PSUに関しての作品が余り投稿されていないのではないか
ということで、自分で書いてみようなどという無謀な試み
に至ってしまいました。
お目汚しのこととは存じますが、どうかご容赦の程を。
2011 5/7 追補
本作の時間軸については、ファンタシースタポータブル2∞EP2のトゥルーエンド後と、EP1のトゥルーエンドの後日譚(ややこしいのですが、EP1ラストバトルから一年後、プレイヤーキャラとエミリアが有人亜空間飛行に飛び立つ場面)の間を想定しています……が少し雲行き怪しくなって来ております。
この間にサイドストーリーを捏造し、ねじ込んだ形式になっております。
ファンタシースターユニバースシリーズ、携帯機のポータブルシリーズ、ムービングコミック「アークガルドの幻影」等からまんべんなく、あるいは重箱の隅を突いた様な設定を引っ張り出していますので、シリーズを通してプレイされていない方には不親切な内容になっているかも知れませんので、ご注意下さい。
しれっと、オリ設定も混ざっていたりしますので、更にご注意下さい。
以上、至らぬ点について感想欄でのご指摘有難うございました。
2012 1/2 追補
PSOシリーズとのクロスオーバー要素が、その12 より発生しております。
2011 5/10
一話目、若干改訂
2011 9/11
前書きを少し修正しました。
2011 1/2
前書き修正しました。
そこに広がるのは、地表の露出部分からは想像出来ない程の大規模な構造物だった。旧文明遺跡、所謂“レリクス”内部の巨大通路である。未だ稼動は完全ではないのか、通路は仄暗く視界は良好とは言いがたい。
幅はおおよそ5メートル、床から天井までの距離は20メートルにも達する。
金属とも、人工樹脂とも、石材とも違う、現代文明に於いて未だ知られぬ物質よりなる内壁は、一万年の時を経てもなお、全く毀たれることなく健在であった。
静寂より他を知らぬのではないか、と思わせる通路内の空気を、わずかに乱すものがあった。
それは此処に足を踏み入れた、探索者達の足音に他ならなかった。
「今回の調査にあたって、エミリア、貴女がわざわざ足を運ぶ必要は無かったのではないだろうか?」
足音の主の一方が、もう片方へと問うた。
女性の声である。落ち着いた声音を発したその顔は、白磁の肌を備えていた。つややかな黒髪が、腰まで長く伸び、前髪は真っすぐに切り揃えられている。髪と襟元を飾る、青色のコサージュが彼女のどこか人間離れした美貌に、文字どおり花をそえていた。一見すれば儚げな美少女と見える容姿に強烈な異を唱えているのが、黒い眼帯に固く覆われた右眼と、翡翠色の眼光が鋭すぎる左眼である。彼女はヒューマンからの遺伝子変異によって生じた新たなる種族デューマンなのである。
「久々の新規発見されたレリクスなんだよ、やっぱ研究者としては一番乗りしたいじゃないの」
エミリアと呼ばれた少女が、不服気に口を尖らせた。
黒髪の少女に比べると、背格好は一回り小さい。年齢の方も、見た目に準じているに違いないのだろう。多分に幼さを残した愛らしい表情に、“研究者”との自称がどうにもミスマッチである。少し癖のあるブロンドの髪を頭の左側で縛り、好奇心を湛えた大きな目はくるくると良く動く。
「未開のレリクスだからこそ、どんな不測の事態があるかも分からない。エミリアの身に何かあれば、グラール全体にとっての損失になる」
「もう、心配性だなぁ。確かに危険は覚悟の上だけど、ナギサが一緒なら百人力っしょ」
黒髪の少女――ナギサはいわく言いがたい表情を浮かべた。あからさまな賞賛の言葉に慣れていない彼女は、困惑と、照れくささに、どんな顔をしたらいいものか分からなかったのだ。
ナギサとエミリアは新進の民間軍事会社、リトルウィングの社員である。惑星政府からの依頼を受けてこの新発見されたレリクスの調査に赴いたのだ。民間軍事会社にとって、学術調査隊の護衛というならともかく、調査そのものは守備範囲外である。しかし、エミリアは科学者でもあったから、この二人で任務は事足りるのである。
「そりゃあね、いかなエミリアさんといえども、己が頭脳にグラールの未来がかかっていることぐらい、ちゃんと認識してますよ」
弱冠18歳にして、博士号取得を成し遂げた天才少女は言った。
それは、ヒューマンの遺伝子組成がデューマンのそれに変異するプロセスの解明、という功績によるものであったのだが、更にエミリアはグラールにおける亜空間研究の第一人者でもあった。三年前のSEED事変――宇宙より飛来するSEEDと呼ばれる謎の生命体によるグラール太陽系侵攻に端を発する、一年に渡る大規模な戦いと混乱――が三惑星に残した深い傷跡は深刻な資源枯渇という形で、グラール太陽系の未来に暗い陰を落としている。それを打開できるのは、亜空間航行技術の実用化のみ。あらゆる世界へ繋がる可能性を内在するという亜空間を介せば、グラール太陽系外に新たなる資源を求めることも可能と考えられていた。そして、エミリア抜きではこの分野での技術開発に、数十年単位の遅延をきたすのではないかと噂されている程なのだ。
「まぁ折角こんなものまで持ち込んじゃったんだしさ」
エミリアが後方を振り向くと、ホイールがレリクスの床材を噛む重々しい響きが近づいてくるのが感じられた。
程なく音源はその姿を現した。ずんぐりとした三日月に似た形状の汎用作業機械である。グラール一般に広く普及しているそれは、用途もサイズも様々だ。ナギサはかってそれがレリクスの探査機として使われるのを見たことがある。これもそれと同じものだと思われた。
この愛嬌ある外見の作業機械はその形に因んで、三日月を表す単語をその愛称としていた。機械好きのエミリアはさらに“クロワさん”などと呼んで半ばペット扱いさえしている。
だがナギサには目前の機械が三日月というより、甲虫の頭部めいて見える。走行輪を収めた胴体中央部上面にワイヤーカッター状の突起物が高々とそびえ立っているのが印象的だったからだ。それを角と見立てれば湾曲した両端部は顎といったところだろうか。
「エミリア、この角状の部品はどのような意図を持って設置されているのだろうか?」
「いいところに目をつけるじゃないのナギサ、なんでだと思う?」
逆に問い返されたナギサはしばし黙考した。「か、格好いいからだろうか?」と返答する。
天才と呼ばれるヒトにありがちな奇癖の一種なのか、エミリアが自分の製作物や整備を施したものに『カッコいいじゃん』なる理由で角をくっつけたがるのは、彼女の周囲でも有名なのであった。
むっ、とエミリアが頬をふくらませる。
「そんな訳ないっしょ、これはフォトン濃度測定、Aフォトンウェーブ検知、空間歪曲の検出なんかを一手にこなす多機能センサーなんだからね。その気になれば出願できる特許は両手両足の指でも足りない程の自信作なの」
思わずたじろぐナギサを尻目に、エミリアはゴーグルと通称されるヘッドマウントディスプレイを装着し、探査機から転送されるデータと睨みあいを開始していた。
「うーんおかしいなぁ」
エミリアの呟きを聞くまでもなく、ナギサもこのレリクスに違和感を覚えていた。レリクスは通常、スタティリアと呼ばれる巨大自律兵器によって進入者を排除しようとする。それらは巨人や神獣の像の如く遺跡の内壁に収まり最早還らぬ主人を待ち続けているのだが、一度レリクスが稼動すればそこから抜け出し恐るべき死刑執行人と化して徘徊を開始するのだ。
だが彼女は内壁に眠るスタティリアやそれを収納していただろう窪みを、これまでのところ一度も目にしてはいなかったのだ。
材質不明の白い壁面は現代のヒトの美的感覚には理解不能な平面と曲面のパッチワークを構成していて、これまで発掘された如何なるレリクスとも異質な印象を受けた。
「おかしなフォトンの反応がある、Aフォトンに近似してるけど……異型フォトンとでも呼べばいいのかなぁ」
エミリアは観測値にどうにも納得がいかない様子であった。
「スタティリアを全く見ないのはどう思う、エミリア」
ナギサは自分の疑問をぶつけて見た。
「レリクスの防御を亜空間による具現化現象に全て任せているのかも、そんなタイプのレリクスの暴走がちょっと前にあったんだよね」
亜空間には奇妙な特性があって、制御の方法によっては、ヒトの記憶を具現化することができる。これは物品、生物、甚だしくは建造物にまで及ぶ。旧文明人達はこの技術に精通していたらしく、亜空間発生機能を持つレリクスでは、記憶の具現化で生じた生物や機械を、守護者として利用することがあるのだ。
成るほどと納得しつつ、ナギサは向かって右側の壁に歩み寄り左眼を凝らした。そこに彼女は予想外のものを見出して、驚く羽目になった。
「来てくれ、エミリア!」
ナギサの大声に、エミリアは慌てて彼女の下に駆け寄った。
ナギサの指さす先、内壁の表面に軌道の跡が二筋並んでレリクス深部に向けて伸びていた。
「私たちには先客がいたようだぞ」
「これなんだろ、マシナリーの走行跡かな」
二人の少女は顔をみあわせる。
マシナリーとは、ヒトとしての基本的人権を保障された、機械生命体“キャスト”未満の知性や自律行動能力しか持たない機械体の総称で、能力、大きさ等は多岐に渡る。
「なんでこんなの見逃したかなぁ」
エミリアは探査機に操作信号を送り、アンテナを軌道跡に指向させた。
「むむ、リアクターの作動痕跡が殆ど感知出来ない、ううむ小癪な。大体、なんで壁の上なんか走るのさ」
悔しげにエミリアが唸る。
「少しでも進入した痕跡を目立たせたく無かった、というところだろうか」
「にしても、単純な見落としをしたもんだわ。しかも、あたし達が一番乗りじゃ無かった!」
余程無念だったものか、頭を抱えて地団駄まで踏み出した。見かけによらず癇癪持ちなのである。
その様子を横目にしながら、すぅ、と一つ深呼吸してナギサがおかしな声を出した。
「機械ばっかりに頼ってるから駄目なんだぞっ、エミリア」
唐突にどうしたんだと、エミリアは我に帰る。どうやら声色を使っているらしいのだが、それが誰のものかが分かるまで、しばらく時間を要した。そして、思わず吹き出しそうになる。
「ちょっとそれユートの声真似?」
二人の共通の友人である、野生児とも言えるユート・ユン・ユンカースならば確かに言いそうなことだった。
「に、似ていなかっただろうか」
随分と傷ついた様子のナギサの声である。
残念ながら、彼女は剣技以外の大抵の才能に関して恵まれてはいない。
だが、可愛そうなぐらい狼狽した様子のナギサを茶化すのは流石に気がとがめるというものだ。
「似てた似てた、そっくり」
「そうか、良かった」
おかしなところで、子供の様に素直なナギサであった。
しかし、他人の気を紛らわすために慣れない冗談の一つも出てくるようになったのか。
感慨深いものを覚えるエミリアである。
旧文明人の精神体、ワイナールだけを道連れとして、己が使命――SEEDを産み出す根源たる暗黒神ダークファルスの欠片を探し出し、これを回収する――の遂行に専心してきたナギサである。他者との関わりを極力絶つことを自らに課していた。そんな彼女の心が孤独の淵に沈んでしまわない様に、側にあって常に支えであり続けた心優しい旧文明人はもういない、ダークファルス封印に際しナギサを守ってこの世界を去って行った。
リトルウィングの仲間たちに迎え入れられたとはいえ、心の中の空洞を埋められずにいるんじゃないか、そんな風に心配もしていたのだ。
「ナギサも変わったもんだ」
かける声が自然と優しくなった。
「自覚は無いな、剣に生き剣に死す、そんな一生なら満足だろうと今でも思っているのだが」
そう言って、ナギサは困った顔をする。
「そういや、ナギサ会ったことなかったっけ?」
「誰にだろうか?」
「いやさ、うちの社員に一人いるんだわ、ナギサにわりと似た感じの奴がさぁ……」
さらに言葉を続けようとするエミリアを、黒髪の少女剣士が片手を上げて制した。
ナギサの表情が険しいのを見て取ったエミリアの身体に緊張が走った。
生粋の戦闘者としての彼女の感覚が何かを察知したに違いなかった。
「私の後ろに」
エミリアの前に立ちながら、ナギサはレリクスの回廊奥へと視線を注いでいた。
左の袖口にしつらえられたナノトランサーと呼ばれる装置に、右の掌をかざした。ナノトランサーは歪曲空間を発生させて、その内部に三次元空間上の物質を粒子化して収納する機能を持つ。ナギサは歪曲空間を介し彼女の分身ともいえる大剣を抜き放った。自身の身の丈程もある得物が、一瞬にしてナギサの右手に現れる。
剣士は大剣を脇構えにつけた。異形の剣であった。女性の手には余ると見える長大さもさることながら、鍔元から刀身に向けて配された回転式拳銃のそれにも似た巨大な輪胴、剣の峰にずらりと並んだ噴射口、破損した箇所を速やかに脱落させることで鋭利さを保ち続ける分割構造式の刃、そのいずれもがこの剣が尋常の用途に供されるものではなく、尋常の剣技によって操刀されるものでも無いことを示していた。
「何が出てくるっていうの? さっきの壁の跡の奴かな」
ナギサの白い背中にエミリアがおっかなびっくり問いかける。
「わからない。だが心配は無用だ、私と私の剣に斬り伏せられぬものなどこのグラールにありはしない」
決然たる言葉は、姫君に対する騎士の宣誓の如くであった。
「さっすがナギサ、カッコいいこと言ってくれるじゃん! でもあたしだって、それなりに修羅場をくぐってますからね」
ナギサの言葉に勇気を得たか、エミリアは己のナノトランサーからテクニック発動体たる長杖を出現させて構えてみせた。
「なら援護はまかせよう、でも無理と無茶はなしだ。エミリアに万一のことがあれば、グラールの未来云々以前に、悲しむヒト達が大勢いることを忘れないでくれ」
「ナギサに何かあっても、悲しむヒトはいっぱいいるよ、無論あたしも含めてね」
二人の少女はそっと互いの目を見交わした後、背中合わせに立って、レリクスの奥からやって来るものに対して、戦闘姿勢をとった。
そして、そいつは闇の中から姿を現しつつあった。
エミリアとナギサが調査中のレリクスから遥か上空、惑星モトゥブの周回軌道に、縦に長い六角形の船体を持つ白色の巨大な宇宙船が進入しつつあった。グラール太陽系の軍事力行使を一手に担う同盟軍、それに所属する戦艦だった。モトゥブはグラール三惑星のうちの一つで、“ビースト”と呼ばれる頑健で獣人化の能力を持ったヒトによって支配される熱砂の星である。
「エミリアめ、過程を省略する悪癖だけならまだしも、原因の究明までも疎かにするとは迂闊に過ぎるぞ」
戦艦のブリッジ内部において、ヒューマンの男性が苛々とした口調でそう言った。同盟軍は基本的にキャストによって構成されるため、彼はその場における唯一のキャストでないヒトである。
ヒューマン男性は、その姿を一度でも目にしたら決して忘れられないであろう強烈な印象の持ち主だった。
プラチナの光沢を放つ長髪、虹彩がルビー色に輝く瞳。異相だと見えないのは、彼の顔立ちが美形の範疇にあるからだ。その身を黒一色の装いで統一しているのはよいとして、上半身は素肌の上から黒のロングコートを羽織っただけというのが、見るものをぎょっとさせる服飾センスであった。実際、エミリアなどは彼に会うたびに、『このヘンタイ! 近くに寄るな』なる悪口を吐くのを欠かさない。
幸いなことに、同盟軍のキャスト達は彼ら以外の種族の服装に余り関心を抱かないし、もしそうでない者がいたとしても、それについて何か感想を口にすることなどはなかった。
“そう苛立つな、シズル・シュウ君。今回のことは私の方の失態でもある。リトルウィング社へのレリクス調査依頼は少々拙速だったようだ”
戦闘指揮所の一画で仁王立ちしている彼――シズル・シュウの眼前にあるコンソール上に投影された立体映像がなだめる様に言った。精悍なビースト男性の姿、惑星モトゥブ代表、ドン・タイラーその人であった。
「今回の作戦指揮をとりますミカリス・ゲイドです。閣下、モトゥブ管制宙域での予定外の作戦行動について、速やかなるご許可を頂き感謝致します」
シズルの傍らのシートに着座していた人型のフェイスパーツを持つ女性型キャスト士官が立ち上がり、敬礼の姿勢をとった。
“閣下はよし給え”
タイラーの映像が苦笑した。
“複雑な統治機構を持たない分、私の一声で大抵の事はどうにかなるのがモトゥブだよ”
「確かに。これがパルムやニューデイズであれば、僕達の行動はもっと後手に回らざるを得ませんでした」
そこまで言って、シズルはミカリスをちらりと振り返った。あくまでこれは同盟軍の作戦であって、彼はオブザーバーとしてこの場にいるに過ぎない。出過ぎた発言をしたと認識されたのではないかと懸念したのだ。
実際、同盟軍の高級士官の中にはまだまだ、高すぎるプライドを捨てきれず他種族に対して寛容な態度をとれないものもいるという。もっともシズルは知らないのだが、現同盟軍司令カーツがまだ対SEED遊撃部隊長であった頃からの部下である彼女は、その上官と同様に久しく種族的偏見からは自由であった。
“ところで、インヘルト社の観測施設が検知したという亜空間出現反応と、それの意味するところについての君の推論、間違いはないのだな”
タイラーが念を押すように問うた。
「極めて短時間ですが、大規模な空間歪曲があったのは確かです。巨大な質量がナノトランスした形跡もあります」
「しかもその位置座標は、今回発見されたレリクスと概ね重なっているのです」
ミカリスが補足する。
“つまり、あれは発見されたものではなく、出現したものだということなのだな”
かのレリクスが発見されたクグ砂漠は、対SEED戦の切り札となる旧文明の亜空間封印装置、“デネケアの門”が存在するとされ、同盟軍、ガーディアンズが総がかりで探索し尽した地域であった。新たなレリクス発見、という時点でそもそも疑ってかかるべきであった。実際それを疑ったシズルは、亜空間出現という事実にたどりついた。だが、エミリアはその発見という結果のみにとらわれて、レリクス発見に至る経過ばかりか原因をも軽視した。全く君らしくないじゃないか、シズルは臍を噛む思いであった。
「派遣された調査員、エミリア・ミュラーとナギサ、両名との通信途絶が続いている事についてリトルウィング社はなんと?」
「砂漠地帯では金属粒子の砂嵐で電子機器が不調に陥りやすいこと、レリクスでの通信状態悪化は珍しくないこと。この二点をもってそれ程重大な事態と認識していなかったというのだから呆れたわ」
ミカリス・ゲイドはキャストらしくもなく感情を顕わにしていた。
「社員の一人はリトルウィング統括の養女だというではないですか、ヒトの親としての見識を疑います」
おや、とシズルは意外の念を抱いた。この女性キャストはエミリアの頭脳を惜しんでいるのでは無く、子供としての彼女を心配してるようなのだ。
“こちらはこちらで、先程クラウチ氏からお叱りを受けていたところだ。何しろクライアントは私なのでな”
タイラーの映像が肩をすくめてみせた。
エミリア・ミュラーの養父、クラウチ・ミュラーがリトルウィングの統括なのだ。
「そのクラウチさんも今頃、ウルスラ女史にこっぴどく油を搾られている思いますが」
リトルウィング社長、ウルスラ・ローランは近々寿退社してミュラー姓になるとの噂だが、となれば上司としてエミリアの義母として、クラウチの軽率な判断を糾弾せずにはおかないだろう。もっとも、それで何か状況が好転するのかといえば、またそれは別の話ではある。
「亜空間から転移してきたレリクスとなればSEED汚染や旧文明の歓迎すべからざる置き土産も考慮せねばなりません」
“伝説に語られる『災厄の箱』などでない事を祈ろう”
「同盟軍としては当該レリクスの封鎖と監視体制の構築を提案します。勿論リトルウィング調査員の回収が絶対条件であります」
ミカリスの言葉は、同盟軍がエミリアとナギサを見捨てることはしないと確約したことを意味していた。実際彼女は、レリクス突入部隊を編成し直接指揮するつもりでいるのだった。
「僕も同道させて頂きます。二人は研究者仲間と友人でもありますから」
ミカリスは少々不審な様子でシズルを見た。
「あら、それだけなの? 二人とも可愛いお嬢さんじゃないの、それに貴方女の子にもてるでしょう」
「いや、僕の興味はもっぱら学究にあるといいますか、その別に女性については……」
シズルがいきなりしどろもどろになった。その反応を面白がったのはミカリスのみで、他のキャスト達は黙りこくって眼前のディスプレイと睨みあっていた。自身のプライドに対するダメージが最小限に留まったのは、ひとえに此処が同盟軍戦艦の艦橋だからだったろう。
“私はここで一旦失礼させてもらおう、我々としても可能な限りの支援を約束する、では後程”
ドン・タイラーの立体映像が消失すると、戦闘指揮所の動きが一気に慌しさを増した。