「うふふ。晶ちゃん、とっても楽しそうね」「この様子なら、白蓮ちゃんは大丈夫……あら?」「あらあら。コレって、晶ちゃんが貰った錠前じゃない」「そういえば邪魔だから外した後、晶ちゃんに返すのを忘れてたわねぇ」「どうしようかしら、晶ちゃんのポケットに入れておけば……うーん」「私が渡すのを忘れていたワケだし、ただ返しても失礼よね」「あ、そうだ!」「錠前と一緒に色々詰めて、アリスちゃんに送っちゃいましょう」「ついでにお手紙も書いてっと――誰かちょっと、手紙持ってきてくれない?」「ありがと。えーっと……『アリスちゃんお元気ですか? ママは――』」「『――この前晶ちゃんが魔界へ遊びに来た時、返し忘れていた錠前を入れています。アリスちゃん返しておいてね』」「『一緒にお菓子とかも入れておいたので、晶ちゃんと一緒に食べてください』」「『晶ちゃんと魔界へ遊びに来るのを楽しみに待ってます』っと」「うふふ……本当に楽しみだわぁ」幻想郷覚書 聖蓮の章・拾壱「聖天白日/R&R」 ……目覚めてみれば、不思議な事だらけで戸惑うばかりです。 ナズーリンの手で封印を解かれた私は、星が危ないと聞いて急ぎ星蓮船へと向かいました。 そこに居たのは、博麗霊夢を名乗る退魔の巫女。 その暴力的な振る舞いを許せなかった私は、彼女の凶行を止めるべく勝負を挑もうとしました。 しかし、突如謎の人物が乱入した事で状況は一変したのです。「どーもスイマセンでしたぁ! 悪気はなかったんです!! むしろ何も考えて無かったんです!」「余計ダメでしょ、ソレ」「君が来てくれた事はまぁ、歓迎しないでもない。だがもう少し……もう少し介入方法を考えてくれ」「いやホント、申し訳ないです」 深紅の鎧を纏い、三対の翼を生やした白髪の少女。 私の良く知る人物に似た彼女は、ナズーリンと退魔の巫女の言葉に何度も謝りながらこちらを向きました。 顔の上半分は隠れて良く見えませんが、何だか朴訥な感じのする方ですね。 「えっと、聖人さん――白蓮さんで良いんですよね」「はい。貴女は……?」「僕は久遠晶、神綺さんの使いみたいなモンです。白蓮さんを御助けに来ました!」 神綺様――魔界の神であり、私が封印されている間お世話になった御方です。 色々と便宜を図って頂いただけで無く、この様に使いの方まで寄越してくださるとは……感謝の念がつきません。 「そうですか、ありがとうございます。……ですが手助けは不要です。この巫女は私が」「あーいや、そういう助けで無くてですね。何というか――白蓮さんには、‘正しい弾幕ごっこ’を知ってもらおうかと思いまして」「正しい……弾幕ごっこ?」「ま、そこらへんは見てもらったら分かると良いなぁと思わないでもないと言いますか」「しっかりしてくれ、頼むから。君に全てがかかっていると言っても過言ではないのだからな?」「任せろ、僕に期待すると色々ガッカリするぜ!」「でしょうね」「…………誰でも良いから助けてくれ」 弾幕ごっこ。ルールは神綺様から聞いていましたが、私には正直意味が分かりませんでした。 何故、戦う必要があるのか。私の問いに神綺様は困ったように笑っていました。 「幻想郷はそう言う所だから」と言うあの方の答えに納得できず、結局話はそこで終わってしまったのですが。 私は、正しく「弾幕ごっこ」を理解出来ていたのでしょうか。 巫女や使いだと言う久遠さんの態度を見て、ふとそんな事を思いました。「というワケで霊夢ちゃん、改めて勝負! ただしコレ以上船壊すのは勘弁なので戦うのは外でお願いします!!」「良いわよ」「よっしゃー! それじゃあ、ナズーリンも白蓮さんも付いてきてくださいね!!」 元気よく久遠さんが駆け出し、巫女が気怠そうにその後へ続く。 これから戦うとは思えない和やかな雰囲気の二人を見て、私は隣のナズーリンへ疑問をぶつけました。「……彼女達は、どうしてああも楽しそうに戦えるのでしょうか」「性格――と言ってしまえばそれまでだろうがね。聖、君が封じられてから数百年が経っているのさ」「数百年。いつの間にか、それだけの時間が過ぎていたのですね」「幻想郷の住人は総じて変わり者だから、時間が全てだとは言えんが……それでも妖怪と人間の関係は大きく変わったのだよ」「……彼女達は人間では?」「道化師の方は妖怪代表と考えて差し支えないよ。ありがたい事に、そういうつもりで来てくれたみたいだ。……若干の不安は残るがね」 だからまぁ、しっかりと見てくれ。悪い事にはならないはずだよ。 ナズーリンはそう言って、星を背中におぶって二人の後へと続きました。 ……妖怪と人間の、今の関係ですか。 確かに知った方がいいのかもしれません。世界が今、どうなっているのかを。 停止した星蓮船の隣で、退魔の巫女と魔界神の使いが相対しています。 悠然と立っている巫女に対し、久遠さんは軽く身体を伸ばして一瞬で間を詰めました。「まずは先手必勝! オーラァァ普通のパァァンチ!!」「おっと」 神速とも言える速さから放たれるその一撃を、巫女は最低限の動きで回避しました。 私でも避けられないかもしれないその拳は、巫女の袖を小さく引き裂く事しかできません。 しかし、久遠さんはまるで致命打を当てたように不敵に笑い、巫女は痛恨の一打を受けたかのように眉を顰めます。「ただ速くなっただけじゃない、か。面倒ね、負ける事も視野に入れとかないといけないのは」「これでようやく、勝負として成立するレベルか。遠いなぁ……けど、捉えた事に変わりはない」「どちらにせよ、やる事は同じだけど」「どっちにしろ、やるべき事は一つさ」「相手をしてあげる――人間災害」「相手をしてもらおうか――博麗の巫女」 それは、会話と呼ぶにはあまりにも一方通行な宣告。 自分の思った事を、ただただ相手にぶつけるだけの行為。 それでも二人は互いに言葉を受け取り、笑い――相手へ誇示するように力を爆発させました。 まず動いたのは博麗の巫女。彼女は軽い動きで下がりながら、全方位に向けて霊力の込められた符を放ちます。 攻撃と呼ぶには、あまりにも美しい光景です。 花吹雪の様に舞う霊符は、その自由な動きに反して実に緻密に広がっていきました。「これが弾幕ですか……」「さすが博麗の巫女、模範的な弾幕だね」 初めて見る『弾幕』に、私は感嘆のつぶやきを漏らします。 勝つ為だけでなく魅せる為の攻撃。話に聞いただけでは理解出来ませんでしたが――確かにこれは美しい。 「……へへっ」 一方の久遠さんは、巫女の弾幕に軽く笑うと真正面から突っ込んで行きました。 当然、弾幕の壁は彼女を阻みますが、久遠さんは光で軌跡を描きながら直線的な動きで弾幕の隙間を掻い潜ります。 華麗な巫女の弾幕と正反対な、無骨で遊びのない回避。 けれども極限まで最適化されたその動きからは、また別の美しさが感じられます。 そして接敵した彼女は、大きく振りかぶっていた拳を巫女に向かって突き出しました。 今度は巫女も避けようとせず、御幣を取り出し久遠さんの一撃を受け止めます。 いえ、受け止めると言うよりは受け流すといった方が正しいでしょう。 自らの攻撃を見事に回避された久遠さんは一旦後退し――次の瞬間、背後から二撃目を放ちました。「これぞ、なんちゃって残像拳!!」「ふん、それくらいじゃ不意打ちにはならないわよ」 「今回は不意打ちじゃ無いからね。強いて言うなら――下手な鉄砲も数打ちゃ当たる!」 一撃目からほとんど時間差の無い二撃目を、博麗の巫女は平然と受け流します。 拳の向かってくる方向に合わせて身体を回転させ、そのままの勢いで巫女は久遠さんに裏拳を叩きこもうとしました。 しかし、巫女が攻撃に転じた時点で彼女の姿はすでにそこにありません。 真横を殴りつける形の三撃目、再度正面から攻める四撃目、真上からの五撃目。 残像と言うより、最早コレは分身の領域ですね。 本人も言った通り、一撃で決着をつけようとは思っていないのでしょう。 次々と増えていく久遠さんは、様々な方向からほとんど同時に巫女へと襲いかかりました。 けれども、巫女も一筋縄で行く人物ではない様です。 彼女は弾幕を障害物として撒きながら、的確に久遠さんの攻撃を避けていく。 最初は一動作で一発だった回避は、一動作につき二発、三発と増えていき―― 最終的には、弾幕すら無しで数十発に及ぶ同時攻撃を一動作で避けるようになっていました。「どれだけ撃とうが所詮は下手くその鉄砲。一度に来る打撃も一発だけだし、慣れてしまえばこんなモノね」「攻撃のタイムラグ、酷い時にはゼロコンマ以下だったと思うんですが……」「同時で無ければ何とかなるわよ」「ははは、滅茶苦茶言いおる。けどそれなら――『2ndタスク』!」 久遠さんが叫ぶと、六枚あった翼の内の二枚が勢い良く外れました。 その二枚の翼は魔力を収束させ、自らの存在を巨大な両刃の剣へと変えていきます。 輝く魔力の刃を持った二枚の翼は、剣先を下に向けた状態で久遠さんの周囲をゆっくりと旋回し始めました。「ぶっ飛べ、『オプション』!!」 「おぷしょん」と呼ばれた翼は魔力の光を放ちながら、剣先を巫女へと向けて飛んでいきます。 それまで御幣片手に気怠げにしていた巫女は、初めて見せる大振りな動きで翼――いえ、剣を回避しました。 「さらに、追撃!!」「くっ」 上に昇った巫女に向けて、久遠さんが何度目かになる攻撃を仕掛けます。 しかし見切ったはずのその一撃を、巫女はやはり大きく身体を動かす事で回避しました。 それだけ剣の回避に意識を奪われていたのでしょう。大きく距離をとった巫女は、忌々しげな視線を久遠さんに向けます。「その剣、私の霊力をちょっと持っていったわね。しかも奪った霊力を剣の攻撃力に転換してる」「その通り、劣化版神剣ってヤツですよ。あっちほど強烈じゃないし、奪える力も霊力やら魔力やらに限定されてるけどね」「……神剣ってそう言う効果あったかしら」「ありましたよ、ええ! 僕の技量が足りなかったせいで霊夢ちゃんには通じませんでしたけどね!!」 ……何故、久遠さんが泣いているのでしょうか? 良く分かりませんが、巫女があの「おぷしょん」を警戒した理由は理解できました。 力を奪う剣。なるほど、確かにそれならば大振りな回避にも納得がいきます。 掠るだけでも相手の力は増し、こちらの霊力は減っていく。 今までのように紙一重で回避していたら、あっという間に霊力を奪われきっていた事でしょう。「とにかく、これで数は三つ。さっきみたいに安々と避けられるとは思わない事だね」「その分速度が落ちてるけどね」「見破られるの速いな!?」 そういえば、先ほどの様な残像攻撃をしていませんでしたね。 翼を「おぷしょん」に変えた分、速度が落ちてしまったのでしょうか。 しかし、その事を差し引いてもあの「おぷしょん」は強力です。 驚異的な回避能力を持つ巫女でも、全てを避けきるのは難しいはずです。「――ま、どっちにしろ厄介な事に変わりはないか。そう言う事ならパパっと片付けるわよ」 そう言って、巫女は懐から一枚の札を取り出しました。 あれは……確か。「すぺるかーど、でしたね」「ああ、弾幕ごっこの『華』となる重要な要素だ。言ってしまえば、ここからが本番だな」 皮肉げに笑うナズーリンの言葉に私は小さく頷いて、さらに注意深く二人の姿を見据えました。 静かに霊力を高めていく巫女に対し、久遠さんは苦笑しながら同じように懐から札を取り出します。 言葉は交わしません。ただ巫女に呼応する形で、彼女も魔力を高め始めました。 それが、巫女に対する明確な答えになると言わんばかりに。 ……悪意もなく、殺意もなく、敵意もない。あるのは相手を倒す――否、相手に勝利する意思だけ。 これが、‘正しい’弾幕ごっこなのですね。 ―――――――結界「拡散結界」 ―――――――轟銃「雷刃一閃」 互いの宣誓と共に、二つの力が開放されました。 巫女の「すぺるかーど」は、結界を囲う結界を次々と生み出して広げていく攻防一体の技。 一方の久遠さんの「すぺるかーど」は、二枚の翼を弓に見立て閃光の矢を放つ攻撃特化の一撃。 それぞれの特色が色濃く出た双方の「すぺるかーど」は、激突と同時に激しい閃光を放って大気を震わせました。 「おっぐぅ……」「ふん……」 攻撃能力だけなら、久遠さんの「すぺるかーど」の方が高いのでしょう。 ですが巫女はすでに劣勢を悟っており、結界が破られる前に次の結界をぶつけて上手に攻撃を相殺しています。 状況は五分と五分、どちらが勝ってもおかしくない状況です。それは両者共に分かっている事なのでしょう。 巫女も久遠さんも不敵に笑いながら、真正面から相手を打ち破るために更なる力を込め始めました。 その姿は、ぶつかり合っているはずなのに――どこか楽しそうに見えます。「……ナズーリン」「ん、なんだい聖?」「私にはやはり、弾幕ごっこの意義が理解出来ません」「聖……」「ですが――これが人間と妖怪の対話に必要な物の一つなのだと言う事は、何となくですが分かった気がします」 言葉でなく弾幕で分かり合うとは、滅茶苦茶な対話方法もあったものです。 けれど血気盛んな妖怪達には、こういうやり方が良いのかもしれません。 私には、認められない方法ではありますが。 相手を否定する為ではなく、肯定する為の戦いが出来るのならば……。 きっとこの世界の妖怪と人間の関係は、それほど悪いものでは無いのでしょうね。 神綺様が、ナズーリンが、久遠さんが私に伝えたかった事は、多分そう言う事なのだと思います。「そう思ってもらえたのなら、こちらも肩の荷が下りると言うモノだよ。――で、どうするのかねアレは。介入するのかい?」「……最後まで見守らせて頂きます。私も弾幕ごっこの事を、しっかり把握しておかなければいけませんからね」「そうか。まぁ、聖の好きにするが良いさ」 ホッと一息ついたナズーリンに、私は感謝の気持ちを込めて軽い礼をしました。 そして私は改めて、妖怪と人間の代表である両者の「弾幕ごっこ」を見つめるのでした。 ――彼女らの戦いは、果たしてどのような結末に至るのでしょうか。