放置された採掘用の機械。荒れ果て、乾いた大地と風化しかけの鉄筋のビル群が立ち並び、砂ぼこりが風に巻き上げられる錆びた世界。今はこの世界に人は住んでいない。
第15無人世界。資源採掘の場とされてきたこの世界は、今は管理局の管理が行き届いていない世界だ。
管理局発足直後、現在では自然保護のため、生態系を破壊しつくす採掘は禁止されているが、当時は今に比べ管理局という組織も未熟だったため、こうして資源を吸い尽くしてしまった世界は多々ある。現在は、過去の戒めとして、ミッドなどの様々な管理世界にある教育機関では、歴史の授業にもされることがある。
そんな世界の一つであるここに、違法な研究施設が建てられており、そこで行われている研究の調査が、サクルが依頼された任務内容だった。
今は施設を取り囲むように、五人の部隊を二十に分け、ククリを含んだ百を超える傭兵達もいるが、彼らは研究施設の破壊のみを依頼されているだけで、サクルのみが研究の調査、奪取をバグズより依頼されていた。
「へへっ、お前がいると安心できるな」
ククリがサクルの肩を叩きながら、リラックスした表情でそう言う。
「あぁ」
サクルもそう返しながら、ストレージデバイスを構えなおす。
「しかし、座標は間違ってないよな……」
不意に、ククリは施設があるだろう座標にある物を見て懐疑な表情を浮かべた。
他の傭兵もそうなのか、目の前の施設、いや、庭園といっていい物を見て困惑の声をあげる。
建てられたというよりかは、着陸しているといったほうがいいかもしれない。荒廃した大地で唯一そこだけが、緑豊かな自然に囲まれている。
違和感、魔力反応もなく、依頼内容にあった魔導師の姿も確認できない。
キナ臭い。既に情報とは微妙に異なる内容にはなっているが、傭兵達は念話でタイミングを合わせ、同時に進行を開始する。
「……」
目指す先は楽園か、あるいは死地か。嫌な予感を感じつつも、サクル達は庭園に一歩足を踏み入れた。
――その様子を、サクルに依頼をしたバグズという男が、鳥型の使い魔の視界を通じて見ていた。
「まっ、まずは順調か……しかし、未だに私は不思議で仕方ありません。確実にFを回収するなら、執務官を使えばよかったのでは?」
『執務官を使うにはまだ早い。幾ら大魔導師と呼ばれた奴とて、完全にFを物にしたかはわからんからな。確証のないものに貴重な戦力は使えん』
遥か後方から通信機片手に、謎の声と会話するバグズ。今はその服装は、管理外世界にいるような汚ならしい格好ではなく、管理局の魔導師が着る制服に身を包んでいる。
これが本来の彼の姿。正確には、管理局の職員でもなく、さらに上層部直轄の部下だが、今は割愛する。
「貴女方がそう言うのなら構いません。しかし、クライアントとして出資している無限の欲望から、自ずと成果が得られるはずなのに、わざわざ他から奪取する必要があるので?」
皮肉げに頬をつり上げてバグズは通信機ね向こうにいる、しわがれた老人の声に言う。
『奴はFではなく、今は別のプロジェクトを進めている。それに基本骨子は完成しているが、他の有象無象では成果は出せまいし、実際に出来ていない。だが、Fにすがるしかない大魔導師ならば、あるいは完成形が出来てるやもしれない……そして、もし出来ているならば、興味深い』
「先程は出来てないと言ったのが、随分と妙な言い回しですね」
『だからあえて使い捨てを使用するのだ。使い捨ての進行が成功するなら良し。失敗するなら、奴の目的に手を貸しFの詳細を知りえるも、使い捨てによってわかるだろう奴の戦力から、見合った戦力を送り込むもまた良し』
「ハァ、しかしデータ奪取を一人のみでよかったのですか? 情報によれば中々やるようですが、奪取できずに庭園だけが壊れる可能性もあるのではないかと。確かにあの規模の傭兵全てに奪取を依頼したら、データを別の場所に転売する危険があるのもわかります。ですが、奪取依頼なら、もっと上のランクの傭兵に頼めば――」
『それについては問題ない。あの傭兵は是非にとの推薦があった。仮に調査、奪取が出来ずに破壊のみが成功したら、自らが研究をすることを推薦条件にな』
「……推薦者はやっぱし欲望の奴で?」
『――質問は以上だ。お前は自身の役割を果たせ』
暫くの沈黙の後、通信機からは冷めきった老人の声が返ってきた。
おっかないなと思いつつ、バグズは進軍を始めた傭兵達を見る。
様子見で使われる彼らに哀れみも同情も一切感じない。所詮は傭兵、使われる潰されても、また替えがきく消耗品。
「私も似たようなものではあるが……だが、あぁは言ったが多分彼らじゃ死ぬだけだろうな。まぁ精々足掻くがいい、傭兵諸君」
クツクツと笑うバグズの視線が見据える向こう。美しき庭園にて、戦火の炎が次々に噴き出していた。
―
美しい庭園だ。手入れが行き届き、小鳥達の囀ずりや、木々の息吹きすらも聞こえそうである。傭兵達の荒んだ心を癒し、このままここで日々を過ごしたいとすら思えるくらいだ。
だが、ほとんどの傭兵はこの庭園の奥にあるだろう施設を壊し、高額な依頼料を手に入れることを考え目をぎらつかせている。
まるでハイエナの群れだ。汚ならしく死肉を貪る獣の軍団。男達は金のためにデバイス片手に包囲網を狭めていく。
――異変が起きたのは、庭園に入ってから少ししてからだった。
「……これは」
草木のざわつきに紛れて響く地鳴りのような音。サクルは耳と体を揺らす音に警戒を強める。
ククリとその他傭兵も同様に警戒心を強めながら、辺りを見渡した。
地鳴りは様々な方角から聞こえてくる。
そして、警戒しながら抜けた林の先。開けた広場が――戦場と化していた。
「こ、こいつら攻撃がビクともしねぇ!?」
「ヤメ、近づァァァァァァァァッッ!」
「んだよこりゃあ」
呆然と口を開くククリ。あまりにも一方的な戦いが、そこでは繰り広げられていた。
――六種類はあるだろうか、大小様々な傀儡兵総勢三十が、傭兵達を迎え撃つ。傭兵達の魔法を巨大な傀儡兵がが受け、その他の兵が魔法で次々に傭兵を蹴散らす様は、敗残兵が狩られる姿みたいに思える。
彼等は知らないが、この傀儡兵はそれぞれがAランク魔導師に匹敵する力を持つ。平均Cもあるかわからない傭兵では、蜘蛛の子を散らすようにやられる以外に道はない。
その傀儡兵の壁の向こうに施設らしきものがあるが、今の彼等には目と鼻の先にあるそれが、何よりも遠かった。
「ヤベェぞサクル! 結界が張られてやがる!」
その惨状を見て、敗北を確信したククリが、いち早く離脱を試みる。しかし、侵入したら最後、AAランクの魔法でもなければ抜け出せない結界に、彼等はいつのまにか捕らわれていた。
――逃げ出せない。圧倒的に重い事実。
「クソッ! クソッ! 依頼内容とまるで違うじゃねーか!」
「畜生、嫌だ! 死にたくない!」
魔法が炸裂し響く爆音に隠れて、弱気な発言が方々から聞こえてくる。
弱気になるなというほうが、無理だというものだろう。絶望的な戦力差、勝ち目のない戦い。
故にサクルは思考を止めて、前に進むことを選んだ。
「ククリ。施設を潰す、手伝え」
「ハァ!? 何言ってるんだサクル!」
あまりにも馬鹿げた言い分に、ククリは目を見開く叫んだ。
だがサクルの目がその発言が冗談ではないことを物語っている。ククリは強い意思を宿したサクルの目を見て「……勝算は?」と、観念したのか、肩を竦めた。
「残存戦力を集めて一点突破。施設に入り込んでゴーレムを操る奴を叩く……成功の確率は五分もないが、このまま殲滅戦をやってたらその機会もなくなる」
いつになく饒舌なサクルの言葉に目を丸くしながら、穴はかなりあるが、無駄に考えて殲滅されるよりかはまだマシなサクルの案に頷く他、ククリにはなかった。
「考える時間はないか……『お前ら! 固まってぶち込むぞ! 今なら数はまだこっちに分がある!』」
ククリの念話に、賛否様々な意見が行き交う。結局賛同したのは十人程度だが――最早、これ以上待つ余裕はない。
砲火の雨、近接にて倒される傭兵。一体倒したと思えば、周りには十を越える傭兵の躯。
慌てて集まってきた傭兵達にも、目掛けて魔法の掃射が強まる。
「クッソがぁ!」
「ッ!」
障壁を張りながら、集結しようとする傭兵を援護のため、必死に応戦するククリとサクル。だが、結局集まったのはサクル達最初の五人と、念話に同意して辿り着いた四人。残りは合流前に魔法によって吹き飛ばされた。
「サクル!」
「……やるぞ。障壁に魔力を注げ。援護は勝手にくるはずだ」
サクルとククリを先頭に、決死の部隊が進軍を開始する。障壁に魔力を回し、傭兵達の無謀に尽きる前進は、端から見れば命を投げ捨てる無知の前進だ。
身体強化。魔法障壁。この二つに魔力を注ぎ、爆発する大地の上を後ろは向かずに走り出す。
致死の魔法を避けながら、または弾きながら、徐々に近づくおぞましき傀儡兵を睨み付け、やはりサクルは「戻りたい」と、女々しい思いを掘り起こした。
「ッ……!」
またこれだ。いい加減忘れろ。自分で選択したこの結果を、いつまでもウダウダ考えるな。
考えを振り切る。同時、無言で迫る五体の傀儡兵に、サクルは無言で魔力弾を乱射。緑色の魔力弾は、避けられ、受けられ、決定打にならないが――
「ハァッ!」
肉薄する。気合いを入れながら、一際巨大な奴に接触。こちらを掴まえようとする手を掻い潜り、股下をスライディングして抜け出した。
立ち止まることは許されない。傀儡兵の壁を抜けたサクルへ、魔法弾が降り注ぐ。絨毯爆撃の壮絶が、サクルの体を大きく揺るがす。
「今だ!」
その背中に続かんと、サクルを狙うことで緩んだ爆撃を掻い潜り、ククリ達傭兵が何人か壁を抜けて施設へ駆け込まんと走る、走る、走る。
だがそう簡単に侵入を許す傀儡兵ではない。愚かな侵入者元へ、次々迫る魔法の雨。陳腐な障壁、バリアジャケットを突き破り、男達が鮮血を飛ばして大地へ沈む。
サクルは走った。魔法弾で抉れた土と、隣にいた見知らぬ男の血で体を汚しながら、サクルは表情一つ変えられずに走った。
泣きたいし、叫びたいし、逃げたいし、認めたくない。だが感情を表すには、サクルはあまりに人間性を磨り減らしてしまった。
しかし、戦場に必要なのはそれだった。醜くわめき散らす人間らしいあり方ではなく、感情の発露を忘れた機械こそ、戦場には必要な素質なのだ。
例え本人が望まなくても、サクルは戦場に必要なスキルを得ている。それがつまり通常の社会生活をするにあたり、社会不適合者とでも言われるような欠陥だとしても。
「ハァ、ハァ……ハァ……!」
呼吸荒く、傀儡兵を抜けてからは施設を背中にし、応戦しながらバックで施設を目指す。頭を、腕を、足を、腹を掠める魔法弾に血を流しながら――
「ッ!」
施設への門らしき物を撃ち抜き飛び込む。その背中を追って傀儡兵も走ってくるが、サクルは立ち止まらずに施設内部への侵入を開始した。
――その先は果たして天国か地獄か。闇に包まれた向こう側へ、乱れた呼吸を整える余裕すらここにはない。
次回予告
広がり続ける鉛色の空。
踏み締めるは赤錆の染みた大地。
熱血と轟音をくすんだ肌色に降りかけながら、それでも抜けた地獄の先も、やはり続くは絶望、絶望、また絶望。
ここは黄泉路。暗黒の静寂に浸りながら、女が一人失った我が子を求め足掻いている。
次回『プロジェクトF』
戦火の只中で少女は目覚める。
携帯の弊害。文字数五千で一話はやっぱ厳しー。
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