「あぁん! もっとよ!! もっとキツく縛りなさい!」「やっぱり天人は復活が早いなぁ。まったく、この腐れ天人は本当にどうしたもんか」「埋めます?」「それだ!」「う、埋めるですって!? どっ、どれくらい埋めるつもりなの!?」「じゃあ、ここらへん借りるよ霊夢ちゃん。そーれ『ペネトレイト・サーペント』!」「あら凄い。氷のドリルが、凄い勢いで穴を掘っていくわ」「よし、完成。これくらい深ければ良いかな」「なにこれ……すっごい深いじゃない。ここに叩きこまれて、その上で埋められるの私――ぐふふふふ」「ここまで喜ばれると、埋める事に対する罪悪感が無くなって良いねぇ。それじゃ霊夢ちゃん」「了解しました。おっりゃあ!!」「良いわ、落としなさい! うふ、うふふふふふふふ――――――」「はいはい、アイシクル落し蓋ーっと」「さっきの氷柱とほぼ同じですね。もっと下の方を尖らせておいたりしないんですか?」「どうせ効かないから、かるーく封だけしておくよ。そーれ、土被せて冷気で固めて気で強化してー」「その割に凄い必死ですけど……御札、使います?」「んー、さすがにそこまでは」「…………くふふふふ、凄いわ。ここまで容赦無い真似をしてくれるなんて、幽香や霊夢にも無かった苛烈さよ」「――よし、封印お願い。永遠に出てこれないようにしておいて」「博麗神社の地下にアレを埋め続けておくのはイヤなんで、それはお断りします」幻想郷覚書 異聞の章・肆「異人同世/月は無慈悲な篭り姫」 さて、未だかつて無いド変態天子を封印した僕等は、霊夢ちゃんに案内されて永遠亭へと向かっていた。 何でも、ねーさまならお師匠様の所へ行けば確実に会えるはず――との事だ。 ……しかしあの二人って、そんなに仲良かったっけなぁ? どちらかと言うと紫ねーさまは、月の方々を好ましく思ってない気がしていたのだけど。 うーむ、こんな所でも記憶との齟齬が。やっぱり影響は幻想郷全体に及んでると考えた方が良いのだろうか。「ちなみにさ。おし……永遠亭の薬師様以外で、賢者様と仲の良い人妖って居るの?」「そうですねー。白玉楼の亡霊に守矢神社のデカい方、後は最近売り出し中の寺の聖人と仲が良いですねー」「………………………………へぇ」 いや、幽々子さんは良い。あの人と紫ねーさまが親友だと言う事は僕も知っている。 だけど、神奈子様に白蓮さんって……およそ接点が無い気がするんですが。 全員の共通点を見出そうとしても、絶対に最低誰か一人があぶれる素敵仕様。どんな会話するのかがまず想像出来ない。 「たまに全員が誰かの家に集まって何事か話し合ってますよ。内容は興味無いんで全然知りませんが」「なるほど。それで今回ねー……賢者様達は、永遠亭に集まってるってワケだ」「あー、それはどうだか知らないです。そこまで私、アイツらの動向に注目してませんから」「……じゃあ、何で永遠亭に居ると?」「最近、紫が何度も意味ありげにアピールして来たんですよ。面倒だから無視してましたけど、永遠亭で何かある的な事を言ってた気がします」「とりあえず霊夢ちゃんは、もう少しゆ――賢者様に興味を持っても良いと思うよ?」 ねーさまに対する興味皆無じゃ無いですか。明らかに色々伝えてるのに、一切合切通じてないってソレ……。 まぁ、霊夢ちゃんらしいと言えばらしいけども。紫ねーさま影で泣いてるんじゃないだろーか。「少なくともあの薬師なら何か知ってますよ。お任せください、尋問なら得意です――おっ」 ソレ、絶対に拷問の異音同義ですよね。 本当にそういう所だけいつも通りな彼女の言葉に僕が何とも言えない気分になっていると、何かに気付いた霊夢ちゃんが下へ降りた。 慌ててついて行くと、彼女の目の前には毎度おなじみ悪戯兎ことてゐの姿が。 丁度良いタイミングでの登場だけど……さてはて、彼女はどうなっているのかなぁ。「あ、霊夢ウサ。こんな所でどうしたウサか?」「永遠亭に御嬢様を連れて行くのよ。ここで会ったのも何かの縁だから案内しなさい、タダで」「別に構わないウサけど……御嬢様?」「この御方よ。私の神社に躊躇なくお賽銭を入れてくださる尊い御人だから、失礼な真似したらぶっ殺すわよ」「初めて見る人ウサねぇ。――どうかしたウサか?」「あ、ゴメン。色々と衝撃が大きすぎて呆然としてた」 なんだ今のあざとさ全開の会話。いつのまにてゐちゃんは、萌えキャラの部類に足を踏み入れたのだろうか。 と言うかウサって。今時分語尾にニャを付けるだけで引かれるご時世で、鳴き声でなく種族名を語尾に付けるって。 しかも今、さらっとタダ働きを肯定したよこの兎。躊躇したり嫌がったりする素振りすら見せなかったってどういう事なの……? 気のせいで無ければ、てゐから色んな物がポロポロと抜け落ちている気がする。主に邪気とか金欲とかそこらへんが。 彼女はまるでメルヘン世界から現れたファンシーキャラの様に微笑みつつ、僕の顔を覗きこんだ。 うわぁ、なんてキラキラした無垢な瞳をしているんだろうか。正直気味が悪いです。「ふぅん……まぁ良いウサ。私は因幡てゐ、永遠亭の兎妖怪ウサ。よろしくウサ!」「僕は久遠晶。案内料は出せないけど、案内してくれるなら嬉しいなぁ」「ウサウサ、そんなモノ要らないウサよ。私は人助けが出来ればそれで充分ウサ」「……へー」「あー、気をつけてください御嬢様。そいつ無害ですけど悪戯者ですから、絶対何か企んでますよ」「失礼ウサねぇ。あ、久遠さんガム食べるウサか?」「うん、ありがと――あいた」「ウッサウサウサ! 引っかかった引っかかった!!」 うん、知ってた。差し出してたガムの銘柄があからさまにパチモノだったしね。 と言うか、儲けにならない事は一切やらないがモットーだったてゐちゃんがこの体たらく。他人事ながら涙が出てくる。 これじゃ悪戯者は悪戯者でも、幼児番組に出てくる憎めないタイプの悪戯者だ。 てゐのあの分り易いくらい明け透けな拝金主義者さ具合は、完全に鳴りを潜めてしまっている。 ……何というか、天子とは別の意味で気持ち悪い。 シリーズを重ねる度に健全化した結果、過去のブラックな部分が完全に無かった事にされてしまったマスコットキャラって感じ。「アンタ、御嬢様に失礼な真似したらぶっ殺すって言ったわよね?」「う、ウサァ!?」「あー、大丈夫。気にしてないからとっとと永遠亭に行こう」 と言うか長引かせないで、早く終わらせて、心が持たないです。 慣れても良いとは思うんだけどねー。正直無理です、一番マシな霊夢ちゃんでも結構キツい。 紫ねーさまや他永遠亭の皆々様のキャラクターによっては、冗談で無く発狂するかも。 「御嬢様が寛容で良かったわね……次に間の抜けた真似したら、その舌引っこ抜くわよ?」「わ、分かったウサ。もうやらないウサ」「本当に気にしてないんだけどねー。……そんな事言いつつ、上手く立ちまわって甘い汁を吸ってやろうとか考えてないよね?」「甘い汁? 美味しいジュースでも飲ませてくれるウサ?」「あはは、何でもないよー」 まさか通じないとは思わなかった。なんだろう、すっごい腹立つね。 例えて言うなら、学生時代散々一緒に悪さして社会に迎合すまいと誓い合った相棒が卒業後あっさり就職して結婚してた感じ? いや、別に僕が未だにヤンキー卒業出来てない残念フリーターだって言いたいワケじゃないけど。 なんかズルいよね。今まであんな好き放題してたのに、今更「私はピュアです」みたいなツラするなんて。 ちょっとだけグーで殴りたくなった。別にてゐが悪いってワケじゃないけど、こう何とも言えない苛立ちが。 ちなみに、てゐの案内が無くても永遠亭に辿り着ける事は説明しない。 ここまで来れば、僕を覚えている方が少数派――と言うかほぼ皆無だと言う事くらい分かるからね。 余計なトラブルの源になりそうな事は、出来るだけ黙っておく事にします。狂気の魔眼持ちなんて言ったら面倒な事になりそうだし。 「ところでてゐ、アンタん所にスキマ来てる?」「んー、知らないウサ。来てたとしてもえーりんの所だから、私とは会わないウサ」「役に立たないわねぇ……お、アレは」「――うげっ」 てゐの案内に従って迷いの竹林へと突入すると、永遠亭の方角からやってくる一人の影が。 言わずもがな姉弟子である。彼女は若干怒ったような表情でこちらに駆け寄ると、そのままてゐの顔を掴み引っ張った。「う、うどんげちゃん!?」「てーゐー……貴女ねぇ、師匠から掃除を頼まれてたでしょう?」「ご、ごめんウサぁ……」 皆さんご覧ください。世にも珍しい、てゐに対して上位に立っている姉弟子の姿です。 てゐがかなり弱体化? しているからなぁ。今の彼女に、姉弟子を掻き回す事は出来ないだろう。 姉弟子そのものは大して変わってないみたいだけど油断は禁物だ。物凄い人格崩壊を起こしている可能性は捨てきれない。 例えば、メイドを見たら問答無用で殺害したくなる衝動に襲われるとか。……ある意味いつも通りか。 あ、こっちに気がついた。とりあえず満面の笑みでも浮かべとこう。「えっと、こちらの人は……」「御嬢様よ。無礼な真似したらぶっ殺すから覚悟しなさい」 どんどん説明の仕方がおざなりになっていくなぁ。細かく説明されても困るけど。 もちろんそんな霊夢ちゃんの言葉で事態が把握出来るはずもなく、姉弟子は困惑した顔で首を傾げている。 となると頼りになるのはてゐだけど――今の劣化しまくった彼女に、この場を収める事は出来るまい。 つまり、僕が頑張るしか無いワケだ。 ……いやだなぁ、僕に関する記憶が完全リセットされてる姉弟子と絡みたくないなぁ。 話さない方が面倒な事になりそうだから、ちゃんと話すけどね。――もしもの時は全力で場をかき乱して逃げる所存です。「どーも、久遠晶です。ちと所用があってこれから永遠亭に行きたいのですが……構わないですよね?」「あ、お客様ですか。どうぞどうぞ、ご案内しますよ」「…………良いんですか?」「何がですか?」「いえ、何でもないです。案内お願いします」 警戒される所か、無条件で受け入れられてしまいました。嬉しいけど怖い。 なんだろうこのウェルカムっぷりは。永遠亭は一応一般開放もしている場所だけど、ここまで友好的だった記憶はない。 それとも、コレが余計な先入観の無い素の姉弟子なのかな? まぁ、僕以外の人にはわりと親切な人だった様な気もしますが。それでも人並みの猜疑心は持ってたはずなんだけどなぁ……。「それで、どういった症状で永遠亭に? 見た所怪我は無さそうですけど」「診察じゃなくて人と会うのが目的なんですが……ついでだから、心の診察もしてもらいましょうかね。あはは」「御嬢様、何か辛い事があるなら言ってくださいね。私がその原因を排除しますから」「今の所は大丈夫です。そろそろ大丈夫じゃ無くなるかもしれないですけどねー。あはははは」「何だか辛そうウサ……」「大変ですね……私に出来る事なら何でもしますから、遠慮なく言ってくださいね!」 とりあえず、姉弟子はその友好的な態度を何とかしてください。本気で心配されると何とも言えない気分になります。 別段、虐げられて喜ぶタチでは無いんだけどね。皆いつもと違いすぎてて調子狂いまくりだよ。 魅魔様ー、そろそろ心の中から出てきてくださいよー。普通の会話がしたいよー。「それにしても、お姉さんみたいなメイドは初めて見るウサ。紅魔館の新しいメイドウサか?」「いえ、フリーランスの……なんだろう、何でも屋みたいなもんです。どことも関係無い……という事になってます。多分」 我ながら、実にフワフワとした解答である。ぶっちゃけ自分で自分が超怪しい。 だと言うのに、誰一人ソレに突っ込まない不具合。 愉快な事になってるてゐや、お金の力で捻じ伏せられてる霊夢ちゃんはともかく、姉弟子は疑っても良いと思うんだけどなぁ。 幾ら僕に対する憎悪が消えているとしても、ここまで猜疑心が失われているのはおかしい。ような気がする。 やっぱり姉弟子の性格も、若干変わってたりするのかなぁ。お人好し度が増してるとか?「はい、到着しました。……ところで、会いたい人って誰なんですか?」「…………今更聞くんだ」「紫よ。居なければアンタの所の薬師で良いわ。居る?」「どうでしょう……ちょっと確認してみますので、とりあえず居間に上がっててくださいね。てゐ」「了解、案内するウサー」 何だろう、僕がおかしいのかな。僕はもう少し人妖の善意を信じたほうが良いのかな。 トントン拍子過ぎる流れに、感謝よりも先に得も言えないモヤモヤが湧いてくる恩知らずな僕。 これならいっそ、言いたい放題文句言われたりお金請求された方が良いかも。 以前の皆のイメージが強すぎて、こっちにとって得な行動でも損な行動でもダメージが大きいよ。はぁ……。 「我ながらいいかげんしつこいよねぇ。よし、次に何があっても平然と流そう。誰が変態になってても無視しよう。頑張ろう」「ふぁ……あら、お客さん?」「あ、姫様。お部屋から出てくるなんて珍しいですね」「えーりんのヤツがさー。お茶くらい自分で入れろって五月蝿いのよ」「へー、貴女が言われたくらいで動くなんて珍しいじゃない」「ふふっ、二週間は耐えてみせたわよ」「輝夜は極端ウサ。二週間飲まず食わずなんて、蓬莱人じゃ無ければ死んでたウサよ?」「正直、えーりんが意見撤回するまでストってやろうかとも思ったんだけどね。蓬莱人でも水分無しでネトゲは辛かったわ」「相変わらずね――って、御嬢様!? いきなりどうしたんですか、壁に頭を強打し続けるとか!?」「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ」 そうでも無ければ、えんじ色のダサいジャージを着たボサボサ頭の輝夜さんなんて摩訶不思議な光景を見るはずがない。 しかも今ネトゲって言ったし、気のせいで無ければネトゲってはっきり言ったし。 コレって完全に引きこもりだよね。しかも、外の世界における意味での。 どうなってんの幻想郷。ネット繋がってんの幻想郷。まさかネットは定額無しとか言わないよね幻想郷。 その後も僕は、皆の制止を振り切って心が落ち着くまで頭を殴打し続けたのでした。 ――うん、無理。これを平然と流すのは絶対に無理です。