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第二十一話「Bルート:パルスのファルシのルシがコクーンでワールドパージ」
最初にワールドパージって聞いた時からずっとこのネタが頭から離れなかった。
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―――地中海に浮かぶイタリア共和国特別自治州、シチリア島。そこにある屋敷の一室に、三人の女性が居た。
一人はこの辺りではあまり見かけないモンゴロイド。周囲の人間からは無口な中国人と認識されている彼女の名は、マドカ。しかし普段はエムと呼ばれている。
一人はウェーブのかかったブロンドを持つ女。珍しくない特徴を持つ彼女は美人過ぎるが故に周囲から浮いてしまう、という特技を持っていた。彼女はスコールと呼ばれている。
一人はスコールの座るソファの隣に立ち、壊れ物を扱うかのように彼女の髪に手櫛を入れていた。彼女のコードネームはオータム。外見的には化粧がケバいぐらいが特徴の女である。
「……何かひでぇ事言われた気がする」
「あらあら」
「……フン」
第六感的に何かを察したオータムに対し、くすくすと笑うスコールと興味無さ気に窓の外を見るマドカ。
一見スコールは優しそうだが、その実オータムが落ち込む様を見て楽しんでいるだけなので始末が悪い。
「……それで、今の話は本当なのか?」
「あら、信じるのかしら? てっきり与太話だと否定すると思ったのに」
「別に何を信じようが私の勝手だろうが」
「そうよね。てっきり後が無いから一も二も無く飛び付いたのかと思ったわ、ごめんなさいね」
「くっ……」
束が得た情報とほぼ同じ事を言われ、マドカがその確認を取る。確かに、既に与太話を通り越してオカルトの域であった。
その事を指摘され、胸囲が72センチになったかのような声をあげるマドカ。しかしスコールが言うように、既に彼女には後が無かった。
IS学園に対する作戦は悉くが失敗しており、先日に至っては、マドカの独断専行で日本の市街地での発砲すらしてしまった。次の失敗は死を意味する。
例えそれがIS管理部統括―――スコールの思惑通りだったとしても、である。でなければ襲撃失敗直後のマドカが織斑一夏に会いに行ける訳が無い。
「インフィニット・ストラトスは強大な兵器よ。製作者の意図や性格がどうあれ、それは変わらない事実……だけど、直接的な戦力よりも注目すべき点があるわ」
「それがマン・マシン・インターフェイスの独自性、か。確かに理論的な思考ができる人間が作った物とは思えない代物だがな」
「非効率的過ぎるのよね、アレ。製作者―――篠ノ之束の戯言を全て真に受ける訳ではないけど、そうとしか思えない事例も確認されているわ」
「なあスコール、今の話とISの話がどう繋がるんだ? 私にはよく解らなかったんだけど……」
さらさらと流れるような金髪を梳きながらオータムが尋ねる。スコールの言葉を信じない訳ではないが、彼女が何を考えているのかはオータムには解らなかった。
「似ているのよ、この二つは」
「黒鍵とやらとISがか?」
「ええ。黒鍵が一定以上の稼働率を示した時のデータが残っていたのだけれど、それを総合すると『合理的ではない』結果が出るのよ」
「だから……似ている、と?」
他にも理由はあるのだけれどね、とスコールはマドカの問いに答える。だが、どうであるにせよマドカにとって興味を引く話ではなかった。
彼女にとって最優先事項は織斑の血を引く者の排除であり、そのオリジナルとなる事なのだから。
因みに一夏はその計画には入っていない。一夏の成長速度に気が付いていない彼女の評価は非常に低いのだ。
「あら、興味が無いかしら?」
「ああ、無いな。これならば織斑千春に襲撃をかけていた方が有意義な時間になったな」
「無駄ね。彼女は今、昏睡状態よ。貴女も知っているでしょう?」
「そうだったな……残念だ。実に残念ダァ!」
「こえーよコイツ」
千春が昏睡状態に陥ったと言う報告を聞いた時からマドカはずっとこの調子である。自らの手で引導を渡さなければ納得しないのだろう。
「まあとにかく……少し手伝ってもらえるかしら? そうすれば好きな時に好きなだけ戦いに行けるわよ?」
「……ほぅ?」
「今までは不利な状況が続いていたし……まあ、それで作戦が成功するならそれに越した事は無かったのだけれど」
「酷い女だな、貴様は」
「あら、今頃気が付いたの?」
今までの作戦は結果的に相手側の戦力を向上させるだけであった。そもそも剥離剤の使用や、幾ら多対一を想定していても単機での襲撃など不可解な点も多かったのだ。
それはつまり、失敗しても作戦立案者―――スコールの得になるように仕組まれていたという事。オータムやマドカは彼女に良い様に利用されていた事になる。
その事についてはマドカも薄々感付いていた。しかし、自分ならば成功するという自負はあったし、重ねて言うがマドカは織斑の血に勝てればそれでいいのだ。
流石にオータムは道化としか言いようが無いが、彼女はスコールに全幅の信頼を置いている。だからこそスコールも彼女を側に置いているのだ。
「貴女達の失敗のお陰で私達の信用は地に堕ちたわ。そして既に別働隊が動き出している……私達を監視していた部隊が、ね」
「成程、それが狙いか」
「ええ。行動を起こすなら今がチャンス、と言うか今しか無いのよ。次の行動を移すまでの猶予として与えられた間だけ、私達は誰の監視も受けないわ」
「幾ら世界を動かしているとは言え、所詮は人か。必ずどこかに穴が出来る」
それを僅かな間とは言え、スコールは作り出して見せた。それならば何故このタイミングなのか。それも簡単だ。
マドカ達がこの島に集まった理由、それを思い出せば良いだけの話。
「ISの修理が完了するタイミングを合わせたのか」
「ええ。更にここに集めたのにも理由があるわ」
「……まさか、ここに?」
スコールは無言で首肯する。何て女だ、とマドカは驚愕する。そしてこの女は敵に回さない方が良い、とも。
単に受け渡しをするだけなら日本のどこかで問題ない。主な活動区域はIS学園の周辺であり、大抵はそこに居るのだから。
しかし、この女はそれをどうにかしてわざわざイタリアまで持って来た。マドカには手法はてんで見当がつかなかったが、その時点でこの女は手強い相手だというのが解る。
それならば精々利用してやれば良い。能力の割にはロクな事を考えて居なさそうなこの女にも、世界の管理にも興味は無い。マドカはそう考えていた。
「……解った。どうすればいい?」
「コア三つ分の処理能力があれば問題無いわ。黒鍵の所まで持って行けば後は私がやる」
「三つ……そう言えばお前も持っていたな」
「ええ。質問はもう無いかしら? 無いなら早速始めようと思うのだけど」
今度はマドカが無言で首肯する。それにスコールは満足そうに微笑んでソファーから立ち上がり、颯爽と踵を返す。
マドカはまだスコールのブロンドを弄って居たかったのか若干不満げなオータムと並び、その後ろに続く。
「私の権限で近付けるギリギリまで近付くわ。そこからは強行突破になるけど、他の保管場所に比べれば簡単だから安心して」
「なんだ、普段はスイス銀行にでも置いてあるのか?」
「確かにそこは厳重な所よね。それでもISが三体あれば充分制圧できるけれど……着いたわ、これに乗るわよ」
それは屋敷の地下に繋がるエレベーターであり、久々に暴れられるのかとうずうずしていたマドカが肩透かしをくらう。
三人はエレベーターに乗り込み、スコールが階数指定ボタン以外の部分を弄る。それが目当ての場所へ行く方法だったのか、エレベーターは静かに下降を始めた。
「スコール、本当にこれで行けるの?」
「ええ、安心して。ここは世界各地を転々とする黒鍵の保存場所の中で警備が一番手薄な所だから」
「よくもそこまで調べられたな……」
「私、これでも上に信用されてるのよ?」
この組織は駄目だな、とマドカは嘆息する。それともこの女の形をした毒すらも飼い慣らせると確信しているのだろうか、とも。
その線ならばやはりこの組織は駄目なのだろう。現に飼い主に牙を剥こうとしている。それとも、黒鍵を手に入れる直前に奇襲でも仕掛けるつもりなのだろうか。マドカは再び嘆息せざるを得なかった。
「―――着いたわ」
「……開かないぞ?」
「この階は暫く待たないと開かないようになっているのよ。下手にボタンを弄ると致死性のガスが出てくるから気をつけなさい」
そのスコールの言葉を裏付けるかのようにエレベーターが開き、その空間が視界に入る。
ソレが、目に入る。
「……っ! な、何だこれは……!」
「アラクネが、怯えてる……!?」
視界に映るのは、何の変哲も無い黒い棒である。強いて言えば多少捻れているだけであり、材質こそ解らないが変わった所は無い。
だが、その考えは全身に感じる圧迫感が全て打ち消していた。それは物理的にマドカ達を拒んでいるようにすら感じるものであった。
しかし、その中にあって尚スコールは涼しげな笑みを崩さない。それどころかソレへ向かって悠々と歩き始めた。
「ス、コール……!?」
「ほら、早くなさいな。この程度、霧雨と特に変わらないでしょう?」
「な……!」
今尚マドカとオータムを後ろへ押し返す圧力を欠片も感じさせない動作でスコールは歩く。この圧力も不可解なら、二人から見たスコールも不可解の塊であった。
しかし、オータムはスコールに見捨てられないために、マドカは半ば意地で足を踏み出す。と、途端に圧力が消え去った。
「だから言ったでしょう? 霧雨と変わらない、と。見えなくとも、不可解でも、一歩踏み出してしまえば大した事は無いのよ」
「……チッ」
「催眠術……?」
「さぁ? 拒絶なのか何らかのメッセージなのか、それとも機械的な動作でしかないのか……今の圧力に関しては何一つ解っていないらしいわ」
歩いてくる二人をスコールは待つ。そこは大して広くない部屋であり、数歩も歩けば二人はスコールに追いついていた。
そこで改めてマドカは黒鍵を目にする。それはやはり何度見ても捻れた黒い棒にしか見えず、素材は炭にも黒曜石にも見えた。
「これが、黒鍵……」
「この状態だと鍵の先になる部分が土台に隠れているらしいけれど、この黒鍵はちゃんと鍵の形をしているらしいわよ」
「フン……それで、どうするんだ?」
「せっかちねぇ……二人のISを渡して頂戴。それでいいわ」
スコールの言葉にオータムは素直に従い、左手の小指に嵌めた指輪を渡す。スコールはそれを確認し、自らもISらしきネックレスを外した。
しかし、マドカはスコールを全面的に信じている訳ではない。ただでさえ色々と軋轢があるのだ、信用などできる筈も無い。
だが、良く考えれば二人はほぼ丸腰である。実際にISを持っているスコールはともかく、オータムも銃やナイフを隠し持っている様子は無い。
それならば何かあった時はサブウェポンとして銃を携帯している自分の方が有利だろう、と結論付けてマドカもイヤリングを外した。
いちいち待機形態を考えるのが面倒だったので強奪した時にブルー・ティアーズと同じ形にしたのだった。
「何か機器を用意しなくて良いのか?」
「ああ、平気よ。直接接触させれば良いだけだから」
「フン、なら早くしろ」
マドカはサイレント・ゼフィルスに何か特別な愛着を持っている訳ではない。そもそも強奪した物だし、その理由も機体特性を考えたからに過ぎない。
しかし、それでも自らの最大の戦力が信用できない相手に握られているのは心細かった。これが終わったらたまには整備でもしてやろうか、とマドカらしくない考えが頭をよぎる。
「さて、それじゃあ……やりなさい、オータム」
タァン、と乾いた音が室内に響く。続けて重いタンパク質が地面に落ちる音。マドカにとってこれは聞き慣れた音であった。
これは銃弾に倒れた人間の音。しかし、マドカの脳は現状を把握しきれて居なかった。何故か音源が今までに無いほど近かったから。
そして、自らの手足が全く動かなかったから。
「な―――カフッ」
「無駄だ。幾ら対人弾を使ったとは言え、両手足に散弾喰らってるんだ。何発か臓器にも当たってる筈だぜ」
オータムのIS、アラクネが展開されていた。八つの装甲脚に砲門が装備されており、今の攻撃はそこから対人散弾が撃たれた物だった。
マドカは今の瞬間、オータムには全く意識を向けていなかった。だから喰らっていた。スコール側からの攻撃ならば避けるなり何なり出来ていただろう。
だが、おかしい点がある。その点があるからこそ、マドカはオータムに意識を向けていなかったのだ。
「馬鹿、な……貴様のISは……」
「ねえ……オータムがIS学園に行った時に使った装備を覚えているかしら?」
「何……?」
心底愉しそうなスコールの質問が聞こえる。あの時の作戦はマドカも一応関与していたから知っていた。勿論、その性質も。
「リムー、バー……」
「そう……どうしてアレを持たせたと思う?」
「ま、さか……」
「ええ。今、この瞬間のためよ」
剥離剤の性質、それはISを無理矢理引き剥がす事。しかしそれは一度喰らえばISの学習能力によって別の能力を開花させてしまう。
遠隔コール。ISが手元に無い状態でも装着を可能にする能力。つまり今の一撃は遠隔コールからの高速精密射撃、という事になる。意外と腕はあったのか、とマドカは内心驚いていた。
「あの、後……使った、のか……」
「ええ。万が一があるといけないって」
「まあ、一度テメェはぶっ飛ばしたかったからな。スコールにはホント感謝してるぜ」
「ええ。私も感謝してるわ、オータム。この子、少し邪魔だったから」
オータムはISを待機状態に戻し、改めてスコールにアラクネを渡す。オータムはともかく、スコールは最初からこうするつもりだったのだろう。
……最初、というのが一体何処からなのかが問題だが。まさか自分と初めて会った時じゃないだろうな、とマドカは半ば本気で考える。この女ならそれぐらいは普通にしそうだ、とも。
「それなりに短くない付き合いだし、命までは取らないであげるわ。特等席でゆっくりと見ていなさい」
「く……っ」
愉快そうに微笑んだスコールは再び黒鍵へと向き直る。マドカからその表情は見えなかったし、スコールという女はその表情を想像できるほど底の浅い女ではなかった。
「さぁ……世界よ、私が貴方を飲み込んであげるわ……!」
スコールは心底愉しそうに声を上げ、三機のISを纏めて握った右手を掲げる。しかし、その表情は鬼気迫る物であった、と言うか顔芸の域に達している。
現に一瞬だけそれを目にしたオータムが怯えて一歩引いていた。しかしスコールは既に彼女も眼中になく、高く掲げた右手を黒鍵へ思い切りぶつける。
その瞬間、その場に居合わせた三人は声無き絶叫を聞いた。
「何だ……これは……!」
「アラクネ……!?」
「ふふっ……さぁ、私を導きなさい! 無限の宇宙へと!」
ぞぶり、とスコールの右手が黒鍵へ沈んでいく。しかし、それは明らかに不可解な現象だった。
黒鍵の直径は太くても十センチ程度しかない。なのに何故かスコールの腕は手首と肘の間の辺りまで埋まっている。
「スコール、腕が!」
「ふふ、大丈夫よ……この時のために用意したんですもの。そうでしょう、スメラカミ!」
スコールは腕が黒鍵へと消えようが一切動揺しない。それどころか、その状態で自らのISを起動した。
正気の沙汰ではないが、今この場で彼女の正気を疑う者は居ない。無論、悪い意味でだが。
起動したISの名はスメラカミ。亡国機業が独自に開発した情報やデータの統合・制御に特化したISである。
武装は防御用のエネルギーフィールドしか装備していないが、それを補って電算系では高い性能を誇る。
……尤も、束や源蔵が手慰みや寝起きに作った機体の方が遥かに性能が良いのだが。それでも、今この場においては充分な力を発揮していた。
「アラクネ、サイレント・ゼフィルスの処理能力を制御下に。制御が終了し次第黒鍵の権能を掌握しなさい!」
既に肩口まで黒鍵に沈んでいるというのにスコールは動じない。それどころかその表情は愉悦と興奮に歪みきっていた。
そのまま少しずつスコールの姿が黒鍵へと沈んでいくと、やがて周囲の空間に変化が生じ始めた。
「凄ぇ……で、でもスコール、これじゃ!」
「空間が、捻じ曲がって……」
「ククク……そう、そうよ! 見せなさい、黒鍵! 貴方の力の全てを!」
景色が歪む。否、空間そのものが歪み始める。幾何学的な常識が消え去り、周囲が異界へと変化していく。
ぐるぐる、ぐにゃぐにゃと世界が歪んでいく。離れていたオータムとマドカまでその影響範囲が及ぼうかとなった次の瞬間、事態は動いた。
スコールが、消えた。
「……え?」
「消え、た……?」
二人は慌てて周囲を見渡すが、そこには何も無い。幾何学に喧嘩を売っていた空間の歪みもなく、来る以前となんら変わらない空間がそこに広がっていた。
黒鍵も変わらず、歪な姿を晒しているだけだ。スコールは影も形もなく、最初から二人しか居ないと言われたら信じてしまいそうになる。
「スコール……スコール!?」
「失敗……だと……?」
事態を把握したオータムがスコールを求めて声を荒げる。しかし、それに答える声は無い。マドカは撃たれ損だと半ば他人事のように考えていた。
しかし、オータムの声が一頻り響き、マドカの体が撃たれた痛みを認識し始めた頃に変化が現れる。
『―――フ、フフッ』
「スコール!? どこ!? 何処に居るの!?」
『安心なさい、オータム……私はここに居るわ』
ずるり、と黒鍵の形が変わる。質感をそのままに腕が、肩が、体が捻れた棒のような黒鍵から現れる。
それは女性の物であり、その場に居合わせた二人にとっては一人しか思い当たるモノはなかった。
「驚いたな……人間を、やめたか……」
『あら、案外気分のいいものよ? 獣を超え、人を超え、そして神をも超える……この気持ち、まさしく最高にハイってヤツね』
「スコール!」
上半身が黒鍵から生えており、質感が黒鍵のままな事以外は先程となんら変わらないスコールが姿を現す。
そして何故か台詞が妙な事になっていたが、生憎とこの場に居合わせた二人にとってそんな事はどうでもいい事だった。
「訳の、解らない事を……終わったなら、さっさと手当てをしてくれ……邪魔をする気はない」
『撃った側にそんな事を言うなんて、貴女変わってるわね』
「生憎と、お前達しか手を借りれそうに無い、しな……恭順を示せば、生き残れるかもしれないだろ?」
『生き汚いわね』
「目的を、達していない……からな。プライドなど、犬にでも食わせるさ……」
普段のマドカからは想像も出来ない姿である。しかし、こういった思考の非凡さこそが織斑の血の証明でもあった。
それを気に入ったのか、スコールはマドカへ手を翳す。それに対するアクションを起こす力も惜しいのか、警戒こそするがマドカはされるがままだった。
「スコール、どうするの……?」
『黒鍵は奇跡を可能にするわ。怪我の治療……いえ、臓器丸ごと欠損しても再生可能よ』
「なら、早めに頼む……視界が、霞んで……きた」
『はいは―――ヰ』
それは何の音だったのだろうか、ズレるような、割れるような音。それがスコールの形を取った黒鍵から漏れた。
「……スコール?」
「どう、した……?」
『何……デモ、無い輪。何DE喪―――』
「スコール!?」
ザリザリとスコールの声にノイズが混じる。つい先程まで滑らかに動いていたスコールが錆付いたかのようにぎこちなくなる。
やがて発せられる声は意味の無い音の羅列となり、周囲の空間を侵食し始める。
「スコール、スコール!」
『亜zqdぇrftgyふんjみl。;p・』
「クソッ、一体何が……」
更に少しすると黒鍵に変化が現れた。黒鍵から生えていたスコールの上半身の輪郭が崩壊し、内側からありえない質量の何かが現れたのだ。
それは開花するようにスコールの体―――否、黒鍵全体から生え、やがて黒鍵を覆う卵か繭のような形を取る。
しかし、その表面は常に蠢き、それを良く見ると捻れた直線や直進する曲面、連続しない波面や90度以上開いた鋭角などが、が、がががががg、
「何だ、これは……失敗……?」
「スコール、スコールゥ! 一体どうしたの!? 返事をしてよ! スコォォォォル!」
いい加減に体力の限界であるマドカと錯乱するオータム、そして沈黙する黒鍵。状況が混沌としてきた時、事態は動き始める。
黒鍵が卵のように割れ、中から無数の触手が現れたのだった。その体積は明らかに黒鍵に収まる物ではなく、部屋の壁を突き破っていく。
「クソが……オータム、脱出だ……!」
「スコォォォォォォォォル!」
「チッ、使えん……がはっ!」
無数の触手が突き破った壁の欠片が二人を押し潰す。そこで二人の意識は途切れるが、事態は更に悪化していった。
もとより地中にあった部屋が崩れる。しかし黒鍵にダメージは無く、その触手を上へ伸ばしていく。
そして、その姿が地上に現れる。
元より人気の無い区域だったが、周囲の住民からすればたまったものではないだろう。何せいきなり屋敷が吹き飛び、そこから無数の触手が現れたのだから。
現にここ一帯の人間はパニックになり、シカゴタイプライターやアップル及びパイナップルの音がそこかしこから響き始めた。
「ん……スコール……?」
半刻と経たない内に地獄と化した一角で、こめかみから血を流したオータムが起き上がった。
瞳こそ虚ろで多少の流血はあるようだったが、彼女の姿は周囲に比べればまだマシな方である。
瓦礫の上や下を問わずにコーサ・ノストラや無関係の一般人、観光客の死骸が散乱している。
いや、殆どの死体は『残骸』と称した方が正しいだろう。どう見ても原形を留めている物の方が少ない。
「スコール!」
やがて意識をはっきりさせたオータムが立ち上がり、本来屋敷があった方角を探す。既に景色どころか地形が変わっており、改めて探さなければ現在地すら解らなかったのだ。
マドカの姿は無い。オータムは幸運にも地上へ出た衝撃で瓦礫の上に乗れたようだったが、マドカは生き埋めになってしまったのだろうとオータムは予想する。
「あれは……!」
やがて屋敷のあった方角を見つけると、未だ天高く蠢く触手の群れを発見する。何が出来るかは解らなかったが、オータムは屋敷の方へと駆け出した。
「待ってて、スコール……!」
既に彼女自身も満身創痍だが、スコールの事を想えば怪我などあって無い様な物だった。やがて屋敷跡へと辿り着き、改めてその姿を視界に映す。
木の枝か軟体動物のような触手がうねうねと空へ突き出し、風も無いのにゆらゆらと揺れている。辿り着いたは良いものの、オータムにはここから先の手段が無かった。
―――否。違う、以前日本に居た時に似たようなアニメーションを見た。
「……よし」
あの時は何となくつけたテレビに映っていただけだが、あのシーンは良く覚えている。男を自分に、女をスコールに見立てて妄想すらした。
だから、今こそ言おう。あの結末を勝ち取ろう。
「スコール……私は、貴女が好きだ! 貴女が欲しい! スコォォォォォル!」
―――言いきった直後、触手の一本がスコールを肉塊へと変えた。こう、ぐしゃっと。
◆
「………。」
「………。」
「無様ですね」
一部始終を高高度滞空にステルスをかけて覗いていた俺達の間に、何とも言えない空気が漂っていた。
いや、今のは無いわ。
「あ、おかえりくーちゃん」
「はい、唯今帰還しました。目標04の生命活動の停止及び遺体の焼却、完了致しました」
「ごくろーさま。アレははるちゃんを撃った奴だからね、そろそろ片付けておきたかったんだ」
何とも言えない後味の悪さを味わっていると、俺達の乗っている飛空艇にクーの奴が戻ってきた。どうやらマドカの処分も完了したらしい。
しかしクーよ、その結局なんて名前の種族か解らなかった冷凍庫キャラが乗ってた飛行用ポッドは何だ。あ、俺が作ったやつか。
「因みに今日の私はクウラですよ」
「ああ、あの弟よりしつこい?」
「ええ、弟よりみっともないアイツです」
「一応弟より強いんだけどな……」
散々な言われようである。そして確かにクで始まる名前だけどさぁ……昨日は鼻無し気円斬だったし。
「しかし、これで懸念事項の一つが消えましたね」
「あとは黒鍵を回収して封印、かな。駄目だったら宇宙に放り投げりゃいいだろ」
「そしてやがて考えるのをやめるんだね。まあ私もそれで良いと思うけど」
「惑星ダビィーンの連中に回収されそうで怖いけどな……」
その場合はISエンペラーに千冬が乗る事になるんだろか。あれ? そうなると俺クローンじゃね? 束は壊れっぷりが校舎に居た頃の隼人と同じって事で。
などと考えていると、地上の状況に変化が現れる。うねうねとセルフ触手プレイをしていた黒鍵が収縮を始めていた。
「……戻りましたね」
「食後の運動か何かだったんだろ……ありゃARMSっつーよりベヘリットかもな、辺り一帯皆殺しだし」
「ちょうどゲンゾーも義手だしね」
「そうなると千冬がグリフィスになるんだが……まあいいか。トラクターフィールド展開、っと」
元の鍵の形に戻った黒鍵を直接触れないように回収し、飛空艇を発進させる。えーっと、次はアーカムか。ミスカトニックは侵入すんの面倒なんだよなー。
◆
さくっと黒鍵編が終わってしまいましたw(マテ
黒鍵の力を失った亡国さんはこれからガシガシ弱体化していきます。まあ経済とかの分野じゃ相変わらず影のフィクサー(笑)なんですが。
って事で次回はBルート最終回になります。混沌を望む束達の行動の結末とは!? って言うか最後までネタで突っ走る気満々なんですが。
零話とか色々考えてたんですが、まあその辺は気が向いたらって事でお願いします。ではまた次回。
◆