「ちわっす。貴女の隣人、五反田 弾です。」
「おい、いきなりなんだよ弾?」
「挨拶だぞ? 初対面の人や、親しい人に会った時に行う礼儀の一つでな―――?」
「誰も説明頼んでねぇよ! なんで頭上見上げていきなり挨拶したのか聞いてんだよ!」
「は? なんでそんなことお前に説明する必要があるの?」
「…なんでだ。こいつに素っ気なくされるとすごい傷つくっ!?」
ウサミミ束さんが夢の国へ旅立ってからまた少し月日が流れた。
ちなみ一夏に確認したところ、いきなり電話があって『ちーちゃんの言ってた変人って誰さ? いっくんがよく知ってるって聞いたんだけどなんじゃらほい?』と聞かれ、俺のことだと普通に気付いたらしい。変人じゃない! 紳士だ! 失礼な。
ただいま俺こと五反田 弾は、五反田食堂にて早朝の仕込みを行っております!
目の前には、我が友一夏がカツ丼を頬張る萌え時空が発生中。女の子の黄色い歓声が聞こえてきそうな今日この頃です。
ちなみに現在、まだ五反田食堂は開店していない。
それなのに何故、一夏が朝食を家でとってんねんて話だが。何を隠そう今日は一夏の『藍越学園』の受験日当日なのである。
心優しい俺は、一夏の家に襲撃をかけ、まだ眠いと愚図る一夏を蹴り飛ばし覚醒させ我が食堂で『これを食べれば受かるかもカツ丼』を食わせてやっているのだ。
ああ、なんて美しい友情か。
あ、ちなみに350円な?毎度。
「うぷっ! 朝からこってりした飯食わせた挙句に金取りやがって…!! なんか俺に恨みでもあんのかよ。」
「…。」
「おいコラ待て。思い詰めた表情で包丁を眺めるな怖ぇよ!?」
「ふむ? 最近研いでねぇな。後で研ぐかな? ん? どうした一夏?」
「…もうヤダこいつ!!」
「あれはお前用じゃねぇよ?」
「安心できない台詞ありがとうよチクショウっ!!」
「いや~」
「褒めてねぇよ!! ああくそ俺一人じゃ突っ込み追いつかねぇ!!鈴がいた頃が懐かしいぜっ…!!」
「ところでゆっくりしていて大丈夫か?電車に間に合うか?」
「え? ああ、大丈夫だろ今から出ても十分間に合――――。」
「あれ三十分遅れてるんだが。」
「早く言えよぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!?」
「うっそーん! ははは騙されてやんのうぼろげぇあっ!?」
一夏の唸る拳が俺にクリーンヒット!! 弾は150のダメージを受けた!
さすがは千冬さんの弟だ。良い拳もってるじゃねぇかっ!!
とりあえず立ち上がり、肩で息している一夏に向き直る。俺のリスポーン能力を甘く見るなよ後悔するよ?
「心臓に悪いわ馬鹿野郎!!」
「リラックスさせようかと思った友心だ。まぁ大目に見ろ。」
「いらんわそんな気遣い!!」
「それと、餞別としてこれを持って行け一夏。試験で役に立つこと間違いなしだ。」
「ん? なんだこの紙?暗記シートか何か?」
「カンニングペーパー。」
「昨年のカンニング事件を俺に再現させたいのかお前はっ!?」
「大丈夫、前回は失敗し――――――。いやなんでもない。」
「お前まさか黒幕っ!?」
「おい、そろそろヤバいぞ。電車の時間。」
「だぁぁぁぁ!? 色々言いたいことあるのに狙ったようなタイムアップに腹が立つ!!」
「頑張ってこい、一夏!」
「そこだけ見りゃ良い友人だと誤解するけど、色々台無しだからなっ!?」
「落ちて、滑って、転ぶなよっ!!」
「禁句を連発すんなこらぁっ! 行って来るよ!」
食堂の扉を乱暴に開け放ち、一夏は駅へと走り出しっていった。
うむ、素晴らしき友情の一コマだな。
走り去る友人の背中を見送り、俺は食堂の暖簾を上げる。
五反田食堂、本日も平穏無事に開店です。
* * *
――― さて、時間はちょっと過ぎて。
いつものように、爺ちゃんと一緒に厨房にて奮闘を繰り広げている俺。
ん? お前は受験どうしたって?
ああ、俺はもう終わったよ自分の志望校の試験は。俺は家から最も近い、市立の高校に通うからな。就職難なご時世だが、俺は五反田食堂二代目を目指しているのさ!!
学校が近けりゃそれだけ早く食堂に帰れるからねぇ、修行中の身としては願ったりかなったりですよ。
あ、もちろん落ちないよう勉強したぜぃ! 高校にも行けん奴に、家は継がせられんて爺ちゃんに脅されたからな…マジで必死こいて勉強したぜ。
入試の為学校も休校中、そんな時は食堂で腕磨くにもってこいだね!!
「一夏さん、大丈夫かな?」
「駄目じゃね?」
「なんでさも当然のように酷い事言うのよ!? 馬鹿兄!」
客足も落ち着いたころ、蘭がカウンターで一夏のことを案じていた。
いや、おそらくアイツ絶対何かやらかしそうな気がするんだよね? それも高い確率で。何故だろうね? なんかそんな気がする。・・・はて?
「ま、もし駄目だったら盛大に祝ってやるさ。」
「祝うなっ! お兄は心配じゃないの!? 薄情者!」
「落ちた瞬間、あいつの未来は強制的に蘭の婿になるからなー。くく、こき使ってやるぜ!」
「…え? な、何それ?」
「今ちょっと『落ちても良いかな?』って思ったな?」
「そそそそそそそそんな訳ないじゃないっ!! ばばば馬鹿じゃないの!?」
ピッ
「あ? もしもしー? 今、蘭がなー?」
「きゃあああああっ!? 何やってんのお兄ぃぃぃっ!?」
「あ、こら兄の携帯でゴハッ!?」
蘭の蹴りが俺の顎を跳ね上げ。俺の手から滑り落ちた携帯電話を、素早く取り上げ耳にあてる蘭。
―――― ふ、相変わらず良い蹴り持ってるじゃねぇか…!!
しかしな蘭?
「あ! いいいい一夏さん!? 別に何でもありませんからねっ!? 試験頑張って――っ!」
『は? 俺一夏じゃないよ? もしかして蘭ちゃん? 俺は数馬だけど?』
そいつ御手洗 数馬くんだよ?
「間違えました。すみません。それでは。」
ピッ
ゆっくりと蘭が俺に振り返る。
その顔は、羞恥と怒りで真っ赤になっていて、涙目になってプルプル震えていた。
ふおおおおぉぉぉ!?
「兄を萌え殺す気か蘭!?」
「お、おお、お兄の馬ぁ鹿ぁぁぁ――――――――――――――――っ!!」
「うるせぇぞ弾!! お前また蘭に何かしたのか――――っ!?」
妹の怒声が響き渡った! 爺ちゃんが現れた!! 敵の攻撃。二人の合体攻撃!!
「え? あ、ちょい待って? さすがに『五反田クロスブレイク』はちょっとって!? ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
五反田食堂に俺の絶叫が響き渡って、12時の時刻をお伝えしました♪
* * *
―――――ガシャガシャガシャ(ペダルを漕ぐよ何処までも)
「へいへーい! 退いた退いたー! あ、おばぁさん横断歩道一緒に渡りましょうね。…あん? なんだじぃさんあっち行け。荷物? テメェで持て。急いでんだよこっちは! あ、おばあさん!? 危ないよ! てめこら止まれや下手くそドライバー!! おお!? 流石は美しいお姉様! 見た目同様美しい心お持ちですね! 自動車の運転も素敵です!」
只今、『六代目五反田号』(!?)に跨り、俺は配達のため街を絶賛疾走中!
途中お年寄り(女性限定)の気遣いも忘れない。しかし最近の運転野郎はマナーがなっちゃいねぇ! 先程の女性のように横断歩道で一時停止もできんのかカスがっ!!
そんな日本紳士達の心が薄れる世に憂いながら、今日も元気に出前の配達です!!
さて? お次は何処のお宅だったかね?
【らら♪ らん・らら・らんらんらん♪ らん・らんらららーん♪】(蒼き衣を纏う少女の歌)
ん? 俺の携帯から妹のテーマソングが?
ちなみに俺のテーマソングは『ターミ・ネー○ー』にするか、有名な作曲家の『運命』にするか悩んでいる。難しい問題だ。
ピッ
「どうした蘭? オー○の襲撃か? 虫笛どうした?」
『まだ私の着信音変えてないわね馬鹿兄!? やめてって言ってるでしょうが!!』
「今配達中なんだ、すまんが巨○兵は準備できんぞ?」
『…グスッ!!』
「すまん悪かった!! マジ調子乗ってましたすんません!!」
携帯を地面に置き、その前で土下座をかます。
周囲がメチャメチャ変な視線を向けて来るが知った事か!! 兄妹の絆のピンチだ!!
悪かった!! 名前ネタは止めます!! 帰ったら蘭の好きな『弾特製ミルフィーユパフェ』も作ります!! なんなら一夏の最新生写真も付けます!!
だからマジで泣かんといて―――――――っ!?
五反田 弾。愛する妹の涙にゃ滅法弱い弱点露呈。頭を擦りつける地面の冷たさが身に沁みます。
* * *
「えーと? 蘭から聞いた住所ならここら辺なんだがな?」
『六代目五反田号』に乗りやって来たのは、多目的ホール。
人の出入りが激しい為、『六代目五反田号』は駐輪場にドッキングさせ、出前片手に店内をウロウロ彷徨う。
しかし無茶な注文だったな?
俺は蘭との会話を思い出しながら、ホール内を歩き続けた。
~回想~
『注文したお客さんが、どうしても外せない用事で出かけちゃったらしいの。だからお客さんの向かった場所に届けてくれないかって電話があって。』
「だからって。よりによって四駅先の多目的ホールの一室だぁ? 無茶すぎるだろう?」
『ならキャンセルしますかって聞いたんだけど、どーしても食べたいって言ってるらしくてさー。断る?』
「野郎? 世界にときめく淑女達?」
『…聞いてどうするの?』
「判断する。」
『…おん―――。』
「っしゃああああぁぁ!! 六代目!! もう一仕事だっ!!」
『…じゃあ住所教えるね。はぁぁ。』
~回想終了~
ふむ、全く日本紳士の特性を上手く掴んだ話だ。
五反田食堂の出前を心待ちにしている女性がいるとなれば、俺が動かん筈がないだろう!
さてさて? お腹を空かせたレディの待つ部屋は何処かね?
しかし分かりにくい構造してんなこのホール。構成したの絶対野郎だ、ふざけんなコラ!
心の内でブチブチ文句を呟きながら進むこと数分。
「お? 此処だな『第二IS学園試験会場』。つーことは第一もあんのか。広いホールだから当然か?」
蘭に教えてもらった住所を殴り書きした手元の紙と、一室の横に張り付けてある名前を確認する。うむ間違いない。
「さて、気合いを入れなおしてー。」
バンッ!!
「ちわーっす!! 毎度五反田食堂です!! お頼みの出前を御届けに参上しましたー!!」
元気よく腹の底から声を出す!! 食堂は第一印象が大事です!!
…っておろ?
しーん。
「真っ暗じゃねーか。誰もいない? 場所が違うのか?」
もう一度部屋を出て確認。
ふむ。間違いなくここだよな?
「まだ来てないとかか? いやでも…ふむ?」
部屋を見回してみても真っ暗。
明りが点いてないというよりも、ついさっきまでこの部屋を使用したっていう様子が感じられない。
そんな妙な違和感を感じ、俺は内心頭をひねった。
なんだろうか、このなんともいえない空気。あれだ、なんか釈然としない。
なーんか、嵌められたような気がする。まぁ誰がってな話になるが、俺を嵌めてメリットがある奴なんているかね?
きな臭い。頭で警報が鳴っている気がする。
「…入りますよー?」
とりあえず中に入って電気を探す。
こう真っ暗じゃ待つこともできんしな、えーと電気電気と。
ボゥ――――。
暗闇の先で、淡い緑色の光が浮かんだ。
「おう? なんだ? 怪談にゃ時期が悪いぞ?」
光を目指して進む。
そこに浮かんでいたのは―――。
「…おいおい、こんなもん放置してお出かけって。マジかよ。」
世界にその名を轟かす、全世界の女性達の矛。
歴史を刻んだ数々の兵器を『鉄屑』へと変えた、稀代の産物。
【インフィニット・ストラトス】通称【IS】が、悠然と鎮座していた。
その神々しくも、何処か不気味な空気を漂わせる目の前のISを前に、俺は思わず口を開く。
「…まさかとは思うけど、お前が俺を呼んだとか? もしかして出前頼んだのお前だったり? 笑えねーな。さてどうするか?」
目の前のISはただ鎮座している。
まるで何かを待っているように―――――。
己が主を待っているかのように。
「いやいやまさかなー。だってISだぜ? 野郎呼ぶ訳ねーわな! 女の子にしか使えないって話だし!! それに、俺にそんな何処ぞの主人公のような展開ある訳ないわっ!!」
だははははー! と笑い飛ばす。いや、なにシリアス気取ってんだか俺は!!
ISがあろうが無かろうが、俺の出前にゃ関係なし! さっさと用事を済ませて食堂に戻るとするかね。
「とりあえずどうすっかなー? 第一試験場に行って聞いてみるか。もしかしたらそっちに行ってるかも知れねーし。」
やること決めてさっさと出るか。そう思って踵を返そうとして――――ふと止まる。
「っと、そうだった。ISに出会えたら言いたい事あったんだ」
良い機会だし言っとくか。
目の前のISに向き直り、出前をちょっと横にどかす。
さて、俺は少し顔を引き締める。
「ま、とりあえずは。お前を通して全てのISへ向けて―――――。」
――― 俺は心内を、そのままに言葉に乗せた。
「―――――――― ありがとう。生まれてくれて。」
心からの感謝を。
「お前達のお陰で、女の人達はより強くなれた。」
過去を紐解くと、そこにあるのは女性には辛く悲しく厳しい現実。
時代の為に、望まない運命に全うした女性もいた。
悲しい生涯に身を閉じた女性もいた。
女だからという理由で、評価されない人もいた。
なんでそんな酷い事出来るんだ?
理解出来ているのか? 子供を宿し産んでくれるのは女なんだぞ?
忘れてないか? 時代を繋いでくれているのは女なんだぞ?
女は本当は強い、力じゃない。心は男なんか比べられないくらい強い。
そんな彼女達を力で抑えつけた俺達男には、いつか報いが来る。
「―――― そして、お前達が現れた。」
最初聞いた時は驚いたぜ? 話し流してた俺が恥ずかしい。
女性にしか扱えない最強の矛であり楯。
男達に贖罪の時代の到来を突き付けた、全ての女性の救世主。
「―――――――― ありがとう。」
もう一度感謝を。
願わくば、どうかこれからも、この先もずっと―――――・・・・・
「―――――― その翼で、世界中の女の人を護ってくれないか?」
意識した訳じゃない。
ただ自然と俺の指先が目の前の、ISに伸び――― 触れた。
【操縦者の接触を確認―――――起動開始。】
「…は?」
途端に目の前に光が走る。
「―――っおいおいおいおいおい? マジかよ!?」
流れてくる情報、基本動作・操縦方法・性能・特性・現在の装備――――。
吸いつくように絡みつく思考。
この時を、この瞬間を待っていたかのように産声を上げる、目の前のIS。
「っ動く、のかよ!?」
【フォーマット・フィッティング開始】
…ああ成程ね。理解したぜ、こんちくしょう。
絡みついてくる思考のの中で、俺はこのISの中に眠る意思を、僅かに・・・だが確かに感じ取ることができた。
「マジで、俺を呼んだのはお前って訳か?」
俺の問いかけに応えるように、目の前のISは一層輝きを増していく。
ああそうかい。
「――― どうすっかね? ああクソッ! とりあえず!!」
―――――――― 出前だっ!! 協力しろこの野郎!!
* * *
「ちわーっす!! 毎度五反田食堂です!! へいお待ち!!」
「あー、どうもどうもありが――――― あ?」
「お頼みの『業火野菜炒め』です! いやすんません遅くなって!!」
「…あ、いや。」
「その分安くしときますんで!えーと・・・」
「…あの。」
「はい? なんすか?」
「…それ。あ、IS?」
「ですね。」
「あ、あれ? 君って男じゃ…?」
「はい、野郎っすよ?」
「…な、なんで動―――っ!?」
『そこのIS!! 止まりなさい!!』
「ちぃ!? もう追いついて気やがった!?」
「…。」
「すんません! 先急いでますんで!! ツケときますから今日はこの辺で!!」
『私的でのISの運用は―――――って!? ええぇぇ!? 男ぉ!?』
「…。」
「すんません!! 大目に見てください!! まだ三つ出前が残ってんですよ!!」
『はぁ!?』
「―――――よし行くぞ!! 【七代目五反田号】!! 次は二丁目の鈴木さんだ!」
【目的地を表示します】
「おお!? 流石ハイテク!! 最短距離で頼む!!」
【了解。最短コースを提示】
「よっしゃ行くぜ!!」
キュボッ――――――ドヒュ――――――ッ!(風になる)
『…(呆然と見送る)』
「…(思考停止中)」
『「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」』
この日、世界初ISの起動が出来る男子が二人見つかり。
世界初、ISで出前を行う男子が現れ、世界中を混乱と驚愕の渦に巻き込んだ。
ちなみに世界最強の称号を持つ女性は、含んでいたコーヒーを盛大に吹き出し、隣に居た巨乳眼鏡の後輩にぶちまけ。
とある天災は、盛大にズッコケ、すぐに爆笑し呼吸困難に陥いり。
もう一人のISを起動させた少年は「誰も予想なんてできねぇよ・・あいつの行動は」と、悟った様な眼差しで虚空を見上げていたそうな。
五反田食堂に『ISでの出前承ってます。』って付けるべきかね?
うーん。何気にありだな。うむ。
とりあえず、爺ちゃんや母さん、なにより蘭になんて言おうか?
悩み多き今日この頃です。
後書き
弾にとって、IS起動は即座に『出前の運用手段』として導き出されたようです。さて、次回、ついに一巻の物語軸が開始です。本当にこの先の展開が自分でも分かりません。