―――― え、何? は? っこんないきなり!? あ、あのこんにちは。
いつも家のお兄がご迷惑を御掛け…え? 終わり? ちょっはや――
「ふむ、突然の事態には不慣れだったか蘭の奴。」
「ん? どうした弾? いきなりなんだよ?」
「いや、別に。いつもと同じだぞ?」
「そうか? ならいいんだが。」
昼食を摂りに、俺と一夏、箒ちゃんとのほほんちゃんの四人組。
今は四人が向かい合うように、テーブルでそれぞれ食事を摂っているところだ。俺の隣はのほほんちゃん。一夏の隣に箒ちゃんという構図です。
おー、箒ちゃん。むすっとしているが頬が僅かに赤く染まっている。うむ、なんというツンデレ。いやリンデレ?どっちだろ。
ちなみに一夏と箒ちゃん、のほほんちゃんは日替わり定食。俺だけ蕎麦を食っている。さすがだ、いい味出している。
ズルズルズル。
「―――という訳で、ISの事教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で、俺だけなにも出来ずに負けそうなんだ。頼むよ箒」
そして現在。
一夏はというと、俺にさえ遅れをとっているという事実が後押ししているせいか、只今熱心に箒ちゃんへ教えを乞うている真っ最中です。
いやはや将来の力関係が眼に見える様だな。
ジュルジュル。
「…あれは明らかに相手を怒らせたお前らが悪い。後先考えない行動をするからだ馬鹿め。」
ズズー。ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ。
あー、出汁うめー。
「い、いやそれはその。そ、そこを何とか頼むっ!」
ゾーッ。チュルルルルルルルルルルル。最後の一口まで残さずに。
「「……。」」
ベコッ! ベコッ! ギュポン。
「今、人が鳴らしちゃいけない音しなかったか!?」
「というか何ださっきから貴様!? 静かに食えんのか!」
「げふー。ん、終わったか?」
「だんだん食べるの早いねー。」
「「…はぁ。」」
気が付いてみれば、俺だけが蕎麦を平らげ、他の三人はまだ半分も食っていない。
うむ、味わって食うことはいいことだ。ゆっくり食え。
腹も膨れた事だし、とりあえず会話に加わるとしようかね。
「ふむ? 箒ちゃんは、一夏に教えることが身の毛がよだつ程嫌な訳か。すごいな一夏、視界に入ると強い刺激に思わず体を背けんがばりの嫌われようだな?」
「…お前は友人の心を抉る事に躊躇いなしか?」
「い、いや。流石にそこまで嫌っている訳では。」
「言われてみれば。こいつなんかキモいもんね?」
「「そんなこと誰も言っとらんわ!」」
やはり息ぴったりじゃないかこいつら。さすがの幼馴染というべきかねー。ブランクあっても錆びる程脆い絆じゃないって事ね。ごちそーさん。
「それ以外の理由なんて俺には思いつかないが。一夏お前分かる? 嫌われてる理由。」
「俺に聞く事じゃないよなそれは!?」
ふむ? それじゃあ。
「のほほんちゃんは?」
「あむあむ♪」
「なるほど、ウザいってさ?」
「その言葉、のし付けて返すわ!?」
「箒ちゃんに向かってなんて事言うんだ貴様は!!」
「私じゃないだろう!?」
ギャイギャイ騒いでいる中、それとなーく、一夏と箒ちゃんを観察。
ふむ? どうやら昨日のことが尾を引いている感じじゃねーな?
それじゃ単に、箒ちゃんが気恥ずかしがっている――――ってこともないな。
見た感じ、一夏がどうこうじゃなくISに関して思うとこあるような気がする。単にISとあまり関わり合いたくないのかね? ここの生徒にしては珍しい子だ。
さて? どうしたもんか。
俺としては、一夏が箒ちゃんの教えを受けることは大いに賛成だ。
一週間じゃ基本中の基本しか学べんだろうが、雀の涙程度でも戦力アップに繋がるなら拒否する理由は無い。むしろ喜ばしい。
唯でさえ代表候補なんて存在と一戦交えるんだ。やるだけの事はやっておきたいもんだ。
でもあんまり乗り気じゃない箒ちゃんに無理強いするのも、紳士的にどうよ?
気が付けば、二人して立ちあがって俺を見つめて(睨んで)いる一夏と箒ちゃん。
のほほんさんは相変わらず食事に夢中。うむ癒される。
ま、考えてもしょうがない。 聞くのが手っ取り早いか。そう思って、口を開を開こうとした時。
「ねぇ。君って噂の子でしょう?」
「「「ん?」」」
突然声を掛けられて、俺と一夏と箒ちゃんは一斉に声のした方向へ顔を向ける。
グリン! ゴキンッ―――(弾の首が曲ってはいけない方向に)
――――― こ゜?
「代表こ――― ってひぃぃぃぃぃ!?」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!? いでででっで!? 勢いありすぎたあああああっ!?」
「お前は何処のホラー映画の悪魔だぁぁぁっ!?」
「というか何故死なんのだ!? ひぃ!? 寄るなッ! ここここっちに来るな!?」
「たーしけてー。」
「存外余裕あるなお前!? というか立つな! 動くなキモいわっ!?」
「おわー!? だだだ、だんだんが凄い事にー!?」
「あれ? 戻らんな? ふん!」
「「「戻せるの(かよ)!?」」」
――― ゴキュ。
ふー、戻った。(ケロリ)
コキコキと首を鳴らし首の状態を確認。 うん問題なし。
「―――で? 噂って何でしょう?」
「何ごとも無かったように話を進めるな! お前大丈夫かよ!?」
「あー。心配ない心配ない。蘭の蹴りに比べりゃ大したことないぞ?」
「こ、こいつはもう妖怪の類ではないのか?」
「だんだんはきっと、だんだんっていう生き物なんだと思うなー。」
失敬な。ただ人よりちょっと復活が早くて不死身なだけだ。(既にその時点で普通ではない。)
ほら見ろ。根も葉もない事言うから、目の前の淑女が顔面蒼白にして俺を見ているじゃないか。
全く。純粋無垢なレディになんて事を。信じたらどーする。
「はーい。真人間の代名詞。五反田 弾さんですよ?」
「さらっととんでもないホラ吹きやがった。」
「お前が真人間なら。世界中の人間すべてが賢人だ。」
「馬鹿はいいけど嘘は駄目って誰かが言ってたよな?」
「うむ。その通りだ。嘘はいかん。」
ええい! さっきから喧しい男め!(女子なら良し。)
まぁ、それはともかく。とりあえず話を進めよう。
「で? 噂って何ですかね? 一夏がトイレ探して学外まで激走したってのは俺が広めた噂ですよ?」
「待て!? お前何してんだ!?」
「女子ってすごいね。 もう噂が広まったんだなぁ」
「何しみじみとしてんだ!? やっぱりお前とはガチで拳で語り合う必要があるな!」
「望むところだ! ならば俺は先にチョキを出す!」
「おー、心理戦だー♪」
ギャイギャイ
「あのー?」
「しばらく待っていただけますか? 今黙らせますので。」
スラッ―――――――――【木刀抜刀】
* * *
「お待たせしました。それで? 何のご用でしょう?」
頭からダクダクと血が流れるが、あいにく手拭いを持っていないから放置で。
まぁそんな俺を無視して、箒ちゃんがサクサク話を進めていく。
でもなぜ俺だけ? 一夏は無罪ですか? 贔屓はいけないと思うぞ。
しかし流石箒ちゃん。
まさか一撃で俺の意識を刈り取るなんてね。将来さぞ立派な剣豪になるだろう。
あ、復活は2秒で済んだ。やはり長時間俺を地獄の底に落せるのは千冬さんくらいじゃないと厳しいみたいだねー。
あ、のほほんちゃんがタオルで血を拭ってくれた。 もうなんて良い子なんや。
まぁ、その後の話は簡潔に言うと次の通りだ。
『あなた金髪の子と勝負するってマジ?』
『そうですね。』
『この素人が! 調子にのるな!』
『そうですね』
『仕方ない。私が教えてあげるわ。二人っきりで』
『そうで――クぺッ!?』
『こいつは拙者の弟子。すっこんどれ』
『青二才が身の程をわきまえろ』
『お姉ちゃんに言いつけてやる。』
『調子乗ってすんません。帰ります。』
という感じだな。
まぁ、間違ってはいないから大丈夫だろう。
しかし『篠ノ之 箒』って、何処かで聞いたかと思ったら。
あのウサミミ束さんの妹だったのか。
ふむ?
姉が実は副賞の景品だったという。衝撃の事実を知ったらどうなるのかね?
ま、それはさておき。
箒ちゃんが一夏の実力を測るため、放課後に一夏を剣道場に呼び出す次第となりその場は解散になった。ちなみに俺とのほほんさんも一緒に行くことになったぜ。(箒ちゃんに心底嫌そうな顔されたが)
ふぅ疲れた。
お? 丁度いい所に布団が。 休み時間もまだあるし寝かせてもらうか。おやすみー。
(食堂で堂々と布団を被り寝る男)
「だんだん~!? それ私の布団だよ~! かーえーしーてー!」
「クンカクンカ。ふむ素晴らしい。甘く、それでいてどこか清潔な―――」
「~~~っにゃああああああ!? かか嗅いじゃ駄目ぇぇーっ!?(真っ赤)」
【一夏SIDE 】
「どういうことだ?」
「いや、どういうことって言われても…」
放課後になって、いざ剣道場にきた俺は。
只今幼馴染に、上から冷たい眼で見下ろされている状況下に居る。
まぁ、手合わせ開始10分で俺の一本負け。我ながら不甲斐ない。
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「いやどうしてって言われても?」
「あの男か!? あの男と一緒に居たせいで鈍ってしまったのだろう!? ええい許せん! 今すぐ叩き斬ってくれる!」
「待て待て。落ち着け箒。そうじゃないから話し聞け。」
今にも斬りかかりそうな勢いで、弾の元に突貫しようとする箒を後ろから羽交い絞めにして止めてやる。猪かお前は?
ちなみに弾はというと。
「のほほんちゃん機嫌直してくれないかね?」
「…。」
「さすがにやり過ぎた。ゴメン。」
「…。」
「お詫びに何か作るから。すごいの作るから。」
「…。」」
「あ、今ちょっとピクッてした。」
「~~~っ。(プイッ)」
「かーわーいーいー♪」
「…も。」
「ん?」
「も―――――っ!も――――――っ!!(ぺしぺし!)」
「いたた。痛いって。わはははははははは。」
剣道場の端っこで、真っ赤な顔をしたのほほんさんに叩かれ笑っていた。
…うん。何か邪魔しちゃ悪そうだ。(!?)
しかし弾の奴。のほほんさんを怒らせるなんて何したんだ? ダボダボな袖でぺしぺしと弾を叩いているが、弾にとってはそれが楽しくてしょうがないようだ。
なんというか平和だな。あれだ、じゃれて来る猫を可愛がる飼い主のような――。
「い、いいい一夏!? いい意加減に離せ!」
「うん? 離したら弾に突貫するだろうが」
「い、いや今は流石に…なぁ。」
「それもそうか。」
箒から腕を離して解放してやる。
なんかちょっと残念そうな顔が見えたが、お前そんなに弾を仕留めたかったのか?やめてくれよ? あれでも一応友達なんだから。
ま、とりあえず説明。受験勉強していたこと。帰宅部に所属の3年間皆勤賞だったこと。弾に振り回されたこともちょっとだけ白状する。
まぁ案の定。
「――――― 直す。」
「はい?」
「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後3時間、私が稽古を付けてやる!」
「え。それはちょっと長いような――― ていうかISのことをだな。」
「だから、それ以前の問題だと言っている!」
うわー、怒りまくってる。こりゃ何言っても駄目そうだ。
「情けない。ISを使うならまだしも。男が女に剣道で負けるなど…悔しくは無いのか一夏!」
「そりゃ、まぁ格好悪いとは思うけど。」
「格好? 格好を気にすることの出来る立ち場か! それともなん「よっ! お二人さん。終わったか?」――― 貴様っ!」
激昂している箒の言葉を遮るように弾が近付いてきた。
はー。正直助かったぜ。サンキュー弾。
「いやーしかし箒ちゃん強いね。流石全国大会優勝者、一夏もかたなしだな?」
「うるせぇ。それよりお前。のほほんさん怒らせるなんて何したんだ?」
「若さゆえの衝動が暴走ってとこかね?」
「何だそれ?」
いつものようにヘラヘラした顔で近付いてくる弾に、俺も言葉を掛ける。
って、おい箒? そんなに睨むな。こういった軽い感じの人間が好きじゃないお前にとって、弾はまさにその通りの性格だか仕方ないかもしれないが。いつにもまして眼が鋭いぞ。
「…何故私が全国大会の優勝者だと知っている?」
「うん? ああ、一夏が新聞見て妙に懐かしそうな、それでいて楽しそうな、だらしない笑顔してたもんだから気になってね。教えて貰ったんだ。」
「色々余計だ。」
「はっはっは。間違っちゃいないだろう?」
「…まぁいいか。ま、そういうことだ。」
「…ふん。」
お、箒が引き下がった。流石に自分の優勝を褒めてくれる相手に噛みつくことはしないか。若干嬉しそうだし。
はー、しかし参ったな。
こうまで簡単に負けると逆に清々しいな。でもまぁ・・・悔しい気持ちもあるにはあるんだが。
『織斑くんってさあ』『結構弱い?』『IS本当に動かせるのかなー』
ぐっ。やっぱり男が女に負けるなんて情けないことこの上ないよな。
『――――――― 千冬様の弟なのに』
――――――― ギリッ。
いつか言われると思ったが。流石にきついな。
そりゃそうだ。あんなに凄い千冬姉の弟である俺が、こんな体たらくじゃそう言われてもしょうがない。
比べられることなんて慣れてる。大丈夫だ、寝て目が覚めれば忘れているさ、
けど、けど俺だって…。
「よっしゃあああ! 第二ラウンドだ一夏ぁっ!」
「――――――っ!! いきなりなんだよ弾!? うるせぇぞ!?」
いきなり馬鹿みたいに大声出した弾が、剣道場の隅に走り。
一本の竹刀を片手に戻って来る。
おい。お前は今度何をしでかすつもりだ?
「第二ラウンドだ! 次の相手は俺だ! さぁ、かかって来るがいい!」
「は? お前何言ってんだ? というか剣道やったことあんのか?」
「ノリと勢いでカバー。」
「貴様っ!? 剣道を馬鹿にしているのか!?」
「いやん。箒ちゃんてば怒ったら可愛い顔が台無しだぜ? ほらほら一夏の前だよ。笑って笑って♪」
「なななっ何を言う! べべべ別に私は一夏が居ようと居まいと・・・・!!」
こいつはまた。なにを言ってるんだ?
付き合ってられるか。
「嫌だよ。箒と一戦交えて疲れてんだ。帰って寝る。」
「くくくく、だからこそだ! 今のお前なら簡単にぼこれる! この好機を逃す俺ではないわ!」
「「お前はどこまで腐ってるんだ!?」」
なんて卑怯な奴!? ふざけんな俺はやらないからな!?
流石の箒も、弾の外道極まりない言葉に激昂している。自業自得だアホ!
箒の罵声を受けてなお、ヘラヘラしている弾を尻目に。
俺は剣道場の更衣室に向かおうと足を進め――――
「大丈夫だって、万全の状態じゃない一夏を倒しても誰も気にしないって。それに理由効くじゃん?『疲れてたから本気を出せなくて負けました』ってな? ま、万全の状態でも同じ事だけど。あいつ弱いし。」
―――――― 止めた。
――――――― あ? 今こいつ何て言った?
「――――― 弾? お前今何て言った?」
空気が軋む。
俺の纏う空気が変わったことを敏感に察知した箒が、慌てて止めに入ろうとするが知った事か。
今の発言だけは許せない。
弾とは中学時代から、ずっと競い合ってきた。
負ける事もあれば、勝つこともある。でもそれはお互いに認め合った上での結果だ。
次は負けねぇ。今回は俺の勝ち。どうだ超えてやったぜ。畜生抜きやがった。
認め合ったからこそ、笑いながらそう交わし合う関係。
けど今こいつは。 あきらかに俺を下に見やがった。
許せない…友達だからこそ許せない!
俺の顔を見ても、弾はへらへら笑ったままだ。ムカつくっ! 何笑ってんだよてめぇ!
「ん? なんだよ一夏? そんなに怖い顔すんなよ?」
「…誰が弱いって?」
「お・ま・え♪」
「―――――― てめぇっ!?」
「だってそうだろー? これ以上負けんのが嫌だから俺との第二ラウンド避ける訳だし―?」
「上等だ。 受けて立ってやる! 後悔すんなよ!」
「疲れきっているお前に勝ち目などないわ! ふはははははははははは!!」
そうやって馬鹿みたいに笑っていられるのも今の内だぞ弾!!
吠え面かかしてやる!
「―――― では、両者構え。」
箒に立ち会って貰い、互いに睨みあう俺と弾。(弾の奴だけはニヤニヤしていたが)
後悔させてやる。覚悟しろよ弾。
「くくく! 一夏よ。俺の『本気』を見せてやるぜぇ!」
「あーそうかよ。なら俺はその上をいってやる!!」
男二人が真剣勝負ということで、さっきよりもさらにギャラリーが増えた。
おい。部活の格好した奴もいるぞ? いいのか?
おっといかん。勝負に集中しなきゃな。
竹刀を正眼に構え弾を見据える。
弾はといえば、竹刀を肩に担ぎヘラヘラと笑っている。
「五反田っ! 何をしているっ構えろ!」
「構えてるよん? はじめちゃってくれ。」
「そんなふざけた構えがあるかっ!?」
「今ここにある事が全てさっ!!」
「き、貴様っ!? 一夏! 遠慮はいらん! 叩きのめしてやれ!」
おいおい良いのかそれは? 立ち会い人が片方に付くなんてありか?
だが、まぁいいか。
弾の構えかどうかは知らないが。見た感じ全くの素人。いくら鍛錬を怠っていたからといって。剣道を全くしたことも無い奴に負けるかと聞かれれば、それは否。
油断さえなければ負ける事は無い筈。
あきらかに俺が有利な戦いだ。疲れもあるが、それを差し引いても負ける道理は―――――。
―――― 待てよ?
そう言えばこいつ『本気』をみせてやるとか言ったな?
よく考えろ。惑わされるな俺。
相手は【あの】弾だぞ? 考えろ。あいつの行動パターンを、思考を。
―――――――― あ、そういやあの祭りの日の時こいつ。
~回想~
あれは鈴が、まだ引っ越す前の頃の話。
浴衣の着付けで時間が掛かる鈴と蘭を置いて、一足先に祭りの行われる神社で、弾と共に二人が到着するのを待っていた時の事だ。
あきらかに時間がかかり過ぎている事に疑問を覚えた俺達は、祭りの入口まで様子を見に戻った。
その時目にしたのは、中年のおっさんに絡まれている鈴と蘭だった。
どうも酷く酔っているおっさんに、ほとほと困り果てている様子の二人、鈴が怒鳴っても聞かずに逆に切れ出すおっさん。
まぁその時に弾が動いた。理由は簡単。蘭がちょっとだけ涙目だったから。
弾はというと
『あのクソに俺の『本気』を見せてやる。』
そう凶悪な表情を浮かべ、おっさんに近付いた弾は―――――。
『はーいおっさん?』
『ああん!? 誰だて―――!』
『プレゼントフォーユー!』
ブシュー!(痴漢撃退スプレー)
『っぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!? 目がぁ!? 目がぁぁぁあ!? 痛い! いでででで痒い!? ぐわあああああ!?』
『ダアアアアイッ!!』
メキョッ!!(ドロップキック)
『ぶふぉおあっ!?』
『フンッ!!』
ガッ! ミシミシミシィ!(倒れ込んだ相手を持ち上げバックブリーカー)
『あんぎゃああああああああ!?』
バンバンバンッ!!(弾の体を激しくタップ。顔中が痛くて痒いのに手でおさえる事も出来ない地獄)
『ああん? 聞こえんなぁあ?』
『――――――――ッ!――――――っ!?』(もはや声も出ない)
『ひゃははははははははっ!! ケタケタケタケタケタ!!』(悪顔)
後に語られる。『祭りの夜の悲劇』の【序幕】だった。
~回想 終了~
――― お、思い出したあああああああっ!?
そうだ! コイツの『本気』は。
『あらゆる手段を駆使して、勝つ。過程なんざ知るか。勝てばそれが正解よ』がモットーの卑怯上等外道戦法だった―――――――!?
ということはだ!
「始めっ!」
箒の開始の合図と共に、走りだす俺と弾。
そして――――― 思った通り!!
「死にくされやあああああぁっ!!」
「やっぱり目潰し用催涙スプレー隠し持ってやがったな!?」
吹きかけられる直前で体を捻り、弾のスプレーを持つ腕を掻い潜り、互いに距離をとる。
「「「「「「「うわ! 卑怯っ!?」」」」」」」」
「ふざけんな! 正々堂々勝負しろ!」
「俺は剣道で勝負するなんて言ってないぞ?」
「ご、五反田ぁぁぁぁぁ!? 貴様それでも男かぁ!? 恥を知れ!」
「耳に心と書いて『恥』ですね。知ってます。」
「一夏ああああああああぁぁあぁっ!! 叩き殺せぇ!! 今すぐこの馬鹿を叩き斬れええええええええっ!!」
うわぁ。箒がいまだかつてない怒髪天を迎えた。
「ダアアアアアアイッ!」
妙な叫びと共に、弾が突っ込んできたが―――――甘いっ!
体を低くし弾に向かって、こちらも走りだす。
そしてすれ違いざまに――― 一閃!
痛快な打撃音が響き―――。
「ごばああああああああああああああっ!?」
弾の馬鹿が盛大に吹っ飛んで、剣道場の壁に激突。
そのままズルズルをずり落ち、逆さまの状態で停止した。
「一本! それまで! 勝者 織斑 一夏!」
わあああああああああああああああああああああああ!
剣道場に拍手喝采が起こる。
お、恐ろしい奴。すれ違いざまに俺の急所を狙ってきやがったよ弾の奴。
だが、まぁ。今回は俺の勝ちだぜ弾。これに懲りて言葉には色々気をつけろよな?
『凄いね! 見た今の!』『悪は滅びたわ。』『織斑君カッコイイー!』
うぐ。ち、ちょっと照れるな。
「ぐふぅ…! さ、流石だ一夏。だがこれで終わりと思うなよ…っ!?」
「相変わらずの不死身ぶりだなお前?」
「くくく…! 俺が倒れても、新たに第二、第三の俺が現れ必ず貴様を…!」
何処の悪役だお前は? というかやめろ。第二、第三なんてお前が複数いたら世界が崩壊するわ。
その後は、まぁ興奮冷め止まぬって感じだったが。しばらくしてみんなそれぞれ戻っていき。ようやくお開きとなった。
あー、疲れた。
【本音 SIDE】
「うへ~疲れた~。」
おりむーとの対決からしばらく経って、だんだんが剣道場から出てきた。
勝負に【負けた】だんだんは、一人で剣道場の清掃をさせられることとなって、今の今まで時間をとられていた所でした。
たいへんだねー。だんだんは。
「だんだんー。お疲れさま~」
「へ? おお、のほほんちゃんじゃないか! もしかして待っていてくれたの!?」
「そうだよー?」
「やばいっす。マジこの子良い子っす。天国の親父見ているかい…?」
だんだんが空を見上げてブツブツつぶやくけど、気にしない気にしない。
だんだんはこういう人なんだから。
帰る部屋も一緒なんだし。一緒にかえろー。
夕陽を背にして二人して歩く。
「いちち。くそー一夏の奴。何気に尾を引くダメージの与え方は。千冬さんそっくりだぜ。」
「大丈夫ー?」
「もう駄目。死にそう。のほほんちゃんの布団がないと俺死ぬかも。」
「そ、それはもういいよ~」
うう~不覚~。いまだに顔が赤くなるのが分かる。
そんな私を見て、ニヨニヨ笑うだんだんは、いじわるだと思う。
破天荒で、とんでもない事を引き出すびっくり箱で、ご飯がおいしくて、女の子には甘いけど時々いじわるな、だんだん。
――― そして、とっても友達思いの優しいだんだん。
「そういえば。今日のおりむーとの対決は~。」
「おおう、のほほんちゃん。敗者の俺に追い打ち掛けるとは。悪かったって。もう布団の話はしないからさ。」
違うよ。だんだん、知って欲しいの。私が知っている事を。
「――――― だんだんの【勝ち】だね~。」
「…はい?」
おお~、だんだんのきょとんとした顔はレアだ。
なんでだろ~、とっても嬉しい。
「だって、だんだんは、おりむーに『負ける』ことが。だんだんにとっての【勝ち】だったんだよねー?」
「ほほーう。面白いね。何を根拠にしているのか聞いても?」
いつも道理の、にへらとした笑顔だけど。ちょっとだけ目が驚きに揺れているのが分るよ。
「だんだんはー。おりむーが『織斑先生の弟』とか『ISを動かせる男子』っていう見方しかしない女の子達の言葉が、許せなかったんじゃないかなー。」
「俺が? ははははは、何をおっしゃるかと思えば。 野郎がどんな評価受けようが知った事じゃねぇすよ?」
ヘラヘラ笑うだんだん。
へへへ~、そうじゃないよねだんだん。
「男の子がじゃなくて、『友達』であるおりむーだからこそじゃないのかなー。」
「…。」
「だからみんなに、純粋なおりむーを知って欲しかったんだよね。だからだんだんは、わざとおりむーを怒らせて、勝負に持ち込んだんだよね~。」
自分が咬ませ役になってでも。
だんだんは、おりむーがみんなの言葉に傷ついている姿を見たくなかったから。
とっさに仕組んだんだよね。 あの張りぼてだらけの舞台劇を。
「だんだん言ってたよ。 『俺の『本気』を見せてやる』って。 その言葉におりむーは、何か閃いた顔になった所を、ちゃんと見てたんだ~♪」
「眠そうな目だというのに、そりゃ大変だったね?」
「そうでもないよ~。」
だんだんの顔に浮かんでいるのは苦笑。
その表情もはじめてみたよ~。
「だんだんの『本気』が、どういった行動なのかを、おりむーは知っていたんじゃないのかな。だからこそ、だんだんがおりむーに『本気』を見せるって言った事の意味を考えたらピンときたのー。」
「ふむ、してその答えはいかに?」
そんなの決まってるよー
「今から『お前の知ってる本気の行動をとるから、ちゃんと俺をぶっ飛ばせ』かなー?」
「――――――。」
「もちろん、手加減なんかしたらおりむーにもばれちゃうから、全力で『本気』の行動をとったんだよね? だからこれは勝負だったことには変わりはないよー? 『勝ち負けが正反対』になってるね~。えへへへ」
だからね? だんだん。
「だから、だんだんの『負け』は【勝ち】ってこと~。証拠におりむーの見方が『そこそこ腕の立つ男の子』になったみたいだし~♪ 皆に聞いてみたから間違いないよー♪」
「ふむ。なるほどねー…。」
私の答えに、考え込むように腕を組んだ、だんだん。
空を見上げて、しばらくぼーっとしていた。
しばらくそのままだったけど、次はガシガシと頭を掻いて――――。
ゆっくりと視線を私に向け
「――― やっぱり。女ってすげぇなー…。」
今まで見たことも無いような表情で、そう言った。
…お~。
「しっかし、のほほんちゃんて意外に鋭いのな? 俺びっくりだ。」
「てひひ。 私は実はすごいんだよー!」
「しばらく見ない間に、こんなに立派になって…! うぅっ!」
「まだそんなに経ってないよ~?」
あはは、いつものだんだんに戻っちゃったー。
でも、だんだんの評価は下がっちゃったのに、そこは気にしないのかな?
「そんじゃまぁ、のほほんちゃん?」
「なにー?」
だんだんの方へ目を向け―――――。
そこで私は一つの幻を見る。
いつもの様な、何気ないしぐさで。
小さな舞台を閉めるように。
王子様やお姫さまが笑う舞台の隅で、花びらを撒き周囲を鮮やかに彩る彼を。
「俺の、ちっぽけな【勝ち】を祝って。 一緒にディナーでもいかがですか?」
仮面を被る、心優しい道化師が、そう口にする姿を。
「よろこんで~♪」
もちろん、私は断ることなくその手を掴んだのでした。
【箒SIDE】
つい先ほどまで、二人の男女がいた場所を見つめる。
それは、私だけでなく。私の隣に居る一夏も例に漏れずに佇んでいた。
二人はというと、
『食堂まで競争、負けた人の奢りな!』『ええ~!?』『アディオース!』『あー!待ってぇー!?』『ふははははは、甘い! 甘いわー!』
と、叫びながら帰ってしまった。
あの男はまた【勝って】、あの妙にのんびりとした娘に、食事を奢るのだろうか。
私の隣に居る一夏は、何も言わない。
ただ、なにも言わずに、友人の走り去っていった方向を見つめていた。
「――― 箒。」
短く。だが力強く私を呼ぶ声に、心臓が小さく音を立てる。
「…なんだ?」
「これから一週間。遠慮はいらない。徹底的に俺を鍛え直してくれないか?」
振り向いた瞳は、今までの輝きを凌駕する程強く、そして決意に満ち溢れていた。
何を言うのかと思えば。
「当然だろう。徹底的に叩き直してやる。」
もう【負ける】訳にはいかないんだろう?
そう呟くと、一夏は一つ頷き笑う。
「ああ、あいつに【負けた】まんまってのは真っ平御免だからな。」
そう言って、私達は小さく笑い合った。
――――― 五反田 弾。
全く、本当に妙な奴だ。
そして、それから一週間。特訓に次ぐ特訓が繰り返され。
一夏はもちろん。五反田もついでに鍛えてやった。
奴を、一夏と二人して追いかけ回す日々も、考えてみたらこの日から始まったといえるな。
そして―――――――― 決闘の日はやって来る。
後書き
―――――長い。の一言。時間が掛かり過ぎだと思いちょっと反省です。さて次回、ようやくVSセシリア戦です。ここまで持ってくるのに、こんなに時間掛かったのは、わたしだけでしょうか?