「ど、どうしましょう、まさかこんな事になるなんて」「とっ、とにかくまずは夕食の準備よね。……いえ、それよりも掃除の方が先かしら」「お友達が寝泊まりする部屋は用意しているけど、使うのは初めてだし……」「でも、美味しいご飯を食べてもらうには今から準備しないとダメよね」「何を作ろうかしら……あの子は、特に好き嫌いは無いって言ってたけど」「ね、ねぇお花さん。何を作れば良いと思う?」「……一番得意な料理? そ、それで良いのかしら」「そうね、失敗するのが一番問題よね。でも大丈夫かしら、得意な料理が口に合わなかったりしたら」「わ、分かってるわよ。とにかく下拵えを始めるわね」「あっ、それに掃除も……他にも色々と準備しておいた方がいいわよね、うん」「うふふ、お友達が泊まりに来ると大変だわー。うふふふふ」「――それにしても、結局あの子は誰なのかしら?」幻想郷覚書 異聞の章・弐「異人同世/都会のアリス」「ふぅ……やっぱり写真じゃ物足りないわね。見た目だけじゃなくて、魔理沙の痕跡も感じられないと」「アレだけ念入りにペロペロしといてそれは無いと思いまーす」「何者!?」 ようやく満足したアリスのアレな物言いに、とりあえずツッコミを入れる僕。 それに反応した彼女は、勢い良くベッドから起き上がり上海人形を構えた。 見た目はフツーにいつものアリスなんだけどねー。さすがにコレで普段通りだと思うほど、僕は馬鹿ではありません。「……見慣れないメイドね。紅魔館の新人?」「あながち間違ってないけど新人では無いです。――アリスも、やっぱり僕の事覚えて無いの?」「何よソレ、新手のナンパ? 言っておくけど私は魔理沙以外の少女に靡かないわよ!」「やっべぇどうしよう、ツッコミ所が飽和して大変な事になってる。ツッコミー! ツッコミはいませんかー!!」 とりあえずアリスさんが、僕を一切覚えてないって事は良く分かりました。 まぁ、その事よりも遥かにインパクトの強い要素があるのでショックは比較的薄めですが。 記憶を喰らう妖怪にでもやられたのかなぁ。で、それと同時に人格も変になったとか。 ……んー。有り得そうな話だけど、たった一日で家の内装が変わった理由としてはちょっと弱いかな。 何しろ内装が変わっているのは幽香さんの家だけでは無い、アリスの家もまた変わっているのだ。 改装だとしても急過ぎる。と言うか、いくら非常識な幻想郷と言っても一日でここまでは絶対にやれないと思う。 ちなみに、現在のアリス家の内装を一言で言うと「魔理沙ちゃん一色」です。右も左も魔理沙ちゃんグッズ過ぎて正直引く。「いきなり失礼なヤツね。結局、アンタは何者なのよ」「えー、久遠晶と言います。一応アリスさんの親友やってた人間です」「嘘ならもっと上手くつきなさい。私に、魔理沙以外の友人はいないわよ!」「やっぱ覚えて無いかー。……と言うか今、すっごい寂しい事を物凄い自慢げに言いましたねアリっさん」「魔理沙以外の存在ってこの世に必要ないと思うの、私」 どうしよう、今のアリスから文姉や紫ねーさまと同じ匂いがする。 何の躊躇もなく言い切る彼女の姿に、尊敬とも呆れともつかないが沸き上がってきた。 僕の知ってるアリスは、魔理沙ちゃんとあまり相性が良くない。 いや、ある意味相性は良いんだけど、頑なにそれを認めようとしないと言うか――平たく言うと腐れ縁の関係である。 ちなみに以前「アリスって魔理沙ちゃんと仲イイねー」と本人に言ったら、容赦なく殺されかけた経験が僕にはあります。 アリス的に、魔理沙ちゃんと同類扱いは恥ずべき事なんだろう。アレを魔法使いとは認めないって言ってたし。 で、そんな彼女が今は魔理沙大好き人間に。 ……幽香さんといいアリスといい、アイデンティティ崩壊レベルで人格変わってるんですけど。本当に何なのコレ。「とりあえず魔理沙ちゃんの話題は置いておこう。そこは重要でない」「魔理沙ちゃんって何よゴラァ! 親しいお姉ちゃんポジション気取りか貴様ァ!!」「普遍的な呼称の一つに文句を付けられても困りますがな。言っとくけど僕、魔理沙ちゃんとはそんなに仲良く無いよ?」「……本当?」「何か相性悪いみたいで、むしろ敬遠されてるぐらいです」「――許そう、全てを」 仏の様な笑顔で許された。けどそもそも、怒られた内容からして言いがかりなので全然嬉しくない。 とりあえず、今のアリスは全ての優先順位のてっぺんに魔理沙ちゃんが居ると思っておこう。 うっかり魔理沙ちゃん関係で失言したら地獄の底に叩き落されそう。気をつけないとね! あ、そういえば今まで忘れてたけど、神綺さんはこのアリスさんをどう思います? ――神綺さん?〈少年気付くのおせーよ。魅魔様、どのタイミングで話しかけようかずっと悩んでたんだぞー〉 申し訳無い。朝から衝撃展開の連続で、そこまで頭が回りませんでした。〈うん、気持ちは良く分かる。あたしもあの幽香を見て眠気が完全に吹き飛んだ。笑う気にもならなかったよ……〉 それで魅魔様、神綺さんはどうしたので?〈分からん。何でか知らないけど、少年と神綺の接続が途切れてるんだよね。契約そのものが切れたワケじゃ無いんだけど〉 ……えっと、つまりどういう事?〈404 Not Foundって事〉 とても分り易いけど、その例えを魔法使いの口から聞きたくなかった。 うーん。今までも通信状態の悪さから、神綺さんと話がつかないって状況は何度かあったけど。 このタイミングでコレって言うのは、何だか怪しい気がするようなしないような。魅魔様は何か知ってます?〈知らん。ぶっちゃけあの愉快な幽香見るまで、あたしも少年同様寝ぼけてた状態だったし〉 状況は僕と同じか……やっぱり昨日の夜に何かあったのかなぁ? 突然の模様替え、謎の記憶喪失、筆舌しがたい人格変更、その全ての起点となる出来事が昨夜起きた――のかもしれない。 多分。自分で言ってて無いような気がすると言うか、幾ら何でも変わりすぎな気がするけど。 ……もしくは、おかしくなったのは‘僕’の方だとか? 信じ難い話ではあるけど、世界全部が変わったと思うよりはまだ信憑性が……。〈いやいや、そうなると魅魔様もおかしくなってるって事になるじゃん。勘弁してくれよ〉 あー、そっか。魅魔様が僕の知ってる魅魔様な時点で、この仮説は成立しないのか。〈つーか昔馴染みが揃ってこんな有様とか、魅魔様は絶対に認めないからな。絶対に嫌だからな〉 僕だって嫌ですよ。でも、可能性はきちんと追求しておかないとダメでしょう? まぁ、僕も魅魔様も狂ってるって可能性は、否定も肯定も難しい事なんで頭の片隅に留めておくくらいにしておきますが。 せめて、何が原因でこんな事になったかくらいは突き止めておきたいなぁ。精神を安定させる為にも。 〈これは魅魔様の勘だけど、少年に原因があると思う〉 何でもかんでも僕のせいにされても困ります! と言うか、さすがに今回は無関係だと思いますよ? 寝て起きただけだし。……多分。 若干不安に思いつつも、とりあえず僕は魅魔様の意見を否定する。 特に根拠は無いから、これもはっきりと否定は出来ないんだけどねー。出来れば関係ないと信じたいです、はい。 「……さっきから、何をぼーっとしているのよ」「あ、ゴメン。ちょっと考え事をしてまして」「ふぅん。まぁ、魔理沙に関係の無い事ならどうでも良いわ」「アリス自身に関係した事でも?」「どうでも良いわ」 さすがの姉二人でも、ここまで言い切る事はしないだろう。 自分の事ですらどうでも良いとか、最早魔理沙ちゃん狂いの領域に達してませんかアリスさん。「あーでも、魔理沙の事を脇に置こうとする愚かな話題にちと興味が有るわ。何を言おうとしたのよアンタ」「そう言う興味の持ち方ですかー。いや、贅沢は言いませんけどねー」「良いから言え、でないと排除するわよ」「了解。アリスは覚えてないかもしれないけど、僕とアリスが仲良しさんだった証拠は一応ありますぜ。このメイド服がそうです」「その服のどこが……んん? この服飾は」 僕のメイド服を一瞥したアリスは、真剣な表情でこちらの服を確認する。 こういう所はやっぱり彼女なんだなぁ。いつもの親友らしい姿にちょっとだけ安心。 ……いや、いつものアリスだったら僕はひん剥かれてるはずか。 魔理沙ちゃんに興味のリソースを全部注いでいるせいで、今のアリスは魔法関係にそれほど拘りを持っていないようだ。 一通り服の細部を確かめた彼女は、難しい顔で距離を取り小さく首を傾げた。「覚えはないけど、確かに私の技術が使われてるみたいね。……と言うかこの服、他のヤツも何かしてない?」「してるよー、パチュリーとか紫ねーさまとかが。あ、布その物は文姉と霖之助さんが用意したヤツっす」「……ぱちゅりぃぃい? ちょっと冗談でしょ、それじゃこの服は私とパチュリーが共同で作ったって事になるじゃない」「そうなるね。協力して作ったワケじゃ無いけど」「無いわ。それは絶対に無いわ」「絶対に無いって、何でそんな高らかに宣言出来るのさ」「私の魔理沙を狙うあの女狐と、この私がどんな形であれ一緒にモノを作るワケ無いじゃない!」 ……つまり、パチュリーもアリスのご同類なんですか? 聞きたくなかった新情報に、ツッコミも忘れてウンザリする僕。 出来ればパチュリーはただ魔理沙ちゃんが好きなだけで居て欲しいけど……望み薄かな、この状況だと。「じゃあ、僕が嘘をついていると?」「それも無いわね。真似にしては、私の癖や技術的な特徴を再現出来過ぎてる」「出来過ぎてるって?」「仮に貴女が完璧なコピー能力者だったとしても、どこで何を使うかって選択まで真似する事は出来ないはずよ」「……アリス、実は記憶戻ってたりしない?」 「何の話よ」 と言う事は偶然ですか。あーびっくりした。 ま、僕のコピー能力では癖なんて再現できないから、焦る必要は無いんだけど。 実はアリスも幽香さんも僕の事を覚えてて、記憶喪失ドッキリを仕掛けてるだけなんじゃ……と一瞬考えて背筋が凍りかけたよ。 正直、これが演技って言われたほうがキツい。もしそうだったら幻想郷から迷わず出て行く。セルフ逆神隠しするレベル。 「それじゃアリス、この矛盾をどう解消するの?」「そうね―――面倒臭いから忘れるっていうのはどうかしら」「ええっ!? そこまで冷静に判断下しておいて、まさかのスルー!?」「だって魔理沙関係無いし。事情は良く分からないけど、私の記憶がなくて困っているのは貴女だけでしょう?」 うん、実に合理的な判断だね。 穴だらけに見えて意外と穴のないアリスの理屈に、反論できず黙りこむしか無い僕。 そっか。よくよく考えると、今の彼女に協力する理由は無いんだよね。 唯一の方法がアリス本人に興味を持ってもらい、自ら首を突っ込んでもらう事なんだけど……たった今それは否定されたし。 後は、アリスの欲しがりそうな物を対価にして釣るとか? ……餌は一発で思いつくけど、手首ごと持ってかれそうで怖いなぁ。「ぶっちゃけ私、まだ魔理沙分が足りなくてイライラしてるのよ。その上でアンタの相手するのはかなり面倒だからさっさと帰って」「親友に対してあまりにも身も蓋も無い言動! 幾ら記憶が無いからってあんまりだ!!」「はいはい、思い出せたら謝るわ。上海、つまみ出して」「シャンハーイ」 そして僕は、容赦なくアリス宅からつまみ出されてしまった。ショボン。 まぁ仕方ない。今のアリスに頼るのは、色んな理由で無理だもんね。〈と言うか逆効果な気がする。あのアリスの力借りると、むしろ事態が悪化するだろ〉 ……うん、僕もちょっと思った。〈完全に魔理沙キ○ガイと化していたからなアイツ。頼るなら、他のヤツにすべきだろう……例えばスキマとか〉 そうですね。今回の異常事態は、ちょっと「見つからないなら良いや」で流せない気がしてきました。 一刻も早く紫ねーさまを見つけて事情を聞かないと、何というか僕のメンタル面がヤバい。 とりあえず僕は大きく息を吸って、虚空へ呼びかけてみる事にした。「ゆっかりねーさまぁ!」 しかし反応が無かった。うん、予想はしてましたとも。 やはり何事か起こっているのだろう。もしくは、紫ねーさまも僕の事を忘れているか。〈どっちにしろ、スキマと会わなきゃ話にならんね。次はどこに行く?〉 んー、そうですね。白玉楼……いや、博麗神社に行きますか。 何気に霊夢ちゃんの居る所って、紫ねーさまの出現率高いみたいだし。 ……ぶっ飛ばされる可能性も非常に高いけどね。もうこの際、それでも良いからとにかく事態を把握したいです。 ってあれー? 魅魔様ー? 何やってるんですかー? 人の心の中に心の壁を作らんでくださいよー。 あっ、コラ閉じこもんな。気持ちは分かるけど僕を一人にしないでください。〈いや無理。これで霊夢とか魔理沙とかおかしかったら、魅魔様もう正気でいられない自信がある。だから堪忍して〉 もうほとんど懇願のレベルである。魅魔様、そこまでイヤなのか……。 まぁ、気持ちは大変に分かりますがね。僕だって正直積極的に会いたいとは思わないし。 だけどここで足踏みしてもしょうがないでしょうが。だから諦めろ、そして巻き込まれろ、是が非でも。〈少年はド直球だなぁ。だけど断る、事態が解決するまで魅魔様は意地でも出てこないからな。ではおやすみ!〉 ちくしょう、本当に逃げやがったぞあの間借り人。少しくらいこっちに気を使ってくれても良いでしょうに。 そのまま本当にうんともすんとも言わなくなってしまった魅魔様に恨み事をぶつけながら、僕は博麗神社へと向かうのでした。 ――とりあえず魅魔様は後で泣かす。どんな手を使ってでも後で泣かす。僕は意外と根に持つタイプなんだぞ!