「……ところでチルノちゃん。ここ、どこ?」「迷子になっちゃったみたいだね……。ルーミアさんも全然見つからないし、どうしようか?」「きまってるわ! ――あたい達にゆるされているのは、ただ前進することだけよ!!」「ここから真っ直ぐ行くと、何があるのかなぁ。チルノちゃん知ってる?」「わからないことに意味があるのよ! さぁ、れっつごー!!」「おーっ」「ま、待ってよー」「―――あれ」「わぷっ。……親分さん、突然止まってどうしたの?」「あそこにいるのはみすちーじゃない。どうしたのかしら、こんな所で」「みすちー?」「私達がミスチーちゃんのお店の前に迷い出ただけじゃない?」「まぁいいわ! ここであったがひゃくねんめ!! たびはくつずれロワナプラよっ!!」「どういう意味?」「知らない!!」幻想郷覚書 天晶の章・玖「四重氷奏/バカが屋台でやってくる!」 どうもこんにちは、人間少しくらい欠点があっても許されるのではと思う久遠晶です。 グダグダな追いかけっこを中断させられた僕等は、親分の指示で仲良く? 正座の姿勢をとらされました。 右隣にはルーミアちゃん、左隣にはリグル君が、其々大変複雑そうな顔で同じ様に座っています。 まぁ、表情が複雑な理由は親分で無く僕にあるのでしょうが。泣きたい。「さぁっ! アンタ達なにかも……も……」「……申し開き?」「それよっ! もーしひらきはあるのかしら!!」「じゃあ言わせてもらうけど、ボクは」「いいわけは無用よっ!!」「ええっ!?」 甘いなぁ、リグル君は。 基本ノリで生きてる親分が、こっちの言い分を本気で聞くワケ無いじゃん。 まぁ、僕も彼女が先に何か言わなければ申し開きしてましたけどね! 口には出して無いからセーフですよ、セーフ。「あたいにはまるっとおみとーしなんだから! アンタ達、さてはなかが悪いでしょう!!」「……間違っているよーな、間違っていないよーな」 仲は悪いんだけど、それにお互いが直接関係しているかと言うとそういうワケでも無くて。 むしろ、仲の悪い原因が他にあるからこそややこしい事になってると言うか。「言い訳しないの!」「チルノにまで心を読まれた!?」「いや、さっき間違ってるとか間違って無いとか言ってたじゃん」「あ、そっちか」 ちょっとヒヤっとした。親分にまで読まれる様になったら本当にどうしようかと。 チルノは、うだうだと言い訳を続ける僕等にイライラしている――フリをしてみせる。 とは言え実際の所は、それほど深く考えてないのだろう。引率の先生ごっこがしたいだけに違いあるまいて。 ちなみにさっきからルーミアちゃんが一言も発して無いのは、ビビリ過ぎて口が動かせないためです。ほんと泣きたい。 「いい! あたい軍団の中でもめごとはご……ご……」「御法度」「ごはっとよ! それぞれ言いたいことはあるでしょーけど、ここはけ……け……」「喧嘩両成敗」「けんかりょーせーばいでいかせてもらうわ!!」「……良くもまぁ、そこまでスラスラと言葉を継ぎ足せるもんだね」「さすがはあきらね! 褒めてあげるわっ!!」「やっぱりお兄ちゃんは凄いなぁ」 褒められても困る。いやホントに、褒めないでください期待しないでください。 変な所で妙な信頼を積み重ねつつある僕は、苦笑しながら肩を竦めた。出来れば別の所で褒めて欲しいよ。 「ところで、話の切りも良さそうなんで一つ聞いても良い?」「え、今から喧嘩両成敗されるんじゃないの?」「良いわよ!!」「良いの!?」 ああ、親分は疑問を投げかけるととりあえず肯定する悪癖があるからね。 多分だけど、仲良くさせる気があったとしても罰する気は無いと思いますよ? 結果的に罰する事はあるだろうけどね。 とにかく、親分の了承を得た僕は先程から当たり前の様に居る‘彼女’の事を尋ねた。 要所要所に羽根を模したワンポイントのついたワンピース。その背中に生えた枝分かれしたショーテルに羽をつけた様な翼。 いつもの事だけど、彼女の外見だけではいまいち妖怪としての詳細が分からない。 辛うじて、背中の翼で鳥の妖怪である事は分かるけどねぇ。 ぶっちゃけて言えば分かるのはそれだけだ、彼女が何者であるかまでは全く分からない。「えーっと、こちらさんはどなた?」「みすちーよ!!」「出来れば種族名でお願いします」「確か、よみちでチッチッチってなく妖怪だったとおもうわ!!」「アバウト過ぎるよ!?」「……袂雀。いや、夜雀かな」「何で分かったの!?」 まぁ、わりと分かり易いヒントでしたよ? 民間伝承――特に夜雀みたいな地方の妖怪は、意外と色んな形で話が残っているモノだからね。 伊達に二年間、量質拘らず魑魅魍魎オカルト超常不思議現象を見たり読んだりしていたワケじゃないんです。 ……幻想郷に来てからボロボロだけどね、僕の自信は。 ルーミアちゃんとか未だに何の妖怪なのか分からないんですけど。宵闇の妖怪って何さ。 「ミスティア・ローレライよ、よろしくね~」「ミスティア? みすちーでなくて?」「そっちは愛称~。まぁ、好きに呼んでもらって良いわよ~」「じゃあ、ミスティアちゃんって呼ばせて貰うね。僕は久遠晶、晶で良いよ」「よろしくね~、晶さぁ~ん」 耳障りでは無いはずなのに、不思議と喧しく感じる歌声で喋るミスティアちゃん。 何故いちいち歌うのか。少し気になりはしたけど、深い意味は無さそうなのでとりあえずスルーする。 「で、こっちの屋台はミスティアちゃんのなの?」「そうよ~。とっても素敵な私のお家~」「ヤツメウナギのかば焼きを売ってる屋台なんだって! 食べさせて貰ったけど、とってもおいしかったよ!!」「……夜雀がヤツメウナギのかば焼き売るとか、何かの皮肉?」「え、なんで?」「カワヤツメは夜盲症に効くんだよ」 そして夜雀は、捕まえると鳥目にかかると言われているワケで。 ……これってある意味、毒蛇が血清を売って歩く様なモノだよねぇ。大袈裟かもしれないけどさ。 ん、けど待てよ? そもそも海の無い幻想郷に、生態上川と海とを回遊する必要がある鰻が生息しているのだろうか。 ヤツメウナギはずっと川で過ごすから確実に居るだろうけど、鰻は……。 居るとしたら、外で生まれて幻想入りして、産卵の際にまた外の世界に戻ると言う並の妖怪でも出来ない芸当を幻想郷中の鰻がやっている事になる。なにそれこわい。 「うーむ。そうなると、ヤツメウナギをチョイスしたミスティアちゃんは正しかったのか」「なんかいきなり久遠がブツブツ言い始めたんだけど、大丈夫?」「お兄ちゃんはいつもこんな感じだから平気だよ。どうでもいい事を全力で考えるのが趣味みたいなモノなの!」 ……フランちゃん、最近ツッコミきつくないですか。 なんか、某七色の魔法使いさんを思わせる剃刀の如きツッコミが増えてきた気がする。 元々内弁慶的な所はあったけど……どうしよう、将来フランちゃんにアイツ呼ばわりとかされたら。生きていけない自信があるんだけど。「と、とりあえず親分、話を元に戻すけど」「なによ!」「何故、そのミスティアさんがこちらにいらっしゃるので?」「もちろん、けんかりょーせーばいのためよ!!」「え」「え」「え~♪」 ああ、ノリで連れてきただけですか。 迷い無いチルノの言葉にビックリする、それまで彼女に引き連れられていた三人。 ……親分、屋台だって開く為に最適な場所を探す必要があるんですよ? 幸運な事にミスティアちゃんは気にしてないみたいだけど、少しは労働者の苦労を察してください。 や、僕もバイトぐらいしかした事無いけどね? 働いてない妖精よりかは労働の事を理解しているつもりですよ?「両成敗のためって、ボクらに何をさせる気なのさ」「決まってるじゃない! アンタ達には、みすちーのお店をてつだってもらうわ!!」 これまでの流れからして確実に思い付きの提案を、これまた迷い無く言い切る親分。 果たしてその自信はどこから来るのだろうか。ワリと本気で教えて欲しい。 けど、ミスティアちゃんに断りも無くそういう事を決めるのは本当にどうなんだろうか。さすがに勝手が過ぎるんじゃ。「それは助かるわ~。最近、お客が増えてて手が足りないの~」「ばっちりコキ使っていいわよ! もちろん、あたい達も手伝うわ!!」「……ねぇ、リグル君」「なにさ」「やる事為す事全部プラスに転ぶのって、下手な能力より凄い事だと思うんだよ、僕は」「まぁ、ボクにはちょっと真似出来ないかな」 恐ろしい手腕だと言わざるを得ない。……僕がやったら、泥沼になるの確定なのになぁ。 これが人徳の差と言う奴なのだろうか。ちょっとだけ泣けてきた、もう何度目か分からないけど。「それじゃあ~、早速行きましょうかぁ~」「行くって、どこに?」「いつもお店を開いてる所よ~。そろそろ準備しないと、開店準備に間に合わないからね~」「そういえばむりやり連れてきちゃったわね! ゴメンねみすちー!!」 ……まぁでも、さすがに何もかも上手く行くワケじゃないか。 あまり困った様には見えない笑顔のミスティアちゃんに、やっぱり笑顔のチルノが謝罪する。 ところで、屋台の手伝いって僕等は具体的に何をすればいいんですかね? ……僕、肉じゃがくらいしか作れないよ? さて、ミスティアちゃんの誘導に従って『いつもの場所』に戻ってきたワケなんだけど……。 その間ルーミアちゃん、ただの一言も喋って無いんだよねぇ。 大人しくついてきてはいるんだけど、それが僕に怯えているせいなのか、自主的についてきているせいなのかまではちょっと判別できない。 尋ねてみようにも、一番の力持ちと言う理由から屋台を引っ張る役を任された僕にその術は無かったワケで。 困った困った。出来れば傷の浅いうちに、ルーミアちゃんの誤解を解いておきたいんだけどなぁ。「うーむ、どうしたものか」「ほら久遠。明後日の世界に行ってないで、とっととエプロン付けなよ」「りょーかい」 ちなみに、僕とリグル君とルーミアちゃんはウェイターの役割を拝命している。 仲直りが主目的なのでこの組み合わせに問題は無いんだけど……個人的には、かば焼き作りの方を手伝いたい気持ちも少しばかりあったり。 まぁ、そっちの楽しみはフランちゃんに譲ろう。大ちゃんも手伝ってくれるらしいから、きっと良い経験になるだろうさ。 僕はリグル君からエプロンを受け取り、腋メイド服の上からそれを羽織った。 「親分さ~ん、こっちのヤツもお願いね~」「まかせなさい! ガンガン凍らせるわよ!!」 少なくとも、冷蔵係よりはウェイターの方が良いよね。親分は満足そうだけど。 僕は他に最適な役割を見出せなかった親分を横目で憐れみながら、エプロンの背中の紐を締めた。 新しいデザインになってからメイド色は薄れたけど、汚れ対策は相変わらずバッチリだから本当は要らないんだけどね。 わざわざ足並みを乱す必要性もないので、これに関する抗議は特にしない事にする。――フリフリのエプロンですが。 ちくしょう、だけどツッコミたい! 何で僕だけ新婚が着てそうなハートの形のエプロンなんだ!! あと、誰かに促されるでもなくエプロンを着ているルーミアちゃんは結局やる気があるんですか違うんですか。 ツッコミ所が多過ぎてどこからつっこんでいいか本気で分からない。チルノ軍団にはちょっとボケが多過ぎると思うんだ、人の事を言えないとしても。「む~?」「どうしたのさリグル君。あ、ひょっとしてエプロン交換したいの?」「確かにボクはそっちの方が良いけど、そうじゃなくてさ」「良いんだ。シンプルなそっちより、フリフリなこっちの方が良いんだ」 リグル君の少女趣味も根っからだよね。いや、別にそれの何が悪いってワケじゃないけどさ。 しかし、現時点で彼女が気にしているのはそこじゃないらしい。 難しい顔で僕の顔を睨みつけると、何かに気付いた様に手を差し伸べてきた。「久遠、お手」「何故に犬扱い。別に良いけど。はい」「――ああ、やっぱりだ! 何かキミ、普通にボクに触れてるよね!?」「あ、本当だ!?」「今まであれだけ拒否してくれた癖に……エプロンなの!? エプロンが良かったの!?」 いや、さすがにそれは無い。と思う。 リグル君は良く分からないダメージを受けながら、半泣きでエプロンの裾を掴んでいる。 その姿は、確かにいつもとそう変わらないはず――って、アレ? なんだろう。今のリグル君からは、さっきまであった威圧感とか嫌悪感とかがまるで感じられない気が。 でも違う所と言えば、エプロンをつけている所とマントをしていない所くらい……あ。「リグル君、そういえばマントは?」「外したよ? 仕事の邪魔になるからね――ってまさか」「うん、そうみたい」 いやぁ、我ながら己の単純さにビックリですよ。 どうやら僕は、本当にその一点のみでリグル君を拒否していたようだ。 その理由に気付いたリグル君は、口の端を引きつらせながら恐る恐る僕に尋ねてきた。「マ、マント一つ無くなった程度で平気になる様なモノなの!?」「あくまで苦手なのは黒光りした翅だからねぇ。実際問題、今のリグル君は平気になってるワケだし」「……ここ数日の苦労はなんだったんだ」「えーっと、ドンマイ?」「うるさいよっ!!」 どうしようもない真実を知ったリグル君が、気の抜けたサイダーみたいな顔でガックリと肩を下ろす。 どうやら、拒否の理由がマントだけだった事実が相当ショックだったらしい。 まぁその気持ちは分からないでも無い。僕が原因だけど。 下手な慰めは逆効果になるので、僕はテーブルの木目を眺めているリグル君から一旦距離を置く事にした。 今の内に、ルーミアちゃんの誤解も解いておきたいしね。「やぁルーミアちゃん、元気かい! 何か困ってる事とかある!?」 とりあえず気を取り直して、フレンドリーにルーミアちゃんへ話しかけてみた。失敗した。 あからさまに警戒した表情で、ルーミアちゃんはテーブルの向こう側に避難してしまう。 態度が軽過ぎたかなぁ。方向性としては間違って無いと思うんだけど、もう少しテンション低めで攻めた方が良いかもしれない。「にゃはは、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。もう幽香さんをけしかける事なんてしないから」「……本当に?」「うん、約束する」 そもそも僕がけしかけたワケじゃないけどね。そこはまぁ、嘘も方便と言う事で。 怯えながらも縋る様に僕の瞳を覗きこんできたルーミアちゃんに、僕は確信を込めて頷いた。 今までのルーミアちゃんの態度から察するに、幽香さんが彼女を襲った原因は僕にあったのだろう。 理由は推測するしかないが、トドメを刺さなかった事から考えると幽香さん的にはただの‘警告’のつもりだったのかもしれない。 当時の僕はロクな攻撃手段も持たない一般人だったからなぁ。いやまぁ、だからってさすがにトラウマ出来るまでイジめるのはやり過ぎだと思うけど。 とは言えそれも昔の話。今の僕にとっては正直、ルーミアちゃんはそれほど驚異的な相手では無い。 だから――多分やらないだろうけど――今更幽香さんが彼女の復讐を咎める事はもう無いのだ。僕としては勘弁して欲しい話ですが。「本当に本当に、風見幽香は何もしないの?」「もちろん。だよね、親分」「そうよ!」「ほら、チルノもああ言ってるし」「そーなのかー……」 もちろん親分は反射的に答えているだけで、話の内容なんてモノは欠片も聞いていませんがね! それでもルーミアちゃんの信頼度はかなり高いらしく、半信半疑だった態度がほぼ話を受け入れる所まで軟化してくれている。 あと一押しあれば、少なくとも顔を合わせるだけで怯えられる事は無くなるだろう。 本当に親分様々である。こりゃ、今度菓子折りでも持って行かないとダメかな。――お、そうだ。「だから過去の事は水に流して、これからは仲良くしない?」「うーん……でも」「あ、コレお近づきのしるしのお饅頭。一個しかないけどどうぞ」「チルノの友達ならわたしの友達でもあるよね。よろしく~!」 よしっ、懐柔完了! 饅頭を持ち歩いていた自分を褒め称えながら、僕は内心でガッツポーズをとった。 良かったぁ。自分用に余分なお土産も買ってて本当に良かったぁ。 幸せそうに饅頭を食べるルーミアちゃんの姿を見ながら、肩の荷が降りた僕は大きく溜息を吐きだす。 そんな僕を呆れ顔で眺めつつ、落ち込んでいたはずのリグル君はグリグリと背中を突いてきた。「物凄い力技で仲直りしたみたいだけど、今の気分はどう?」「後ろめたいです。掛け値なしに」「……そうまでして、仲良くなりたいものなの?」「まぁ、仲が悪いよりかはね。毎度怯えられるのも反応に困るし」「ふぅん……ちなみに、ボクとは?」「もちろん仲良くしたいですよ? ――マントが無いなら」「そこは妥協しようよ!?」 すいません、苦手を即座に克服するのはちょっと無理です。 僕は満面の笑みを浮かべ、リグル君のツッコミを誤魔化すのであった。