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No.27166の一覧
[0] 乱世を往く![新月 乙夜](2011/04/13 14:39)
[1] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[2] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法①[新月 乙夜](2011/04/13 14:42)
[3] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法②[新月 乙夜](2011/04/13 14:44)
[4] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法③[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[5] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法④[新月 乙夜](2011/04/13 14:47)
[6] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑤[新月 乙夜](2011/04/13 14:48)
[7] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑥[新月 乙夜](2011/04/13 14:50)
[8] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑦[新月 乙夜](2011/04/13 14:52)
[9] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑧[新月 乙夜](2011/04/13 14:54)
[10] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑨[新月 乙夜](2011/04/13 14:56)
[11] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法⑩[新月 乙夜](2011/04/13 14:57)
[12] 乱世を往く! 第一話 独立都市と聖銀の製法 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:01)
[13] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 15:37)
[14] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征1[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[15] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征2[新月 乙夜](2011/04/13 15:06)
[16] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征3[新月 乙夜](2011/04/13 15:08)
[17] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征4[新月 乙夜](2011/04/13 15:09)
[18] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征5[新月 乙夜](2011/04/13 15:10)
[19] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征6[新月 乙夜](2011/04/13 15:12)
[20] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征7[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[21] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征8[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[22] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征9[新月 乙夜](2011/04/13 15:18)
[23] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征10[新月 乙夜](2011/04/13 15:20)
[24] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征11[新月 乙夜](2011/04/13 15:22)
[25] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征12[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[26] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征13[新月 乙夜](2011/04/13 15:38)
[27] 乱世を往く! 第二話 モントルム遠征 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/13 15:39)
[28] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:17)
[29] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形1[新月 乙夜](2011/04/14 23:20)
[30] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形2[新月 乙夜](2011/04/14 23:22)
[31] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形3[新月 乙夜](2011/04/14 23:24)
[32] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形4[新月 乙夜](2011/04/14 23:28)
[33] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形5[新月 乙夜](2011/04/14 23:31)
[34] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形6[新月 乙夜](2011/04/14 23:33)
[35] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形7[新月 乙夜](2011/04/14 23:35)
[36] 乱世を往く! 第三話 糸のない操り人形 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/14 23:41)
[37] 乱世を往く! 幕間Ⅰ ヴィンテージ[新月 乙夜](2011/04/16 10:50)
[38] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 プロローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:26)
[39] 乱世を往く! 第四話 工房と職人1[新月 乙夜](2011/04/17 14:27)
[40] 乱世を往く! 第四話 工房と職人2[新月 乙夜](2011/04/17 14:31)
[41] 乱世を往く! 第四話 工房と職人3[新月 乙夜](2011/04/17 14:35)
[42] 乱世を往く! 第四話 工房と職人4[新月 乙夜](2011/04/17 14:37)
[43] 乱世を往く! 第四話 工房と職人5[新月 乙夜](2011/04/17 14:43)
[44] 乱世を往く! 第四話 工房と職人6[新月 乙夜](2011/04/17 14:49)
[45] 乱世を往く! 第四話 工房と職人 エピローグ[新月 乙夜](2011/04/17 14:51)
[46] 乱世を往く! 幕間Ⅱ とある総督府の日常[新月 乙夜](2011/04/17 14:56)
[47] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 プロローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:36)
[48] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃1[新月 乙夜](2011/05/04 11:39)
[49] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃2[新月 乙夜](2011/05/04 11:41)
[50] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃3[新月 乙夜](2011/05/04 11:43)
[51] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃4[新月 乙夜](2011/05/04 11:45)
[52] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃5[新月 乙夜](2011/05/04 11:49)
[53] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃6[新月 乙夜](2011/05/04 11:50)
[54] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃7[新月 乙夜](2011/05/04 11:52)
[55] 乱世を往く! 第五話 傾国の一撃 エピローグ[新月 乙夜](2011/05/04 11:53)
[56] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち プロローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:12)
[57] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち1[新月 乙夜](2011/07/07 19:14)
[58] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち2[新月 乙夜](2011/07/07 19:15)
[59] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち3[新月 乙夜](2011/07/07 19:18)
[60] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち4[新月 乙夜](2011/07/07 19:19)
[61] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち5[新月 乙夜](2011/07/07 19:20)
[62] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち6[新月 乙夜](2011/07/07 19:24)
[63] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち7[新月 乙夜](2011/07/07 19:26)
[64] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち8[新月 乙夜](2011/07/07 19:27)
[65] 乱世を往く! 第六話 そして二人は岐路に立ち エピローグ[新月 乙夜](2011/07/07 19:28)
[66] 乱世を往く! 番外編 約束[新月 乙夜](2011/10/01 10:33)
[68] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば プロローグ[新月 乙夜](2011/10/01 10:37)
[69] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば1[新月 乙夜](2011/10/01 10:41)
[70] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば2[新月 乙夜](2011/10/01 10:43)
[71] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば3[新月 乙夜](2011/10/01 10:46)
[72] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば4[新月 乙夜](2011/10/01 10:48)
[73] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば5[新月 乙夜](2011/10/01 10:50)
[74] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば6[新月 乙夜](2011/10/01 10:53)
[75] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば7[新月 乙夜](2011/10/01 10:56)
[76] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば8[新月 乙夜](2011/10/01 11:03)
[77] 乱世を往く! 第七話 夢を想えば エピローグ[新月 乙夜](2011/10/01 11:06)
[78] 乱世を往く! 第八話 王者の器 プロローグ[新月 乙夜](2012/01/14 10:33)
[79] 乱世を往く! 第八話 王者の器1[新月 乙夜](2012/01/14 10:36)
[80] 乱世を往く! 第八話 王者の器2[新月 乙夜](2012/01/14 10:39)
[81] 乱世を往く! 第八話 王者の器3[新月 乙夜](2012/01/14 10:42)
[82] 乱世を往く! 第八話 王者の器4[新月 乙夜](2012/01/14 10:44)
[83] 乱世を往く! 第八話 王者の器5[新月 乙夜](2012/01/14 10:46)
[84] 乱世を往く! 第八話 王者の器6[新月 乙夜](2012/01/14 10:51)
[85] 乱世を往く! 第八話 王者の器7[新月 乙夜](2012/01/14 10:57)
[86] 乱世を往く! 第八話 王者の器8[新月 乙夜](2012/01/14 11:02)
[87] 乱世を往く! 第八話 王者の器9[新月 乙夜](2012/01/14 11:04)
[88] 乱世を往く! 第八話 王者の器10[新月 乙夜](2012/01/14 11:08)
[89] 乱世を往く! 第八話 エピローグ[新月 乙夜](2012/01/14 11:10)
[90] 乱世を往く! 幕間Ⅲ 南の島に着くまでに[新月 乙夜](2012/01/28 11:07)
[91] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 プロローグ[新月 乙夜](2012/03/31 10:40)
[92] 乱世を往く! 第九話 硝子の島1[新月 乙夜](2012/03/31 10:44)
[93] 乱世を往く! 第九話 硝子の島2[新月 乙夜](2012/03/31 10:47)
[94] 乱世を往く! 第九話 硝子の島3[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[95] 乱世を往く! 第九話 硝子の島4[新月 乙夜](2012/03/31 10:51)
[96] 乱世を往く! 第九話 硝子の島5[新月 乙夜](2012/03/31 10:55)
[97] 乱世を往く! 第九話 硝子の島6[新月 乙夜](2012/03/31 11:00)
[98] 乱世を往く! 第九話 硝子の島 エピローグ[新月 乙夜](2012/03/31 11:02)
[99] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ プロローグ[新月 乙夜](2012/08/11 09:37)
[100] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ1[新月 乙夜](2012/08/11 09:39)
[101] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ2[新月 乙夜](2012/08/11 09:41)
[102] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ3[新月 乙夜](2012/08/11 09:44)
[103] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ4[新月 乙夜](2012/08/11 09:46)
[104] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ5[新月 乙夜](2012/08/11 09:50)
[105] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ6[新月 乙夜](2012/08/11 09:53)
[106] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ7[新月 乙夜](2012/08/11 09:56)
[107] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ8[新月 乙夜](2012/08/11 09:59)
[108] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ9[新月 乙夜](2012/08/11 10:02)
[109] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ10[新月 乙夜](2012/08/11 10:05)
[110] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ11[新月 乙夜](2012/08/11 10:06)
[111] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:09)
[112] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ12[新月 乙夜](2012/08/11 10:12)
[113] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ13[新月 乙夜](2012/08/11 10:17)
[114] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ エピローグ[新月 乙夜](2012/08/11 10:19)
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[27166] 乱世を行く! 第十話 神話堕つ3
Name: 新月 乙夜◆00adcea3 ID:965edf0e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/11 09:44
 突然響いたその言葉に、マリアは自分の耳を疑った。死にかけてついに耳までおかしくなっただろうか。しかし徐々に近づいてくる足音が、その言葉が幻聴でないことを教えている。

 いや、言葉やその意味などどうでもいい。なぜ今この場所で自分以外の声がする?ララ・ルーが行ってしまったこの場所で、自分しかいないはずのこの場所で。

 もう体に力が入らないマリアは、それでも必死に首だけ動かして声のしたほうに視線を向けた。そこにいたのは、聞こえた声のとおり若い男だった。自分の身の丈よりも長い杖を持ち、大陸では珍しい煙管を吹かしている。

 何よりも印象的だったのが、彼の目だ。そこには強い好奇心の光が宿っている。それが彼の容姿以上に、彼という存在に精気を与えていた。

 ただ、その目は場違いなようにマリアには思えた。多くの死者が眠る墓所を、興味本位で無遠慮に調べまわるかのような、そんなふうに感じたのだ。

「貴方は………、一体………!」
「誰だと想う?」
「ふざけ、ないで………!」

 マリアはそのはぐらかすかのような答えに、はっきりと怒りを覚えた。ただ男のほうはマリアが怒ったことが意外だったのか、「ふざけてるつもりは無いんだけどな」と苦笑している。

「アバサ・ロットだ」
「………え?」

 告げられたその名があまりにも意外すぎて、思わずマリアは声を漏らした。彼女のその反応に満足したのか、アバサ・ロットと名乗った男は煙管を吸い白い煙を吐き出しながら上機嫌に笑う。

「お察しの通り本名じゃないけどな。神子たるアンタには、こっちの名前のほうがいいだろう?」
「どうして………、アバサ・ロットがここに………?」
「“アバサ・ロット”とはロロイヤ・ロットの系譜に連なる者が名乗る、一種の称号だ。まあ、系譜といっても血筋ではなく技術の、だけどな」

 ちなみにロロイヤ本人が初代のアバサ・ロットだ、と男はこともなさげに告げる。それを聞くと、マリアはこみ上げてくるか細い笑いを堪えることができなかった。

「教会があらゆる記録から抹消しようとした計画の一端が、まさかそんな形で世界に残っていたなんて………」

 アバサ・ロットがロロイヤの系譜に連なる者であるならば、当然彼が残した「空間構築論」のことも知っているだろう。その論文が手元にあるならば、御霊送りの真の姿に気づけたとしてもおかしくはない。千年の間、教会が守り続けてきた秘密がこんなにも簡単に露見してしまうなんて、いやともすればもっと前に露見していたかもしれないなんて、もう笑う以外にない。

「いやいや、ロロイヤは結論こそ残してくれていたが、論文そのものは残してくれなかった」

 おかげで苦労したよ、と男は大仰に嘆いて見せた。それから「オレより前に、この秘密に気づいたアバサ・ロットはいないと思うぞ」と付け加えた。しかしマリアにしてみれば、それこそどうでもいいことである。今、こうして秘密は露見してしまったのだから。

「それで………、こんな場所に………、何の用があるのです?」
「いや?この場所自体に用はないよ。ここに入ること、入れることを確認するのが目的だから」

 ま、入ったついでにあちこち見て回っては来たけどね、と男は笑った。その無遠慮で無思慮な態度にマリアは反感を覚えるが、その感情を表に出すだけの力はもはや彼女に残されていなかった。

「そのおかげで、随分と面白いものを見つけたぞ」
「そう………ですか………」

 男にそっけなく言葉を返し、マリアは視線を亜空間の不気味な空に向けた。そんな彼女のつれない反応も気にせず、男はこんなことを言った。

「これは憶測だが、オレやアンタ、そしてさっき事実を知ったララ・ルー・クライン以外にも、御霊送りの真実を知っている人間が恐らくいる」
「なっ………!」

 衝撃的なその言葉に、マリアは絶句する。もはや力の入らない体を必死に叱咤してかろうじて頭を起こし、睨むようにして男のほうを見た。

「一体………、誰、が………!?」
「カリュージス・ヴァーカリー枢機卿」

 むしろ面白がるようにして、男はその名を口にした。

「カリュージス卿が………?どう、して………?」

 自分の利益を優先させる枢密院の中では随分とまともな枢機卿、というのがマリアのカリュージスに対する評価である。味方にはならないが敵になることもなく、特定の議案に限れば協力したこともある。宗教家というよりは政治家や官僚と言ったほうが彼の本質を表している気がするが、なんにせよ彼が教会という組織を守り存続させることに力を注いできたのは疑いようがない。

 しかしそんな彼が、教会のアキレス腱たる御霊送りの真実を知っているという。

「勘違いするなよ。知っている“かも”だ。流石に確認はしていない」
「でも………、そう考えるからには、一応、理由があるのでしょう………?」

 聞かせてもらえませんか、とマリアが頼むと、男は白い煙を吐き出す煙管をクルクルと玩びながら満足そうに笑い、手ごろな瓦礫に腰を下ろした。それから煙管を吸い、白い煙を「フウ」と吐き出してからおもむろに話し始める。

「亜空間の底に叩きつけられてパックスの街が崩落したとき、そこにいた全ての人間が死んだわけではない」

 完全に無傷、という者はさすがにいなかったかもしれないが、すぐに動くことが可能な程度に五体満足であった幸運な人間はそれなりにいた。

「さて、そうやって生き残り、とりあえず動ける人間はその後どう行動すると思う?」
「外に出て、助けを呼ぶか………、動けない、人を助けるか………」
「ま、そのどちらかだろうな」

 さて、問題は外へ助けを呼びに行った方だ、と男は煙管を玩びながら楽しそうに解説する。なにがそんなに楽しいのか、死にかけのマリアにはさっぱり理解できない。

「助けを求めてきたそれらの人たちを、教会は口封じのために全員殺した」

 亜空間の中から出てきたそれらの人たちから話を聞くことで、教会は計画の失敗を知ったのだろう。確かに衝撃は大きかったろうが、問題はその後だ。パックスの街の崩落から逃れてきた人たちの求めに応じ、救出部隊を派遣するとことは、すなわち計画失敗の露見を意味する。それが教会の権威を大失墜させるということは、衝撃を受けた当時の教会上層部の頭でもすぐに分ることであった。

 だから教会の上層部は、それら崩落した街から逃れてきた人々を殺した。すべてはそれら生き証人の口を封じ、計画の失敗をひた隠すためである。

「でも、それは………、全てあなたの、憶測でしょう………?」

 内心では教会のやりそうなことだと思いながらも、マリアはそう弱々しい口調でそう言った。

「あっちの崩れた壁に書いてあったんだ」

 マリアの言ったとおり、崩落した街でひとまず動ける人々が取った行動は二つだった。外に出て助けを呼ぶか、動けない人を助けるか。外に出た人々は殺されてしまったが、教会はその死体を最も廃棄に適していると思われる場所、すなわち亜空間の内部に捨てたのである。さらに彼らは、亜空間の中に残っていた人々も殺し尽くさんとした。

 その中でかろうじて生き残り、その時の様子を壁に血文字で記録した者がいたのである。さらに血文字ではそのうち消えてしまうと不安だったのか、その上から刃物のようなもので文字を刻みつけてあった。

 アバサ・ロットと名乗った男が見つけた“面白いもの”とはそれであるという。

「………なんと言うことを………。誰か………、生き残った人は、居なかったのですか」
「殺されずに生き残った人はいただろうな。だけどその人が亜空間の外に出られたかは怪しい」

 どうして、と聞こうとしてマリアはその言葉を飲み込んだ。この空間の出入りの基点となっているのは御霊送りの祭壇だ。そこを見張られていては、安全に外に出ることは出来ない。出た途端に見つかり、殺されてしまうだろう。かといって亜空間のなかに留まっていても、緩慢な死を迎えるだけである。

 生き残った人間は居ない。それがマリアの出した結論である。

「さて、ここから先はオレの推測だ」

 絶句するマリアを、恐らくは意図的に無視して、煙管を吹かし白い煙を吐きながら男は話を続ける。

「当時、神殿の警護を担当していたのは、教会の創立にも関わった名門イングバス家」

 つまり、“口封じ”はこのイングバス家の主導で行われた、と考えることができる。主導していなかったとしても、関与しているのは確実だろう。

「イングバス家はそのおよそ二百年後に跡取りが途絶えて自然消滅する。イングバス家のあとを継いでその後神殿の警備を担当したのが姻戚関係にあったレイスフォール家だ」

 しかもイングバス家の最後の当主直々のご指名だ、男は言った。その話自体は、教会では良く知られた話でマリアも知っている。だから特に驚くことはない。

「さて、レイスフォール家も跡取りが途絶えて自然消滅することになる。んで、そのあと警備の任務を引き継いだのが、現在のヴァーカリー家」

 ちなみにヴァーカリー家はレイスフォール家の分家だ。つまり名前こそ変わっているが、この千年間神殿の警備を担当してきたのは、イングバス家の血筋なのである。

「一子相伝なのかは知らないが、当主から次の当主へと御霊送りの秘密が受け継がれてきた、って言うのはなかなか面白い推測だろ?」

 そういって男は笑ったが、マリアとしては笑えなかった。確かにこの話は彼の自己申告どおりすべて憶測で、なんら確たる証拠はない。しかし、そういう仮説を前提にしてカリュージスの言動を振り返ってみると、確かに御霊送りの秘密を知っているのでは、と思わせるものがいくつかある。

 その最たるものは第一次十字軍遠征が失敗した後、テオヌジオ・ベツァイ枢機卿の「御霊送りの儀式を実施する」という提案に反対したことだろう。

 マリアの見るところ、カリュージス・ヴァーカリーという枢機卿は宗教家らしく慣例や伝統を重んじる、というところがまったくない。必要でありまた有効であると思えれば、それらを飛び越えることを躊躇うような人間ではないのだ。

 しかし、そんな彼がテオヌジオの提案に対しては、「伝統を重んじるべきだ」として真っ先に反対したのだ。

 では、第二次遠征が失敗したこのタイミングで儀式を行うほうがよかったのか、といわれれば答えは「否」だろう。このタイミングで行うよりは第一次遠征が失敗した直後か、あるいは遠征を行う前に儀式を執り行うことができれば、それが最も効果的であったはずである。

 カリュージスという冷徹な政治家が、そのことに考えていなかったはずがない。にもかかわらず、彼はこれまで一度も「御霊送りの儀式を実施する」という提案をしたことがなく、あまつさえテオヌジオが言い出した際には真っ先に反対した。

 無論、慣例を無視して儀式を行うことを枢密院が決定すれば、神子であるマリアは頑強に抵抗せざるを得なかったであろう。しかし実際のところは、カリュージスが反対することでその案は潰された。

 カリュージスが御霊送りの秘密を知らないとすれば、これは少々おかしい。明らかに効果的と思える策を彼が実施しない理由が思いつかないのだ。神子たるマリアが反対したとしても、ララ・ルーの身の危険をにおわせて儀式の実施を強要するくらいのことは、彼ならば平気でするだろう。そうなればマリアとしては折れて従うしかない。カリュージスならばそこまで読めているはずである。

 しかし、もしもカリュージスが御霊送りの秘密を知っているのとすれば?

 もし知っているのであれば、彼が反対したことも頷ける。なにしろそのタイミングで儀式を行った場合、命が尽きかけていないマリアが外に出てくるかもしれない。神界の門の向こう側へと行ったマリアが神殿の近くで見つかった、などということになったら一大事である。

 また慣例を無視したことで秘密が露見する可能性についても考えたことであろう。カリュージスが御霊送りの秘密を知っているとすれば、どんなに低くとも露見の可能性を否定できない以上、慣例を無視しようなどとは思わないはずである。

 しかし、とマリアは考える。

 仮にカリュージスが御霊送りの秘密を知っていたとして、これまでの言動を見れば彼がその秘密を守ろうとしていることは明らかである。ならばその一点においてカリュージスはララ・ルーのことを守ってくれるだろう。今のマリアにとってはそちらのほうが重要である。

 そう考えると、肩の力が抜けた。どのみち死にかけの自分にできることなど何もない。ならば自分に都合のよい妄想を抱いて逝くのもいいだろう。

「聞かせてくれて、ありがとう………ございます………。後悔ばかりの………、人生でしたが………、最期に少しだけ………、いいことがありました………」
「そうかい。それは何より」

 煙管を吹かしながら楽しそうに笑う男に弱々しい微笑を向け、マリアはそれから右手を不気味な空に向かって伸ばした。袖がまくれて、身につけた腕輪があらわになる。恋人であったヨハネスとお揃いで作った、蝶をあしらった腕輪である。

 この腕輪を見ると、どうしてももう一人の娘のことを思いだす。後悔ばかりの人生の中で、一番大きくて最も多い後悔はやはりオリヴィアに関することだ。

 右腕につけた腕輪は、マリアには少し大きい。これはヨハネスのものだからだ。マリアのものはオリヴィアを孤児院に預ける時、一緒におくるみに入れてきた。朝日もまだ昇らない時間、最後に見た乳離れしたばかりのあの子の顔が、今も頭から離れない。

「………オリヴィア………」

 結局あの子は死んでしまった。いや、自分のエゴで殺したようなものだとマリアは思っている。自分が神殿に戻るためにオリヴィアを孤児院に預け、自分が神子になり御霊送りの秘密を背負わせたくなかったがために彼女を呼び寄せることをせず、その結果孤児院は盗賊に襲われあの子は死んでしまった。

 無数の後悔が心を切り刻む。この痛みの中、届かぬ懺悔をしながら死んでいくのが自分には相応しい。

「オリヴィア、ねぇ………」

 思いかげず男がその名前を呟いた。声のしたほうに目を向けると、霞んできた視界の中で男が意地の悪い笑みを浮かべていた。

「実はオレの幼馴染で、その腕輪と良く似たものを持っていて、オリヴィアという名前のやつがいる」

 年の頃はオレと同じくらいでオレと同じ孤児院にいたんだ、と男は言った。

「も、もしや………!」

 孤児院にいて、“オリヴィア”という名前で、マリアがしているのに良く似た腕輪を持っていて。もしかしてその人物は………。

「ま、その孤児院は盗賊に襲われて崩壊しちまったけどな」
「!!」

 それを聞くと、マリアは目を見開いた。そこまで条件が一致しているということは、その“オリヴィア”という女性はもしかしてマリアの娘のオリヴィアではないだろうか。

「そ、その方は………、生きて、いらっしゃいますか………!」
「ああ、生きているよ。逃げ延びたところを行商人に助けられて、今は行商のキャラバン隊の一員として、世界中を回ってる」

 その瞬間、マリアは自分の心臓が一瞬止まったような気がした。それから心臓が“トクン”と一つ大きな音を立てて動き始め、その鼓動にあわせて男の言葉が体に染み込んでくる。

 この男は今確かに、「生きている」といった。オリヴィアは生きている、といったのだ。

「あ、ああ………!!神々よ、感謝します………!」

 御霊送りの秘密を知ってから、マリアは居るかも分からない神々に祈ることや、ましてや感謝することもなくなっていた。しかし今は、今だけは全てを差し引いても感謝と歓喜の気持ちで一杯だった。

 もちろん、状況証拠がぴったりと当てはまっているだけで、男の言う“オリヴィア”がマリアの実の娘である、という保障はどこにもない。しかし、生きている、生きているかもしれない、と思えるだけで今のマリアには十分だった。

 後悔と呵責で傷だらけになった心が、温かい何かで満たされそして癒されていく。視界がぼやけて霞んでしまうのは、きっと涙が溜まっているからだ。それを拭う力はもうないけれど、それでもマリアは微笑むことができた。

 温かい、幸せな気持ちだ。何もかもから開放され、心が軽くなる。安心したせいか、目蓋が重くなってきた。少し眠い。もう何も心配することはない。そう思うと眠気に抵抗することはできなかった。

 ゆっくり、ゆっくりと目蓋が降りていく。たっぷりと時間をかけてマリアは目蓋を完全に閉じ、そして眠りについた。もう目覚めることのない、永遠の眠りに。

「…………」

 マリアの目蓋がゆっくりと閉じていく様子を、男、イスト・ヴァーレは「無煙」を吹かしながら静かに見守っていた。

 イストとしても自分が知っている“オリヴィア”と、マリアの娘のオリヴィアが同一人物であると確信しているわけではない。可能性は高い、とは思っているが、そこから先のことはもはや確かめようがない。

 ただ、確かめようがないのであれば、自分に都合がよいことを信じてもいいではないか、とも思っている。実際、マリアはそうやって満足して死んで逝った。

 イストの視線の先には、目じりに涙の筋をつけ幸せそうに微笑むマリアの死顔がある。ああいう死顔ができるのならば、全てが嘘であったとしてもそれには意味があるのではないだろうか。

 一瞬、マリアの遺髪を切り取ってオリヴィアに届けてやろうか、と思った。しかしイストは首を振ってその考えを捨てる。「母親かもしれない人の遺髪だ」といって届けても、オリヴィアは困るだけだろう。もしかしたらマリアはそれを望んでいたのかもしれないが、イストは死人の希望よりは生きている幼馴染の都合を優先させた。しかしそれにしても彼のエゴだが。

「エゴの塊さ。優しさなんて」

 そう呟き、イストは瓦礫から立ち上がる。そして道具袋から「魔法瓶」を取り出し、中の酒をマリアの遺体に振り掛ける。周りは相変わらずひどい臭いだが、それでも芳醇な香りがイストの鼻をくすぐる。それを確認してから、イストは歩き出した。そして最後にもう一度だけ振り返る。

「いい夢を。マリア・クライン」

 そんな言葉を残すと、イストはもはや振り返ることなくその場を歩き去った。





***********************





 ニーナ・ミザリは読んでいた資料から目を離すと、落ち着かない様子で茂みの向こう側に視線をやった。そこに何かがあるわけではない。ただ、自分の勉強に集中できないだけだ。

 ニーナたちがキャンプを張っているのは、かつてパックスの街があったとされる湖のほとりに広がる、森の中に少し入ったところだ。ここからは見えないが湖を挟んだ対岸には神殿があり、今は御霊送りの儀式の真っ最中だろう。

「イストなら、もうすぐ帰ってくるのではないか」
「ええ、そうだと、思うんですけど………」

 二人分の紅茶を入れたジルドが、ティーカップをニーナに差し出す。ちなみに煙を出して見つかると悪いので火は使わず、「マグマ石」でお湯を沸かしている。

 差し出されたティーカップを受け取ったニーナは、そのまま紅茶を啜る。甘い香りとは裏腹にすっきりとした味わいだ。どうやらニーナの好みに合わせて淹れてくれたらしい。その紅茶を飲んで一つ息をつくと、少し気分が落ち着いた。

「師匠は、本当にやるつもりなんでしょうか………?」

 ――――パックスの街を、落とそうと思う。

 ニーナの師匠であるイスト・ヴァーレは、まるでとびきりの悪戯を思いついた子供のような顔でそう言った。それを聞いたとき、ニーナは思わず悲鳴を上げてしまったものである。

「さて。やるといった以上やろうとするだろうな、イストならば」

 どこか他人事のような口調でジルドは言う。ニーナは思わず非難の目を向けるが、ジルドは肩をすくめて苦笑するだけだ。とはいえジルドを責めてもどうにもならない。パックスの街を落とそうとしているのは、イストであってジルドではないのだから。

 それはニーナも分っているから、ジルドに向けられた視線はすぐに力を失い彼女はため息をついた。とはいえ、ニーナが今回の計画に反対なのは変わらない。

 パックスの街が落ちればどうなるか、ニーナに詳細な予測は立てられない。だけど、きっと大きな混乱が起こる。そして混乱は戦禍に直結し、沢山の人が死ぬだろう。そしてニーナなどよりよほど世界を知っているイストは、そういったことを十全承知しているに違いない。

「………お遊びにしては、度が過ぎますよ………」

 その上、ニーナの見るところイストに政治的、宗教的、もしくは哲学的な動機は一切ない。イストがパックスの街を落とそうと思ったのは「できるから」であり、そして「面白そうだから」である。

 もちろん、何か深い理由があれば賛成する、ということはない。どんな理由があるにせよ、多くの人が苦しむようなことはするべきではない、とニーナは思っている。しかしイストにとってはそんなことは完全に埒外だし、ジルドも積極的に反対する様子はない。そんな二人に挟まれて、ニーナはまるで自分が間違っているかのような錯覚に陥る。

「気に入らないなら帰れ」

 言い募るニーナに対して、イストはそう言い放った。修行を終えない中途半端なこの状態で家に帰っても、実家の工房「ドワーフの穴倉」を継いで魔道具職人として活躍することなどできないだろう。

 それに、ニーナが興味を持っている義手や義足の研究もまだまだ全然形になっていない。歴代のアバサ・ロットの一人、セシリアナ・ロックウェルが残した魔道人形の資料は難解を極め、おそらくはまだ一割も理解しきれていない。

 またセシリアナが作った魔道人形はほとんどが動物を模したものだったが、ニーナが作ろうとしていうるのは人間の義手や義足である。セシリアナとまったく同じものを作ればいいわけではなく、彼女が遺したものをもとに独自の魔道具を設計することになる。それにどれだけの時間がかかるのか、現時点では予想もつかない。

 つまりニーナが自分の夢をかなえるには、今はまだイストの弟子でいる必要がある。苦渋の思いでその場は引き下がったのだが、なんだか自分の都合を優先してしまったようで心苦しい。その日以来、ニーナはまるで悪魔と契約した咎人のような気分を味わい続けているのである。

(まあ、師匠は悪魔みたいな人ですけど………)

 そんなふうに思わないとやってられないのである。

「ほい、ただいまっと」

 そんな軽い言葉とともに、若い男がキャンプにやってきて適当に腰を下ろした。ニーナの師匠であるイスト・ヴァーレ、パックスの街を落とそうとしている張本人である。イストは未だに苦い顔をしているニーナのことを、恐らくは意図的に無視してジルドに紅茶をねだった。

「それで、どうだった?」
「ん、ちゃんと入れた。やっぱり“|根源の摂理《オリジン・ロウ》”はすごいよ」

 本来、パックスの街を収めている亜空間には鍵、つまり「世界樹の種」がなければ入ることはできない。しかしイストは“|根源の摂理《オリジン・ロウ》”を利用してその亜空間のパラメータともいうべきものを解析したのである。

「もともと、ロロイヤが書いた『空間構築論』は空間のあり方について記述するためのもの。解析自体は簡単だったよ」

 そしてその結果をもとに、亜空間に干渉することができる術式を組み、亜空間の側面に対していわば抜け道を作ることでその内部へと侵入したのである。

「その、『空間構築論』というのは何だ?」
「ロロイヤが書いた空間系理論をまとめた論文らしいよ。アッチで神子サマが教えてくれた」

 イストはおどける様にしてそう答えた。実際のところ、マリアとララ・ルーの話を盗み聞きしただけなのだが、そのあたりのことをイストは気にしない。

「中に入れるか確かめるだけで良かったんだけどな。思わぬ収穫だよ」

 やっぱりこの日にして良かったな、とイストは笑う。彼が御霊送りの儀式が行われるこの日にこの亜空間に侵入したのは、狙ってのことである。もっとも、それらしい理由などない。それこそ「面白そう」だったからだ。

 御霊送りの儀式を見守り神界の門の向こう側を夢見る人々を尻目に、天上の園へと踏み込みその真実を暴く。イストの好きそうなお遊びだ。それに加えて秘密を守ろうとしてきた教会を出し抜くという楽しみもある。

「ま、なんにせよこれで御霊送りの儀式に種も仕掛けもあることが分った」

 これでパックスの街を落とせる、とイストは壮絶な笑みを浮かべた。もしも御霊送りの神話すべて事実で、儀式が本当に現世に残された最後の奇跡だとすれば、ただの人間であるイストには手を出す術がない。

 しかし幸か不幸か、御霊送りの儀式は魔道具という種と、亜空間という仕掛けを用いた一種のトリックであった。それがどれだけ大事業であろうともそれが人間の仕事である以上、ただの人間であるイストにも手が出せる。

「核になっているのは『世界樹の種』。あれを破壊すれば亜空間は消失し街は落ちる」

 メドはついた。あとは実行に移すだけ。

「………本当に、やるんですか?」

 イストの壮絶な笑みに若干押されながら、ニーナは尋ねた。もしかしたら御霊送りは本当に奇跡で、イストには手の出せないものかもしれない。そんな淡い期待も抱いていたのだが、どうやら彼女の願いどおりにはならなかったようだ。

「やる」

 イストの答えは短い。それだけに、誰に何を言われようとも止めるつもりはないことがひしひしと伝わってくる。しかしそれでもニーナは言わずにはいられなかった。

「パックスの街を落とせば、きっとたくさんの人が苦しむことになります!それぐらいのこと、師匠のほうが良く分ってるでしょう!?」
「だから?」
「だから?って………!きっと混乱が起きます!戦争だって起こるかもしれない。そうなったらたくさんの人が死ぬんですよ!?」

 確かにニーナだって、教会がひた隠してきた御霊送りの真実に憤りを覚えないわけではない。しかしだからといって多くに人が苦しみ、ましてや死ぬかもしれないと分っているのに、その秘密を暴くことが正しいとはどうしても思えない。

「正しいことである必要はない」
「………っ!」

 飄々とはぐらかしていたイストが、突然鋭い視線をニーナに向ける。その視線に押されて、なおも言い募ろうとしていたニーナは言葉を飲み込まなければならなかった。ニーナが黙ったのを確認し、「いいか?」と前置きしてからイストは話し始める。

「秘密のまま終わる秘密はない」

 秘密というものはいつか必ず暴かれる。暴かれなかったとすれば、それは秘めておく必要さえもなかったものである。

 だから御霊送りの秘密も、いずれかならず暴かれることになる。今イストによって暴かれるのか、それとも百年後に別の要因によって暴かれるのか。それはつまるところ早いか遅いかの違いでしかない。

「………だから今やるっていうんですか?」
「それに、だ」

 ニーナの質問には直接答えず、イストは言葉を続ける。
 もし教会が最盛期の力を保持しているのであれば、御霊送りの秘密を百年の単位で隠すことができるかもしれない。しかし今の教会は二度の十字軍遠征失敗によって大きく力を失い、衰退とその先の滅亡に向かって転がり落ちている真っ最中である。しかもその坂道を再び登るだけの体力は、もはや残されてはいない。

 教会の衰退は、今までその勢力下にあった神聖四国を始めとする国々にも影響を及ぼすだろう。教会の威光によってひとまずまとまっていたその勢力圏は分裂し、そして再編という名の戦争が行われることになる。

 その戦争に、西のアルテンシア統一王国や東のアルジャーク帝国が関与してくるかは分らない。しかしいっそ、そういった強大な国が関与してくれたほうが、戦争は早期に終結できるかもしれない。教会の影響下にあった国々は二度の遠征失敗によって国力が弱まっており、そのため決定力を欠いた泥沼の戦争が延々と続く可能性だってあるのだ。

「つまりこのまま何もしなくても、混乱と戦争はほぼ確定済みってわけだ」

 それだけではない。教会は己の衰退をなんとか食い止めるようとするだろう。しかし国家ではない、自前の生産能力を持たない教会はやれることに限界がある。教義の厳格化にしろ寄付集めにしろ、やることは極端で過剰になる。

「全財産を教会に寄付せよ」
 とか、
「自身を奴隷として教会に捧げよ」
 とか、とんでもないことを言い出しそうである。

 しかもなお悪いことに、教会が言い出せば従わざるを得ない信者もいるだろう。教会は自分の衰退と滅亡に多くの信者を巻き込むことになる。

 教会が衰退の果てに崩壊し、神子の後継者がいなくなれば、亜空間は魔力の供給を受けることができなくなり、結果中に収められているパックスの街は落ちる。行き着く結果が同じならば、早い段階で教会を潰しておいたほうが、結果として苦しむ人の数は少なくて済む。

「………それが、パックスの街を落とす理由ですか………?」

 うわべだけ見れば、イストの言葉は正しそうにも聞こえる。しかし、ニーナはいいようのない不快感を覚えていた。まるで百人を殺した殺人鬼から「一万人死ぬよりはいいだろう」と言われたかのような、理不尽でやりどころのない不快感だ。

 しかし顔をしかめるニーナに対して、イストは肩をすくめて笑った。

「そういう考え方もあるってこと。オレ個人に限って言えば『面白そうだから』って言ったろ?」
「師匠!」
「嫌なら帰れ。そういったはずだ」
「………!」

 睨み付けたわけでもなく、怒鳴りつけて脅したわけでもない。ただいつもの調子でそう言ってイストはニーナを黙らせた。

「それで、いつ実行に移すつもりだ?」

 俯いてしまったニーナを横目に見て苦笑しながら、ジルドはイストに尋ねた。しかしそれに対するイストの答えは、少し意外なものだった。

「ん~、しばらくは様子見、かな………」
「そうなのか?すぐに動くものと思っていたが………」
「多分だけど、これから教会が大きな動きに出ると思うから」

 というより、大きな動きに出るなら御霊送りの儀式が終わったばかりのこのタイミングしかない、というべきだろう。儀式が行われたことで、教会は一時的にとはいえ力を盛り返している。露骨な言い方をすれば、懐に入り込む寄付の額が多くなっている。

 しかしそれはあくまでも一時的な増加に過ぎない。一ヶ月も経てば寄付の額、つまり収入は儀式を行う前の水準に逆戻りするだろう。そして、これがもっとも重要なことなのだが、この先収入が減ることはあっても増えることはない。

 だからこそ、大規模な行動を起こすとすれば今しかないのだ。資金的にも少々の余裕があり、さらには御霊送りという“奇跡の再現”を見せ付けることで精神的優位に立っている今この時しか、教会が歴史の主導権を握ることはできない。

「で、だ。“大規模な行動”なんて勿体ぶった言い方してみたが、教会にできるソレなんて一つしかない」
「………第三次十字軍遠征、か」

 標的は言うまでもなくアルテンシア統一王国であろう。二度も煮え湯を飲まされた因縁の怨敵を今度こそ屈服させることができれば、確かに教会の権威は回復しその威光はあまねく大陸全土に及ぶかもしれない。

 ちなみに統一王国に何か仕掛けるのであれば、経済封鎖、つまり半島に対してモノと金の出入りを禁じるという手もあるが、これは下策だろう。二度の遠征失敗により大陸中央部の各国は財政が悪化している。経済封鎖などすれば、相手が降参する前に自分たちが窒息してしまう。

 それに最近では、交易の分野でもアルジャーク帝国が急速に勢力を拡大している。下手に教会勢力が半島から手を引けば、アルジャークが喜び勇んでその隙間に入ってくるだろう。それは統一王国のみならず、どのような相手の場合においても同じことが言える。

 それに経済封鎖はいかにも地味で、派手好みの教会の趣味には合わないだろう。趣味に合わず実利もないとなれば、やはりやることは第三次十字軍遠征しかない。

「勝てるのか?」
「勝てるわけがない」

 イストはそう言い切った。そしてジルドのほうもその答えに異論はないらしい。寄付金が増えたと言っても、その出所はこれまで十字軍遠征に直接関わってこなかった東方の国々とそこに住む信者たちだ。

 つまり大陸中央部の国々の逼迫した状況は何も変わっていない。神聖四国を中心とする教会勢力の国々は、第一次及び第二次遠征の失敗による国力の低下から未だに回復できてはいないのだ。

 二度の遠征にかかった戦費のかげで国庫は空だ。備蓄していた食糧や物資も遠征のために使い失われた。そのため国内ではモノが不足し、物価が上昇しているとも聞く。

 なによりも人的被害とそれに伴う生産力の低下がひどい。戦争にかり出されるのは働き盛りの男たちで、彼らがいなくなればありとあらゆる生産活動が滞る。しかも失われたのが人材である以上それは一朝一夕で回復できるものではなく、その傷が完全に癒えるのは、さて五年先か十年先か。

 また人的被害は、戦力の低下にも直結する。各国は二度の遠征失敗により多くの精鋭を失っている。仮に同じ数を揃えられたとしても、戦力は決して同じにはならない。訓練の足りない新兵や体力のない老兵では、精鋭と同じ働きはできないのだ。

 そもそも、勝率がもっとも高かったのは第一次遠征なのだ。腐ったアルテンシア同盟がいまだに幅を利かせており、それに対抗するシーヴァと半島を二分していた。ゼーデンブルグという大要塞を易々と突破できた十字軍は、歴史上稀に見る戦略的優位にいたのである。

 しかし彼らがしようとしていたのは戦争ではなく、ただの狩りであった。より多くのものを奪い、より多くの美食を喰らい、そしてより多くの女を犯す。彼らの頭の中にはソレしかなかったのである。征服後に半島を支配するのだという意識すらあったかどうか疑わしい。仮に支配したとしても、そこで行われるのは一方的な弾圧と差別、そして搾取であったろう。

 まあ仮定の話はいい。十字軍はその全員が涎を垂らして獲物にかぶりつくことしか考えていなかったわけだが、その結果は周知の通りだ。彼らはシーヴァに敗北した。軍を三つに分けた十字軍はシーヴァと三度戦い、そして三度叩きのめされた。遠征軍の三分の二以上が帰らず、二十万人近い戦死者を出すという歴史的大敗北を喫したのである。

 この敗北により、教会勢力は多くの精鋭を失い戦力を大幅に低下させることになる。第二次遠征は、数だけはそろえたがその中身は第一次遠征に遠く及ばない。その上アルテンシア軍がゼーデンブルグ要塞に籠って戦っていては勝てるはずもない。ならば第三次遠征など、言わずもがなである。

「まあ、十字軍が勝とうが負けようが、お主にしてみればどちらでもいいのだろう、イスト?」
「まあね」

 イストとしては、おそらくアルテンシア軍が勝つだろうと思っている。しかし万が一のことが起きて十字軍が勝ってしまっても、それはそれでいい。イストが願っているのは歴史が大きく動くこと、それだけである。

「世紀の一大イベントだ。それに相応しい舞台があるとは思わないか?」

 悪戯を企む子供のようにイストは笑う。教会が遠征に失敗して青息吐息になっているところでパックスの街を落として止めをさすのもいい。あるいは戦いが始まる前にやって、十字軍が空中分解する様子を眺めるのも面白そうだ。ありえないとは思うが、三度目の正直でようやく勝利をつかみ狂喜乱舞しているところで街を落として、すべてを台無しにしてやるもの楽しそうだ。

 イストのたくらみに教会が気づいていない以上、彼はイベントを起こすタイミングを自由に決めることができる。しかし、歴史がイストに用意した舞台は、この時点で彼が思いもよらないようなものであった。


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