「おはよう晶、今日のパートナーは私よ」「パートナーって何ですか……まぁいいや、おはようございます紫ねーさま。早速ですが謹慎を解除してください」「あらあら、もう限界なのかしら」「はい、もういい加減キツいです。退屈で死んでしまいます」「そうなの……大変ね。でも残念ながら、当分謹慎して貰わないと困るのよ」「え、何で? 今回の謹慎ってオマケ的な物なのでは?」「星蓮船の妖怪達が人里に寺を建てたのだけど、その事で少しばかり揉めててね」「はぁ」「これ以上話をややこしくされると困るから、貴方にはしばらく大人しくして居て欲しいのよ」「ソレ、僕とまったく関係無いじゃないですか!?」「今の所はね」「将来的には違うと言わんばかりに!?」「出来れば人里の問題は安寧に解決して欲しいの。幸運な事に、どっちの代表も話し合いで解決するつもりだから……ゴメンナサイね」「気持ちは分かりますが、それなら僕を人里立ち入り禁止にすれば良いだけなのでは?」「外に出てどんな事態を引き起こすか分からないから……」「僕はウィルス兵器か何かですか!?」幻想郷覚書 聖蓮の章・拾漆「三止九止/WABISABI」「おはようございます、晶さま!」「……おはよう。今日もとっても元気そうだね、妖夢ちゃん」 しかし、朝っぱらからそのテンションは若干辛いです。 直立不動の姿勢で一礼する妖夢ちゃんに、僕は口元を引き攣らせながら挨拶を返した。 と言うか、どうしたんだろうか彼女は。太陽の畑に自分から来るほどアグレッシブな性格をしてはいなかったはずだけど。 ふむ、幽々子さんに何か言われたのかな? ……有りそうだけど、何だか厄介事の匂いがするなぁ。「えっとまぁ、とりあえず上がってよ」「はいっ! あ、これどうぞ、お土産です!!」「どうもご丁寧に、ありがとうねー」「いえ、お気になさらず! 紫様もお久しぶりです!!」「うふふ、久しぶり。元気にやっているみたいね」「はい!!」 おー、美味しそうな和菓子だ。しかも高そう。 ひょっとしなくてもこのお土産、僕の影響なのかな。緋想異変の時に散々やったもんなぁ……ゴマすり作戦。 妖夢ちゃん、それを素直に受け取って素直に実行してるんだろう。何だかちょっと申し訳ない。 「さ、お茶をどうぞ」「ありがとうございます! ふー、ふー」「それで妖夢ちゃん、今日は何の御用? 僕は謹慎中だから外出系の要件は聞けないんだけど……」「今日は、晶さまに「風流」を教わりに来ました!」「ふぅりゅぅ?」 明らかにソレ、聞く相手を間違えてますよ妖夢ちゃん。 そもそも、その手の話なら幽々子さんに聞くのが一番手っ取り早いでしょうに。 さては幽々子さん、面倒臭がったな。 もしくは嫌がらせか……両方っぽいのが泣ける。嫌がらせの側面の方が強そうなのが更に泣ける。「待って、本当に待って。とりあえず経緯を説明して」「了解しました! 実は先日、幽々子様に言われ初めて俳句を詠む事になりまして!!」「ほぇ、初めてなの? 白玉楼なら季節の変わり目とかに句会を開いたりしてそうだけど」「今までは『妖夢は余裕無くてつまんないからダメ』と言う理由で参加させて貰えませんでした!」「……あー、そうなんだ」 確かに以前の妖夢ちゃんが句会に参加しても、萎縮して終始地蔵に徹していた事だろう。 もっとも今の彼女は、萎縮しなくなった代わりにブレーキをかける事もしなくなったのだけど。「その流れで僕に『風流』を聞くって事は……ダメだった?」「はい、幽々子様には「彼に尋ねて風流ってモノを学ぶと良いわ」と」 そこで何で僕を指名するかなぁ。こちとら、ワビもサビも分からない現代人ですよ? 正直、この手の知識なら妖夢ちゃんの方が遥かに上だと思うのですが。 ……まさか彼女、俳句の基本ルールすら知らないとか無いよね。 だとしたら、幽々子さんが僕に妖夢ちゃんを押し付けた理由も良く分かるけど――無いよなぁ。さすがに無いよなぁ。「とりあえずさ、その俳句を詠んで貰えない? 原因を探ってみるから」「はい! では詠みます――」 ――斬り捨てた 掌を見て 秋想う「アウトォォォォ!!」 知らないのは、俳句じゃなくて人道のルールの方でしたか。 あまりに酷い妖夢ちゃんのスプラッタ俳句に、僕は即座にアウト判定を下した。 これはダメ過ぎる、フォロー出来ないくらい酷い。そりゃ幽々子さんも風流を学んで来いと言いますよ。 それでいて、俳句としてのレベルは無駄に高いのだから扱いに困る。 この場合の掌ってアレだよね。秋の象徴たる葉っぱの……なんでもない。この話題打ち切りで。「やはり、この時期に秋の句は場違いでしたか」「そっちじゃない! もっと根本的な所がダメだから!!」「ああ、秋を季語としてそのまま入れるのは直球過ぎでダメなんですね」「謝れ! 松尾芭蕉に謝れ!!」 晶さまは何を言ってるんだろう、みたいな顔で首を傾げる妖夢ちゃん。 アカン、世界観が違う。ここまで僕と妖夢ちゃんで意識に差があるとは思わなかった……。 僕では妖夢ちゃんを矯正する事は出来ないかもしれない、助けて紫ねーさま!「がんばっ」 完全なる傍観モードである。小さいガッツポーズから、絶対に助けないという無意味な気概を感じ取れる。 そうか。幽々子さんが紫ねーさまの親友なら、紫ねーさまもまた幽々子さんの親友なのだ。 こういうピンチなら大歓迎って事ですかチクショウ。人の苦労を肴に飲むお茶は美味しそうですねぇ。 そして僕は助けを得る事も出来ず、独りで発想がシリアルキラーな妖夢ちゃんを何とかしないといけないと。泣きそう。 「……とりあえず確認させて、その俳句は実体験? 想像?」「残念ながら、手を斬り飛ばした経験はありません」「つまり想像なのですか。――それはそれで厄介だなぁ」 本当にぶった斬っててくれた方が説得は楽なのに。いや、それはそれで反応に困るけど。 しかし想像でそんな光景が思い浮かぶとは、妖夢ちゃんってば本当に考えがデンジャラスですね。 多分、本人的には自分の知識を総動員しただけなのだろう。その内容が偏っていた結果がコレ……というのが精一杯のフォローです。「良し妖夢ちゃん、俳句の基本を再確認しよう」「五、七、五、ですね!」「そういうルール的なモノじゃないです。要するに、俳句とは何かという事です」「……切腹する前に詠む詩?」「場面が限定され過ぎだよ! 世の俳人達はどれだけ過酷な道を歩んでいるの!? 良いですか――俳句とは言葉による描写です」「描写、ですか」「たった十七文字で、情景と、光景と、作者の想いと、後なんか芸術的なモノを聞いた者に感じさせる……それが俳句なのです」「なんと……俳句とはそんな高度なモノだったのですか」「そうなのです。そして妖夢ちゃんの俳句には、想いと情景と芸術的なモノが足りないのです!!」 「それが、それが風流なのですね晶さま!」 いや、知らんけどね。 ぶっちゃけ、それっぽい事を言って煙に巻いているだけです。 俳句の事だって適当ですよ適当。そもそも僕に、他人様に講釈できるほどの俳人スキルはありません。 どれくらい無いのかと言うと、中学の時に課題で俳句を詠めと言われて何も思い浮かばず、いきなり最後の手段を使ったくらい無い。 最後の手段ですか? 「バナナたくさんたべたい」って書いて自由律俳句と言い張る事ですよ。もちろん怒られました。 まぁ、僕が妖夢ちゃんをどうこう言えない立場である事はこの際どうでも良いのです。 重要なのは、妖夢ちゃんに納得して方向性を変えてもらう事。妖夢ちゃんが分かんなければ真偽の程はどうでも良いのですよゲヘヘへ。「悪い子ねぇ……」 目的を果たす為なら、僕は鬼にでも悪魔にでもなってやるぜ! と言うか、そこまでこちらに期待されても困ります。人を更生施設か何かと勘違いしてませんか?「必要なのは、相手に感動を与える光景を描く事! さぁ、それを踏まえた上で俳句を詠んでみなさい妖夢ちゃん!!」「はい、無理です!」「だろうね! 僕も言ってて無理臭いと思った!!」「ではどうしましょうか、晶さま!」「んー……それなら、妖夢ちゃんの知る感動的だった事を俳句にしてみたらどうかな。それが僕に伝わればオッケーって事で」「なるほど、では少し考えてみますね!!」 そう言って、両腕を組んでじっくりと悩む妖夢ちゃん。 素直で良い子なんだけどなぁ……発想がブッ飛んでいるのと、度が過ぎて真っ直ぐすぎる所が何とも。 最近はソレに、良い意味でも悪い意味でも思い切りが良いって特長まで加わったからね。 上手く導いてあげる事が出来れば頼りになるんだけど、残念ながら僕には彼女を扱いきれる器が無いのですよ。 なのに何故か、幽々子さんは僕に彼女を任せたがる傾向があると言う。勘弁して欲しいです本当に。 「――はっ、出来ました!」 「よーし、それじゃあ聞かせて貰おうか」「はい!!」 ――キラキラと 光る白刃 綺麗だな「どうでしょう!」「……えっと」 いきなりレベルが下がりまくって、小学生の考えた俳句の領域なんですけど。 と言うか季語どこ行った。捩じ込めなかったのは何となく分かるけど、入れようとする努力はしようよ。 期待で目を輝かす妖夢ちゃんに対し、なんと答えたものかと視線を彷徨わせる僕。 すると、今まで黙って話を聞いていた紫ねーさまが苦笑しつつ言った。「無いわね」 ド直球である。だけどまぁ、これが最善の答えかな。 多分、幽々子さんなら「前の方が良かったわねぇ」とか平然と言うだろうし。 どうやら妖夢ちゃんも自覚はあったらしく、さほどショックを受けた様子も無く肩だけを竦めてみせた。「やはりそうですか……幼少の頃に見た、祖父の剣技の美しさを伝えようと思ったのですが」「うん、ハッキリ言うけど何も伝わらなかった。言わんとせん事すら間違って伝わってた」 てっきり妖夢ちゃんの持ってる二刀の美しさをアピールしていると思ったのだけど、そうかお爺さんの剣技の事だったんだ。 題材としては悪く無かったけど、それ以外の物が致命的に不足している。同レベルの僕が言えた義理じゃないけど。「ねぇ晶、ここは貴方がお手本を見せてあげたらどうかしら?」「え゛っ?」「そうですね! 是非ともお願いします、晶さま!!」「うぇえええ……」 紫ねーさま、僕が俳句でやらかした事を知ってますよね。あ、知った上での反応ですかそうですか。 妖夢ちゃんからは見えないように、動揺する僕の姿を眺めて笑うスキマ妖怪。 身内だからと油断していたらこの有様。幻想郷は本当に油断ならない所だ。 ただし僕には、意地を張って俳句を詠める人ぶる理由が無い。 出来ない事を出来ないと素直に認める勇気! ……別に勇気なんて欠片も必要としてませんが。 ってあらぁ? 紫ねーさまが妖夢ちゃんに見えない所で、何かハンドサインらしき物を……。 〈チ・ャ・ン・ト・ヤ・レ〉 ……初見のハンドサインなのに、こっちに意味を通じさせる紫ねーさまマジ半端ないです。 しかしそこまでする必要があるのですか? 絶対無いと思うんですが、紫ねーさまそんなに僕を困らせたいの?〈ウ・ン〉 常々思っていましたが、姉の愛情ってどこかで歪むのがデフォルトなんですかね。 愛情が深ければ深いほどに、感情表現の仕方が面倒くさくなってる気がするのですが。 いや、幻想郷の人達は総じてそんな感じですけど。 ま、それはともかく。紫ねーさまがやれとおっしゃるなら、弟である僕は速やかにソレを実行しなければなりません。 ちなみに最初の紫ねーさまの所は、文姉にも幽香さんにも変わります。 拒否権は当然無い。あったとしても、何やかんやで使用不可能になるのが僕のデフォルトです。「仕方ない。では、一句詠みましょうじゃあーりませんか!」「はい、ヨロシクお願いします!」 ――紫咲き 雲間に覗く 八ヶ岳「……な、なるほど」「分からなかったら分からないと言って良いんだよー」「すいません、分かりませんでした」 だろうね。僕も分かんない。 勘の良い方はもう察しているだろうけど、今の俳句は完全にノリです。 紫ねーさまの名前を逆さまにして適当にそれっぽい文章にしただけなので、意味なんてほとんどありません。 そして、それを口八丁手八丁で意味のあるモノにするのがこれからの僕のお仕事です。 つまりいつも通りですね、ハッタリ大好き晶君! ……うん、笑えない。 「良いかい、しっかり目を閉じて描写される世界を思い浮かべるんだ! イメージしろ!!」「は、はい!」「これに関しては、他人が意味を説明するだけじゃダメなんだよ。妖夢ちゃんが自身で解釈し理解しないと!!」「はい! 分かりました!!」「ちなみに解釈の結果は人それぞれあって当然だから、僕に聞いて答えを確かめようとか思わない様に!!」「了解しました! では、イメージしてみます!! むむむむ……」「酷い子ねぇ……」 僕にコレ以上を求められても困ります。最善は尽くしましたよ、妖夢ちゃんにとってどうなのかは知りませんけど。 まぁ、こればっかりはしょうがないですね。 出来る事ならどんな手を使ってでもやってみせるけど、出来ない事は逆立ちしたってやれません。当たり前の話ですが。 なのでコレが僕の限界なのです。後は、妖夢ちゃんのセンスにかけましょう。 ……それはそれで不安? 僕もそうだから安心して。 ――ちなみにその後、しばらく続いた風流を学ぶ勉強会は互いに何の成果も残さず終わりましたとさ。……ねーさまはご満悦でしたが。