ラクラシア家の現在の当主であるディグス・ラクラシアは開明的な人であった。自身の末っ子にして長女であるリリーゼ・ラクラシアが一般的なお嬢様の枠に収まらないことを悟ると、あっさりと彼女の人生を彼女自身の手にゆだねたのである。
その結果彼女は利発で活発な、悪く言えばおてんばに成長した。サロンでお茶を飲むよりは野山を駆け巡るほうを好み、ダンスの練習よりは魔導士としての訓練を好んだ。服装も動きやすい男装を好んだ。華美なドレスなど彼女にとっては豪華なばかりの拘束着と変わらないのだろう。
そんなリリーゼの様子に父親であるディグスとしては「もっと令嬢らしく・・・・」と一抹の不満を覚えないでもない。だがそれ以上に彼女のまっすぐな気性は政治的な駆け引きとやらに疲れたディグスにとって心地よいものだった。
そんな自慢の愛娘がこのたび魔導士ギルドの魔導士ライセンスを習得したのだ。魔導士ギルドのライセンスはもともとフリーの魔導士がギルドの仕事を請け負うためのものだ。それが、魔導士ギルドが拡大するにつれて身分証として使われたり、仕官する際の条件になったりしている。
独立都市ヴェンツブルクの三家のひとつラクラシア家の一員であるリリーゼに必要なものとは思えなかったが、「やりたいのならやって見なさい」といってディグスは試験を受けることをリリーゼに許可したのだった。
今、ディグスの目の前ではリリーゼが発行されたライセンスプレートを見せながら試験の様子を家族に興奮気味に語っている。実技試験では相手の魔導士がなかなかのつわもので危なかったこと。攻めあぐねたこと。一瞬の隙を突いて何とか勝てたこと。その様子は本当に嬉しそうだ。頬を高揚させて話す愛娘にディグスは声をかけた。
「リー、ライセンス習得おめでとう。よくがんばりましたね」
リー、とはリリーゼの愛称だ。
「はい、父上。ありがとうございます!」
「ライセンス習得のお祝いにプレゼントがあります」細長い木箱をテーブルの上におきリリーゼに開けるように勧める。「合格するか分からなかったのに・・・・」と少々呆れ気味のリリーゼに「合格するまで隠しておくつもりでしたから」と冗談半分に返す。
木箱の中に入っていたのは一本の剣だった。それもただの剣ではない。鞘に収められたままでもその力を感じられる。リリーゼが息を呑む。
「抜いてみてもいいですか?」
ディグスの「どうぞ」という返事を聞いてからリリーゼはその剣を抜いた。そして眼を見張った。
優美。ただその一言がひたすらにふさわしい剣だった。柄に施された細工もすばらしいがそれ以上に美しいのはその刀身だ。細く美しい刀身は蒼白色に淡く輝き、そして向こう側が伺えるほどに薄い。さらに刀身には水面のように波紋が浮かび、その表情を時々刻々と変化させていた。
だが優美なだけの剣ではもちろん無い。鞘をしたままでも強い力を感じたが、こうして鞘から出すとその力をよりはっきりと感じることができた。強力な、しかし威圧することの無い、静謐を極める力だ。
「『水面の魔剣』。ご満足いただけたかな?」
ディグスが得意げに声をかけた。水面の魔剣になかば呆然と見入っていたリリーゼの表情が歓喜に染められていく。
「はい!ありがとうございます、父上!この魔剣に恥じぬ魔導士になるよういっそう励みます!」
「ハハハ、まぁ、ほどほどにね」
最後のディグスの言葉がリリーゼに届いたか、はなはだ疑問である。
リリーゼに水面の魔剣が贈られたその夜、ラクラシア家の次男クロード・ラクラシアは父であるディグスの書斎を訪ねた。扉をノックし許可を得てから中に入ると、そこには兄であるジュトラース・ラクラシアの姿もあった。
「兄上もこちらにいましたか」
「クロード、お前もあの魔剣についてか」
「はい。あれほどの魔剣が入荷されたという話は騎士団でも聞いていません。父上、アレはどこから仕入れたものですか」
クロードは自衛騎士団に所属し五つある大隊の一つを率いる。魔道具、その中でも武器の情報は騎士団に集まりやすいのだが、あの魔剣の話は聞いたことがない。ちなみに兄であるジュトラースは父親の右腕として政治畑でその手腕を発揮している。
息子二人の視線を受けてディグスは嬉しそうにうなずいた。
「あの魔剣についてすぐに違和感を抱けるとは・・・・・、成長したな、二人とも」
すぐに表情を硬いものに変じ、ディグスは二人の息子に告げた。
「あの魔剣はエメッサから買い取ったものだ。エメッサは手に入れてすぐに持ってきたといっていたよ」
「エメッサ・・・・。とすると闇ルートからの品か・・・」
ジュトラースが顎に手を当てながらいった。
エメッサはこの町で情報屋をやっている女性だが、同時に闇ルートに流れている魔道具も取り扱っている。もちろんこういった商売は違法なのだがあまり厳しく取り締まると逆効果になるので、違法性の高い商品やあからさまな盗品を扱わないといった暗黙の了解を守っているうちは黙認されているのだ。さらには闇ルートのほうが強力な魔道具を入手しやすいという事情もある。値段はともかく。
「エメッサの話では、あの魔剣を持ち込んだのは若い男だったそうだよ」
年の頃は20代で身長は170半ば。髪は銀髪で瞳の色は青。左の頬に狼を模した刺青があり、モスグリーンの外套を羽織っていたという。
「その男があの魔剣を造ったのでしょうか・・・・?」
クロードの疑問にディグスが答えた。
「エメッサも同じ事を聞いたらしい。そうしたら・・・・・」
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『この魔剣、大層な逸品だけどあんたが造ったのかい?』
『ああ、そうだ』
『え・・・・?』
『冗談だよ』
エメッサがムッとした表情を浮かべると男はからかうように続けた。
『オレが造ったものだろうがそうじゃなかろうが、あんたに確認する術なんて無いんだ。だったら考えても無駄だと思わないか』
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「見事にはぐらかされたな・・・・」
ジュトラースが苦く笑う。
「この際その男が実際に造ったかはさほど重要ではない」
無論、造った本人であることが最も望ましい。が、そうでなかったとしてもその男には強力な魔道具を手に入れるツテがあるということだ。しかも闇ルートで流したということは、そのツテはあの魔剣を造った職人に直でつながっている可能性が高い。何人も仲介させるとそれだけ発覚する可能性が高くなるため、普通はそういうことはしないからだ。
「その男、騎士団で捜しましょうか。それだけ特徴があればすぐに見つかると思いますが」
そう提案したクロードに答えたのはジュトラースだった。
「いや、今騎士団を動かすとガバリエリとラバンディエに感づかれる。いずれ感づかれるにしてもできるだけ後にしたい」
「ジュトラースの言うとおりだな。まずはラクラシア家の情報網を使って探すとしよう。穏便(・・)にすめばそれに越したことは無い」
他の二家に感ずかれる前にその男を確保してしまうのが最善だ。仮に騎士団を動かすとしたらガバリエリやラバンディエと争奪戦になってからだ。
「ジュトラースはその銀髪の男の情報を集めてくれ。クロードはガバリエリとラバンディエの動きを監視、それと騎士団の情報を注視してくれ」
「「はい」」
ディグスが方針を決定し二人の息子に指示を出した。ジュトラースとクロードがうなずくとその場は散会となった。