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No.27166の一覧
[0] 乱世を往く![新月 乙夜](2011/04/13 14:39)
[1] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[2] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法①[新月 乙夜](2011/04/13 14:42)
[3] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法②[新月 乙夜](2011/04/13 14:44)
[4] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法③[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[5] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法④[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[6] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑤[新月 乙夜](2011/04/13 14:48)
[7] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑥[新月 乙夜](2011/04/13 14:50)
[8] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑦[新月 乙夜](2011/04/13 14:52)
[9] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑧[新月 乙夜](2011/04/13 14:54)
[10] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑨[新月 乙夜](2011/04/13 14:56)
[11] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑩[新月 乙夜](2011/04/13 14:57)
[12] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[13] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 15:37)
[14] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征1[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[15] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征2[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[16] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征3[新月 乙夜](2011/04/13 15:08)
[17] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征4[新月 乙夜](2011/04/13 15:09)
[18] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征5[新月 乙夜](2011/04/13 15:10)
[19] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征6[新月 乙夜](2011/04/13 15:12)
[20] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征7[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[21] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征8[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[22] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征9[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[23] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征10[新月 乙夜](2011/04/13 15:20)
[24] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征11[新月 乙夜](2011/04/13 15:22)
[25] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征12[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[26] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征13[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[27] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:39)
[28] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:17)
[29] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形1[新月 乙夜](2011/04/14 23:20)
[30] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形2[新月 乙夜](2011/04/14 23:22)
[31] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形3[新月 乙夜](2011/04/14 23:24)
[32] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形4[新月 乙夜](2011/04/14 23:28)
[33] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形5[新月 乙夜](2011/04/14 23:31)
[34] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形6[新月 乙夜](2011/04/14 23:33)
[35] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形7[新月 乙夜](2011/04/14 23:35)
[36] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:41)
[37] 乱世を往く! 幕間Ⅰ ヴィンテージ[新月 乙夜](2011/04/16 10:50)
[38] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:26)
[39] 乱世を往く! 第四話 工房と職人1[新月 乙夜](2011/04/17 14:27)
[40] 乱世を往く! 第四話 工房と職人2[新月 乙夜](2011/04/17 14:31)
[41] 乱世を往く! 第四話 工房と職人3[新月 乙夜](2011/04/17 14:35)
[42] 乱世を往く! 第四話 工房と職人4[新月 乙夜](2011/04/17 14:37)
[43] 乱世を往く! 第四話 工房と職人5[新月 乙夜](2011/04/17 14:43)
[44] 乱世を往く! 第四話 工房と職人6[新月 乙夜](2011/04/17 14:49)
[45] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:51)
[46] 乱世を往く! 幕間Ⅱ とある総督府の日常[新月 乙夜](2011/04/17 14:56)
[47] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 プロローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:36)
[48] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃1[新月 乙夜](2011/05/04 11:39)
[49] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃2[新月 乙夜](2011/05/04 11:41)
[50] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃3[新月 乙夜](2011/05/04 11:43)
[51] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃4[新月 乙夜](2011/05/04 11:45)
[52] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃5[新月 乙夜](2011/05/04 11:49)
[53] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃6[新月 乙夜](2011/05/04 11:50)
[54] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃7[新月 乙夜](2011/05/04 11:52)
[55] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 エピローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:53)
[56] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち プロローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:12)
[57] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち1[新月 乙夜](2011/07/07 19:14)
[58] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち2[新月 乙夜](2011/07/07 19:15)
[59] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち3[新月 乙夜](2011/07/07 19:18)
[60] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち4[新月 乙夜](2011/07/07 19:19)
[61] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち5[新月 乙夜](2011/07/07 19:20)
[62] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち6[新月 乙夜](2011/07/07 19:24)
[63] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち7[新月 乙夜](2011/07/07 19:26)
[64] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち8[新月 乙夜](2011/07/07 19:27)
[65] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち エピローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:28)
[66] 乱世を往く! 番外編 約束[新月 乙夜](2011/10/01 10:33)
[68] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば プロローグ[新月 乙夜](2011/10/01 10:37)
[69] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば1[新月 乙夜](2011/10/01 10:41)
[70] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば2[新月 乙夜](2011/10/01 10:43)
[71] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば3[新月 乙夜](2011/10/01 10:46)
[72] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば4[新月 乙夜](2011/10/01 10:48)
[73] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば5[新月 乙夜](2011/10/01 10:50)
[74] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば6[新月 乙夜](2011/10/01 10:53)
[75] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば7[新月 乙夜](2011/10/01 10:56)
[76] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば8[新月 乙夜](2011/10/01 11:03)
[77] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば エピローグ[新月 乙夜](2011/10/01 11:06)
[78] 乱世を往く! 第八話 王者の器 プロローグ[新月 乙夜](2012/01/14 10:33)
[79] 乱世を往く! 第八話 王者の器1[新月 乙夜](2012/01/14 10:36)
[80] 乱世を往く! 第八話 王者の器2[新月 乙夜](2012/01/14 10:39)
[81] 乱世を往く! 第八話 王者の器3[新月 乙夜](2012/01/14 10:42)
[82] 乱世を往く! 第八話 王者の器4[新月 乙夜](2012/01/14 10:44)
[83] 乱世を往く! 第八話 王者の器5[新月 乙夜](2012/01/14 10:46)
[84] 乱世を往く! 第八話 王者の器6[新月 乙夜](2012/01/14 10:51)
[85] 乱世を往く! 第八話 王者の器7[新月 乙夜](2012/01/14 10:57)
[86] 乱世を往く! 第八話 王者の器8[新月 乙夜](2012/01/14 11:02)
[87] 乱世を往く! 第八話 王者の器9[新月 乙夜](2012/01/14 11:04)
[88] 乱世を往く! 第八話 王者の器10[新月 乙夜](2012/01/14 11:08)
[89] 乱世を往く! 第八話 エピローグ[新月 乙夜](2012/01/14 11:10)
[90] 乱世を往く! 幕間Ⅲ 南の島に着くまでに[新月 乙夜](2012/01/28 11:07)
[91] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 プロローグ[新月 乙夜](2012/03/31 10:40)
[92] 乱世を往く! 第九話 硝子の島1[新月 乙夜](2012/03/31 10:44)
[93] 乱世を往く! 第九話 硝子の島2[新月 乙夜](2012/03/31 10:47)
[94] 乱世を往く! 第九話 硝子の島3[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[95] 乱世を往く! 第九話 硝子の島4[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[96] 乱世を往く! 第九話 硝子の島5[新月 乙夜](2012/03/31 10:55)
[97] 乱世を往く! 第九話 硝子の島6[新月 乙夜](2012/03/31 11:00)
[98] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 エピローグ[新月 乙夜](2012/03/31 11:02)
[99] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ プロローグ[新月 乙夜](2012/08/11 09:37)
[100] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ1[新月 乙夜](2012/08/11 09:39)
[101] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ2[新月 乙夜](2012/08/11 09:41)
[102] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ3[新月 乙夜](2012/08/11 09:44)
[103] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ4[新月 乙夜](2012/08/11 09:46)
[104] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ5[新月 乙夜](2012/08/11 09:50)
[105] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ6[新月 乙夜](2012/08/11 09:53)
[106] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ7[新月 乙夜](2012/08/11 09:56)
[107] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ8[新月 乙夜](2012/08/11 09:59)
[108] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ9[新月 乙夜](2012/08/11 10:02)
[109] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ10[新月 乙夜](2012/08/11 10:05)
[110] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ11[新月 乙夜](2012/08/11 10:06)
[111] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:09)
[112] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:12)
[113] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ13[新月 乙夜](2012/08/11 10:17)
[114] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ エピローグ[新月 乙夜](2012/08/11 10:19)
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[27166] 乱世を往く! 幕間Ⅲ 南の島に着くまでに
Name: 新月 乙夜◆00adcea3 ID:97f78ab0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/28 11:07
 幕間 南の島に着くまでに


「南の島に行こうぜ!南の島に!」

 イスト・ヴァーレがそんなことをいい出したのは、ちょうど大陸の極東でアルジャーク軍がテムサニス遠征を終えた頃であった。

 アルテンシア統一王国王都ガルネシアでシーヴァ・オズワルドのために魔道具「風笛(トウル・ノヴォ)」を五百本作り上げた後も、イストは旅立つことなくそこにとどまり続けた。シーヴァとジルドの仕合で思いがけず発動した“四つの法(フォース・ロウ)”の解析と研究のためだ。

 ――――闇より深き深遠の
 ――――天より高き極光の
 ――――果てより遠き空漠の
 ――――環より廻りし悠久の

 この古代文字(エンシェントスペル)でつづられた四つの呪文のことを、オーヴァとイストの師弟はとりあえず“四つの法(フォース・ロウ)”と呼んでいるのだが、解析を進めるにつれてこれらの呪文が一般的な術式とは一線を画すことに二人は気づきはじめた。

 一つ一つが術式を構成していることは確かなのだが、それ以外にこれら四つが関係しあってなにか大きなものを表しているようなのだ。一般的な術式よりももっと根源的で、大きな何かを。

 もっとも、今はその“大きなもの”とやらが何なのかは分らない。イストもオーヴァも、今は四つの呪文の関係性よりも個々の呪文の解析と応用を優先しているからだ。それはあの仕合で愛剣を失ってしまったジルドとシーヴァに、新たな魔剣を用意するために他ならない。

 彼らが失ってしまった魔道具については詳細なレポートが保管してある。同じ魔剣を作ることはたやすいだろう。しかし“四つの法(フォース・ロウ)”という新たな可能性が目の前にあるのに以前と同じもので妥協することなど、イストとオーヴァにしてみれば魔道具職人のプライドが許さなかった。

「前のを圧倒的に上回る魔剣を作ってみせる」

 二人とも言葉にしてそんなことを言いはしない。しかし一切の妥協を許さない二人の職人の姿勢は、なによりも雄弁にその決意を周りの人間に告げていた。

「精進しなくてはな」

 ジルドは嬉しそうにそう言っていた。恐らくはシーヴァも同じようなことを思っているのだろう。

 しかし、ニーナの感じていることは少し違う。彼女だって職人だ。使う側と作る側の感じ方が違うのは当然だろう。

 ニーナが感じているのは憧憬と一抹の悔しさだ。

 普段はイタズラ好きで本当に迷惑かけられっぱなしの困った師匠だが、こと魔道具製作に関してはニーナなど及びもつかない高みにいる。そんなイストが、ニーナと旅をするようになってから今までで最も高レベルな魔道具の作成を行っているのである。

 その様子を側で眺めていると、どうしようもない憧れを感じるのだ。一つ一つの発想、着眼点、引き出しの多さ。どれをとってもニーナは及ばない。追いかける背中はどうしようなく遠いが、それゆえ早く追いついて肩を並べたいと思ってしまうのだ。

 しかしその一方で悔しさも感じる。イストは相談するとき、ニーナではなくオーヴァにするのだ。頭では分っている。未熟者の自分よりも職人として同じかそれ以上の高みにいるオーヴァのほうがイストの相談相手としてふさわしい事ぐらい、誰に言われずとも分っている。分っているが、それでも悔しいのだ。二人の話に入っていけず、ただ憧れることしかできないことがとても悔しいのだ。

「今は少しずつ階段を上ることだ」

 ニーナの様子に気づいたジルドは、そういって彼女を慰めた。その言葉に励まされてニーナは修行に邁進した。やれる事があるうちは、落ち込んでいる暇など無い。

 そんな弟子の様子を見て師匠であるイストが満足そうに「無煙」を吹かしていたのかはわからないが、ともかく“四つの法(フォース・ロウ)”のうちの一つの解析と新たな魔剣の術式が、最近ある程度完成したのだ。

 そこで、冒頭の台詞である。

「素体になる刀も取りに行かないとだし、そこから足を伸ばして南の島に行こうぜ」

 どうやらまた旅の虫が騒ぎだしたらしい。ニーナはそう思った。もとよりニーナやジルドに目的地などない。イストが行くというのであれば、ついていくまでだ。

 旅立つ三人の後姿をガルネシア城から見下ろす人影がある。シーヴァと、今は一軍を預かる身となったヴェート・エフニートだ。

「………行かせてしまってよろしいのですか」

 イスト・ヴァーレは優れた魔道具職人だ。現在アルテンシア統一王国は有能な人材を幅広く求めており、その中でも彼は喉から手が出るほどに欲しい人材のはず。それを引き止めもせずに行かせてしまった良かったのだろうか。

「依頼した仕事は果たしてもらった」

 魔道具「風笛(トウル・ノヴォ)」を五百本作ってもらったことだ。これだけで十分だとシーヴァは考えていた。ヴェートが不満げな顔を見せると、シーヴァは「それに………」と言って微笑した。

「それに彼がここに残るということは、ベルセリウス老がもう一人増えるようなものだぞ。扱いきれるのか?」
「………早急に立ち去ってもらうとしましょう」

 ヴェートは苦い顔をして前言を撤回した。オーヴァ一人でさえ持て余しているのだ。そこに同格のトラブルメーカーがもう一人加わったら、冗談抜きでガルネシア城が大混乱に陥る。建国間もないこの時期に中枢が混乱したら、アルテンシア半島の惨状たるや悲惨なものになるだろう。たかだか一人の魔道具職人と国家の命運を天秤にかけるわけにはいかないのだ。

「それがよかろうな」

 随分と小さくなった三人の人影を見送る。さて、次に会うときは敵か味方かそれとも傍観者か。読みきれないその未来に、しかしシーヴァの心は浮き立つのだった。

**********

 ガルネシアを旅立っておよそ二ヶ月。イスト一行はルティスにたどり着いていた。ルティスはエルヴィヨン大陸の南西の端に位置する貿易港だ。その規模は恐らく大陸でも三指に入る。

 本来「ルティス」という名称は、沖合およそ三百メートルにある「ルティス島」のことを指す。それがこの島と陸地側の街を合わせて“ルティス”と呼ばれるようになったのは、恐らく外から来た船舶のほとんどがルティス島のほうに停泊し、その島がいわば玄関口のような役割を果たしてきたからだろう。

 ちなみにルティスの富裕層のほとんどがこの島に居を構えており、島全体として絢爛で華やかな雰囲気がある。ルティスという言葉に付随する絢爛豪華なイメージは、この島に由来するものだと考えていい。

 実際、
「世界の富はルティスに集まる」
 とまで言われており、その繁栄は輝かしいものである。

 なぜルティスはこのように繁栄できたのか。その理由はおよそ百二十年前から続く教会との蜜月である。

 およそ百二十年前、ルティスはオークトランドという国の端っこに存在する一貿易港でしかなかった。それが、商館(コントール)の長たる総館長(コントール・マスター)の娘が海であるモノを見つけたことで状況が大きく動くことになる。

 そのあるモノとは、大粒の真珠である。

 この時代、真珠の養殖技術などまだ無い。だから鉱脈が存在せず、まったくの偶然でしか手に入らない真珠は、あらゆる宝石の中で最も貴重なものだった。

 そして時の総館長(コントール・マスター)はその真珠を教会に差し出したのである。このほかにも様々な宝石や貴重な工芸品など数多くの品物を寄付したらしいが、その中で最も貴重だったのは、間違いなくこの真珠である。

 そしてこの時から教会とルティスの蜜月が始まった。教会の後ろ盾を得たルティスはオークトランドから半ば独立した貿易港となり、教会と強く結びついて彼らが求める品物を揃え供給することで貿易港としての地位を不動のものにした。

 そしてこの百二十年間、教会はずっとルティスの一番の上客である。その代わりルティスは毎年協会に多額の寄付を行い、またそれと同額かそれ以上の金を枢機卿たちに送っている。正しく金で結びついた関係といえるだろう。

 ちなみに、ルティスから教会の総本山であるアナトテ山に物資を輸送するには、必ずオークトランドの領内を通るため、オークトランドも間接的にルティスの恩恵に与っているといえる。

 それはともかくイストたちがやって来たのはルティス島のほうだ。ここで東に向かう船を捜すのである。

「見つかりませんでしたね………」

 少し気落ちした様子で、ニーナがそういう。小一時間ばかり港で船を探してみたのだが、なかなか条件に合う船は見つからなかった。

 いや、東に向かう船ならあるのだ。しかし彼らの目的地はオルレアンのナプレス、つまりレスカ・リーサルの工房「ヴィンテージ」だ。オルレアンといえば極東の一歩手前で、ここルティスから直接そこまで行く船はなかなか見つからなかった。

 見つからないまま小腹が空いてきたので、とりあえず適当な食堂で昼食を食べようということになり、今三人は席ついていた。

「ま、急ぐことは無いさ。直接オルレアンまでいけるのが一番いいけど、別に途中まででもいいんだし」

 気楽な様子でイストがそう言う。最悪歩いていけばいいのであり、それを考えれば途中までも船に乗れれば儲け物だ、とイストは考えていた。

「それよりおっさん、さっきから考え込んでいるみたいだけど、何ごと?」

 深刻な様子ではないにしろ、ジルドは先ほど港を見てきてから何かを考えている様子だった。

「いや………、少し寂れたように思えてな」
「おっさんは前にもここに来たことがあんのか?」
「うむ、五,六年前になるか………」

 その頃と比べると、港に停泊している船の数が減ったように思えるという。

「気のせいじゃないよ。実際、ここ最近船の数がめっきり減った」

 注文しておいたお任せランチを三人分お盆に載せて、食堂の女将さんが会話に加わってくる。

「それでこんなに空いてるのか」

 イストが見渡す食堂の中は空席が目立つ。彼らの他に客はどこかの制服を着た一人しかいない。

「いや、それは時間がずれているから」

 苦笑してイストの冗談を軽く流しながら、女将さんはランチがのったプレートをそれぞれの前においていく。

「ま、船が減ってお客の数が減ったのは確かだけどね………」
「理由に心当たりは?」

 ジルドが女将さんに尋ねる。

「さてねえ………。そういえばアルジャークがシラクサと交易を始めるって聞いたから、そっちに船が流れているのかもねえ………」

 女将さんはそう呟きランチを手早く並べ終えると、「ごゆっくり」と言い残してカウンターの向こうに戻っていった。

「どう、思いますか?」

 アルジャークとシラクサが交易を拡大させるという話は、すでにイストたちも聞いている。そしてつい最近、通商条約的なるものも発効したと聞く。

「影響が無いわけじゃないだろうが、多分外れだろうな」

 仮にそのせいだとしたら、影響が大きすぎるし、また現れるのが早すぎる。ルティスが寂れ始めたのはもっと別の理由だろう。

「教会の弱体化、か………」
「だぶんそっち」

 ジルドの言葉にイストも頷く。

 聖銀(ミスリル)の製法流出とその後の一連の不手際により、教会は年間の活動予算のおよそ三割を丸ごと失った。加えて最近では教会が旗振りを行い、神聖四国やその周辺諸国までも巻き込んで行ったアルテンシア半島への十字軍遠征も失敗した。

 つまり今の教会はかつてないほどに弱体化しているのだ。発言力、そして経済力の面でも、だ。

 ルティスの経済に直接的な影響を及ばしているのは金銭的な問題のほうだろう。聖銀(ミスリル)の製法を失ったことで教会は“遊ぶ金”を失った。そしてその“遊ぶ金”の大部分がルティスに流れてこの貿易港を潤していたことは客観的な事実である。つまり極論を言えば、その金こそがルティスを一大貿易港たらしめていた源泉なのである。

「だけどどっかの誰かが聖銀(ミスリル)の製法を暴露しちゃったからな~」

 源泉が枯れた川は、干上がるしかない。加えて十字軍遠征の失敗も教会財政の悪化に拍車をかけている。

「もしかして聖銀(ミスリル)の製法を暴露したのって師匠じゃないですよね?」

 ランチを食べながら、ニーナが「嫌なことを思いつた」といわんばかりにイストに尋ねる。

「そうだ、と言ったらどうする?」
「………師匠ならやりかねないと納得します」
「信頼していただけてなによりだ」

 してません諦めるだけです、と渋い顔をする弟子を笑い、イストはスープを啜った。コンソメ風味の優しい味だ。

「この先どうなると思う?」

 パンに鶏肉のソテーを挟めて食べながら、ジルドが尋ねる。

「ルティス?それとも教会?」
「両方、だな」

 そうだな、とスプーンを行儀悪く回しながらイストは呟き、少しの間考え込んだ。

「ルティスは………、少なくとも今のままなら教会次第だろうな」

 教会が崩壊すればルティスもそれに巻き込まれて廃れていくだろう。逆に教会が息を吹き返せばルティスも繁栄を取り戻すだろう。

「で、肝心の教会だけど………、落ち目だな」

 まあこれはオレの独断と偏見だけど、とイストは付け加えた。しかしその独断と偏見は今日の多くの人々が共有しているだろう。

 聖銀(ミスリル)の製法が流出したことで経済力が弱まり、自らが旗振りした十字軍遠征が失敗したことで今度は発言力も低下している。加えて十字軍遠征の失敗は神聖四国を始めとする教会勢力全体にダメージを与えており、それは教会の基盤そのものが揺らいでいることを示している。

「教会はでかくなり過ぎたんだ。しかも中身が伴っていない」

 イストの言う中身とは、恐らく国土や国民、あるいは商売などのことを言うのだろう。教会は宗教組織であり、したがってその組織に生産性など無い。あるいはその“中身のなさ”が拡大を容易にしたのかもしれないが、しかし今は中身が無いゆえに自立することさえも難しくなってきている。

「泡みたいなもんさ。針を刺せばパンッと割れる」

 イストは皮肉を利かせてそう言った。

 彼の話を総括すれば、
「教会はこの先弱体化し、その教会を一番の上客にしていたルティスも一緒に寂れていく」
 ということになる。

「ルティスは寂れていく、か………」
「このまま教会に依存し続ければそうなるだろうな」

 もしかしたらジルドは、ここルティスになにか思い入れがあるのかもしれない。彼の言葉にはルティスがすたれていくことへの寂しさが窺える。

「………ルティスが寂れたままにならないためには、どうすれば良いのだろうな………?」

 昼食を食べ終え女将さんが持ってきてくれた紅茶を飲んでいると、ジルドがそんなことを呟いた。

「そうだな………、アルジャークと手を組むっていうのはどうだ?」

 今、クロノワは恐らく三つ目の海上拠点を探している。そしてルティスはカルフィスク・シラクサに次ぐアルジャークの三つ目の海上拠点として最適だ、とイストは言う。

「どういうことですか?」
「兵法の考え方に、『敵の拠点を落とす場合、三つ目にどこを落とすかが重要だ』というものがある」

 一つ目と二つ目の拠点を結ぶ延長線上の拠点を落としてもそれは線にしかならず、どこか一点を切られてしまうとそこから先は補給線が途絶えることになる。だから三つ目の拠点は面を作るようにして選ぶのが良い、とされている。

 イストは地図を取り出しカルフィスクとシラクサ、そしてルティスの位置に「光彩の杖」で光玉を置いた。そして三つの光玉を結び三角形を作る。その三角形の面積は、目算ではあるが大陸の三分の一以上あるだろう。

「つまり、ルティスを三つ目の海上拠点にすれば、この三角形の内側がアルジャークの海における勢力圏になるわけだ」

 もっとも、陸上とは違い海上には土地とそれに付随する生産活動がない。陸上でいうような勢力圏が築けるかは不透明だ、とイストは分析して見せた。

「………いや、陸上と違い組織を簡略化できるからこそ、より強固な勢力圏となる可能性もある」
「なるほど。それは思い至らなかった」

 ジルドの指摘にイストは素直に頷いた。

 まあ勢力圏うんぬんはともかくとしても、海上交易を拡大させようと目論むクロノワにとって、そのための拠点は多いほうがいい。ならば貿易港として大陸でも三指に入るこのルティスに目をつけるのは当然のことだろう。

「しかしアルジャークが対等に相手をするかな」
「しないだろうな」

 どれだけ規模が大きくともルティスは一貿易港にすぎない。そんなところと今や大陸の東に覇をとなえる大国となったアルジャークが対等な関係を結ぶわけがない。したがって手を結ぶためには、ほとんど身売りする覚悟が必要になる。

「商館(コントール)は嫌がるであろうな」

 教会の後ろ盾があったおかげとはいえ、ルティスはこれまで独立と自治を守ってきた。いずれの国にも属していないことが商売をやり易くしてきたという側面は確かにあり、それが崩れることを商館(コントール)が嫌がるのは目に見えている。

 一定の自治権を守った上でアルジャークと手を結べるような、そんな都合のよい策はないのだろうか。

「ないこともない」

 イストがそう言うと、ジルドは「ほう」と面白そうに呟いた。

「今の総館長(コントール・マスター)には令嬢がいただろう?たしか………」

 名をマリアンヌという。今年で十五歳であったはずだ。なんでもルティスの至宝と謳われるほどの美貌だとか。

「そのマリアンヌ嬢をクロノワに嫁がせればいい。正室は無理でも側室ならいけるんじゃないのか」

 そうすれば総館長(コントール・マスター)は皇帝の外戚となり、ルティスはアルジャーク帝国内でも特殊な位置づけになる。完全な自治権を得ることは難しくとも、例えばヴェンツブルグと同じような立場を得ることは可能なはずだ。

 と、イストがそこまで話すと、店の奥に座っていた客が紅茶を飲み干してあわただしく立ち上がった。

「女将、勘定を頼む」

 急いだ様子で勘定を済ませると、彼は足早に食堂を出て行った。

「………今の男、制服着てたろ?」
「ああ。………ということは商館(コントール)の職員か………」

 ルティスにはさまざまな商家や商会が存在するが、そのなかでも職員に制服を支給しているのは商館(コントール)だけだったはずだ。

「イスト、今の話、もしやわざと聞かせたな?」
「さあ?どうだか」

 イストはすっ呆けたが、その口元には面白そうな笑みが浮かんでいる。それを見たジルドとニーナは疑惑を確信に変えた。

 恐らく商館(コントール)のほうでも、今の教会とルティスの状況が良くないということは認識しているのだろう。それを打開するために、商館(コントール)の上のほうでは頭を捻っているはずである。あの男がどの辺りの役職なのかは分らないが、ここで聞いた話を自分の案として上司に話すぐらいはやりそうである。

「でも師匠が言ったみたいに上手くいきますか?」
「さあな。いかない公算のほうが大きいんじゃないのか」

 ルティスがアルジャークに接近する、という線はあるにしても、マリアンヌ嬢をクロノワに嫁がせる、という案は現実味が薄いように思える。側室であっても「格が低い」と突っぱねられる可能性はあるし、それ以前にクロノワが側室を設けることを嫌がるかもしれない。

「そんな無責任な」
「金貰って献策してるわけじゃないんだから、無責任ぐらいでちょうどいいんだよ」

 イストはそれこそ無責任に言い放った。

「さて、オレたちもそろそろ行くか。船探さないとな」

 勘定を済ませて食堂を後にすると、イストたちはもう一度港へ向かった。

 この先、確かにアルジャークとルティスは互いに接近することになる。だが、その話はまた別の時、機会があれば語ることにしよう。





***********************





 ルティスから海路でラトバニアまで着たイスト一行は、そこから沿岸伝いに徒歩で移動して東のポルトールに入った。

「親父さんとこに寄っていくか?」

 ニーナの故郷はポルトールのパートームという街である。そこでは彼女の父親であるガノス・ミザリが魔道具工房「ドワーフの穴倉」を営んでいる。

「いえ、お父さんに会うのは、一人前の魔道具職人になってからです」

 ニーナはそういって故郷に帰ることはしなかった。何もかもが中途半端な今のままでは、とてもではないが故郷に帰る気にはなれなかった。

 さて、彼らが今いるのはポルトールのサンサニアという港町である。この辺り、というよりもポルトールの沿岸地方一帯は先の内乱以降ティルニア伯爵家の領地となっており、この港町で伯爵家の娘婿であるランスロー・フォン・ティルニア子爵が新たな領地の運営を行っていた。

**********

 内戦後のランスローは充実した生活を送っているといえる。内戦の後処理が終わると、ランスローはすぐに妻であるカルティエを連れて新たな領地、つまり沿岸地方に移り住んだ。新領地はこれまでの領地から見ると飛び地であり、移らなければ運営がしにくかったのだ。

 無論、ただ税を取り立てるだけならば代官を派遣すればよい。しかしランスローはそうはせず、そこに移り住み腰をすえてその新領地の運営をすることにしたのだ。

 理由はいくつかある。

 ポルトールという国にとって、海岸部は辺境である。それはただ単に政治的中心部と距離が離れている、というだけのことではない。基本的に開発と発展が遅れた、正真正銘の田舎なのだ。

 無論、海岸沿いには塩田が幾つも存在し、その周辺はある程度ましである。しかし塩田は他の貴族たちが管理しており、ランスローの管轄外である。

 つまりティルニア伯爵家が新たに手にした領地は「辺境のただ広いだけの何もない土地」というのが一般的な見方であった。

 ランスローもこの意見に反論は無い。しかし開発が遅れているということは、言い換えればランスローの手腕如何でいくらでも発展させていくことが出来る、ということでもある。それは彼にとって、とてもやりがいのある仕事に思えた。

 しかし彼のその考えは、一方で国政のゴタゴタに巻き込まれたくないという極めて個人的な願望の裏返しでもあった。

 ランスローはティルニア伯爵家の婿養子であり、彼の実の父は今や宰相になったアポストル公爵である。さきの内乱で彼と対立していたラディアント公爵が死んだ今、彼は国内最有力者となっていた。

 アポストル公爵家の三男として幼い頃から派閥抗争や王宮内の権力争いを見てきたランスローはもはやそういった世界にうんざりしており、新たな領地を貰ったこの機会に辺境に引きこもる腹積もりでいた。

 しかし、言ってしまえばこれはランスローの個人的な願望に過ぎない。彼としても、妻のカルティエをそれに巻き込むことは躊躇われた。ランスローが中央の政争に嫌気が差して距離を取りたいと思っていても、政治に直接関与していないカルティエが辺境に赴くことを嫌がるかもしれない。まして彼女は身重であった。慣れない土地が母体にどのような影響を与えるのか、医者ではないランスローには分りかねたが、少なくともよい方向には出ないように思える。

「残ったほうが良いのではないか?」

 そう言うランスローに、しかしカルティエは毅然と首を横に振った。

「ランスロー様の居られる場所が、わたくしの居場所です」

 珍しく頑固にカルティエは言い張った。さきの内戦の折、戦場を駆け回るランスローをひたすら待つことしか出来なかった彼女の辛さが、彼が離れていくことをどうしても許さなかったのかもしれない。

 ランスローは困ったような苦笑を浮かべた。自分のわがままに妻を巻き込んでしまったという罪悪感はあるが、それ以上に彼女が「ついて行く」と言ってくれたことへの喜びのほうが大きい。

 ランスローは優しくカルティエを抱きしめると、その耳元でただ一言「ありがとう」とだけ呟いた。カルティエが抱き返してくる。それで全て伝わったと確信した。

 さて、新領地運営のためにランスローが拠点として選んだのは、「サンサニア」という港町であった。気候が穏やかなこの港町には、その景観が気に入ったのか丘の上にとある貴族が立てた別荘がある。ランスローはそこを当面の本拠地とした。

 サンサニアの港町は、田舎が多い沿岸部においては比較的発展しているといえる。それは近くに塩田があったり、また細々とではあるが交易を行なっていたりするからだ。

 ともかく新たな領地に移り住むに当たって、そこにある程度の環境が整っていたことはランスローを安心させた。無論、カルティエのことを考えて、である。

 困難ではあるがやりがいのある仕事に取り組み、傍らには愛おしい人がいて支えてくれる。つい最近では大望の第一子も生まれた。女の子で、「ユリアナ」と名付けた。

 公私及び心身全てにおいて、この頃のランスローは充実している。しかし彼のタチゆえか、辺境に引きこもっていようともポルトールという国の行く末について考えずにはいられなかった。

 ただ、考えてはみても辺境にいる彼に出来ることは少ない。そのことを自覚しているために、国の将来を思う時、彼の胸のうちには自嘲の念がある。

 しかし、考えずにはいられない。なぜなら、今が最大のチャンスなのだ。

(今しか………、今しかないのだ………!)

 執務室として使っている一室で、駒の並べられたチェス盤を前にランスローは内心でそう唸った。時刻は夜半過ぎ。部屋の中には小さなランプが一つあり、弱々しく輝いて闇に抵抗しチェス盤を照らしていた。開け放った窓からは月明かりが差し込み、部屋の中を蒼白く照らしている。

 彼の手元には、赤ワインの入ったグラスがある。このワインは最近この沿岸部で見つけた特産品だ。葡萄の木が海からの潮風に吹かれて育つせいか独特の風味がある。また製法のためなのか淡く炭酸が入っており、飲み口が至極軽い。

 このワインを一口飲んだ瞬間、「売れる」とランスローは確信した。今はティルニア伯爵家の名前を最大限に活用して販路を拡大している。ブドウがなければワインは造れないため今すぐに増産できるわけではないが、将来のことを考えてブドウ畑を拡大したりもしている。

 ふと、風が吹きカーテンが揺れた。

「チャンスは今しかない。どうするんだ?」

 その声は窓の外から聞こえた。ランスローが視線をそちらに向けると、男が一人、バルコニーの手すりに腰掛けていた。月明かりの下では、その容貌は良く見えないが長い杖を一本持っていた。

「何者だ?」

 警戒を込め、問う。いやこの男が何者であっても、不審者であることには変わりない。人を呼ぶべきかとランスローが逡巡したその一瞬、バルコニーに現れた男は彼にとって無視し得ない言葉を発した。

「ポルトールがカンタルクの属国という立場から抜け出すチャンスは、今しかない」

 そう言われた瞬間、ランスローの思考は一瞬ではあるが停止した。それは、今まさに彼が考えていたことだったのだ。

「チェスでもしながら、話だけも聞いてみないか?」
「………いいだろう。聞かせてもらおうか」

 んじゃ失礼して、と言って男はバルコニーから室内に入ってきた。チェス盤を挟んでランスローの向かいに座るが、やはり顔はぼんやりとしか見えない。しかし、なぜかランスローはもっと明りをつけようとは思わなかった。

 男は、イスト・ヴァーレと名乗った。

(まあ、偽名だろうがな………)

 この場で本名を名乗るとしたら、よほどの馬鹿か、よほどの阿呆か、よほどの大物か。ランスローの見立てでは、目の前の男はそのいずれでもないように見えた。

 イストと名乗った男はおもむろに煙管を取り出すと、口にくわえて吹かしだした。すぐに火皿から白い煙が立ち上り始める。

「タバコは遠慮してもらいたい」

 カルティエがタバコの臭いを好まないため、ティルニア伯爵家では全面禁煙となっている。

「ん?ああ、こいつは『無煙』といって禁煙用の魔道具だ。本物のタバコじゃないから大丈夫だよ」

 煙も水蒸気だし、とイストは笑った。本物ではなくとも目の前で煙管を吹かされるのはランスローにとって気持ちのいいものではない。ただイストの言うとおり、タバコのあの臭いは少しもしない。

(まあ、これくらいは我慢してもよいか………)

 チェスが始まる。先攻はイストだ。彼は黒の歩兵(ポール)を二マス動かした。

 しばらくの間、二人は黙々とチェスを指した。カツン、カツン、と駒が盤を叩く音だけが部屋の中に響く。

(嫌な指し口だ………)

 チェスを指しながら、ランスローはそう思った。イストの指し方は一見して隙が多い。しかし良く見るとその隙は全て罠なのだ。迂闊に手を出そうものなら、あっという間に形勢は不利になってしまうだろう。その罠を避けるようにして、ランスローは慎重に白の駒を動かしていく。

 ランスローにはそういう指し方の一つ一つが、このイストとかいう男の人格を表しているように思えてならない。チェスの指し口だけで全てを判断できるわけではないが、いずれにしても油断のならない男だろう。

「ポルトールの今の状況は………、良くないな」

 左手で白い煙(水蒸気らしいが)を吐き出す「無煙」を玩びながら、おもむろにイストは口を開いてそういった。

「そのとおりだ」

 ランスローもイストの言葉を否定しない。実際、今のポルトールの状況は良くない。いや、それどころかここ五十年ほどで最悪と言ってもいい。

 全ての原因は先の内乱だ。

 あの内乱ではポルトール人同士が殺し合い、結果国力を損なった。もっともダメージが大きいのは軍事力だ。軍閥貴族の多くが滅んだことで、ポルトールは有能な指揮官を数多く失った。要を失った扇は開かない。今のポルトール軍はどれだけ精兵をそろえようとも満足に戦わせることが出来ないのだ。

 さらに内戦の後、ポルトールは因縁の敵国であるカンタルクに毎年十五州分の租税を年貢として納めることになり、さらにカンタルクの監査団によって内政にまで口出しをされることになった。これは事実上の属国扱いである。

「一度属国の立場に甘んじてしまえば、自力でその首輪を外すことは難しい」

 軍事力を増強しようとすれば、監査団に知られて横槍を入れられるだろう。いや、それ以前に毎年十五州分の租税を納めることになっている。ポルトールの版図は六七州。つまり国家収入のおよそ四分の一を毎年持っていかれるのだ。これでは国を富ませて力を蓄えることは難しい。

 加えてつい最近では、アルジャークへの賠償金の一部をポルトールは負担させられている。この調子でこの先も金をせびられては、もはや国は痩せる一方だ。

「そうだ。だからこそ属国という立場から抜け出すには、今しかない」

 カンタルクは今、先のオルレアン遠征失敗によって国力が弱まっている。それはポルトールとカンタルクの差が縮まったという意味でもある。そしてここが重要なのだが、この先二国間の国力差は開くことはあっても縮まることはないであろう。

 ゆえに、今が最大のチャンスなのである。今行動を起こさなければ、少なくともランスローが生きている間は属国の地位に甘んじ続けなければならない。彼のその思いは、もはや確信に近かった。

「今のカンタルク相手なら、ポルトールは勝てるのか?」
「無理だな」

 煙管を吹かしながら問うイストに、ランスローは即答した。仮に十万の兵を揃えたとしても、彼らを統率する部隊指揮官が絶対的に足りない。今軍を動かしても、それは烏合の衆にしかなりえないのだ。

 加えて、カンタルクとの国境を守っていたブレントーダ砦は、今はカンタルクの砦になっている。「守護竜の門」こそなくなったが、それでもこの砦は堅牢で、内戦以前のポルトール軍をもってしても攻略には一苦労するであろう。

 以上の二つを考え合わせれば、今カンタルクに対して戦端を開いても勝てる可能性は限りなくゼロに近い、と言わざるを得ない。

 では、カンタルクの属国でなくなるには、どうすれば良いのか?

「アルジャーク帝国と同盟を結ぶ。これしかあるまい」

 それがランスローの出した結論だった。

 アルジャークがポルトールとの同盟に乗り気ならば、カンタルクが横槍を入れて邪魔をしてくることはないだろう。カンタルクはアルジャークに負けたばかりで、再び喧嘩を売るような真似はしたくないはずだ。売っても負けるのが目に見えている。

 そして同盟さえ結んでしまえば、後はアルジャークの軍事力を当てにしてカンタルクを牽制することができる。そうすればもはや毎年十五州分の租税を年貢として貢ぐ必要も、また監査団に内政干渉されることもなくなる。

 晴れて、カンタルクの属国という立場から解放されるのである。

「問題は、どうやってアルジャークを乗り気にさせるか、だな」
「うむ………」

 イストが「無煙」を吹かしながら黒の騎士(ナイト)を動かし、白の僧正(ビショップ)を盤上から除く。ランスローは少し考えてからその黒の騎士(ナイト)を白の城(ルーク)で取る。

 アルジャークにとってポルトールは「敗戦国の子分」という位置づけで、そのような相手とまともな同盟を締結してくれるとは思えない。

「一応、オルレアンと同盟を結ぶっていう選択肢もあるけど?」
「下策だな」

 ランスローはそう切り捨てた。ポルトールがオルレアンに接近すれば、必ずやカンタルクが横槍を入れてくる。そうなれば同盟を結ぶとしても三国同盟の枠組みになってしまい、結局カンタルクが主導権を握り、ポルトールは属国から抜け出すことは出来ない。

 それに、オルレアンはつい最近アルジャークと友好的な関係になったばかりだ。それを蹴ってまでポルトールやカンタルクに接近することは考えられない。

 西のラトバニアという選択肢もあるが、かの国は神聖四国の十字軍遠征失敗による混乱を受けて情勢が不安定になってきている。心強い同盟相手とはいえないし、ともすれば神聖四国の混乱に巻き込まれる可能性もある。

 となれば、やはりアルジャークしかない。

「対等な同盟を結ぼうとしても相手にしてもらえないのは目に見えている。ならば、何かを差し出すしかない」

 何を差し出すか。結局のところ、これが最大にして唯一の問題点だ。

 例えばオルレアン。この隣国は近頃、アルジャークと通商条約を締結した。この条約に軍事的な内容は含まれていないが、友好国となった以上有事の際にはアルジャークはオルレアンに味方するだろう。

 それはともかくとして。オルレアンとアルジャークが締結した通商条約はかなり公平な内容であった。しかし、オルレアンはなんの対価もなしにこの条約の締結にこぎ付けたわけではない。

 オルレアンはカンタルクとの和平交渉と、それに伴う賠償金の全てをアルジャークに譲っている。実際にカンタルクと戦い退けたのはアルジャークなのだから当然といえば当然なのだが、少なくとも交渉を行う権利は直接宣戦布告を受けたオルレアンにあるはずなのだ。

 言ってみれば、オルレアンはその権利をアルジャークに譲ることで、通商条約での譲歩を引き出したのだ。ならばポルトールもそれに相当する何かを差し出さなければ、アルジャークと同盟を締結することは難しい。

 直接国境線を接していない以上、国土を割譲することは出来ない。アルジャークにしてもそれは迷惑だろう。

 ならば金だろうか。カンタルクの賠償金に倣って一億シク支払えばアルジャークも乗り気になってくれるかもしれない。しかし現実問題として今一億シクを用意するのは難しい。今のポルトールの国庫は空っぽだ。用意するとしたら貴族たちに声をかけて捻出してもらうことになるだろうが、彼らは身銭を切ることは嫌がるだろう。

 となれば同盟の条件面で妥協するしかない。カンタルクに毎年治めることになっている十五州分の租税をアルジャークに差し出すという選択肢もあるが、これは今無理をして一億シクを用意することよりも分が悪い。同盟を結ぶ意味が薄れてしまう。

 結局、八方塞がりなのだ。その上、アルジャークがポルトールに求めるものが分らない。それが分らないことには、交渉で主導権を握ることなど出来ない。

「なに、そう難しいことでもない。ヒントは色々と転がっているさ」

 イストは軽い調子でそういい、黒の城(ルーク)を白の陣地に入れた。

「まずは、そうだな。なぜアルジャークはカンタルクに国土の割譲を要求しなかったと思う?」

 イストの問いかけは、ランスローも気にしていたことだった。キュイブール川の戦いでカンタルク軍を退け、ルードレン砦を奪還したアルジャーク軍はその時点で圧倒的優位にあった。にもかかわらずアルジャーク軍はカンタルク領内に攻め入ることをせず、講和条約を結んだ。

 その講和条約も、ただ賠償金を得ただけでカンタルクの国土は一片たりとも要求しなかった。あれだけの優位にあったにもかかわらず、である。

「つまりアルジャーク、というよりクロノワはカンタルクの国土には興味が無かったことになる。なぜだろうな?」

 カンタルクを神聖四国の混乱に対する防波堤にしたかったのではないか。ランスローはそう思ったが、すぐに自分の考えを否定した。完全に併合するならばともかく、オムージュ領に接した部分を十州程度割譲させたくらいでは、神聖四国の影響は小さいと見るべきだ。

「オルレアンとの通商条約を早く締結したかったから、か………?」

 そして恐らくは、戦争を早期に終結させ、経済活動を早く安定させたかったからでもある。

「さて次の質問だ。アルジャークの経済における主眼は、今どこに向いている?」
「………海、海だ」

 アルジャークはシラクサとの間にも通商条約を結び、交易を本格化させようとしている。さらにカルフィスクを手に入れたことで、海上交易を行う環境はさらに整った。

「オルレアンとの通商条約でも、海上貿易に関する部分では随分と譲歩させたらしいな」
「ああ、そのとおりだ」

 港の優先的な使用権などだ。もっともこれらの措置は不平等というほど不利なものではなくオルレアンにとっても利があるもので、友好国への特別の配慮というべきものだ。

「アルジャークは、いやクロノワは海上に勢力を拡大させたがっている。となれば何を差し出せばいいのか、決まったようなものだろう?」
「ポルトールの海における利権、あるいは権利、か………」

 極端に言えばポルトールの海をアルジャークにくれてやればいいのである。ポルトールは海岸部が発達していない、つまりこれまで海にほとんど目を向けてこなかった。その海をくれてやったとしても、国内からの反発はほとんどないであろう。

 またポルトールの海岸部はすべてティルニア伯爵家が、つまりランスローが管理している。これならばほとんどランスローの一存で全てを決めることができる。

「お前さんにとってもいい話なんじゃないのか、これは」
「そうだな………」

 ランスローが独自に海上交易を始めることは難しい。他にもやることが沢山あるからだ。しかしアルジャークの海上貿易圏にポルトールも含まれるようになれば、商船は自然に集まってくるようになるだろう。後は商人を集めるための特産物があればなお良い。

「さて、詰み(チェック・メイト)だ。結論も出たようだし、いい頃合だな」

 盤上では黒の僧正(ビショップ)が白の王(キング)に王手(チェック)をかけている。逃げ道は黒の城(ルーク)と女王(クイーン)によってふさがれている。

 詰んでしまった盤をランスローは睨みつける。しかし彼の目にチェスの駒はもはや映ってはいなかった。

「お前の目的は何だ?」

 盤上を睨みつけたままランスローがイストに問う。しかしいつまでたっても答えは返ってこない。不審に思い目を上げると、向かいのソファーにはもはや誰も座ってはいなかった。バルコニーに視線をやっても、人影は見当たらない。現れたときと同じく唐突に、イスト・ヴァーレは姿を消したのだった。

「ふう………」

 体の力を抜き、ランスローはソファーの背もたれに体を預けた。それからグラスに残っていたワインを飲み干す。

「………海。海、か………」

 小さなその呟きは、月明かりに溶けていった。

**********

 アルジャークとカンタルクの講和条約が成立してから少しして、ランスロー・フォン・ティルニアはアルジャークに接近し始めた。その目的はポルトールをカンタルクの属国という立場から解放することである。

 とはいえ、彼は一人でことを運ぶことはしなかった。まず、叔母であり王太后のミラベル・ポルトールに話をし、彼女を通して父である宰相アポストル公爵に協力を仰いだ。直接父親に話を持っていかなかったところに、ランスローの彼に対する屈折した気持ちが窺える。

 まあ、それはともかくとして。アルジャークとの同盟はカンタルクの監査団には極秘で進められた。ランスロー一人では難しかったかもしれないが、やはり宰相であるアポストル公の協力が得られたことが大きい。

 さらに幸運だったことは、ポルトールが同盟に向けて動き出したときに、クロノワ・アルジャークがまだカレナリアのヴァンナークにいたことである。これにより二国間の打ち合わせにかかる時間が大幅に短縮された。

 アルジャークとポルトールの同盟は、最初の打ち合わせからおよそ一ヶ月で締結された。ポルトールはもともと望んでいたものだし、アルジャークにとっても損のないものだったからだ。

 同盟の締結はカレナリアのヴァンナークで極秘裏に行われた。無論、カンタルクにこの同盟を嗅ぎ付けられないようにするためである。ポルトール側の大使はランスロー子爵であり、国王マルト・ポルトールの名前が入った全権委任状がわたされていた。もっともこれを用意したのは宰相アポストル公だったのだが、ともかくこの同盟の締結がポルトールという国家の意思であることを保障したのだ。

 この同盟の締結により、アルジャークは今後百年にわたってポルトールの海を自由に使えるようになった。ポルトール領海の自由な航行や港の優先的な使用、さらに将来的にはアルジャーク海軍を駐留させることも可能であった。

 ほとんどポルトールの海をアルジャークに差し出したようなものである。とはいえ、少し先の話になるが、このことでポルトール国内の貴族からの反発はまったくなかった。彼らは海というものをまったく軽視していたし、海に面する土地は全てティルニア伯爵家の領地となっていたからだ。

 さて、同盟は締結された。次はそのことをカンタルクに知らしめ、ポルトールから手を引かせなければならない。

 クロノワ・アルジャークはカルヴァン・クグニス将軍に命じて、二千の兵を率いてランスローと共にポルトールの王都アムネスティアへ赴くように命じた。

 カルヴァン将軍はその命令に従い海路でポルトールのサンサニアへ向かい、そこから街道をゆっくりと北上して王都アムネスティアへ向かった。サンサニアにはあらかじめ案内役として王都近衛軍の一部隊が来ており、街道を進むそれらの軍勢の先頭にはアルジャークの旗とポルトールの旗が共に翻っていた。これにより両国は同盟の締結を内外に示したのである。

 大いに慌てたのは王都アムネスティアにいたカンタルクの監査団である。彼らにとってこの同盟はまさに青天の霹靂であった。彼らは混乱している間にポルトールの兵によって捕らえられ、一つの屋敷に軟禁された。これはアポルトル公から要請を受けた王都近衛軍司令官エルトラド・フォン・ジッツェールの仕事である。

 監査団の軟禁からおよそ五日後、ついにアルジャーク軍が王都アムネスティアに入った。この時アムネスティアの人々はこのアルジャーク軍を熱狂的に歓迎した。歓迎の指示自体はアポルトル公によって出されていたのだが、その指示を上回る熱狂ぶりであった。

 つまり、ポルトールの国民にとってカンタルクは未だに“因縁の敵国”だったのだ。その敵国の属国に甘んじなければならないことは、国民の大多数にとっても屈辱であり、その屈辱から解放してくれるアルジャーク軍は正しく救世主であった。

 一通りの歓待を受けた後、カルヴァンは軟禁されているカンタルクの監査団と面会した。殺されるのではないかと青白い顔をしている彼らに、カルヴァンは簡潔にこう言った。

「我がアルジャーク帝国とポルトール王国は同盟を締結した。この先、アルジャーク帝国は我が同盟国になされる悪意ある干渉を一切容認しない。よって方々は速やかにカンタルクに戻られるがよかろう。この先、カンタルクには理性的な対応を期待する」

 これはポルトールが毎年治めることになっていた年貢の支払いと内政干渉の拒否の表明であった。この宣言がなされた瞬間、ポルトールはカンタルクの属国という立場から解放された、といっていい。

 監査団が逃げ帰ってきたカンタルクは、しかし動かなかった。いや、動けなかったといったほうが正しい。

 今兵を催してポルトールに攻め入れば確実にアルジャークが動くだろう。それどころかオルレアンまで動くかもしれない。そうなればカンタルクは一度に三国を相手にしなければならなくなる。とてもではないが勝ち目はない。カンタルクは属国を失うのを歯軋りして見ているしかなかった。

 少し将来の話になる。この先アルジャークの海上貿易の拡大に伴って、ポルトールも急速な経済成長を遂げることになる。その恩恵を最も受けたのはポルトールの海岸部を独占しているティルニア伯爵家であり、ランスローの手腕もあって伯爵家は国内でも有数の経済力を持つ貴族になった。さらにランスローが伯爵家を継いだ時には侯爵へと爵位が引き上げられ、こうしてティルニア家は名実共に大貴族となったのである。

 またアポストル公爵が病により宰相位を辞さなければならなくなったとき、次に宰相位についた(押し付けられた?)のは、なんと当時まだ子爵であったランスローであった。これは彼が持つアルジャークとの太いパイプを期待してのことであり、彼が宰相であった期間は両国にとって最大の蜜月であったと後の歴史家たちは評価している。

 国政に関わることを嫌い辺境に引きこもろうとした彼が、しかし宰相という国家の重臣となって王佐の才を発揮したというのは、なんとも奇妙な話だといえる。

「煙管を吹かした不審者に騙されたんだ」

 自分の領地の自慢の特産品であるワインを飲みながら、彼はそんなふうに愚痴を零したという。

 さて、ここから先は少し余談になる。カンタルクの話である。

 この先、カンタルクはあらゆる面で弱体化していくといっていい。その責任はまず国王であったゲゼル・シャフト・カンタルクにあるのだろうし、また当時の世界情勢も原因になるのだろう。

 とある歴史家がこんなことを書いている。

 曰く、
「かつてカンタルクはウォーゲン・グリフォード大将軍の『傾国の一手』と呼ばれる謀略によってポルトールの内戦を煽り、ついにはかの国を属国とした。その内戦の結果としてティルニア伯爵家は海岸部の全ての土地、つまりポルトールの海を手に入れ、それが後にかの国とアルジャークを結びつけることになった。

 アルジャークと同盟を結んだポルトールは、急速な経済発展を遂げることとなる。一方でカンタルクは落ちぶれていき、“因縁の敵国”同士の力関係が逆転して今は久しい。はたして『傾国の一手』が傾けたのは、どちらの国であったのだろうか………」





*************************





 イスト一行はポルトールの海岸部を西から東へ横断し、ついにオルレアンに入った。イストにとってはおよそ二年ぶりのオルレアンである。

「ところでイスト、太刀を依頼したのはどんな工房なのだ?」

 ふとジルドがそんなことを聞いた。オルレアンのナプレスにある工房だと以前に話しておいたが、それ以外のことは教えていなかった。

「工房の名前は『ヴィンテージ』。オレの友達で、『レスカ』っていう腕のいい鍛造の職人がやってる」
「ほう………」
「へぇ………」

 ジルドとニーナが驚いたような声を漏らす。ジルドはイストが「腕のいい職人」と称したレスカに興味を持ったようだ。彼はイストの素体に要求するレベルが高いことや、以前に使っていた「光崩しの魔剣」が刀剣としても優れていたことを知っている。期待が高まっている様子だ。

 ただ、ニーナが食いついたのは別の部分だった。

「友達、いたんですね………、師匠」
「よし。次の試験は不合格だ」
「ええ!?なんですかその横暴!」
「うるせ。師匠の人格ナチュラルに否定しやがって」

 しみじみと驚いていたニーナはイストの言葉によって、焦り、落ち込み、と忙しく表情を変化させる。がっくりとうなだれる弟子を、師匠であるイストは禁煙用魔道具「無煙」を吹かしながら(恐らく意図的に)無視した。

 ちなみに、ニーナの次の試験は本当に不合格にされた。

**********

 カツーン、カツーン、と金属を打って鍛える音が、刈り入れが終わり少し寂しくなった麦畑の中に響く。オルレアンのナプレス。この地域は農業が盛んで、収穫期には豊かな大地の実りを求めて多くの商人がこの都市を訪れる。ただ収穫期を過ぎたこの時期に活気は見られず、どこか老成したような雰囲気を人々に感じさせる。

 ナプレスの市街地と農地の境目くらいのところに、一見の工房がある。工房の名前は「ヴィンテージ」。元々はブドウの収穫年号やいわゆる「当たり年」を表す言葉なのだが、その派生として一級品や名品を表す言葉としても用いられている。

「いい物しか作らない」
 という、工房主であるレスカ・リーサルのこだわりと誇りが表された名前だ。鋳造の技術が発達したこの時代にあって、鍛造での仕事にこだわる彼に相応しい名前と言えるだろう。

 さして大きくもない石造りの工房からは、カツーン、カツーン、という金属音が絶え間なく響き、煙突からは白い煙が吐き出されている。

「仕事中、か」
「そうみたいだな」

 そう判断すると、イストたち三人は工房には入らず、工房のすぐ近くに建っている民家のほうに足を向けた。

 入り口の扉をノックすると、すぐに若い女性の声で返事があり扉が開けられた。

「まあ!イストさんでしたか。お久しぶりです」

 この扉を開けたエプロン姿の女性が、レスカの妻であるルーシェ・リーサルである。思わぬ懐かしい来客に、彼女の表情がパッと華やぐ。

「ん。お久し、ルーシェさん」
「今回はお連れさんもいらっしゃるんですね」

 イストの後ろにいるジルドとニーナに気がついたルーシェが二笑いかけと、二人は簡単に自己紹介をした。

「さ、立ち話もなんですから中へ」

 そういってルーシェは三人を家の中に招き入れた。客人に椅子を勧めると、彼女は「すぐにお茶を出しますね」と言って用意を始めた。

(雰囲気が変わったな………)

 お茶の用意をするルーシェの後姿を見ながら、イストはそんなことを感じた。その最大の理由は、お茶の用意をしながらも彼女が片手に抱いて離さない一人の赤子であろう。

 二年前に会った彼女は、新婚だったせいもあるのだろうがどこかまだ女の子で、母性というものに欠けていた。しかし、こうして赤ん坊を抱く姿は当たり前の話だが母親そのものだ。

「どうかしましたか?」

 イストの視線に気づいたのか、ルーシェがイストのほうに振り返る。

「駄目ですよ、師匠。人の奥さんに手を出したら」
「………お前とは一度真剣かつ一方的に話し合う必要があるみたいだな?」
「一方的ってなんですか!?」

 イストは圧力を感じる笑顔で弟子をやり込めてから、視線を苦笑しているルーシェのほうに戻した。

「いや、泣かない子供だと思ってね」
「ああ、この子ですか」

 子供のことが話題になったのが嬉しいのかルーシェは柔らかく微笑んだ。お盆の上にお茶の用意を整えて片手で持ち、イストたちが囲んでいるテーブルの上に置く。

「あ、わたしがやります」
「そう?ありがとうね」

 ニーナがティーポットに手を伸ばすと、ルーシェは礼を言ってから椅子に座り赤ん坊を両手で抱きなおした。

 赤ん坊の名前は「ジロム」。今年で一歳になるという。

「この音を聞いても、全然泣かないんですよ」

 工房が近くにあるため、レスカが金属を鍛える音が家の中にも響いている。普通の赤ん坊であれば、泣き出しているかもしれない。

「やっぱり鍛冶師の息子で、孫なんですね」

 ついでに言えばひ孫でもある。少なくとも三代目のレスカまでは鉄を鍛えて飯を食っており、ジロムが鍛冶師になれば四代目だ。こうして考えてみると、リサール家は由緒正しき鍛冶師の家系である。

「イストさんもそろそろ身を固められてはいかがですか?」

 ルーシェがそんなことを言い出す。冗談かとも思ったが、その目はわりと本気だ。

「旅から旅への根無し草に付き合ってくれそうな相手は、なかなかいないよ」

 イストはそういって肩をすくめた。ちなみにニーナは「師匠と結婚するなんて相手の女性がかわいそうです」と思っていたが、賢明にも口には出さなかった。きちんと学習しているのである。

「そういえばお二人はイストさんとはどういう関係なんですか?」

 ルーシェが興味の色を浮かべてジルドとニーナを見た。

「わたしは師匠の弟子です」
「まあ!お弟子さんでしたか」

 てっきり恋人かと思いました、ルーシェが微笑む。ニーナはお茶を噴き出しそうになったが、何とか堪える。

「ち、違いますよ!」

 なんとか紅茶を飲み下したニーナが両手と首を激しく振って否定する。

「フラれちゃいましたよ?」

 ルーシェがイストに悪戯っぽい視線を向けるが、彼は肩をすくめただけでそれ以上は反応を示さなかった。それを見てルーシェは残念そうな表情を浮かべる。まったく、昔は他人の色恋沙汰にまで顔を赤くしていたというのに。

「それで、ジルドさんは?」
「うむ。ワシはイストの客、ということになるのかな」
「ああ、おっさんには魔剣を一本作ってやるって約束したんだ」
「ではレスカさんに依頼したのは………」
「そ、そのための素体」

 イストの言葉にルーシェは納得したように頷いた。それからしばらく他愛もない話をしていると、玄関が開き工房主であるレスカが家の中に入ってきた。

「ん?来ていたのか」
「ついさっき、な」

 家の中に風来坊な友人の顔を見つけてもレスカはあまり驚かなかった。手紙で刀を一本依頼されたときから、いずれ近いうちに来るものと思っていたのだろう。

「あ、そうそう。土産だ」

 そういってイストは道具袋から赤ワインを三本取り出した。ポルトールの港町であるサンサニアで買ったものである。イストは「魔道具じゃなくて悪いな」と頭をかいていたが、レスカは「来るたびに魔道具を持ってくるほうが異常だ」と呆れていた。ここで「そうか?」と首を捻るあたり、やはりイストの感覚は一般常識とかけ離れている。

「しかしサンサニアか。あの辺りには塩以外にめぼしい特産品はなかったはずだが………」
「なんでも新しい領主が特産品にすべく頑張ってるんだと」

 オレも飲んでみたけど美味かったぞ、とイストは言った。彼はサンサニアの宿でジルドと一本空けている。

 レスカが椅子に座ると、初めて会うニーナとジルドが再び簡単な自己紹介をする。

「すると、依頼の刀はジルドさんが使うんだな?」
「そうなる」

 イストがそう答えると、レスカは腕を組み少し考え込んだ。

「………依頼の品はもう出来ている。表で少し振るってみてもらえるか?」
「かまわないが………」

 ジルドが怪訝な様子で答えると、レスカはすぐに奥の部屋から布に巻かれた刀を一本持って来た。ジルドはそれを受け取ると、家の外に出て刀を鞘から抜いた。

「相変わらず見事だな」

 軽くそって優美な曲線を描く刀身は、鏡のように磨かれ太陽の光を反射して輝いている。刀身に浮かぶ刃紋は以前と同じく乱れ乱刃。刃は豪快ながらも、美しい透明感を持っている。間違いなく第一級の大業物だ。

「腕を上げたんじゃないのか?」
「当然だ。かといって満足したわけではないが」

 次はもっと良い物を。そういう向上心をレスカは忘れない。技術に対して貪欲である、と言ってもいい。そして彼のそういう姿勢こそが、イストが彼を鍛冶師として信頼する最大の理由だ。

 一同が見守る前で、ジルドが刀を振るい始める。その動きは流れるようで、見るものに舞を連想させた。旅の中で見慣れているはずのニーナも、思わず目を奪われる。

 おもむろにレスカが薪を放った。ジルドは動きを止めることなくその薪を捕捉し、手に持った刀を神速で一閃させた。二瞬ほど遅れて、二つになった薪が地面に落ちる。

「音が、しなかった………」

 それはつまり、ジルドの技量が極めて優れている証拠だ。

「ありがとう。もういい」

 そういってレスカが刀を振るい続けるジルドを止めた。

「あんたはもう少し長いほうが得手だな」
「そうなのか?」
「うむ、欲を言えば、な。だが、これでも不便は感じないが………」

 ジルドはそういったが、レスカは満足しなかった。
「駄目だ。使い手が目の前にいるのに最高のものを渡さないなんて、俺のプライドが許さない」

 そういってレスカはほとんど睨みつけるかのような強い視線をジルドに向けた。

「せっかくだし、作ってもらえば?」

 逡巡するジルドにイストは軽い調子で声をかけた。ジルドは悪いと思っているかもしれないが、分野は違えど同じ職人であるイストからしてみれば、これはレスカの側のわがままだ。それに刀の代金はきちんと(イストが)支払うのだからジルドが気にすることなど何もない。

「だがそうなると、この刀は無駄になってしまうのではないか?」

 ジルドが鞘に収めた刀を掲げて見せる。せっかく作り上げた、それも超一級品の名刀を無駄にしてしまうのは忍びない。

「心配ない。実は街の魔道具工房から刀を一本依頼されている。そちらにまわす」

 レスカは事もなさげにそういった。

「………では、お願いするとしよう」

 しばしの逡巡の後、ジルドはそう決断した。レスカは一つ頷くと、今度はイストの方を向いた。

「この機会だ。お前のほうでも何か要望があれば聞くぞ」
「そうだな………。魔剣にするわけだし、魔力導電率がなるべく高いほうがいいな」
「そうなると素材を代えることになるな………。それで長さを伸ばすとなると、折れやすくなるかもしれん」
「切れ味のほうは術式で何とかなるから、まずは折れないことを第一に作ったらどうだ?」
「そうだな………」

 レスカは少しの間腕を組んで考え込んでいたが、すぐに「あとで考えるか」と思考を切り替え、ジルドのほうに向き直った。

「じゃあ、ジルドさん、何本かサンプルを持ってくるから、振ってみて一番シックリくるものを選んでくれ」

 レスカに手伝わされるイストも含めて、男三人が忙しく動き始める。その様子を見ていたルーシェは優しげな微笑を浮かべた。

「さて!今のうちにご飯を作っちゃいましょう。メニューは何にしようかしら………。お土産の赤ワインに合うものがいいわよね………」
「あ、お手伝いします」

 そういって女性二人(抱かれたジロムもいるが)は家の中に入っていく。しばらくして、家の煙突からは白い煙が立ち上り始めた。

 結局男三人は日が暮れるまで外にいた。ただその甲斐あってか、作るべき刀の構想は固まったようだ。家の中のテーブルには幾つもご馳走が並べられており、腹をすかせた男たちの食欲を刺激した。

「悪いが三・四日時間を貰うことになる」

 食事の途中、土産のワインを飲みながらレスカがそういった。街の魔道具工房に刀を卸したり、新しい刀の素材を集めたりするのに少々時間がかかるという。

「かまわないよ。その間にオレも刻印する術式の最終調整を済ませるから」

 どうやらしばらくこの街に滞在することになりそうだ。頑張って作った料理を食べながら、ニーナはそう思った。

**********

 五日後、ついにジルドの刀が完成した。以前のものよりも少々長く、その分豪壮なイメージを見る者に与える。体格のいいジルドに良く似合っていた。

 値段は三五シク(金貨三五枚)。平均的な過程の月収が三~五シクということを考えると、もはや年収である。

 この値段を聞いたときニーナなどはお茶を噴き出しそうになっていたが、イストは「至極妥当な値段」だという。

「魔道具用の素材はそれだけでも値が張るからな。加えてこの業物だ。金で買えるなら安いものだよ」

 即金で金貨三五枚積み上げながら、イストはそういった。
 さらにイストはその日のうちにこの刀の下準備を済ませ、次の日には刻印を施した。

「大きい………」

 イストが展開した刻印用の魔法陣を見て、ニーナは圧倒されたように声を漏らした。普通、刻印用の魔法陣は小さけば小さいほど刻印しやすくなるといわれている。だから魔法陣が大きいということは、それだけ刻印しにくく、また術式が複雑であるということになる。それはつまり、魔道具としてはかなり高性能であることを予感させた。

 刻印に費やす時間は、客観的に見ればほんの数十秒である。しかしいつもイストは何十年にも感じる。しかも今回の仕事はここ数年では一番大きな仕事である。

 刻印を終えると、イストの全身から汗が噴き出す。イストは立っているのもおぼつかないような様子で、椅子に座り込むとしばらくは荒く息をするばかりであった。だがその顔は満足と充足で溢れている。彼のその表情が、仕事が成功したことを何よりも雄弁に語っていた。

 イストは完成した魔剣に、
「万象の太刀」
 と名付けた。

 この太刀の刀身には「光崩しの魔剣」にならって古代文字(エンシェントスペル)で言葉が刻まれた。無論、術式としての効果がないことを確かめてからである。

 刻まれたのは、
 ――――森羅に通ず
 という言葉である。

 この魔剣を持つのは、もちろんアバサ・ロットが認めた使い手、ジルド・レイドである。

 イストが作り上げジルドが振るう魔剣「万象の太刀」がどのような力を持っているか、それはまた別の機会に語ることにしよう。


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