「見よ、これが三叉錠トライデントモードだ!!」「……好きにしろと言ったのは私だが、ここまでされるとは思わなかったな」「だからリスペクトですって。ちなみにトリガーと射出部分が分離するので、この状態でもクローは発射出来ますよ」「どう考えても使い勝手が悪くなっているだろう。分離した二つの中継に鎖を使ってるから、爪の射程が下がっているじゃないか」「出す事はオマケだから良いんです。戦闘中に槍の先端が飛び出たら、超驚くと思いませんか?」「確かにビックリするな。……驚く以上の効果は無さそうだが」「ま、そうだけどね!」「そもそも、爪の構造的にコレは槍と言うより刺又だろう。形が変わっただけで用途は変わっていない――むしろ劣化しているぞ」「容赦無いっすねナズーリンさん。でもロマンはあるよ!!」「意味が分からん」「それでもトレジャーハンターか! 恥を知れ!!」「その程度の事で、何故そこまで言われなければならんのだ……」「ロマンの分からん輩に、宝を探す資格無し!」「そこまで言うか」「ナズーリン、謝罪した方が良いですよ」「――待て、ご主人は何を理解した」幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾伍「三止九止/ウィキッド・トーク」「へーい、正体不明の妖怪一丁!!」 体を揺すって抵抗を続ける謎の妖怪を肩に担ぎ、僕はナズーリンと星さんの所に戻った。 お説教は終わったらしく、ナズーリンはやたらスッキリした表情で、星さんは沈みきった表情で僕等を出迎えてくれた。「ご苦労。……かなり乱暴な捕まえ方をしたようだが」「方法に関する指定がありませんでしたので!」「な、ナズーリン!? 何でアンタが――――まさか! 私を始末するためにこの殺し屋メイドを!?」 失礼な、いつ僕が殺意を振りまいたと言うのですか。 むしろとても紳士的かつ穏便な方法だったと思いますよ? 何しろ誰も怪我してないし! いつもの僕のパターンなら、今頃派手に弾幕ごっこして痛い目にあってたはずだ。――主に僕が。 「勘違いするな、話し合いをしにきただけだ。そもそも君の始末が目的なら、ご主人がココに居るはず無かろう」「しくしく、ダメな子でゴメンなさい」「そ、それもそうね。……だけど何で、寅丸はそんなに落ち込んでいるの?」「はは、何か反省する事があったのだろうよ」 実に白々しいお言葉です。いやまぁ、突っ込まないけどね。怖いから。 ぬえさんも何となく事情を察したらしく、弱々しい笑みを浮かべて星さんから視線を逸らした。 ――大丈夫、星さんならきっと立ち直れるよ。 僕は投げやりにそんな事を考えながら、鎖に縛り付けたままのぬえさんを地面に下ろした。 「とりあえず、こんな方法で連れてきた事は謝罪しよう。これは手段を言及しておかなかった私の失態だな」「独断と偏見で勝手にやりました!!」 まぁ、ナズーリンの性格上うっかり忘れてたって事はまず無いだろうけどね。 こっちのやり方を理解した上で、意図的に指示をしなかったと考えた方が自然だろう。 ……つまり、僕を利用して「逃げるな」と釘刺ししたワケだ。この策士さんは。 ちなみに、この場合の僕の立場は「良いも悪いもリモコン次第だけど、デフォは悪い方に寄ってる鉄人」である。 ナズーリンという操縦者が居る事で安全性は保たれているけど、場合によっては――そんな印象を意図的に与えているっぽい。 直接的に武力をチラつかせていないけど、結構それに近い状況だろう。 抜け目ないよなぁ。……ただ、話し合いとしてはどうだろう。相手の警戒心を煽るだけのような気が。 んにゃ? 今またナズーリンが目配せしてきた? ――えーっとコレは、その疑問を口にしろって事なのかな。「言いたい事はたくさんあるけど、多分誤魔化されるから聞かないでおく」「失敬な、大概の疑問には答えるつもりだとも」「はいっ! 僕を使って砲艦外交しといて、それで平和に話し合いって正直無いと思います!!」「仕方あるまい。件の人物が勝手に引け目を感じて、我々から本気で逃げ出そうとしているのだからな」「ぐむっ」 ああ、そういう方向に持っていくための前振りでしたか。 見事なピッチャー返しを食らったぬえさんは、それ以上の皮肉も言えずに押し黙ってしまった。 そしてやり過ぎを詫びる表情から一転して、咎めるような視線をぬえさんに送るナズーリン。 こういう駆け引きでは本当、鬼の様な強さを誇るよね。強すぎて味方でも敵でも扱いに困るレベル。「はっきり言うが、気にし過ぎだぞ。君が協力を拒否した理由を我々は理解しているし、『悪戯』に関してもさほど問題にしていない」「……別に、気にしてるワケじゃ無いわよ」 わー、面倒臭い拗ね方してるなぁ。 分かりやすくソッポを向いたぬえさんに、やれやれと肩を竦めるナズーリン。 ある意味、コレが一番厄介なリアクションだよね。 完全な拒絶じゃ無いけど積極的な和解も求めてないから、こっちで色々察して妥協点を導き出してやらないといけない。 まぁ、今回は専門家たるナズーリンがおりますので、僕は見てるだけで済みますけど。 どーするのかなぁ。他人事だけにちょっとワクワクするよ。「そうか、ソレは重畳。では戻ってきてくれ」「は、はぁ? いきなり何言ってるのよ?」「おかしな事など何も言ってなかろう。君にもこちらにも問題は無いのだから、命蓮寺に戻ってきてくれと言っているのだ」「え、えぇと……」 エグいなぁ、そういう論法で来ましたか。 ナズーリン達の話から察するに、ぬえさんの立場は良く言っても一時的な協力者と言った所だったのだろう。 つまり本来なら、彼女に振る話題は「もう一度協力してくれ」とか「今度は正式に仲間になってくれ」とかであるべきなのだ。 だがしかし、ナズーリンはその過程を全部すっ飛ばして‘すでに封獣ぬえが仲間である’かの様に振舞っている。 命蓮寺との繋がりを破棄しようとしているワケで無い以上、こう言われてしまえばぬえさんはもう『詰み』だ。 せいぜい出来る抵抗は、「立場を協力者にする」か「命蓮寺に定住しない」程度のモノだろう。 まぁ、そもそもナズーリンが‘抵抗させてくれるか’どうかって問題があるんだけど。……無理だろうなぁ。「ま、待って! なんかおかしい!! この流れは何か間違ってる気がする!」「おっとそうだな、言い方を間違えていたよ。――我々は君を必要としている、申し訳無いが戻って頂けないだろうか」 「いや、そ、そうじゃなくて……」 今度は腰を低くしてお願いしてくるナズーリンに、上手い具合に踊らされているぬえさん。 容赦ねぇ……全力で彼女の逃げ道を潰しにかかってやがるぜ。 「無論、ずっと居てくれなどと厚かましい事は言わないよ。とりあえず顔を出して、聖と話をしてくれれば満足さ」「だ、だけど私は……」「君の話をしてから、聖はずっと君に会う事を楽しみにしていたのだよ」「そ、そうなの?」「ちなみに、もうすでに君の分の布団も用意している」「ええ!?」 追い詰めてる追い詰めてる、すっごい追い詰めてるよナズーリン。 何というか、職人芸と言っても過言ではない絶妙な弄り具合だ。 ……まぁ、相手に歩み寄る気があると分かっているからこそ、ああして好き放題言えてるんだろうけどね。 しかしこういう話し合いの場だと、ナズーリン以外の命蓮寺面々の‘怖さ’が良く分かるなぁ。 何しろ普通なら詭弁と切り捨てられそうなナズーリンの台詞が、全部疑いようのない真実だって分かってしまうのだから。 ナズーリン以外のほぼ全員が生粋の善人みたいだからね、命蓮寺は。 鬼謀策謀に関してはナズーリンに頼りきりだけど、こういう話し合いの場では凄まじいまでの安定感を誇っている。 いやほんと、善人って凄いよね。存在その物が雄弁な証拠になってるんだもん。僕には確実に真似出来ないなぁ……。「……………………会うだけだよ?」「ああ、それからの事は聖と話し合ってくれれば良いよ」 あ、終わった。これはもうぬえさんの完敗ですわ。 本人は多分、「白蓮さんに会ったら上手く断って距離を取ろう」とか思ってるんだろうけどね。 だけど断言しても良い、ナズーリンを論破出来ない時点で彼女は白蓮さんに勝てない事が確定している。 一応裏のあるナズーリンと違って、白蓮さんは純粋善意で同じ事を言うだろうからなぁ。 それにノーと言えないのなら、ぬえさんの末路は決まっている。……そしてぬえさんは絶対にノーと言えないと思う、うん。 「とりあえず、これで話し合いは終わりって事で良いのですかね?」「ああ、手助け感謝する。……それから、いい加減彼女の鎖を解いてやってくれ」「おっと忘れてた。神剣も一緒に回収回収っと」 刺しっぱなしになっていた神剣を引きぬき、反対の手で三叉錠のロックを解除する。 拘束から解放されたぬえさんは手を擦りながら、こちらを訝しげな表情で睨むように見つめてきた。「ところでさ、この謎メイドは結局何者なの? 正体不明にした霧の中から、平然と私を見つけて捕まえてきたんだけど……」「君も噂ぐらいは聞いているだろう。彼の名は久遠晶――人妖から『人間災害』と恐れられている、幻想郷随一のトリックスターだよ」「幻想郷で起きる騒動に必ず関わってると噂の‘あの’人間災害!? ナズーリン貴女……物凄い人脈持ってるのね」「酷くない? 僕の扱い酷くない? 僕はこれでも、至極善良な一般郷民なんですよ?」「では、今のぬえの台詞を否定出来るのか?」「……関わってるのは偶然ダヨ? ほんとーダヨ?」「つまり事実じゃないか」「さすがに全部じゃないやい!」 そこは大事ですよ、とっても大事。 確かに、ここ最近の異変には粗方関わってますけども! どっか出かける度に、何か妙な事件が起きたりもしますけど!! ……それでも「比較的頻繁に」くらいだと、思うよ? うん、比較的頻繁比較的頻繁。「噂には聞いてたけど、まさか私の正体不明まで見抜く力まで持ってるなんて……いったいどんな術を使ったのよ」「とある騒動で、あらゆるモノを見抜く目を手に入れてしまいまして」「――こっち見ないで」「全力の拒絶!?」 いや、何となく理由は分かるけどね。 けどそーだよねー、本来はこういうリアクションになるはずなんだよねー。 本来この能力を嫌悪すべき目的の相手は、そこらへん全然気にしなかったというかむしろ大喜びしてたけれど。 ぬえさんは違う。自分の能力に愛着――いや、誇りかな? を持ってる彼女にとって、僕の第三の目は正しく最悪の能力なのだ。 何しろ、彼女の正体不明を根底から台無しにしてしまうからなぁ。しかも問答無用で。 とりあえず言われた通り、ぬえさんから視線を外してまだ落ち込んでる星さんの方を見てみる。 あー、アレは当分復活できそうに無いなぁ。とか思っていると、ナズーリンが冷静に突っ込んできた。「君のサードアイは範囲内のモノ全てを見抜く力だから、視線を逸らした程度では意味が無いと思うのだが」「言わなきゃバレないかなと思いまして!!」「後々で確実に面倒な事になるから、ここで素直に言っておけ」「ですかねー」「……その範囲って、どのくらいあるのよ」「全力だとここから魔法の森全域を。そうでなくても、ここらへんの正体不明全部を把握出来る程度には」 「今すぐ私の視界から消えて」「わぁい、泣きそう」 予測はしてましたけど全力拒否ですよ、全力拒否。 ほぼ憎悪と言っても間違いない敵意をぶつけてくるぬえさんに、困ったもんだと肩を竦める僕。 さて、どうしたものか。今回僕に与えられた仕事の内容的に、ぬえさんの言うとおりトンズラしてももう問題はないワケですが。 ……ほっといたら、絶対厄介な事態に発展するからなぁ。 最低でも普通の会話ができる様になっておかないと、姉弟子の二の舞になってしまいそうだ。「落ち着け。気持ちは分からんでもないが、彼を追い払われては我々が困る。晶殿はこれでも聖の恩人なのでな」 等と思っていたらナズーリンがフォローしてくれました。 彼女としても、ここで僕等に仲違いされては困るのだろう。多分。 しかしぬえさんはそんなナズーリンの言葉に、むしろ懐疑的な視線を強めたのでした。 うん、まぁ仕方ないよね。僕だってそう言う反応になりますし。「聖のおんじぃん? ……本当に?」「一応、そういう事になってますね!」「ややこしくなるから否定するな。君が居なければ、我ら命蓮寺は幻想郷と決別していた可能性もあったのだぞ?」「僕が居たせいで、星蓮異変は無駄に掻き回されましたけどね」「そうだな。ぬえのやった事が霞むくらい、本当に色々してくれたよな。ははははは――助け舟を片っ端から落とすな」「すいません、そういう生態なんです」 自分でも、面倒臭い生き物だなぁコイツは。と思います。 幻想郷に定住して随分経つけど、未だに褒められたり持ち上げられたりするのには慣れない。 原因は僕の中で僕が常に最下位なせいだと分かってはいるけど、こればっかりは分かった所でどうしようも無いしなぁ。「まぁ、見ての通りさ。能力的には至極厄介な存在だが、人間的にはただの天晴な馬鹿だ。敵意を向けても疲れるだけだぞ」「どーも、天晴な馬鹿です」 最終的に彼女のフォローがかなり投げやりになってしまったのは、致し方ない事ですよね。ゴメンねナズーリン。 ……若干自分に言い聞かせている感じなのは、僕の気のせいだと思っておこう。本当にゴメンねナズーリン。「……分かったわ、余計な事しなければ仲良くしてあげても良いわよ」 そんなナズーリンの疲弊具合を見て、なんか色々察したぬえさんは疲れたようにそう答えた。 まぁ、視界内に入ってくんなこのボケと言われるよりは良いよね! ポジティブにそう考える事にした僕は、ぬえさんの手を両手で包んで勢い良く振り回すのだった。「ありがとうございます! それで良いので、どうぞよろしくしてください!!」「……どうしようナズーリン、ちょっと早まったかもしれない」「手遅れだ。諦めたまえ」 ははは、なんと言われようと言質をとった以上容赦はしないぞぉ。 満面の笑みでそう語る僕の表情を見て、ぬえさんは顔を引き攣らせるのだった。 尚、放置されていた星さんが更に落ち込んでいた事に僕等が気付いたのは、それからしばらく話し込んだ後の話でしたとさ。 ――正直、ぬえさん説得するより星さん励ます方が大変だったよ。いや、自業自得なんですけどね。