クロノワがモントルム王都オルクスに入ったのは、アールヴェルツェが国王ラーゴスタを捕虜にした日があけてから三日目のことであった。ダーヴェス砦をグレイスに任せ、自身はただ十騎ほどの護衛を引き連れて街道を王都に向けひた走ったのである。途中、アールヴェルツェのよこした百騎ほどの騎兵隊と合流して王都オルクスに入ったのであった。
オルスクは良く治まっていた。婦女暴行をしたアルジャーク兵が公開処刑されてからはそれに類する事件は起こっておらず、また住民の心象も良いと護衛を率いている隊長が教えてくれた。
「アールヴェルツェはうまくやっているようですね」
混乱なくオルスクが治まっていることにクロノワは満足した。
王城である「ボルフイスク城」に入城すると、アールヴェルツェが迎えてくれた。その隣には見慣れない男性が一人立っている。痩身で線が細く、武官らしい荒々しさには欠けている。だがその目には油断ならない光がある。
「そちらの方は?」
アールヴェルツェに戦勝の祝いと治安を維持してくれたことへの礼を述べてから、クロノワはその男について尋ねた。
「アルジャークのモントルム駐在大使、ストラトス・シュメイル殿です」
もともと軟禁されていたのですが、我々がここに入ってからは主に行政面で色々と助けていただきました、といってアールヴェルツェはストラトスを紹介した。
「そうでしたか。ご協力感謝します」
「いえ、モントルム駐在大使の役職自体この先不要になるでしょうからね。今のうちに就職活動をしていたのですよ」
その自虐とも皮肉ともとれる台詞。が、それを口にしているストラトスが実にいい笑顔なので嫌な感じがしない。
(ああ、この人はけっこう腹黒だな・・・・・)
万人を安心させそうなストラトスの笑顔だったが、クロノワは初見でその裏に秘められた黒さを看破した。
「そうですか。それでは今後とも是非、力をお貸しいただきたいですね」
そしてクロノワもまた完璧な笑顔で応える。
これが、この先結構長い付き合いになる二人の出会いであった。
二人と別れると、クロノワは次にモントルム国王ラーゴスタ・モントルムの元へと向かった。アールヴェルツェに捕らえられて以来、彼はボルフイスク城の一室に軟禁されていた。
「ひとつ、お尋ねしたい」
幾つか儀礼的な会話を交わしたあと、ラーゴスタがそういった。
「伺いましょう」
クロノワはひとつ頷き、ラーゴスタの顔をまともに見た。
「六万の軍でモントルムを攻略、無茶だとは思われなかったのか。すでにそれを成した貴殿に問うのも無意味なことと思うが、聞かせていただければ幸いだ」
ラーゴスタ自身をはじめモントルムの廷臣たちがそうであったように、六万程度の軍であればダーヴェス砦に四万の兵を集めれば十分に足止めが可能である。つまりこの戦力では少なすぎるのだ。
もともとクロノワには十万近い兵力が与えられるはずであった。それが皇后をはじめとする面々の横槍で六万まで減らされてしまったのだ。だが、クロノワはそのことをこの場で言おうとは思わなかった。
「無茶は承知の上。しかし与えられた機会をモノにしていくしか、私にはありませんから」
ラーゴスタは頷いた。
彼には妃がいない。また私生児を含め子供は一人もいない。それは彼が女人を嫌っていたからではない。結婚ひとつするにも、また子供ひとりつくるにも、そのつど微妙な問題が持ち上がってくるのだ。それが小国モントルムの舵取りをおこなわなければならない者の宿命ともいえる。
そういう微妙なパワーバランスの上に政を行っていたラーゴスタだけに、クロノワの言葉の裏にあるものを感じ取ったのかもしれない。
「・・・・・・この国のこと、民のこと、お願い申し上げる」
「心得ました」
その後まもなく、国王ラーゴスタより勅命が発せられ、モントルムの統治権は「平和裏に」アルジャークに譲渡されたのである。
南方の国境を守っているブレンス砦は当初、城門を閉ざし抵抗の構えを取っていたが、正式な勅命が発せられると門を開き降伏した。
こうしてモントルムにおけるアルジャークの軍事行動は終了したのである。