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No.27166の一覧
[0] 乱世を往く![新月 乙夜](2011/04/13 14:39)
[1] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[2] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法①[新月 乙夜](2011/04/13 14:42)
[3] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法②[新月 乙夜](2011/04/13 14:44)
[4] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法③[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[5] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法④[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[6] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑤[新月 乙夜](2011/04/13 14:48)
[7] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑥[新月 乙夜](2011/04/13 14:50)
[8] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑦[新月 乙夜](2011/04/13 14:52)
[9] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑧[新月 乙夜](2011/04/13 14:54)
[10] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑨[新月 乙夜](2011/04/13 14:56)
[11] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑩[新月 乙夜](2011/04/13 14:57)
[12] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[13] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 15:37)
[14] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征1[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[15] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征2[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[16] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征3[新月 乙夜](2011/04/13 15:08)
[17] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征4[新月 乙夜](2011/04/13 15:09)
[18] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征5[新月 乙夜](2011/04/13 15:10)
[19] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征6[新月 乙夜](2011/04/13 15:12)
[20] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征7[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[21] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征8[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[22] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征9[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[23] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征10[新月 乙夜](2011/04/13 15:20)
[24] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征11[新月 乙夜](2011/04/13 15:22)
[25] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征12[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[26] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征13[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[27] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:39)
[28] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:17)
[29] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形1[新月 乙夜](2011/04/14 23:20)
[30] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形2[新月 乙夜](2011/04/14 23:22)
[31] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形3[新月 乙夜](2011/04/14 23:24)
[32] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形4[新月 乙夜](2011/04/14 23:28)
[33] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形5[新月 乙夜](2011/04/14 23:31)
[34] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形6[新月 乙夜](2011/04/14 23:33)
[35] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形7[新月 乙夜](2011/04/14 23:35)
[36] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:41)
[37] 乱世を往く! 幕間Ⅰ ヴィンテージ[新月 乙夜](2011/04/16 10:50)
[38] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:26)
[39] 乱世を往く! 第四話 工房と職人1[新月 乙夜](2011/04/17 14:27)
[40] 乱世を往く! 第四話 工房と職人2[新月 乙夜](2011/04/17 14:31)
[41] 乱世を往く! 第四話 工房と職人3[新月 乙夜](2011/04/17 14:35)
[42] 乱世を往く! 第四話 工房と職人4[新月 乙夜](2011/04/17 14:37)
[43] 乱世を往く! 第四話 工房と職人5[新月 乙夜](2011/04/17 14:43)
[44] 乱世を往く! 第四話 工房と職人6[新月 乙夜](2011/04/17 14:49)
[45] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:51)
[46] 乱世を往く! 幕間Ⅱ とある総督府の日常[新月 乙夜](2011/04/17 14:56)
[47] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 プロローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:36)
[48] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃1[新月 乙夜](2011/05/04 11:39)
[49] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃2[新月 乙夜](2011/05/04 11:41)
[50] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃3[新月 乙夜](2011/05/04 11:43)
[51] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃4[新月 乙夜](2011/05/04 11:45)
[52] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃5[新月 乙夜](2011/05/04 11:49)
[53] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃6[新月 乙夜](2011/05/04 11:50)
[54] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃7[新月 乙夜](2011/05/04 11:52)
[55] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 エピローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:53)
[56] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち プロローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:12)
[57] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち1[新月 乙夜](2011/07/07 19:14)
[58] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち2[新月 乙夜](2011/07/07 19:15)
[59] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち3[新月 乙夜](2011/07/07 19:18)
[60] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち4[新月 乙夜](2011/07/07 19:19)
[61] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち5[新月 乙夜](2011/07/07 19:20)
[62] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち6[新月 乙夜](2011/07/07 19:24)
[63] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち7[新月 乙夜](2011/07/07 19:26)
[64] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち8[新月 乙夜](2011/07/07 19:27)
[65] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち エピローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:28)
[66] 乱世を往く! 番外編 約束[新月 乙夜](2011/10/01 10:33)
[68] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば プロローグ[新月 乙夜](2011/10/01 10:37)
[69] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば1[新月 乙夜](2011/10/01 10:41)
[70] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば2[新月 乙夜](2011/10/01 10:43)
[71] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば3[新月 乙夜](2011/10/01 10:46)
[72] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば4[新月 乙夜](2011/10/01 10:48)
[73] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば5[新月 乙夜](2011/10/01 10:50)
[74] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば6[新月 乙夜](2011/10/01 10:53)
[75] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば7[新月 乙夜](2011/10/01 10:56)
[76] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば8[新月 乙夜](2011/10/01 11:03)
[77] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば エピローグ[新月 乙夜](2011/10/01 11:06)
[78] 乱世を往く! 第八話 王者の器 プロローグ[新月 乙夜](2012/01/14 10:33)
[79] 乱世を往く! 第八話 王者の器1[新月 乙夜](2012/01/14 10:36)
[80] 乱世を往く! 第八話 王者の器2[新月 乙夜](2012/01/14 10:39)
[81] 乱世を往く! 第八話 王者の器3[新月 乙夜](2012/01/14 10:42)
[82] 乱世を往く! 第八話 王者の器4[新月 乙夜](2012/01/14 10:44)
[83] 乱世を往く! 第八話 王者の器5[新月 乙夜](2012/01/14 10:46)
[84] 乱世を往く! 第八話 王者の器6[新月 乙夜](2012/01/14 10:51)
[85] 乱世を往く! 第八話 王者の器7[新月 乙夜](2012/01/14 10:57)
[86] 乱世を往く! 第八話 王者の器8[新月 乙夜](2012/01/14 11:02)
[87] 乱世を往く! 第八話 王者の器9[新月 乙夜](2012/01/14 11:04)
[88] 乱世を往く! 第八話 王者の器10[新月 乙夜](2012/01/14 11:08)
[89] 乱世を往く! 第八話 エピローグ[新月 乙夜](2012/01/14 11:10)
[90] 乱世を往く! 幕間Ⅲ 南の島に着くまでに[新月 乙夜](2012/01/28 11:07)
[91] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 プロローグ[新月 乙夜](2012/03/31 10:40)
[92] 乱世を往く! 第九話 硝子の島1[新月 乙夜](2012/03/31 10:44)
[93] 乱世を往く! 第九話 硝子の島2[新月 乙夜](2012/03/31 10:47)
[94] 乱世を往く! 第九話 硝子の島3[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[95] 乱世を往く! 第九話 硝子の島4[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[96] 乱世を往く! 第九話 硝子の島5[新月 乙夜](2012/03/31 10:55)
[97] 乱世を往く! 第九話 硝子の島6[新月 乙夜](2012/03/31 11:00)
[98] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 エピローグ[新月 乙夜](2012/03/31 11:02)
[99] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ プロローグ[新月 乙夜](2012/08/11 09:37)
[100] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ1[新月 乙夜](2012/08/11 09:39)
[101] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ2[新月 乙夜](2012/08/11 09:41)
[102] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ3[新月 乙夜](2012/08/11 09:44)
[103] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ4[新月 乙夜](2012/08/11 09:46)
[104] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ5[新月 乙夜](2012/08/11 09:50)
[105] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ6[新月 乙夜](2012/08/11 09:53)
[106] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ7[新月 乙夜](2012/08/11 09:56)
[107] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ8[新月 乙夜](2012/08/11 09:59)
[108] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ9[新月 乙夜](2012/08/11 10:02)
[109] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ10[新月 乙夜](2012/08/11 10:05)
[110] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ11[新月 乙夜](2012/08/11 10:06)
[111] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:09)
[112] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:12)
[113] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ13[新月 乙夜](2012/08/11 10:17)
[114] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ エピローグ[新月 乙夜](2012/08/11 10:19)
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[27166] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば1
Name: 新月 乙夜◆00adcea3 ID:97f78ab0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/01 10:41
アルジャーク帝国帝都ケーヒンスブルグの宮殿、その一室に三人の男が集まっている。宰相エルストハージ・メイスン、外務大臣ラシアート・シェルパ、軍務大臣ローデリッヒ・イラニールの三人である。

「さて、お二方。すでにご存知のことと思うが、つい先ほどベルトロワ皇帝陛下が崩御された」

 年長のエルストハージがまず口を開いた。ラシアートとローデリッヒの二人は頷いてそれに答える。もともと意識不明の状態が長く続いていたせいか、ここにいる三人とも皇帝の崩御についてはかなり冷静に受け止めている。敬愛する主君の死を悲しんでいないわけではないが、彼らの思考はすでに次のことに移っている。

「時間が時間であるため、陛下の遺書の開封は日が昇ってから、そうだな、朝食を食べた後くらいになる予定だ」
「あの、遺書ですか………」

 ラシアートが苦い顔をした。開封される遺書は、南方遠征が始まる少し前にベルトロワが書き直した、あの遺書だ。アルジャーク帝国でただ三人、ここにいる彼らだけがその内容を知っている。

「ご存知の通り、遺書は二通以上が同時に開封されなければ有効とはならぬ」

 それはアルジャークの法に規定されている皇帝の遺書に関する取り決めだ。そこには「遺書は同時に二通以上を開封し、その内容に差異がない場合のみ法的効力を持つ」とある。そのほかにも細かな規定が幾つもあり、それを満たしていない限り遺書は法的な効力を持たない。全ては遺書の偽造を防ぐためだ。

「明日、あ、いやもう今日か、今日開封する遺書は私と陛下が保管していたものを開けるとして、お二人はそれぞれが保管しておる遺書を持って、クロノワ殿下のところへ行ってもらいたい」

 エルストハージのその言葉に、ラシアートとローデリッヒの二人は困惑よりは納得の表情を浮かべた。苦渋の、という修飾語が必要になるかもしれないが。

「やはり、皇后陛下はお認めにならぬのだろうか………」
 呟くローデリッヒの声は苦い。

「さて。お認め下さるならばそれでよし。しかし、お認め下さらないのであれば………」

 それに備えて、打てる手を打っておかなければならない。それが皇帝ベルトロワから遺書を託された者たちの務めというものだろう。

「分りました。では、夜が明けたらすぐにでも………」
「――――何を悠長な」

 ラシアートの言葉を、エルストハージは鋭く遮った。その目は静かで穏やかだが、同時に硬い覚悟も秘めている。

「今この時にあって時間は何よりも貴重。夜が開ける前に、いや、準備が出来たのなら今すぐにでも出立するのだ」

 可能な限り早く、とエルストハージは二人を急かした。その様子を見て二人は、はたと気がついた。

 宰相エルストハージ・メイスンは死を覚悟している。
 皇后が皇帝の遺書を受け入れなかった場合、遺書を開封しその正当性を主張する彼の存在は皇后にとって目障りな存在だろう。そうなれば皇后はエルストハージを殺して排除するはずだ。いや、エルストハージだけではない。別の遺書を保管しているラシアートとローデリッヒをも殺そうとするだろう。

 そうなってしまえば皇帝ベルトロワ・アルジャークの意思は握りつぶされ、なかったことにされてしまう。そのような事態を避けるために、エルストハージは二人の大臣にクロノワの元に向かえと言っているのである。ケーヒンスブルグに残る自分が、最も危険な役回りであるにも関わらず、だ。

「分りました。必ずやクロノワ殿下に陛下の遺書をお渡しいたします」
「エルストハージ殿も、御武運を」

 二人の大臣の言葉にエルストハージは満足そうに頷く。それにしてもローデリッヒが使った「武運」という言葉。これほどこの場にふさわしい言葉はないだろう。エルストハージのみならず、これから三人が赴く場所はやはり戦場なのだから。

**********

「主立った方々は、すべてお集まりいただけたようですな」

 場所は謁見の間。日が随分と高くなった時分に、宰相は空の玉座の前に立ってそこに居並ぶ人々を一望した。今この場には帝都ケーヒンスブルグにいる、アルジャーク帝国の主立った人々が全て集まっている。

 ここにいない主立った者といえば、レヴィナスとクロノワの両皇子、そして彼らを支える将軍である、アレクセイ・ガンドールとアールヴェルツェ・ハーストレイトだろうか。

 クロノワとアールヴェルツェは南方遠征から急ぎ帰還している最中だろう。またレヴィナスも帰還が遅れており、それに合わせる形でアレクセイもこの場にいない。

 実はアレクセイ将軍は皇后から通信が入ったときにはオムージュの旧王都ベルーカに居り、彼だけでも帰還してはどうか、という話があった。しかし本人が「レヴィナス殿下を差し置いて自分だけケーヒンスブルグに戻るわけにはいかない」といってレヴィナスを待つことに決めたのだ。この選択が、アルジャークの至宝アレクセイ・ガンドールの命運を決めたといっていい。

 さらに二人、この場にいるべき人間がいないことに、人々はすぐに気が付いた。一人がその疑問を口に出す。

「外務大臣のラシアート殿と軍務大臣のローデリッヒ殿がおられないようだが………?」
「急用がありましたので、お二人にはそちらに当たってもらっています」

 国の重鎮たる大臣が二人がかりで当たらねばならない急用とは一体何なのか、疑問に思った者もいたがそれを口に出す者はいなかった。

「それではこれよりベルトロワ皇帝陛下の遺書を開封したします」

 侍従長がベルトロワの執務室に保管されていた遺書を銀製のトレイにのせて運んでくる。エルストハージもまた、自身が保管していた遺書を懐から取り出す。

 エルストハージは二つの遺書を観衆に掲げて見せ、その二通の遺書にいまだしっかりと封がなされており未開封であることを示した。

 侍従長とエルストハージは遺書の封を破り、その中身を確かめ、二通の遺書に差異がないか確かめていく。その際、遺書の内容を知らなかった侍従長は、読んだ内容に驚いていたが、しかし声は出さなかった。

 遺書の内容に差異がないことが確認されると、エルストハージはその遺書を声に出して読み上げた。そこには………。

 ――――そこには、クロノワを喪主に、と書かれていた。

 この時代、家を継ぐものが当主の葬式において喪主を担当する、ということは以前にも述べた。つまりこれはベルトロワがクロノワを後継者として指名した、ということである。

「委細不備はございませぬ。よってこれが正式な陛下のご遺言となります」

 エルストハージが厳かに宣言する。だれも予想していなかったその内容に、観衆は皆呆然とし声を上げることもできない。

「これは陰謀ですっ!!」
 静寂を皇后の悲鳴が切り裂いた。

 余談になるが、ここでレヴィナスではなくクロノワを後継者に指名したベルトロワの胸のうちを少し考えてみたい。

 ベルトロワがクロノワを後継者に指名した理由は、ひとえに「レヴィナスに落ち度があったから」である。その落ち度とは、レヴィナスが「法を過去にさかのぼって適用する」という法治国家における“禁じ手”を使ったことだ。このときベルトロワはレヴィナスに決定的な減点をつけた。

 彼はきっとこう思ったことだろう。
「オムージュ総督領だけならばともかく、アルジャーク帝国全体で同じ事をされれば、国が立ち行かなくなる。それに一度禁じ手を使ってしまえば、二度三度と使いたくなる」

 ではなぜ、クロノワを喪主に指名する一方で、レヴィナスを皇太子位から廃さなかったのか。それはベルトロワ自身、自分がこんなに早く死ぬとは思っていなかったからだろう。自分が生きている間に、レヴィナスが皇帝としてふさわしい見識を持つことを願っていたのだ。

 今回開封された遺書は、あくまでも現状ではレヴィナスよりはクロノワのほうが皇帝にふさわしい、ということであって将来的に事態が変化すればまた書き換えるつもりだったのだろう。
 しかし事態が変わる前にベルトロワは死亡し、この遺書が開封されてしまったのだ。

 皇后の悲鳴を皮切りに、謁見の間が喧騒に包まれる。皆がみな自分の意見を叫び、収拾のつかない混乱が生まれていく。そのなかで意見に最も力があったのは、やはりというか皇后であった。

「宰相が陛下の遺書を書き換えたのですっ!!」

 皇后のその叫び声によって、謁見の間が再び静まり返る。誰もが、まさか、と思いつつ空の玉座の間に立つ宰相エルストハージ・メイスンを見つめた。彼が言葉を発するより速く、さらに皇后が叫び声を上げる。

「殺しなさい!!その大罪人を殺してしまいなさい!!」

 皇后が呼ばわると、槍を持った兵士たちが謁見の間になだれ込んでくる。その槍の切っ先が自分に向けられる様子を、エルストハージは穏やかに見つめていた。

**********

 その通知をクロノワが知ったのは、彼がモントルム領の南の砦、ブレンス砦に到着したときのことだった。

 曰く「宰相エルストハージ・メイスン、外務大臣ラシアート・シェルパおよび軍務大臣ローデリッヒ・イラニールの三人は共謀してベルトロワ皇帝陛下の遺書を書き換えた大罪人である。ラシアート及びローデリッヒの両名を見つけた場合は、即刻これを処刑せよ」

 これを知ったとき、アールヴェルツェは「ばかな………」と呻くようにして声をもらした。受けた衝撃は、クロノワよりも彼のほうが大きかった。

 この通知はクロノワとアールヴェルツェにとって二つの重要な知らせを持っていた。

 まず第一にこの中では「遺書」という言葉が使われている。つまりこれは皇帝ベルトロワが崩御したことを意味していた。二人は「皇帝が意識不明の重体である」という知らせしか聞いていなかったため、このとき初めてベルトロワの崩御を知ったことになる。

 次に「宰相と二人の大臣が皇帝の遺書を書き換えた」という内容である。この三人と面識が薄いクロノワはともかく、アールヴェルツェにとってこれはとても信じられない話であった。

「お三方とも真に国を想う忠臣。とてもそのようなことをするとは信じられませぬ」
 眉間にしわを寄せアールヴェルツェはそう呟いた。

「なんにせよ、情報が少ないですね………」
 クロノワは手を口元に沿え、考え込む。

 通知の内容から皇帝が崩御したことは押して知ることが出来る。しかし、正式な皇帝崩御の布告はまだ出ていないという。そのことが帝都ケーヒンスブルグにおける混乱を思わせる。

 さらに通知では「三人が共謀して」遺書を書き換えたはずなのに、即時処刑が命じられているのは二人の大臣だけである。つまり宰相エルストハージはすでに死んでいるか、捕まっている可能性が高い。

 ではいつ、死んだ、もしくは捕まったのか。

(恐らくは遺書を開封したとき、でしょうね………)

 開封された遺書が偽造されたものだったのか、あるいは本物だったのか、それはこの際置いておくとしても、遺書が開封されたこと自体はほぼ間違いない。その内容が明らかにならなければ、それが偽装されたかどうかなど分らないのだから。そしてこの状況から察するにその内容は、その場にいた誰かにとって都合の悪いものだったのだ。

(それは一体………?)

 宰相と二人の大臣、といことはないだろう。偽造したにしろそうでないにしろ、彼らは開封される遺書の内容を知っていたはずだ。偽造したのであれば、自分たちに都合の悪い内容を残しておくとは思えない。偽造していないのであれば、彼らが追われているこの状況に説明が付かない。都合が悪いと知っている遺書を開封し、その後で逃げるってどんな状況だ。

 遺書が偽造であると断定しても一定の信憑性があり、なおかつ宰相と二人の大臣を敵に回して追い立てることの出来る人物。

(皇后陛下か、レヴィナス兄上か………)

 二人の大臣が大罪人として追われている理由が、本当に遺書を偽造したからなのか、それとも皇后かレヴィナス、あるいはその両者の不興を買ったがゆえなのか、それは現状では分らない。

(ですがこの二人の不興を買う内容というと………)

 そこまで考えてクロノワは頭を振った。なんにせよ情報が少なすぎる。そもそも遺書が偽造であると判断した根拠さえも分らないのだ。推測だけを先に進めても仕方がないだろう。

「真っ直ぐケーヒンスブルグに向かうつもりでしたが、一度オルスクに寄りましょう」

 旧王都オルクスにはモントルム領の総督府がある。このブレンス砦よりは詳細な情報が集まっていると期待できる。

「殿下………。殿下はこの通知が本当であると思われますか」
「さて。どちらにしても乱暴な通知だとは思います」

 本当に遺書が三人によって偽造されたのか、それは現状では判断しかねる。しかし「見つけた場合は即刻処刑せよ」というのはなんとも乱暴である。真偽はともかくとしてもラシアートとローデリッヒの両名が、なにか大きな証言を持っていることは確かなのだ。それを即刻処刑せよというのは、何か後ろめたいことがあるのでは、と勘ぐりたくなる。

「そうですな………。普通ならば捕らえて話を聞きだすのが筋………」

 クロノワの言葉にアールヴェルツェは頷く。彼も二人から話を聞きたいと思っているのだろう。

「ストラトス執務補佐官の意見も聞きたいですね」

 そういってクロノワはアールヴェルツェを伴い、ブレンス砦の地下にある「共鳴の水鏡」がある部屋へ向かった。そこからオルスクの総督府に通信をつなぎ、ストラトスを呼び出してもらう。主席秘書官であるフィリオもいてくれればよかったのだが、生憎と今はオルスクにいないらしい。

 クロノワ、アールヴェルツェそしてストラトスの三人は、「共鳴の水鏡」を使った緊急の話し合いで、モントルム総督府としての方針を決めた。その方針とは、

「モントルム領内でラシアート及びローデリッヒの両名を発見した場合には、可能な限り捕縛すること」

 というものであった。ストラトスも今回の通知には不自然なものを感じていたらしく、この方針は案外簡単に決まった。北のダーヴェス砦にはストラトスのほうから連絡してもらうことになり、クロノワとアールヴェルツェの方は急ぎオルスクに向かうということで今後の予定が決まった。

 軍に指示を出しておくというアールヴェルツェと分かれ、クロノワは彼の背中を見送った。それにしても、とクロノワは思う。

(アールヴェルツェはショックを受けた様子でしたね………)

 忠臣と信じていた三人が大罪人として追われていること、そして主君たる皇帝ベルトロワが崩御したこと。その両方が理由なのだろうが、一方でわが身を振り返ってみれば、彼ほどショックを受けたわけではない。

(覚悟していた。それだけではないのでしょうね………)

 自分は薄情なのかもしれない。まして今回崩御したのは皇帝、つまり実の父である。子どもであれば、親の死目に会えなかったことをもっと悔やむべきではないだろうか。それなのにそういった感情がほとんど湧かないのだ。

(結局他人だった。そういうことでしょうか………?)

 その結論を受け入れたくはない。しかし心のどこかで納得してしまっている。それに母が死んだときほど悲しくないのは確実なのだ。

 そこまで考えてクロノワは頭を振った。これ以上はせん無きこと、と思ったのだろう。だが、他人事ではないはずなのにどこか傍観者の視点で物事を見ている自分を、否定することは出来なかった。

**********

 クロノワ率いるアルジャーク軍がモントルム領の旧王都オルスクに到着したとき、自体はすでに動き、そして彼の出番を待っていた。動きがあったのはモントルム領の北の砦、ダーヴェス砦である。なんとこの砦に大罪人として追われている、ラシアートとローデリッヒが投降してきたのである。

「つまり二人は私に会わせて欲しい、と言っているわけですね」
「はい。その通りです」

 ダーヴェス砦を預かっているウォルト・ガバリエリはクロノワの言葉に頷いた。二人が投降してきたときには、既に総督府のほうから「可能な限り捕縛せよ」という命令が出ていたので、ウォルトはそれに従い二人を殺すようなことはせずともかく二人を捕らえた。そして捕らえた以上、話を聞かねばならない。その席でラシアートとローデリッヒはこう言ったのだ。

「自分たちの処刑命令が出ていることは知っている。今更命を惜しむつもりはないが、その前にどうかクロノワ殿下にあわせて欲しい」

 ウォルトとしてはこの時点で自分の手には余ると判断した。なにしろ外務大臣と軍務大臣だった二人が皇子であるクロノワに会わせて欲しいというのだ。十中八九遺書がらみのことだろう。

 さらに二人を殺さずに捕らえるように命令を出したのはクロノワである。つまり彼自身、二人に用があるということだ。

「オルクスまで護送いたしましょうか」
「………いえ、私がそちらに向かいます」

 少し考えてからクロノワはそういった。ウォルトは一瞬怪訝そうな顔をしたが、なにも言わずに頷いた。

 クロノワが二人に会う場所としてオルクスではなくダーヴェス砦を選んだのは、二人の話の内容如何では軍を動かすことになると考えたからだ。事態の中心は帝都ケーヒンスブルグだろうから、わざわざ護送してもらうよりもクロノワが動いたほうが時間的なロスが少なくてすむ。

「さて、そういうことになりました。あとの万事は貴方にお任せします」

 少々意地悪な笑みを浮かべてクロノワはストラトスにそういった。やる気を見せたがらずすぐに仕事をサボるこの男だが、事態が事態だ。ブツブツと文句を言いながらも仕事はこなしてくれるだろう。普段給料分の仕事をしないこの男に大量の仕事を割り当ててやれるのは、少しばかりいい気分だ。

「残業手当その他諸々、後で請求しますので」

 ストラトスはぬけぬけとそう言った。自分にそれらの手当てを払うまでは死ぬなということで、彼らしいなんとも皮肉れた激励である。

 軍を率いてダーヴェス砦へ向けて街道をひた走る。おもえばこの街道はここ最近で何度も往復しているような気がする。

「モントルム遠征のときのことを思い出しますな」
「あの時は騎兵だけでしたけどね」

 騎兵のみを率いてダーヴェス砦へと向かうモントルム軍を奇襲した記憶は、今も鮮明だ。だが一方で遠い昔のことのように感じる部分もある。

(色々あった。そういうことですね)
 そしてこれから、そのなかでも最大級のモノが待ち受けているのだ。

 ダーヴェス砦に着いたクロノワは、アールヴェルツェをはじめとする主だったものを集め、すぐにラシアートとローデリッヒの二人と面会した。二人の服は汚れていたが、やせた様子もなく健康そうであった。

「私との面会を希望したようですが、どういったご用件でしょうか」

 クロノワがそう切り出すと、二人は懐からそれぞれ一通ずつ封筒を取り出した。言うまでもなく、皇帝ベルトロワの遺書である。後で聞いた話だが、ウォルトは二人を牢に入れるときにその持ち物を没収していたのだが、この遺書だけは自分の手に余ると判断し取り上げずにおいたらしい。

「我々がお預かりしたベルトロワ陛下の遺書を、ここで開封させていただきたい」

 クロノワは視線だけで先を促す。開封された遺書には、エルストハージが謁見の間で開封した遺書と同じように、クロノワを喪主に、と書かれていた。

「委細不備はございませぬ。これがベルトロワ陛下の最後の勅命となります」

 場が、一気に緊張する。ただその中で、クロノワは比較的自然体であった。

「お二人は陛下の遺書を書き換えた大罪人とされています。そのあなた方が開けた遺書を信じろと?」

 クロノワはラシアートとローデリッヒの二人に試すような目を向ける。だがアールヴェルツェが、二人が答える前に口を開いた。

「失礼。遺書を拝見させていただいてもよろしいですか」

 クロノワが頷くと、アールヴェルツェは二通の遺書を手にとって目を走らせていく。ただ読んでいるような感じではなかった。

「これは間違いなく陛下の御筆跡です」

 アールヴェルツェは確信をこめて断言する。
 これで遺書が本物である可能性が一気に跳ね上がった。遺書にはサインと印が揃っていなければならない。大臣といえども二人が、ベルトロワが生きている間にその印を使えたとは思えない。そしてベルトロワが自分の意思に反する遺書にサインをして印を押すことなどありえない。だからといってベルトロワが死んでから遺書を偽造したとすると、今度は筆跡が違っているはずである。

 筆跡と印。この二つが揃っているのは、本物だけである。

「殿下、いえ、陛下。これは天命ですぞ」

 アールヴェルツェは早くも「陛下」という敬称を使って、いまだに煮え切らない顔をしているクロノワに詰め寄った。

「ベルトロワ陛下重体の報をカレナリアで受け取れたこと。ラシアート殿とローデリッヒ殿のお二方とここで相見えられたこと。そして今この瞬間に陛下が十五万以上の軍勢を率いておられるとこ。全ては陛下が帝位に付くべしという天命にございます!」

 他の面々からも賛同の声が上がる。モントルム遠征、そして今回の南方遠征でクロノワの手腕を見てきた彼らにとって、クロノワはもはや日陰の第二皇子ではない。十分に魅力があり、そして命を懸けても惜しくないと思える主君になっているのだ。

 そしてクロノワを後継者に指名する皇帝の遺書である。これまで共に戦ってきたアールヴェルツェたちが、皇帝の座にクロノワを望むのは自然な成り行きであろう。

「………皇太子は兄上です。兄上が皇帝になるべきでは………?」
「皇帝陛下の法的効力を持ったご遺言は、勅命とみなされます。よっていかにレヴィナス殿下が皇太子であろうとも、陛下のご遺言が優先されます」

 ラシアートが整然と説明する。
 クロノワは目を閉じる。まさか皇帝の座が転がり込んでくるとは。レヴィナスが皇帝となり放逐されれば、晴れて全てを放り出しイストと旅でも出来るかと思っていたのに。

 しかし、日陰者の自分にここまで付いて来てくれた人々を裏切ることなど出来ない。彼らが自分に夢を見ているのなら、それをかなえる義務が自分にはあるのだろう。

「………分りました。成ってみましょう。………皇帝、とやらに」

 その場にいた一同が、一世に膝をつき頭をたれる。その様子をクロノワは苦笑しながら見ていた。

(これは本当に「世界を小さくする」しか、イストに合わせる顔がなくなってきましたね………)

 恐らくそれしか、あの約束を破った償いにはならないだろうから。




******************




――――帝位。

 クロノワがその至高の位を夢見たことが一度もない、といえばそれは嘘になるだろう。

 帝都ケーヒンスブルグの宮殿に来たばかりの、まだ味方のいない迫害と陰湿なイジメに満ちた日々にあっては、その玉座を夢見ることが多々あった。

「皇帝の力があれば、こんな苦しい思いをしなくていいのに」
 というわけである。

 とはいえそれはお伽噺の中の理想郷を想うような感覚で、現実の、生々しい欲望からは程遠いものであった。

 それにレヴィナスが皇帝となれば、クロノワは完全な邪魔者である。粛清される前に死んだことにでもして、地位と責任を放り出し子どものころに夢見たようにこの世界を旅して回ろうかと、そんなことを考えていた。出来ることならば友人であるイストと共に。あの日、海から昇る朝日を見ながらかわした約束は、クロノワにとって皇帝の座よりも魅力的なものだったのだ。

 それなのに、何の因果か帝位などというものが転がり込んできた。

(まったく、悪い冗談です)

 そう思わずにはいられない。まったく、望んでもいない人間のところに転がり込んでこなくてもいいだろうに。おかげで起きなくていい厄介ごとが起きてしまった。きっと運命の女神というヤツは娯楽に餓えた暇人に違いない。

 そんな、権力というものに執着しそれを欲してやまない連中が聞いたら呪い殺されそうな台詞は心の中にだけ留めておいて、表面上クロノワは淡々とした装いを崩さなかった。それはどうやら傍からみると「王者の風格」とやらに映るらしく、渋っていたクロノワが帝位を受け入れたと、アールヴェルツェや二人の大臣をはじめとする周りの人々は喜んでいた。

 クロノワ自身は皇帝の座など望んではいない。少なくとも積極的には。しかし、事がここに至れば彼が立ち止まっていても事態は動いていく。ならば少しでも自分に有利なように事態を動かすためには、能動的に、自分から動くしかない。事はクロノワ一人の問題ではない。彼と共にいて支えてくれる、十五万人以上の命が関わっている。

 クロノワの打った手は常識的なものであった。というよりそれしか打つ手がないと言える。つまり帝都ケーヒンスブルグを目指して軍を進める、ということである。

「なにも起こらずにケーヒンスブルグまで行けると思いますか?」
「………なにも起こらなかったとすれば、皇后はケーヒンスブルグにはいないでしょう。ですが………」

 少し考えてからローデリッヒはそう答えた。余談になるが、クロノワと共にいる人々は、もはや皇后に「陛下」という敬称を付けることを止めていた。

 皇后が帝都から動かなければ、向かってくるクロノワの軍に対してなんらかのリアクションをとるであろう。軍を差し向け進軍を阻むか、それとも使者を送りつけてくるか。

 一方で皇后がケーヒンスブルグを離れているのであれば、なんの置き土産をも残していかないというのは考えにくい。最悪の場合、宮殿や帝都の町並みに火をかけるぐらいのことはするかもしれない。

 つまり、なにも無い、ということはおよそ考えられない。必ず何かが起こる。その心構えでいなければならない、とローデリッヒは説いた。

 さて、帝都ケーヒンスブルグへ向けて軍を動かす一方、クロノワはラシアートに人馬三千の兵を護衛として与えて、アルジャーク帝国の有力者たちの説得に回ってもらった。その内容は、味方をしてくれ、というものではなく、敵対しないでくれ、というもので、これによって多くの者が様子見にまわるだろう、というのがラシアートをはじめとする頭脳労働班の見解であった。

 クロノワが馬にまたがる。目指すは帝都ケーヒンスブルグ。そして皇帝の玉座である。

**********

 皇帝ベルトロワの遺体は、火葬にされた。
 この時代、エルヴィヨン大陸の一般的な埋葬方法は土葬である。かといって火葬が野蛮視されているわけでもない。この時代、なんらかの理由で土葬が行えない場合には、火葬という手段が用いられた。

 遺体というものは、当然のことながら腐敗する。大貴族や王族、皇帝といった人々も、死して死体となればその運命を逃れることは出来ない。長らく放置して腐敗が進めば、死者にとっても生者にとっても面白くはあるまい。埋葬は可能な限り速やかに、というのが一般常識であった。

 しかし此度埋葬される遺体は、ただの遺体ではない。アルジャーク帝国皇帝ベルトロワ・アルジャークの遺体である。略式であっても葬儀を行うとすれば喪主が必要になり、レヴィナス以外の者が喪主になるなど皇后には考えられないことであった。

 皇后が望む喪主、つまり次期皇帝はいうまでもなく自分の息子、レヴィナスである。しかし彼は今、オムージュ領のベルーカにいた。これは彼の帰還が遅れたから、ではなく皇后の指示であった。

 クロノワを喪主に指名するベルトロワの遺書が開封され、未開封の遺書を保管していると思われる二人の大臣の行方が分らないことが判明したとき、皇后はすぐさま戦火を予感した。しかも間の悪いことに、クロノワの下には南方遠征軍が丸々残っている。カレナリアに一兵も残さずに帰還することはないだろうが、それでも十万~十五万程度の軍勢が彼の配下にはいるだろう。

 これに対抗するためには、こちらも兵を集めなければならない。おりしも都合よく、レヴィナスからベルーカに到着したという連絡が「共鳴の水鏡」を通して入った。皇后は事情を説明し(といっても自分に都合のいいように歪めてだが)、レヴィナスに兵を集めさせることにしたのである。ベルーカにはアルジャークの至宝アレクセイ・ガンドールもおり、彼に任せれば戦力はまず心配ないだろう。

 ところで葬儀と喪主の件である。
 レヴィナスは兵を集めているため、帝都ケーヒンスブルグに帰還するまでにはかなりの時間がかかるだろう。かといってそれまで葬儀を先送りにしては、ベルトロワの遺体はひどく腐敗し悪臭を放つようになってしまう。皇后としてもそれは遠慮したかった。

 そこで火葬、である。

 火葬すれば後に骨が残る。それを骨壷に収めて保管しておき、後で散骨なり納骨なりすればよい。そしてそれを行う者こそが後継者であると主張するのだ。
 実際、こういった「裏技」は歴史上何度も行われてきた。

 ベルトロワの遺骨が納められた骨壷を、皇后は両手で大事そうに抱える。遺書が当てにならなかった以上、もはやこれだけがレヴィナスを皇帝にする、その正当性を主張する術に思われた。

 さて、レヴィナスが早く軍を率いて帝都に帰還しないかと気を揉む一方で、皇后はクロノワのこともまた気にしなければならなかった。彼の動向を知らせる「共鳴の水鏡」を用いた通信は、ここのところぱったりと止んでいる。それはつまり、クロノワが二人の大臣と合流し皇帝の遺書を見たのだと皇后に予感させた。

 この時点で皇后はクロノワのことを「潜在的な敵」から「レヴィナスの帝位を狙う簒奪者」という認識に改め、その危険度を大幅に引き上げた。

(もっと早く処断しておくべきでしたね………)

 一抹の後悔が皇后の胸をよぎる。とはいえ帝都ケーヒンスブルグで事態が進行している間中、クロノワは遠くカレナリアにいたのだ。策謀を巡らしその命を狙うには、いささか距離がありすぎたし、また準備不足であった。

 クロノワが今どこにいるか、その正確な位置は分らない。しかし目指す場所は、はっきりとしている。すなわち、ここ帝都ケーヒンスブルグである。

(レヴィナスは間に合うでしょうか………)

 皇后は軍事に関してはまったくの素人である。十万規模の兵を集め、それを率いてベルーカからケーヒンスブルグに来るまで、どれだけの時間がかかるか皆目見当もつかない。そこで確実な安全策として、皇后が帝都を離れベルーカのレヴィナスのもとに身を寄せる、という案が出た。さらにそこで皇帝の遺骨を散骨なり納骨なりして、レヴィナスを正統な(・・・)皇帝にしてしまおうというわけだ。

 しかし、この案には皇后が拒否反応を示した。
 ケーヒンスブルグはアルジャーク帝国の帝都、つまりはその政治的中心である。それに対しベルーカは旧王都であり総督府が置かれているとは、いえもはや帝国の一都市に過ぎない。

「それはつまり都落ちではありませんか!」

 正統な(・・・)皇帝であるならば、その戴冠式は帝都ケーヒンスブルグで行うべきである。クロノワを恐れるようにして帝都を離れ、辺境の一都市、しかもつい最近まで他国の王都でしかなかったベルーカでアルジャーク帝国皇帝の戴冠式をおこなうなど、レヴィナスにはふさわしくない。あの子の栄光ある統治の最初に、そのような汚点を付けるわけにはいかないのだ。

 それは感情に流された言い分でしかなかったが、それゆえにその想いは頑強で、理論的な言い分では太刀打ちできなかった。

 しかし事態は皇后を帝都ケーヒンスブルグから追い立てる。クロノワ率いる約十五万の軍勢が帝都に近づいて来たのだ。

**********

 やはり、というか帝都ケーヒンスブルグにいたる街道上で事態は進行した。

「一軍が街道上に柵を築き、行く手を阻んでおります」

 偵察から戻ってきた斥候はそうクロノワに報告した。さらに聞けばその一軍の規模は五千程度らしい。

「罠がある、と思いますか」
「いえ、単純に兵の数を揃えられなかっただけだと思われます」

 アールヴェルツェはそう断じた。
 アルジャーク軍の精鋭のうち二十万近くは南方遠征によってクロノワの配下に組み込まれている。アルジャーク軍の全戦力(オムージュやモントルムの兵は除く)は四十万とも五十万とも言われるが、その半分近くがクロノワの隷下にいるのだ。

 さらに皇后側が兵を集め始めたのは、早くとも遺書が開封された後である。兵士の数がもともと少ないことも一因だろうが、時間的な余裕もなかったと思われる。

 そうした状況を総合的に判断し、アールヴェルツェは「兵を集め切れなかった」と判断を下したのだ。

「しかしそうなると、戦力差が絶望的であることは皇后も理解しているはず」

 なぜ使者をよこすなり交渉の動きを見せなかったのか、と幕僚の一人レイシェル・クルーディはいぶかしんだ。五千対十五万では勝負にならないことくらい、いくら軍事に疎い皇后でも解るだろうに。

「私相手に、下手に出たくなかったのでしょうね」

 自嘲気味にクロノワはそういった。皇后が彼への迫害とイジメの急先鋒であったことは、周知の事実である。そんな馬鹿な、と思う一方で、確かにそれならば、と納得してしまう部分もあった。

「この際、皇后の心理状態を慮る必要はないでしょう」

 軍務大臣ローデリッヒ・イラニールはそういって脱線した話題を元に戻した。
 かりにこの先皇后の側から接触があったとしても、レヴィナスを皇帝にと望む彼女らと我々が歩み寄って妥協点を探すことは不可能である。ならば全軍を持って街道を封鎖している部隊を突破し、勢いそのままに帝都を掌握すべし、とローデリッヒは主張した。他に案が出ないところをみると、皆同じようなことを考えていたようだ。

 最後に、クロノワが判断を下す。

「全軍に出撃命令を。目標は帝都ケーヒンスブルグ」

 その言葉を合図に、一同は立ち上がり敬礼をしてからそれぞれの部署に散っていく。街道を封鎖している部隊に対し、クロノワの軍が攻撃を仕掛けたのは、そのおよそ一時間後であった。

**********

 それは戦闘などというものではなかった。柵を築き街道を封鎖していたおよそ五千の部隊は戦う前から及び腰で、クロノワの軍と接触するとほぼ同時に壊走を開始した。

 なにしろ彼我の戦力差はおよそ三十倍である。よく逃げずに決戦のその場にいたと、むしろ褒めるべきであろう。

 壊走する敵部隊を、クロノワは追わなかった。今は敵味方に分かれているとはいえ、彼らも同じアルジャークの民である。無駄な血を流さずにこの内戦を終えられるのなら、それが一番だろう。

(そういえば、これは内戦でしたね………)

 今更のように、クロノワはその事実を確認した。例えばオルドナスのような教師から彼は歴史を習ってきたが、内戦というのは総じて愚かしい理由が多い、というのがクロノワの感想であった。その内戦を今自分が演じることになるとは。

(これは早急に終わらせなければいけませんね………!)

 クロノワは決意を新たにし、軍を率い帝都ケーヒンスブルグへと駆け上った。その彼の視界に、やがて不吉なものが見え始めた。

「煙………!!」

 遠目に見えてきた帝都から、煙が上がっている。まさか、とクロノワは思いつつ馬に軽く鞭をいれ速度を上げる。彼の周りにいる騎兵がそれに続いた。

 ケーヒンスブルグに近づいてみると、黒煙を巻き上げて燃え上がっているのは宮殿であった。まだ市街地への延焼は始まっていないらしく、それだけは不幸中の幸いといえるだろう。クロノワはすこしだけ胸をなで下ろした。

 しかし、すぐに怒りがこみ上げてくる。
 恐らく、ではなく十中八九、宮殿に火をかけたのは皇后であろう。帝都ケーヒンスブルグからレヴィナスのいるベルーカへ逃れるための時間稼ぎか、それとも戦略的意味をこめた嫌がらせなのか。

 大局的に物事を見ればそれらしい理由は幾つも思いつくが、しかしクロノワはいい様のない個人的な悪意を感じていた。宮殿に来たばかりの、まだ味方がいなかったあの頃、常日頃感じていたあの悪意だ。

 まるで、
「お前にはなにも渡さぬ」
 と皇后に言われているようである。

(そこまで……、そこまで私と母が憎いか………!)
 ギリ、とクロノワの奥歯が軋んだ。

「イトラ・ヨクテエル!」

 少し間が開いてしまった軍勢が追いついてくる。それを振り返ることもせず音だけで感知したクロノワは、一人の武将を呼んだ。

「ここに」

 名前を呼ばれた若い武将は、馬を下りてクロノワの前まで進み出、膝をついて頭をたれた。

「隷下の部隊を率いて皇后を追いなさい。ただしリガ砦を越えることはしないように」

 クロノワはそうイトラに命じた。市街地への延焼がまだ始まっていないところをみると、火の手が上がったのはついさっきであろう。であればその下手人はまだこの近くにいるはずである。しかし、その下手人が皇后本人であるとは限らない。彼女本人は何日も前に帝都を脱出しているかも知れず、そうなれば見つけ出すには時間がかかるだろう。

 ただクロノワは直感的に皇后がまだこの近くにいると感じていた。嫌いな相手の事ほど、良く分るものである。

「御意!」

 イトラは短く返事をすると、すぐさま行動を開始した。その背中を見送ったクロノワは、次の武将の名前を呼ぶ。

「レイシェル・クルーディ!」
「御前におります」

 すでに馬から下り控えていた彼は、一歩前に出て頭をたれた。

「貴方は住民の避難誘導を」
「御意」

 レイシェルもイトラと同じく短く答えるとすぐに行動を開始する。無駄な時間を浪費している暇はないと心得ているのだ。さらにクロノワは矢継ぎ早に指示を出していく。

「アールヴェルツェは残りの兵を率いて火を消してください。市街地への延焼はなんとしても阻止するように。後方部隊は怪我人の手当てを。ローデリッヒ殿は全体の監督をお願いします」

 皆、短く返事をするとすぐに散っていく。アールヴェルツェは軍を率いて帝都へ、宮殿へと急ぎ、ローデリッヒは本部とするべき陣を作らせる。周りが忙しく動き回る中で、クロノワは燃え盛る炎と巻き上がる黒煙を睨みつけていた。

**********

 結局宮殿は全て焼け落ち、今は石で造られていた部分だけがススにまみれて残っている。ただクロノワが最も警戒していた市街地への延焼はなんとかまぬがれた。一部取り崩した建物もあるようだが、それは必要な犠牲だったのだろう。

 火の手が上がる宮殿から持ち出せた物品や資料は、全体から見ればごく僅かであった。アールヴェルツェにしても優先するように言われていたのは延焼の阻止と消火活動であったし、また燃え盛る炎の中に部下を送り込んでまでなにかを回収するようなことはしたくなかったようだ。

 日はすでに傾き、東の空はすでに暗くなり始めている。クロノワは今本部として用意された陣のなかで、ローデリッヒと共に上がってくる様々な報告を聞いていた。とはいえ具体的な指示はほとんどローデリッヒが出しているため、クロノワは本当に聞いているだけである。

「陛下がそこに泰然と座っておられるだけで、兵士たちは安心いたします」

 そういわれては仕方がない。どうやらローデリッヒの新しい皇帝への教育はすでに始まっているらしい。何もしないでいることに罪悪感を覚えながらも、クロノワはそこにいつづけた。

「だいぶ落ち着いたようですね」

 報告に来る兵士が途切れた頃を見計らって、クロノワはローデリッヒに声をかけた。見ればレイシェルが非難させてきた帝都の住民たちも少しずつ帰宅を開始している。山場は過ぎたと見ていいだろう。

「しかしこれからが大変ですぞ」

 焼け落ちた宮殿は皇帝の生活空間であると同時に、アルジャーク帝国における政治の中心であったのだ。そこに保管されていた多くの資料が、今回灰になってしまった。水面下の政治的混乱は、この先かなり長く続くと覚悟したほうがいいだろう。

「遷都を考えたほうがいいかもしれませんね………」

 この先もケーヒンスブルグを帝都としてつかうためには、兎にも角にも宮殿を修復しなければいけないだろし、他から最低限必要な資料を取り寄せなければならない。しかしそれには膨大な費用と時間がかかる。また近年行われた遠征によって膨れ上がった国土の中では、地理的に見てもケーヒンスブルグは条件がいいとは言いがたい。この機会に遷都を行うのは、いい考えかもしれない。

「報告します!イトラ・ヨクテエル将軍が皇后を捕縛し、帰還いたしました!」

 火事とそれにともなう混乱が一段落し弛緩しはじめていたその場の空気が、その報告で一気に緊張した。ローデリッヒが視線をクロノワに向ける。その意味するところは明らかだ。クロノワは無言で頷き、了承を伝えた。

「皇后をここへ」

 ローデリッヒが重々しく命じると、二人の兵士に拘束された皇后がクロノワの前に引き出されてきた。

「放しなさい、無礼者!わらわを誰だと思っているのですっ!?」

 皇后は身をよじり拘束を解こうとしているが、屈強な兵士に両脇から固められては、自由を取り戻すことは出来そうにない。

 喚いていた皇后の目が、クロノワを捕らえる。その瞬間、彼女は動きをピタリと止め、口の両端を吊り上げて壮絶な笑みを浮かべた。拘束された、身動きも満足に出来ない状態にもかかわらずその笑みは間違いなく捕食者のそれで、見るものの背中に冷や汗を感じさせる。

「どこの馬の骨とも知れぬ、下賎な女の子どもが、分不相応な場所にいるものですね。やはり宮殿を焼いたのは正解でした。お前のような下劣な男が座っては至高の玉座が汚れるというもの。お前が座った椅子にレヴィナスも座るなど、考えただけでもゾッとするというものです」

 興奮してきたのか皇后はさらに舌を回転させる速度を上げ、侮辱と軽蔑の言葉を吐き出し続ける。その言葉はだんだんと支離滅裂になっていき、それにともない皇后の目は血走っていく。

 皇后の吐く言葉がもはや意味をなさなくなると、ローデリッヒはこれ以上は時間の無駄だと判断したようだ。やはり無言のままクロノワに視線を向け許可を求める。クロノワが頷くと、ローデリッヒは皇后を連れて行くように命令を出した。

「放しなさいっ!!」

 ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ皇后を拘束している兵士の力が緩んだ。その一瞬をついて皇后はついに拘束を逃れた。そして彼女は………。

「アァアアァアァアァアァァァ!!」

 髪の毛をまとめていた簪(かんざし)を抜き右逆手に握り振り上げると、それを突き立てんとクロノワに突進した。誰もが虚をつかれて立ち尽くし、反応が遅れた。

 しかしそのなかでクロノワは動いた。彼は腰に吊るした剣の柄に手をかけながら、突進してくる皇后に対しむしろ距離を詰めるように前にでた。

 ――――一閃。

 鞘から抜き放たれた剣は、皇后の体に斜めに走る赤い線を残した。
 皇后は「え?」と呆けたような声をもらし、次に赤い雫を口から流した。皇后の動きが止まる。そこへ………。

「・・、・・・!」

 何ごとかを小さく呟き、クロノワは剣をもう一振りして皇后に止めをさした。
 ドサリ、と音を立てて皇后の体が仰向けに倒れ、その周囲に血溜りが出来始める。その様子をクロノワは肩で息をしながら見ていた。

 ――――はじめて、人を殺した。

 高揚や達成感を覚えることはない。しかしその一方で不思議と罪悪感もなかった。人が死ぬところだけなら何度も見てきたが、それが原因かもしれない。人を一人この手で殺したというのに、頭の中は妙に白けていた。

 ただ斬ったときのあの感触は気持ちが悪かった。そしてなにより、皇后を斬ったときに自分がどんな顔をしていたのか、それが怖かった。

「陛下………」

 ローデリッヒが声をかけてくる。その時ようやく、クロノワは白くなるほど剣の柄を強く握り締めていた手から力を抜き、軽くふるって血を飛ばしてから鞘に戻した。

 目を閉じ、息を整える。次に目を開けたときには、表面上は平静に戻っていた。

「皇后の遺体は丁重に葬るように」

 クロノワのその指示にローデリッヒは少し眉をひそめたがすぐに頷いた。あるいはクロノワの自己満足だと思ったのかも知れないが、死体の処したかなど誰が損をするわけでもない些細な問題であろう。

「少し疲れました。後は任せても大丈夫ですね?」
「はっ、お任せください」

 ローデリッヒに合わせて周りの兵士たちも敬礼をする。彼らに一つ頷いてからクロノワは自分の天幕の中に入った。

 天幕の中の簡易寝台を背もたれにして座り込む。掲げて見た手には、皇后を斬ったときのあの感触が残って消えない。

「………やったよ、母さん。母さんの汚名を雪いだんだ………」

 そう呟いてみても、高揚も感動も、何も生まれはしなかった。




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