「もー、親分さん行っちゃったじゃない。こいしのへたれー」「ヘタレじゃないよ! その、ちょっと様子を見ただけだもん」「見る事なんて何も無いじゃん。こいしはしょうがないなぁ……」「むー、その上から目線がムカつく」「だって私の方が先輩なんだもん。悔しかったら、親分さんに認めてもらう事だね」「……あの妖精って、そんなに凄いの? あんまり強くなさそうだったけど」「親分さんはとっても凄いよ! あのお兄ちゃんが頼りにしているくらいなんだから!!」「それって、別に大した事じゃ無いような」「そんな事無いよ。だってお兄ちゃん、頼る相手はちゃんと選ぶもん」「んー、言われてみればそう……なのかな」「そうだよ。お兄ちゃんは、自分で出来る事はほとんど自分でやっちゃう人だし」「そっか……じゃあ、あの親分さんって実はすっごい強いのかな」「うーん、強いのとはちょっと違う気がする。前に弾幕ごっこで遊んだら、最初の一発でピチュッちゃったし」「じゃあ弱いの?」「そういうのじゃなくてえっと……そう、大きい! 親分さんは、すっごく大きいの!」「ふぅん、大きいんだ。……何が?」「何かが!」「……意味が分かんない」幻想郷覚書 聖蓮の章・拾玖「三止九止/愚者は踊る」「それじゃあ、さっそくやりましょうか!」 改めて机を囲み直した僕等は、親分を追加してジェンガを再開する事となった。 せめてお燐ちゃんが反対してくれればなぁ、三対一はちょっと覆せませんよ。 こうなってしまった以上、僕に出来る事は祈る事のみだ。どうか皆が変なモノを引きませんように。「確か、あたいからだったね。――ふむ、『異性全員に愛を囁く』か」「またリアクションに困るものを……」 友達以上恋人未満ならともかく、普通にただの友達である間柄でこれは若干キツい物がありますね。 さて、お燐ちゃんはどうするのだろうか。これくらいならこっちも気楽に見てられるから、今回はゆっくり見学させてもらおう。「この場合はお兄さんだけか。じゃあお兄さん、ちょいと耳貸して」「はいはい」「ごほん。―――大好きだよ、お兄さん」「うん、僕も大好き」 ニッコリ笑って互いに愛を語り合う。そして終了。妙な空気だけがそこに残った。 仕方あるまい。お互い強烈に嫌い合ってるワケでも無ければ、相手を異性として意識しているワケでも無いのだ。 愛を囁くと言っても、基本的には好意を告げるだけだからなぁ。 ぶっちゃけ友達にそれを言う事くらいなら、僕もお燐ちゃんもさほど抵抗が無いっていうか。 本来の目的を欠片も知らない彼女らにとっては、ただのハズレでしか無いワケです。「なんだか良くわからない命令だったね」 「うんがよかったじゃない。良かったわね、おりん!」「うーん、良かったような残念なような……」「それじゃ、次はあたいよ!! とおりゃぁ!!!」 チルノなら繊細な事は出来ないんじゃ、と思ったら普通に抜き取りました。 うん、ちょっと妖精舐めてた。遊びにかけては優秀なんですね。そこは頑張らないでよぉ……。「ふむふむ……あきら、よんで!」「あーはいはい、了解です。えっと『右隣の人に命令できる』だそうです」 ちなみに僕達の席順は、時計回りで僕、お空ちゃん、お燐ちゃん、チルノとなっております。 つまりチルノの右隣はお燐ちゃん。僕でなくてホッとしたけど、親分がお燐ちゃんに命令って……想像できないなぁ。 とりあえず、あんまり無茶な事を言う様ならストップをかけよう。止められるかどうかは分からないけど。「右……右……つまりおりんね! じゃあおりん、もういっかいコレを引いてめーれーをじっこうしなさい!!」 お、それは無難に良い感じの命令だなぁ。 変にフリーダムな事言われるよりはずっとマシだ。……このジェンガ自体がフリーダムだと言われればそれまでだけど。 「くそぅ、またあたいかぁ……」「やったねお燐、今度は面白いの引けるかも!」「いや、さすがにここまでして引きたいとは思ってなかったよ」「つべこべ言わずにひきなさい! あんまりおそいと、あたいが引いちゃうわよ!!」「それは意味が無いような――まぁ良いや、今度は何かなーっと」 二回目なのに小慣れた手付きでジェンガを引き抜くお燐ちゃん。これで四本目……まだまだ塔の倒れる気配は無い。 もう、他三人の失敗に期待するのは止めた方が良いのかもしれないね。 全員無駄にテクニカルで、こんな序盤の安定した状況じゃ誰も脱落しそうに無いです。 いっそ僕が失敗すれば良いんだろうけど……故意にせよ偶然にせよ、ワザと扱いされてやり直しさせられそう。信用って大事ね。 「ふむふむ、『一人選び、野球拳三本勝負』だってさ」「ぐほぁ!?」 さっきからこのジェンガ、服方面の命令ばっかじゃん! 何なの? 馬鹿なの!? 死ぬの!? ――死ぬのは僕だけどな!! と言うか何さ、その自由選択と言う名の右も左も地獄絵図は。 お燐ちゃんが誰を選んでも、そして誰が勝ってもロクな事にならないのは明らかだ。 いや、僕が選ばれて三連敗すれば安寧に終われるけどね。装飾過多な服だから三枚くらい脱いでも全然平気。 でもそこまで上手くいくかなぁ。うぅ、助けて神様。「ねぇねぇ、おにねーさん」「なんだいお空ちゃん」「ヤキュウケンって何?」「あたいも知らないわよ!」「もちろんあたいも」 助かった! セーフ、ギリセーフ!! まだ世界は情けを残していてくれたんだね! ありがとう神様!!〈晶ちゃん呼んだ?〉 いえ、別に神綺様に助けを求めたワケでは無いです。〈魅魔様ならココに居るよ!〉 掠りもしてねぇよ。〈おぉう……少年わりと余裕無いね〉 ええ、僕の言葉ひとつで世界が終わるか否かの瀬戸際なので。 大袈裟? 僕の危機感知センサーさんは、エロス展開イコール死だと無情に告げているんですよ。 仮にこの場で何も無かったとしても、純真無垢なチルノアンドお空ちゃんは今日あった出来事を容赦なく話すだろう。 つまりどう足掻いても死ぬ。物理的に死ななくても社会的に死ぬ。 なので僕は全力で誤魔化しますよ! 例え男として間違っていると言われてもね!!「良かろう。では教えましょうか……愛媛県松山市の郷土芸能、野球拳を!!」「おー」「きょーどげーのー?」 ええ、下衆い意図の無い純粋な郷土芸能ですともさ。 悲しい事に説明は「服を脱がない野球拳」となってしまいますが、本家はこっちなのです。 ちなみに愛媛のローカル番組では、真昼間から野球拳大会を放送してるんだよ! いや、別に問題は一切無いのですがね。むしろ地元愛に溢れていて素晴らしいじゃないですか。 なのに地元新聞のテレビ欄を見て動揺する奴は、もう死んだ方が良いと思うんですよ。 ……はい、僕の事です。昔四国に行った事がありましてね……そこまでまぁ。 でも興味本位ではあったけど、エロス目的では無かったから! 純粋に何を放送するんだろうって気になっただけだから!!〈少年、どんどん傷口が広がってるよ〉 とにかくそう言う事でした! はい、説明終わり!! 三人にも当たり障りの無い感じで、当たり障りの無い野球拳の解説を行う。 これで大丈夫、悲劇は未然に防がれた……!「ふぅん、つまりジャンケンなのかぁ。ツマンナイわね!」「伝統芸能をバッサリ切り捨ておったこの氷精!?」「よしっ! それじゃあ、まけたほーにば……ば……」「………………バケツ」「それはちがう」「うにゅ、罰だね!」「それよ! バツをあたえましょう!!」 うわぁ、僕の必死の努力があっさり無駄になった! 二人の見事なコンビネーションで、歴史を繰り返そうとする何も知らない女性陣。 やっぱアレですか、音楽に合わせてジャンケンする程度じゃ遊びにならないんですか幻想郷。 いや、そもそも命令としては少しばかり無理のある内容だったから、何か足すと言う発想が出るのは自然の成り行きなんだろうけど。 せっかくの苦労が台無しですよ。単に野球拳の説明をしただけなので、特に苦労した事は無いのですが。「きまり! やきゅーけんでまけたほーは、かったほーにシッペされる!!」 まぁ、罰ゲームその物は無難だから良いか。 ピュアな親分の提案に、自分の汚れっぷりを再認識しちょっと凹む僕。 大人になるって悲しい事なのね、等と黄昏れてみたり。「しっぺか……しっぺね……。それじゃあ、野球拳は親分さんとやらせてもらおうか」「いいわよ、かかってきなさい!!」 あ、日和った。 僕とお空ちゃんを見て即座に視線を逸らしたお燐ちゃんの姿に、色々悟った僕は生温かい笑いを向ける。 いや、さすがの僕でもたかがシッペに全力なんぞ出しませんけども。 懸念を抱く気持ちは分からないでも無い。けど、その結果選んだのが親分というのはどうなんだろう。 実力的な部分はともかく、その他の部分で言うなら彼女ほど厄介な妖精はいないと思うのだけど。「それじゃ、やーきゅぅ……」「以下略、アウトとセーフでよよいのよい!」 そこを略したらただのジャンケンです、親分。しかも肝心の所も適当過ぎです。 あんまり話を広げても面倒なだけなので、もう放っておきますけどね。 別に、正しい野球拳を広めようとか思ってるワケじゃないし。……間違った方は消えれば良いと思ってるけど。「よよいのよい!」「よよいのよい! ――いぇーい、あたいのかち!!」「……さ、三連敗!?」 ほら、やっぱりこうなった。 親分さんは勝負運というか天運と言うか、そういう類の運がやたら強いからなぁ。 僕やお空ちゃんだったならまだ分からなかったけど、彼女が相手なら敗北は必然である。 ある意味、霊夢ちゃんと同じレベルで理不尽。 あっちの理不尽と違って、何となく理解できるタイプの理不尽なのが救いなのかトドメなのか。 そして、お燐ちゃんが恐らく考慮してないであろう要素も一つ残っている。「それじゃあ、しっぺさんれんぱつよ!!」「ちょ、待った親分さあいた――!?」 全力の親分シッペがお燐ちゃんを襲う。うん、そうなると思ってた。 あの親分が、遊びだからって手加減するはず無いもんねぇ。 ぶっちゃけこの場においてなら、僕より親分の方が遥かに厄介だと思います。 お空ちゃん? ……あえて言わなくても分かるでしょう。 「お燐ちゃん、僕を選んでおけばよかったのに」「いちち……お兄さんの場合、シッペしたこっちの指が痛みそうだったからさ」「人を金属生命体か何かと勘違いしてない?」「うにゅ、違うの?」「ちがわないわ!」 肯定しないでください。そこまで極端な身体はしてません。 しかし、こんな調子で安寧にこの遊びを終える事が出来るのだろうか。 絶対にどこかで止めた方が良いと思うんだけどなぁ。無理だよなぁ。 そんな僕の不安を嘲笑う様に、その後も混沌とした時間が続いたのだった。 とりあえず、ダイジェストでその時の様子を振り返ってみますね。 ――僕、二回目『一人異性を選び、次の番まで膝枕してもらう』 選択肢なんてほぼ無かったのでお燐ちゃんの膝に。 身体の完全に隠れるワンピースだけど、身体の柔らかさはしっかりと伝わりました。 若干緊張した僕と違って、お燐ちゃんは平然と膝枕。と言うか、何故か頭を撫でられました。 ――お空ちゃん、二回目『特技を披露する』 彼女が最初にチョイスした特技は核融合。ノリノリで核の太陽を地上に降臨させる所でしたよ。 もちろん、全力を持って阻止させて頂きました。色んな意味でエラい事になるからね! 僕とお燐ちゃんの全身全霊の説得で、披露する特技を一発芸に変えてもらいました。 ちなみに一発芸の出来は……チルノでさえ愛想笑いで誤魔化した、とだけ言っておきます。 ――お燐ちゃん、二? 回目『財布の中身を全てみせる』 地上に何度か来ているらしく、可愛らしいガマ口の中には人里や中有の道で使える硬貨がチラホラと。 いったいどこでお金を調達したのかと聞いたら、お燐ちゃんは笑って誤魔化そうとしました。 まぁ、お空ちゃんがあっさりバラしたけど。 幻想郷の死体って、骨の髄まで妖怪さん達に活用されるんだなぁ。地球には優しい! ――チルノ、二回目『ダジャレを言う』 まず、彼女に「ダジャレとは何か」を理解させるのに苦労しました。 多分ダジャレその物は知ってるだろうし、言った事も何度かあったのだろうけど。 疲れた。本当に疲れたよ。これ、僕にとっての罰ゲームじゃないの? ちなみにダジャレの内容は――さすが氷精って事で。 はい、実にカオスでしたね。 しかし初っ端が初っ端なだけに警戒を強めていたけれど、罰ゲームの内容は意外と平凡なモノが多かった。 僕の三回目の命令も『全員から頭をなでられる』だったし。……まぁ、ちょっと恥ずかしかったけどね。 この感じだと、懸念したほど深刻な事態は起こらないかな――と思ってしまったのが運の尽き。 次の瞬間、お空ちゃんの引いたジェンガによって、まだほのぼのとしていた空気は物の見事にブチ壊される事になったのでした。 ……僕限定だけどね!「うにゅ、次は私だねー。えっと、『久遠晶に接吻をする』……おにねーさんにちゅーするの?」「――はぇあ? 何で僕?」「だって書いてあるもん」 お空ちゃんが僕に見せたジェンガには、確かにそう書いてあった。 いやいやいや、おかしいおかしい。何で個人を指定してんのこの木の棒。 そもそも僕が一通り確認した時には無かったぞ、そんな命令。 近かったのは「正面の人にキス」だけど……はっ、まさか!? さてはやったな紫ねーさま! 僕以外の人が引くと、真のメッセージが出るよう細工してたんだな!! 恐らく、ハナから自分も参加するつもりで僕にコレを渡したのだろう。 さすが紫ねーさま。……でもそういうのは普通、自分限定で反応するようにしませんか? ――勝負ってのはね、公平で無いと意味が無いのよ。 そう思うなら、僕の正面に座るくらいで満足しといてください。 あと、紫ねーさままで心の中に居座ると脳内が大変な事になるのでテレパシーは止めてください。〈そーだそーだ! 少年のハートは魅魔様のもんだぞー〉 魅魔様、ハウス。〈せめてつっこめよ!〉〈晶ちゃん、私は?〉 無理に付き合わなくて良いですよ、神綺さん。〈しょーねぇん……露骨過ぎるぞぉ……〉 とりあえずコレは無いね。うん、無い無い。 無いから無効って事にしよう。うんうん、そうしよう。 等と結論を出して現実に戻ってきたら、目の前にお空ちゃんの顔があった。「うわ、危なっ!?」「うにゅ? 何で避けるの?」「そう言うお空ちゃんは、何で顔を近づけたの!?」「だって、ちゅーするんでしょ?」 予想はしてたけど、お空ちゃんってば一切躊躇が無い! しかもさっきの動き、明らか狙いは僕の唇だった。 ここまで清々しく動かれると、考えを邪推する気にもなれない。 キスする事も男女の間柄も、お空ちゃんにとっちゃ大した問題じゃ無いんだろうなぁ。 多分、お燐ちゃんが相手でも普通にちゅーしようとしたに違いあるまい。親分は……どうだろう、分からない。 この流れだと、彼女自身を説得する事はまず不可能だ。 少しくらい理不尽であっても、無理矢理に流れをぶった切るしか無い。 とりあえず、お燐ちゃんに協力を……。「ダメだよお兄さん、ちゃんと命令に従わないと」 お燐ちゃぁぁぁぁあん!? 何でそっちに味方するんですかちょっとぉぉぉぉおお!? いや、よくよく思い返してみると、脱衣の時も同じ様な反応だった気がする。 ひょっとしてお燐ちゃん、結構そこらへんの感性お空ちゃん寄り?「いや、でもキスするんですよ? しかもお空ちゃん、マウストゥマウス狙いなんですよ?」「毛繕いするようなもんじゃないか。何をそんなに嫌がっているのさ」 ……そうか、二人共根っこの部分は獣なのか。 しかもお燐ちゃん達の居る所は、地底の妖怪でさえ寄り付かないという地霊殿。 正しい接吻の意図を、彼女達が知ってるはず無いですよねー。あはは。 そしてもちろん、親分さんが倫理的な説得で二人を止めてくれる可能性も皆無なワケで。 ――アレ、八方塞って無いコレ?「とりあえず、逃げる!!」「うにゅ、おにねーさんが逃げた!」「とらえなさい、いじでもちゅーするのよ!」「往生際が悪いよお兄さん!!」 無理、さすがにコレは無理だから!! 飛び跳ねるように椅子から離れ、とにかく三人の手から逃れようとする僕。 ちなみに、謹慎中なので外には逃げられない。室内鬼ごっこ決行決定である。 ……これで僕が外に出て、なにか起きても嫌だしね。 結果的に、ジェンガを止める事は出来たけども。 その後僕等は、家の中で「捕まるイコールちゅー」という罰なんだかご褒美なんだか分からん鬼ごっこを続ける事になったのでした。 お空ちゃんはともかく、チルノやお燐ちゃんまで僕にキスをしようとしてたのは何故なのか……。 多分、その場のノリなんだろうなぁ。タチ悪い。 ――ちなみに、キスされる場所を額や頬に変えても問題ないと気付いたのは。一時間ほど逃げ惑った後でした。