、御嬢様の心は晴れ渡る大空のように広いですね」「そう言う霊夢ちゃんは、世界全てに怨みでもあるのかってくらい辛辣にモノを言うね。僕は単に純然たる事実を語ってるだけですよ?」「いや、あのフラワーマスターが優しいって仏様でもなきゃ言えないウサよ」「久遠さんの世界の風見幽香と、恐怖のあまり混同してるんじゃ……」「それは無い。こう言っちゃなんだけど、怖さという点においてこの世界の幽香さんは僕の世界の幽香さんの足元にも及ばないし」 フレンドリーさでは僕の世界の幽香さんの方が格段に上だけど、あの人はその状態で相手の首をネジ切れるからなぁ。 凄まない怖さ。それを知っている身としては、凄む幽香さんは恐怖八割減って感じだ。 そうでなくてもこう、そこはかとないヘタレ臭があの幽香さんから漂っている気がするというか何というか。 もっともあくまでソレは態度の話であって、実際に戦ったらこっちがボッコボコにされると思うけど。 ――まともに戦わない事にかけては、僕だって一日の長があるんだからね! ま、戦いそのものは避けられない事が多いんだけど。いつもの事です、いつもの事。「御嬢様の世界の風見幽香って、どんなバケモノなんですか。悪の大魔王?」「どちらかと言うと、世界の存亡をガン無視して隠しダンジョンに篭ってる隠しボスかなぁ。当然大魔王より強い」「……久遠さんの居る世界、本当に私達の世界と良く似た世界なんですよね?」「多分ね」 僕の幽香さん評を聞いた皆が、戦々恐々とした表情で僕の世界に対する想像を深めている。 あの様子だと多分、彼女達の中でのこちらの世界は修羅の国か何かになってるんだろうなぁ……どうしよう、否定出来ないや。「とにかく、知らなかったとは言えこっちの幽香さんには迷惑かけちゃったみたいだしね。お詫びの挨拶もかねて会いに行く事にするよ」「御嬢様……分かりました、そう言う事ならこの私もお付き合いします! 良いわね、アンタも行くのよ紫」 「えっ、私も!?」「当然でしょうが。アンタが居なけりゃ、御嬢様がどこの世界から来たのか分からないじゃない」「え、えっと……わ、私ほどの実力者が居たら風見幽香も落ち着かないと思うし、ここは二人で行った方が良いと思うのよ、うん」「―――必死ね、紫」「永琳五月蝿い!」 まるで切腹する覚悟を決めたみたいな霊夢ちゃんに話を振られ、視線を泳がせながら行かない言い訳を重ねる賢者様。 平行世界のねーさまだと分かっていても、そのチキンっぷりに情けなくなってくる。 どうもこの世界の方達は、僕の世界の皆より闘争心やら意地の悪さやらが削がれてしまっているらしい。 なおも言い訳を重ねる賢者様の姿を眺めながら、僕は元の世界に思いをはせるのだった。 ――うーん。ひょっとして僕の居た世界って、かなり荒んでるんじゃ無いだろうか。