【 真耶 SIDE 】
皆さんこんにちは、IS学園一年一組の副担任の山田 真耶です。……し、下から読んでも名前が変わらないっていっていう突っ込みは受け付けませんよ? ヤマヤって言うのも認めませんからねっ!?
――って私は何を呑気に挨拶なんてしているんでしょうか!? 何故かしなければならないという使命感に襲われてやってしまいましたけど、今はこんな事している場合じゃないっていうのに!
うぅぅ……自分の緊張感の無さが恨めしいです……だから落ち込んでいる暇も無いんですってば!
雑念を振り払うようにして、私は通信機に向かって声を張り上げます。
「織斑君! 織斑君!? 落ち着いてください! 凰さん織斑君を止めてピットに避難を――っ!!」
『――っの野郎おおおおおおおおおおおおおっ!!』
『一夏この馬鹿! 考え無しに突っ込んでんじゃないわよっ! ああもうっ一体なんだってのよぉっ!? 落ち着きなさいよっ!』
私の呼びかけにも応えず、スクリーンに映る織斑君は突如として乱入して来た未確認のISに向かって突撃していく。
敵の腕から放たれるレーザーを掻い潜り『雪片弐型』を振るう。だけど力任せに振るったとしか見えない攻撃は簡単に避けられ、再び敵に攻撃を与える隙を作ってしまう。
巨大な腕を横薙ぎにして振るった敵ISの攻撃を受けて織斑君が吹き飛ばされる。さらにそれに続くレーザーの追撃。
それに気付いた織斑君が間一髪で避けて直撃は避けたものの、それでもダメージを受けた織斑君がさらに吹き飛び空中に投げだされた。
そこで体勢を何とか整えた織斑君だったが、まるでさっきの事など忘れたかのように再び敵に突撃していく……その姿は蛮勇ともとれない愚行にしか見えなかった。
怒りに我を忘れている織斑君の姿に凰さんもどう対応していいのか分からないようで、援護に回る事さえ出来ないでいる様だった。いけないっこのままじゃ!
無謀な行為を繰り返す織斑君に危機感を覚えた私は、再び回線が開いたまま通信機に向かって声を張り上げた。
「織斑君話を聞いてくださ――!」
「無駄です山田先生。ああも我を失っていてはこちらの声など聞こえていないでしょう」
その時、いつの間にか私のすぐ隣まで近づいて来ていた先輩―― 織斑先生の言葉にハッとして顔ごと視線を向ける。
視線の先の先輩は、この状況に置かれていても眉一つ動かさずいつものように冷静な表情を浮かべそこに立っていた。
実の弟さんが危ない状況に置かれているというのに、何故そんなにも冷静でいられるのか……それとも表面上に出さないよう努めているだけなのでしょうか?
「で、ですが織斑先生このままじゃ!」
「分かっています。まったく……世話の焼ける」
目を瞑って小さく……それでも深く溜息を吐いた先輩は、次に目を見開いた瞬間通信に向かって凛とした鋭い声を発した。
「凰鈴音! その馬鹿の援護にまわれ! 折を見て二人で避難をするか、そのまま敵ISの排除に乗り出すかはそちらで判断しろっ!」
「え、えええええっ!? な、何を言い出すんですか織斑先生っ!?」
『へぇっ!? い、良いんですか!?』
「この状況じゃ仕方無いだろう。頭に血が上っている馬鹿の手綱はお前に任せる。後の事はお前達で状況判断した上で動け、分かったのなら返事をしろ」
『りょ、了解です!』
「……愚弟の面倒を押しつけてすまんが、頼んだぞ」
『は、はいっ!』
凰さんの返事を聞いた先輩は、小さく頷くとそのまま通信を切る。
それが当然とばかりの行動を取った先輩に向かって、私は慌てて声をかけた。
「お、織斑先生よろしいんですかっ!?」
「この状況じゃ仕方ないだろう……頭に血が上った奴の説得に時間を割くだけ無駄だ。それにこれを見て見ろ」
「え? これって……っええぇ!?」
先輩が軽くキーを空中ディスプレイを指で叩き、そこに表示される情報を私に見せる。そして私は、そこに表示された情報と事実に驚愕の声を上げてしまいました。
「遮断シールドがレベル4に設定っ!? そ、それからアリーナ内の扉がロックされ……っ!?」
「恐らくあの未確認のISの仕業と見て間違いないだろう……ふん、やってくれる。これでは避難することも救援を回す事もできん」
「そ、そんな……!?」
「山田先生、政府に緊急救援要請を。それからアリーナ内の三年にシステムクラックの実行を開始させて下さい。今は猫の手も借りたい所だ、現在使える者は全て使うよう通信を」
「は、はいっ! ……ってあれ?」
「どうかしましたか?」
「さ、三年生が既に遮断シールドのシステムクラックを実行しているみたいなんです」
「……そうですか。ならそのまま続行させてください」
「は、はいっ! ですが流石三年生ですね。緊急時に自分達で率先して行動を起こすなんて」
「……まぁな。自分達で動いた事か……それとも更識が瞬時に動いたか……まぁいい、残る問題は――」
小さく何かを呟いた先輩は、そのまま視線を目の前の画面へと移しました。
そこに映っているのは正体不明のISと、それに対して攻撃を開始している織斑君と凰さんの姿。
凰さんが何とか織斑君のフォローを加えようとしている見たいですけど、当の織斑君は先程まで凰さん相手に素晴らしい戦闘を繰り広げてたとは思えない……まるで癇癪を起した子供の様に無謀な突撃を繰り返していました。
あ、あのままじゃ幾ら代表候補生である凰さんがフォローに回ったとしても、撃墜されるのは時間の問題です……っ!?
「それまではあいつ等に、あの未確認のISの相手を任せるしか成す術がない……と言う一点のみか」
「だ、大丈夫でしょうか……?」
「さぁな」
「さ、さぁなってそんな先輩っ!?」
「どちらにせよ今はあいつ等に敵を引きつけて貰う意外に選択肢がない。遮断シールドが解除され次第、すぐにでも教師陣のIS部隊を投入の出来るよう配備させておこう。その間はあの二人の働きに任せましょう。馬鹿の一人が異様にも乗り気で、凰の奴も何だかんだい言ってヤル気になっている事だしな?」
「で、ですけどこれは非常事態の起こした実戦ですよ!? 凰さんはまだしも織斑君にとっては――!」
「なに、実戦経験が早まっただけの事だ。あちらは二人に任せてその間にこっちはこっちで事態に対応させてもらうとしよう」
「何を呑気な事をおっしゃってるんです!? 初の実戦でしかも非常時に起こった事だからこそ織斑君が危ないんじゃないですか! 凰さんだって織斑君のフォローしながらなんですよ!? 何かあったらどうするんですか!?」
切羽詰った声を上げる私でしたが、織斑先生はそんな私の様子に小さく笑みを浮かべつつ、近くのテーブルの上に用意されているコーヒーセットへと歩み寄ると、余裕を感じさせる動作でコーヒーを入れ始めました。
……うぅぅ、実の弟さんの危機だって言うのにこの落ち付きよう。上に立つ者としては大変心強い印象を抱きますが、それにしたってもう少し心配する素振りくらい見せても良いんじゃないかと思います。何でこんなにも冷静でいられるんでしょうか? それ程織斑君達を信頼しているのか、もしくは何かしらの思惑を働かせているのか――
「まぁ落ちつけ。こちらが慌てた所でどうにもならん。胃薬でも飲――……ゲフンゲフンっ!」
――あ、何か駄目っぽいです。
「……き、聞き間違いですよね……? 今、胃薬って・・…?」
「い、いや違うコーヒーだ。コーヒーでも飲めと言いたかったんだ。言い間違えただけだ」
「どうやったらコーヒーと胃薬言い間違えるんですかぁっ!?」」
「ち、違うぞ? 最近コーヒーよりも胃薬飲んだ後の方が落ち着いた気分になるとか全然感じてなどいないぞ私は」
聞いてもいないのに本音が見え隠れしています。何故でしょう視界が滲んで良く先輩の顔が見えないです……!
ああ……もう先輩はそんなにも……っ!
そして先輩は冷静を装っているだけで、実は少なからず焦っていたんですねっ!? そうじゃなければこんな風にポロッと本音をこぼす事なんて、いつもの先輩なら絶対にしないと思いますからっ!
『気分を落ちるかせる=胃薬を飲めば良いじゃない』って考えが直結するまでに思考が染まってしまっていたんですか……! それだけで先輩が日常でどれほどの忍耐を強いられ、また精紳が削られて行っているのかが垣間見えるようです……主な原因はわかっているんですけどねぇっ!?
「……せ、先輩大丈夫ですか? 実際は結構この状況を焦っているんじゃ……!?」
「ふっ、何を馬鹿な事を。山田先生は確か砂糖は二杯でしたね」
「……あの織斑先生。誠に言い難いんですが……それ塩ですよ?」
「…………」
「…………」
「……何故塩があるんだ?」
「……いえ普通に塩って書いてありますけど」
「…………」
「…………」
先輩がゆっくりとラベルを確認し、そのままピタリと動きを止めてしまいました……嫌な沈黙がピット内に訪れます。
しばらくそのまま静寂を守っていた先輩でしたが……『フッ』と小さく口元に笑みを浮かべました。
そして次の瞬間にはごく自然に流れるような動作で、然もそれが至極当然の行動だと言うかのように手に持ったカップに口を付――
「――って、ちょっと待ったああああああああああああっ!?」
瞬間、体中のバネを総動員し私は過去に類を見ない反応速度で先輩の腕へガッチリとかじり付きましたっ! ナイスですっナイスファインッ私っ!
実家のお母さんに見せたかったくらいのファインプレーですっ! 私、今輝きました頑張りましたっ! 私はやれば出来る子なんですっ!
自分の限界を超えた働きにぶりに感動し、そのまま余韻に浸っていたい気分ですが今はそれ所じゃありませんっ!
「織斑先生っ!? 自棄にならないでくださいっ飲んじゃ駄目ですっ! 胃にとっても悪いですからあああぁっ!」
「自棄になってなどいない私は冷静だ冷静にこのコーヒーを処分しようとしているだけだ塩入り? 笑わせてくれるそれがどうした上等だ飲んでやろうじゃないか私の胃の経験値を舐めてもらっては困るこんなもの蚊ほども効かん事を証明してやろう何です山田先生手を離してください飲めないだろう?」
「息吐く暇も無く言い切っている所が十分冷静じゃないですっ!! そんな証明しなくても結構ですよっ! ちょっと本当に駄目ーっ!?」
今にも手の持っているコーヒー(塩入ブレンド)を飲み干さんとする先輩の腕にかじり付き続ける。いけませんっ! このままじゃ先輩の胃に致命傷を与えてしまいますっ!? っていうより先輩の目が焦点が合ってない上に一切の光が浮かんでなくてトンでもなく怖いんですけどおおおおおっ!?
って力強いですっ!? ちょっと本気ですよこの人! いけません私一人の力じゃ先輩を止められな……そうです助っ人をっ! 助っ人を呼べば良いじゃないですか! 幸い此処には五反田君達が居る事ですしっ!
そう瞬時に判断した私は、先輩の腕に縋りつきズルズルと引き摺られながらも首だけを動かし、そのまま泣き叫ぶ様にして現在私と先輩意外にこのピット内に居る五反田君達三人に向かって救援を求め声を上げる。
「ご、五反田君! 篠ノ之さんにオルコットさんっ! 三人ともさっきから黙って見てないで織斑先生を止めるの手伝ってくだ――っ!?」
半ば叫ぶようにに三人の方へと視線を向けた私は、そう口にした瞬間に驚きに口をつぐむ事となりました。
だって私の視線の先には――……
「お、織斑先生! 織斑先生大変ですっ!」
「大丈夫だ大事には至らない私は自分の限界を試そうと――」
「そう言う事じゃありませんってばっ!? いい加減に戻って来てくださいいいいいぃぃっ! さ、三人が……五反田君達がっ!?」
「今度は何だっ!? 何をしでかしたあの口を利く害虫はっ!?」
五反田君という単語を聞いた瞬間、先輩の表情が修羅の如き表情になりました。けれど瞳に炎を纏った理性の光が戻ります……そ、そこで正気に戻るんですか先輩……。
い、色々と先輩の事が心配になって仕方ありませんが今はそれよりも伝えないといけない事がありますっ!
そのまま私は視線の先を指差しながら、先輩に向かって――
「ご、五反田君が……っ! 五反田君達三人の姿がありませんっ!!」
――そう大声を発した。
そうなんです。さっきまで三人が居た場所に視線を向けても、そこには誰一人としてその場に存在しなかったんです。ピット内を軽く見回しても、三人の影も形も見つける事は出来ませんでした。
「――何だと?」
私の言葉に眉を顰めた先輩が、そのまま五反田君達が先程までいた場所に視線を移しました。けれど其処に五反田君達の姿は見当たらず、先輩の視線はすぐにピット内の扉へと向けられます。
「あのガキ共が……何処に行った?」
「も、もしかして三人とも織斑君達の元に助けに向かったんじゃ……!?」
「……いや、馬鹿とは言えあの五反田がそのような安易な行動を取るとは思えん……なら奴め何処に……?」
「と、とにかく三人の現在位置を割り出しますっ!」
即座にコンソールの前に体を移した私は、椅子に座ると同時に五反田君達の現在位置の割り出しを開始しようと行動しました……けど、その時ふと視界に映った光景にピタリと動きを止めてしまいます。あれ……?
「山田先生? 何か?」
「……いえ、何だか織斑君達の様子が気になって」
「織斑達の……ん? あいつ等何をしている?」
私の言葉をいぶかしんだ先輩が、スクリーンに映し出されている織斑君達の姿に疑問の声をあげます。スクリーンの中の織斑君達はさっきまで考えなしの攻撃を行っていたとは思えないほどに、敵ISから距離をとって二人で並び立つように制止していました。
未確認の敵ISもそんな二人を観察するかのように動きを止めています。
そして制止している二人の様子と言うと……何だか会話しているかのよう口が動いている様子が、二人の姿を映し出しているモニターから見て取れます。
二人だけの会話ならそれは別段変な所は無いのですが、けど方耳に手を当てている織斑君の様子から会話相手はどうやら凰さんだけでは無いみたいに見えるんです。
……あれってもしかして。
「もしかして通信でしょうか? としたら通信相手は……」
「……十中八九五反田だろうな。一体何を話しているんだか……山田先生」
「はい。回線を繋ぎますっ!」
キーを操作し、私は織斑君達との通信回線を繋ぐ作業を即座に実行。これで二人の――いえ正確には三人ですね。とにかく会話の内容を聞く事が可能です。
そして回線を繋いだ瞬間に耳に入った内容は――
『――分かった。こっちは俺達に任せてくれ、何とかやってみる』
『全く相変わらずねぇアンタって……ま、御蔭で一夏も頭が冷えた事だし感謝しとくわ。――はぁ? アンタ誰に物言ってるの? あたしを誰だと思ってるのよ! 大船に乗った気分でいなさいっ!』
『そっちこそしっかりやれよ? おう、じゃあな。……さて、と……それじゃ俺達もぼちぼち戦闘再開と行くか。行くぞ鈴っ!』
『いきなり仕切ってんじゃ無いわよ一夏っ! アンタこそあたしに遅れるんじゃないわよっ!』
『分かってるっ! ――行くぞ屑鉄っ! そらそらこっちだっ!!』
というものでした。
織斑君と凰さんの言葉は聞こえましたが、残念ながらプライベート通信のせいか五反田君の声を聞く事は出来ませんでした。織斑君達の言葉からして何かをお二人に頼んだみたいですが……一体何を頼んだんでしょうか。あの敵ISの撃破……が狙いではなさそうですね、先程の言葉から考えて出来るならば撃破しても構わないと言った様子でしたし。
そして会話が終わった瞬間。織斑君の叫びと同時に、凰さんもそれに呼応するかのように二機のISが動きだしました。
敵のISもそれと同時に両腕からレーザーを撃ちだしましたが、それを二人は左右に分かれて回避。
その後織斑君が敵のISに向かって突撃を開始。それに反応した敵ISが迎撃に映りましたが――瞬間織斑君が急激な方向転換。
咄嗟の織斑君の動きを追う敵ISでしたが、その時その場で緊急回避。それもその筈です。背後から凰さんの衝撃砲が迫っていたのですから。
それを回避した敵ISでしたが、そのまま凰さんに反撃を開始しようとした所で自身の体に衝撃。
そう。凰さんの衝撃砲を回避した敵の一瞬の隙にを突いた織斑君が懐には入り込み、手の『雪片二型』を振るうよりも、突撃利用した強烈な蹴りの一撃を加えて敵を吹き飛ばしたんですっ!
いきなりの攻撃に敵ISは吹き飛びましたが、それでも体勢を立て直――そうとした所で凰さんの衝撃砲により体勢を整える事も出来ぬまま回避行動を起こすしかありませんでした。
さらにそれに続いて、衝撃砲の中を織斑君が突き込み敵ISに再び攻撃を加えるべく追従を開始。
その背中を凰さんが援護するように、織斑君を避け衝撃砲を敵ISに浴びせ続けます。その二機の連携に何とか体勢を整えようとする敵ISでしたが……二人の連携攻撃がそれを許しません。
さっきとは比べるのも馬鹿馬鹿しい程の、息の合ったコンビネーションがスクリーンに映し出されていました。
「わぁ……っ! 即席だって言うのに何て息の合った……!」
「さっきまで戦い合った者同士だ、少なくとも相手の動き方は読めるだろう。それにこの場合は織斑の動きに瞬時に合わせた凰の技量を評価するべきだな」
「それでもですっ! どうやら五反田君の御蔭で最悪の展開は回避できたみたいですね。冷静さの戻った織斑君とそのフォローに回る代表候補生である凰さん。この分なら――」
「ああ、とりあえず現状で敵ISの相手は二人に任せても問題ないだろう。後は二人が敵抑えてる間にシステムクラックが終了すれば……」
「はいっ! すぐにでも部隊の投入は可能ですっ!」
「……最も、もしかするとそれより先にあいつ等が敵を無力化してしまうかも知れんが……まぁそれならそれで構わんか。さて……残る問題は五反田達か」
「そ、そうですね……一体何処にいるんでしょうか」
私の言葉に、織斑先生は少し考えるように目を瞑りました。
その邪魔をしないように、私はコンソールを操作して五反田君達の位置を割り出します。
そして少しの時間を有した後――小さな電子音を響かせ空中ディスプレイに三つの小さな光が点滅しました。
「あっ見つけました! 五反田君は現在アリーナ内の通路を移動中。続いて篠ノ之さんとオルコットさんもそれに続いて移動しているようです」
「三人とも一緒か……一体何の目的で――っ! そうか……全くあの馬鹿共が無茶な事を」
「織斑先生?」
空中ディスプレイに映し出された五反田君達を表すマーカーを見て、その後何かに気付いた様子の先輩は小さく呟くように声を発しました。
一体何に気付いたんでしょう? 先輩の表情は苦々しくも、けれど何処か仕方がないと言った小さな呆れを含んだ感情が見受けられます。
そして織斑先生は小さく溜息を吐くと同時に私に指示を出しました。
「山田先生。至急手の空いている教員の何名かに緊急通信を、これから起こる事態に対応できるよう準備を」
「こ、これから起こる事態ですか? そ、それは一体?」
「すぐに分かる……とにかくこちらはあの馬鹿共の起こす事態にすぐさま対処出来ればいい。やる事は二つ、避難場所とそれに続く安全ルートの確保を最優先。念の為教員はISを着用するよう指示を。急げ」
「避難場所と安全ルートの確保……? ――っもしかして!?」
その意味に瞬時に気付いた私は、スクリーンに目を向け移動を続ける五反田君達の進行先に目を向けました。
するとそこには……やっぱりっ!!
すぐさま私は他の教職員の先生方に緊急回線を繋げ――様とした所で、コンソールからけたたましい程のアラームが鳴り響き、思わず動きを止めてしまいました。
そして次の瞬間私の前に映し出された『緊急事態警報』と書かれた真っ赤な空中ディスプレイが表示される。
そこに書かれていたのは――
「っ!? ア、アリーナ内部でISの機動を確認っ! これは……っ!?」
「……始めたか……」
小さく呟くようにして、織斑先生がその情報端末に視線を移し―― そして私はそれを読み上げる。
「起動を確認したISは――『七代目五反田号』っ!! 五反田君ですっ!」
「やれやれ……全くあいつの無茶な行動には毎度頭を悩まされる……」
大分呆れた声を洩らした先輩は……それでも何処か愉快そうにそう声を洩らして、スクリーンに目を向けそう呟く。
ほっ本当に無茶な事します五反田君はっ! それに続く篠ノ之さんとオルコットさんも五反田君の行動に賛成したと見て間違いないですね……。
――もおおおおぉぉぉっ!! 戻ったらお説教ですからね三人ともっ! 覚悟しておいてくださいっ!!
そう心の中で叫んだ私は、これから起こる事態に備える為に至急他の教職員の先生方に回線を繋いだのでした――
「……っ!! っっっ!?!?」
「――って何してるんですか先輩っ! 飲んじゃ駄目って言ったのにいいいいぃぃぃっ!?」
【 本音 SIDE 】
「おわーっとと……! ちょ、ちょっと通りますよー? ふにゅにゅりゃ~」
人波の中を掻い潜る様にして先へ先へと体を潜り込ませる。うあ~狭いー。
まるで芋洗い状態だねー。みんなでおしくらまんじゅうでもしてる感じかな? けど今の状況はそんな楽しい事とはかけ離れ、とっても大変な状況なんだよねーこれが。
『此処も開かない! どうしてっ!?』
『そんな……此処が最後なのに……!』
『誰かぁっ! 此処を開けてっお願い出してっ!』
耳を澄ませる必要も無く、周りの女の子達の不安で一杯の悲鳴が其処彼処から聞こえてくる。
そんな女の子達の悲鳴が飛び交っていても状況は変わらない。女の子達が殺到している避難口は無情にも固く閉ざされたままで、叩いても押してもビクともしない。
中には不安に押しつぶされ蹲って泣き出しちゃっている子の姿も見えた。……わー、これは大変だぁ。
それでも私は足を止めずにその人混みの中を足を踏ん張って進んでいく。ゴメンねーちょっと通して……あ痛ー! こらー! 誰だ私の足を踏んずけたのー!
小さなアクシデントに見舞われながらも、私は何とか人混みを抜け出した後……キョロキョロと軽く周囲を見回す。
えーと、確かこの辺で離れたから……あっ! わぁーい見つけられたよー。見つけられた事にちょっと嬉しくなりながら、足をそちらへと向ける
私にの視線の先に映るのは、避難口に殺到する女の子達から離れた場所にいる子。その光景を少し不安気に眺めながら、キョロキョロと周りを見回して誰かを探している仕草を取っている女の子。
私のお仕えしている子であり、仲良しのお友達……かんちゃんの姿があって、人混みに押されながらも一直線にその元まで近づくと、私はそのまま声を掛けました。
「やっほ~い。かんちゃんただいまー」
「っ! 本音……!? 良かった……!」
「えへへへ~心配掛けちゃったかなー?」
「……ほ、本当に心配したんだから……本音ってば……少し目を離した瞬間に……急に姿を消しちゃたから……」
私の姿を見て、かんちゃんがシュンと気落ちしたような顔を浮かべて言葉を紡ぐ。私がかんちゃんの傍を離れて何処かに行っちゃったから心細い思いをさせちゃったみたい。
ごめんねーかんちゃん? かんちゃんを第一に考えてお仕えしなきゃならないのに、この非常時にその傍を離れちゃうなんて。むぅ『布仏家』の人間としてあるまじき失態。ご先祖様にも顔向けできないし、後でお姉ちゃんにも怒られそー。くわばらくわばらー。
けどねー? それでもかんちゃんの傍を離れたのにはそれなりの理由があるんだよー。そうでもなければこの非常時に、私のお仕えする主であり、大切な友達でもあるかんちゃんの傍を離れたりしないよー。
だって私は『布仏家』の人間でもあるけどー。この学園の『生徒会』に所属する生徒会役員の一人でもあるんだからねー? 日頃あーんまり役に立ってない私だもん。こんな時くらい良いとこみせなきゃねー♪
「本音……一体何処に行ってたの?」
「ん~? ちょっと観覧席まで戻って来ただけだよー。ちょっと忘れモノしちゃってねー?」
「か、観客席……!? だ、駄目だよ本音何してるの……!? あそこに居たら危ないのに……! いくら障壁が降りていても、アリーナのシールドを簡単に破る程の武器とエネルギーを所持したISが障壁のすぐ外に居るって言うのに……!」
観客席まで戻っていた事を伝えた瞬間、かんちゃんが焦った表情を浮かべて私に詰め寄って来た。あ、あわ~ちょっと正直に答えすぎたかな? さらに不安にさせちゃったみたい。
そしてギュッと胸元の前で両手を握りしめたかんちゃんが顔を伏せると、小さく体を震わせる。……ってわ、わぁー! じんわりと目尻に涙まで浮かんできちゃったよ~!? ま、不味いよー泣かせるつもりなんて無かったのに私の馬鹿ーっ! トウヘンボクー!
心の中で自分の迂闊さに焦っていると、かんちゃんがか細い声を洩らす。
「危ないことしないで……! ほ、本音にもしもの事があったら……私……っ!」
「ご、ごめんかんちゃん~! 謝るから泣かないでー。もう黙って傍を離れて危ない事しないよ~。反省します、海よりも深く反省してますぅ~……」
小さく震えるかんちゃんを抱きしめて、泣いてる子供をあやすようにして頭をなでなでしながら謝罪の言葉を告げる。
うー考えなしだったなぁ~。かんちゃんにこんなにも心配掛けさせちゃうなんて……でも、ちょっと不謹慎だけど、それでもこんなに私の事を大切に思っていてくれている腕の中の掛け替えのない存在に、私の心がほわ~っと暖かくなる。
私って本当に果報者だね~♪ こんなに自分を想ってくれているかんちゃんに早くから出会えて、お友達になれて、そしてお仕えする事ができるんだから。これからもより一層お仕えする事に身がはいっちゃうってものだよ~。
かんちゃんの頭を撫でつつも、私はかんちゃんに話しかける。慰める目的じゃなくて、それは私がかんちゃんの傍を離れて、危険だっていう観客席に何故戻ったのかという理由を教える為だ。
「本っ当~に心配掛けさせちゃってごめんねー。……だけどね~? 危険だからこそ私は観客席に戻ったんだよー」
「……グスッ……ふぇ……?」
「危ないもんねー? だってすぐ外では怖ーい謎のISが暴れてるんだもん。もしかしたら障壁だってドッカーンって壊しちゃうかもしれないしねー」
「そ、そうだよ……だから戻ったりなんて危険な事……!」
「うんそうだねー? 危ないよねー」
「……本音……?」
私の言葉をいぶかしむ様に、腕の何かのかんちゃんが涙で濡れた視線を私に向ける。はぁ~可愛いなぁかんちゃんは~♪
そんな可愛いかんちゃんの体をギュ~っと抱きしめ返して、私は笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。私が危険だっていう観客席にまで戻ったその理由を。
「――だから万が一にも~。障壁がドッカーンって壊されちゃったりしたら……もしもその時、観客席に逃げ遅れちゃった子が居たらとっても大変なことになっちゃうよねー♪」
「――ッ!! ほ、本音……! もしかして……逃げ遅れた人が居ないか……確かめに戻ったの……!?」
「ん~? そうなるかなー。でも戻ってみたら誰もいなかったから私の取り越し苦労だったみたいけどねー?」
「……あ……」
「あっでも見て見てかんちゃんっ! だーれも居なかたけど避難する時に私が座ってた席に置き忘れてきちゃった、まだ一袋開けてないポッキーを回収する事が出来たよー♪ 良かった良かったぁ。もう少しで食べそこなっちゃうところだったよー!」
「……本音……」
「かんちゃんも食べる~? 分けっこしよー。心配掛けちゃったお詫びに多く食べていいよ~♪」
「……本音ってば……そんな事聞かされたら何も言えないよ……するいよ……もう……」
拗ねた口調でそう呟くかんちゃん。それでも口元を綻ばせて私の胸に甘えるように頭を寄せて来てくれた。
良かった~どうやら許してくれたみたいだよー。私の取った行動に少しまだ不満は残っているみたいだけど、話しを聞いて理解を示してくれた見たい。むー、急いでたとは言えちゃんと話しをしてから動けば良かったなぁ……私のうっかり屋め~。
その後抱きしめたままの状態から体を離して、観客席から戻って来る時に回収した袋に入ったままのポッキーを開けて口にくわえる。そしてもう一本取り出してかんちゃんの方へと向けると、それに少し呆れたような苦笑を浮かべたかんちゃんが、それでも手を伸ばし受け取って同じ様に口にくわえてくれた。
今は非常時だけど、こんな時こそ慌てず焦らずお菓子を食べてリラックスするべきだよね~♪
二人で並び立つようにしてポキポキと音を鳴らしながら食べる。ムースじゃないけど、やっぱり馴染み深い王道のポッキーも美味しいね~。
さてと……此処で改めて周囲を見渡して見る。
赤い警報ランプが回っていて辺り一面が赤暗く、それが一層不安を煽っている。他の子達の様子と言えば、まだ悲痛な声が飛び交っていて軽いパニック状態に陥っているようだった。
う~ん……ちょっと不味いかなぁ。このままじゃ何時か感情が暴走して何が起きてもおかしくない状況になっちゃうかも……一番居起きて欲しくないのは、混乱中に起きる閉じ込められた子達同士の争い。そんな状況下に陥っちゃったら出なくても良い怪我人がでちゃう可能性があるもんね~。それだけは何としても回避したい事態だよ。けれど今はただ助けが来るの待つ事しか出来ないのが現状。むぅ~……残念無念。
「……本音は強いね」
「ポキポキー……んぃ? 何がー?」
ふと、私の隣でリスのようにポッキーを食べていたかんちゃんが、ポッキーを口に含みながらポツリと言葉を洩らす。私が強いー?
「ん~? 強くは無いと思うけどなー? かんちゃんも知っての通り運動はあんまり得意じゃないしー。ISの適性も高くないし、特技と言えば良く食べて良く寝ることぐらいだもーん」
「……うぅん……本音は強いよ。今だって……自分に出来る事を……進んでやって……こんな状況でも全然怖がってないし……何も出来ずに震える事しか出来なかった私に比べたら……本音は何倍も強いよ……」
自分の事を少し避難するように、かんちゃんはそう呟いた。うーん、またかんちゃんの悪い癖が出て来てるみたいだよー?
とことん自分の事を卑下に見て、他の人と自分を比べて自分の悪い点だけにしか目を向けない、ネガティブ思考に染まりやすいのが、かんちゃんの悪い癖なんだよねー。本当は色んな可能性をその小さな体に秘めている、とっても凄い子なのに。
人見知りが激しくて自己主張が極端に控えめな性格も、それに拍車をかける燃料にしかならないから……本当に放っておくと何処までも自分の事を小さく見ちゃうんです。……むー楯無お嬢様~……半分はおじょーさまのせいですからね~?
そんな困った癖を出しているかんちゃんに、私は明るい口調で話しかけた。
「ぜーんぜん凄く何か無いよー? その場で思い付いた事を後先考えずにやっちゃって、それでかんちゃんに不安な思いをさせちゃったんだもん。ねー? ダメダメさんでしょー」
「……けど、それは本音が他の子達の事を考えての行動だから……!」
「だからって、かんちゃんを不安な気持ちにさせて良い理由にはならないよ? ダメダメだよー。後、かんちゃんはなーんにも出来なかったって言うけど、そんな事無いよー? だって私が傍を離れて居なくなったのを心配して、私を探してくれてたんだよねー? ほらぁ♪ かんちゃんだってかんちゃんの出来る事をやってるよー! 何処かに行っちゃった私を必死に探してくれていた事、これは私が居ない事にいち早く気付いたかんちゃんだからこそ出来た事だよ~」
「……っ! ほ、本音……」
「うぅ~そんなかんちゃんにほっぽって勝手な行動とった私って何て薄情な奴なんだろ~……ごめんね~かんちゃんごめんね~。ポッキーもっと食べていいよー!」
袋の中から五本ほど取り出して、それをかんちゃんにズズいっと押しつけるようにして手渡す。
私のその行動に少々面食らった様に目を白黒させるかんちゃんだったけど……最後には小さく微苦笑を浮かべて『……こんなにいらないよ』と言いながら、二本引き抜いて受け取ってくれた。
ありゃ? もー遠慮なんかしなくていいのにー。本当に遠慮深いなぁ私の主さんは。
そう思いつつ、二本目のポッキーを口にくわえた私は――ふと、かんちゃんのさっきの台詞に含まれていた言葉を思い出す。
「……んー。ねぇかんちゃん」
「……ん……何? 本音」
「さっきかんちゃんが私が強いーとか言ってた台詞の中に、私が怖がってないって言ったよねー?」
「え……う、うん……だって本音……こんな大変状況の中でも……全然焦った様子が無いし……普段通りの態度だから……」
「おー成程ねー? けどねかんちゃん? 私だって別に怖がらないって訳じゃないんだよー? 怖い時に怖いって思うのは当然だもーん」
「……え……で、でも本音全然怖がった様子じゃないし……あ、もしかして……表面上に出さないよう無理してたの……?」
私の言葉にかんちゃんが少し心配した様子で、顔を覗き込むようにして私の事を窺う。けど私はそんなかんちゃんに向かって表情を緩めて話を続けた。
「無理なんかしてないよー♪ けど私だってちゃーんと怖いって思う時だってあるんだよーってそう言いたいだけー」
「え……じゃあ……今は……?」
「んー今は別に怖くなんてないかな? と言うよりも、なんで怖がる必要があるのかなーって不思議に思う位うだよ?」
「……ど、どう言う事……?」
「えー? だってそうでしょー? 確かに突然正体不明のISが現れて、訳も分からず避難して、そしてこんな所に閉じ込められちゃって、普通に考えたら怖がって当然な状況だけどー……うん♪ 全然なーんの不安も、怖さも感じないかなー? あっでもでも私が無神経って訳じゃないよぉっ!? そこは誤解しないで~!」
「う、うん……それは分かってる……けど、それならどうして……本音は怖がってないの……?」
「んぃ? ん~……それはねー、私は知ってるからかな~」
「……知ってる……何を……?」
キョトンと、小首を傾げてこっちに疑問の眼差しを向けるかんちゃん。そんなかんちゃんに、私は笑顔を深めて真っ直ぐにその瞳を見つめ返す。
――私は知ってるから。こんなに切羽詰まった状況の中でも……きっと大丈夫だって、何も心配する必要なんて無いって。
閉じ込められて……唯助けを待つしかできない心細い状況の中で……沢山の『女の子』達が不安と恐怖に囚われて、悲痛な声を上げているこの場所に――
一刻も早く、誰よりも早く、どんな状況であっても必ず私達の元へと辿りついてくれる。
きっと今こうしている間も、此処に助けに向かってくれていると確信を持って言える。
女の子の危機には颯爽と現れて、たちまち笑顔に変えてくれる。
そんな人が、そんな男の子が――確かにこの学園に存在してるっていう事を。
「――大丈夫だよーかんちゃん♪ 怖がる必要なんてないよー。かんちゃんだって知ってる筈だよー?」
「……私も……知ってる……?」
「そうだよー。だってこのIS学園には――」
一人の男の子の姿を思い浮かべながら、私は言葉の続きを口にし様としたその時。
――ドオオオオォォンッ!!
突然、女の子達が殺到していた扉から耳を劈くような轟音が響き渡り、同時に今までビクともしなかった隔壁が大きく振動したのでした。
『『『『――キャアアアアアアーッ!?』』』』』
それに驚いた女の子達が反射的に扉から蜘蛛の子を散らすように離れる。みんなその表情は驚きと困惑、そして僅かばかりの恐怖の色が浮かんでいるようでした。
おお~……凄い音がしたねー。私も少しビックリだよ。あ、かんちゃんが驚き過ぎて咄嗟に私の腕に抱きつい来た。大丈夫だからね~、何があってもかんちゃんは私がしっかりお守りするから~。
『な、何……!? 何なの!?』
『扉の外から何かが強い衝撃を与えた見たい……外に誰かいるッ!?』
『まさか……あの突然乱入して来たISが、内部に侵入して来たんじゃ……!?』
『『『『――ッ!?』』』』
女の子の一人が呟いたこの場では最も考えたくない最悪の展開に、それを聞いた女の子達の顔が恐怖一色の染まる。
……おりむーとりんりんをの二人を退けて、この短期間で内部に侵入かぁ……その可能性はゼロじゃないけど~、そう簡単におりむー達が負けるなんて私には到底思えないんだけどなー。
どちらかと言うと、私は前者の子の意見の方が高いと思うよ? 悪い方向へと考えちゃうのは、この場合は仕方のない事かもしれないけどちょっと考え過ぎだと思うしー。
一人そう思う私だったけど、それを聞いた私の腕に抱きついていたかんちゃんは、その表情を一瞬強張らせ――次に瞬間にはそれを真剣な物へと変えると、腕を離し前に進み出て、まるで私を背に庇うように立った。
「かんちゃん?」
「――本音下がって……! もし敵なら……私が……!」
「え?」
「……まだ完成してないけど……腕一本ぐらいの部分展開なら……やってみせるから……! その間に他の皆を……!」
そ言って真剣に扉を睨みつけるかんちゃん、その姿はさっきまでのか弱い印象とは打って変わって、とても心強い印象を人に与える物だった。
もしも扉の外に居るのがあの謎のISなのだとしたら――まだ未完成の専用機を無理にでも部分展開させてでも時間を稼ぐ――そう、かんちゃんは私に言っているようでした。……そのかんちゃんの小さな背中を見て、私は胸が熱くなる感覚を覚えた。
良く見れば、かんちゃんの足は小さく震えていたけど……本当は自分だって怖い筈なのに、それでもかんちゃんは自ら進んで前に踏みだしたんだ。
――ほらね? 私のお仕えする主さんは、全然ダメなんかじゃないよ。
その小さな体の中には、優しさと、勇気と……恐怖に押しつぶされそうでも、それでも踏ん張って、沢山の人を身を挺してでも守って見せると言う……気高く、上に立つ者としての資質の片鱗を見せつける、そんな強い意志を宿している。
それが――私の大好きな主『更識 簪』なんだから。
えへへ~鼻が高いよー。あ、でもねかんちゃん? 色々覚悟してる所悪いんだけど~、そんなに構える事は無いと思うんだー私。
背中を向けて扉を睨みつけるかんちゃんの背中を後ろからギューっと抱きしめる。私のその行動に、かんちゃんは驚いて顔をこちらへと向けてくれた。
「っ!? ほ、本音……!?」
「かんちゃん格好良い~! やっぱりかんちゃんは強い子だよ~! ハグハグ♪」
「本音……い、今は遊んでる場合じゃ……!」
「でもねーかんちゃん? そんなに身構える事ないよきっと~。多分だけど、きっと扉の向こうに居るのは、怖―いISさんじゃないと思うからー」
「……え? ど、どうしてそんな風に思えるの……?」
「だってもし、そのISさんが中に入って来ちゃったんなら~? 扉の向こうからくるのは変だよー? 来るんならきっと客席の方向から侵入して、私達の後ろから来るのが普通だと思わない~?」
「――っ!? あ……それじゃ……扉の向こうに居るのは……?」
体から緊張がぬけたかんちゃんが、再び扉へと視線を戻す。それに続く様にして私も扉へと視線を向けた――その瞬間ッ!
――ドジュゥウウウウウーッ!!
扉の中央部分が真っ赤に染まり、そして真っ赤に染まった高温の刃が扉を突き抜けてその先端を表す。
その光景に周りの女の子達が顔を強張らせるけど……その次に起きた、グリングリンとまるで穴を広げる様に動く高熱の刃の姿に、『……な、何あの動き?』と顔を呆けさせた。
小さな穴程度まで広がった所で、高熱の刃は『ズボッ』と音を立てて、その姿を扉の向こう側に引っ込ませた。
――そして、その刃の持ち主の声が響き渡る。
『――よっしゃああああああああッ!! 全世界の紳士のロマン! 『秘密の覗き穴』大・完・成ッ!!』
『『『『『――え?』』』』』
この場に渦巻いていた不安も、恐怖も『何それ美味しいの?』とでもいうような、緊張感の抜けた叫びを耳にした女の子達が、一斉に扉へと視線を集中させてポカンとした表情になる。さっきまで蹲って泣いてた子も、その声を聞いた瞬間に涙を引っ込ませて呆然と扉に視線を向けていた。
おおぉ~! ようやくご登場だね~? もぉー遅いよ全く~~。
心の中で愚痴を溢しちゃったけど、その声を聞いた私は顔が緩むのを止められなかった。ちょっと遅刻気味の『彼』の登場に、心が温かい感情に染まっていくのが分る。
私の腕の中のかんちゃんも『……今の声……もしかして……?』と、小さな期待の光を宿した瞳で扉を凝視して、少しずつその顔を笑顔へと変えて行った。
『此処まで来るのに苦労したぜ! 最初は俺の華麗なピッキング技術で何とかなったが……もう途中で面倒臭くなって強行突破したのが功を制したなっ!』
『最初からそうしていれば良かっただろうっ!? 御蔭で時間を無駄に消費したではないかっ! というかどうやったら鍵穴も無い遮断扉をピッキングで開けられるのだっ!?』
『壊す事は誉められた事じゃありませんし、最終手段でしたけど。それでも本当に最初の方は小さなクリップ一つで開けてしまったのですから……本当に弾さんに常識は通用しないんですのね……今に始まった事じゃありませんけど』
『うん。実は俺逆上がりが出来なくて……』
『何の話だ突然っ!?』
『小学校の体育……当時の俺はどうやっても逆上がりが出来なかったんだ。今でも片手大車輪やトカチェフは出来ても、逆上がりだけがどうやっても出来ないんだ……っ!』
『おかしいぞッ!? それはおかしいだろう色々とっ!?』
『その事で当時のクラスメイトに馬鹿にされたよ……あっでも、馬鹿にした野郎共は全員報復済みだからそこは心配しないで?』
『弾さん? そんな事は別に聞いてませんわ』
『だからそこで俺は考えた……そうだっ! 逆上がりが出来ないならピッキングが出来るようになれば良いじゃないかとっ!!』
『何故その考え方に至るのだっ!? 馬鹿か! 予想はしていたがお前はその頃から馬鹿だったのか!?』
『え? だって逆上がりが出来るよりピッキングが出来る方が凄くね?』
『……』
『ま、待てセシリア? 何故そんな『言われてみれば確かに』という顔になるのだっ!? 戻ってこい! こっちに戻ってこいセシリアっ!?』
扉に空いた小さな穴の向こうから聞こえるそんな会話。それを聞いた女の子達の数名ががっくりと脱力する姿がちらほら見えた。……おわぁー、どんな時でも相変わらずだねー?
『さ、さっきまでの緊張感が……』『怖がってた私が馬鹿みたい……』『助けが来るにしても……感動できないのは何故かしら?』『逆上がりかー。私も苦手だったなー』『私っ! 私もピッキング出来るよっ!』『ああうん。そんなカミングアウトは要らないから黙ってなさい』
所々でそんな会話が耳に入って来る。不安は恐怖に染まっていた空気が払拭され、みんなそれぞれ小さな微苦笑を浮かべていた。
うんうん♪ すごーくシリアスな状況が台無しになっちゃたけど、こっちの方が何倍もマシ。そう思ってるのは私だけかな?
『さて、まぁ俺のメモリアルエピソードはこの位にしてと……はぁはぁ……っ! こ、この穴の向こうに淑女達の乙女の園が……! じゃ、じゃあちょっと……お先に失礼して……っ!?』
『馬鹿者っ! それより先にやる事があるだろう!』
『先に……え? もしかして箒ちゃん先に覗きたいの? で、でも箒ちゃん淑女さんなのに……はっ、まさか……!? だ、駄目だ箒ちゃん!? いくら一夏が超鈍感で救いようのない位女心に鈍い上に、学園の麗しい淑女達の姿に魅せられたからって、女の子に走るだなんてそんな事――っ!?』
『……ふふっ♪ もう五反田君ってば……ちょっとその手に持った得物を私に渡してくれません?』
『――どうしようセシリーちゃん!? 箒ちゃんが今まで見た事も無いような穏やかな笑顔と猫撫で声で、俺にブツを要求してくるんだがっ!? 紳士として、此処は渡さない訳には……!?』
『とりあえずこの扉を切り開いた後にしては如何でしょう?』
『成程その通りだ!』
『箒さんも、事が終わった後でしたら存分になさって構いませんから』
『今宵ノ私ハ血二飢エテイル……』
『では五反田さん。お願いしますわ』
『ほんじゃ行くぜっ! 扉の前にいる淑女達よっ! 危ないから下がっててくれよー? ――『五反田包丁 初代・二代【炙り刃モード】』! 千切りスラアアアァァァッシュッ!!』
叫び声が響くと同時に、固く閉ざされていた扉に幾筋もの高熱の線が走った。そして――
『フンッ!』
今まで叩いてもビクともしなかった扉が、瞬時に瓦礫として吹っ飛ぶ。回りは扉の欠片が飛び散るけど、距離を取っていた私達の所まで飛んで来ずに床に散乱する。
壊された扉……その向こう側から扉を壊して私達の前に姿を現したのは――私がきっと助けに来てくれると信じていた男の子。
碧色の武骨なISを身に纏い、高温に赤く染まる二振りの刃を手に持った……仮面を被った心優しい道化師。
「――へいお待ちっ! そこに淑女が居るのならっ天岩戸も抉じ開ける! 五反田 弾ですっ! 待たせたなっ淑女達っ!」
――いつものように、何処か安心するヘラっとした笑顔を浮かべる。だんだんの姿が其処にあった。
わーい♪ やっぱり来てくれたー。待ってたよーだんだん♪
【 おまけ 】
「――モウ斬ッテ良イカ? 良イヨナ良イダロウ得物ヲ寄コセ……!!」
「……箒さん落ち着いてください。今の貴女はとても人様に見せられる表情ではありませんわよ?」
「「「「「何だか凄い血走った眼の鬼女まで現れたああああぁぁぁっ!?」」」」」
「――ヒッ……!?(ビクゥッ!)」
「大丈夫だよかんちゃんー。食べられたりしないからねー? 良い子良い子~♪」
「――さて、ここの事は箒ちゃん達に任せても大丈夫だな……一応逃げ遅れた子がいないか確認しに行くかね」
「あ、それなら心配無いよ~? この先の客席には誰も取り残された子はいなかったからー」
「マジで!? それは良い情報だサンキューのほほんちゃんっ! ……なら後は他の所を見て廻った後、俺は一夏達の元へ向かうとするかね? いい加減エネルギーも限界だろうし……ちょいと急ぐかっ! のほほんちゃんもかんちゃんも早く非難してくれよっ! 箒ちゃんにセシリーちゃんも後は頼んだぜ!」
「分かりました――皆さんこちらへ! 慌てず迅速に避難をっ! 私達が誘導しますわっ!」
「ソノ前二貴様ノ首ヲ差シ出――【ぺシッ!】はっ!? わ、私は一体何を……?」
「だんだん頑張れ~♪」
「弾……気を付けて……!」
「おうっ! 行くぜ相棒っ飛ばすぜええええええぇぇぇっ!!」
【……え? 今回自分の出番これだけ……?】
――舞台に突如乱入してきた狼藉者。
――それを駆逐するために奏でられる、鎮魂歌。
――白き騎士、碧の道化、猛る猛虎の織りなす三重奏が……今、奏でられようとしていた。
【 後書き 】
お久しぶりです。……いやもう本当に『え? お前誰?』と言われても仕方のない程お待たせしました……! 原作打ち切りの衝撃にごっそりヤル気を奪われてしまって……マジで打ち切りなんでしょうか……重大な謎がまだいっぱいあったのに……弾のお父さんの名前と職業とか、数馬君と三人娘の容姿とかっ! 天災さんの目的も不明なままですし……もうこの辺は自分で考えて導き出すしかないのかな……。とにかく長らくお待たせして大変申し訳ありませんでした。他の所で書いてる物と両立が大変ですが、がんばって書き続けようと思います! なんとなく最近買ったISのプチフィギアでのほほんさんを見事一発で当て(しかもなんだかシークレットっぽい)ようやく動きだせた釜の鍋でした。