「つっまんないわねー。晶のヤツ、早く帰ってこないかしらー」「(師匠、てゐの報告まだ姫様に伝えて無いんですか?)」「(最近の姫様は元気過ぎるくらいだから、ここいらで少し落ち着いて貰わないと困るのよ)」「この私がこんなに気にかけてあげてるのに――はっ!? まさかこれが恋!?」「(し、師匠。姫様がおかしな事を言い始めましたよ)」「(大丈夫、この後自分で自分にツッコミを入れるから。いつもの事よ)」「ってなんでやねーん! ――あーあ、つまんなーい。ねぇ永琳、何か面白い事無い?」「隣の家に塀が出来たそうです」「隣ってどこよ」「へぇ~」「……押し通したわね」「ご期待に添えましたでしょうか?」「あー、うん。とりあえずそういう事で良いわ。下がって」「畏まりました」「あ、はい!」「(さて、これでしばらくは大人しくしているわ。いつもの事だから大丈夫よ)」「(……永遠を生きるって、大変なんですね)」幻想郷覚書 天晶の章・捌「四重氷奏/宵闇少女と死にまくりの道化」 己の心技体、全てをフルに使って僕はリグル君を撒く事に成功した。 これだけ頑張ったのは生まれて初めてかもしれない。――幻想郷での出来事込みで考えても。 僕の中では、間違い無くこれが人生最恐の経験だ。 今なら言える、もう何も怖くない。「おや? あれは……」 それなりに太い枝の上で猫の様に座り寛いでいると、視界の隅に妙な黒い塊が映り込んできた。 目測だけで判断しても、直径およそ三メートルの馬鹿でかい球体だ。 境目はボヤけているが形状はほぼ真円で、闇を思わせるほど真っ黒な体色と合わせて景色に異様なほど浮いている。 何だろうアレは。微妙に動いている所を見るに、何かしらの生き物である事は間違いないと思うんだけど……。 熊? にしては黒過ぎるし、何より生物が丸まってる姿にはとても見えない。 と言う事は何かの妖怪かなぁ……特徴がある様で無い感じだから、ちょっと特定は難しいかも。 ほぼノーヒントである相手に対し、何も思いつかない自称妖怪大好きっ子の情けない僕。しょうがない、ここはもうちょっと様子を見て―― いやちょっと待て、一人だけ心当たりが居るじゃないか。子供向け妖怪図鑑ばっかり見てた頃に、当たり前の様にその中に居座っていたあの妖怪が。 そう、黒くて丸くて不定形の、カリスマとルー語に溢れた西洋妖怪。「まさかあの人は、バックベア――」「よ、ようやく見つけた。あ、足早過ぎだよ……」「ひぃややぁーっ!?」 しまった。ぼーっとしてたら追いつかれた! 声をかけられた僕は、枝にぶら下がって接触を避ける。 猿の様な蝙蝠の様な自らの姿を冷静に振りかえってみると大変情けなくなるが、緊急事態なので今はスルーだ。 リグル君も僕の態度に不服そうな顔を一瞬見せたけれど、目の前の黒い塊を見て表情を変えた。「あ、もう宵闇の妖怪を見つけたんだ? 早いね」「……ほへ?」「ほら、あそこの闇。あの中に居るのが宵闇の妖怪――ルーミアだよ」「ベアード様では無いので?」「誰さそれ」 まぁそうだよね。無いよね。分かってたさ。……負け惜しみじゃないデスよ? 魔眼の力を解放し改めて黒い塊を確認してみると、なるほど確かに塊の中で蹲っている少女の輪郭が見える。 なーんだ、あの黒いのは身体じゃ無くて身体に纏ったただの闇だったのか。 闇を操る能力って言葉だけなら、かなり凄そうに感じるんだけどねぇ。 何か、あんまり大した力じゃ無さそうに聞こえるんだよね。本当に何でなんだろうか。 うーん引っかかるなぁ。今にも喉元から出てきそうな気はするんだけど、気付いたら引っ込んでる感じ? もやもやする。すっごくもやもやするよ。「で、ルーミアを見つけたワケだけど……どうするの?」「どうするのって―――どうしよう」 僕は面識自体無いし、リグル君も付き合いは浅いみたいだし、親分達を連れてくるしか無いんだろうけどねー。 ……皆、今どこらへんにいるのかなぁ。 こんな事になるなら、せめて集合場所くらい決めておけば良かった。 と言うかもっと早めに気付くべき事だよね、ソレ。「しょうがない、こうなったら念力だ! むむむむむぅ~」「念力!? キミってば、そんな事まで出来るの?」「や、別に出来ないけど?」「殴るよ」「何故に!?」 僕には、ちょっとしたジョークすら許されないと言うのだろうか。 本気の顔で拳を固めるリグル君に、とりあえず僕は遺憾の意を込め肩を竦めて見せた。 そもそも僕に万能性を求められても困るんですが。能力は確かに万能だけど、僕に出来る事は掻き回すかややこしくするかの二択だけなんですヨ?「で、どうするの? このままずっと見学してるワケにも行かないよね」「だよねぇ。――って、あ」 僕等がうだうだ話合っていると、黒い塊が移動を始めた。 こちらに気付いた、と言った感じでは無さそうだ。呑気な動きでふよふよと飛んでいく。「わ、わ、どっか行っちゃうよ? 良いの!?」「そうだった。呑気に観察してる場合じゃないね、ちょっと止まって貰ってくる!」「うわ、また消えた!?」 脚鎧の気を増幅し、木の枝をバネにして一気に駆け出した。 リグル君から逃げるために思わず使った力だけど、これは意外と汎用性が高いかもしれない。 瞬間的な加速度が上がるし、氷翼と違って手軽に気軽に使えるし、攻撃に転用するよりこっちの方がよっぽど便利だ。 あ、そうだ。これに氷翼を組み合わせれば、もっと速く飛べる様になるんじゃ――いや、止めとこう。 まずは、氷翼状態で問題無く着陸できる様になっておかないとね。ただ速くなっただけじゃ、事故確率を跳ね上げるだけだもん。「はい、すとーっぷ!」 ゆっくり移動している闇の塊を追い抜いて、彼女? の前に降り立った。 言葉だけの静止だけでは足りないと思ったので、同時に氷で作った一時停止の標識も掲げておく。 名付けてアイシクル一時停止。……どうでも良い上にネーミングが適当過ぎますね。 しかもるーみあちゃんはあっさりとそれをスルー。無駄に作り込んだ止まれの文字がとても寒々しい。「あ、しまった! 幻想郷には道路標識が無いじゃないか!?」「何ワケの分からない事を言ってるのさ。そもそも、闇の中にいるルーミアに文字が見えるワケ無いじゃん」「え? 自分の扱ってる闇なのに、自分でも外が見えないの?」「みたいだよ、それでよく木とかにぶつかってるし。本人曰く、それが良いって事らしいけど」 「ほえー、変わった妖怪なんだねー」 ……うーむ、やっぱり何か引っかかるなぁ。 前も同じ様な話を聞いて――は無いと思うけど、どこかで知った気がする。 何だったかなー。わりと深刻な局面で知ったはずなんだけど、大体いつも深刻だったしねー。「とは言え、声は聞こえてるはずなんだよね。動きもちょっと変だし、ひょっとして耳に入らないほど何かに集中してるのかもしれない」「ふむ。その場合、どうやって彼女にこちらの事を気付いてもらうんでせうかね?」「……無理じゃないかなー。家に引き籠りながら移動されてる様なモノだし、よっぽどビックリする事が無ければ気付いてもらえないと思うよ」「例えば?」「え? えーっと、あの闇が全部無くなっちゃうとか」「なるほど……」「いやでも、あの闇って何の光も通さない特別製だよ? それに弾幕を防ぐ効果も無いから、力技で吹っ飛ばすのも……」 確かに、森の奥とは言え木漏れ日で充分明るいこの場であの真っ暗さ。光による闇の消失はまず望めないだろう。 マスタースパークの光と威力で何とか……と思っていたけど、そう上手くはいかないらしい。 どうしたものか。顎に手を当て考え込もうとした僕は、ふと何かに呼ばれた気がして自らの胸元を見る。 声とも呼べない思念の様なソレを頼りに内ポケットを漁っていると、一枚のスペルカードを手にした所で腕が止まった。 ……使ってくれって事かな。確かにこれなら、あの闇も何とか出来そうだけど。 しっかし、スペルカードの方が‘自分を使えと自己主張する’って言うのはどうなんだろうか。 少なくとも他人からそんな話を聞いた事は無いし、僕自身今まで経験した事は無いんだけど。 まぁ……別にいいかな。使えるモノは何でも使うのが僕のモットーだもんね。「と言うワケで、その案採用で」「え?」 ―――――――神剣「天之尾羽張」 脇差程度の長さで、毎度おなじみ神剣を顕現させる。 ただし、その輝きは普段より強くなっている――気がした。 やる気満々なんだろうか。一瞬、参観日にやたらアピールしまくる小学生のイメージが脳裏に浮かんだ。 ……とりあえず、妙なイメージ含めてそこらへんの問題は一旦脇に置いておこう。 魔眼でるーみあちゃんの位置を把握し、僕は本人に当たらないよう闇の塊に向けて神剣を放った。「ちょいやさっ!」「――あれ?」「……うそ」 闇に切れ込みが入ると同時に、喰い尽くす様な勢いで神剣が闇を呑みこんでいく。 そんな気はしてたけど、この頼もしいスペカは当たり判定の無い闇だろうが問題無くスパスパ斬ってくれるらしい。 そして神剣は、自らの役割を果たしたと言わんばかりに輝いて消滅した。 ふむ。ひょっとして今のは、霊夢ちゃんが以前言ってた『力との対話』ってヤツなんだろうか。 個人的には、じゃれてきたわんこを撫でまわしただけの様な気がするのですが。……対話って難しいなぁ。 ――っと、違う事考えてる場合じゃ無かった。闇が無くなって呆然としているるーみあちゃんに、こっちの話を聞いてもらわないと。 動きを止めている少女の前に廻り込み、僕はその姿を確認する。 金色の髪に赤いリボンの様なモノを巻いた、黒いワンピースの可愛らしい少女は――え゛っ?「だ、誰なの? あ、リグル? 何でここに? その人は誰? 私の闇はどこに行っちゃったの?」「いやその、実は私も良く分からなくって……ほら久遠、こういう事はキミが説明するべきでしょ!?」「ごめん、今ごっちゃになった頭の中を整理している所だから。と言うワケでパスいち」「回されても困るよ!?」「な、なんなのかー?」 混乱する頭を抑えながら、必死に該当の記憶を引っ張りだす。 確か以前に、どこかで戦った事があったはず……。「あっ、そうかっ!」「今度は何さ!?」 思い出した。幻想郷に来たばかりの頃、僕をぱっくんちょしようとした子だ。 そういえば幽香さんが、あの時彼女を宵闇の妖怪と呼んでいた気がする。 そっか、この子ルーミアって名前だったのかぁ。意外な所で意外な妖怪と再会したもんだ。「えーっと、どうも久しぶり」「へ?」「え、なに? 知り合いなの?」「知り合いと言うか、前に食べられそうになったと言うか……」「……そうなの?」「うーん――覚えてない」 まぁ、被害者である僕さえ覚えて無かったしねぇ。 同じ様な事を定期的にしているはずのルーミアちゃんが、僕を覚えてるワケ無いか。 ……いやでも、あの時の僕がやった事ってそれなりにインパクトがあったはずだよね? 聞けば思い出すんじゃないのかなぁ。 そう思い直した僕は、深く考えもせず彼女に尋ねてしまった。 それが、ものすっごい面倒な事態を引き起こす事になるとも知らずに。「だいぶ前に、妖怪の山近くの森で会ったんだよ? その、ほとんどルーミアちゃんは闇の中だったからお互い顔はあんまり確認してないけど」「んー……んー?」「やっぱり覚えてないみたいだね。他に何か無かったの?」「実はその時、ルーミアちゃんを氷漬けにしました」「氷漬けて。チルノみたいな事するね、キミ」 いや、命かかってましたから、そこは見逃してくださいよ。 それに実は、弾幕ぶちかますより幾分か大人しげな行動でしたからね? だからその「やっぱり危険人物かー」みたいな目止めてください、心が折れます。「こ、氷、漬け?」 ……おやぁ? それまで、疑問符を浮かべながらもにこやかだった彼女の笑顔が凍りついた。 さらに身体は震えだし、顔色も瞬く間に青く変わっていく。おまけに目の焦点も合ってない。 状態異常のトリプル役満にかかったんじゃないかと思ってしまうくらい動揺したルーミアちゃんは、僕の方に視線を向けると。 「ひ、ひぃぃぃいいいいいいっ!!」「え」「ちょ、ルーミア!?」 ボロボロと涙を流しながら腰を抜かしてしまった。何で? へたりこんだまま、必死に手だけで僕から離れようとするルーミアちゃん。 人間扱いされない事は多々あったけど、これだけビビられたのはさすがに初めての経験だと思う。面変化時除いて。 「……久遠。キミってばルーミアに何をしたの?」「いや、だから氷漬けにね」「嘘つかないでよ! 氷漬けにされた程度でこんな風になるワケ無いじゃない!!」「ぼ、僕だってどうしてこうなったか聞きたいよ!」 と言うか、氷漬けは程度で片づけられる事なんですね。それもどうかと思いますよ? あからさまな彼女の変調に、リグル君は眉をしかめて僕に詰め寄ってきた。もちろん離れたけど。「キミねぇ~」 いかん、リグル君のイライラが頂点に達しかけている。 むしろ良く今まで耐えたと思わないでも無いけど、このタイミングでブチ切れられるのは大変マズイ。 ルーミアちゃんも未だに動揺しっぱなしだし、どうすりゃいいんだこの状況。 と言うか、本当に僕が何をしたのさ。 リグル君の言った通り、氷漬けにした事が‘程度’で済むなら僕は何もしてないと思うんですが。 それとも思いの外、氷漬けがトラウマになったって事かな? ……でも、幽香さん足止め程度にしかならないって言ってたよね?「お、お願い。ふくしゅーなんてもう考えてないから、フラワーマスターを呼ばないで」「……ふらわぁますたぁ?」 何故、そこで幽香さんの名前が出てくるのだろうか。 必死に両手で身を守りつつ、ルーミアちゃんは何度も幽香さんの名前を口にしながら謝罪する。 ――そういえば別れる時、幽香さんはあの場に残っていた様な。 ひょっとしてやらかしたんですか、幽香さん? この子のトラウマになるような事をやらかしちゃったんですか? 「ゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイごめんなさい」「さぁ、キリキリ白状した方が身のためだよ! ルーミアに何をしたの!?」「むしろ僕が聞きたいよ……幽香さん何したのさ」「幽香――ひぃいいいっ!!」 今度は跳ねる様に立ちあがり、ルーミアちゃんは泣き叫びながら逃げ出した。 いけない。このまま彼女を見逃したら、僕に幼女な外見をした妖怪をトラウマ出来るまで嬲った人間と言う不名誉な烙印が押されてしまう。 ……まぁその、他で似た様な事はしてたかもしれないけど。この件に関しては冤罪だからね。 だからとにかくリグル君の誤解は解いておかないと。そうでないと死んでしまう、主に僕の精神が。 そう判断した僕は、慌ててルーミアちゃんを追いかけた。 「あ、待てこの! 弁解が済まないうちは絶対に逃がさないからね!!」「うひゃん!? ちょ、ちょっと待って! 落ち着いてあの子を追いかけたいから、お願いだから近寄らないで!!」「――分かった。意地でも捕まえてやる」「しまった、思いっきり逆効果だった!?」「こ、こないでー!! 許してー!」「うわぁーん! こっちもこっちで話にならねーっ!!」 必死に逃げているけど、パニック状態でまともに走れていないルーミアちゃん。 後ろから追いかけてくる脅威に気が行って、同じく全力で走れない僕。 怒りで頭が真っ白になっていて、フラフラしているこちらの動きに中々追いつけないリグル君。 ――何とも、グダグダな状況である。 一定の距離を保ちながら同じ場所をグルグルと回る僕等の姿は、傍から見たら何かのコントにしか見えないだろう。 うう、このままじゃ別の悪名が僕についてしまいそうだ。誰でも良いから助けてくれないかなぁ。 半ばヤケクソ気味にどこぞの誰かへ祈る僕。そんな僕の願いは、一応受け入れられた……のかもしれない。「何やってんのよアンタたちはっ!」「なのかっ!?」「はぅあっ!?」「あいたっ!?」 僕等の頭上に降り注ぐ、巨大な氷の塊。 其々ダメージで動きを止め悶絶していると、攻撃の主であるチルノがフランちゃんと大ちゃんと他一名を連れて現れた。 「このあたいが居る限り、うち……うち……えーっと」「あたたたた……う、内輪もめ?」「それよ! うちわもめは許さないわよ!!」 そう言って満足げに微笑むチルノ。どうやらとりあえず言ってみたかったらしい。 多分、意味の方はあんまり分かって無いんだろうなぁ……。 様々なツッコミ所を引っ提げて現れた親分に、僕はとりあえず一番の疑問点をぶつける事にした。「あの、親分。何で屋台の上に跨ってるんですか?」「しゃらっぷよ! 良いからそこでせーざしなさいアンタ達!!」 ……ひょっとしてこれ、余計に話がややこしくなっただけなんじゃないだろうか。 一々何か言う度に悦に入る親分の顔を見ながら、僕は不吉な予感を抱きつつ苦笑いを浮かべるのだった。