「おーっす、香霖いるかー?」「いらっしゃい魔理沙、出口はすぐ後ろだよ」「知ってる。ったく、相変わらず客商売に有るまじき愛想の悪さだな」「君はお客じゃないからね。魔理沙が何か買うと言うなら、極上の笑顔をプレゼントするよ」「たった今購買意欲が無くなったぜ。で、お前は何を弄ってるんだ?」「久遠晶が外の道具を持ってきてね。正確に言うと、持ってきたのは代理だと言う地底の妖怪なんだが」「そういやアイツ、地下の連中とも仲良くしてたらしいな。それで、お前はコレをそいつから強奪したワケだ」「取引したと言いたまえ。正当な交渉により、店の商品とこの道具を交換したのだよ」「そりゃ詐欺と変わらないだろう」「まったく君は……」「おっと説教は勘弁だぜ。それで香霖、これはどういう道具なんだ」「ジェンガという遊具らしいね。この道具はそれに、別の要素を加えたモノらしい」「ほー、それは面白そうだ」「丁度いい。これは複数でやる遊びらしくてね、相手を探していた所だ」「ふふん、私は高いぜ?」「お茶なら出すよ」「んー、もう一声!」「……茶菓子も付けるよ」「よっし、交渉成立! それじゃあ遊んでみるか!!」幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾「三止九止/騎竹の交わり」「にとり殿、おられるかー?」 妖怪の山の麓、河童の縄張りから少し離れた場所にあるにとり殿の工房。 古風な水車小屋の扉に向かって、私は友人である彼女の名前を呼びかけた。 最近のにとり殿は、工房に篭って何かを作っている事が多い。 以前も工房に篭る事自体は多かったが、近頃の彼女には少しばかり具体性が加わった様な気がする。 気がするだけなので、本当の所は分からないが。「いるよー。入ってきなー」「うむ、では失礼する」 扉を開けると、何やら巨大な鉄の塊を弄るにとり殿の姿があった。 ふむ、あの塊はどこかで見たような気がするが――そうだ、確か「どらむかん」とか言う外の世界の入れ物だ。 それに手足を付けた姿形をしている。頭と胴体が一体化しているので、人型と言うには若干抵抗があるな。「にとり殿、それは?」「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。これぞ私の最新傑作、その名も「妖気甲冑」だ!!」「……ようきかっちゅう?」「妖気で動く甲冑だから妖気甲冑。まぁ、そのまんまだね」 そう言ったにとり殿が、甲冑の前部分を上にあげる事で中身を露わにする。 甲冑と言うからにはそこは本来空洞であるべきなのだろうが、妖気甲冑の中には巨大な機械が詰め込まれていた。「本当はもうちょっと細身にしたかったんだけどねぇ。動力を詰め込もうとすると、どうしてもこういう形になっちゃうんだよ」「これは、鎧では無いのか?」「晶の言う所のロボットってヤツだよ。私達に分かる風で言うなら、式神とかゴーレムとかかな」「なるほど、つまりは付喪神のようなモノなのか」「間違ってはいないよ。根本的にはまったくの別物だけどね」 うむ、サッパリ分からん。 だがしかし、この甲冑がとても凄いと言う事だけは伝わった。 さすがはにとり殿だ、素晴らしい。素晴らしいが――果たして彼女は、何のためにコレを作ったのだろうか? ……作れそうだから作った、という理由で納得できるのが何とも。「今、丁度出来上がってこれから試運転なのさ。椛も見ていくかい?」「そうだな。急ぐ要件でもないし、私もその甲冑に興味がある。同席してよろしいか?」「もちろんさ。――それじゃ、妖気甲冑『オオガミ君壱号』起動!!」 にとり殿は甲冑の隣に設置された箱の蓋を取り、何故かリボンで飾り付けられたレバーを手に取る。 それを溝に沿って下ろすと、妖気甲冑は全身から蒸気を放ちつつ両腕を上げた。「おおっ、動いた! 動いたぞ、にとり殿!!」「へっへっへっ、慌てなさんな椛さん。オオガミ君の真骨頂はこれからなんだからさ」 今度は懐から小さな箱を取り出し、無数についたスイッチやレバーをあーだこーだと弄くり回す。 すると、オオガミ君は悠然と片足を上げて停止した。 どう見ても片足で耐えられる形では無いのだが、凄いなにとり殿の発明は。 思わず感嘆の溜息を漏らす私。しかしにとり殿にとっては不本意な結果だったらしく、彼女は訝しげな表情で箱を弄り続けていた。「おっかしいなぁ。関節部分の調節を間違えたかな――あ、ヤバ」 にとり殿の不穏な呟きと共に、オオガミ君の全身から猛烈な蒸気が放たれていく。 残念ながら私には何が起こっているのかサッパリ分からない。分からないが……これはマズいのでは無かろうか。 私は自らの直感を信じて、咄嗟に盾を構えながら全力で後退した。その直後――「うぎゃー! 失敗したぁー!? 退避、退避ー!!」「――ぐっ!?」 彼女の悲痛な叫びと共に、オオガミ君壱号が爆発した。 衝撃で身体が吹き飛ばされ、木造の壁に思いっきり叩きつけられる。 盾で防いでコレだ。あのままボーっと眺めていたら、果たしてどうなっていた事か。 にとり殿も……無事のようだ。意気消沈してはいるが、肉体的な損傷は無い。「うう……私のオオガミ君壱号がぁ」「だ、大丈夫か?」「まー何とかね。一度の失敗でへこたれる程、にとりさんはヤワじゃないのさ」「そうか……しかしまた、随分な張り切りようだな。何かあったのか?」「あったといえばあったし、無かったといえば無かったかな。ま、ちょっと自分の長所を伸ばそうかなって思ったんだよ」「私からすれば、にとり殿の開発力は充分賞賛に値する長所だと思うのだが」「ははは、私も不満は無いんだけどねぇ。――何しろ、並ぶべき目標がやたら高い所にあるからさ」 ……そうか、晶殿の事か。 この前の剣術修行の一件で、私の中ではすでに文殿と同じく雲の上の人となっている晶殿だが。 にとり殿にとってはまだ、並び立つ事の出来る友人なのだろう。 羨ましい話だ。私は例え自分の得意分野を伸ばす形でも、あの人に並べる自信が無い。 嫌いではないし友人だとも思っているのだが、それ以上にぶっとび過ぎててついて行ける気がしないのだ。「ま、オオガミ君の改良はまた今度にするさ。それで椛、何の用なんだい?」「ああ、晶殿が謹慎中らしいのでな。様子でも見に行こうかと思い、にとり殿を誘いに来たのだよ」「そういや、アキラは幽香の家にお籠り中だったっけ。確か異変を掻き回した罰とかで」「私はそう聞いている。……気のせいでなければ以前の異変でも、同じ様な理由で巫女に退治されていた記憶があるが」「そういやその前の異変でも、同じ理由で神社の建て直しやってたね」「…………」「…………」 深く考えないようにしよう。私達は互いに無言のまま、恐ろしい事実から目を逸らした。 晶殿、貴方は本当に何というか……骨の髄まで幻想郷向きの人間なのだな。 私達は見つめ合うと、何とも言えない笑みと共に話題を無理矢理切り替えた。「……行くか」「……そうだね」 はぁ……オオガミ君の爆発よりも、今のやり取りの方が疲れたよ。 想像上の晶殿に文句を言って、私はにとり殿と共に太陽の畑へ向かったのだった。「アキラぁー、居るかーい」 にとり殿の案内で、私は太陽の畑にある風見幽香の家へやってきた。 場所としては知っていたが、こうして足を運ぶのは初めてだな。 咲いていない向日葵でもこうして並んでいると圧巻だ。畑の中に立っているだけで、何とはなしに気圧されてしまう。 ……ここがあの風見幽香のテリトリーであると言う事も、影響しているのかもしれない。 にとり殿や文殿や晶殿は平然と接しているが、私は彼女と会話するのも難しい。 そういえば、この家には風見幽香や八雲紫が居る可能性があったのだな。 深く気にしていなかったが、二人と鉢合わせしてしまったらどうしようか。……にとり殿に任せても問題無いよな?「居ますよー。どーぞー」「お邪魔しまーす」「し、失礼する……」 中に入ると、晶殿がにこやかな笑みで我々へ手を振ってきた――神剣片手に。 八雲紫も風見幽香も居なかったが、全力で逃げ出したくなったな。何故アレを出しているのだ晶殿……。 必死に目を逸らそうとしても、いつの間にか視線は剣の刀身へと注がれてしまっている。 決して底の見えない奈落。白く全てを塗り潰す閃光。見つめているだけで、自分の存在すら揺らいでしまう絶対的な力。 神剣『天之尾羽張』。相も変わらず、感嘆の息が漏れるほど恐ろしく、背筋が凍るほど美しい剣だ。「アキラぁ……何でそんなおっかないモンを出してるんだよ」「いや、すっごい暇を持て余しててね。もうこうなったら、神剣とのコミニュケーションを兼ねて的当てでもしようかと」「なるほど、あの氷柱の上に乗ってる果物は的か。……仮にもソレは神器なのだから、もう少し扱いを考えた方が良いのでは無いか?」「僕もそう思ったんだけど、本人がかなりノリノリでして」「……本人?」「本人」 そう言って晶殿が、掲げた神剣を指さす。 えっと、晶殿なりの冗談なのだよな? そう尋ね返すにはあまりにも真剣過ぎる彼の表情に、二の次を告げられず固まる私。 一方にとり殿はしばらく考え込むと、合点がいったとばかりに手を打って晶殿と同じく神剣を指さした。「アキラ、ひょっとして剣の声が聞こえるようになったのかい?」「声と言うか感情と言うか、そういう心の機微みたいなモノは分かるようになったかな。あ、今メチャクチャ喜んでる」「そうなのか……」 知らぬ内に、晶殿がますます明後日の方向へ行ってしまっているな。 満足気に神剣の刀身を撫でる彼の姿に、他人事ながらにとり殿の心配をしてしまう。 ……これと並ぶのは、少しばかり難しいのではないか? にとり殿は大丈夫なのだろうか。「ま、お客様が怖がるならしまうべきですよね。はーい、神剣さんかいしゅー」 刀身が消えた事で、部屋を埋め尽くしていた威圧感が消えてくれた。 強張った身体が緩んだ事で、安堵の溜息が思わず漏れてしまう。 まったく心臓に悪い。神代の時代でも無ければ、まずお目にかかれない一品である事は分かっているのだがな。 一介の白狼天狗が相手をするには少々荷が重すぎる。一緒にいるだけで心が擦り切れてしまいそうだよ。「それで、にとりと椛は何の御用で? いや別に、ただ遊びに来てくれただけでも大歓迎なんだけど」「アキラの様子見だよ。退屈を抉らせて死んでいないかって椛が心配しててね」「そこまで大袈裟な心配をしていたワケでは無いがな」「あはは。……けっこーヤバかったですよ? 人間って退屈で死ぬんだね」 それは晶殿だけではなかろうか。その一言は、さすがに無体だと思ったので口にはしなかった。 確かに、一日中何もせずに家に居るのは辛いものな。うん。そう言う事にしておこう。「ま、元気そうで何よりだよ。てっきり謹慎くらって落ち込んでると思ってたんだけど――さすがアキラだね!」「人の神経を勝手にザイル並の太さにしないでください。実質休養扱いの謹慎だから、精神的ダメージが無いだけです」「ふぅーん」「あ、信じてないなこの河童。本気本当本物の謹慎処分だったら、さすがの僕だってやや凹みますよ?」「あはは、だってよ椛」「……そうだな、晶殿だって傷つくよな」「うん、今まさに傷ついたヨ。二人の中で僕ってどうなってんのさ」 それをハッキリ言ったら、晶殿はもっと傷つくと思うぞ。 とりあえずそう言う気持ちを笑顔に込めてみた。うむ、ばっちり伝わったようで何より。 こういう所を見てしまうとなぁ……この人も、私が思うほど異常じゃないのではと錯覚してしまうから困る。 実際は、ヘタすると文殿すら上回るかもしれない異常者なのだが。 うむ。晶殿の事は私も好ましく思っているが、これだけは断言させてもらう。 幻想郷でもなかなか居ないぞ、貴方の様な強烈な人間は。「まぁいいや。お茶でも飲みなせぇ、お菓子食べなせぇ」「おっと、茶菓子ならこっちで持ってきてるよ! じゃじゃーん!!」「――と言う事で、お茶とお茶菓子持ってきますねー」「あっれぇ、なんで無視するんだい?」 にとり殿……さすがに私も、素のキュウリをお茶菓子にするのは無理だぞ? 調理されても無理だが。 首を傾げつつキュウリを齧るにとり殿に背を向けて、晶殿が台所へと移動していく。 丁度いい、今のうちに気になった事を一つ聞いておこうか。「にとり殿」「ん? どうし――ああ、食べる?」「……遠慮しておくよ。それよりも、少し変な事を聞いても構わないだろうか」「別に構わないけど、何だか穏やかじゃないね。どうかしたかい?」「にとり殿は……何故そうも落ち着いて、晶殿と接する事が出来るのだ?」 すでに比較する事を諦めた私ですら、会う度に成長する晶殿の姿に焦りのようなモノを感じてしまう。 ならば、並ぼうとするにとり殿が抱く焦りは相当なモノになっているはず。 なのににとり殿は、心底からの笑顔で彼の成長を喜び、引き離されてなお彼と楽しく話す事ができている。 よほどの心境の変化が無ければ、そんな事は出来ないはずだ。 そんな私の問いかけに、にとり殿は自嘲するような苦笑を浮かべた。「あはは、これでも内心かなり焦ってるんだよ? アキラはどんどん先に進んじまうからねぇ」「ならば……」「けど、やっぱりアキラは変わってないんだ。あの頃と同じ――アキラは強くなりたいんじゃなくて、幻想郷の全てを見たいのさ」「あの頃、と言うのは?」「氷精相手にも四苦八苦してた、アキラが幻想郷に来たばっかりの頃の話だよ」 そんな時期があったのか。……うーむ、ちっとも想像できない。 私の知る晶殿は、間こそ抜けているが実力的には相当なモノだったからな。 幻想郷に来た頃の晶殿か――何となくだが、脳天気っぷりは今とまったく変わっていない気がする。「そこが変わってないなら大丈夫。こっちが歩みを止めなけりゃ、私とアキラはずっと友人でいられるさ」「……にとり殿は、凄いな」「はは、そうでも無いよ。何しろその事を忘れて迷走した挙句、アキラにも迷惑かけちゃったからね」 小さく頬をかいて苦笑しながら、照れ隠しにキュウリを頬張るにとり殿。 そんな彼女を見ていると、私も少しだけ頑張るための気力が湧いてきた――気がした。「私も、にとり殿や晶殿の友人を主張できる程度には進むべきなのかもしれないな」「そんなに思い込まなくてもいいさ。軽い気持ちで、やれる事をやっていこう」「ふふっ、そうだな」「ただいまー。あれ、何か楽しそうな空気だね。なになに? 楽しい事なら僕も混ぜてー」「……しかしアレだな。分かっているつもりだが、先に居るのがコレと言うのは何だかやるせない気分になるな」「うん、それは私も思う」「おかしい、ただ戻ってきただけなのに貶されている気がする」 いや、貶してはいないぞ。貶しては。 ……もう少し実力者らしくして欲しいなー、とは思っているが。