<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.27166の一覧
[0] 乱世を往く![新月 乙夜](2011/04/13 14:39)
[1] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[2] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法①[新月 乙夜](2011/04/13 14:42)
[3] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法②[新月 乙夜](2011/04/13 14:44)
[4] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法③[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[5] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法④[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[6] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑤[新月 乙夜](2011/04/13 14:48)
[7] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑥[新月 乙夜](2011/04/13 14:50)
[8] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑦[新月 乙夜](2011/04/13 14:52)
[9] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑧[新月 乙夜](2011/04/13 14:54)
[10] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑨[新月 乙夜](2011/04/13 14:56)
[11] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑩[新月 乙夜](2011/04/13 14:57)
[12] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[13] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 15:37)
[14] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征1[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[15] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征2[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[16] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征3[新月 乙夜](2011/04/13 15:08)
[17] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征4[新月 乙夜](2011/04/13 15:09)
[18] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征5[新月 乙夜](2011/04/13 15:10)
[19] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征6[新月 乙夜](2011/04/13 15:12)
[20] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征7[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[21] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征8[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[22] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征9[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[23] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征10[新月 乙夜](2011/04/13 15:20)
[24] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征11[新月 乙夜](2011/04/13 15:22)
[25] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征12[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[26] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征13[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[27] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:39)
[28] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:17)
[29] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形1[新月 乙夜](2011/04/14 23:20)
[30] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形2[新月 乙夜](2011/04/14 23:22)
[31] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形3[新月 乙夜](2011/04/14 23:24)
[32] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形4[新月 乙夜](2011/04/14 23:28)
[33] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形5[新月 乙夜](2011/04/14 23:31)
[34] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形6[新月 乙夜](2011/04/14 23:33)
[35] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形7[新月 乙夜](2011/04/14 23:35)
[36] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:41)
[37] 乱世を往く! 幕間Ⅰ ヴィンテージ[新月 乙夜](2011/04/16 10:50)
[38] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:26)
[39] 乱世を往く! 第四話 工房と職人1[新月 乙夜](2011/04/17 14:27)
[40] 乱世を往く! 第四話 工房と職人2[新月 乙夜](2011/04/17 14:31)
[41] 乱世を往く! 第四話 工房と職人3[新月 乙夜](2011/04/17 14:35)
[42] 乱世を往く! 第四話 工房と職人4[新月 乙夜](2011/04/17 14:37)
[43] 乱世を往く! 第四話 工房と職人5[新月 乙夜](2011/04/17 14:43)
[44] 乱世を往く! 第四話 工房と職人6[新月 乙夜](2011/04/17 14:49)
[45] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:51)
[46] 乱世を往く! 幕間Ⅱ とある総督府の日常[新月 乙夜](2011/04/17 14:56)
[47] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 プロローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:36)
[48] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃1[新月 乙夜](2011/05/04 11:39)
[49] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃2[新月 乙夜](2011/05/04 11:41)
[50] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃3[新月 乙夜](2011/05/04 11:43)
[51] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃4[新月 乙夜](2011/05/04 11:45)
[52] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃5[新月 乙夜](2011/05/04 11:49)
[53] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃6[新月 乙夜](2011/05/04 11:50)
[54] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃7[新月 乙夜](2011/05/04 11:52)
[55] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 エピローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:53)
[56] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち プロローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:12)
[57] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち1[新月 乙夜](2011/07/07 19:14)
[58] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち2[新月 乙夜](2011/07/07 19:15)
[59] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち3[新月 乙夜](2011/07/07 19:18)
[60] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち4[新月 乙夜](2011/07/07 19:19)
[61] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち5[新月 乙夜](2011/07/07 19:20)
[62] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち6[新月 乙夜](2011/07/07 19:24)
[63] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち7[新月 乙夜](2011/07/07 19:26)
[64] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち8[新月 乙夜](2011/07/07 19:27)
[65] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち エピローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:28)
[66] 乱世を往く! 番外編 約束[新月 乙夜](2011/10/01 10:33)
[68] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば プロローグ[新月 乙夜](2011/10/01 10:37)
[69] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば1[新月 乙夜](2011/10/01 10:41)
[70] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば2[新月 乙夜](2011/10/01 10:43)
[71] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば3[新月 乙夜](2011/10/01 10:46)
[72] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば4[新月 乙夜](2011/10/01 10:48)
[73] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば5[新月 乙夜](2011/10/01 10:50)
[74] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば6[新月 乙夜](2011/10/01 10:53)
[75] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば7[新月 乙夜](2011/10/01 10:56)
[76] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば8[新月 乙夜](2011/10/01 11:03)
[77] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば エピローグ[新月 乙夜](2011/10/01 11:06)
[78] 乱世を往く! 第八話 王者の器 プロローグ[新月 乙夜](2012/01/14 10:33)
[79] 乱世を往く! 第八話 王者の器1[新月 乙夜](2012/01/14 10:36)
[80] 乱世を往く! 第八話 王者の器2[新月 乙夜](2012/01/14 10:39)
[81] 乱世を往く! 第八話 王者の器3[新月 乙夜](2012/01/14 10:42)
[82] 乱世を往く! 第八話 王者の器4[新月 乙夜](2012/01/14 10:44)
[83] 乱世を往く! 第八話 王者の器5[新月 乙夜](2012/01/14 10:46)
[84] 乱世を往く! 第八話 王者の器6[新月 乙夜](2012/01/14 10:51)
[85] 乱世を往く! 第八話 王者の器7[新月 乙夜](2012/01/14 10:57)
[86] 乱世を往く! 第八話 王者の器8[新月 乙夜](2012/01/14 11:02)
[87] 乱世を往く! 第八話 王者の器9[新月 乙夜](2012/01/14 11:04)
[88] 乱世を往く! 第八話 王者の器10[新月 乙夜](2012/01/14 11:08)
[89] 乱世を往く! 第八話 エピローグ[新月 乙夜](2012/01/14 11:10)
[90] 乱世を往く! 幕間Ⅲ 南の島に着くまでに[新月 乙夜](2012/01/28 11:07)
[91] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 プロローグ[新月 乙夜](2012/03/31 10:40)
[92] 乱世を往く! 第九話 硝子の島1[新月 乙夜](2012/03/31 10:44)
[93] 乱世を往く! 第九話 硝子の島2[新月 乙夜](2012/03/31 10:47)
[94] 乱世を往く! 第九話 硝子の島3[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[95] 乱世を往く! 第九話 硝子の島4[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[96] 乱世を往く! 第九話 硝子の島5[新月 乙夜](2012/03/31 10:55)
[97] 乱世を往く! 第九話 硝子の島6[新月 乙夜](2012/03/31 11:00)
[98] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 エピローグ[新月 乙夜](2012/03/31 11:02)
[99] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ プロローグ[新月 乙夜](2012/08/11 09:37)
[100] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ1[新月 乙夜](2012/08/11 09:39)
[101] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ2[新月 乙夜](2012/08/11 09:41)
[102] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ3[新月 乙夜](2012/08/11 09:44)
[103] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ4[新月 乙夜](2012/08/11 09:46)
[104] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ5[新月 乙夜](2012/08/11 09:50)
[105] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ6[新月 乙夜](2012/08/11 09:53)
[106] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ7[新月 乙夜](2012/08/11 09:56)
[107] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ8[新月 乙夜](2012/08/11 09:59)
[108] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ9[新月 乙夜](2012/08/11 10:02)
[109] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ10[新月 乙夜](2012/08/11 10:05)
[110] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ11[新月 乙夜](2012/08/11 10:06)
[111] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:09)
[112] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:12)
[113] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ13[新月 乙夜](2012/08/11 10:17)
[114] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ エピローグ[新月 乙夜](2012/08/11 10:19)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27166] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば5
Name: 新月 乙夜◆00adcea3 ID:97f78ab0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/01 10:50
クロノワは帝都ケーヒンスブルグを掌握した。掌握、と言ってもクロノワ本人の言葉を借りるならば、

「主のいない家に上がりこんだようなもの」

 であって、そこに至るまでの過程において混乱はほとんどなかった、と言っていい。宮殿が焼け落ちたあの火事は大きな混乱ではなかったのか、と言われればまさにその通りなのだが、つまり皇后に与する派の政治的な抵抗がなかった、と言う意味である。

「まあ、あるはずがないですけどね」

 そう、そのような抵抗などあるはずがない。なぜなら皇后はクロノワ自身の手によって切り捨てられているのだから。正式な葬儀は行われなかったが、彼女の死にざまとその遺体が埋葬されたことは帝都においては周知の事実であった。皇后が派閥のようなものを作っていたのか、それは分らないが盟主が死んだのだ、もしあったとしても瓦解するのにそう時間はかからないだろう。抵抗がなかったところを見ると、すでに瓦解しているのかもしれないが。

 火事に関連して重要な書類も灰となりそれに伴う混乱は収束しておらず、また収束にはかなりの時間がかかると予測されているが、それはこの際別勘定だろう。

「ひとまずは安泰、と言ったところでしょうか」

 この“ひとまず”が取れるか取れないか、それが目下最大の問題であろう。現在のアルジャーク帝国における権力争いの構造は極めて単純である。つまりクロノワ対レヴィナスの構図である。

 これは「第一皇子対第二皇子」、あるいは「正室の子ども対妾の子ども」などと言い換えることができる。なんともありきたりで安っぽい構図だとクロノワとしては苦笑するしかない。

「まったく、どこの三流小説でしょうね」

 対立の構図が単純である以上、やることも単純である。つまりレヴィナスを討つべく軍を進める、ただこの一点に尽きる。だがクロノワとその隷下にある十五万の軍勢は帝都ケーヒンスブルグで足止めをくっていた。理由は兵糧が足りなくなってきたからだ。

 カレナリアのベネティアナ、モントルム南端のブレンス砦、総督府のあるオルクス、モントルム北端のダーヴェス砦、そしてアルジャーク帝国帝都ケーヒンスブルグ。これがクロノワたちの通ってきた道筋である。

 南方遠征のために集められた物資のほとんどは輸送に船を使おうと考えていたため、そのための拠点である独立都市ヴェンツブルグに集まっている。少しずつ補給は受けてきたのだが、ヴェンツブルグに寄ることをしなかったため、ここに来て兵糧が底を突きはじめたのだ。

「兵糧が足りないまま動くのは下策もいいところです。ここは待ちの一手ですな」

 アールヴェルツェに言われるまでもなく、そんなことはクロノワも重々承知している。それにベネティアナからケーヒンスブルグまで、かなり急いで行軍してきたのだ。激しい戦闘はなかったとはいえ、兵士たちも疲れが溜まっている。補給物資が届くまでの時間は、良い休息になるだろう。

 しかし、下が休んでも上は休めないのは、巨大組織の宿命なのだろうか。焼け落ちた宮殿の変わりに大本営を置くべく丸ごと借り切った高級ホテルの一室に用意されたクロノワの執務室、その机の上に書類が次々と積み上げられていくのを見てクロノワは頬を引きつらせた。

(ストラトスが仕事をサボりたがる理由が分る気がしますね………)

 軍が動いていようが帝位継承争いの真っ只中だろうが、人々は変わらず日々の暮らしを営んでいるのだ。そしてそのためには国家と言う組織を回転させねばならない。問題が起こらずとも、日々仕事は発生する。加えて今は非常事態だ。仕事の量が増えていることは想像に難くなく、その仕事が決済できる人間すなわちクロノワのところに集まるのは至極当然のことだろう。

 こうしてクロノワが仕事に忙殺されている間、兵士たちのほとんどは休息していたわけであるが、それでも全員が、と言うわけではなかった。クロノワは配下の将軍であるイトラ・ヨクテエルに騎兵ばかり千ほど預けると、オムージュ領との境にあるリガ砦の様子を見に行かせた。もちろんリガ砦の旗色がまだ決まっていなければ、味方に引き込みたいという思惑がある。ちなみに彼の同僚であるレイシェル・クルーディはクロノワから書類仕事を押し付けられ、今は執務室にこもっている。

「駄目でした。リガ砦はレヴィナス殿下の側です」

 戻ってきたイトラは簡潔にそう報告した。それを聞いてクロノワの執務室に集まった幕僚たちの表情が固くなる。

「さすがはアレクセイ・ガントール、手回しが早い」

 軍務大臣ローデリッヒはレヴィナスではなくアルジャークの至宝と呼ばれる将軍の名前を挙げて、その素早い動きを褒めた。クロノワも彼の意見に賛成だ。レヴィナスの元で軍勢を集め、そして実際に動かしているのはアレクセイ・ガントールその人であろう。

「どう動くと思いますか」
「恐らくは短期決戦。数が揃い次第、リガ砦を越えて真っ直ぐここ帝都ケーヒンスブルグを目指してくるかと」

 クロノワは視線だけでアールヴェルツェに続きを促した。つまりそう考える根拠を言え、ということだ。

「オムージュには、十万単位の軍勢を長期間養うだけの兵糧がありません」

 オムージュ領の土地は肥沃な穀倉地帯である。それゆえアルジャーク帝国に併合されてからは、当然のことながら食料庫としての役割を期待されている。そのオムージュに兵糧がないとはどういうことなのか。

「今回の南方遠征のために用意した兵糧のほとんどは、オムージュ領から調達したものです」

 つまりオムージュ領に備蓄されていた食糧はモントルム領に移動してきていることになる。しかし、それだけで備蓄が尽きるものだろうか。

「それだけではないでしょう」

 口を開いたのはクロノワだ。

「遠征が始まる前から、オムージュ領からは大量の穀物が流出していました」

 レヴィナスが建築計画を加速させるための資金源として放出したのだ。資金源としての売却と遠征、この二つが重なった結果、オムージュ領には大軍を長期間維持するだけの兵糧はない、とアールヴェルツェは判断したのだ。

「アレクセイ将軍がリガ砦を味方に引き込んだのは、我々がそこに籠もることを恐れてです」

 リガ砦にクロノワの軍勢が入って籠城の構えを見せれば、その攻略には時間がかかるだろう。そしてレヴィナスはその時間をもたせるだけの兵糧を確保できない。

「兄上がリガ砦に籠城する可能性は?」
「下策です。ありえません」

 兵糧が足りないのに籠城を選ぶ馬鹿はいないだろう。それにレヴィナスが足を止めるのならば、その間にクロノワは実効支配を開始して皇帝としての既成事実を作ることができる。少なくともアレクセイ将軍がそんな下策を打つとは考えられない。

「兵糧を求めてモントルム領を襲う、というのは?」
「………それはあり得ます。しかしその場合はすぐさま軍を南に差し向ければいいだけです」

 アールヴェルツェの言葉にクロノワは頷いた。どのみちレヴィナスが最終的に目指すのはここ帝都ケーヒンスブルグである。ならばクロノワには相手の動きを見てから判断するだけの余裕がある。相手が動いたときにそれをすぐに感知できるよう、偵察と関係各所の連絡を密にするようにとクロノワは指示を出した。

(それにしても………)

 ここまでの話の流れに、クロノワとしてはやはり違和感を覚える。それはこの場で初めて感じたものではなく、ここ最近ずっと感じているものだ。

「………陛下、どうかなさいましたか?」

 クロノワの顔色の変化に気づき、水を向けたのはローデリッヒだ。クロノワは話そうか数瞬迷ったが、この機会に話してみることにした。

「なんというか、『現状兄上を討つ必要があるのか?』と思いまして」

 これまでの出来事は、レヴィナスを皇帝にするためとはいえ全て皇后が行ったことである。皇后が帝都で謀略を張り巡らせている間、レヴィナスはと言えば遠くオムージュ領にいた。

 つまり、これまでの皇后の行動にレヴィナスは一切関係していない。であればレヴィナスを討つべき理由とは一体何なのであろうか。

 もちろんレヴィナスがクロノワを皇帝として認めるとは考えられず、であるならば一戦交えなければならないことは明白である。しかしそのことがあまりにも明白であるために、その前にすべき何かを忘れているような気がするのである。

「いずれ近いうちにこちらからお話しようとは思っておりましたが、ご自分でお気づきになられましたか。流石ですな」

 出来の良い生徒を褒める教師のような表情でローデリッヒは頷いた。

「確かに現状レヴィナス殿下を討伐すべき大義名分はございませぬ」

 皇后が皇帝の遺書、つまり最後の勅命を無視しようとしたことに関連して、レヴィナスが共謀していたという証拠(実際共謀などしていなかったのだが)はどこにもない。また血縁関係における連帯責任、という手は使えない。アルジャーク帝国の法は連座の罪を規定していないのだ。

 リガ砦はオムージュ総督領の管轄ではないから、そのリガ砦を味方に引き込んだことが反逆の証だと言えなくもないが、今回は難しいだろう。レヴィナス側の主張としては、

「帝都ケーヒンスブルグにおける混乱の物理的影響がオムージュ領に及ぶのを防ぐため、リガ砦を一時的にアレクセイ・ガンドールの指揮下に置く」

 というものである。彼らの主張する「混乱の物理的影響」というやつが具体的にどういったものなのか定かではないが、アレクセイ将軍に与えられている権限ならば、リガ砦を一時的に指揮下に置くことは十分に可能であろう。しかも彼の後ろには皇太子たるレヴィナスがいるのだ。

「一度使者を立てるべきでしょうな」

 クロノワを皇帝として認めるよう促す使者である。そしてローデリッヒはその使者として自分が赴くつもりだと言った。確かに使者として彼は適任であろう。クロノワが帝位につくその根拠はベルトロワの遺書であり、彼は実際にその遺書に署名をし、その内の一通を保管していたのだから。また軍務大臣という重職にある者がクロノワを皇帝として認めている、そのことを示すことにもなる。

「兄上が兵を挙げるまで待ちませんか?」

 しかしその案にクロノワは乗り気ではなかった。レヴィナスがクロノワの帝位継承を認めるとは思えない。ならばそれを促すための使者の末路はただ一つ、死あるのみ、である。ローデリッヒの首が送り返されてくるその時の様子を想像して、クロノワは小さく身震いをした。

 ならばレヴィナスの挙兵を待てばよいのではないか。一ヶ月もしないうちにレヴィナスは帝位奪還のための兵を挙げるだろう。そうなれば反逆というこの上ない大義名分を手にすることが出来る。それまで待てばよいのではないか。わざわざ死ぬと分っている使者を立てる必要はない。

「それでは陛下が帝位に関し、何かやましいところがある、と公言しているようなものです」

 そうなればレヴィナスの軍の士気は上がり、クロノワの軍の士気は下がるだろう。そうでなくとも事の最初に汚点をつければ、その後の治世に禍根を残すことになる。つまり「彼は正統な皇帝ではない」と口撃する余地を敵に与えてしまうのだ。

「臣下を思いやり大切にするのは良いことです。しかし国という怪物はときに血を求めます。しかも一人の血を渋れば千人の血もって贖うことになる場合さえあります。命の計算をしなければならない、それが皇帝の責にございます」

 穏やかに、教師が生徒を教えるようにしてローデリッヒは説いた。あるいはこれが最後の「講義」になると思っているのかもしれない。

「………戴冠式の際には、ローデリッヒ殿に冠を載せていただきたい」

 クロノワの申し出にローデリッヒは目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に戻った。新たな皇帝の頭に冠を載せる。その名誉は一介の臣下には分不相応なものだ。しかし己の命を捨ててまでクロノワの帝位の正当性を確立しようとしてくれるローデリッヒに対し、クロノワとしてはこれくらいしか出来ることが思い浮かばないのだ。

「それはそれは。是非とも生きて帰って来なければなりませんな」

 厳しい教師であるはずのローデリッヒがこの申し出を受け入れたのは、生きて帰ってくることはできないと分っていたからだろう。

 ローデリッヒ・イラニールはこの二日後、オムージュ領のベルーカへ、レヴィナスのもとへ使者として旅立った。

 結局、彼がケーヒンスブルグへ戻ってくることはなかった。その首が送り返されてくることさえなかったのだ。クロノワを皇帝として認めるようローデリッヒから進言され激怒したレヴィナスは、彼をその場で切り捨て、その遺体を犬に食わせたという。

**********

 ローデリッヒがベルーカへ旅立ってからおよそ二週間後、補給部隊がケーヒンスブルグに到着した。その中には補給部隊を率いていた女騎士グレイス・キーアや、補給に関して全体の計画を立てていたフィリオ・マルキスもいた。

「リリーゼ嬢はご実家においてきました」

 リリーゼはフィリオの部下として独立都市ヴェンツブルグで仕事をしていたが、フィリオやグレイスがケーヒンスブルグに向けて出立する際、同行することはさせず実家であるラクラシア家に残してきたという。

 総督府のストラトスから現在の状況について一通りの説明を受け、「ケーヒンスブルグに補給物資を運んで欲しい」と言われたとき、フィリオはすぐさまクロノワとレヴィナスが帝位を賭けて戦う未来を予感した。

 クロノワの側が勝つのであれば、なにも問題はない。しかし、もし負けたらどうなるだろうか。少なくとも、クロノワに味方した者たちに明るい未来はあるまい。

 フィリオやグレイスにはその未来を受け入れる覚悟があり、また立場的にももはや引き返せないところにいる。フィリオはクロノワの側近だし、グレイスは彼がまだ日陰者であった時分から彼の味方であった。この帝位継承の争いに加わらなくとも、レヴィナスは彼らのことを「クロノワの味方」と判断し、その判断に基づいて扱うだろう。

 しかしリリーゼは違う。彼女に覚悟がないと言わない。しかし立場的に見れば、彼女はまだ引き返せる場所にいる。総督府で働いていたとはいえ、その身分は「秘書見習い」であり雑用係とほとんど変わらない。レヴィナスにしてみれば完全に意識の外の存在であろう。

 ならばこの帝位争いから離れ「ラクラシア家令嬢」という立場でいれば、万が一のときにも彼女に火の粉が降りかかることはないだろう。

 リリーゼはかなり渋ったが、フィリオの決意は固かった。ラクラシア家の当主でありリリーゼの父親に当たるディグス・ラクラシアに協力してもらい、屋敷になかば軟禁する形でおいてきたという。

「過保護ですねぇ」

 そういってクロノワは側近であり友人でもあるフィリオのことをからかった。この友人が部下であるリリーゼを可愛がっていたことは知っていたが、今回の対応を見るにもしかしたらそれ以上の感情を持っているのかもしれない。

「ええ、大切な部下ですから」

 そういってフィリオはにっこりと笑い、クロノワによるそれ以上の追及を封じた。まったく、政治的腹芸をこんなところで使わなくてもいいだろうに。

 こうして友人をからかいストレスを発散するというクロノワのかなり自分勝手な計画は頓挫したわけであるが、そんなことはさておいてもこの時期にフィリオが帝都ケーヒンスブルグに来てくれたことはクロノワにとってかなり大きな助けになった。

 彼らが持ってきてくれた補給物資のおかげで、兵糧不足は解消された。もちろん一年二年と戦い続けることはできないが、少なくとも十五万の軍勢を維持したまま冬を越すことは可能だ。

 またフィリオ・マルキスという優秀な人材そのものもクロノワにとって助けとなった。彼がいるだけで仕事の能率が段違いである。

 忌々しき白き塔をあらかた駆逐し終えた頃、見計らったわけではないだろうがレヴィナスが動いた。レヴィナス率いる軍勢がリガ砦を越えたという報告がもたらされたのは、フィリオたちがケーヒンスブルグに到着したおよそ十日後のことである。その軍勢の規模は、目算ではあるがおよそ二十万規模であるという。




****************




「自分が何を言っているか、本当に分っているのか?」

 レヴィナスの冷たい声が、謁見の間に響いた。
 アルジャーク帝国オムージュ領旧王都ベルーカ。総督府が置かれた城の謁見の間にある玉座にはかつてはコルグスがオムージュ王として座っていたが、今は総督であるレヴィナスがそこに座っている。今、謁見の間には主だった面々が揃っているが、軍部を取り仕切っているはずのアレクセイの姿がない。大方、軍の組織が忙しく、そちらを優先するようレヴィナスから命令されているのだろう。

 この場には主役が二人いる。
 その一人は、皇太子レヴィナス・アルジャーク。
 もう一人は、軍務大臣ローデリッヒ・イラニール。帝都ケーヒンスブルグにいるクロノワからの使者である。

「もう一度聞くぞ、軍務大臣。お前は自分が何を言っているか、本当に分っているのか?」
「もちろんでございます。殿下」

 ローデリッヒがそう答えると、レヴィナスの視線がスッと鋭くなった。しかし彼はそれを臆することなく受け止める。

「寝言は寝て言え。なぜ皇太子たるこの私が、クロノワごときが父の後を継いで皇帝になることを認めねばならん」

 レヴィナスの声は不満と苛立ちで構成されていた。ローデリッヒが使者として来た時点で話の内容には予想がついていたはずだ。彼の不満と苛立ちが素のものなのか、それとも演技なのか、ローデリッヒとしては判断がしかねた。だがどちらにしても、面白く思っているはずはあるまい。

「それがベルトロワ陛下のご遺言にございます」
「遺書はお前たちによって捏造されたものであると母上が主張された。そのようなものを信じられるか」
「アールヴェルツェ将軍が、ベルトロワ陛下の御筆跡であると確認してくださいました」

 それを聞くとレヴィナスは「ふん」と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「アールヴェルツェはもともと愚弟の配下だ。ヤツのためなら黒をも白というだろうよ」

 レヴィナスにしてみれば自分を後継者として認めない遺書になど用はない。彼にしてみればそんなものは存在していないのと同じだ。それに事がここに至れば、もはや遺書にも皇太子という称号にも価値はない。

「ようは私とクロノワ、どちらがより皇帝にふさわしいか、だ」

 大仰に両手を広げ、芝居がかった口調でレヴィナスはそういった。その台詞の裏には、「自分以上に皇帝にふさわしい人間などいない」という自負がありありと感じ取れる。しかしローデリッヒに言わせれば、それは根拠のない自己過信だ。

 レヴィナスが絶対の自信を持っているのは自分の美しい容姿であり、彼はそれをもって自分を皇帝に最もふさわしい人間だと思っているようだが、あいにくと皇帝の職責に容姿はほとんど関係ない。無論、人前に立つ仕事である以上見目麗しい容姿であることにこしたことはないが、不細工で醜悪な顔つきであってもいっこうに構わない。つまり“容姿”というパラメータの重要度はその程度のものでしかない。

「皇帝にふさわしいのはクロノワ様のほうです」

 ローデリッヒがそういうとレヴィナスの芝居がかった雰囲気が一気に消滅し、代わりに険悪な空気がその場を支配した。

「………お前の滑舌が悪いのか、それとも私が聞き間違えたのか。聞こえるはずのない名前が聞こえたのだが?」
「ならばもう一度はっきりと申し上げます。皇帝の座にふさわしいのはクロノワ様です。例えベルトロワ陛下の遺書がなくとも」

 重くのしかかるような空気の中、ローデリッヒは雰囲気に飲まれることなく己の意見をはっきりと言った。

「………聞き捨てならないな」

 もはや不機嫌さを隠すこともせず、レヴィナスはローデリッヒを睨みつけた。彼は石の玉座からゆっくりと立ち上がると、ローデリッヒのほうへ向けて歩を進めた。その左手には装飾過多な鞘に収められた剣が握られている。

 二人はおよそ二歩分の距離を開けて向かい合った。謁見の間に集まった者たちの視線がそこに集まる。誰かが息を呑む音がした。

「私が、この私があの愚弟に劣ると、お前はそう言いたいのか?」
「………個人の優劣は大きな問題ではありません」

 実際、レヴィナス個人は優秀な人間であろう。しかし賢帝になるか愚帝になるか、それを決めるのは個人の才能や能力ではない。それがベルトロワと言う皇帝に仕え、宰相エルストハージや外務大臣ラシアートという有能な同僚と共に国を支えたローデリッヒの結論であった。

 もちろん優秀であればそれが一番良い。しかし歴史書を紐解けば、愚帝や愚王さらには生きた災厄と評価されているような人物の中にも知性に満ち才能に溢れた者はいる。いやむしろ“道を踏み外す”のは優秀な人間のほうが多いと歴史書は証明している。

 では何が重要なのか。
 人を見る目とものを聞く耳。それがローデリッヒの出した結論だった。

 皇帝には色々な人間が近づいてくる。真に国のことを考えている者もいれば、擦り寄って甘い汁を吸うことしか考えていない者もいるだろう。そのような人間を見極めるために、まずは「人を見る目」が必要である。

 また国という組織には様々な面がある。そして皇帝はその全ての面に通じていなければならない。しかし、現実問題として一人の人間にそれは不可能である。ならばそれぞれの面に通じた人間に意見を聞くしかない。最終的な判断は皇帝自身が下さなければならないが、それでもまずは「聞くこと」が重要なのだ。

 この“目”と“耳”さえ持っていれば、皇帝の役職は凡人であっても務まる。逆にこの二つを持っていなければ、どれほど優秀であってもいずれ必ず国に害悪をもたらす。それがローデリッヒの出した結論であった。

「クロノワ様の周りには国を想う者たちが集まり、またクロノワ様は彼らの意見に真摯に耳を傾けられる」

 もっともクロノワの周りに俗物が少ないのは、これまで彼が日陰者で取り入ってもうまみがなかったから、という理由もある。皇帝となれば今までとは比べ物にならない数の俗物たちが腹に一物を抱えて擦り寄ってくる。その時、クロノワの「人を見る目」の真価が問われるだろう。

 いまだ未知数の部分もあるが、ローデリッヒの目から見てクロノワは十分に及第点を越えている。ではレヴィナスはどうか。

「レヴィナス様、貴方は人の意見を聞き入れられますかな」

 ここで言う「意見を聞き入れる」とは、意見が対立し相手のほうが正しいと思えるときに自分が折れて相手の意見を採用する、ということだ。

「なぜそんなことをしなければならない」

 レヴィナスは、それを真っ向から拒否した。そして拒否することにいささかの疑問も抱いていないことが見て取れる。

 ローデリッヒが見るところ、レヴィナスは自分という存在に固執しすぎている。自分に自信がありすぎるために、自身の限界に無頓着なのだ。

「自分の考えはいつも正しい。自分のやることは全て上手くいく」

 彼にはそんな幻想を抱いている節がある。しかもその自信の根拠となっているのは自分の美貌なのだ。

 繰り返すが、レヴィナス個人は間違いなく優秀な人間である。しかし、ローデリッヒは個人の能力に重きを置いていなかった。

「人は必ず間違いを犯すのです」

 ローデリッヒが重きを置いているのは、組織の能力である。そして彼がその中で特に重要だと思っているのは、組織内部の個人が犯す間違いを訂正あるいは修正する能力である。組織の自浄作用、とでも言えばいいかもしれない。レヴィナスが作り上げた組織には、この能力がない。

 レヴィナスは総督となったときに「法を過去にさかのぼって適用する」という、法治国家における禁じ手を用いた。この責任を大きな括りの中で追及するとすれば、その所在は総督府にあると言える。つまり発案者が犯した間違いを組織の内部で修正できなかった、自浄作用が働かなかった、ということだ。

 次に組織、つまり総督府の内部について少し考えてみたい。

 まず、発案者がレヴィナスであった場合、彼を補佐すべき周りの人間はどうしたのか。上司であるレヴィナスに対し諫言をおこない、考えを改めるよう促しただろうか。

 促したのであれば、レヴィナスは彼らの言葉に耳を貸さなかったことになる。つまり彼は「ものを聞く耳」を持っていない。

 促さなかったのであればさらに深刻だ。レヴィナスの周りには国を想い諫言をおこなう人物がいないことになる。それはつまり彼に「人を見る目」がないことを意味している。

 また発案者が周りの人間であった場合、その人物は「レヴィナスが気に入りそうな案」を持ってきたことになる。それはつまり「取り入ろう」という意図があってのことだ。しかもそのためにタブーを犯しているのだ。その者は国に害悪をもたらす獅子身中の虫、何の役にも立たない無能者よりもタチが悪い。その案を採用した時点で、レヴィナスには「人を見る目」がないことになる。

 無論、組織とて間違いを犯す。それを構成している人間が間違いを犯すからだ。しかし今回オムージュ総督府が犯した間違いは、その許容範囲を超えている。そしてその最終的な責任は、総督たるレヴィナスに帰されるべきなのだ。

「………人は皆、間違いを犯すのです。そのことを認めようとせず、自分だけは例外だと勘違いしている子どもに、皇帝の座はふさわしくありません」
「黙れ………!」

 怨念さえこめてレヴィナスは低く唸った。彼の声には、もはや芝居がかった余裕は感じられない。しかしローデリッヒはかまわずに続ける。

「もう一度申し上げる。皇帝にふさわしいのはクロノワ様です」
「黙れっ!!」

「新たな皇帝の下でお働きになりなさい。それが貴方にとっても国にとっても最善の道です」
「黙れと言った!!」

 レヴィナスが叫ぶと同時に剣を鞘から抜き放った。謁見の間に鮮血が舞う。血溜りに倒れこみ呻き声をもらすローデリッヒに、レヴィナスは鞘を投げ捨て両逆手に持ち直した剣を突き刺す。

「うぅぅああああぁああぁああああああああ!!!!」

 何度も、何度も何度も何度も、レヴィナスは剣をローデリッヒの体に突き刺す。髪の毛を乱し一心不乱に剣を突き立てるその姿には、いつもの悠然とした態度は微塵も残っていない。返り血を浴びたその美貌は狂気を増し、見る者の足をすくませた。

「ハアハアハアハァハァ………」

 背中にいくつもの刺し傷を負いついには絶命したローデリッヒを、レヴィナスは肩で荒い息をしながら見下ろす。

「………ふ、ふふふ………ふは、はははぁあああはっはっはっはぁ!!」

 突然、レヴィナスが哄笑を上げた。左手で乱れた髪の毛をかきあげ、狂気に目を血走らせてレヴィナスは嗤う。

 カラン、と乾いた音が響いた。レヴィナスが持っていた剣を床に投げ捨てたのだ。笑いを収めたレヴィナスは、ゾッとするほど冷たい目でローデリッヒの死体を見下ろした。

「そいつの死体は犬にでも喰わせてしまえ」

 冷たくそう言い放つと、レヴィナスは身を翻し謁見の間から出て行った。後に残された人々はその場に漂うレヴィナスの狂気の残滓にあてられ、すぐには動くことができない。血の臭いが漂う謁見の間で、人々はまるで石像と化したかのように立ち尽くしていた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.032696008682251